「彼我戦力、考察、算出勝率……絶無。それなら……全力で命乞いを開始する」
――守り、見切り、身代わり堪える。
圧倒的なレベル差を前に、ひたすら耐え凌ぐ。
自分の意思を引き継ぐものが現れるまでの二百五十一秒。
まだ、死ぬわけには……死ぬわけにはいかないの!
何故あの時、一人で行動しようと思ったのか。
二人でなら、勝てると思っていたのに。
無暗な行いが、軽率な行動が、軽薄な振る舞いが、それがこの惨状だッ!
「死ねない……死ぬわけにはいかないのッ! 私のミスで……敗北なんてッ!」
――アンコール、いちゃもん、金縛り、挑発。
圧倒的なレベル差を、小手先で誤魔化す。
一秒が永遠に引き延ばされていく。
実無限の時間の波をかき分け、虚数の彼方にある可能性を手繰り寄せる。
何故あの時、彼を置いて来てしまったのか。
ずっと一緒にいると、約束したのに。
「……このバトルは、私の負け」
ついに身代わりを張るだけのHPがなくなった。
守るも連続で使用。
万策尽きた。
「でも、この戦いは、私の勝ち、……だよ」
ピッタリ二百五十一秒。
守り切った。凌ぎ切った。
あとは、次に任せる。
指輪を大事そうに抱きかかえ、彼女は眠りについた。
長い長い、眠りだ。
*
「ルッコさん、クランクアップです!」
「この映画、どうなるんだ……」
「監督、お疲れ様です」
問題です。
私は今どこにいるでしょう。
はい。ポケウッドです。
アイドルに転向してから子役はあまりしていなかった。
けれど監督さんがどうしても私を起用したいといい、久々の演技となった。
それもポケモンを使う重要な役をだ。
どこからか私がポケモントレーナーのようなことをしていることが漏れたらしく、それを監督が嗅ぎ付けたらしい。
まだ八歳、トレーナーごっこの段階の子供だ。
的確な指示ができるなんて思っていなかっただろう。
それでも私を起用してくれたのは私の演技力を買ってくれたからだ。
事実、台本にはやられるように書いてあった。
圧倒的な強さを前に、弱さで立ち向かうなんて子供に出来るわけない。
ほら、小学生の頃技スぺ全部攻撃技で埋めてたでしょ?
補助技のことゴミだと思ってたでしょ?
どっかの宗派だと大きくなっても無償降臨を許すゴミ技らしいけど。
まあ、監督は私が耐えきることを想定していなかったらしい。
けれど私は受け取ったポケモンを見て気づいてしまった。
みがまも、いちゃアンコ、明らかに持久戦ができる技構成だっていうことに。
可能な限り引き延ばしてほしいということは伝わってきた。
ならばと全力で耐え凌いでみたわけだ。
本来ならばもう一人の主演がたった一人の最終決戦に挑む筋書きが、私のアドリブによりたくさんの仲間と強敵に挑むように書き換えられるらしい。
カルトエンド確定じゃん。
これでバッドエンドなら笑うね。
演技に関しては不安な部分もあった。
けれどその辺りは演出家の皆さんがカバーしてくれた。
確かにブランクはあったが、演じる役が徐々に心を知っていくというキャラだったのでリハビリをしながら望むことができた。
シーンは順々に取られたわけではないが、最終場面に一番盛り上がる演技を合わせられたと思う。
「ルッコちゃん、トレーナーとしても凄腕じゃないの。戻ってこない?」
「そうですねぇ……」
戻ってこない? というのは、役者の世界にということだろう。
もともとトレーナーとして才能がなかった場合の事を考えてアイドルに転向させられたのだ。
才覚をあらわにした以上、役者として生きて行くことも可能だろう。
だけど、両方の道を選ぶのは難しい。
映画の撮影は長期間にわたる。
アイドル業と両方やろうと思えば絶対的に時間が足りない。
ちょい役ならまだしも主演に据えての撮影は多方面に迷惑が掛かる。
今回もそうだった。
「私は、私はどうしたいんですかねぇ」
「……」
「なんです? 監督。そんな顔してもおやつはあげませんよ」
「そんな表情してなかったよね!?」
ここ最近シリアスが続いていたからふざけたくなったんだ。
許して。
そんな私に監督さんは吐息を零し、こういった。
「いや、ルッコちゃんでも悩みがあるんだな……そう思ってね」
「……最近よく言われますけど、私だって一人の女の子ですからね。そりゃあ悩むこともありますよ」
「そうだね。うん。また気が向いたらいつでも帰って来てよ。いつでも、いつまでも待ってるからさ」
「……ありがとうございます」
私はクランクアップしたが、撮影はまだ続く。
昔は打ち上げまで居座り続けていたが、今はそうも言ってられない。
またアイドルとしての日々が始まっていく。
「私は……何をしたいんだろう」
空を仰いでそうこぼす。
どこまでも広く遠く大きい青に、雲がかかる。
太陽を隠し、光を遮り、見通しのつかない陰だった。
(役者になりたかったわけじゃなかった)
アイドルになりたくなかったから。
そんな消極的な理由で選んだ。
(アイドルには、なりたくなかった)
けれど幼い私の意見なんて通らない。
自分で選んだんじゃなく、流されて、流れでこうなっただけ。
(なのにアイドルを続けている)
役者としても、トレーナーとしても、優秀な部類に入れるのに、どうして?
自分で自分が分からなくなる。
そもそもここにいる私は私なのか。
それとも、ルリを演じる役者なのか。
(私は、どこにあるんだろう)
視線を戻し、ポケウッドを後にする。
その場にとどまり続けていることがどうしようもなく不安だったからだ。
何もしなければ、ヤンデレルートが確定している。
それだけは回避したい。
だから足を動かす。
けれど、この身は前に進んでいるのだろうか。
とどまっていても、動いていても、不安に押し殺されそうになる。
(まるで霧の中。前も後ろも、自分も分からない)
その霧の中を進み続ける。
気が狂いそうになる。
何か一つ、たった一つでいいから。
信じ抜ける確固たる光が欲しい。
少女は独り、歩き続ける。
暗闇の中をひたすらに。
コツコツ、コツコツと。
*
「願ったのは、共に生きること――」
テレビにCMが流れる。
この間私が出演した映画の宣伝だ。
既に放映は始まっている。
私の久々の作品は大ヒットとなった。
もともと人気のある監督だったが、今回の映画が最高傑作だと評判だ。
インターネットにテレビにSNS、様々な経路で情報が拡散され、イッシュ中から人々が足を運び、海外でも翻訳放映が決まったそうな。
恐るべし私。
評判を呼んでいるのはやはり最後の最後、最終決戦の盛り上がりだ。
全員にスポットが当てられ、まさに死闘と呼ぶにふさわしい内容で、話題を呼ばないわけがなかった。
そして、もう一つの人気場面。
それはやはりというか、私のバトルシーンだった。
とても八歳とは思えない立ち回り。
子供とは思えない感情表現。
思わず感情移入してしまう叫び。
全米が泣いたという。
最近は映画の宣伝とかでバラエティー番組とかにも度々呼ばれる。
正直楽しかった。
そんなことを思い返していると、CMが終わってニュース番組が始まった。
「さ、先ほど入ったニュースです! ポケモンリーグを覆う様に、大きな建物が地下からせり上がってきたとのことです!」
呼気を整える。
瞳に炎を宿し、言葉を零す。
「始まった」
私は空を飛ぶでポケモンリーグに向かった。
ノゲノラゼロを主軸にたった一人の最終決戦とCROWの最終章を突っ込んだ感じ。
最も新しい神話に繋がる導入話。