取り残された俺の物語   作:柚子檸檬

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第八話 自由か不自由か

 走る。

 

 走る。

 

 とにかく走る。

 

 3m超の化け物がいても騒ぎにならないような場所なんて限られている。ならばそこを手当たり次第に探し回るしかない。ちょっとばかし追い風を吹かせて速度を上げながら必死で駆ける。

 

 走って走って、その最中に奇妙な違和感を感じた。自分で手探りに探し回っている筈なのに、まるで誘導されているような感覚。自分の中に自分以外のナニカが介在しているようで非情に不気味だ。彼女は魔法を使えないと言っていた以上、これは彼女によるものだという可能性は低い。

 

 ――――賭けてみるか?

 

 誘導された先に彼女がいるなんて保証はどこにもない。しかし、他に宛があるというわけでも無い。よく考えたら元々手当たり次第に探すつもりだったのだから。

 

 でも違ったらどうしよう。

 

 ソシャゲの無料ガチャは例え無料で懐が一切傷まないとしても全部ハズレなら精神的なショックは大きいものだ。これもそれと同じではなかろうか。

 

 悩んでいる間も足は止まらない。足を止めてしまえばそれこそ時間の無駄になってしまう。

 

「ッ!? な、何だぁ!?」

 

 ズシンという擬音語に相応しい地響きに驚き、思わず足が止まってしまう。前方には視界を遮られるほどの砂煙が舞っていた。先程の地響きは何か大きなものが倒れて起きたものらしい。

 

 なるべく音を立てずに少しずつ近づき、そして砂煙の向こう側に注意を向ける。

 

 砂煙が晴れた時に現れた光景、それが全てを物語っていた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 そこに彼女、ベアトリス・ウィスタリアはいた。

 

 息は絶え絶えで、さっきまで来ていた服はボロボロになっている。あちこち傷だらけで、特に血で塞がれている右目が痛々しい。半分に折れている大剣を地面に突き立て、片膝立ちになってなお、前を見続けている。

 

 彼女の目の前にあったのは、3mを裕に超える一つ目の巨人が横たわっている姿だった。右腕は切り落とされていてそこからは夥しい紫色の血が流れ出ている。むせかえるような血の臭いに思わず顔を顰めた。 

 

「ウィスタリアさん!」

 

「来るなと……ハァ……言っただろう……」

 

 彼女は目線だけを此方へ向けて俺を睨む。 

 

「すいません。でも……」

 

(私は信用されてないのだろうか? 会ってまだ半日も経ってないから仕方ないかもしれないが、もうちょっと信用してくれてもいいじゃないか……)

 

 心なしか少しだけ落ち込んでいるようにも見えた。

 

「倒したん、ですか?」

 

「いや、まだ生きている」

 

 ギョッとして倒れている怪物を再度見る。よく見れば左手の指先が少しばかり動いているようにも見えた。

 

「あの、怪我が……」

 

「怪我は見た目ほど大したことは無い。くっ、せめて宝剣があればもっと楽にたおせたんだがな」

 

 彼女の疲労が酷いのは見ただけで分かる。補給があったとはいえ、そんな直ぐに全快するわけでもないのだから。成し遂げられたのは、彼女の精神力の強さがあってこそのものだろう。

 

「すまないな、せっかく貰った服がこんなになってしまった」

 

 上着を着ていれば羽織らせたのだが、生憎と着ていないので出来ない。大事な部分は隠れているとはいえまじまじと見るのも失礼だと思い目線を逸らす。正直見たいものではないが今は死にかけの怪物を注視した方が良さそうだ。

 

 見たところ、今すぐに起き上がってくるわけではない。もしあの怪物が出血多量で死ぬならそのまま血を流し続けていればその内果てるだろう。最悪の可能性を考えるとしたらあの怪物が死を覚悟した後に最後の力を振り絞ってこちらを殺しに来る事だろうか。

 

 ならば、あの怪物が地に伏している今の内に、完全に息の根を止める他に無い。

 

「ちょっとこっちへ」

 

「は?」

 

「動けないんだったら肩を貸します」

 

「君は突然何を言ってるんだ。あの怪物がくたばるまでここを離れるわけには……」

 

「失礼します」

 

 あの怪物から彼女を引き離すために両方の二の腕を掴んで引き摺る。大柄で多分筋肉質なせいか運ぶのに苦労する。彼女が疲労困憊で碌に抵抗が出来なくて助かった。そしてそのまま彼女を近くの大樹に立てかけて休ませた。ここまでくれば彼女が巻き込まれる心配は無いだろう。

 

(彼は一体何をするつもりだ……?)

