私、河合恵はとある組合の新入職員であった。お盆休み中の電話番を任されたときに、組合長が事務所にやってきた。休み中に事務所にやってきた組合長と私は出前をとり食事をした。そして……
pixivにも同じものを投稿しています。
『あっ、〇〇組合です』
『おう、恵ちゃんかい。まいど。出前かい?』
『はい。ひとつだけで申し訳ないんですけど、カツカレーをひとつ。事務所の方にお願いします』
* * * * *
私、河合恵は誰もいない事務所でパソコンに向かい、来週の予定表を作っていた。事務所の隅に置かれたテレビでは夏の高校野球が中継されており、たびたび甲高い金属音が響いていた。試合は序盤から乱打戦の様相である
八月十五日、世間はお盆休みである。私が勤めている組合も昨日からお盆休みであった。
しかし、私は昨日も今日も事務所に出勤していた。所謂電話番である。職員十人もいない小さな組合の新入職員であったし、組合事務所から徒歩五分に住んでいたということもあり、私に声がかかったのだ。
四月に入ったばかりのぺーぺーの私には断る理由などなかった。それに、翌月に夏休みをずらしてもらえるということであったし、電話番として事務所にいるだけで賃金を貰えるということであったので、それほど悪い条件でもなかった。エアコンも稼働しており、灼熱の屋外と比べると事務所内はひどく快適であった。
そろそろ時計の短針と長針が重なろうという時刻になろうとしていた。
今日のお昼はどうしましょうか。机の下には買い置きのカップ麺があるので、それでも食べようか。
そんなことを考えていると、テレビから女性のアナウンスが聞こえた後、突然大きなサイレンが流れてざわめきが静まった。
デスクから立ち上がりテレビの正面に立つと、画面の中の人々はみな立ち上がって目をつぶっていた。
黙祷であった。
八月十五日。終戦記念日の正午。阪神甲子園球場では黙祷が行われていた。先ほどまでの歓声、ブラスバンド、バットがボールに当たる金属音、ボールがミットに収まる音、アナウンス、実況など様々な音が流れていたスピーカーから、遠く響くサイレンの音だけが流れていた。
私は画面を凝視したまま立ち尽くしていた。
やがてサイレンが細く消えていった。「ご協力ありがとうございました」というアナウンスを合図に、ダイヤモンドで純白のユニフォームの選手たちが動き始めた。
画面から目を離し、自分のデスクに戻ろうとしたところで事務所のドアが開いた。
ぎょっとして顔を向けると、恰幅のい五十代半ばの男性がドアから首を伸ばすように頭を出していた。この組合の組合長を務める吉田さんであった。
組合長はゴルフで日に焼けた顔を私に向け、野太い声で「おう、恵ちゃん。おつかれさん」といつも通りの挨拶を投げかけてきた。私は反射的に「お疲れ様です」と返答をした。
組合長とはいっても常駐しているわけではなく、週に何度か書類を処理しに事務所に出勤する程度であったので、私はかれとはそれほど親しく話したことはなかった。本業は不動産関係の会社を経営していると聞いている。
お盆休みなのにどうしたのだろうか。忘れものだろうかと思案して声に出そうとすると、組合長の方が先に声を出した。
「もう昼飯食ったか?」
「いいえ、まだです」
全く予想していない内容が飛んできたので、またも素直に返答するよりなかった。
「そうか、俺もまだなんだ。じゃあ出前でも取るべ。奢ってやるから」
そう言うと、組合長は大股でパーテーションの裏に置かれた冷蔵庫まで進み、その上に置いてある出前のメニュー表を数種類手に取った。吟味するようにしかめっ面でしばらく唸った後、右手を顎に当てて頷くと、私の方に振り返り「俺はカツカレー」と宣言をした。組合長はメニュー表を私に手渡し、打ち合わせ用に置いてあるテーブルの椅子を引いて腰かけた。
手渡されたメニュー表は、事務所のすぐ横にある橋の対岸の食堂のものであった。
正直なところメニューを渡され、困った。こういう時、どういうものを頼めばいいのか社会経験が浅い私には判断がつかなかったのだ。とりあえず、同じものなら悪くはないだろうと考え「じゃあ、私もカツカレーにします」と答えると、組合長はテレビに目を向けたまま「いいねえ」と答えた。
私は早速受話器を取り、プッシュボタンを押した。
三コール目で相手側の受話器が取られ、しわがれてはいるが元気のいい声が響いてきた。
『毎度ありがとうございます。松葉食堂です』
『どうも、〇〇組合です。出前お願いします』
『おっ、お盆も休まず仕事かい。偉いもんだ』
