はねバド! ─羽咲綾乃は天才である─   作:サイレン

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第5話 北小町高校バドミントン部

 

 

 北小町高校バドミントン部。

 現世界ランク8位である赤羽玲二を排出し、卒業生にはインターハイ男子個人戦シングルスを制覇した者もいる学校内でも実績ある部活だ。昨年のインターハイにおいても女子シングルスにて県代表となった選手がおり、確かな実力者がいるのだが……。

 

「ぶ、部員が少ねぇ……⁉︎」

 

 現在は存続の危機に陥っていた。

 

「男子二人に女子四人……このままだと男女共に団体戦すら出れなくなってしまう……」

 

 想像以上の切羽詰まった状況に、北小町高校バドミントン部コーチを務める立花健太郎は天を仰いだ。いくら設備等がそれなりに整っていても、人数が少な過ぎるこの環境は選手たちに良くない。

 バドミントンは究極的には個人競技だが、スポーツにおいて一人きりで行えるものなど存在しない。特に中高における部活動では切磋琢磨する仲間や先輩後輩の関係性から生じる責任感など、凡ゆる要素が絡まり重なり合うことで予想を超越する成長を遂げる事だってある。最後の大会で異常な成果を出す三年生や、部の期待を全て背負った主将の強さは容易に限界を超えていくものだ。

 

 だというのに、北小町高校バドミントン部ではそんな思春期特有の環境が崩壊していた。

 責任の一端を担っている健太郎はこれ以上強く出れない。彼の厳しい指導の所為でやめた部員がこの一ヶ月で八人もいるのだ。バドミントンに対して妥協出来ない性分が引き起こした悲劇とはいえ、このままではマズイ事には変わりない。

 

「なぁ、泉」

「はい、なんでしょうコーチ?」

「新入生向けの部活動紹介みたいなイベントはもうやったんだよな?」

 

 健太郎の問いに部のまとめ役である泉理子は苦笑いを浮かべる。

 

「はい。宣伝できるポイントは全部言ったのですが……」

「新入生が一人も来ないというわけか……」

 

 その事実に健太郎は首を傾げずにはいられない。奇妙にも思えていた。

 偏見も混じっているが、バドミントンはそこまで敷居が高いスポーツではないだろう。日本ではサッカーより競技人口が多いことからも、気安くというのは誤解を生むが高校から始められるスポーツの一つである。

 新入生が一人も、しかも仮入部にすら現れないというのは違和感しか覚えないのだ。

 

「まぁここで嘆いても仕方がないか……よし、練習始めるぞ」

 

 健太郎の指導の元、少ない部員たちは練習に勤しむ。

 バドミントンは敷居は高くかもしれないが、そのハードさは群を抜いている。常に走り続けられる体力に細かなフットワークに耐えられる足腰、飛び交うシャトルを捉える集中力に相手を打ち崩す為に絶えず回転する思考力。一瞬も気を抜けず、頭も身体も全部使って初めて試合が成り立つのだ。

 だからこそ日々の練習も重く厳しい。健太郎がコーチに就いてからはより一層であった。

 

「荒垣」

「……何?」

「膝の調子はどうだ?」

「問題ないかな。あんたのお陰で大分鍛え上げられたからね」

「そいつは良かった」

 

 主将であり去年のインターハイ及び全日本ジュニアにも出場したエース──荒垣なぎさは勝気に笑う。

 女子では日本人離れした大型選手であるなぎさは長い間自己流の調整を行っていたが、同じ経験を積んだ健太郎と出逢ってからはより効率的かつ効果的なものへと改善されていた。深刻に悩むようになったのは去年の秋からだが、ここ一ヶ月は成長を感じられていた。

 

「これならアイツも……」

 

 ぼそりと呟き、なぎさは練習に戻ろうとする。

 

「全く、羽咲さんの所為でこんな遅くなりましたわ」

「ええー、だって家にラケットバッグ置いてきちゃったから取りに行くでしょ普通。大体先に行ってて言ったのに、家まで着いてきたのは薫子ちゃんだよ?」

「貴方がそのままふける可能性を潰したまでですわ。……ここが活動場所ですわね。なんかしけてますわねー」

「体育館なんてみんなこんなものじゃないの?」

「そうでもないよ、エレナ。強豪校はね、お金の掛け方が違うんだよ。ここはバドミントン部専用の体育館があるだけマシな方だと思うけどね」

 

