滅龍剣と謎のキグルミ   作:ケツアゴ

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第三話

「……おい、アンノウン。これは何だ?」

 

「トッ君がくれた大根だよ。今日の晩ご飯はレモンクリームのタルトとチョコフォンデュの予定だったけど、烏賊型モンスター(トリアイナ)と大根の煮物にするね」

 

 レヴァの覚悟を試すような口振りで差し出された包みの中に入っていた大根。其れを片手にグラムは正座をさせたアンノウンを問い詰め、返答が終わるやいなや頭に向かって振り下ろす。瑞々しく太くて新鮮な大根は空中で輪切りになって黒子が差し出した鍋の中に入っていた。

 

「下茹でお願いね~。それで何を怒ってるのさ? 晩ご飯がスイーツでなくなった事以外には魔剣を大根とすり替えた事くらいしか怒られることしてないよ?」

 

「分かってんじゃねぇか、糞パンダ」

 

 こめかみに青筋を浮かべたグラムの指がアンノウンの額を締め上げようと迫り、モフモフの毛皮の中に沈んでいく。余りにフカフカし過ぎてアイアンクローが無効化される光景をレヴァは少しだけ羨ましそうに見ていた。

 

(良いなぁ。私も触りたい。でも、パンダって聖獣だし、無闇に触ったら罰が当たるよね? 其れにしても晩ご飯がスイーツだけって絶対あり得ないのに……)

 

 様々な人種が生きるこの世界には多くの宗教があり、最大宗教でレヴァも信仰しているニブルヘルム教では……いや、全ての宗教でパンダは守護聖獣に指定されている。何故か喋るし彼女は気付かないがキグルミであるのだが、容易に触っていい存在とは思っていない。

 

 其れは兎も角、流石に目の前の頑固な職人風の男が晩ご飯がお菓子オンリーを望んでいたなど、誰が信じるというのか。レヴァは冗談としては落第点だと一笑に付す。間違いなく魔剣を勝手に何処かに持って行った事だと確信した。

 

 

 

 

 

「両方に決まってんだろっ! 甘党舐めるな、馬鹿野郎!!」

 

「有り得た!? しかもそっちの方が比重が大きいっ!?」

 

「あぁ? 男が甘党だったら悪いってのか?」

 

「……いえ」

 

 悪いとは言わないが、何か釈然としない。複雑な心境のレヴァの目の前に先程の黒子が剣を差し出す。其れこそがグラムの最高傑作であると、言われずとも一目で理解させられた。

 

 

 

 

 

 

 

「ソウルイーター。斬り殺した相手の魂を食らい、契約者と己を強化する魔剣だ。……契約は簡単だ。刃に自分の血を吸わせて誓いを立てろ。この力で何を成すのかをな」

 

 レヴァの目にはその剣が脈動しているかに見えた。刃の色は漆黒、一筋の光も残さず塗り潰す夜闇の如し。柄は紫。触れるだけで命を奪う猛毒が在ると錯覚してしまいそうだ。柄頭には暴虐の化身たるドラゴンの装飾が成され、鍔には全てを呪い殺すが如き眼光を錯覚させる目があった。

 

「……俺の先祖が手に入れたロンギヌスの牙、それを代々試行錯誤を繰り返して加工法を探り、俺の代で漸く完成した。……お前にこれを振るう覚悟は有るのか?」

 

 グラムは静かに問いかける。返答を察していながら、止めておけと優しさから警告するように。同時に諦めも感じられた。この剣を出した時点でレヴァはどう答えるかを理解したからだ。力になってやりたいという想いと、これを渡すべきでないという想い。せめぎ合う彼の心中はレヴァにも通じ、それでも迷いなく刃で掌を切り裂いた。

 

 

 

 

 

「誓う! 私は絶対に魔龍聖母ロンギヌスを滅し、私と同じ悲劇を防いでみせると!」

 

 彼女は確かに復讐の為に騎士になる夢を諦め魔剣を求め旅に出た。だが、彼女の夢の根元にあったのは騎士への憧れ、誰かの助けになりたいという想いだった。仇の正体を知り、自分に起きた悲劇が名も知らぬ誰かに起きると知ってしまった。ならば彼女に迷いなど生じるはずも無い。

 

 手の平から滴る血が刀身に吸い込まれるように消えていき、同時に刃と手の平を繋ぐ血を通してレヴァの中に何かが入ってくる。鍔の目がギョロリと動きレヴァの瞳を見つめると数度瞬きをして瞼をそっと閉じる。グラムは静かに呟いた。

 

 

 

「……認められたか。認められない奴は即座に食われていたぞ」

 

 

 この時、レヴァは何も言われなくても理解した。自分が誓いを違えた時、自らの魂が食われるのだと……。

 

 

 

 

 

「いやー! 晴天晴天、絶好の旅日和だよねー!」

 

 ソウルイーターを腰に差し、残った路銀で買い求めた食料を荷物に積めたレヴァは揺られながら椅子に腰掛ける。貴族御用達の店に置かれているようなフカフカの座り心地は心地良くも落ち着かない。いや、落ち着かない理由はもう一つ有るのだが。

 

「……あの、彼は一体誰ですか?」

 

「僕の配下! ちなみに性格は僕にそっくりだよ!」

 

