取り残された俺の物語   作:柚子檸檬

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第十話 告白か懺悔か

「えーっと、つまりその金髪デカメロンはコーイチのクラスメイト達が連れてかれた世界の住人で、事件の捜査をしてる変な警察組織とも接触して、世話役に抜擢されて今に至るって事?」

 

「世話役はなんか違う気がするけど、まあそうだよ」

 

 シズが起きた後、立ち話もなんだからと近くのレストランへと移動。

 

 夕方ごろのファミレスは若者たちの駄弁り場だ。声の音量さえ気を付ければ話の内容なんて誰も気にしないだろうと遠慮なくウィスタリアさんの紹介と現在の状況を簡潔にだが説明した。

 

「はー何だか頭痛くなってきたわ」

 

「打ち所が悪かったか?」

 

「そういう意味じゃないわよ……というか分かってて言ってない?」

 

 無論、説明されたからといってシズが納得している訳がない。

 

 理解と納得は全くの別物だ。

 

「大体、何でこんなところにいるんだよ。会いに来るんだったら連絡くらい寄越してくれ」

 

「うっ、それは悪かったわよ」

 

「というかお幸せにって何だよ……」

 

「煩いわね。元々は遠目から見るだけで済ませるつもりだったのよ」

 

 シズはバツの悪そうな顔で目を逸らした。そしてそのままウィスタリアさんの方へと向き直る。まだ彼女を警戒しているせいか態度が固く、目つきも少々険しい。

 

「私は空井雫……って私の言葉は分からないか」

 

「シ、ズク」

 

「えっ、喋れるの!?」

 

 まだまだ片言だし聞き取れるのも簡単な単語が限界だが、彼女は着実に話せるようになっている。

 

「ベアトリス・ウィスタリア。ヤロスク」

 

「よ、よろしく」

 

 ウィスタリアさんは片言で喋りながら友好の証にと右手を差し出し、シズはそれを躊躇いながらも握った。

 

「うわっ、めっちゃ固い! 剣ダコってやつかしら、流石女騎士」

 

 何が流石なのかはよく分からない。しかしマメが何度も潰れて固くなった掌というのは日々の研鑽が形になって表れているみたいでなかなか格好いいとは思う。

 

「ね、ねえ。本当にこの人とは何もないの?」

 

「向こうは弟認識だしな。多分そういう目では見られてないと思う」

 

 勝手な偏見かもしれないが、この手の女性は自分よりも弱い相手とそういう関係にはなろうとしないイメージがある。そして言うまでもない事だが、魔法が使えるというだけで戦闘どころかここ数年喧嘩すらまともにした事が無い俺が騎士として長年研鑽を積んだであろうウィスタリアさんに勝てるとは到底思えない。

 

 だからこその弟認定なのかもしれない。

 

「じゃあ、コーイチは?」

 

 その質問に対して少し考えてみたが、はっきりとした答えは出なかった。

 

「分からないな。美人だけど、なんかそういう目で見ると気後れするというか。明らかに高嶺の花というか。別世界の存在というか」

 

「実際に別世界の存在でしょうが」

 

 そういう意味で言ったわけじゃないんだけどね。

 

 今後どうなるかなんて分からないのが人間関係の辛い所であり面白い所でもあると思う。もしかしたら何かの拍子に互いの中が急接近するかもしれないし、そのまま何事も無く関係が消滅するかもしれない。

 

高嶺の花……フフフ、後は枯れるだけという事か……

 

 ウィスタリアさんは虚ろな目でブツブツ何か言っている。変なスイッチ入っちゃったみたいでとても怖い。どうやらそっち系(・・・・)のワードは彼女には禁句みたいだ。

 

「ふーん……」

 

 シズは納得いかないとばかりに疑惑の目線をこちらに向けてくる。

 

 気持ちは分からないでもない。俺だって久遠寺さんが向こうの世界とイケメン騎士やら御曹司やら王侯貴族やらに言い寄られて満更でも無かったら気が気ではない。

 

