……だってみんなが書いていいって言うから(言い訳)!
※咲感想欄参照
注意!
・タグにもあるように原作既読者向けです。原作のネタバレはないつもりですが、アニメ未登場のキャラが初っ端から出てくるので嫌な方はプラウザバック推奨です。
・綾乃ちゃんの性格やら人間性やらが変化してると思いますのでお気をつけください。
「……なんですって?」
「え?」
空気が一変したのが分かった。
普段の剽軽とも言える態度からは考えられない
「ど、どうしたの唯華? そんな急に怖い顔して?」
コニーが慌てるのも無理はない。
つい今しがた家族と優しく迎えてくれた唯華が、突如として見たことない険しい様相に急変したのだ。
会話の内容におかしなところは無かった。少なくともコニーはそう思っている。
会ったことのない姉に、血の繋がりの無い家族に逢いに来た。
コニーの来日目的を風の噂で聞き及んでいたのだろう唯華が、訊ねてきたから答えただけ。
──お姉ちゃんの名前はなんて言うの?
「コニー、今アヤノって言った?」
「う、うん。ママから聞いた名前だよ?」
「……あなたのママ、まさか羽咲
「ママを知ってるの⁉︎」
純粋に驚いた。
日本人バドミントン選手としての有千夏の実績をコニーは知らない。
知っているのは母としての姿と、圧倒的なバドミントンの力量。
わざわざ他国に赴いて自分のような選手を育成するくらいだから、日本でも有名なのかもとコニーは漠然と考えていた、それだけだ。
(まさか本当にそうだったなんて! やっぱりママはスゴイ!)
改めて母と慕う有千夏への尊敬の念を強くするコニー。
対照的に、唯華の表情は剣呑なまま口許にだけ喜色が混ざっていた。
「まさかこんなタイミングで手掛かりが転がり込んでくるなんてね……」
何気なく気になって、バドミントン選手ならもしかしたら知っているかもと訊ねてみたが、予想外の朗報に唯華は即座に携帯を取り出す。
登録されている友人の電話番号を押し、空けている耳許へ。
何度かのコール音の後、相手は出てくれた。
『もしもし?』
「ああ、
『別にいいけど。それで、なんかあった?』
「うん、実はね……」
──羽咲有千夏の手掛かりが見つかった。
電話越しにも、相手の空気がしんと張り詰めるのが分かった。
『詳しく聞かせろ』
◆
「……やっと着いたー……」
げんなりと疲労気味の黒髪をリボンで結った少女──羽咲綾乃は、肩に掛けていた大きなラケットバックを下ろしてぐーっと伸びをした。
遥々やってきたのは宮城県。神奈川在住の綾乃からしたら十分な遠出だ。
ついこの間まで中学生で、先日高校の入学式を終えたばかりの綾乃である。当然一人でこんなところまで来れるわけがない。
「おい綾乃、勝手に離れるな」
「あっ。電話終わったの、泪ちゃん?」
無造作に散らした淡い金髪の少女──
携帯をポケットに入れながら綾乃に近付く泪は溜め息を隠さない。
「お前は基本ポンコツなんだから無闇に動き回るな」
「あー! 泪ちゃん酷いよ! 私だって宮城ぐらい一人で来れるんだから!」
「そういう台詞は一人で新幹線の切符を買えるようになってから言え」
ぐうの音も出ない綾乃はうーうー唸って泪に掴みかかろうとし、そんな彼女の頭を押さえつけながら泪はニヤリと笑う。
仲良し姉妹のようなその光景を眺めていたもう一人──
「泪、それで志波姫は何て?」
「迎え寄越すって。それまでは待機」
「そう思えば
「アイツは一足先に着いてるってさ」
「おお! このメンバーで集まるのも久しぶりだね!」
「私たちは月一以上で会ってる気がするけど……」
海莉の二人に向けた呆れたような内容の発言は、当の二人には流された。
手持ち無沙汰となった三人は雑談に興じる。
「綾乃、高校はどう?」
「うん、エレナとクラス同じだったよ!」
「そうか、それは良かったな」
「エレナってあの娘か。さしずめ、高校での泪代わりの保護者だな」
「旭、私はこんなやつの保護者になった覚えはない」
「そうだよ海莉ちゃん! ブラコンの泪ちゃんが保護者なんておかしいよ!」
「言ったなお前……」
眉間に皺が寄り、泪の形相が般若のそれへと変貌。整った顔立ちが大いに歪んだため迫力が常人の比ではない。