 どこで聞いた覚えのある声になぎさは顔を振り上げた。

 声の出所に目を向け、開け放たれていた扉の奥を見て、唖然と固まる。

 

「私たちは入部希望者ですわ。監督はどちら様でしょうか?」

 

 いたのは三人の少女。桃色の髪を二つに結った少女と、紫に近い黒の長髪を靡かせる少女と。

 黒髪を一つに纏めた最後の一人。

 

「は、羽咲……綾乃……」

「ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 高校二年の全日本ジュニアで、なぎさは中学三年に負けた。

 相手は奇妙な選手だった。防御型のスタイルにも関わらず、やたらとなぎさにスマッシュを打たせようとする変わり者。

 どんな球を打ち込んでも返球される嫌な感覚に囚われそうになった。遊ばれているような気分にも陥った。……後で知ったが、実際に手加減はされていた。

 試合の最中、ふとそいつはなぎさに言った。

 

「ねぇ、なんで本気で打たないの?」

 

 最初は意味が分からなかった。

 自分は全力だ。本気で打ち込んでいたし、相手を崩そうと必死で試合に臨んでいた。

 馬鹿にされている。そう思ったが、相手は相手でなぎさの体たらくにイラついてるように見えた。

 

「あなたは細かいこと考えても結果に出るタイプじゃないよ。変に迷ってないで、いいから思いっきり打ってきてよ。じゃないと()()()()ない」

 

 断じて認めたくはないが、それが原因で試合中になぎさは吹っ切れた。試合には負けたが、不思議と自信の付く結末を迎えたのだ。

 去り際、相手はこう言い残した。

 

「身体を大事にね。特に膝は壊しちゃダメだよ。久しぶりにたのしかったから、またやろうね。なぎさちゃん」

 

 これが、羽咲綾乃との出会いと別れ。

 後日行われた準決勝を見て、なぎさは強く決意した。

 次試合する時は、もっと強くなった自分であいつを倒してやると。

 

 そんな相手が目の前にいる現実に頭が痛くなってきた。

 

「羽咲綾乃です。去年のパコ打ち全日本ジュニアで三位入賞しましたー。愉しかったら入部いたしまーす」

「なんつー自己紹介を……芹ヶ谷薫子ですわ。去年は一応全中に出場しています。羽咲さんが入部するなら入部いたしますわ」

 

 クソ舐めた自己紹介を終えた一年ズ。一年生としての可愛げはゼロで、両者共に心根から滲み出る生意気さを既に感じさせていた。

 しかし、そんな些事が気にならないネームバリューに健太郎は瞳を見開いていた。

 

「は、羽咲綾乃って、あの羽咲綾乃か⁉︎」

「薫子ちゃん、羽咲綾乃って複数いるの?」

「そんなの私が知るわけないでしょう。……恐らく貴方が思っている通りの羽咲綾乃ですわ」

「うぉおおおおっ、本当か⁉︎」

 

 驚く以外ない。バドミントン業界における綾乃は有名過ぎる人物なのだ。

 

 神童──羽咲綾乃。

 

 昨年の全日本ジュニアにおいて中学生で三位まで上り詰めた異例中の異例。準決勝で最強──益子泪に負けはしたが、泪を唯一苦しめた試合として事実上の決勝戦とまで語られてるほどだ。

 北小町高校に入学していたとは予想外だった。綾乃なら全国の超強豪校から勧誘されていてもおかしくないのに。

 

「しかも君も全中出場経験者! こんな大型新人が二人も入ってくれるなんて!」

 

 つい先程までの悩みが一気に氷解される。人数確保に加え実力ある経験者にして扱いにくそうな後輩というオプション付き。綾乃と薫子は停滞している状況を刺激するには十二分な要素が詰まっていた。

 

 感動に震える健太郎や新入生の登場に嬉々としていた上級生だが、彼らのことを見回して薫子が呟く。

 

「それで、他の部員の方々はどこにいらっしゃるんですの?」

「確かに男子二人に女子四人しかいないですね?」

 