 疑惑の目を向ける幼馴染に変なスイッチが入って虚ろな目をした女騎士。

 

 凄いな、綺麗所が二人で両手に花な筈なのに全然嬉しくないや。

 

「お待たせしました!」

 

 この間が持たない空間に元気な声と共に現れるウェイトレスのお姉さん。今の俺にはその営業スマイルが女神の微笑みと同等の価値があると思えた。

 

「山盛りポテトフライにハンバーグプレートのライス大盛、ロイヤルプリンチョコバナナパフェでございます」

 

 ちなみにポテトフライが俺、ハンバーグプレートがシズ、ロイヤルプリンチョコバナナパフェがウィスタリアさんである。俺は夕食前だからと全員でつまめるやつを頼んだのだが、他二人がガッツリといくのは少々予想外だった。

 

「お前、夕食前に食い過ぎだろ」

 

「え、部活やってればこれくらい普通でしょ?」

 

 部活帰りにコロッケやら肉まんやらを軽く腹に入れるならともかくハンバーグプレートの大盛はおかしい。

 

「それにこっちの方がやばいでしょ」

 

 おかしいといえばウィスタリアさんの目の前にある物体もおかしい。ビールジョッキ程の大きさの器にこれでもかと盛られた生クリームとそれに刺さる2本分はあると思われるカットされたバナナ、チョコソースもしっかりかかっていて生クリームのしたには大きめのプリンが見えた。底は生クリーム、チョコ、フレークが何段にもなった活断層になっている。

 

 まさにカロリーの権化。

 

「あの、本当にそれを食べるんですか?」

 

「…………はっ!? な、何か言ったか?」

 

「いや、だからそれ……」

 

「おおっ、もう来たのか。思ってたより早いな」

 

 もはや何も言うまい。先程まで虚ろだった目は既に目の前にあるカロリーの山に釘付けになっている。スプーンを持っているがどこから手を付けていいのか困っているようだ。

 

 意を決した彼女は豪快にスプーンを突っ込んでパフェを頬張った。

 

「――――っ!? はぁ……」

 

 一瞬のうちに彼女は『パフェには勝てなかったよ』と言わんばかりの蕩けた笑顔へと変化。それを初めて見るシズは驚きのあまりハンバーグに刺そうとしたフォークが止まっている。

 

 彼女は堅物に見えて意外と感情表現が豊かだったりする。甘いものにはこのように破顔するし、可愛い小動物を見かければ頬を緩ませ、未知のものに触れると目を輝かせるといった如何にも年頃の女性らしい態度を取るのだ。

 

「はぁ、美味しかった……」

 

「マジかよ」

 

 彼女の感嘆の吐息と共にパフェは空となった。俺達が見とれているほんの数分の間に彼女はあの胸焼けしそうなパフェを食べつくしたのだと思うと恐ろし過ぎる。

 

「そういえば、コーイチはこれからどうするのよ」

 

「どうするって?」

 

「変な組織が接触してきたんでしょ。それからどうするのかって聞いてるの」

 

 どうするかだなんてそんな事はもう決まっている。

 

「もし俺に出来る事があるならやっておきたい。一年前は俺は一人だったし、どうしていいのかも分からなかった」

 

 少しだけ選択肢があったとはいえ、それは有って無いようなものだったし、成り行きに任せるしかなかったのは悲しかったし苦しかったし辛かった。

 

「でも、今なら何か出来る事があるかもしれない。俺に出来る事があって、それで皆が帰って来れるならやっておきたい。それで久遠寺さんにも……」

 

「やっぱり、久遠寺さんの事は諦めてないんだ……」

 

「諦められたら楽だったかもしれないけどな」

 

 無理だったからこそ、俺はこうして悶々としている。

 

 あの日俺は多くのものを失った。もしそれを取り戻す機会を得る事が出来たのであれば、取り戻したい。俺にだってそうする権利くらいある筈だ。

 

