「ええ、アルバス。私、入学します」
彩芽は言った。
「おぉ、そうかそうか。そう言ってもらえると信じておったよ」
嬉しそうにダンブルドアが微笑む。
どこまでこちらの思惑を見抜いているのか分からないダンブルドアに、彩芽は「ところで」と口を開いた。
「入学するにあたって、いくつかお願いがあります」
彩芽はそう言ってダンブルドアを見た。
陰陽術に使う道具の持ち込みと、式神の同行。
これは譲れないポイントだ。
可能であれば、他にも融通してもらいたい。
聞き入れてもらえるかどうかが、今後の自分の行動に大きく影響する。
「もちろん、そうじゃろうとも」
ダンブルドアはにっこり頷いた。
こちらからまだ詳細を伝えていないのに、まさか了承の意味だろうかと思った瞬間、ダンブルドアは予想していなかった事を口にした。
「じゃがまずは、新しい保護者が必要じゃの」
保護者、と彩芽は内心呟いた。
彩芽には保護者と呼べる者はいない。
父は生死不明、母と祖母、祖父は亡くなっている。
どうしてもというなら、祖母の兄がそれに当たるのだろうが……。
あの大叔父に会うと言い出すのではないかと警戒した彩芽は、ダンブルドアが庭に目を移すのを見て不思議に思った。
瞬間、バシッという音と共に気配が現れる。
何が、と自身も目を向け、そこに立った人物に目を瞬かせた。
全身を覆う黒いローブ、黒い髪、黒い瞳。
午前中とはいえ、夏の日差しの中に立つその人物は、常識と照らし合わせてかなりの不審者だった。
髪は肩につくくらい長かったが、間違いようもなく男。
汗のせいか、髪が頬に張り付いている。
彩芽は立ち上がると、縁側まで寄った。
顔色は悪く、目つきも悪い。
「……暑くないですか」
何と声をかけようか迷った末にそう尋ねたら、「見て分からんかね?」とイライラとした低い声が返ってくる。
「よければ、中にそうぞ」
とりあえず、ダンブルドアの知り合いなのは間違いなさそうだと思った彩芽は、手を家の中へと向けてそう招いた。
男はその言葉にちらりとダンブルドアを見た後、黙って縁側に足をかけた。
「靴は脱いでいただけますか」
彩芽が注意すると、男はこれでいいかとばかりに荒々しく靴を脱いで上がった。
同じ場所に立つと、男の背は高かった。
ダンブルドアに勧められ、椅子に座るのを見届ける。
バサリとマントを正してスッと椅子に座った男は、軽く首を振って顔に張り付いていた髪を横に流した。
そして、男は睨むように彩芽に目を向ける。
その様子を横目に、ダンブルドアは彩芽に微笑んだ。
「彼じゃ」
さも知っているだろうとばかりに言われて、彩芽は男を見る。
しかし、見覚えはない。
椅子に座ってローブの中の服が見えるが、やはり真っ黒だ。
首元まであるピタリとした長袖長ズボンの黒い服は、徹底して肌を見せないと言わんばかり。
あまりに暑そうなので、彩芽は手を叩いて式神を呼ぶ。
「なんだよ」
ぶっきらぼうに現れた式神の
白いイタチの様な外見の彼は、その言葉にふさふさの尻尾を下げた。
「俺は冷房かっつーの」と文句を言いながら、それでも氷炎は白い胸を膨らませて息を吸うと、今度は思い切り息を吐き出す。
その凍てつくように冷たい息は部屋を巡り、一瞬にして温度が下がった。
「……アルバス、彼はどなたですか?」
先ほどの椅子に座り直し、膝に氷炎を乗せると、彩芽は改めてダンブルドアに尋ねた。
「君の保護者じゃよ、アヤメ」
答えて、ダンブルドアは困った顔で男を見た。
「まさか顔を知らぬとは。セブルス……」
「校長」
ダンブルドアの言葉を遮って、男は眉間に皺を寄せた。
「我輩はまだ、この件に関して納得していません」
ぎゅっと口元を引き結ぶ姿を、彩芽はじっと見る。
この男が彩芽の保護者だと、ダンブルドアは言った。
黒髪ではあるが日本人ではないので、祖母の方面の親戚ではない。
かといって、祖父や……父親の親戚でも無いだろう。
では誰か、と考えて、彩芽には1つだけ心当たりがあった。
毎年、クリスマスに送られてくるプレゼント。
そこに添えられた「メリークリスマス」だけのそっけないカードに書かれた署名。
「貴方は……S.S?」