松葉食堂の店主は電話の向こうでからからと笑っていた。元気な声をきいて私も嬉しくなった。
『おじさんこそ休んでないじゃないですか。それで、注文なんですけど、カツカレーをふたつお願いします』
『あいよ。すぐにもっていくよ』
受話器を置き、組合長の方を見ると、かれは野球に見入っている。テレビの中では後攻チームのエースが二死二三塁のピンチを見逃し三振で切り抜けたところであった。
「ナイスボール!」
組合長は頷きながら拳を握った。その姿は若々しく、野球少年のような澄んだ目をしていた。
私は冷蔵庫から麦茶のボトルを取り出してグラスに注ぎ、その野球少年の前に静かに置いた。
「ああ、ありがとう」
かれは画面から目を離し、私の目を見て丁寧に礼を言った。
出前が来るまで二十分程度かかるので、間が持つだろうかと思いながらも、私は組合長の向かいに座った。自分の親と同年代であろう男性と二人きりになる機会など、これまでの人生ではなかったのだから。
しかし、それも杞憂であった。向こうは向こうで、自分の子供と私が同年代なのだ。
学校ではどんな勉強をしていたのか。部活はどんなことをしていたのか。最近はなかなか娘が言うことを聞いてくれない。自分の学生時代はこんな感じだった等々……。
無難と言えば無難な話題ではあるが、話は弾んだ。「彼氏はいるのか」という話題はちょっとセクハラになるかなと思いはしたが。
* * * * *
「まいどさーん」
松葉食堂の六十年配の小柄な店主が、岡持ちをもってやってきた。丸い顔をしていて見た目は実年齢より若々しいが、皴の多いごつごつとした手はそれなりの年齢を表していた。職人の手であった。
岡持ちからラップフィルムのかかった大きな皿がテーブルにふたつ並べられた。組合長は厚い札入れから千円札を二枚取出し、主人からお釣りを貰い、ズボンのポケットにねじ込んだ。
「はい、ありがとうございます。後で食器下げに来るからいつも通り給湯室に置いておいてね」
店主は長閑で伸びやかな声を残し、事務所を後にした。
湯気で白くなったラップフィルムを剥がすと、立派なカツカレーが現れた。山となった米飯の上に私の手くらいもあるトンカツが鎮座しており、その上にやや黄色味が強いカレールーがかけられている。米飯の横にはサラダと福神漬けも乗っている。
「結構ボリュームありますね」
思っていたよりも量が多く少々狼狽えた。
組合長はというと「そうそう、これなんだよ。いただきます」と一人で納得した様子で、フォークをカツに突き刺し大きな口を開けてカツを頬張り始めた。
私もそれを見てカツにフォークを刺して、もくもくと食べ始めた。カツは分厚くカラッと上がっていた。
時々、かれと目が合ったが、声を発することはなかった。ただ、「どうだ美味いだろう」というような目を私に向け微笑んでいた。
* * * * *
組合長は先に食べ終わると、席を立ち給湯室に食器を下げに行ってしまった。「私が片付けるのでそのままにしておいてください」と言う間もなく颯爽と出て行ってしまった。
じきに、私も食べ終わり、給湯室に食器を持っていくと、驚いた。
組合長がスポンジを泡立てて食器を綺麗に洗っていたのだ。松葉食堂と事務所は近いので、店主がすぐに食器を下げに来る。なので、職員はいつも水で流す程度で綺麗に洗うということはしていなかった。
私はとっさに「そんなに綺麗に洗わなくても大丈夫ですよ」と言いかけると、組合長は「いいんだ、いいんだ」と笑い、手を泡だらけにしながら大皿を洗い続けた。
私は、随分律儀な人であるなと思い、彼が洗い終わるまで横顔を眺めているしかなかった。
組合長が食器を綺麗に洗ったので、私も綺麗に自分の分を洗ってから事務所に戻った。事務所の扉を開けると、組合長は腕を組んでテレビの前に立ち、真剣なまなざしで野球中継を観ていた。
そして、大きなサイレンがテレビから鳴り響いた。試合が終わったのだろう。横からテレビを覗き込むと、最後のバッターが一塁上で土に塗れ、うつ伏せで倒れ込んでいた。
組合長は、うん、と頷くと、「じゃあ、あとはよろしく頼むわ」と私にひらひらと手を振りながら事務所を出て行った。
その時の私は、稟議書に目を通すでもなく、わざわざお昼ご飯だけ食べて何をしに来たのだろうかと不思議に思っていた。
* * * * *
翌日、八月十六日も私は出勤していた。
その日も鳴らない電話を待ちながら、特別することもなくすごしていた。一応、物品の在庫確認をしたり、掃除をしてみたりはしていたが、文庫本を読んでぼんやりしている時間の方が長かった。
