陰陽師の魔女   作:もんごめりあん☆紗波

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◇クィディッチ回です◇


試合開始

体を鍛えれば筋肉はつく。

知識を詰めれば頭は良くなる。

けれどね、彩芽。

 

葛葉の口癖だった言葉。

 

精神(こころ)はどうやったら鍛えられるんだろうね?」

 

彩芽はいつも、それに答えられなかった。

恐怖、怒り、悲しみ、妬みといった負の感情。

時には、歓喜や幸福の気持ちですら、心に隙を作る。

葛葉は彩芽に『平静』でいることを教えた。

心が、コップの縁いっぱいに入った水であるとすれば。

溢れさせてはいけない、揺らしてもいけない。

ほんの少しの波紋も立てずに、いつも静かに湛えていなければならない、と。

 

彩芽は幼いながら、自分が特殊な環境にいる事を理解していた。

霊力の強い人間を喰らえば自分の力が増すと、妖怪や悪霊の類が常に自分の命を狙っている事。

陰陽道の本家筋の人間達から厭われながらも、何かあればその本家の争いごとに巻き込まれかねない事。

 

だから、心を開いてはいけない。

 

深く深く沈めて蓋をする。

 

感情など無いように振舞う。

 

悲しくなどない、嬉しくなどない、ただただ平静に冷静に凪いだ海よりまだ静かに……。

 

そして彩芽は感情を封じ込めた。

時折、微かに感情が表に出ても、葛葉の叱責が矢よりも早く飛んだ。

それが最善だと思っていたし、事実そのお陰で今も生きている。

……だが、今は。

 

アルバス・ダンブルドアは彩芽にこう言った。

 

「君は自由に感情を表現する術を覚えるべきじゃ」

 

曰く、ホグワーツに日本の妖怪の様な危機はないし、本家筋の目もない。

であれば、感情を見せない彩芽のそれは、ただ他人を拒絶するものでしかない、という。

 

彩芽はこれでも、随分と無防備になったと自覚していた。

式神がいない状態で熟睡するし、八卦で良くないと出た場所へも行く。

表情も……まあ、極力笑顔になるよう心がけている。

 

彩芽は、静かにその事を考えていた。

 

「クィディッチの試合を見るの初めてだろ?まだ始まってないけど、競技場を見た感想は?」

 

隣に座ったリーが、マイクの位置を調整しながら彩芽に問いかけた。

彩芽はそれに答えるべく、ぐるりと周囲を見回す。

興奮した人、人、人。

今彩芽がいるのは、実況席……つまり特等席だった。

ハリーと別れてハーマイオニー達と移動する際に、「実況しながら応援する約束だったろ」とリーに拉致されて現在に至る。

ハーマイオニー達はグリフィンドール側の応援席の最上段にいるはずだったが、あまりの人数の多さになかなか見つけられない。

と思ったら、派手な旗を飾っている一団を見つけた。

 

「人が多いわね」

 

とりあえず彩芽が素直に感想を述べると、リーは吹き出した。

 

「そりゃね、ホグワーツ中の生徒と先生が集まってるんだから」

 

確かにそうなんだろうと彩芽は思った。

逆を言えば、今校内はかなり手薄になっているだろう。

 

「ミス・ミナヅキ、しっかり見ておいでなさい。クィディッチは本当に素晴らしい競技ですよ」

 

リーの向こう側に座ったマクゴナガルが、真剣な表情でそう言うと、リーもそうだと賛同してマイクをしっかりと握った。

 

「さあ、選手の入場です!」

 

リーが声を上げると、魔法で何倍にも拡張されて競技場全体に響いた。

それがかき消される勢いで、一斉に歓声が上がる。

彩芽は微かに眉をしかめた。

 

「実況は私、リー・ジョーダンと、アヤメ・ミナヅキがお送りします!」

 

勝手に名前が出るが、彩芽は実況などする気はない。

というか、出来る気がしない。

本で読んだ、という程度でしかない彩芽の知識で、何を語れというのか。

 

「選手達は箒を片手にグラウンドに並びます。審判はマダム・フーチ。正々堂々とした勝負が見られることを期待したいものです」

 

赤いグリフィンドールのユニフォームを着た選手と、緑のスリザリンのユニフォームを着た選手。

それぞれがフーチのホイッスルを合図に空高く飛び上がる。

瞬間、入場してきた時と同じくワッと会場が沸く。

 

ずっと祖母と2人、日々静かに暮らしていた彩芽にとって、この強烈過ぎる感情の渦は未知のものであった。

高揚した周りの雰囲気に、あてられそうになる。

この感情の塊を一斉に受けている選手達……もしも自分がその立場だったらと思うと眩暈がする。

彩芽はこっそり息を吐いた。

 

