これはレヴァが目的地である工房にたどり着く数日前、山中で偶々見掛けたお店に雨宿りで飛び込んだ時の事。そして、この決断が彼女の運命を大きく変える事になる……。
カランと鳴るはドアの音
コロンと鳴るはベルの音
「へぶしっ!」
村を滅ぼしたドラゴンを倒すため、噂程度の情報を頼りに旅を続けること半年間近、一切の手掛かりも手に入らないまま山中で迷ったレヴァであったが運良く見つけた建物で暖を取ることが出来た。突然の土砂降りで冷えた体を煌々と燃える炎が暖め、濡れた髪をタオルで拭いて一息付ける。年頃の少女にあるまじき大きなくしゃみを恥じらいもなくした時、快く迎えてくれた男性、本人曰く店員が湯気の立つマグカップを差し出した。
「遭難のあげく大雨とは貴女も不運でいらっしゃる。これでも飲んで温まって下さい」
「何から何まですみません。……所でお店とお聞きしましたが、一体どんな?」
ホットミルクを飲みながら店内を見渡すも商品らしき物は見当たらない。単に好奇心からの質問だが、ほんの一瞬店員がレヴァを見て笑った、そんな気がした。
「此処は願いを叶えるお店。訪れることが出来るのも願いを持つ方のみです。……まあ、多少の例外は御座いますが、お嬢さんも何か願いが有るのでしょう?」
「魔法使いの方ですか? たどり着くのに条件があるなんて余程高位の方なんですね! 実は……」
店員が見た目通りの若さでその領域までたどり着いたのだと素直に感心しながらレヴァは事情を話し始める。お世話になった事もあり、馬鹿な噂を信じる間抜けだと思われるかもとの危惧がないわけでもないが、旅の恥はかき捨てと単純さから話し始めた。
「……成る程、ドラゴンさえ斬る魔剣が欲しいのですね。なら、わざわざ行かなくてもご用意……うっ!?」
向かいに座っていた店員は立ち上がって奥に行こうと一歩踏み出した所で立ち止まる。何やら気付きたくなかった事に気付いてしまったかの様で、何故か胃の辺りを押さえて顔を僅かに青ざめざせると再び椅子に座り、隣にあった棚から一枚の地図を取り出した。
「この地図が目的地まで導いてくれるでしょう。ああ、お代は結構です。……貴女の今後には同情しますから」
「今後、ですか? それは予言的な力でしょうか? いえ、地図は有り難く頂きますが、先程わざわざ行く必要は無いと言って……」
「気のせいです。ええ、気のせいですとも」
多少の強引さを感じさせる店員の気迫にレヴァは押し切られてしまう。何が何でも目的地に行かせたいとさえ思わせる態度を疑問に思わないでもなかったが、それはそうとして目的地までの地図をくれた恩人なのだからさほど疑う事はしない。……学生時代、友人にその内騙されそうで心配だと言われるほどのお人好しさによるものだ。
「本当に有り難う御座いました! ……あの、本当に代金の方は良いのですか?」
店を出る時、レヴァは大きく頭を下げながら訊ねる。今までの会話で店員のことを凄腕の魔法使いだと認識しており、そんな彼が営む店の商品を無料で貰うのは気が咎めるのだろう。路銀が心許ないので大金を請求されても困るのではあるが。
「先程も言いましたがお代は結構です。忠告を聞いてさえくれれば。……いえ、無駄でしょうけど」
「忠告?」
「胃をお大事に。……頑張って下さい」
店員の悲哀さえ籠もっている言葉に送り出され意気揚々と旅立っていくレヴァ。そんな少女の背中を見送っていた店員は店に戻ると棚から薬を取り出して飲む。ラベルには胃薬と書かれていた。
「彼女、アレと出会う運命を持っているとは大変ですね。恐らく彼女の世界における主人公の運命を持っているのでしょうが……アレが来ている時期に生まれるとは運がない。ですが、彼女に構っている間は私には……おや?」
ラベルが剥がれ落ち、裏側に書かれた文字が目に入る。この時点で嫌な気がしながらも店員はラベルを拾い上げた。
『ジャッ君、やっほー! 胃痛とか大変そうだし、気分転換になると思って面白い効果を加えておいたよー! なんと一口ごとに主食主菜副菜飲み物デザートの味が入れ替わるんだ。一週間は効果が続くから食事を楽しんでね!』
「……あの馬鹿、何時か絶対殺す。……がふっ!」
この瞬間、店員は胃に穴が空いたのを吐血と同時に悟る。どうやら世の中思い通りに行かないらしい。
「へー。君一人で登ってきたんだ。大変じゃなかった? モンスターに襲われたでしょ?」
地図を頼りに辿り着いた街『トライデント』。その東にそびえ立つ山の頂上に存在する小屋こそがレヴァが探していた魔剣鍛冶のグラムの工房だった。中に入れてくれた喋るパンダ、アンノウンが言うように山は木々が生い茂って歩くのも困難だったが、何より行く手を阻んだのは生息するモンスターだ。
