翌日から、チャーリーの返事を待ちつつ、彩芽達は交代でハグリッドの小屋でノーバートの世話を手伝った。
ハグリッドはドラゴンの事を『ちっちゃい可愛いノーバート』という認識でいたが、日に日にノーバートは大きく凶暴になる。
マルフォイからの意味ありげな嘲笑、山ほどの宿題、凶暴なドラゴンの世話……。
ハリー達はくたくただった。
彩芽は別の理由で消耗していたが、クィレルとのお茶を断った分をドラゴンに充てているという感じだった。
クィレルはガッカリしたが、お茶抜きでも本は貸すと請け負った。
少し驚いたが、彩芽にすればありがたい話だった。
水曜の夜、零時になっても彩芽はハリーとハーマイオニーの3人で談話室に残っていた。
ハグリッドの小屋に行ったロンが帰って来ないのを心配してだ。
ノーバートは最近、死んだねずみを木箱に何杯も食べるようになったので、餌をやるだけでも重労働になっていた。
それにしても遅すぎると、そろそろ様子を見に行くべきかと彩芽が思った時、談話室の扉が開き、ハリーの透明マントを脱いだロンが姿を現した。
「噛まれちゃったよ」
開口一番、ロンはそう言って手を見せた。
ロンの利き手は血だらけのハンカチに包まれていて、その赤さにハーマイオニーは口に手を当ててブルッと震えた。
「一週間は羽ペンを持てないぜ」
ロンは痛みに顔をしかめる。
「ロン、手当てをしに行った方がいい」
彩芽はロンにそう言ったが、ロンはまさかと首を振った。
「医務室に行けってのか?この傷をどうやって説明するって言うんだ」
「でもロン……」
彩芽が言いかけたが、窓を叩く音がそれを遮った。
「ヘドウィグだ!」
ハリーは急いで中に入れると、手紙を確認する。
待ちに待ったロンの兄、チャーリーからの返事が、そこにあった。
4人で頭をつき合わせてそれを読む。
要約すれば、土曜の真夜中に1番高い塔のてっぺんまでドラゴンを連れて行けば、彼の友人がチャーリーのところまで運んでくれるらしい。
手紙を読んだ限りでは、チャーリーはいい人そうだった。
手紙の内容は簡潔かつ温かみがある。
こんな無理難題をあっさりと引き受け、法律違反に手を貸してくれる信頼できる友人がいて、さらにどうするか具体的な提案までしてくれている。
そしてこんな違法な事に巻き込まれ、無茶なお願いをしてきた弟を気遣うことも忘れていない。
彩芽が黙ってチャーリーについて考えている横で、ハリーは「透明マントがある」と提案した。
「僕ともう1人とノーバートくらいなら隠せるんじゃないかな?」
出来なくはないが、大変な作業だと彩芽は思った。
チャーリーの友人が、塔のてっぺんではなく、ハグリッドの小屋の裏まで来れば楽なのに……と思うものの、さすがにそこまでは求めすぎだろう。
ハリーの提案に3人とも頷いた。
それ以外の方法は思いつかないし、この1週間の事を思えば、それで全てが終わるならなんだってするという思いだった。
「ロン、医務室に行かないと」
安心して部屋に戻ろうとするロンに、彩芽が眉をしかめた。
「ノーバートの牙には毒があるの」
ロンはぎょっとして自分の手を見下ろす。
「でも……」
それでも、医務室に行くのをためらうロン。
迷った挙句、ロンは明日の朝まで様子を見ると言った。
「犬に噛まれたって良い訳するにしても、こんな時間じゃまずいよ」
そして翌朝、ロンの手は2倍ほどに膨れ上がっていた。
それでもロンは渋ったが、彩芽に「手が腐り落ちるかもしれない」と脅されて、ようやく医務室に向かった。
ハリー達も授業が終わると同時に医務室へ向かうと、ロンは酷くぐったりとしてベッドに横たわっていた。
「手、痛むの?」
「手だけじゃないんだ」
彩芽が小首を傾げると、ロンは弱々しく口を開いた。
「もちろん、手の方もちぎれるように痛いけど」
ロンは声を潜めた。
「マルフォイが来たんだ」
瞬間、彩芽から小さな舌打ちが聞こえた。
ハリーは驚いて彩芽を見たが、彩芽はなんでもなかったかのようにロンに続きを促した。
「……それで?」
「ああ……えっと、あいつ僕の本を借りたいってマダム・ポンフリーに言って入ってきやがった。僕の事を笑いに来たんだよ。なんに噛まれたか本当の事を言いつけるって僕を脅すんだ――僕は犬に噛まれたって言ったんだけど、多分マダム・ポンフリーは信じてないと思う」
それはそうだろう。
この辺の犬の牙に、毒があるなんて聞いた事がない。
彩芽はそう思ったが黙っていた。
ロンはクィディッチの試合の時、マルフォイを殴ったりするんじゃなかったと悔やみ始めた。
どうも手が痛いので弱気になっているらしい。
「土曜の真夜中で全て終わるよ」
ハリーがなんとか宥めようとしたが、その言葉にロンは飛び起きた。
変な汗をかいて、挙動不審に目を泳がせる。
「土曜零時!」
かすれた声でロンが叫ぶ。
「あぁ、どうしよう……大変だ……今思い出した……チャーリーの手紙をあの本に挟んだままだ」
