はねバド! ─羽咲綾乃は天才である─   作:サイレン

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たくさんの感想、評価、お気に入り。本当にありがとうございます!

これで書き溜めは終わりになります。プロローグ的な感じです。

3話を読むにあたっての合言葉。

〜この作品はフィクションです〜








第3話 約束

 

 ポテンシャルで云えば、綾乃は決して高いわけではない。

 小柄の体躯に凝縮されたしなやかな筋肉と獣の如き敏捷性こそその身に宿しているが、左利きのアスリートとしてなら泪の方が遥かに神に愛されているだろう。

 

 コニーと比較しても同様だ。高身長、パワー、テクニック。コニーは万能で王道を極めた神に祝福された天才である。

 身体の成長という如何ともし難い部分において、綾乃が泪やコニーに追い縋れる余地は微塵もない。

 

 では、綾乃を孤高の覇者足らしめている要素は何なのか。

 

 眼だ。綾乃の眼は幼少期から綿密に施された訓練によって、人が至れる限界の一歩先の領域に達している。

 併せて、他に追随を許さない動体視力と反射神経が常軌を逸した反応速度を実現させた。

 

 これらの武器を用いて相手の呼吸を破壊し、思考能力を奪い去って戦意を喪失させるのが綾乃の常道。

 

 眼と直感で未来すら読み切る綾乃だ。

 そんな彼女の絶対守護領域を撃ち抜ける一撃なら、それは正しく必殺技と称しても過言ではないだろう。

 

「撃ち抜けぇぇぇええええええっ‼︎」

 

 限界を超えた一打。

 

 見開いた眼で、綾乃はシャトルが跳ね上がるのを目視する。

 

 ダァンッ! という残響が体育館に響き渡った。

 

「しゃあっ‼︎」

 

 拳を握り込んでコニーは吠える。

 背後に飛んだシャトルを綾乃はゆっくりと振り向いて確認し、歪んだ口元で歓喜を露わにした。

 この感覚は久しぶりだ。全日本ジュニアでのとある選手との試合以来か。あの時は最初こそ手を抜いてるのかと勘違いしたが、最終的には満足いく暇潰しが出来た。

 

 前へと向き直した綾乃はコニーの戦意に漲る瞳を見詰める。

 冷え冷えとしていた綾乃の表情に初めて感情が現れた事実にコニーは気炎万丈の闘志を燃やし、張り裂けそうな剛毅な笑みを顔に刻んだ。

 

「さぁここからだよ、アヤノ!」

「いいねぇ、コニーちゃん。ちゃんと最後まで私を愉しませてね?」

 

 サービスはコニーに移り、トンッと柔らかな軌跡を描く。

 綾乃はヘアピンで打ち返し、コニーはバックハンドで大きく腕を振り上げ広い展開へ。

 

 一手一手綾乃を探るように試合を運ぶコニーの集中は過去最高へと変貌し、伴ってプレーから無駄が削ぎ落とされ技量が洗練されていく。

 一秒一秒ごとに自分が進化していくことが分かる。希求する力が手に入る。嬉しい。楽しい。面白い。コニーは綾乃という選手と試合できたことに感謝し、必ず叩き潰すと己の魂へと誓う。

 

「18 - 18!」

 

(追い付いた!)

 

 遂に綾乃を射程範囲内に捉えた。

 流れ出る汗を厭わず走り続けたコニーの疲労はほぼ限界に近いが、かつてない興奮に身体は昂りを抑えられない。

 止まることなど考えられない。

 このまま勝利を掴み取ってみせる。

 

 ふ、と翠緑の双眸が醒めるのを、ただ一人綾乃の本気と対峙した泪だけが知覚した。

 

「終わったな……」

 

 泪が呟くと同時。

 綾乃が動いた。

 

 ギュッ! という踏み込みから力が脚から腰に、左腕へと伝導。

 放たれるスマッシュにコニーは瞠目する。

 

(強打⁉︎)

 

 この試合で初めて見せた強打に反応が遅れ、なんとか返したシャトルは甘く打ち上がる。

 刹那で身構えたコニー。綾乃を見る。理解不能な光景に硬直した。

 

 コニーならネット前に詰めてプッシュする場面だ。確実を期っした戦法を見逃す道理はない。なんとしても拾うと意気込んでいた。

 

 だというのに、綾乃はラケットを振り上げてすらいない。

 

「路ちゃん命名その1──流星花火(りゅうせいはなび)

 

 むしろ逆、思い切り仰け反りシャトルを天高くへと打ち上げたのだ。

 

「は……?」

 

 真上へとコニーは視線を奔らせる。

 何だこれは? 意図が分からない、意味が理解出来ない。この場面でクリア? いやそれにしては浅い。ここにきて遊び球? ……だとしたら屈辱だ。狙いが何だろうと、絶対に後悔させてやる──‼︎

