クリスマスの翌朝。
目が覚めた彩芽は真っ先に氷炎の元へ向かった。
彩芽を見るや毛布から体を起こし、氷炎は尋ねる。
「どうだったよ、陰険保護者との楽しいクリスマスは」
彩芽はその言葉に微かに眉を寄せたが、隣に座ってまず気を与える。
その後、スネイプと過ごしたクリスマスを語って聞かせた。
「……という訳で、私の手口は二番煎じだったみたい」
「ああ、まあ、突っ込みどころ満載なんだが、1つ言わせろ。お前本当時々、意味不明に行動力あるよな!」
呆れ顔で言う氷炎に、彩芽は首を傾げる。
氷炎は自分が彩芽と会った時の事を思い出し、大きなため息を吐いた。
保護者との初めてのクリスマス……不安はあるが、覗き見る様な事はせず、彩芽と意識を絶っていた氷炎はちょっとだけ後悔した。
「まあいいけど。それよりお前の母親、術とか使えたんだな」
「才能がないと言われていただけで、全く力がない訳じゃなかったんでしょう。基本を理解さえしていれば、力を込めた札の効力を発動するぐらいなら、少し霊感がある程度の人にも出来るから」
「ふうん、そんなもんかね。でも、なんだってあの根暗にそんな術使ったんだか」
「さあ……」
それには彩芽も首を傾げた。
確か、母の思い人はハリーの父親だったはずだが。
「で、クリスマスプレゼントは貰えたのか?」
「ええ、とても面白そうな本を」
「陰険のやつ……10代前半の女に、本って」
もっとリボンやアクセサリーみたいな物は無かったのかとぼやく氷炎。
「いけないの?私もハーマイオニーには本を贈ったわ」
「ああ、ハー子なら喜ぶだろうな。他の奴らには?」
「ハリーは日持ちしそうなお菓子のセットを。ロンには腰につける杖ケースを贈った。双子には魔法の乾燥剤、リーにはもこもこの靴下で……」
つらつらと挙げるそれらに、氷炎はこっそりと微笑んだ。
日本で同じ事をしようとしても、せいぜい自分と葛葉、あとは狸ぐらいしか贈る相手がいなかった彩芽が、この数か月でこんなにも人と関わったのだ。
その後もしばらく話をしてから、彩芽は談話室に戻ると立ち上がった。
氷炎が「じゃあな」と前足を動かすと、微かな笑みを落としてスッと消える。
最近、彩芽はよく笑うようになった。
それは気を付けて見ないと分からないような微かなものだが、付き合いの長い氷炎には大きな変化だ。
「来年はもっと……」
友人に囲まれ、屈託なく笑う彩芽を想像して。
氷炎は目を閉じた。
自分に、来年はない。
それは少し寂しくもあり。
彼女のためにはそれが良いと、嬉しくも思うのだ。
「おお、アヤメ。探しておったよ」
氷炎と別れて談話室に戻る道すがら。
ダンブルドアに声をかけられ、彩芽は足を止めた。
「今、少しだけ良いかの?」
例のあの件でじゃ、と言うダンブルドアに頷いて、談話室に向けていた足をダンブルドアに向ける。
「そうじゃ、クリスマスには素敵なゴブレットをありがとう、アヤメ」
並んで歩きながら、ダンブルドアが礼を言う。
彩芽もそれに頭を下げた。
「私も。綺麗な栞をありがとう、アルバス。それにしても、魔法界の道具は派手ね」
「ふむ、そうかの?」
「ええ、栞が前回までのあらすじを喋るなんて、日本では考えられないもの」
それも感情豊かに抑揚をつけて。
初めて栞を使った時、『おおお!ニガヨモギを煎じた鍋に、ついにドクシーの卵を入れる時が来たのです!』と言われた時は、彩芽は何が起こったのか分からなかった。
ダンブルドアは笑って、彩芽が贈ったゴブレットの美しさを褒めた。
「じゃが、あのゴブレットに変えてから、食事が少し怖くなったよ」
「それはアルバスが砂糖を取り過ぎだからだと思うわ」
ダンブルドアに贈ったゴブレットは、何かを乗せたり注いだりした瞬間、色がほんのり変わる。