 綾乃の付き添いで同道していたエレナも薫子と同じ疑問を抱いていたのか、あまりの部員の少なさに首を傾げた。

 ギクッ、と固まったのは理子だった。

 

「あー、そのね。これで全員なんだよ?」

「……は? 全員って、この六人がですか?」

「……そうなの」

「新入生は……」

「二人が初めてなの……」

 

 ぼそぼそと声音が消えていく。

 理子の言葉がなんとか頭に染み込んだ薫子は呆然と固まり、露骨に溜め息を零した。

 

「これは想像以上ですわね。選択をミスった気がしてきましたわ……」

「へぇ、新入生私たち二人だけなんだね。中学の頃はもっといたのに、高校はこんなもんなんだ」

 

 部の現状などどうでもいいのか気楽にそう言う綾乃を見て、薫子はまさかの可能性に思い当たり綾乃に向き直った。

 

「羽咲さん、一つ聞きたいことがあります」

「ん、なーに?」

「貴方、何故北小町に入学したんですの?」

「近かったからだよ?」

「因みに中学も近所のですか?」

「それがどうかした?」

 

 キョトンとする綾乃から視線を外して、薫子は頭痛を抑えるように眉間を揉む。

 

(新入生がいない原因は羽咲さんが関わっていそうですね……)

 

 綾乃が中学の部活動を崩壊させたと聞いたのは今日のことだ。短い期間にどれだけ暴れたのかは知らないが、近隣の同世代の多くが暴虐の餌食となったのだろう。バドミントンを辞めた少年少女は両手の指では数え切れない筈。

 あくまで推測なので口には出さないけれど、恐らくいくら待ってもこれ以上新入生はやって来ないだろう。

 

 仕方ないと切り替える。薫子の目的は綾乃の近くでバドミントンをすることだ。部員が少ないのはデメリットにはなり得ない。

 幸いコーチは実力者であり、主将は確かな力を持っているのだ。

 

(あれが荒垣なぎさですわね……)

 

 少し離れた場所で綾乃を凝視しているなぎさを横目で収め、のほほんとキョロキョロする綾乃を一瞥。どうやらこの畜生はなぎさに気付いていないらしいと看破する。

 一体どういう神経をしているのか。幼少期からの綾乃の教育にさぞ興味を惹かれる薫子だったが、綾乃に距離を詰めるなぎさに一先ず様子見に入った。

 

「なぁ、アタシのこと覚えてるか?」

「え? 誰ですか?」

 

 そこ即答しますっ⁉︎ と声にならない絶叫を上げる薫子。同時に、流石羽咲さんはブレませんわねと感嘆していた。

 顔を顰めたのはなぎさだ。結構な勇気を振り絞って声を掛けたのに、結果は玉砕である。ぶっちゃけかなり恥ずかしい。穴があったら入りたいと羞恥で頰を紅潮させた。

 

 どうやら相手は知り合いらしい。そうと分かり本日二度目の思い出し作業に没頭する綾乃は、むむむーっとなぎさを見詰めながらふと零す。

 

「……え? 本当に知り合い?」

 

 なぎさの心に会心の一撃(クリティカルヒット)

 

「……貴方、本当に覚えてないんですの?」

「薫子ちゃんは知ってるの?」

「ええ、まぁ。神奈川では有名だと思いますわ。貴方も絶対知ってるはずよ」

「そうなんだ。おかしいなー、全然記憶から出てこない」

 

 無邪気になぎさのメンタルをズタボロにする綾乃は尚も悩む。

 その後十秒間記憶を巡った末に、

 

「薫子ちゃんヒント!」

 

 粉微塵に砕けたなぎさの心を火にくべるような暴挙に走った。

 この時点で薫子はなぎさの顔を直視出来なかった。だが自分のことはすぐ思い出してくれた事実が少しの優越感となり、綾乃の戯れに付き合う気になる。

 

「ヒントその一、去年の全日本ジュニア」

「…………次!」

「ヒントその二、21 - 0、21 - 8」

「…………もう一声!」

「ラストヒント、ジャンピングスマッシュ」

「──思い出した、スマッシュが強い人だ!」

 