 一瞬で着弾点へと移動しラケットを振り上げるコニー。

 上だけを見ていたコニーはやっと異変に気付いた。

 

(……え? ネット直上……ッ⁉︎)

 

 落下の軌跡を読んだコニーは慌ててラケットを戻して一歩後退。

 ラケットを下手(したて)にシャトルの行方を追うコニーは、やがて抗いようの無い真実に突き当たる。

 

 ──無理だ……拾えない。

 

 シャトルが白帯に被さり。

 一歩も動けずコニーのコートへと突き刺さった。

 

 唖然と固まるコニーを他所に、こきっ、と首を鳴らした綾乃はラケットを肩に乗せる。

 

「まっ。それなりには愉しかったよ、コニーちゃん」

 

 青筋の亀裂がコニーの顳顬(こめかみ)に刻まれた。

 

「は? もう勝った気? 調子に乗らないでよね、アヤノ!」

 

 再開するラリー。必死に耐えながらコニーは思考する。

 

(あのショットは打たせたらダメだ……)

 

 天上より降り落ちる流星の如き一打。ほぼ垂直で落ちるため返球のしようがない。上からはオーバー・ザ・ネットで叩けず、下からは十中八九ネットに引っかかるかタッチ・ザ・ネットで失点し、運良く相手コートに返せても確実に体勢は崩れているから詰みまではあっという間。文字通り、手も足も出ない。

 あのショット──流星花火を打つには幾つか条件があるのだろう。角度を少しでも無くすためにネット寄りで打つ必要があるはず。

 

 ならばするべき事は簡単だ。

 攻め続けるのみである。

 

「ふっ!」

 

 スマッシュの連打で綾乃を翻弄。詰まらせてネット前の至近距離から仕留める算段。

 

「はぁ……」

 

 嫌に大きく聞こえた溜め息。

 綾乃はつまらなさそうに。

 思い通りにはもうならない。

 

(返球が、全部ボディ狙いッ⁉︎)

 

 ここにきて正道へと立ち返る綾乃の攻めにコニーは苦戦を隠せず、意地でも打ち上げてはならないと無理やりドライブを放つ。

 

 ストレートに入った緩いドライブ。

 

 綾乃の口角が僅かに上がった。

 

「路ちゃん命名その2──落下星(らっかせい)

 

 ヒュンと振り抜かれたラケットはシャトルを真芯で撃ち抜く。

 床と平行に宙を翔ける白線は中央を横切る白帯へ。

 

 ガッ、と衝突した羽は微かに跳ねた。

 

「なっ……」

 

 コニーの脚が動かない。まるでフロアに張り付いたかのようにピクリとも。

 柔らかにゆっくりと落ちるシャトルに手を伸ばしても、どうしようもなく遠くて届かない。

 コトン、と羽が鳴った。

 

「これでマッチポイント。さぁ、どうするコニーちゃん?」

 

 未だ余裕を残す綾乃に対し、コニーは今ある全力を振り絞っていた。

 強過ぎる。強過ぎるのだ。

 化け物染みた強大さ。

 

 これが、羽咲有千夏の娘。

 

 これが、羽咲綾乃。

 

「……あはっ」

 

 ──これが、私のお姉ちゃん!

 

「あはははは! 最高だよ、アヤノォオオ!」

 

 予想を裏切らない凄まじい強さ。

 コニーは全身が震える感動で諦めを吹き飛ばす。

 まだ終わらせない。まだ終わっていない。一泡ふかして相手を地に伏れさせ勝利の美酒を味わってこそコニー・クリステンセンだと、この場で証明するまでは終わらない──‼︎

 

「ふーーーーーっ……」

 

 一息で集中を引き戻し、持ち得る限りの気概を充溢させ獰猛に眦を決するコニーを見て、綾乃の面貌に消えかかっていた笑みが帰ってきた。

 

 もう一点も落とせないコニー。その顔に焦りは一片も無く、ただ楽しさだけが映る。攻めは苛烈に、護りは強固に、この試合一番の動きで綾乃へと立ち向かう。

 最後の最後で訪れた望外の展開に、綾乃は笑顔で自ら地獄へと踏み込む。全身の筋肉が悲鳴を上げようと、喉が張り裂けそうになっても、肺が張ち切れようと綾乃は止まらない。

 

 両者互いに譲らなかった。

 まさに死闘。

 ラリーは驚異の二分間を超え、永遠にこの時間が続くかと思われた。

 

 だからこそ、決着は唐突で。

 

 無理があったのだ。体重が重い分、掛かる負担は軽量級選手の比ではないから。

 

 コニーの脚が死んだ。

 