白なら普通、黄色は塩分高し、青はバランス良し、赤は糖分高し、……そして黒は危険、毒が含まれる、という具合に。
ダンブルドアが貰った、他のユニークなクリスマスプレゼントの話を聞きながら、2人は目的の場所に辿り着く。
ここじゃ、とダンブルドアが指した部屋に、彩芽は見覚えがあった。
昨日、スネイプとフィルチから逃げたハリーが入り込んだ部屋。
示されるまま中に入った彩芽の目に映ったのは、大きな鏡。
今は使われていない空き教室に置かれたそれは、あまりにも不自然だった。
「……これは?」
力を感じるので、何か魔法がかかっていることはすぐに分かった。
しかしさすがにどんな魔法かまでは分からない。
「直接危害を加える様なものではないと、わしが保障しよう。前に立ってみてごらん」
『直接』という単語に警戒するも、彩芽は言われた通りに鏡の前に立つ。
普通の鏡であれば、左右逆転した自分の姿が映るだけだが……そこに見たものに、彩芽は息を止めた。
「この鏡は、みぞの鏡と言っての、鏡に映った者の深層心理の中から、一番強い望みを映し出す。ハリーは家族を知らぬ。ゆえに、彼には家族に囲まれる自分の姿が見えた様じゃ」
その言葉に、彩芽はやはりと思う。
あのマントをハリーへと渡したのはダンブルドアだ。
そしてこの鏡をハリーが見つけたのは偶然ではないのだろう。
「それで、君には何が見えたかね?」
ダンブルドアの問いには答えず、彩芽は鏡を見たまま尋ねた。
「それで、この鏡はどうしてここにあるのですか?」
「わしはこの鏡に、例の物を隠す予定じゃ。この冬休み中に終えてしまおうと思うておる」
「……今日ではなくて?」
彩芽が鏡からダンブルドアへ視線を移すと、ダンブルドアは微笑んだ。
「まだ少し、この鏡はここへ置いておこうと思ったのでの」
「そう」
何故か、とは聞かず、彩芽は扉の方へと歩く。
「では、必要になったら呼んでください。……いつでも」
「そう待たせぬつもりじゃよ。数日の内じゃ」
ダンブルドアの返事に頷いて、彩芽は部屋を出た。
全く動じた様子を見せない彩芽に、ダンブルドアは息を吐く。
あれが、11歳の子供だという事に恐ろしささえ感じる。
邪悪さは感じられないものの、同年代の子供より、頭2つ3つ抜き出た早熟な精神……その実、本当に必要な部分は驚くほど脆いそれに、かつての自分の教え子が思い浮かぶ。
もっとも彼は、悪い意味で人の心の機微には敏感で、目立たぬよう周囲に溶け込むのも上手かったが。
必要であれば、驚いたふり、悲しんだふりと、演技をする事も厭わなかった。
――そういう意味では、彩芽の人付き合いの下手さはセブルスよりじゃな。
良い方向に育ってくれれば良いのだがと、ダンブルドアは友人を思い出し、目を閉じた。
ハリー達と再会できたのは昼食の時だった。
何食わぬ顔で食事をしている彩芽を見て、ロンは呆れ顔で怒った。
「一体どこに行ってたんだよ!アヤメのせいで、僕、フレッド達にすっごい絡まれたんだからな」
「ごめん。ロン、お菓子ありがとう」
「僕も、かっこいい杖ケースをありがとう!」
早速着けていることを見せるようにローブを捲ってから、「ってそうじゃなくて!」とロンは顔をしかめた。
「ハリーが変なんだよ、ほら」
振り返るロンの視線の先には、ぼんやりとした顔のハリーの姿がある。
椅子に座ってパンを千切った彼は、そのパンを口に入れずにテーブルに置いた。
そしてまた千切っては、今度は鼻に押し付けている。
完全に心ここにあらずと言った様子だ。
「実はハリーの奴、昨日の夜寮を抜け出したみたいなんだ」
声を潜め、ロンが説明した。
昨日クリスマスのプレゼントに、ハリーは透明マントを受け取った。
