『あや、から、始、まる、リズ、ムに、合わ、せて』
ずんちゃっ「かお、4」「かお、かお、かお、かお」ずんちゃっ「あや、2」「、、あや、あや」ずんちゃっ「かお0」ずんちゃっ「エレ、チェケ」「YO、チェケ、ラッ、チョウ!」ずんちゃっ「かお、チェケ」「YO、チェケ、ラッ、チョウ……」ずんちゃっ「のり、3」「、のり、のり、のり」ずんちゃっ「かお、7」「、かお、かお、かお、かお、かお、かお、かお……」ずんちゃっ「あや、チェケ」「YO、チェケ、ラッ、チョウ!」ずんちゃっ「かお、4」
「──どうして
綾乃と薫子が北小町バドミントン部に入部して初めての土曜日。
健太郎が運転する車に乗って合宿先へと向かっていた一行は、案の定車内で荒れていた。
「羽咲さんですわよね、このゲームをやろうって言い出したのは!」
「薫子ちゃんの負けー」
けらけらと笑う綾乃。
あまりの腹立たしさに戦闘態勢に入る薫子。
どーどーどーと薫子を宥めるエレナとバドミントン部初参加の三浦のり子は苦笑を浮かべる。二人は非常時における綾乃の手綱を握る存在として同行を許可されており、早速お役目と経緯を説明しなさいと視線を投げた。
「薫子ちゃん、私の言い分を聞いて」
「いいでしょう」
「きっかけはSNSだったんだよ」
「……とりあえず続けなさい」
どうしようもなく漂う雲行きの怪しさに薫子の口角は既に引き攣っていた。主に怒りで。
「このゲームが巷で流行ってるって知って、四人いれば楽しいらしいから暇だしやってみようって」
「ほう。それがどうして私を嵌めるみたいなことになったのかしら?」
「やってみたら意外とつまんないって気付いたから薫子ちゃんで憂さ晴らし」
薫子は綾乃につかみ掛かった。
「何やってんだこいつらは……」
「あはは……、でも賑やかで私は好きだよ」
「……はぁ」
新しくできた後輩たちの暴れっぷりを呆れた様子のなぎさは、女神のような慈愛に満ちた理子の発言にため息を隠せなかった。
後部座席で取っ組み合う二人をエレナが囃し立て、理子の隣に座っていたのり子がすいませんすいませんと謝り倒す一幕。
こいつら完全に旅行気分だなと健太郎は嘆息一つ漏らし、まぁ意外と楽しそうだからいいかと切り替える。綾乃が
向かう先は神奈川体育大学。高校の同窓が在学している伝手で漕ぎ着けた修行場だ。インターハイ出場レベルのなぎさはもちろん、未だ全力が測りきれていない綾乃も退屈しないで済むだろう。
「よーし、着いたぞー」
予定より少し遅れて目的地に到着する。
互いに頬っぺたをぐにぐにし合っていた綾乃と薫子はひとまず矛を収め、連れ立って北小町より遥かに大きい体育館を見上げていた。
「おぉー、やっぱり大学って大きいんだねー」
「高校でも強豪校はこのくらいありますわ。まぁ北小町より環境が良いことには違いありませんわね」
なんだかんだで世話焼きな性格なのか薫子は綾乃への相づちを欠かさない。自己紹介時点ではどうなるかと内心不安に思っていた健太郎だったが、人間関係含めこの問題児たちは案外馴染んでいた。
「おーい、健太郎!」
「おー! 今回は世話になるぜ!」