「あっ……」

 

 がくんと落ちた身体。

 宙へと打ち上がるシャトル。

 綾乃は飛び上がった。

 

「路ちゃん命名その3──虚星(うつろぼし)

 

 コンッ、というおかしな打音。

 虚しく響いたその理由を、コニーは驚倒と共に理解する。

 

(面を縦に、フレームでシャトルを……)

 

 人間業ではない。

 綾乃はスマッシュと同じフォームで、刀で切るようにシャトルのコルク部分をフレームで叩き打ったのだ。

 その結果シャトルは縦回転をしながらほんの少しだけ宙に上がり、ネットを超えてポトリとコートへ落ちた。

 あの体勢、あの振り抜き速度から放たれるまさかのドロップショット。スマッシュの虚像に騙されていれば、反応できるはずがない。

 

 狙って打てるものなの……とコニーは背筋が震え、そもそもフレームショットはそういうのじゃないから! とか、下手したらラケット折れるからね! という至極真っ当なツッコミもあったが、敗者に口応えする権利などある筈がなくて。

 

試合終了(ゲーム)! マッチワンバイ羽咲、21 - 18‼︎」

 

 凌ぎを削る激戦は、コニーの敗北で幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、羽咲有千夏の居場所は分からず終いか……」

「……ごめん、泪。私の早とちりだったみたい」

 

 両手を合わせ謝辞を口にする唯華。

 あの後疲労から動けなくなったコニーを泪は唯華同伴で尋問かのように有千夏について問い詰めたのだが、当人から得られた情報は思ってた以上に少なかった。

 今何処にいるのかは分からず、コニーが控えていた電話番号にコールしても繋がらず、ほぼ成果なしと変わりない結果に終わっていたのだ。

 

 個人的な理由から有千夏に物申さないと気が済まない泪の気持ちを知っていたが故に、この結末に唯華は滅多にない落ち込み具合で消沈していた。

 

「いや、構わないさ。面白いもんも観れたしな」

 

 泪もせっかくの手掛かりが不発に終わったのは残念ではあったが、同等の価値あるものを観れて満足していた。

 

 少し離れた場所で向かい合う綾乃とコニーを見る。

 

「今日の綾乃はたのしそうだったからな。私たち以外にも相手が見つかったのは良いことだろう」

「……そうね。コニーは同級生だし、本当に良かったと思うわ」

 

 一度(ひとたび)身内と見なせば情の厚い唯華だ。不安定で純粋なまま歪んでしまった大切な妹分を、慈しむように柔らかく微笑む。

 本来の目的は達せられなかったが、この出逢いは綾乃を真の意味で救うきっかけとなるかもしれない。それだけでも充分な収穫であった。

 

「もう遅い。今日はありがとな。また会おう、唯華」

「ええ、こっちもありがと。またね、泪。気を付けて」

 

 泪と唯華は握手を交わし、再会を約束して別れを告げる。

 

 そして、綾乃とコニーも。

 

「じゃあねコニーちゃん。またいつか会えたらその時も遊ぼうね」

「う、うん……」

 

 あまりにもあっさりした別れ文句に、コニーは手をもじもじさせながら縮こまってしまう。

 本当は伝えたいことがある。だけど勇気が出ない。拒絶されたらどうしよう、見向きもされなかったら立ち直れない。

 コニーの葛藤を感じ取ったのか、それとも唯の気紛れか、綾乃は思い出したように手をポンと叩いて振り向いた。

 

「そうだコニーちゃん。私、言い忘れてたことがあったよ」

「な、何⁉︎」

 

 つい勢い込んで顔を輝かせるコニーに、綾乃は振れること無く自然体だった。

 

「私、()()妹は要らないから」

「⁉︎」

 

 コニーは震えた。

 俯いて、全身をかき抱き、とても長い時間そうやって震えを抑え。

 顔を上げた時、コニーはひどく不恰好な笑みを浮かべていた。

 

「じゃあ、私が強くなったら、認めてくれる……お姉ちゃん?」

「そうだね。その時はお姉ちゃんが何か一つ、妹のわがままを何でも聞いてあげるよ」

「……分かった。絶対、絶対だからね‼︎」

 

 

 

 夕闇に暮れる坂道を行く四人の背中を、見えなくなるまで手を振って見送る唯華とコニー。

 騒々しくも賑々しい特別な一日の終わりを肌で感じ、唯華はう〜んっと空に手を上げて伸びをした。

 

「行っちゃったね、コニー」

「うん……」

「……何かあったの、コニー?」

 

 唯華は優しく問い掛ける。

 急かすことなく、黙り込んでも辛抱強く、唯華はただ静かにコニーの言葉を待つ。

 