差出人名のないカードには、それが元はハリーの父親のものである事と、上手く使う様にというメッセージが添えられていたらしい。
彩芽はすでにマントを贈った人物が誰か気付いていたので、それには黙って頷く。
ロンは朝食でハリーに聞いた、夜の事も話した。
彩芽の予想通り、ニコラス・フラメルの事を調べようと抜け出したようだ。
そしてやはり、あの部屋で鏡を見たらしい。
「今晩、僕もその鏡を見に行くんだ。ハリーが心配だし……ねえ、アヤメはどう思う?」
尋ねて、ロンはさらに声を潜めて彩芽の方に口を寄せた。
「ハリーってば、ずっと鏡の事考えてるみたいなんだ。もしかして、良くないものなんじゃないかって……アヤメも一緒に行ってくれると嬉しいんだけど……」
ロンの言葉に、彩芽は迷ってしまった。
今朝、鏡を見た時の事を思い出してしまう。
「そうね……」
彩芽が答えようとした瞬間、それはロンの両脇に立った双子の声に遮られてしまった。
「どこに連れていく気だ?ロニー坊や」
「デートのお誘いにしちゃ、ちょっとお粗末だな」
からかう双子を、ロンは憤慨したように見上げる。
だが2人の兄は全く意に介さない様子で、残念だったなとロンの肩を叩く。
「アヤメはこれから俺達とデートだから」
「悪いな!」
言うや、鮮やかに彩芽の両側に移動し、両脇から持ち上げて連れ去っていく。
ロンはポカンと見上げ、そして一拍置いて罵りを口にした。
双子が連れてきたのは、グリフィンドールの男子寮、自分達の部屋だった。
現在ルームメイトたちはクリスマス休暇で帰っているため、双子は思う存分部屋を占領していた。
散らかっているのはもちろんだが、部屋の中で大鍋を炊いた跡があるし、なにやら爆発跡もある。
もっとも、爆発跡に関しては、今回の物ではないかもしれないが。
「君、魔法薬学得意だろ?」
「ちょっと俺達を手伝ってくれよ。もちろん、礼はするからさ」
言いながら、フレッドが羊皮紙を広げ、ジョージがクッションを差し出す。
彩芽はそこに座り、羊皮紙の中に目を走らせる。
内容は、新しい悪戯グッズの設計図みたいなものだった。
だが、その案、その構成に彩芽は感心する。
「どうだい?結構イケてるだろ?」
「大筋は合ってると思うけど、ここが上手くいかなくってさ。アヤメは俺らより年下だし、聞こうかちょっと迷ったんだけど」
「アヤメが談話室で読んでる魔法薬の本、結構上級者向けだろ?これは一度ご教授いただかねばと思った次第さ」
彩芽は頭上に言葉を聞きながら、羊皮紙に没頭する。
悪戯に使う事を前提としているが、発想は面白い。
思い付いた方法や、実際に実験してみた過程、失敗した内容まで細かに書き込まれていて、見ているだけで楽しかった。
なるほど、彼らはある意味、天才らしい。
普通は発光きのこを使って、顔を光らせようなんて思いつかない。
真剣に読み進める彩芽を、双子がじっと見つめる。
その視線に、探る様な色が見えたが、羊皮紙に集中していた彩芽は気付かなかった。
「顔面が7色になるなんて、笑えるだろ?」
「でも、今のままじゃどす黒くなっちまう」
上手くいかないとジョージが指した場所は、丁度繋ぎ目の様な部分だ。
これまで試した方法だと、ほとんど色がつかなくなるか、逆に全色混ざってどす黒くなるようだ。
「ま、それはそれで面白いけどさ。どうせなら鮮やかな色がいい」
「そうとも、明るい方が気分も晴れるってもんだ」
しばらく考えて、彩芽は顔を上げた。
「発光きのこを7つ使うから、繋ぐのが大変になる」
「どういうことだ?」
フレッドが首を傾げた。
今書かれている内容では、それぞれ別々の色に育った発光きのこを使って魔法薬を作り、それを1つにまとめる方法をとっていた。
その繋ぎも、考えればきっと答えは出る気がするが、もっと手っ取り早い方法がある。