ホストである青年に挨拶を述べ、早速とばかりに体育館へと案内される。
道中、青年は申し訳無さそうに頭をかいた。
「あー、あのな健太郎。急に予定が変わってよ……」
どうやら何か手違いがあったらしい。
先頭で話し込んでいる健太郎を余所に、綾乃たち一年生たちは後ろでお喋りに興じていた。
「そう思えば。綾乃、アンタここでは全力出すんでしょうね?」
「なんで?」
「なんでって、コーチにお願いされてたじゃない」
「そうですわよ羽咲さん。貴方この一週間、左手だってろくに使ってないのですから」
言い捨てながら薫子は心から滲み出る怒りを咬み殺す。全力はおろか利き腕すら使うに値しないと言われているようで、この一週間苛立ちは募るばかりだった。
薫子は知っている、綾乃の本当の強さを。
去年の全日本ジュニア、益子泪と繰り広げた死闘を。
あれをもう一度見たくて、あの状態に入った綾乃を倒したくて、薫子は数々の選択肢を捨てて北小町に入学したのだ。
半年経った今、自身と綾乃との間に聳え立つ壁を明確にしておきたい。
「そうだねー。たまには全力出さないと鈍っちゃうから左手使うのはいいんだけど……」
「何か不安があるの?」
キュッキュッと靴が擦れる音とシャトルを打ち抜く音が木霊するのが耳に届く中、のり子の疑問に綾乃は無垢な笑みを口元に刻む。
邪気の無い、それでいて無責任な怖気を孕んだ花が咲いたような笑みを。
「相手がバドミントン辞めても知らないよ?」
仄昏い煌めきが瞳に映る。
どこか螺子の外れた、綾乃にとっては日常的な歪なそれ。
数えてはいない。辞めたと知ったのも姿を見なくなってしばらく後のことで。続出するそれらにやっと気付いた。
自分が左手を使うとこうなるんだと。
退屈を凌ごうと遊びを組み込むと更に悪化するのも中学時代で学んだ。
学んでも、綾乃にやめるという選択肢は無かった。つまらないから、退屈だから。
自分は母が作った人形だったから。
初めて見たのだろう。親友の隠れた一面を垣間見たエレナとのり子は言葉を失う。
薫子だけは綾乃の狂気を含めて望外の機会と喜悦を表情に滲ませ、逸る気持ちを誤魔化すようにラケットバッグを背負い直した。
そんな雑談を交わしいたらいつの間にか体育館までやって来ていたらしい。
暗い廊下を抜け、明転する視界。
飛び込んで来たのは金色で。
「──お姉ちゃああああああああんっ‼︎」
「わっぱっとぉーっっっと⁉︎」
何某かがとんでもない勢いで綾乃に抱き付いてきた。
それを理解するより先に綾乃は超反応で相手を抱き留め……るのは重さに押し潰されそうで無理だったため、映画のワンシーンのように相手を二回転ほど抱き回して勢いを殺す。驚異の状況判断力とボディーバランスが成し遂げた偉業に、咄嗟に退避していたエレナ達が感嘆していた。
綾乃の視界が一瞬で黒く染まり、顔が柔らかな弾力に富んだ二つの果実に包まれる。
あっ、私今おっぱいに挟まれてる……と悟った綾乃は、未だ此方を抱き締める下手人へとそのままの状態で声を掛けた。
「なんでこんなところにいるの、コニーちゃん?」
「お姉ちゃんに会いにきたんだよ!」
何故この娘はこんなに懐いたのだろうか?