 

 落ち着け、落ち着いてやれば失敗する事は多分ない。試しにやったら出来ていた事を範囲を広げてやるだけでいいんだから。

 

 数回深呼吸して自分を落ち着ける。大丈夫、距離は離れている。サイクロプスは歩幅は広そうだがそこまで素早いイメージは無いし、例えすぐに起き上がったとしても襲われる事も逃げられる事も無い。

 

 大地に両手を付ける。

 

 ――――地面を、流砂に。

 

 次の瞬間、怪物が横たわっていた地面が大きく凹み、その身体は底へ底へと吸い寄せられるように沈んでいった。その異常事態に気が付いた怪物は残った片腕と両足、僅かばかりの体力を総動員して流砂から逃れようともがき出す。しかし、底なし沼や流砂というものは足掻けば足搔く程早く沈み込んでいくもの。その足掻きは逆効果であった。

 

 下半身が完全に沈む。

 

 それでも怪物は流砂から逃れようと蟻地獄に嵌った蟻の如く足掻き続ける。

 

 首から下が沈む。

 

 それでも怪物は砂から片腕を出して振り回す。

 

 目から下が沈む。

 

 ここに来ての体力が尽きたのか、それとももう無駄だと諦めたのか、サイクロプスは足掻くのを止めて沈んでいく。そいて2度と這い上がってくることは無かった。

 

 気分のいいものではないが、それでも一番確実で後の事を考えた方法だった。サイクロプスを仕留められて、かつその死体は地面の下に埋めて隠蔽する事が出来る。

 

「君は、魔法が使えたんだな」

 

「すいません、黙ってて」

 

 一部始終を見ていた彼女。その口調は別に咎めるようなものではなかったが、教えなかったのも事実なので謝った。

 

「謝らなくていい。召喚された勇者たちは皆、何かしらの能力や才能を持っていると聞いている。だから君が力を持っていても驚くような事じゃない。だが……」

 

 彼女はサイクロプスを飲み込んだ流砂をざっと眺めて息をつく。 

 

「この規模の地形変化を無詠唱でやってのけたのは流石にね」

 

「そっちの常識が分からないんで俺からは何とも言えませんよ」

 

 彼女の言葉を額面通りに捉えるのなら勇者たち以外でこれだけの魔法を行使するのは難しいのだろう。向こうでプクラスと言われてもだから何なんだって話になってしまうが。

 

「あ、そうだ怪我」

 

「ん? まさか治癒魔法も使えたりするのか?」

 

「はい、じゃあいきますよ」

 

 俺は右手から水を放出し彼女の顔に浴びせた。怪我はいたるところにあったので本当なら全身にやった方がいいのだろうが、女性をびしょ濡れにするのもどうかと思い、一番濡れても大丈夫で一番痛々しかった顔を狙った。

 

 とりあえず顔に付着した血は洗い流され傷は塞がり、彼女は俺を非難がましい表情で睨んでいる。

 

「……水をかけるなら先に言ってくれないか?」

 

「だから『いきますよ』って……」

 

治癒(ヒール)の魔法を使う時に水をぶっかけられるとは普通誰も思わないだろ!」

 

 その言葉には一理しかなかった。

 

 溜息をついた彼女はある程度回復したのか立ち上がった。

 

「念のため私の後ろへ下がってくれ」

 

「は、はあ?」

 

 俺は言われるがまま彼女の後ろへと下がる。まさかサイクロプスの2体目が――――なわけないか。この周辺にあんな巨大な怪物が近づいたら嫌でも気が付く。

 

 そして彼女はある方向の木に剣を突き付ける。

 

「そこのお前。さっきからこちらを監視しているようだが、私に何か用か? それとも用があるのは彼か?」

 

「おや残念ですねぇ。上手く隠れたつもりだったんですか」

 

 剣の先にあった木の陰からは人が現れる。

 

 俺はあの男を知っている。忘れもしない一年前の出来事、その時に奇妙な事情聴取をした初老の紳士、杉山であった。

 

「お久しぶりです。もうあの事件から一年になりますか」

 

「何で、ここに?」

 

 分からない、分かるわけがない。名前も覚えてしまう程に奇妙な刑事だったし今後も何かしら事情聴取のようなものがあると思っていたが、このタイミングでそれが起こるなんて想像できるわけがない。

 

「知り合いか?」

 

「一年前に一回会っただけで、知り合いってわけじゃ……」

 