「ジョーダン!!」

 

マクゴナガルの叱責が聞こえる。

リーは彩芽に実況をやらせる気があるのかないのか、1人で延々と喋っていた。

とはいえ、どのみちこれはヘタに口を挟めない。

クィディッチは思う以上にスピーディなゲームだ。

クアッフルを投げて得点を入れる横で、ブラッジャー2つがブンブン飛び回る。

おまけにいつ現れるとも分からないスニッチも気にかけなければならないし、選手達は目で追うのも大変なほど自由気ままに高速で飛び回っていた。

時折私情を挟んでは、マクゴナガルに怒られるものの、的確で分かりやすいジョーダンの解説を聞きながら、彩芽はハリーを見た。

 

選手達の側から離れた場所で、スニッチを探しているらしい。

ブラッジャーの妨害をかわし、フレッドと何やら言葉を交わしている。

 

 

「ちょっと待ってください――あれはスニッチか?」

 

リーがガタリと腰を浮かす。

その時にはすでに、ハリーが弾丸の様に急降下していた。

 

グワーン!と空気が震えるような声が上がった。

衝撃に一瞬、彩芽の息が詰まる。

声は主にグリフィンドール側の猛抗議だ。

急降下中のハリーに、スリザリンのキャプテンが明らかな妨害を仕掛けたせいだ。

ハリーはコースを外れたが、ギリギリ箒からは落ちなかった。

 

リーの実況も今のには腹が立ったようで、何度もマクゴナガルに注意された。

気を取り直して実況を再開するのを横目に、彩芽はクィディッチのルールに疑問を抱く。

あれほどあからさまな妨害に対して、相手に対するペナルティが少な過ぎる。

 

そうこうするうちにも試合は進む。

目まぐるしい試合展開から、ハリーに目を向けて、彩芽は一瞬考えた。

ハリーがわざとやっているのでなければ、あれは……。

 

「なんだ?一体どうしたというのでしょうか!ハリーが変です、箒が暴走している様に見えますが……」

 

リーも気付いたらしく、心配そうに中継した。

マクゴナガルも立ち上がり、どうしたものかとハリーを眺めている。

ついにハリーは箒からズレ落ち、片手でしがみつく格好になった。

フレッドとジョージがなんとか助けようとするが上手くいかない。

ハリーの真下をぐるぐる回る事で、落ちてきた時にキャッチする作戦に切り替えた。

スリザリンのキャプテンは、そんな中でもクアッフルをこっそりゴールに投げ入れて点数を稼いでいたが、今や会場はそれどころではなかった。

 

「ああ、ハリー・ポッター絶対絶命の大ピンチです……!」

 

ハリーの表情が険しくなるのを見て、リーが顔を引きつらせる。

彩芽は教員席にこうなった犯人を見つけ、ヒトガタを飛ばそうとした。

 

「…………あ」

 

印を結んでいる途中で、ターゲットが視界から消える。

 

「良かった!ハリーポッターが箒に跨りました!」

 

リーの言葉に、ハリーを見る彩芽。

ハリーは箒に跨ったまま急降下し、地面に這いつくばると何かを吐き出した。

 

「なんでしょう、ハリーは大丈夫なので……いや、お待ち下さい、スニッチです!あれはスニッチです!」

 

リーの言う通りだった。

ハリーは吐き出したものを頭上に掲げる。

それは羽の生えた金色の小さなボールで、スニッチに間違いなかった。

 

「やりました!ハリー・ポッターがスニッチを取りました!グリフィンドール、170対60で勝ちました!」

 

リーの声が大興奮で試合の結果を伝える。

ハリーの箒に気を取られている間も、ちゃんと点数は把握していたのかと彩芽はリーに驚いた。

マクゴナガルが感激して、立ち上がって惜しみない拍手を続けている。

彩芽は結局何がどうなったのか分からないまま、パチパチと、小さく手を叩いていた。

 

 

 

 

「アヤメ、ニコラス・フラメルだ!」

 

グリフィンドールの談話室に入って来たハリーが、暖炉の前のソファで本を読んでいた彩芽に開口一番そう叫んだ。

 

「ちょっとハリー、それじゃ分からないわよ!ちゃんと説明しなくちゃ」

 

ハーマイオニーがそれに呆れた顔をし、ロンは彩芽が読んでいる本を見て嫌な顔をした。

 

「君、なんで魔法薬学の本なんか読んでるんだ?」

 

彩芽が今読んでいるのは魔法薬学で使う教科書で、その側にも関連する魔法薬調合のテキストが散らばっている。

グリフィンドールの談話室は現在クィディッチの勝利を祝してのお祭り状態で、誰も彼もが嬉しそうに騒いでいるのに、だ。

彩芽だけは黙々と、本を読んでいたのだ。

 

