陰陽師の魔女   作:もんごめりあん☆紗波

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◇セブルス・スネイプのターン◇


クリスマス

12月に入ってしばらく経ったある日。

マクゴナガルが休暇中に寮に残る生徒のリストを作ると告げると、ハリーは真っ先にそこに名前を書きに行った。

以前から、彼が身を寄せている親戚の家でのエピソードを聞いていたので、彩芽は今年こそハリーに幸せなクリスマスが訪れるようにと願わずにはいられなかった。

 

「アヤメはどうするの?」

 

ハーマイオニーが尋ねる。

ロンは両親がルーマニアにいる兄のチャーリーに会いに行くからと、残る事を前から宣言していたし、ハーマイオニーは家で両親と過ごすとハリー達に告げていた。

彩芽だけはそれに何も言わず、何やら悩んでいる様子だった。

 

「残る。けど、クリスマスはハリー達と一緒にはいられない」

 

「どういうことだ?」

 

ロンは眉をしかめ、ハリーとハーマイオニーも首を傾げた。

 

「クリスマスには、家族と過ごすのが一般的だと聞いたから」

 

それが一体なぜ、ホグワーツに残る事とハリー達と過ごせない事に繋がるのかと思う3人に、彩芽は思いつめた真剣な顔で息を吐く。

 

「……少し、我が儘を言ってみることにした」

 

どういうことか全く分からなかったが、ハリーとロンはそれ以上突っ込まなかった。

ハーマイオニーだけは口を開きかけたが、結局何も言えなかった。

代わりに、寮に戻って2人になった時、別の話題を振ってみる。

 

「ところで、アヤメはもうプレゼントは用意したの?」

 

彩芽はそれに首を振り、傾げた。

 

「家族や友人に、プレゼントを贈る風習というのは知っているのだけど……でも、ホグワーツにいるから買いに行けないし。ハーマイオニーはどうしたの?」

 

「やだ、アヤメ知らないの?ホグワーツにいても買い物は出来るのよ!」

 

ハーマイオニーは驚いたようにそう言って、鞄から本を取り出す。

 

「私はこれで選んだわ。魔法界のカタログなの」

 

差し出されたそれはなかなかに分厚く、表紙には『クリスマスプレゼント特集!』の文字がでかでかと印刷されていた。

さらにクリスマスカラーの素っ頓狂な格好をした魔法使いが、キラキラ光る魔法を自分にかけてこちらに向かってにっこりしている。

 

「見るだけでも面白いし、アヤメの分も取り寄せてあげるわね。買う時は、フクロウを使うの。ハリーみたいにフクロウを持っていない生徒は、学校のフクロウを使ってもいいのよ。私もそうしたわ」

 

さっそくカタログの取り寄せ用紙に書き込みを始めたハーマイオニーは、カタログを見つめる彩芽に聞きたかったことを切り出す。

 

「……アヤメのご両親は、その、亡くなったんでしょう?」

 

「ええ」

 

あっさり答える彩芽。

実を言えば、父親の方は生きているのだが、彩芽にとっては死んでいるようなものだ。

もう一つ言えば、今年自らの手でとどめを刺す予定である。

 

「それで、さっきハリー達との会話で私、思ったんだけど……アヤメの保護者の方って、もしかしてホグワーツにいるの?」

 

「…………ええ」

 

躊躇いがちに尋ねるハーマイオニーに、彩芽は今度は間をおいて答えた。

 

「誰かは言えないの。約束だから。……ごめんなさい」

 

頭を下げる彩芽に、ハーマイオニーは首を振る。

 

「私こそ、変な事を聞いてごめんなさい」

 

もちろんその保護者が誰か、というのは気になったが、ハーマイオニーはそう言って話を終えた。

いつか教えてくれるだろうか。

そう思うハーマイオニーの横顔を見ながら、彩芽は胸が痛んだ。

 

 

 

 

 

 

