第0話「プロローグ」
「――おい、バルバトス。お前だって止まりたくないだろ?」
ギチギチと鉄と鉄同士が削れる音を鳴らしながらも、バルバトスと呼ばれる機体は紅い眼光を光らせその問いに答えるかのように光る。
声の主、三日月・オーガスは右目から溢れ出ている血の涙を頬に流れていたところを舌で掬い取る。血特有の鉄の味を確認すると口角を上げ、ニィと笑みを浮かべると操縦機を握りしめた。
「んじゃ、いくかぁ!!」
三日月・オーガスの声に反応するようにバルバトスも持てるだけの力を振り絞り大地を蹴りだす。蹴り出した先に敵機を見つけると、相手が反応する前に右手の鋭利な爪でコックピットに向けて一撃で仕留めるように繰り出す。敵は何が起こったか理解する頃には、すでに終わっていた。
その光景を見ていた敵陣営達もすぐさま反撃するが、いくら瀕死寸前の機体だからとはいえここまでの差はなんだ。相手はたった一機。しかもすでに手負いの機体。左腕を失い、動かすたびに舞い散る機械のパーツ。バルバトスの象徴ともいえる二本の角は片方折れている。
パイロットの三日月・オーガスも敵からは見えていないものの身体のあちこちにバルバトスが負傷した時に飛び散った鉄の破片が至る所に突き刺さっていていた。並みの人間ならば痛みに耐えきれずのたうち回っていてもおかしくはなにであろうにも関わらず。
「……なんなんだよ、あいつ。本当の悪魔じゃねぇか!?」
敵の一人が溢した叫び声。叫び声を上げた敵の目の前の光景には信じられない光景が映っていた。こちらの陣営には数十機いたにもかかわらず、一機、また一機と次々と葬られていく。
バルバトスの装備の一つ、テイルブレードに一突きされた後、刺された機体は他の機体に投げ飛ばされたかと思えば、投げ飛ばしてきた地点から一気に加速をしてきては同時に残っている右手の爪でコックピットに向けて突き立てる。
動かなくなった敵機の武器であるアックスを奪い取っては、まだ倒していない敵機に向かって突き立てる。もはや自分たちでは手に負えない――そう思った時、
「下がれ! こいつの相手は私がする!」
突如、バルバトス向かって行ったのはアリアンロッド所属、ジュリエッタ・ジュリスであった。
ジュリエッタはバルバトスに突進し、味方の機体からある程度のところまで引き離すと反撃を行う。ジュリエッタの攻撃に対し紙一重に避け続けるバルバトスの操縦者、三日月・オーガスの行動に理解が出来なかった。
「何故だ! 何故まだ抗う!? 無駄なあがきだ! こんな無意味な戦いに何の大義があるというのだ!?」
その問いに対し三日月は薄れていくと意識の中、ぼんやりと考えた。
「大儀?……なにそれ。意味?――そうだな」
――意味ならある。俺にはオルガがくれた意味がある。
何にも持っていなかった。この手の中に、こんなにも多くのものが溢れている。
生まれた時から強くなければ生きてはいけない。それだけはわかっていた。そんな生きるか死ぬかだけしか持ちえなかった俺に多くのものモノをくれた。――そうだ。俺たちは辿りついていたんだ。
すでにバルバトスの機体は限界を超えていた。それでもバルバトスは最後まで三日月の意志に応えるかのように、ジュリエッタの機体に向かって特攻していく。
「何故だ…何故なんだ!? 果たすべき大義もなく、何故!?」
もはや攻撃ともいえないバルバトスのテイルブレードを撃ち落とし、悲痛な表情を浮かべながらバルバトスのコックピットに向けて腕部についているブレードを一閃。そこに映っていたものはすでに意識を失っていた三日月の姿だった。
「もう……意識が」
ジュリエッタは最後まで理解が出来なかった。彼が何故そんなにも抗い、戦い抜いたのかを。その意味を知ることはもう――ないであろう。
これが三日月・オーガスの最後の生き様だった。
♢
――あれからどうなったのだろう。
三日月はぼんやりとした意識の中ふと思った。あの戦いの後自分は死んだんだと思っていた。しかし、死んだかと思っていたら朦朧とはしているものの意識はあった。だが、いざ体を動かそうにも体の感覚自体が存在していないのかうまく動かすことが出来ない。
(……てっきり意識があるから喋れるかと思ったけど喋れないし)
あまり難しいことを考えることが苦手な三日月にとって今の状況を把握することは無理だということはよくわかった。それでもこうも時間間隔もなく、ふよふよとした浮遊感に近い感覚を感じると、じっとしているのが退屈に思えてしまう。
(クーデリアが言ってたあの世っていうのかな。なんか宇宙にいた時に似てるけど)
クーデリアの話で聞いたことがある。なんでも人は死ぬと肉体は無くなり魂だけになるらしい。以前、葬式ってのもやったことがあるけど、てっきりオルガやビスケット、シノ達に会えるかと思ったがどうやらそうではないらしい。
(クーデリアやアトラはどうしてるんだろう? ミサンガまた汚しちゃったからアトラ怒ってるかもしれない。クーデリア一緒に謝ってくれるかな)
いつの日かまた皆と会えたらと考えていると、前方、あるいは目の前に一筋の光が差し込む。
(あれは……なんだろう?)
景色もなければ辺りは真っ暗なところから一筋の光が見える。無意識のうちに手を伸ばす感覚をすると、今まで動かすことも認識することも出来なかった手の感覚があった。
「……あれ? 動く?」
手だけではなかった。どうやら喋ることも出来るようになっていることに三日月は気づいた。他の部位も少しずつだが徐々に認識が出来るようになっていく。
視界が少しずつクリアになるとようやく目が見えるようになった。だが、目の前には三日月にとって思いもしなかった人物がいた。
――そこに映っていたのは幼少期から共に過ごし、三日月に意味を与えた張本人、オルガ・イツカの姿であった。
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