そもそも7種類も魔法薬を作らなくとも、7色の発光きのこを手に入れれば調合は1種類で良い。
彩芽は発光きのこが土の性質によって色が決まる事。
上手く育てれば7色に育つ事。
そしてそれをスプラウトの授業で聞いた事を話した。
「へぇえ、俺らの時はそんな説明なかったよな?」
「さあ、あんまり真剣には聞いてなかったかもな」
双子は突破口を見つけたと喜び、明日さっそく質問に行くと意気込んだ。
「じゃあ、私……」
帰ろうと立ち上がりかけた彩芽に、フレッドが新しい羊皮紙を渡した。
「よし、次はこれな!」
「え……」
「こいつは手強いぞ。なんたって、まだ思い付きの段階だ」
戸惑う彩芽を挟むように双子が座り、ジョージが羊皮紙の上を指す。
『驚く』『杖』『騙す』といった単語が、殴り書きされていた。
それ以外は、白紙だ。
「本物の杖みたいにしようと思ってる。例えば、誰かの杖をこっそりこいつとすり替えておくだろ?」
「そいつが杖を振った途端、笑える何かが起こるってわけさ!」
両手を広げながら楽しそうに笑うフレッドに、彩芽はその様子を想像してみる。
「狐狸に化かされるのに似ているわね」
「……何だって?」
キョトンとする2人に、彩芽は説明する。
「日本には、妖力を持つ動物が幾つかいるの。個体差や種族差があるけれど、化けるのに特化したのは狐や狸。狐よりも、狸の方が少し笑ってしまう話が多いかしら。……そうね、コップに化けた狸が、注がれた水を飲み干すものだから、注いでも注いでもいっぱいにならなくて、人間が首を傾げるとか」
「そういうのなら、普通に売ってるぜ。ごみ箱に消失呪文をかけてあるんだ」
「魔法が切れかかった古いやつだと、たまに逆流しちまうこともある。確かに、応用すりゃ悪戯グッズになるかもな」
彩芽の話にフレッドが口をはさみ、ジョージも続く。
小首を傾げて、彩芽は少し口元を緩めた。
「でも、ごみ箱はいきなりふわふわの毛皮を纏った狸に戻って、死にかけていたりしないでしょう?水が飲みたいのにコップはいっぱいにならないし、注ぎ続けていたら溺れかけた狸が正体を現して死にかけているんだもの、とても驚くわよ?」
想像したのか、フレッドとジョージが吹き出す。
他にも色々な狸話を披露すれば、2人はお腹を抱えて笑い転げた。
「すげぇ!なんだよその愛すべき生き物!」
「全く、俺達も見習うべきだ」
その後、2人は日本の妖怪たちについて色々聞きたがったので、彩芽は特に面白そうな辺りを話した。
ろくろ首、顔なし、三つ目小僧、枕返し、小豆婆、子泣き爺など。
実際にはなかなか凄惨な話も多いが、あえて面白おかしい物のみを選ぶ。
遭遇する危険があるならば別だが、ここでは単に笑い話にしておいた方がいいだろう。
結局、夕食も一緒に食べ、就寝までの時間も双子と一緒にいた彩芽は、その晩ハリーとロンに同行することはなかった。
翌日、ハリーは昨日よりも更におかしかった。
魂をどこかに置き忘れてきたんじゃないかと彩芽は思ったが、ロンから昨晩の事を聞き、なるほどと納得する。
ロンはハリーに忘れた方がいいと繰り返したが、ハリーの顔を見る限り、絶対に今夜も鏡の元に向かうつもりだった。
悪い予感がする、という言葉を聞きながら、ロンの予感はどの程度当たるのだろうかと考える。
もっとも、この件に関してはロンの勘は当たりだろう。
「ハリーは、鏡に映ったものを見て怖くならないの?」
「どうして?家族を怖いだなんて、思うはずないよ!」
彩芽が尋ねると、ハリーは少し怒った口調で答える。
それに、彩芽は何も言えなかった。
昼を過ぎても暖炉の前でぼんやりと過ごすハリーの隣で、彩芽はロンとチェスに興じた。