クリスマス休暇はあっという間にやって来た。

休暇前にドラコが「かわいそうに」と嫌味を言ったのを思い出し、彩芽はなるほどと思う。

「家に帰って来るなと言われて、クリスマスなのにホグワーツに居残る子がいるんだね」と言っていたが、それほどクリスマスは家族で過ごすという概念の行事らしい。

あれだけいたホグワーツ生はほとんど帰ってしまい、寮の談話室も閑散としていた。

ただ、だからといって学校に残った生徒が不幸かといえば、そんな事はないと彩芽は思う。

ハリーは酷い扱いを受けることなく親友とのびのび過ごせているし、生徒が少ない事とクリスマスのお祝いが楽しくない事はイコールではなかった。

大広間には12ものクリスマスツリーが置かれ、それぞれが独創的な飾りで輝いていたし、クリスマスの日の事を話す生徒達はみな、ワクワクしていて笑顔だった。

 

ハリーとロンは、談話室の暖炉のそばにある肘掛け椅子に座り込み、色々な遊びをしていた。

ニコラス・フラメルの事はすっかり忘れ、2人はこの休暇を十分に楽しんでいるようだった。

 

「アヤメもやってみる?」

 

意外なことに、チェスの名手であったロンがそう誘ったが、彩芽は首を振った。

 

「残念だけど。私、もう出かけるから。クリスマスが終わったら、相手になる」

 

「この間も言ってたけど、一体どこに行くの?」

 

ハリーが尋ねたが、彩芽は微笑むだけで答えなかった。

 

暖炉が燃え盛る談話室とは違い、廊下は隙間風でとても寒い。

彩芽はローブをキッチリと閉め、さっさと目的の場所を目指した。

全く人気のない廊下を渡り、地下に向かって下りると、また一段と寒さが増す。

目的地に着いた彩芽はドアをノックすると、返事も待たずに部屋に滑り込んだ。

 

「……返事くらい待てないのかね、ミス・ミナヅキ」

 

部屋の主、セブルス・スネイプは、彩芽の姿を見ると嫌味を込めてそう言った。

彩芽はそれには答えず、遠慮なく近付いた。

 

「手が……」

 

「手が?一体なんだと言うのだ」

 

何事かと眉をしかめ、差し出された彩芽の手を取るスネイプ。

彩芽はそのままスネイプと繋いだ手に素早く呪符を貼り、しかるべき言霊を発する。

一瞬眩く光った後、呪符は消えた。

 

「貴様、一体何を……?!」

 

「クリスマスは家族で過ごすものと聞いたので」

 

スネイプは異変に気付き、顔色を変える。

だが、もう遅い。

 

「今日と明日、一緒に居られたらと思いました」

 

「……ッ!!」

 

一瞬怒鳴りつけようと口を開いたものの、結局スネイプは口を閉じた。

代わりに重くため息を吐く。

 

「まさか今になって、あの時と全く同じ手に引っかかるとは!」

 

苛立たしげにスネイプは吐き捨てるが、そのイライラはどちらかといえば自己嫌悪らしい。

彩芽は見えない術で拘束された手を見る。

先ほどの言葉から推測するに、スネイプはこの術をかけられるのは初めてではないようだ。

だとすれば、前回その術を使ったのは母だろう。

かつて母がどんな理由でそうしたのかは知らないが、同じ手口を使ったと思うと、妙な気分だった。

 

「怒っていますか?」

 

彩芽は尋ねた。

スネイプはチラリと繋がれた手を見て、忌々しげに尋ね返した。

 

「どうせ貴様も、この術は1度発動すれば期日まで解けないと言うのだろう!」

 

「……よくご存知で」

 

本当はそんなこともないけど、と内心では思いつつ。

彩芽はあえてそういう事にしておいた。

かつて母がそうした時に、散々頑張って解けなかった思い出でもあるのか、スネイプは簡単に信じたようだった。

 