湧き上がる疑問を傍に、拘束を緩めてもらった綾乃はやっと金色の正体──自称妹であるコニー・クリステンセンと視線を合わせた。
「久しぶりには早いけど、一週間振りだね、コニーちゃん」
「うん、お姉ちゃんに会えて嬉しいよ!」
遠足ではしゃぐ幼児のような眩い笑顔のコニーに、もうお姉ちゃん呼びを訂正するのすら憚れた綾乃は改めてキョロキョロと周りを見回した。
圧倒的女子高生率。
なんとなく把握した。
「フレ女が来てるんだね」
「──正解よ。一週間振りね、綾乃」
コニーの背後から親しみが込められた挨拶が聞こえ、綾乃は口元を綻ばせる。
ひょいと覗けば、肩辺りで切り揃えられた黒髪を片方の耳に掛けた少女──志波姫唯華が微笑みをたたえていた。
「最速の再会だね、唯華ちゃん」
「えぇ、そうね。元々はそんな予定なかったんだけど、この娘があり得ないくらい駄々を捏ねてね……」
珍しく疲れた様子を窺わせる唯華。どうやら末っ子のワガママ具合には流石の唯華も呆れているようだ。
現在進行形でコニーに抱き締められている綾乃も、ふと同じ苦労を背負い込む未来を想像してしまう。
──やだこの娘メンドくさい。
『…………はぁぁぁ……』
ここまで唯華とシンクロするのは初めてだった。
「さてと。私はフレゼリシア女子バドミントン部主将として挨拶に回んないといけないから、また後でね」
「はーい。主将は大変だね〜」
「それなりにはね。……コニー、私がいなくなったからって勝手な行動取らないでよ?」
「うん! 行ってらっしゃい、唯華!」
「…………心配だわ……」
嬉々として唯華を送り出すコニーの目のなんと輝かしいことか。
一切の信頼が無い問題児に唯華は眼から光を消えていくのを自覚しつつ、後からやって来た北小町バドミントン部顧問である
「お姉ちゃん、試合しよ試合! 唯華もどっか行ったから今の内だよ!」
コニーは唯華の不安を見事に裏切らなかった。
「私が唯華ちゃんに怒られるからイヤだよ。それよりも……」
綾乃は首だけで背後へ振り返り、キョトンと固まる友人達へ目を眇めた。
「コニーちゃん、いい加減に放して。あと、私の友達に自己紹介」
「ええー! そんなことより
「……お姉ちゃんのお願いは聞けない?」
「フレゼリシア女子バドミントン部一年のコニー・クリステンセンです!」
即座に身を翻し、調教された兵隊の如き直立不動で挨拶を述べるコニー。お姉ちゃん大好きな妹は、お願いと言えば大抵は従ってくれるらしい。
成る程、コニーはこう扱えば良いのかと綾乃は学ぶ。超突貫でコニーに外堀を埋められ、自身も全力で墓穴を掘っている気がしないでもないが。
コニーの挨拶を受けてようやくエレナ達が動き出した。
「ちょっと綾乃! アンタに妹がいたなんて初耳よ!」
「しかもどう見ても日本人じゃない……」
「……お二人共冷静になって。同級生の時点で血は繋がってな……異母姉妹という可能性はありますわね」
全員が盛大に混乱していた。
特に薫子、テメェは駄目だ。一人冷静を気取りつつ、綾乃の父親を下衆扱い一歩手前とは何事か。
ここで面倒くさがるとロクな目に合わないと直感し、綾乃は大きな溜め息を吐いて渋々説明に移る。
「コニーちゃんとは血は繋がってないよ。会ったのも一週間前が初めてだし」
「じゃあなんでお姉ちゃんって呼ばれてるの?」
「お母さんが海外で世話してたんだって。失踪してからは二人で暮らしてたらしいよ?」
あっけらかんと溢れたその台詞に三人は少なくない戦慄を覚える。
仮にも母親が長期間留守にしていたというのに、綾乃の声音に含まれる感情は喜怒哀楽の何もかもが存在していない。今朝見たニュースの話題を友達との会話に使うような、ただ単に事実を述べただけの。
もはや淡白の一言では言い表せない違和感がこびり付いており、人としての大事な何かが欠けてしまっているのだと思わずにはいられない。
当の本人は全く気にした様子は無く、原因の一端を担うであろうコニーにも罪悪感などが砂粒ほども見当たらないのが奇妙なくらいだ。
むしろコニーは出会って一週間とは思えない懐き具合。
この姉してこの妹あり。
エレナ達はとても失礼な結論に落ち着いた。
色々と脱線していたが、突如として薫子がハッと表情を変えた。
「待ってください。貴方、コニー・クリステンセンとおっしゃいました?」
「えぇそうよ。デンマークから来たの」
「羽咲さん、
「コニーちゃんがプロかって意味なら本物らしいよ」
「えっ? この人そんな凄い人なんですか?」
断片からでも感じ取れる異様な雰囲気にエレナが首を傾げ、薫子は自身の記憶の整理を含め声に出して説明する。
「コニー・クリステンセン。デンマークユース代表。数々のタイトルを総ナメにした天才バドミントンプレイヤーと言われてますわ」
「へぇ〜、よく分からないけど凄い選手なんですね」
「そうよ、私はプロなの」
えっへん、と胸を張るコニー。仕草が子供っぽいなと各々が思ったが、言えば面倒そうなので揃って口をつぐむ。
(…………?)