 なぎさは崩折れた。

 側で聞いていた理子がぶわっと泣き、健太郎は盛大に顔を引攣らせ、薫子ですら憐れみを視線に宿していた。

 手をポンッと打ち、満足そうにけらけら笑うド畜生。他人への興味が希薄過ぎるが故の結末である。どうしてこんな非道と鬼畜を煮詰めた後にスパイスとして屑な人間性を注いだ性格になってしまったのか。

 

 かつて遊んだ記憶だけは思い出した綾乃は、突然しゃがみ込んだなぎさに不思議そうな双眸を向けた。

 

「どうしたの?」

「……いや、うん、なんもない」

 

 この場から逃げ出したい気持ちをグッと堪え、なぎさは立ち上がり改めて綾乃と対峙する。

 

「主将の荒垣なぎさだ。よろしくな、羽咲」

 

 若干潤んだ瞳でにこりと笑うなぎさ。

 同じような微笑みを綾乃は浮かべた。

 

「まだ入るって決めたわけじゃないよ?」

「よーし、練習すっぞー‼︎」

 

 健太郎は綾乃の言葉を搔き消すように号令をかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 空が赤く染まり夕闇が顔を覗かせる黄昏時。

 

「よし、集合だ!」

 

 部活動としての終わりを告げるため健太郎は部員を集める。

 多くが肩で息をしている中で平然としている綾乃を健太郎は瞥見し、内心息を呑みながら連絡事項を伝える。

 

「前から言っていたが、今週の土日は俺の知り合いの伝手で合宿を行う。羽咲と芹ヶ谷には急な話になってしまったが、参加は可能か?」

「私は問題ありませんわ」

「私も大丈夫かな?」

 

 どうやら入部の決意を固めてなくとも参加する意志はあるらしい。正直なところ、()()()()()入部するという綾乃にとって何が琴線なのか把握出来ていないので健太郎は戦々恐々の思いだったが、比較的前向きな発言に安堵していた。

 二人の賛意も取れたので諸々の連絡を済ませ、部活動としては解散を命じる。

 

「羽咲さん、この後お時間はありますか?」

「あるけど?」

「もう少し打っていきませんこと? あれでは動き足りないですわ」

「んー、いいよ。ノックで薫子ちゃんがぶっ倒れるまでね」

「さりげに鬼みたいなこと言いますわね……」

 

 せっせとシャトルを集める綾乃と薫子。監督役として健太郎は二人を見守りながら、先の事を考える。

 

(あの二人が入るとなると練習メニューを見直す必要があるな……)

 

 難しい問題だ。基準を下に合わせれば上の者には練習にならないし、上に合わせれば下の者は着いてこれない。

 もう失敗を犯せない健太郎は慎重に検討しつつ、薫子で遊んでいる綾乃を見遣る。

 

「ほいっ」

「はっ!」

「頑張れ頑張れ」

「ふっ、はっ、ちょっ、まっ」

「走れ走れー」

 

(羽咲もそうだが、芹ヶ谷の体力も異常だな……)

 

 今日一日で薫子の選手としての腕は大体把握した。純粋な持久走なら部内トップだろう。凡ゆる面における下地が整っており、強豪校においても一線を張れる実力者だ。全中出場は伊達ではない。

 だがそれを容易く凌駕するのが神童だ。

 

「ぜぇ、ぜぇ、……次は羽咲さんの番ですわよ」

「よし、こーい」

 

 身長は物足りない綾乃だが、引き絞られた全身はしなやかで、宿す敏捷性は全国を超え世界にすら通用すると健太郎は考えていた。

 更に恐ろしい事に、綾乃の真骨頂はシャトルコントロールにある。ノックは拾う事が第一のいじめのような練習だが、綾乃が返す球はコートの四隅を外さない。気付いた薫子が口角を引き攣らせていた。

 

「薫子ちゃんもこれくらい出来ないとね」

「上等ですわ……」

 

 再開するノック練習。綾乃は取れるか取れないかの瀬戸際を見極めるのが天才的に上手いのか、体力おばけの薫子にとってもかなりの鍛錬になっているようだ。

 

(あいつ指導者としても才能があるっぽいな……まぁ、芹ヶ谷みたいな根性がないと話にならないが)

 