「で、アヤメ、お前は一体我輩に何を望んでいるのかね」

 

疲れた様子でスネイプが言う。

彩芽は小首を傾げて望みを口にした。

 

「ただ、一緒に居たいだけです」

 

言ってから、言葉を足す。

 

「家族でクリスマスを過ごしてみたい」

 

その言葉に、スネイプは彩芽をじっと見つめた。

かつて彩芽の母親、撫子が自分に言った言葉を思い出す。

 

(セブルス、貴方に1番必要なものをあげるわ)

 

まるで全てを見透かしたような目で笑い、彼女は自分に向かって赤子を差し出した。

その赤子が今、成長してここにいる。

心を閉ざすどころか、感情を撒き散らしていた母親とは違い、この歳で完璧に心を隠したままの少女。

あの闇の帝王ですら、心を覗き見る事は出来ないだろう。

だが今、その閉ざした少女の感情に、触れた気がした。

 

きゅ、と繋いだ手が握られた。

スネイプはため息を吐くと、必要最低限しか部屋は出ない、外へ出る時は存在を隠すという二点を約束させて了承する。

 

彩芽が繋がった手は見えない鎖で繋がれているものの、ある程度の猶予がある事を告げると、スネイプは目に見えてホッとした。

1メートルほどではあるが、お互いに隙間を作れるので、トイレやシャワーの時は扉を隔てる事が出来る。

彩芽はスネイプがしばらくの間、この事についてぶつくさと呟いている内容から、母親がかつて彼にそうした時は手を繋ぎっぱなしだった事を知った。

その日はスネイプの部屋の書物を読み、部屋で一緒に食事を取った後、ベッドに潜り込んだ。

スネイプは一緒のベッドに寝ることを嫌がったが、彩芽は頑として譲らなかったし、他に方法もなかった。

渋々隣に寝るスネイプを確認して、彩芽は目を閉じる。

明日の朝、いよいよクリスマス当日なのだと思うと、ソワソワと落ち着かなかった。

彩芽はそんな風に感じている自分に少し驚いたものの、なかなか悪くない感情だと思った。

 

 

クリスマスの朝、スネイプが目を覚ますと、彩芽はすでに制服にローブといういつもの姿に着替えて待っていた。

寝顔をじっくり観察されていたのかと思うとあまり気分は良くなかったが、スネイプは不機嫌に「メリークリスマス」と言うにとどめ、挨拶を返してきた彩芽に着替えるので後ろを向くよう指示した。

 

「……プレゼントは開けないのかね」

 

着替え終わったスネイプは、ベッドの足元に詰まれた箱の山を見て尋ねた。

 

「一緒に開けようと思って」

 

彩芽がそう返すと、スネイプは箱の山を一瞥して鼻を鳴らした。

 

「では早く開けたまえ」

 

山は2つに分けられていた。

彩芽が寝ていた方には可愛らしいラッピングのものが小さな山として詰まれ、スネイプが寝ていた方には数個のみ転がっていた。

彩芽が興味深そうに自分の山に手をつけるのを見ながら、スネイプは杖を一振りする。

数個あったうちの、怪しげな臭いやネバネバした液が漏れ出していた箱が消え去り、残ったのは2つだけだった。

 

「消してしまったの?」

 

彩芽が手を止めて尋ねる。

スネイプは何を当たり前の事を、と思うが、続く彩芽の言葉にため息を吐いた。

 

「差出人はきっとガッカリするわね。渾身の力作だったでしょうに」

 

『ちょっとしたひと手間で、いつもの魔法薬が10倍美味しくなる本』を片手に、彩芽は本気か冗談か判断のつかない顔でメッセージカードを読む。

 

「気をつけたまえ、その本の通りにすると、少なくとも20種類以上は効能が消えうせてしまう」

 