「おやおや、寂しい事を言ってくれますね」

 

 俺とウィスタリアさんの遣り取りが聞こえていたのか杉山は苦笑いしている。

 

「さて、『何故ここに?』という質問の答えですが、ずっと君を監視していたからですよ」

 

「そんな、そんな素振り一度も……」

 

「素人に気づかれるほど我々はお粗末ではありません。まあ、彼女には気づかれてしまいましたが。随分勘のいい方と知り合いましたね」

 

 一般高校生にバレるようなガバガバ監視をしているつもりはない。向こうもプロってわけだ。おまけに杉山は『我々』と言っていた。つまり複数人で俺を監視していた可能性もある。警察が高校生一人にここまで人員を割けるほど暇をしているとは到底思えない。

 

「そして、用件についてですが……ふむ」

 

 杉山は何故か言葉を切って腕を組み、考え込むような仕草をする。そして「やはりこうした方が良いでしょう」と呟くと。

 

「こういうのは単刀直入に言った方が良いでしょうね。私はあなたたち二人をスカウトしに来ました」

 

「スカウトって、警察官にですか? いやいやいやそんなバカな」

 

 警察官にスカウトなんて聞いた事が無い。警察官は警察学校やら試験やら資格やら、そういった狭き門を抜けてようやくなる事が出来る職業だ。そんなにあっさり就けるようなものではない筈。

 

「それでは正式に自己紹介を、私は特異超常現象対策刑事課課長の杉山です」

 

「特……え、なんて?」

 

「特異超自然対策刑事課です。今回のように超常現象、つまり本来であればありえない常識外の事態に動く機密組織だと思ってください」

 

 バカにしているのだろうか、警察に詳しくない俺でもそんな名前の組織が無いことくらい知っている。

 

「一体何を言ってるんですか、そんな組織あるわけが……」

 

「既に2度も超常現象に遭遇している君がそう言えるのですか? それに君の目に映るものだけが世界の全てとは限りませんよ」

 

言い返したかったが、ぐうの音も出ない程の正論で言い返せない。

 

「私までスカウトするのは何故だ?」

 

「失礼、通訳して貰っても?」

 

「ああ、はい」

 

 さっきまではフィーリングで何となく察しはついてたんだろうが、やはり言葉が通じないのは不便だろう。

 

「貴女に関しては少し嬉しい想定外というますか、スカウトというよりはとりあえず保護という扱いになると思います」

 

「私がそちらを信じるとでも?」

 

「一緒に来ていただければ衣食住は保証しますし、私たちの仕事を手伝っていただけれはお給料も支払いますよ」

 

彼女の不敵な表情が一瞬のうちに崩れ去る。行く宛も持ち合わせもない彼女にとっては破格の申し出だ。やはりどの世界においても衣食住は魅力的なのか。

 

「……分かった。そちらに保護されよう。ただし妙な動きを見せたら、分かっているな?」

 

「ご協力感謝します。それで、君はどうしますか?」

 

 完全に信用していないとはいえ、あっという間にオとされたウィスタリアさんから今度は俺に目を向けられる。無駄だと分かっていても思わず身構えてしまった。

 

「君に関しては結論を急かせるつもりはありません」

 

「は?」

 

「この一年間見てきましが、君の感性は真っ当なものです。これ以上何も知らず、目覚めた能力の事も忘れ、過去に背を向けて生きていくのも一つの選択肢でしょう」

 

 つまりは今までと何も変わらない。臭いものに蓋をして今まで通りに過ごせばいい。別にそれは恥じるような事ではない。杉山の言っているのはそういう事だ。

 

「ですが、人生の先達として一言言わせて貰いますと――――あなたはそれでいいのですか? それとも、それがいいのですか?」

 

 その言葉が俺自身の心に大きくのしかかってくる。

 

 俺はこのままでいいと思ったことは何度かあった。だって何も出来る事なんて無かったのだから。でも、このままがいい(・・・・・・・)なんて思ったことは一度だってない。

 

「これを、私の連絡先です」

 

 俺は杉山から差し出された名刺を無言で受け取った。そしてそのままその名刺に書いてある連絡先に目を落とし続ける。そんな中でウィスタリアさんは俺の方に手を置いた。

 

「ウィスタリアさん、俺はどうすれば……」

 

「私は、君自身の判断に委ねようと思っている」

 

 ――――君はどうしたい?

 

 自由にしていい、自由に決めていい。

 

 ただそれだけの事が今の俺にとっては窮屈で不自由な牢獄のような言葉だった。

 


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