取り残された俺の物語   作:柚子檸檬

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第三話 隠蔽か剔抉か

 全校集会はつつがなく終わった。そういえば聞こえはいいが、要は『2年3組の生徒達と山中先生が行方不明になりました。何か知っている人は情報提供をお願いします』という話を一時間くらい伸ばしただけのものだった。

 

 全校集会の後、今後の事を聞くべく職員室に向かう途中で男に声をかけられた。

 

「君が、楠木幸一ですね」

 

 眼鏡をかけてしっかりと紺色のスーツを着込んだ初老の紳士。落ち着いていてとても理性的な印象を受ける風貌であった。

 

「はあ、確かに楠木能一は俺ですけど。貴方は?」

 

「失礼。私はこういうものです」

 

 そう言うと紳士はスーツの内ポケットから真っ黒で二つ折りの手帳を取り出して、俺に開いて見せてきた。所謂警察手帳というやつだろう。

 

「警察……?」

 

「はい。私は警視庁の杉山というものです」

 

 ある程度の予想はついていたが、これで確定した。この刑事はこの件について話を聞きに来たのだろう。もっと部下をぞろぞろと引き連れてくるものかと思っていたが、一人で来るのは予想外だった。

 

「事情聴取って事ですか?」

 

「ええ、そう捉えて貰って構いません。ここでは話し難い事もあるでしょうし、場所を変えましょう」

 

「警察署に行くんですか?」

 

「そんなに固く考えなくても大丈夫ですよ。それにまだ調査があるものでして、近くで済ませましょう」

 

 そう言った杉山刑事は人気の少ない場所へと移動した。

 

「それでは昨日、2年3組の教室で何があったのか、簡単にでもお聞かせ願えませんか?」

 

「そんなこと言われても……急に光って、目を開けたら俺以外の人がいなくなっていたんです。俺にもなにがなんだかよく分からなくて……」

 

 警察が相手と言えど、この話をするのは3回目だ。信じてもらえ無さそうな事実を排除して言うだけでこの話は終わる。

 

 杉山刑事は俺の話に対してメモ帳を開き、すごい速さで走り書きしている。

 

「ほう、光……閃光弾のようなものでも投げ込まれたのでしょうか?」

 

「閃光弾を実際に体験したことが無いのでよく分からないです」

 

「まあ、そうでしょうね。それで気が付いたら君以外の人間すべてがいなくなっていたと?」

 

「はい」

 

「拉致でしょうか? だとしたら犯人は大勢のグループで私の予想を超えるような手際で誰にも気づかれずに君一人だけを残して拉致したという事になりますが、これはあまりにも不可解な事件ですねぇ」

 

 黙って話を聞いていた郷田先生やシズと違ってより深いところまで探ろうとしてくる。この刑事の反応を見る限り、この事情聴取はすぐに終わる事は無さそうだ。

 

「身代金目的だとしたらすぐにでも警察や保護者の家に交渉の連絡が来る筈ですが、それも無い。この周辺の交通機関を調べてみても行方不明者の目撃情報も皆無なんですよ。奇妙な話ですねぇ」

 

「はい、俺も何でこんなことになったのか……」

 

「私が思うに、人間が何十人集まったとしても、誰にも気づかれずに30人もの人間を拉致するのは可能なのでしょうか?」

 

「さ、さあ?」

 

「不可能なんですよ。それこそ人知を超えた力が関わっていない限りはね」

 

 上手く躱そうとしたつもりでいつの間にやら隅に追いやられている気分だ。流石は日本の治安を任されている警察の一人。高校生一人を手玉に取るくらい容易いか。

 

「こういうのを世間一般で何というんでしたか……そう――神隠し」

 

 神隠し。

 

 その単語を使ったのは単にそうとしか思えなくて仕方なくそう呼称したのか、それとも何か確信めいたものがあって敢えてそういう単語を使ったのか。

 

 このおっさんだと後者な気がして怖い。

 

「か、神隠しだなんてこのご時世にそんな……」

 

「ありえない、そう言うのが普通でしょう。しかし神隠しの絶対的な否定も出来てはいません。真実が私達の予想を遥かに超えてくるなんて刑事をやっていればしょっちゅうありますよ」

 

 それもそうだ。探偵漫画だって主人公の探偵が必死になって証拠を集めてそして一瞬の閃きから事件を解決していくのだ。『こんな事ありえない』なんて言って放り出したら探偵も警察も務まらない。

 

「さて、この辺にしておきましょうか」

 

 杉山刑事はそう言うとメモ帳を畳み、ボールペンと共にしまった。

 

「え、もうですか?」

 

 事情聴取を始めてまだ10分くらいしかたっていない。一時間はかかるものだと思っていたが、これは少々早すぎないだろうか。

 

「これ以上の事を君の口から聞くのは現状では無理だと判断しました。お時間を取らせてしまってすいませんね」

 

 杉山刑事はニッコリと笑って軽く会釈をし、そのまま去っていく。

 

 あのおっさんは『現状では』と引っかかる事を言っていた。もしかしたらこれからもあのおっさんに事情聴取されるかもしれないと思うと気が重い。

 

 悩みの種がまた一つ増えてしまった。

 

 

 

 

「へー、変わった刑事もいるもんだね」

 

「変わっているだけでとんでもなく賢そうな刑事だったけど」

 

 現在、俺は刑事の事情聴取であった事をシズに話している。

 

 あの後、警察の立ち入りやらマスコミ、報道陣が増えてきた事もあり、授業は中止。全生徒は下校する事となった。部活によっては下校後に各々で集まって練習する連中もいるそうだが、帰宅部の俺には関係のない事だ。

 

「何だか刑事ドラマに出てくる刑事みたい」

 

「刑事ドラマの刑事に追いつめられるとか笑えねぇよ……」

 

 俺は肩を落としながら溜息をついた。あのおっさんが本気になれば高校生一人を丸裸にするなんて大した手間でもないだろう。それだけにあっさり引いたのが不気味だ。

 

「そういえばさ、神? が能力をくれるみたいな事言ってたんだよね?」

 

「正確には発現させるだけどな」

 

「何が違うの?」

 

「多分、潜在能力を解放するみたいなもんだろ」 

 

 どちらにしろチート(ズルして手に入れた力)である事に変わりは無いだろうが。

 

「じゃあ、コーイチも漫画とかゲームとかラノベのキャラみたいに魔法とか特殊技能とか使えたりするんじゃないの?」

 

「いや、分からん」

 

 そういうのって召喚された後に使えるようになるものじゃないのか。それに、今は魔法や特殊技能よりも安寧が欲しい。

 

 割と切実に。

 

「もしかしてコーイチだけ大した能力じゃなかったからハブられたのかもね」

 

「ははっ、かもな」

 

 バカにされているようで少々カチン来ないでもないが、シズには今日助けられたので笑って流すことにする。

 

「こうやって、風よ吹けーってな感じで……」

 

 唐突に吹き荒れる突風。

 

 人を吹き飛ばす程の力は無いにしろ木々は大きく揺れ、立ててある自転車やバイクが倒れていき、下校中の女生徒が思わずスカートを抑えた。

 

 当然、俺の目の前にいたシズは風の影響をモロに受けてしまい、スカートを抑えた時にはもう遅かった。

 

 見えてしまった。

 

 可愛いくまさんパンツが。

 

「……見た?」

 

「えーっと……その……何だ。もう高校生だしくまさんパンツはいい加減卒業した方が……」

 

 俺は何を言ってるんだろうか。

 

「――――っ!!」

 

 シズの声がならない悲鳴を上げながら放つ平手打ち。

 

 効果は抜群だった。

 

 


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