「君が決めたのなら私からはもう何も言わない。ただ、無理だけはするな」

 

「はい」

 

 それは勿論、俺は死ぬときはベッドの上で子ども達と孫達に囲まれながら眠るように息を引き取りたい。怪物や野盗なんかに襲われてジ・エンドなんて結末は真っ平御免だ。

 

「そっか」

 

 彼女の反応は思っていたよりもあっさりだった。

 

「だからその、告白の返事については……」

 

「待つわよ、それくらい」

 

 これまたあっさり。

 

 ウィスタリアさんとの関係はあんなにも疑っていたのに。

 

「何かあっさり過ぎて恐いんだけど。俺なんかした?」

 

「好きな人がいるからって告白の返事を先延ばしにしてる」

 

「いや、それに関しては本当にごめんなさい」 

 

「にしし、冗談よ」

 

 その笑みはまるで悪戯が成功した子どものようだ。

 

「私はずっと恐かった。もし告白しても『お前をそんな目で見れない』なんて言われて、今ある関係すら無くなったりしたらきっと耐えられない。そしたらいつの間にかコーイチには好きな人が出来てて、きっと現状に甘えてたんだと思う。だから、私もコーイチの事を悪く言えない」

 

 彼女が綴っていく言葉は、まるで懺悔のようだった。

 

「それだけじゃない。信じてるって嘘ついてコーイチの気を引こうとして、結局コーイチの事を傷つけた」

 

「俺は別に気にしてなんか、それにあれは俺だって……」

 

「私が気にするの!」

 

 これが彼女なりのケジメの付け方ってやつだろうか。

 

 返事を先延ばしなんて最悪引っぱたかれるくらいは覚悟していただけに――――こう言っては少し失礼かもしれないが肩透かしを食らった気分だ。

 

「私、待ってるから。コーイチが返事出来る日が来るまでずっと待ってるから」

 

 愁いを帯びた瞳で祈るように告げられる。彼女がそこまで俺なんかの事を好きでいてくれる事に嬉しい気持ちになる反面、物凄いプレッシャーがかかって重たい。

 

 訂正しよう、グーでぶん殴られた方がまだ気が楽だったかもしれない。

 

「何だかよく分からないが、まあ頑張れ」

 

 ちょっと冷めたポテトフライの味は塩の分量を間違えたわけでも無いのにしょっぱかった。 

 

 

 

 

 時間というやつは待ってはくれない。

 

「はーい終了。じゃあ裏返して後ろから集めて」

 

 一学期の期末考査、それだって待ってはくれない。

 

 テストは本日現時刻をもって全て終了した。ある者はテストから解放された事を喜び、ある者はテスト疲れで机に突っ伏し、またある者はテストの出来具合に絶望している。

 

「おーい相棒、テストどうだったよ」

 

「福沢か」

 

 いつも元気で飄々としている福沢も、テスト明けばかりはぐったりとしていた。こいつはこいつでちゃらんぽらんのように見えて授業は真面目に聞いているし、テストでもしっかりとした成績を残している。

 

「やるだけはやった。後は結果待ちだな」

 

「待つことしか出来ないって辛いよな~」

 

「遠距離恋愛してる恋人かよ」

 

「あっ、恋人と言えばさ。相棒はなんか最近金髪巨乳美女の家に入り浸ってるけど、どういう関係なん?」

 

 福沢が不意打ちで落としてきた爆弾。否、ただの爆弾ではなく核弾頭級のものを落としてきやがった。そしてそれに反応するのは彼氏彼女いない歴=年齢の連中だ。

 

「え、ちょ、マジか!?」

 

「海外産の美人で大人のお姉さんとかどこでゲットしてきたんだよ!?」

 

「若い燕か? 若い燕ってやつなのか!?」

 

「うらやま! めっちゃうらやま!」

 

「写真見せて! 家宝にするだけだから!」

 

「畜生! 憎しみで人を殺せたら……」

 