スネイプは恐らく本気だったと思いながら、話題を変えるためにそう忠告をした。

彩芽はお礼を言って、次のプレゼントに手をつける。

スネイプは残った2つの内、小さい方を手に取った。

包装紙を開けると、ピンクの表紙の薄い本が出て来た。

タイトルは、『今からでも間に合う、子供を育てるための10の約束事』。

ダンブルドア校長からだと確認し、スネイプは眉間に皺を寄せながらそれを机の端に押しやった。

 

残った包みは大きかった。

2歳くらいの子供なら入ってしまう大きさに、スネイプは警戒する。

毎年、2つか3つは嫌がらせの様なプレゼントが届くのだが、これはそういうわけでもなさそうだ。

彩芽を見ると、キラキラと色を変えて光る2本の棒を眺めていた。

スネイプはよもや爆発はしないだろうと思い、しかし慎重に包みを破る。

 

「…………」

 

出て来たものに、スネイプの眉間の皺が深くなる。

それは大きな……ウサギのぬいぐるみだった。

 

「気に入った?」

 

彩芽の声に、目の前のぬいぐるみの首がコテン、と右に傾く。

声の主を見ると、その首も傾げられていた。

スネイプは無言で杖を振り、ぬいぐるみを部屋の端に追いやった。

 

「私はとても気に入ったわ。ありがとう、セブルス」

 

彩芽はそれに傷ついた様子はなく、手に持った『いざという時の実用的な呪文集』を見て目を細めた。

自分の書いた「メリークリスマス」のメッセージカードを見て少しだけだが笑みを浮かべる彩芽に毒気を抜かれ、スネイプはぬいぐるみに対する文句を言いかけてやめた。

 

プレゼントを全て開け終えると、彩芽はそれらを風呂敷で1つにまとめて包み、邪魔にならないようにしておいた。

そして、スネイプを振り返る。

 

「食事に行きましょう」

 

 

 

 

クリスマスのご馳走を前に、スネイプは苦虫を噛み潰した顔で黙々と食事を口に運ぶ。

あちらこちらで爆発音が聞こえ、いつも以上に談笑で騒がしい。

それは生徒だけではなく、教師側にも言える事で、だからこそここには来たくなどなかった。

 

「おや、1人かの?セブルス」

 

花飾りのついた婦人用の帽子を被ったダンブルドアが楽しそうに声をかけると、スネイプは鼻に皺を寄せて睨んだ。

本気で聞いているのか、分かって聞いているのか……。

 

「ここにいるわ、アルバス」

 

スネイプの隣、誰も居ない空間から声がした。

ダンブルドアはにっこり笑い、スッと取り分けた七面鳥の皿を滑らせた。

 

「仲が良いのう」

 

ダンブルドアが目を凝らすと、七面鳥を口に運ぶ彩芽がうっすら見えた。

それでも、少しでも気がそれると不思議と見えなくなる。

 

「あちらで、ウィーズリーの双子が騒いでおったぞ?君の姿がどこにもないと言って、弟を問いただしておったが……」

 

チラリ、とダンブルドアの目がスネイプに向けられる。

 

「今の君の姿を見てしまったら、さらに騒ぎが大きくなりそうじゃ」

 

体を揺らして笑うダンブルドアに、スネイプはギリッと奥歯を噛んだ。

これ以上構わないで欲しいと、その顔が語っているが、ダンブルドアは気にしない。

 

「ところでアヤメ、休日もその格好なのかね?」

 

「ええ、便利だから」

 

それが何か、という目を向けて、彩芽はフォークを置いた。

 

「確かに、その格好は便利じゃろう。君には特にの。しかし休日くらいは、おしゃれを楽しんではどうかね?ナデシコはそれはもう……楽しんでおったよ」

 

ダンブルドアの言葉に、スネイプが首を振る。

何かを思い出したらしい。

 

「おや、ダンブルドア先生、ナデシコの話ですかい?」

 

赤い顔のハグリッドが、ヌッと顔を突っ込む。

 