 側から見るとこの二人は相性が良い。綾乃がいれば薫子は自然と強くなるだろう。

 だからこそ課題は綾乃の育成方法なのだが、こればっかりは簡単に答えは出ない。

 宿題だなと健太郎は一度切り上げ、汗を流す二人へと近付いた。

 

「二人とも、今日はその辺にしとけ」

 

 

 

 

 

 すっかりと暗くなった帰り道を歩く。

 ラケットバッグを背負って並ぶ綾乃と薫子。最悪な再会を果たした割に、纏う空気は思いの外和やかであった。

 

「それでどうでした? 久しぶりの部活動は?」

「うーん、まぁまぁかなー。泪ちゃんたちと比べると物足りないけど」

 

 あの面子と比べられると流石の薫子も怯んでしまう。泪、唯華、路は文句無しに最強の三人なのだ。

 それでも薫子はここで引けない理由がある。綾乃に勝つのが最終目的だが、綾乃と同じ高校で部活動に取り組んでみたいという気持ちもまた薫子の本心なのだ。

 

「……私は充実した練習が出来ましたわ。羽咲さんの球出しはどれもエグいので身になります」

 

 素直になり切れない薫子の発言だが、これでも目一杯デレている。その証拠に、綾乃は記憶に無い薫子の殊勝な態度にパチパチパチと眼を瞬かせていた。

 顔を背けている薫子はそんな綾乃の様子に気付いておらず、街灯に照らされた紅い横顔で言葉を続ける。

 

「宜しければ、今後も自主練に付き合ってくれませんか? 羽咲さんにも必ず、私とのバドミントンが楽しいと思わせてやりますわ!」

 

 自棄になったのか薫子は羞恥を押し殺して、真っ直ぐな眼で綾乃を正面から見詰める。

 ここまでやれば普通の感性の持ち主なら、苦笑いを浮かべてしょうがないなぁと提案を受け入れるところだろう。昼休みにエレナの口を割らせた交渉術を遺憾なく発揮した薫子に口説き落とされ、両者を結ぶ友情を一段と深める図である。

 

(うーん、どうしよっかな〜。薫子ちゃんと練習して私にどのくらいのメリットがあるんだろう……)

 

 そしてこの場面で損得を天秤に掛けるのが綾乃である。

 眼前の薫子を放置して勝手気儘に懊悩し始めた綾乃に薫子の口許が微振動し始めるが、目にも映っていない綾乃は沈思を開始した。

 

(壁打ちとかノックマシーンはもう飽きたし、薫子ちゃんが手伝ってくれるなら新鮮かな? 対人じゃないと磨けない部分もある。その代わりに自分の時間が無くなる……)

 

 考えて、意外とデメリットが少ないと分かる。

 

(薫子ちゃんは中学の人たちと違って壊れにくいし。愉しいとまではいかなくても普通に遊べる。もっと強くなるかもしれないし……)

 

「あっ…………」

 

 綾乃は気付いてしまった。

 悪魔の入れ知恵にも等しい画期的なアイデアを。

 

(そっか、私が愉しくなるように誰かを鍛えればいいんだ!)

 

 盲点だった。この発想は無かった。

 自分が母の作り物なのだから、自分も一から人形を作れば退屈しないではないか──!

 

 綾乃の思考は超速に加速する。

 

(その点薫子ちゃんは申し分無い! 体力もある、技術もある、何より根性がある! 誰が一番近い……唯華ちゃんだな、うん。なぎさちゃんはコーチに任せれば面白そうだし……)

 

「薫子ちゃん」

「な、何ですの⁉︎」

「私部活入るよ。薫子ちゃんとの自主練も付き合ってあげる!」

「本当ですの⁉︎」

 

 隠し切れない喜色を醸し出す薫子は知らない。綾乃が何を考えているのかなど。

 

(ふふふふ、愉しみだなぁ〜。お母さんにだって作れたんだもん、私に出来ない訳がないよ)

 

 笑みを交わし合う二人は歪な友情に結ばれていた。

 どちらもその友情を間違っていないと思える精神性を持っていたのは、きっと幸いな事なのだろう。

 

「これからよろしくね、薫子ちゃん」

「ええ。もちろんですわ、羽咲さん」

 

 

 

 

 

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