「大体、そんなの覚えて何が楽しいんだ?」

 

「覚えるより、推理が楽しいの」

 

答えた彩芽に、ロンはさらに嫌そうな顔になる。

ハーマイオニーが不満げな顔をしたので、彩芽はもう少し具体的に伝えた。

 

「例えば、この薬とこの薬、仕上げにどちらも同じ材料を数滴加えてる。『魔法の薬草ときのこ千種』を読めば分かるけれど、この薬は両方とも味も臭いも強い材料を使っている。もしかすると、味と臭いをマシにするための仕上げなんじゃないか……そう思って読めば、他の味と臭いが強い薬にも必ず使われている。ただし、アンモニア系には使われない。恐らくは効用に何かの作用をもたらすから。そう思って読めば、また答えが見つかる」

 

「あなた、天才よ!」

 

ハーマイオニーが興奮気味に言うのに対し、ロンは「そうか?」と興味なさ気に肩をすくめる。

 

「分かってないな、我が弟は」

 

「ああ、全く分かってない」

 

彩芽がロンに何かを言い返す前に、ソファの両脇から双子が生えた。

ロンは兄の介入に良い顔をしなかったが、双子は気にせず続ける。

 

「良いかロン、お前は肝心な事を聞いていない」

 

「そうさ、1番肝心なのは次だ」

 

ジョージとフレッドは顔を見合わせて、声をそろえる。

 

『で、それが分かって君はどうするんだい?』

 

彩芽はそれに、口の端を微かに吊り上げた微笑で答える。

 

「味も臭いも強い劇薬を誰かに仕込む時、使える」

 

「アヤメ!!」

 

ハーマイオニーが何を言い出すの!と叫び、ロンはサッと青くなった。

一歩間違えば、自分がその実験台だったのかもしれないと思ったからだった。

「呪われろ」と言われたのは、そんなに昔の事ではない。

 

『さっすが、俺達のクイーン!』

 

双子はケタケタと笑いながら寮の騒ぎの中に帰って行く。

それを見計らって、ハリーは抑えた声でイライラしながら言った。

 

「今はそんな話をしてる場合じゃない」

 

ハーマイオニーは彩芽に何かを言いたそうにしたが、ハリーがかなり焦れているのに気付いて頷いた。

 

「そうね、説明するわ、アヤメ」

 

 

 

彩芽はクィディッチの試合後も、リーと共に実況席にいた。

今日のハイライト的な話を、まだざわめく観客達に伝えていたのだ。

実況しなかった彩芽も意見を求められ、一言二言、良かった点と悪かった点を述べた。

 

その時ハリー達は、ハーマイオニーとロンを連れてハグリッドの小屋に行っていた。

ハーマイオニーが言うには、ハリーの箒が暴走した時、教員席でスネイプがハリーを見つめて呪文をかけていたらしい。

ハーマイオニーが火の呪文でスネイプのマントを燃やして騒ぎを起こした途端、ハリーの箒が正常に戻ったのが証拠だ、と。

それをハグリッドは否定したが、その時うっかり漏らしたというのだ。

 

「ニコラス・フラメル」

 

4階の禁じられた廊下の奥に隠してある何か。

それに関係する人物の名前。

彩芽にしてみれば、その名前をバラすのはもう答えを言ってしまっている様なものだと思ったが、幸いにもあのハーマイオニーですらど忘れしてピンと来なかったらしい。

もっとも、時間の問題だろうという気はするが。

 

「僕、その名前をどこかで見た気がするんだ。でも、全然思い出せなくて……」

 

ハリーがトントン、と頭を叩く。

まるでそうすれば、奥に仕舞いこんだ記憶が見つかるかも、と思っているようだった。

 

「君は?」

 

ロンが期待を込めた目で彩芽を見つめる。

彩芽は静かに首を振った。

 

「会った事ない」

 

その答えに、ロンはポカンと口を開ける。

ハーマイオニーはため息混じりに首を振った。

 

「とにかく……僕達はニコラス・フラメルについて調べる必要がある」

 

ハリーが言って、ロンがそうとも、と頷く。

ハーマイオニーも意欲的らしく、ニコラス・フラメルについて調べられそうな本のタイトルをいくつか挙げた。

結局、図書室で調べるのがいいだろうという意見に収まり、その日はそこで解散した。

 

彩芽も本を片付けて、早々とベッドに向かう。

今日はクィディッチの試合を観戦しただけでかなりの疲労感に襲われていたし、なにより、これからの事を思うと、酷く憂鬱だった。

 




◇彩芽「知らない、とは言っていない。(ドヤッ!)」◇
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