 レヴァが志半ばで倒れた時にソウルイーターを回収するためにと同行を申し出てきたアンノウン。それ自体は構わないのだが、乗り物として彼が用意したのは二人乗りの人力車であり、先程の黒子が無言で引いて走っている。車体を無駄に揺らさない見事な働きをする彼はアンノウンの言葉にショックを受けた様子だ。

 

「何かもの凄い勢いで首を横に振っていますけど……」

 

「うん、分かったよ。言い直そう。彼は僕と性格が凄く似ている親友さ!」

 

 レヴァの視線の先で黒子は明らかに意気消沈し、胃の辺りを押さえて足取りも重くなる。此処までの反応をされるなどアンノウンは一体何をしたのかと疑問に思った時、不意に黒子の足が止まる。一行の進路の先、目的地であるダッガスに続く森の入り口付近で黒い物が蠢いていた。

 

「……アレは」

 

 レヴァの背中に冷たい物が走る。カサカサと音を立て触角を揺らしながら動いているのはややシャープな体型をしたゴキブリ。掌サイズから一メートル越えまで大きさはバラバラなこのモンスターの名前は『ギガントコックローチ』。討伐依頼を受けたくないモンスターランキングの上位常連であり、炎や電撃を受けると仲間を呼ぶ習性を持っている。レヴァも生理的に嫌いだった。

 

「そうだ、レーちゃん。僕の強い所を見せてあげるよ。今後、別に一緒に戦わないけど」

 

「レーちゃんっ!?」

 

 別に構わないはずなのにアンノウンに渾名で呼ばれることに言い表しようのない寒気を感じるレヴァ。黒子が同情するように肩に手を置く中、アンノウンは両腕を天に向かって掲げた。

 

「偉大なる雷神よ、我が呼びかけに応え雷撃を怨敵に与えたまえ! サンダーレイン!」

 

「ストップ! 雷属性の魔法は……」

 

 咄嗟に止めようと手を伸ばすも意味を成さず、無慈悲にも魔法は発動する。ギガントコックローチの足下の地面が水分を多く含んだ泥へと変貌し、渦を巻いて次々に飲み込んでいく。最後の一匹が完全に地中に消えた時、何事もなかったかの様に地面は元の状態に戻った。

 

 

 

「えっと、雷属性じゃないんですか?」

 

「仲間呼ぶのに使う訳ないし、見るからに土属性じゃん。も~! そんな風に思いこみで動くから友達が一人も居ないんだよ、君はさ」

 

「い、居ます! 学生時代に競い合った友達が居ますもん!」

 

 心底呆れた声のアンノウンに抗議しながらレヴァは店員の言葉を思い出す。胃を大切に。キリキリ痛む胃がその意味を教えてくれた。

 

 

 

「所で直ぐ近くにロンギヌス以上の強さを持つ世界主が居るけど挑まないの? 僕は絶対に挑めないけどさ」

 

「無理ですよっ!? 何で挑むって発想に行き着くんですかっ!?」

 

「ノリ!」

 

 

 

 

 

 

 

 レヴァがアンノウンにツッコミを入れている頃、アムリタ王国伯爵領の屋敷にて優雅にお茶を飲む少女の姿があった。年の頃はレヴァと同じだが、全体的に芋臭く色気に重大な欠陥を持つ彼女と違い優雅さと艶やかさを併せ持っていた。赤い髪を縦ロールにした長身の少女であり、優雅さと同時に凛とした騎士の風格も持ち合わせている。服も黒のドレスだがお嬢様という呼び方が似合う反面、横に置かれたレイピアも違和感が感じられなかった。

 

「領域主の討伐ですか。まあ、私に相応しい任務ですわね」

 

 そんな彼女は騎士団に所属する事を示す紋章を胸元に付け、王の捺印がされた指令書を片手で持って優雅に呟く。その真横で給仕をしていたハシビロコウのキグルミが手近な場所にいるさほど強くない領域主の情報を差し出すも彼女はそれを手で制した。

 

「……貴方、私が誰か分かっていますの? 高貴なるフェイン家次期当主! ラティ・フェインですのよ! ……そうですわね。彼女……私と主席の座を争ったライバルにして親友、レヴァ・スルトス、彼女でさえ到底無理な相手の情報を持って来なさい!」

 

 この発言に周囲の使用人達が慌て、話を聞かされた父親が血相を変えて止めに来て一向に説得が進まない様子をハシビロコウは実に楽しそうに嗤いながら眺めていた。

 

 

 

 

 

 

「お父様と話していては何時までも出掛けられませんわ。行きますわよミョルニエ」

 

「了承。彼は話し合うにしては筋肉が足りない」

 

 その夜、屋敷を抜け出した彼女は従者である妖精族の女性と共に馬車に揺られていた。見た目以上に広い車内は魔法によってちょっとした小部屋に匹敵し、絨毯やソファー、ベッドまで豪奢な調度品が揃えられている。その馬車の手綱を引くのはハシビロコウであり、交代要員はウサギのキグルミだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「見ていなさい、レヴァさん。私との勝負からは絶対に逃がしません。必ず見つけだし、決着を付けますわ! ……それはそうとトライデントに寄りませんこと? 愛しのグラム様にお会いしたいですわ」

 

 この時、ラティの顔は完全に恋する乙女になっていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 




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