ふと、綾乃はいつの間にか静まり返った体育館の随所を一瞥し続ける。
(見られてる。目当てはコニーちゃんかな?)
綾乃は詳しくなかったが、コニーはバドミントン業界においては超有名人。実力もさる事ながら、その類稀なる美貌もあって蝶よ花よと褒めそやされ、今後のバドミントン業界を率いる先導者としても期待されているのだ。
注目されない訳がない。フレ女の部員はともかく、その他のバドミントン選手がこぞって見ているのだろうと綾乃は納得していた。
それは正解で、同時に不正解であった。
「……あれって、まさか羽咲綾乃?」
「去年の全日本ジュニアで中学生にして三位になった神童……」
「なんで羽咲さんがコニー・クリステンセンと?」
「お姉ちゃんって言ってたけど……」
コニーは確かに有名だ。雑誌にも取り上げられたこともあり、世界規模と言ってもいい。
だが同世代においては神童──羽咲綾乃の名前の方が、遥かな畏怖をもって知られていた。
知らぬは当人ばかり。
神童と最強。バドミントンに携わる日本の少年少女で綾乃と泪の試合を見ていない者はにわかに等しいのだ。
周囲のざわめきを余所に、綾乃は再び我が儘を発散するコニーを押さえつけ、慌ててやって来たフレ女の副主将である美里さきに投げ渡す。
「お姉ちゃあああああんっ‼︎」
「あははー、ウチの子がごめんねー! あっちが更衣室だから、みんな着替えてくるといいよ!」
「そうですわね。行きましょうか、羽咲さん」
「そだねー」
制服であった北小町の四人は言われるがままに更衣室へと向かいその場を去る。
綾乃の姿が見えなくなった直後に大きくなる喧騒。交わされる言の葉に違いはあれど、内容に顕著な差は無く。
──まさかこんなところで羽咲綾乃とコニー・クリステンセンに会えるとは。
(まずいわね、これは……)
体育館に漂う空気を敏感に察した唯華は面倒ごとの気配に溜め息を押し殺す。
これは自分の力だけでは収められない。主将としては後輩が仕出かした責任を取るべきなのだろうが、綾乃まで混ざってしまうともう手の施しようがなかった。
ここまで盛り上がってしまったのだ。絶対に誰かが囃し立てるに決まっている。
生贄が必要だ。
(……仕方ない)
あの劇薬二人は二束三文で売り払おう。
綾乃、完全にとばっちりである。
そして唯華の計画上、もう二人捧げる予定である。
「立花さん、でしたっけ?」
「ああ。どうした、志波姫?」
北小町のコーチでありバドミントン部の実質的な責任者の立花に目を付けた唯華は、人の悪い笑みを浮かべた。
「一つ、ご提案がありまして」
「それで、なんでこんなことになったの?」
「私に聞かれても困りますわ……」
「ダブルス苦手なんだけどなー」
「なんとなくそうだとは思っていましたよ」
靴紐を結び終えた二人はコートへと脚を踏み入れる。
どうしてこうなったと表情で語る両者は視線を合わさず、ただ淡々と言葉を交わす。
「足引っ張らないでね、薫子ちゃん」
「それはこちらの台詞ですわ、羽咲さん」
互いに憎まれ口だが、二人に浮かぶのは不敵な笑み。
北小町バドミントン部の問題児二人が手を組んだ。
……あれは誰だ?
美少女だ。JKだ!
もちろん──
【挿絵表示】
なんかやってみたかったので(笑)
一つご報告です。
ツイ○ター始めました。はねバド!含めた色んな絵を練習がてら描いてます。
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