「……アヤノがね」

「うん」

「……弱い妹は、いらない……って」

「……うん」

「でもね……強くなったら、認めてくれるって」

「うん」

「……お姉ちゃんが妹のわがままを、何でも一つ聞いてくれるって」

「……それで、コニーはどうしたいの?」

 

 首をかしげて優しく微笑む唯華に、コニーは言う。

 

「家族になりたい! アヤノとママと一緒に、三人で暮らしたい‼︎」

「……そっか。じゃあ、頑張らないとね?」

「うん! 頑張って、……頑張って……うあぁぁぁぁぁんっっっ‼︎」

 

 我慢していた様々な想いが決壊して、コニーは涙を流しながら唯華に抱き着く。

 優しく抱擁を返す唯華はよしよしとコニーの背をさすって、幼子を慰めるように慈愛を持って言葉を紡いだ。

 

「まったく、手のかかる末っ子だこと」

 

 泣きじゃくるコニーを慈しみながら、唯華は今回の顛末を思う。

 良かった。話の途中では戦慄を覚えたが、人形を自称する綾乃にも、暖かい人の心が戻りつつあることを知れた。試す言動に対してコニーが絶望せず、気丈に振る舞えたのも僥倖だった。その時の対応を間違えていれば、綾乃に慈悲は無かっただろう。その結果コニーは救われて、一段と心の距離を近づけることが出来たのだ。

 

 コニーが越えるべき壁は高い。

 今日の試合で点数は鬩ぎ合っていたが、綾乃は本当の全力ではなかった。

 唯華が知る限り、最強の手札を二つ以上は隠している。

 

 今は言う時ではない。

 そう。今はただ、末っ子をあやすことが第一と、唯華はそっとコニーを抱き締め返した。

 

 

 

 窓から映る後ろへと流れていく景色を綾乃はのんびりと眺める。

 

(やっぱりみんなとバドミントンするのは愉しいな……)

 

 泪、唯華、路、海莉の四人との交流は去年の冬頃。皆がみな綾乃のことを思い思いに可愛がってくれ、何よりバドミントンでも対等に最後まで決死の覚悟で戦ってくれる。それが本当に嬉しい。

 今日はその枠にコニーも加わった。最初は母が育てた遊び相手の一人という認識だったが、最後に魅せた凡夫とは一線を画す実力と絶望にも腐らない頑強な心根を綾乃は認め、らしくもない約束を交わしたのだ。

 

 綾乃は隣で腕を組んで眠る泪を見る。

 こんな愉しい一日を送れるようになったのは泪のお陰だ。泪が綾乃を連れ出してくれたから。唯華や路と引き合わせてくれたから。母がいなくなってから一人ぼっちだった綾乃は、心の底から泪に感謝していた。

 泪には泪の目的があることを知っている。母に何を言いたいのか詳しいことは聞いていないが、正直その点はどうでも良かった。

 

 綾乃は母との別離を悲しんではいない。

 いなくなった日。やっぱりこうなったかとしか思わなかった。

 

(でも、今なら言えるよお母さん。私にもバドミントンの友達が出来たって)

 

 夜空に瞬く星々の輝きを見上げる。

 しばらくぼーっとした後、眠気に微睡みながら綾乃は静かに目を瞑った。

 

 

 

 

 

 







※綾乃とコニーの試合後

綾乃「じゃあ次泪ちゃんやろー?」
泪「悪い綾乃。1ゲームだけ待ってくれ。クリステンセンと話すことがある」
唯華「私もちょっと付き合うから」
綾乃「ええ〜〜。それじゃあ路ちゃんと海莉ちゃんの試合観てるよ」
海莉「ちょっと待て。私がやるの?」
綾乃「海莉ちゃんのかっこいいとこ見てみた〜い」
路「諦めろ、旭」

座って壁に背を掛け休むコニー
壁ドン!(脚)
泪「知っていることをきびきび話せ」
コニー「ひぃっ⁉︎」
唯華「あちゃー」(決して助けない)

唯華「ダブルスやってみない?」
みんな「さんせーい」
海莉「私は審判で、もう疲れた」
綾乃泪唯華路『グッパージャス』

綾乃「泪ちゃんがんばろー!」
泪「そうだな」

路「……勝てると思う?」
唯華「やらなきゃ分かんないでしょ?」

綾乃「もう泪ちゃん! 今のは私でしょ!」
泪「いやどう考えても私だろうが!」

唯華・路(あの二人タイプ似すぎてコンビネーション最悪だな)

泪「そこに直れ綾乃、叩き潰してやる」
綾乃「言ったなー、はっ倒す!」

唯華「私もちょっと動き足りないから路やろうよ」
路「乗った」

コニー(綾乃と試合してる人やば……というか此処にいる全員メチャクチャ強いんだけど……)



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