彩芽の言葉に、2人は目を向けた。
「さよう、セブルス・スネイプが我輩の名だ」
男は眉間だけではなく、鼻にも皺を寄せて答えた。
「真に不本意ではあるが……貴様の保護者、後見人という事になっている」
「セブルス・スネイプ……セブルス……」
彩芽は名前を反芻した。
……その名前を聞いたことがある。
「呼び捨てとは随分ですな。我輩と君は概ね初対面だ。ミスター・スネイプと……」
「セブルスと呼ぶが良い。君の保護者なのだから……のう?」
ダンブルドアに強くそう言われ、スネイプはむっつり黙った。
彩芽は少し考え、ああ、と思い出した。
「ミスター・スネイプ、貴方は私を助けてくださった方ですね?ヴォルデモートに囚われていた身重の母を、逃がしてくださったと……祖母が感謝を述べておりました」
スネイプは彩芽を見る。
「それと、毎年プレゼントをありがとうございます。今までお礼を言えず、申し訳ございません」
膝の氷炎を下ろして立ち上がり、深く礼をする彩芽。
スネイプはそれを訝しげに見ていたが、ふと隣のダンブルドアが非難の目で自分を見ている事に気付き、ゴホンとひとつ咳をした。
「プレゼントの件は構わん、いちいち礼を言われるのも面倒だったので、わざと返事を出せないよう我輩自身がやった事。……それと、セブルスと呼べ。先ほど校長がそう仰っただろう」
「……はい、ありがとうございます、セブルス」
顔を上げた彩芽の顔には、何の表情も浮かんでいないようにスネイプは思えた。
何か、違う。
思っていた……想像していた少女と、目の前のこの少女は、あまりにも違った。
「ではアヤメ、わしはホグワーツに戻らねばならん。君は荷物をまとめ、明日セブルスと一緒に来るといいじゃろう」
想像と現実のギャップに戸惑っていたスネイプは、ダンブルドアのその言葉にぎょっとして振り向いた。
「君に話しておかねばならん事もある」
スネイプの視線には気付かないのか、ダンブルドアは続ける。
「そうそう、君の入学にあたってのいくつかのお願いじゃが……」
ダンブルドアは立ち上がり、両手を広げてにっこりと笑った。
「全て、許可しよう」
スネイプの抗議の声が聞こえたかどうか、ダンブルドアは言い終わると大きな音と共にあっという間にその場から消えた。
どうやらスネイプにとっても、ダンブルドアのこの行動は予想外であったらしい。
彩芽も、明日イギリスへ行かなければならないという事に、当然戸惑っていた。
急過ぎる話だ。
「西洋人って、全員あんな自己中なのか?」
うんざりという声で氷炎が呟く。
失礼極まりない発言だが、その言葉は彩芽にしか通じない。
能力のある者ならば、氷炎の鳴き声が意味のある言葉に聞こえるが、そうでなければ「きゅーきゅー」としか聞こえない。
それでも、失礼だと感じた彩芽は氷炎の頭をぺしっと叩く。
「全く、全く持って不本意だが……!!」
憤死しそうなスネイプが、彩芽に今日は一泊して、明日イギリスへ向かうと告げる。
なんだか不憫になって、彩芽は頷き、スネイプを早々に客室へと案内してあげた。
その足で彩芽は屋敷を回り、必要と思われる荷物を纏めていく。
全く詳しい説明がないため、どこまで用意すればいいのか分からない。
以前、葛葉からホグワーツの事は聞いた事がある。
話の通りならば、入学までまだ2ヶ月弱ほどの時間があるはずだ。
その間、ずっと向こうにいるのか、それともこっちに戻って来るのか。
向こうにいるとして、どこに泊まるのか。
日用品はあるのか、洗濯できる環境なのか……などなどなど。
聞いておきたい事は山ほどあるが、先ほどのスネイプを思い出し、ようやく落ち着いた彼の手を煩わせるのは止めようと思う。
彩芽は寝る場所はある状況、という設定で荷造りを進めた。
「姿現しという魔法を使う」
夕食の席。
鯛やヒラメとまではいかないが、そこそこ見栄えのする夕食を用意してスネイプを呼んだ彩芽。
焼き魚やお浸し、吸い物や煮物といった純和食を前に戸惑うスネイプだったが、ゆっくりと口をつけていく。
煮物の芋をフォークに刺して、そこでようやく喋ったのが先の言葉だった。