デスクの上に今まで読んでいた文庫本を置いて欠伸をしながら時計を確認すると、時刻はもうすぐ終業時間になるところであった。
立ち上がって伸びをしたところで事務所のドアがノックされた。まさか、二日連続でお盆休み中にお客さんとは。
「はーい」と声をあげると、長身で面長の顔に眼鏡をかけた男がおずおずと入ってきた。
はて、顔はみたことはあるが、これはどちらさまだったでしょうか。自分の脳内の人物リストを高速で検索すると、ある人物がヒットした。そうだ、組合長のと仲のいいガス屋さんの社長だ。いつも組合長とゴルフに一緒に行く人だ。確か苗字は樋口さん。会社は私がいつも行くスーパーの近くのあの建物だ。
「社長、どうかしましたか」
私はすぐさま脳内の検索結果を使い、ガス屋の社長に声をかける。相手はというと事務所の中をじろりと一瞥してから、何かを言おうと口を開きかけてから、また口を閉じた。
「社長?」
「あ、いや。なんでもないんだ。えーと、河合さん、今日は組合長はこっちに顔を出していないのかな?」
「今日は来てないですね」
そう私は何の気なしに返答すると、樋口氏は眉間に皴をよせて、しばし逡巡しながら言葉を発した。
「今日『は』ということは、昨日は顔を出したのかい?」
「はぁ、そうです。お昼ごろに来て、一緒に出前を取って食事をしました」
私の言葉を聞いて樋口氏の眉間の皴が深くなったように見えた。そして、続けざまに質問が浴びせられた。
「食事のあとはどうしたんだい?」
「うーん。それはわかりませんね。食事を終えたらすぐに出て行かれましたので」
樋口氏は納得していないのか、しばらく虚空を見つめて黙り込んだ。
それから「わかった。ありがとう。仕事中に悪かったね」と言葉を残して事務所を後にした。
仕事と言われるほどのことをしていない私は、ぽかんした顔でかれを見送った。
* * * * *
八月十七日、会社のお盆休みが終わり皆が出勤してきた。
しかし、どうも次長の様子がおかしい。何か悩み事があるようで、仕事中も手を止めて考え事をしていることが多かった。いつもは朗らかで無駄に明るい声をだす次長が今日は言葉も少なく、冗談はひとつも口に出さなかった。
就業時間近くになってから、電話が鳴った。私が受話器を取ろうとすると、次長が「俺が取る」と私を制して受話器を上げた。
次長は相手の話に相槌を打つだけで、自分から言葉を発することはなかった。そして、受話器を耳に当てた次長の顔が次第に青白くなった。
「そうか、わかった。ああ、うん。そうしたら……、どちらにせよ明日だな……」
普段聞いたことのない低い声で次長は受話器を置いた。
それから、次長は今日はもう仕事を切り上げるように指示を出し、なるべく早く全員事務所から出るよう促した。
私には何が何だかわからなかった。他の職員はというと、首をかしげている人もいれば、暗い目をして次長に黙礼をして出て行く者もいた。
何かが起こったのだということは察せられたが、私にはまだ何が起こったのかは察することはできなかった。
* * * * *
八月十八日、この日は朝からとても暑かった。外の温度計は八時の時点で三十度を超えていた。セミが盛んに鳴いている日であった。
朝の打ち合わせで、次長から組合長の吉田さんが亡くなったと職員に伝えられた。
自殺であった。
皆、俯き、一言もしゃべらなかった。上司の一人は嗚咽を堪え、手で顔を覆っていた。
窓の外を見ると、暑さのせいか景色がいつもより白く見えた気がした。
* * * * *
八月十七日午後三時、自分の車の中で亡くなっている組合長が発見された。死因は練炭による一酸化炭素中毒死であった。死亡推定時刻は十六日未明。
組合長のRV車は、市内に自身で持っていた土地の中で発見された。草がぼうぼうに生えており、全く使う見込みの立っていない空地であった。
組合長は十五日から家に帰っておらず、翌日も帰らなかった。昔から夜遊びが好きな人だったらしく、一日くらい家に帰らないことも年に数回はある人であった。しかし、二日連続で連絡もなく家に帰らないということは今までにないことであった。
夫人が携帯電話に連絡してもつながらず、流石にこれはおかしい、何かがあったのではないかと思い、十七日未明に自ら警察に通報。それから本格的な捜索が始まった。
十五日の昼に私と昼食を取って以降かれは行方知れずだったのだ。一応、十五日の夕方にそれらしき車が市内のホームセンターに止められていたという目撃情報があったが、それも定かではない。
ガス屋の樋口氏が十六日夕方に組合事務所を訪れたのは、夫人から相談があったからだろう。一番仲の良かった樋口氏は手当たり次第に、親友である組合長を探していたようだ。