ハリーもハーマイオニーも目を丸くした。
それじゃあ、マルフォイに計画を知られてしまった事になる。
「さあ、もう出て行きなさい。この子は眠らなきゃいけないのよ」
ハリー達がロンに何か言うより早く、マダム・ポンフリーがやって来て、ハリー達を医務室から追い出した。
「今さら計画は変えられないよ」
医務室から出た後、ハグリッドの小屋に向かいながらハリーが言った。
ハーマイオニーは頷いた。
「ええ、チャーリーに手紙を送るには、もう日がなさ過ぎるわ」
「これが最後のチャンスだ。それにマルフォイは、こっちに透明マントがあることを知らない」
その言葉に、彩芽はふと気付いた。
「…………ロンは運べない」
「え?」
あの怪我だ、土曜までに治るとは思えない。
だとすると、ハリーともう1人……それを誰にするか決め直す必要がある。
「私がやるわ」
ハーマイオニーが手を挙げた。
「ハリーとアヤメじゃ、身長が釣り合わないもの」
彩芽はしばらく考えて、頷いた。
木箱は術を使えばハリーと同等に持ち上げられるが、身長差で透明マントがずれるのはどうにもならない。
比較的負担の少ない、姿を隠す術を使えばマントはハリー1人で使うことも出来るが、そうすると彩芽は喋る事が出来ない上に、ハリーはこちらを認識できなくなる。
クリスマスに使用した存在を消すほうの術では、ハリーが彩芽の存在を忘れてしまう可能性があった。
本当は、自分1人で木箱を浮かし、気配を消す術で木箱もろとも認識できなくすれば簡単なのだが、残念ながら今、彩芽に長時間それが出来るかは怪しい。
父親との対決が近い今、そこまでの余力はなかった。
「ごめんね、ハーマイオニー」
ハーマイオニーは笑って首を振った。
土曜日。
ついにこの日がやって来た。
ここ数日、ハグリッド曰くノーバートが反抗期の為、ハグリッドの小屋には誰も入っていない。
いつもは小屋の中にいる大型ボアハウンド犬のファングも、尻尾に包帯を巻かれ、小屋から追い出されたままだった。
ハリーとハーマイオニーが訪れるより一足先に、彩芽はハグリッドの小屋まで来ていた。
ハグリッドの制止も聞かず中に入ると、1も2もなくノーバートの額に札を貼り付ける。
侵入者に気付いたノーバートが口を開くよりも素早い行動だったため、何事もなくその作業は終わった。
「お前さん、ノーバートに何をした?!」
ハグリッドがあんぐりと口を開く。
怒っていいのかどうか、分からないという顔だった。
「眠らせただけ。それに入れるの?」
彩芽は事も無げに言って、ハグリッドが用意していた木箱を指した。
ハグリッドはしばらくの間ノーバートと彩芽を見比べていたが、ノーバートが本当に眠っているだけのようだったので、ホッと息を吐いた。
「そうだ。こいつに入れる。せっかくだ、ちょいと手伝え」
言ってハグリッドはノーバートを抱えて木箱に入れた。
そしていっぱいの死んだネズミと、ブランデーをひと瓶、さらに愛くるしいテディベアのぬいぐるみも入れる。
「淋しがるかもしれん」
テディベアをじっと見つめる彩芽に、ハグリッドがそう説明した。
しっかりと蓋を閉じる間、ハグリッドは大粒の涙をボロボロとこぼしていたので、彩芽は目測を誤ったトンカチが自分の手を叩き潰すのを避けなければならなかった。
やがて、約束の時間より少し遅れてハリーとハーマイオニーが到着した。
2人はピーブズが入り口のホールで1人テニスをしていたせいで遅れてしまったらしい。
彩芽が先に来ていた事に2人は驚いたが、彩芽が『お札』というものでノーバートを眠らせたと知ると、とても喜んだ。
いくら頑丈な木箱に入っているとはいえ、運んでる最中に暴れられるのは困る。
「でも、そんなに簡単に大人しくさせられるんなら、いままでもそうして欲しかったよ」
ハリーが言うと、彩芽は少し眉を下げた。
「あまり、ノーバートの体に良いとは言えないから」
彩芽の言葉に、ノーバートと涙の別れを交わしていたハグリッドが顔を上げた。
ハリーとハーマイオニーは、ハグリッドが木箱を開けてノーバートを起こすと言い出さないうちにと、急いでマントを被って木箱を運び出す。
実際、時間にそれほど余裕があるともいえなかった。
2人と1匹の気配が遠くに消えて、彩芽は泣いているハグリッドを慰めながらマルフォイの事を思い出した。
そういえば、邪魔をしに来なかったけど……。
一足先に来たのは、もしもマルフォイがいたら始末しておこうと思ったから、というのもあった。
ここにいないとなると、もしかして塔の方で待ち伏せているのだろうか。
嫌な予感がして、彩芽はハグリッドの背をさすりながら首を振った。
◇キョンシーのお札みたいに、剥がすとドラゴンが襲ってくる仕様。
マダム・ポンフリーはきっとどんな怪我をしてきても、自分の手に負える範囲の怪我なら秘密を守って手当てしてくれそうだと思っています◇