「私の方で、何か準備をすることはありますか?」
「ない。お前はただ、我輩にくっついていればいい」
「はい、分りました」
彩芽の返事にスネイプは眉を寄せ、しかし何も言わず芋を口に運ぶ。
その後も淡々と無言のまま食事は進み、なんの会話もないまま終わった。
その様子を見ていた氷炎は深々と息を吐く。
前途多難。
それしか思い浮かばなかった。
日本からイギリスまでは遠いため、姿現しを何度か続けてその距離を移動する。
荷物をまとめた彩芽を連れ、スネイプはホグワーツへと向かう。
姿現しは失敗すると大変な事になるため、少しでも暴れるようであれば用意してきた『眠り薬』を使うことも考えていたスネイプ。
しかし、大人しく言う事を聞く彩芽にそれを与える必要はなさそうだ。
こやつの母親であれば……。
スネイプは考えかけた事を、軽く頭を振って追いやった。
1日接してみて、スネイプは自分の想像は誤りであったと認めた。
この少女は、がさつで、暴力的で、上から目線のトラブルメーカーとは全く似なかったらしい。
言われた通り、大人しくスネイプの腕に掴まっている彩芽をマントで包み、姿現しをする。
スネイプが何回目かの姿現しの後、ずっとマントに包んで抱いていた彩芽を離すと、少女はパチパチと目を瞬かせた。
もう終わったのかと問いた気にスネイプを見上げる少女は小さく、本当に11歳なのかと疑う程だった。
だが、その顔は整っていて美しい。
まだ幼さが残るものの、無表情で固定されているため、あどけなさは感じられない。
騒ぐこともなく大人しく次の指示を待っている彩芽。
夜に出発したのだが、時差のためこちらはまだ日が高い。
ホグワーツに直接姿現し出来ないため、一旦ホグズミードへ寄ってから徒歩での移動になるが、歩くのに不都合はなかった。
「着いてきたまえ」
歩き出したスネイプを追って、彩芽も歩き出す。
荷物はかつて、母の撫子が使っていたらしいトランクに詰めてきた。
空間を広げる魔法がかかっているらしく、見た目に反してかなりのものが詰め込めた。
トランクの表面にはホグワーツの校章と思しきシールが貼ってあり、擦れや、ぶつけた跡が目立つ。
赤と黄色の派手なツートンカラーの見た目は全く趣味ではないが、何事も利便性が大切だ。
引きずらないようトランクを持ち上げた彩芽だったが、服と必要な道具一式の詰まったそれは、普通に重い。
見た目より詰まっているので、なおさらだ。
彩芽はスタスタと遠ざかっていくスネイプを見た後、トランクに向かってヒトガタに切った紙を放つ。
それは音もなくするりと飛んでトランクの下に入り込むと、ごくわずかにトランクを浮かした。
あとは軽く手を添えて歩けば、彩芽が自力で押している様に見える。
「いいのか?こんな往来で」
今の今まで黙りこくっていた氷炎が、彩芽の首にマフラーのように巻きついた状態で喋った。
彩芽はそれに微かに頷く。
「ここに、大叔父様や愉快な親戚がいると思う?」
氷炎は返事をしなかった。
かわりに、ニヤリと口の端を上げる。
西洋の魔法使いに彩芽の行動の意味は分からないだろうし、隠さなければいけない理由の最たるものである陰陽寮の奴らや親族の陰陽師たちは、イギリスになどいない。
鎖国が長かった日本の陰陽師たちは、現代においても他の国の魔法使いたちとは一線を引いている。
特に西洋の魔法使いとは相性が良くないのか、よっぽどのことがない限り連絡を取り合う事もない。
『バテレン手品』と西洋の魔法を批判する声も少なくはないし、その筆頭が他でもない彩芽の親族だ。
「目立つ術は使わないけれど、これくらいの楽はしたい」
言って、彩芽は一切こちらを振り返らずにぐんぐん遠ざかるスネイプの背を追いかけた。
◇陰険セブルス×コミュ障彩芽=楽しく会話が弾むわけがなかった。
真っ白でふわふわな白イタチ風の氷炎は、イタチが数百年生きてテンとなった妖怪。実際のイタチより耳が大きく尻尾が長くてふさふさしている。
黒いローブに白い抜け毛はさぞ目立ちそう……と思ったのは内緒だ。
氷と火の術を操るので、彩芽は氷炎と名付けた。ザ・安直ネーミング。作者はノロイとどっちがいいかちょっと迷ったが◇