クリスマス前に、チェスをする約束をしていたことを忘れたわけではない。
チェスは初めてだが、将棋はそれなりに嗜む彩芽にとって、チェスのルールはそれほど難しいものでもなかった。
魔法使いのチェスは、駒が指示通りに勝手に動き、攻撃する。
「ポーンでルークを攻撃!」
ロンの言葉に黒のポーンが動き、白のルークを言葉通り攻撃して盤上から叩き落とす。
「ナイトはクイーンの前に前進」
「止めてくれ!それじゃあ取られてしまう!あそこの駒の方を進めるべきだ!」
「取られるのは分かってる。前進して」
「あっちの駒なら取られても構わないよ」
「…………」
彩芽は何戦目かでコツをつかんだが、その頃には駒が全くいう事を聞かなくなっていた。
「……ルール以前に、駒との信頼関係を問われるゲームなのね」
「まあ、アヤメの戦略が激しすぎるってのもあると思うけど」
ロンが呟いて乾いた笑いを立てる。
何度かやるうちに彩芽は驚くほど上達したが、その戦い方は苛烈だった。
味方にいくら被害が出ても構わない、最終的にキングをとれば勝ち。
彩芽の戦い方はまさにそれを地で行く。
「将棋は取られたら相手に使われてしまうけれど、チェスはそうじゃないでしょう?だったら、いくら取られても構わないと思うの」
「それだけ駒を捨てて勝てるってのが凄いよ」
ロンは素直に称賛した。
実際、駒がなかなかいう事を聞かなかっただけで、腕前は自分とタメを張る。
「私はロンの、仲間でフォローし合う戦い方、好きだけど」
彩芽の言葉に、ロンは照れた様に頭を掻いた。
「良かったじゃないかロン、お前の唯一の特技がアヤメのハートを射止めた様だぞ」
「家族以外の異性に好きなんて言われたのは初めてじゃないか?だが浮かれるなよ、アヤメが言ったのはLikeであってLoveじゃない」
そんな微笑ましい光景も、ロンの兄2人にとってはからかいのネタらしい。
どこからか降って湧いた2人は、両側からゴッツンゴッツンと容赦なくロンの頭をつつく。
「痛い!何なんだよ兄貴たちは!」
赤くなって抗議するロンに、フレッドとジョージは肩をすくめた。
「そろそろアヤメを譲ってもらおうと思ってな」
「次は俺達と遊んでもらうぜ!」
「何でだよ、アヤメは今僕とチェスしてるんだ!」
ロンはそう言って盤上を指すが、それで退くような双子ではない。
しばらく言い合ったが、結局ロンは言い負かされてしまった。
逃げられそうにないと悟り、彩芽は大人しく双子に引きずられていく。
今日も悪戯発明品の相談かと思ったが、今日の行き先は校庭。
……外は雪がまだ大量に積もっていた。
双子にとって想定外だった事は、彩芽はただの魔法を覚えたてのピヨピヨ1年生ではないという事だった。
いつも冷静な彩芽の別の表情が見たい、という気持ちから、2人はタッグを組んで2対1の雪合戦を仕掛けた。
数の上でも、力の差でも有利なはずのこの勝負は、双子にとっては予想外、彩芽にとっては想定内の結果に終わる。
「どうしたんだよ兄貴たち、ずぶ濡れじゃないか!」
談話室に帰って来た双子にロンが驚いて声を上げる。
ハリーを押しのけて暖炉の前を陣取った2人は、寒さに震えながら「反則だ」だの「ズルい」だの文句を言っていた。
「アヤメと雪合戦して来たんだよ」
「俺らの惨敗だったけどな」
「お前ら、アヤメには逆らわない方がいいぞ、マジで」
フレッドの真剣な顔に、ロンはよく分からないながらこくこくと頷く。
言われずとも、彩芽を敵に回すのが得策でないことくらい知っている。
「それで、アヤメは?」
双子相手にどうやって勝てたのか気になったロンだが、話を聞こうにも肝心の本人の姿がない。
「さあな、俺らは寒くて一直線にここまで帰って来たし……」
「気付いたら、いなかったな」