「あいつは凄かった、スゲェ魔女だった。まあ、ちっとばかし問題も起こしちょったが……それでもいい奴だった」

 

しみじみと言って、ハグリッドはぐいとワインを空けた。

アルコールの混ざった息に眉をしかめつつ、スネイプはハグリッドの言葉を訂正する。

 

「ハグリッド、少し思い出を美化しすぎでは?奴は問題を起こしまくっていた。学校で何かが起こった時、あいつが関わっていなかった事の方が少なかったと、我輩は記憶しているがな」

 

「確かに、色々な意味で目立つ生徒じゃった」

 

ダンブルドアは目を細めて笑った。

 

「ああ、目立ってた。スネイプ先生も知っちょるだろう、ナデシコは美人で、スタイルも良かった」

 

「ええ、そして魔法の才能もありました」

 

ハグリッドの横から、マクゴナガルが付け加えた。

 

「ただし、筆記の様な、頭を使うことは少しばかり怠ける傾向がありましたけれど」

 

「あいつはマドンナだった。あいつを好いちょる奴はいーっぱいいた」

 

ハグリッドがついに耐え切れなくなったらしく、テーブルクロスを目に当てて泣き出す。

 

「さよう、敵も多かったがその分信頼できる仲間も多かった。彼女の人柄は、多くの者に好かれた」

 

「我輩は、そうは思いません」

 

スネイプがダンブルドアに異を唱えたが、誰も返事はしなかった。

それぞれが元の場所で、勝手に思い出話に花を咲かせ始める。

 

「自分の思ったことを、周りの迷惑も考えず実行するただの考え無しだ」

 

スネイプが吐き出した。

ダンブルドアは笑顔でそれを肯定する。

 

「自分が思ったことを、素直に実行に移せるというのは、なかなか凄い事だとわしは思うよ」

 

スネイプは黙り込んだ。

ダンブルドアも席に戻る。

彩芽は黙々と七面鳥を食べるのを再開した。

 

自分の感情のまま、何にも縛られず自由に行動し、周りをも巻き込んでしまう人。

実際側に居たらどんな人だったのだろうと考える反面、その特徴は祖母の葛葉にも当てはまると気付き、その事に少し気が重くなった。

 

 

夜。

スネイプは暗がりの中、ため息を吐いた。

すぐ隣に人が寝ていると思うと、なかなか寝付けない。

食事の席で撫子の話題が出たことで、色々と思い出してしまったのも原因の一つだが。

 

「セブルス、私の母はどんな人だった?」

 

寝ていると思っていた彩芽から声が聞こえて、スネイプは一瞬驚いた。

寝返りを打つ気配と、暗がりで見えないはずだが視線を感じる。

 

「……迷惑な女だった」

 

素っ気なく返し、話を続ける意思がない事を伝えるが、彩芽は珍しく会話を続けた。

 

「私は母の事を覚えていない。唯一祖母から聞く話が、私の中での母だった。元気すぎるほど元気な、明るい女の子」

 

ぽつり、ぽつりと語られる抑揚のない声。

静かな部屋の中に、大きくも小さくもなく、その声は不思議と聞きやすい。

 

「今日、みんなが母の話をしていたけれど、知らない事がたくさんあった。……私は、自分から祖母に母の話を強請ったことはなかったし、知ろうと努力したこともなかった。それが何故か、今日分かった気がした」

 

スネイプは話の続きを待ったが、沈黙が続く。

話の先を促すべきかと考えた瞬間、ぎしりとベッドが動いた。

同時に、手首に纏わりついていた重さが無くなっていることに気付く。

 

「……術が切れた」

 

呟き、そのまま遠ざかろうとする彩芽の気配に、スネイプも身を起こす。

 

「どこへ行く気かね」

 

「寮に戻ります。術が切れるまでという約束だったので」

 