粘着質な糸で作った巣に住み、かかった獲物だけでなく近くを通った生き物にも集団で襲い掛かる『蜘蛛ネズミ』。動きは鈍いが電撃を放つ蝸牛『雷電虫』。基本的にモンスターは縄張りから出ないので騎士学校で習った縄張りの見分け方の知識で避けられる戦いは避けたが何度かは襲われた。だが、レヴァに目立った外傷は存在しない。彼女はそれを誇示するように両手を広げてアピールしてみせた。
「この様な場所に住んでる事から分かっています。無事にたどり着けない者には打って下さらないのですよね? 私はこの通り無事にたどり着きました。試練は合格で宜しいですね?」
幾ら何でも不便すぎる場所に住んでいる事、噂だけで現物を誰が持っているかも分からない事、それらからレヴァは辿り着く事が注文を受ける条件だと判断した。実際、名工と呼ばれる人は客を選ぶ傾向にあると聞いたことがあるのでそれが理由の一つでもあるだろう。
「え? 試練って何?」
だが、返ってきたのは疑問符。ドヤ顔まで見せたレヴァはアンノウンの言葉に固まる。自信満々だっただけに恥ずかしかった。頬が紅潮し目を逸らして誤魔化しに掛かるが、アンノウンは顔を彼女に近付けて純粋無垢な声で追い討ちを掛ける。
「試練とか噂になってた? うわー、僕も初耳だよ。それにしても酷い噂だね。馬鹿馬鹿しくってお臍でお茶を沸かしそうだよ。そんな発想に至った時点で赤っ恥だよねでさ、なんでドヤ顔してたの?」
「忘れて下さい……」
「騒がしいが客か? 貴族の道楽目的なら帰って貰いな。……いや、違うな。久々の本物の客だ」
レヴァが心から願った時、奥へと続く扉が開いて青年が姿を現した。短く切り揃えた黒い髪を後ろで結び、頭に布を巻いている。仕事をしていたのか熱せられた肌は赤く染まり汗ばんでおり、細く絞まった肉体であると服の上からでも分かる。鋭い目つきは他者を威嚇する様だが、何より特徴的なのは頭の両側から伸びた朱色の湾曲した角。先端を前方に向けたそれを見たレヴァは思わず呟き身構えた。
「……魔族」
そう。彼は間違い無く魔族と呼ばれる種族であった。
この世界の人種は大きく五種類に分けられる。
人間族。他の種族に比べて突出した力は無いが最も数が多く栄えている。レヴァもこの人間族である。
妖精族。森の奥地に住み魔法に秀でたエルフや多くの者が想像する小さい体に羽が生えたフェアリーなど自然の中に住む種族が該当する。基本的に生活圏から出ないが、希に外に興味を持って旅に出る変わり者も存在する。
亜人族。獣と人の特徴を併せ持つ獣人や山の奥地に住む小柄で逞しい体と器用な手先を持つドワーフが該当。身体能力に優れているので肉体労働力として重宝される。……良い意味でも、悪い意味でも。
天人族。雲の上の国に住む白い翼と光の輪っかを持つ別名天使と呼ばれる種族。基本的に善良だが地上とは自ら関わらない。邪心に支配されると翼が黒く染まって堕天使と呼ばれる存在となり、天人族から外される。
最後が魔族。魔法身体能力共に優れ、角等の特徴を持つ種族。堕天使も該当する。他の種族とは一番関わりを断っているが、数百年周期で『魔王』と呼ばれる存在が誕生する。産まれた時から魔王になるべき存在の自覚を持つ魔族が自動で与えられる知識に従って儀式を行う事で強大な力を手にし、他の魔族に邪心と力を与えるとして迫害の対象である。知識を与える存在が何者なのかは不明だが、邪神の仕業だとも伝わっている。
「……ちっ! 珍しく大した怪我もなくやって来るって最低条件を突破したのかと思ったが。……おい、アンノウン。つまみ出せ」
「ま、待って下さい! ご不快に思ったのなら謝ります! ですから話をっ!」
不快そうに舌打ちをすると彼は踵を返して奥へと向かっていく。慌てて追い縋ろうとした時、アンノウンが動いた。
「何が食べたい? 干物? 揚げ物? あっ、生ハムが有ったからお酒はワインで良いかい?」
「誰が酒のツマミを出せって言ったっ! ああ、糞。怒る気も失せちまった。 ……おい、そこの女。話だけ聞いてやるが、剣をくれてやるかどうかは別だ」
「あ、有り難う御座いますっ!」
渋々と言った様子で立ち止まるグラムに何度も頭を下げるレヴァ。この時彼女は気付かなかった。先程赤っ恥を掻いたアンノウンの言葉。試練など知らない、と、グラムの言葉が矛盾している事に。
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