 男共が地獄に垂らされた蜘蛛の糸に群がる亡者の如く俺に群がってきた。

 

 一体いつバレた。

 

 変な噂が立たないように人目は気にしていた――――けど、シズと街中でバッタリ遭遇してたし通った回数も1、2回じゃあ済まないから完全に隠し通すのは無理だったか。 

   

 というか若い燕って今時言わないだろ。

 

「あー待て待て待て、狼狽えるな野郎共」

 

 確かにバレないように気を付ける事はあった。しかし、バレた後の事(・・・・・・)を考えていないわけではない。

 

 俺は隠し事は苦手だし、誤魔化すのだって苦手だ。ただし、それは即興じゃ出来ないというだけで前もって準備さえしていれば何の問題も無い。

 

「あの人は父さんの会社の得意先を経営してる社長さんのお嬢さんでね。その人の親父さんから一人暮らしは日本での一人暮らしは色々とだからって手助けして欲しいって言われてるんだよ」

 

 これが前もってウィスタリアさんと決めておいた設定。実際に育ちはいいみたいだし、いっそのこと上流階級っぽくしてしまえとやってみた。

 

 ちなみに、うちの父さんがとある得意先の社長と仲がいいというのは嘘ではない。例の転勤が要因になったのかどうかまでは知らないが実際に以前よりも出世して重要な案件を任される事が増えた。

 

「ほーん、それで買い物を手伝ったり一緒に食事に行ったりしてるわけか。でもよ、買い物はともかく食事は手助けから逸脱してね?」

 

 この男、せっかく勢いを弱めた炎に燃料を追加しやがった。

 

 何となく予想はしていたけど、そこまで知られていたとは。こいつはその内黙らせておいた方が良いのかもしれない。

 

「何ッ、金髪巨乳と一緒にお食事だと!?」

 

「うらやま! めっちゃうらやま!」

 

「デザートはわ・た・しってか? ふざけやがってぇ!」

 

「うるせぇ、食事に関しては向こうの好意だ! 断る方が返って失礼だっての!」

 

 わいのわいのと騒ぐ男連中とは対照的に女連中は遠巻きに眺めるだけだった。それでもクラスメイトに外人の彼女が出来たかもしれないという話は興味深いようで耳を象のようにして聞き逃さないようにしていた。

 

 この騒ぎは意外な援軍によって終わりを迎えた。

 

「ちょっと煩いわよ男共! テストが終わったからって騒がないの!」

 

「ゲッ、委員長が来たぞ」

 

「逃げろ逃げろ」

 

 小学生かお前ら。

 

「はぁ、全く。騒動の渦中に楠木がいるなんて珍しい事もあるものね」

 

 ジト目で俺を睨む少女の名は島田(しまだ)晶子(あきこ)

 

 丸眼鏡でおかっぱ頭の久遠寺さんとはまた違ったタイプの文学少女。そして常に成績上位をキープしつづける俺とは違う本物の優等生だ。責任感も強く、先程言われていたようにクラス委員も務めている。

 

 それよりも驚くべきは、俺は島田と碌に話したことも無いというのに助けてくれた事だ。別に嫌っていたとか何かしらの理由があったわけではなく、この一年間で話す機会が無かったというか、クラスメイトに何人か存在する『話したことが無いクラスメイト』が島田だっただけの話だ。

 

「好きで渦中にいたわけじゃないぞ。こうなったそもそもの原因は福沢の奴だ」

 

「ヒュ~♪ヒュ~♪」

 

 福沢は知らぬ存ぜぬとばかりに口笛を吹きながら明後日の方向を向いている。

 

 口笛が無駄に上手くて返ってムカついた。

 

 島田も俺と同じ気持ちだったのか福沢を見ると溜息をつく。

 

「バレて困るくらいなら秘密なんて作らない事ね」

 

「んな無茶な」

 

「無茶かどうかなんて私の知った事じゃないわ」

 

 この(ひと)、性格キツくないですか。


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