別に朝までいてもいいと口を開きかけて、閉じる。

代わりに口から出たものは、全く自分らしい言葉だとスネイプは思った。

 

「次に寮を抜け出してうろついているのを見つけたら、罰則だと言ったはずだが?」

 

だから朝までいろ、という意味だったが、スネイプの言葉の意味に、彩芽は気付かない。

 

「では、送ってくださいますか?スネイプ先生」

 

呼び方が変わってしまったことで、スネイプは意図が伝わらなかった事を悟った。

 

「……よかろう」

 

明かりをつけ、ローブを羽織る頃には、彩芽の姿は見えなくなっていた。

食事の時もそうだったが、彩芽が自力で姿を隠せることにスネイプは驚いていた。

部屋を出る時は姿を隠すという約束をした時、スネイプは姿くらましの術を彩芽にかけるつもりだったのだ。

食事の時は目を凝らせば見えたのだが、今は全くなんの気配も感じられない。

スネイプは少し迷ったがローブの裾を掴むよう告げた。

ほんの少しローブの端が持ち上がったのを確認し、部屋を出る。

 

這い上がる様な冷気に、スネイプは一気に目が冴えた。

冷たく薄暗いホグワーツの廊下を、カツンカツンと自分の靴音だけが響く。

手に持ったランプの光が影を作るが、それすらも自分1人。

ただ、時折ローブの端が引っ張られるので、ついてきているのは間違いなさそうだった。

 

クリスマスを一緒に過ごしたいと部屋にやって来て、もはやトラウマの1つともいえる過去の再現をやってみせた時はどうしたものかと思ったが……。

結局、クリスマスのプレゼントを開け、食事をしに行った以外は、夏の間と同じく大人しくしていた彩芽。

もう少し何かした方が良かったのかと、今さらながら後悔し始めていたスネイプは、前方からやってくるランプの光に気付いて目を凝らした。

 

「おお、先生、今呼びに行こうと思っていたところです」

 

管理人のアーガス・フィルチ。

嬉しそうな顔をしているところを見ると、誰か生徒が問題を起こしたらしい。

スネイプが推測するまでもなく、フィルチはすぐさま何があったのかを話し出した。

その誰かは夜中に歩き回るだけでは飽き足らず、閲覧禁止の棚を漁っていたという。

 

「それならまだ遠くまでは行っていまい。捕まえられる」

 

言って、スネイプはチラリと背後を見た。

見えないはずだが視線を向けられた彩芽は、どうしたものか困っていた。

今まさに、その問題の生徒がそこにいる。

スネイプにもフィルチにも見えていないが、ハリーがこちらを見ているのが気配で分かる。

もちろん、ハリーには彩芽が見えていないはずだ。

 

「二手に別れて探す。我輩はこちらを見てこよう」

 

「では、私はこっちを……」

 

スネイプが指した道と別の方に、フィルチが走る。

ハリーは手近なドアにするりと入り、寸でのところで衝突を回避した。

 

「少々付き合ってもらおう」

 

スネイプは小さく呟いて、宣言通りの方へ足を向ける。

彩芽もそれに倣いながら、チラリとハリーが入って行った部屋を振り返った。

閲覧禁止の棚という事は、ハリーはニコラス・フラメルを探していたのだろう。

だが、一体どうやって姿を隠す方法を手に入れたのだろうか。

瞬間、白い髭の食えないお爺さんを思い出し、彩芽は眉を寄せた。

だとしたら、この件は仕組まれた事。

 

――ダンブルドアは一体、ハリーに何をさせようというのだろうか。

 




◇彩芽が食事の時に使った姿を消す術は、札を使うものではなく、道端の石ころの様に誰もが注意を払わなくなって存在しなくなる術です。そこにいると知って意識を向ければ、存在が感知できるもの。スネイプは彩芽と術で繋がっていたのでずっと認識できていましたが、そうではないダンブルドアは気を抜くとそこに彩芽がいる事を忘れてしまいます◇
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