だが、もう遅かったのだ。
組合長が空地に車を止めてその中で自死したのは、残されることになる家族への配慮であったのだろうか。
家で自死すれば、資産価値が下がるだろうし、第一発見者は家族になることであろう。だから、かれは自分の持っている使い道のない土地を選んだのではなかろうか。
私は足りない頭を働かせてそう考えた。
真実はわからない。
* * * * *
葬儀まで色々なことがあったはずだが、それらは私の記憶から抜け落ちている。身近な人が自分で命を絶ったということで、私自身ショックを受けたのだろうか。
組合長の身に何があったのか。何が原因となったのか。それについては詳細は聞いていない。葬儀後に原因らしきことがちらちらと漏れ聞こえてきたが、私は興味を示さなかった
原因は知らなくてもいいと思っている。
それよりも私が気になったことがある。
かれはなぜ最後に組合の事務所に顔を出したのであろうか。そして、なぜそれほど近しいわけでもない私と食事を共にしたのか。しかし、おそらくこれは誰にもわからないことだ。
ただ、一つだけ私にもわかることがある。カレー皿を綺麗に洗ったことだけは……。
立つ鳥跡を濁さず。
かれなりの潔さだったのだろう。
私の脳裏には、カレー皿を綺麗に洗うかれの姿が焼きついている。穏やかな表情であった。
* * * * *
あれから三年の月日が流れた。
私は会報誌を作るため、デスクでパソコンに向かっていた。クーラーの効いた組合事務所には私ひとりであった。そう、今日は電話番である。ひとりでいるのをいいことに、いつもより冷房の設定温度を下げてすごしていた。労働環境を快適にした方が、仕事も進むはずだと言い訳をしながら……。
だが、書いては消し、書いては消しを繰り返し、文章作成は遅々として進んでいなかった。
事務所のテレビからは今年も高校球児たちの熱戦が中継されていた。今中継されている試合は、大会ナンバーワンと評価されている投手が、相手打者をバッタバッタと三振に切って取っている模様だ。スタンドからは大歓声が起き、実況をするアナウンサーも興奮が抑えられない様子である。
ふと、突然実況が静かになり、観客の歓声も引いた。
振り向いてテレビを見た瞬間、大きなサイレンがテレビのスピーカーから鳴り始めた。私は立ち上がり、ゆっくりとテレビの前まで進んだ。
身体の前で手を組んで両目を閉じているご婦人。ボロボロの学生服を纏い直立不動で目をつむる応援団長。祈るように胸の前で手を組んでいるセーラー服の女学生。ベンチ前でぎゅっと目をつむり天を仰いでいる泥だらけのユニフォームの選手。両手で帽子を持ち、俯いて目を閉じているマウンド上のエースピッチャー。
誰もがみな静かに祈りをささげていた。
私は瞬きするのも忘れて画面を見続けていた。
今日は八月十五日であった。
サイレンが徐々に小さくなり、消えた。
それと同時に私は踵を返しデスクに戻った。受話器を手に取り、外線ボタンを押して六桁の電話番号をプッシュした。
三コール目で相手側の受話器が取られ、しわがれた元気な声が受話器を通じて耳に入ってきた。
『毎度ありがとうございます。松葉食堂です』
注文は決まっていた。
あとがき
いつもは艦これの二次創作小説などを書いています。
今回の小説は、私の初めてのオリジナル小説になります。
このお話は私が体験したことを基に、七割くらいフィクションを入れて出来ています。
私は自殺をする直前の人に出前のカツカレーを奢っていただいて、一緒に食べたことがあります。
そのことをフィクションを交えて書いてみたのです。
その人は、ボリュームのある出前のカツカレーを美味しそうに食べた後、給湯室で皿をきれいに洗ったのです。
普段はそんなことをしないので、その時の私は「几帳面なもんだな」と思い、ただ眺めていました。
後から思えば、それは死へと向かうサインだったのでしょう。
そのサインに気が付いたとしても、その人の死を私が止められたは思えません。
その人は死に向かって準備をして、着々と進んでいったのです。
食事を終えて皿を洗い、その人と別れました。それからその人は行方知れずになりました。次に会ったのはお通夜でした。
もしかしたら、その人と最後に会話したのは私だったのかもしれません。
見つかったときはもう命を絶った後であったので、本当にそうだったかはわからないのですが。
初めて書いたオリジナル小説が暗いのは私らしいというかなんというか……
暗いお話を最後まで読んでくださってありがとうございます。