ロンはそれに眉をしかめた。
「毎度毎度、あいつ一体どこに行ってるんだろう」
「さあ……多分、何か大切な用事でもあるんだろうさ」
ジョージが服を絞りながらどこかぼんやりと呟いた。
「……で、雪合戦してて来るのが遅れたってわけか」
「悪かったわ」
「別に怒ってねぇよ」
氷炎は彩芽に呆れた目を向ける。
「ただ、外国だと思って気ぃ緩んでんなぁって思ってさ」
雪合戦で一戦終えてきたにしては、雪で濡れた後が一切ない彩芽。
それはつまり、術を使ったという事だろう。
「確かに、いくら本家の目がないからといって、彼らに力を見せてしまったのは迂闊だったかも。直前の、2人のロンへの言葉が少し腹立たしくて、つい……。気を付ける」
「別に、いいんじゃねぇの?」
考え込む素振りを見せる彩芽に、氷炎が軽く言った。
「ま、あんま力の差を見せつけると疎外されるかもしれねぇけど。ほどほどになら良いと思うぜ」
そもそも、氷炎には彩芽が日本で術を使えないというのが不満でたまらない。
本家だの血筋だの、ぶっちゃけ氷炎にとってはどうだっていい話で、うだうだ言う奴がいるなら全員黙らせてやるだけの事。
それだけの力が彩芽にはあるし、自分だって弱くない。
ただ、彩芽がそれを望んでいないなら、氷炎はそれに従うしかないし、好戦的な妖の性とはどこか違う部分で、そうなった時の面倒臭さも理解している。
「とりあえず、俺の餌に影響がないならそれでいい」
そして、これは紛う事なき本音だ。
彩芽はそれに苦笑して、氷炎に顔を寄せる。
器として気を貯めているので、氷炎の体は今、大型犬くらいに変化していた。
いつもの様に口移しで気を与えながら、術を使うのは必要な時のみにしようと彩芽は決めた。
隠し玉は多い方が良いし、氷炎の言う通り『餌』に影響が出ては困る。
今は無駄な力を使っている場合じゃない。
その日の夜、ロンがすっかり寝たのを確認して、ハリーはまたベッドを抜け出した。
あらかじめ予想していた彩芽は、気配が遠ざかるのを感じながら自らもそっと寮を抜け出す。
ハリーのいる場所は分かっているので焦る必要はないとのんびり歩いていた彩芽は、部屋にダンブルドアがいる事に眉を寄せた。
「ごらん、君を心配した友達が夜中に規則を破って来てしまったようじゃ」
「アヤメ……」
ダンブルドアは悪戯っぽく。
ハリーは少し申し訳なさそうな視線を彩芽に向ける。
「さあ、もう寝た方がいいじゃろう。スネイプ先生は最近、夜に見回りをするのがマイブームのようじゃ。わしが寮まで送ろう」
背中を押されて、ハリーは頷いた。
最後に一度だけ鏡を振り返ろうとして、ぐいと手を引っ張られる。
その手の冷たさにハリーはビックリした。
「帰りましょう」
彩芽がハリーの手を引いて、部屋を出る。
寮の前でダンブルドアと別れ、階段の前でハリーは彩芽に聞いた。
「アヤメは、鏡を見たいと思わなかったの?」
あれが自分が望むものを映す鏡だったという事は、帰る途中に話した。
何が映るのか、彩芽は興味がないのだろうか。
ハリーの問いに、彩芽は無表情に首を振る。
「真実が全て、正しい訳じゃない。それと同様に、人の望みが全て、幸せな夢という訳でもない」
「え?」
彩芽の言った事が理解出来なくて、ハリーは尋ね返した。
しかし、彩芽は無表情のままハリーの手を離す。
「おやすみなさい」
「うん……おやすみ」
階段を上がっていく彩芽を見送ってから、ハリーも部屋に戻った。
ベッドに入って、ハリーはダンブルドアとの会話を思い出す。
そして、彩芽の事を考えた。
アヤメが鏡を見たら、一体何が映ったんだろうか……。
◇友達のターンといいつつ双子のターンでした。人付き合いの不器用さはスネイプ似!……というか多分お祖父ちゃん似ですかね◇