泪はそのまま綾乃の顔面を鷲掴みにし、万力の如き握力でアイアンクローを炸裂させる。
い゛〜〜〜〜だ〜〜〜〜い゛〜〜〜〜……っ⁉︎ と必死に拘束を解こうと力む綾乃の努力は芳しくなく、頭割れるんじゃないかという痛みが少女を襲った。
泪にブラコンは禁句なのだ。
残念ながら隙あらば揶揄うのが友人たちであったが。
現に海莉も唯華と合流したらおちょくる気満々である。
「外れない〜〜〜〜〜っ⁉︎」
「外して欲しかったらなんか言うことあるだろ?」
「助けて海莉ちゃん!」
「悪い、無理だ」
「ごめんなさい泪ちゃん‼︎」
「二度と言うなよ?」
「約束はしない!」
「良い度胸だ」
「あ゛ぁぁぁああああああああっ⁉︎」
◆
忙しない足音が体育館に木霊する。
落ち着きなく歩き回り、頻りに扉を開け外を確認しては落ち込み、緊張がぶり返したのか再度歩き始めるコニーを、唯華はいい加減面倒そうに眺めていた。
「コニー、もう少し落ち着いたら? 駅には着いたって連絡はあったんだから、そのうち来るよ」
「それは分かってるけど……大体! どうして私が迎えに行っちゃいけなかったの⁉︎ 早くアヤノに会いたかったのに、唯華が止めるから!」
運動着に着替え、ストレッチも入念に行い、後は待ち人が現れるのを待機するのみだったが、そもそもここにきて更に待つことにコニーは不満たらたらだった。
時間が異様に長く感じる。日本に降り立ってからと考えればほぼ最速での邂逅ではあるのだが、直前でお預けをくらった気分なのだ。
お膳立てしてくれたことには感謝しているが、コニーが唯華に鬱憤を打つけるのも分からなくもなかった。
しかし腹に据えかねていたのは唯華も同じ。
コニーに出逢った時に見せた、怒気を孕ませた凄絶な笑顔で口元を歪ませる。
「あら、言ったわよね私? 綾乃には怖いお姉ちゃんが二人もついてるから、いきなりコニーが絡んだらロクなことにならないって。本当は私が迎えに行くつもりだったのに、あなたが駄々捏ねるからわざわざお客様である路に行ってもらったのよ? ホストの私の立場を何だと思ってるのかな?」
「……ゴメンナサイ」
あ、やばい怒らせてる、とやっと気付いたコニーは恐怖からか逆らうことなく謝る。
一月にも満たない短い関係だが、唯華は典型的な怒らせてはいけない人間だと把握済みだ。これ以上下手に藪を突いても良いことなど何もない。
大人しく待つしか選択肢が無くなったコニーはやる事もないので最後の確認と身体を解し、最終的にまた歩いて時を潰す作業へと逆戻り。唯華はもう知らんと溜め息を零した。
「フレ女とーちゃーくっ!」
「相変わらず遠いな」
「まぁみんな別々の県だし仕方なくない? 次集まる時は石川来てくれるんでしょ?」
「未だになんで私は三強の友人関係に混ぜられてるのかが分からない……」
しばらく経って。
あまりの待機時間に不貞腐れ始めていたコニーの耳に、外から近付いて来る聞き慣れない他人の喧騒が届いた。
眼を輝かせたコニーはギュルんっという音を立てて方向転換。
ドドドド! と猛ダッシュで扉に向かうコニーへ唯華は全力タックルをかまし、聞き分けのない子供を力付くで黙らせ行動不能とする。
それでも諦め悪くコニーは唯華の腕の中で踠き続け、唯華は主将兼保護者としての責任から妥協なくコニーを縛り付けるというしょうもない攻防戦が勃発。
結局、その不毛な争いは扉が開かれるまで継続した。
「離して〜〜〜〜〜っ‼︎」
「コニー! 私の言うこと何一つ覚えてないの⁉︎」
「……ねぇ、泪ちゃん」
「……なんだ?」
「あの外国人さん誰?」
これが出逢い。
羽咲綾乃とコニー・クリステンセンの、感動もへったくれもない出逢いだった。
「ええー、ご紹介します。この春からウチに所属することになったコニー・クリステンセンさんです」
乱れた髪を抑えながら唯華はチームメイトを紹介する。
先程までの暴れ振りからは想像できない借りてきた猫みたいに大人しくなったコニーは、もはや徒労にしかならないだろうけど態度を取り繕って髪をかきあげ胸を張った。
「コニー・クリステンセンよ。デンマークでプロをやってたわ」
「あっ、泪ちゃんラケット変えたの?」
「あぁ、前のはもうボロかったし」
「くくっ……! 何それ。ちゃんとお兄ちゃんにプレゼントしてもらったって言わないの?」
「旭! それは言うなよ!」
「へぇ、本当に仲良いんだ。ぷぷっ、泪顔紅くなってんじゃん!」
「あらまー、泪ちゃん可愛いなー。そんな一面があったなんて唯華お姉ちゃんも知らなかったわー」
「──私の話を聞けぇええええええッ‼︎」
唯華含めて全員に一顧だにされなかったコニーは思わず叫ぶ。こんな経験は生まれて初めてだと全身で訴えるような気迫だった。
荒い息を吐くコニー。
これで少しは興味を持ってくれるだろう。
『やーん、ブラコン泪ちゃんかーわいー‼︎』
「お前ら全員ブチ殺す」
目の前で殺伐とした追いかけっこを始めた連中は、きっと良心という人には欠かせない心を持っていないのだ。唯華の対等な友人なのだからそのくらい予想して然るべきだった。
コニーの身体が細かに震え始める。
羞恥もあったがそれを軽く上回る感情にコニーは身を任せ、日本に来てから色々と思い通りにならない鬱屈の蓄積を爆発させた。
「待ちなさーいッ! アヤノォォォオオオオオオッ‼︎」
一人に狙いを定めたコニーが爆走。
次々と下手人共が泪に捕まる中、最後まで逃げ続けていた綾乃は追っ手がコニーに変わっていることに仰天する。
あの外国人さんはなんで私を追い掛けてるのと冷静な疑問を浮かべ、泪から離れつつ会話が可能な距離を保つために速度を落とした。
「ねぇ、あなただーれ?」
「さっき自己紹介したんだけど⁉︎ コニー・クリステンセン!」
「へぇ、じゃあコニーちゃんだね。コニーちゃんなんで私追い掛けてるの?」
「みんなが私を無視するからでしょ! 私はアヤノに会いたくて日本に来たのに!」
「……ん? 綾乃って私のこと?」
「そうだよ! ママから──有千夏から聞いたんだもん、日本にはお姉ちゃんがいるって‼︎」
瞬間、綾乃は脚を止めた。
唐突の静止につんのめりそうになったコニーはギリギリで堪え、至近距離で綾乃と対峙する。
コニーは改めて、まじまじと眼前に立つ綾乃を見詰めた。
(アヤノ、私のお姉ちゃん……)
身長はコニーよりも低い。長身の有千夏と比較すると一層低く感じるが、小柄という程では無く日本の女子の平均といったところだろうか。因みに胸も有千夏よりは大分慎ましやかだ。
しかしそれ以外は瓜二つと言っていい。髪の長さが異なるだけで、顔付きや髪型から間違いなく親子だと判断出来る。
綾乃の小さな口が微かに開いた。
「ねぇ、コニーちゃん。今、何て言ったの?」
こてんと首を傾げる綾乃はふっと眼を細めた。
やっと自分に関心を抱いてくれたとコニーは嬉々とし、前かがみになって綾乃に話し掛ける。
「うん、あのね、私デンマークでママに、有千夏にバドミントン教えてもらっててね、それで、ママには日本に娘がいるって聞いて、私どうしても会いたくって、だからアヤノに、お姉ちゃんに会いに日本に来たんだよ!」
「……ふーん」
溢れた返答は淡白に尽きる。相手を突き放すような淡々とした響きだ。
翠緑の双眸には親近とは無縁の冷徹が宿り、母の名前に対して綾乃が反応を示すことは一切無かった。
感情が昂ぶっていたコニーは綾乃の異変に気付かない。
思いの丈を伝えるがために言葉を繋げる。
「あのね、お姉ちゃん! 私ね」
「コニーちゃん、バドミントン出来るんだよね?」
「え? うん、出来るけど……」
「じゃあ試合やろうよ」
「……うん!」
ニコリと微笑む綾乃。
念願の望みが思わぬ形で思いの外早く叶うことにコニーも勝気な笑みを浮かべる。
コートに入り互いに向き合う二人。
その様子を外から見ていた残りのメンバーは、静かに見守ることに決めたようだ。
全員に拳骨を振り下ろした泪は腕を組んだまま、好奇と懸念が入り混じった瞳でコニーを見据える。
「唯華、アレは本当に大丈夫なのか?
「……正直分からない」
自信無さげに、けど……と唯華は続ける。
「あの娘は綾乃と戦わないと先に進めないから。それに日本でバドミントンするなら時間の問題でしょ。……これで壊れるなら、コニーがその程度だったってことだよ。……あぁ、頭痛い」
「自業自得だ」
険しい瞳で泪たちが見守る中、綾乃とコニーの試合は始まった。
綾乃ちゃんの本領発揮は2話からかな?