陰陽師の魔女   作:もんごめりあん☆紗波

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◇ラストに向けて動き出す物語◇


いくつもの秘密

試験まであと数日という中、生徒たちは試験の勉強に追われていたが、彩芽はヴォルデモートとの対決の仕上げに追われていた。

勉強中、しょっちゅう席を離れてどこかへ消える彩芽にロンは目に見えてイライラしていたし、ハーマイオニーは例の保護者にテストのヒントを貰いに行っているのではないかと疑っていた。

(もっとも、これは誤解だと伝えたが)

 

いつにも増してフラフラと、そしてぼんやりとすることの多い彩芽を、ハリー達は心配したし、何かおかしいと感じていたが、本人は「秘密」と言って喋らない。

その度にロンが「秘密主義者め!」と叫ぶのは、もはやお約束となっていた。

 

 

 

 

 

「だいたい、君は僕達に秘密が多すぎる。そうだろ?一体、何を隠しているんだ?」

 

どこからか戻って来た彩芽を見て、ロンがしかめっ面で尋ねた。

ハリーはまた始まったと、テストに出そうな魔法史の一文を写す手を止める。

 

「ロン、もういいよ。それより今は勉強に集中しよう」

 

言って、ハリーは少し声を落とす。

 

「ハーマイオニーが怒る前に、勉強に集中するんだ」

 

ここのところ、ロンがこのやりとりですぐに勉強を中断するので、ハーマイオニーは不機嫌だった。

ロンはハリーの言葉に構うものかと鼻息を荒くした。

 

「友達に隠し事するなんて、おかしいだろ?」

 

彩芽はじっとロンを見ていたが、その言葉に、ゆっくりと口を開く。

 

「――秘密は、いけない事かしら?」

 

「いけない事に決まってるだろ」

 

ロンが苛立たしげに返す。

 

「いいか、友達ってお互いを信頼し合うもんだろ。なのにこう秘密が多くっちゃ、信頼なんて出来るもんか」

 

彩芽は考える。

ロンの言葉が全て正しいという訳ではないだろうが、ハリーの顔を見ると、彼も同意見の様だ。

ハーマイオニーは少しだけ、悲しげな表情をしている。

その気持ちは複雑で、彩芽には理解できなかった。

 

「話す気になったか?」

 

ロンが睨むように尋ねた。

彩芽はそれに一旦目を伏せ、そして淡々と話しだす。

 

「――まず、ネビルが初めの飛行訓練で箒から落ちた時……」

 

だが、その内容にロン達はキョトンとする。

 

「ネビルが地面に激突しないよう、私は術で助けたけれど、失敗した。ネビルが手首を怪我したのは、私のせい」

 

しばらく沈黙が続いた。

ロンやハーマイオニーは内容が理解できずポカンとしていたが、ハリーはハッと思い出す。

ネビルが落ちた場所から、何か紙を拾っていた彩芽を僕は見ている……。

 

「もしそれが本当なら、ネビルは君のおかげで怪我だけですんだんだ、君のせいじゃない」

 

ハリーが言うと、彩芽は少し笑って首を傾げた。

 

「それから、私はハリーがシーカーになるのを知っていた。あらかじめ予知していたから」

 

「……何言ってるんだ?」

 

ロンは彩芽がイカれたのでないかと疑ったが、ハリーは目を見開いた。

 

「そうだ、僕……不思議だった。入学前に君から貰ったプレゼントは、クィディッチの防具……赤の、グリフィンドールの色で、シーカーの手袋だった」

 

ロンとハーマイオニーは驚いてハリーを見た。

 

「本当なの?ハリー」

 

「君の勘違いじゃないのか?」

 

ハリーは首を振った。

 

「ハグリッドも知ってる」

 

「氷炎はペットじゃない」

 

彩芽はさらに続ける。

 

「私の式神……こちらで言う使い魔」

 

「それで、エサやりが大変って……」

 

ハーマイオニーが頷いたが、ロンはしかめっ面のまま。

 

「……飛行訓練のテスト、魔法の輪をくぐり抜けるやつ、ズルをしたわ」

 

これにはハーマイオニーがギョッとし、ハリーとロンは顔を見合わせた。

 

「私、箒で空は飛べないけど、普通に飛べるの。だから、箒を握って、乗っているふりをした」

 

「ちょっと待てよ、自力で飛べるのか?」

 

ロンはあんぐりと口を開けた。

 

「日本の術。こちらでは上手く力が使えないけど」

 

テストの日の、よろよろと飛ぶ様を思い出し、ハリーは首を振った。

箒で飛んでいたようにしか見えなかった。

 

「他にも秘密はあるけれど、今はまだ言えない」

 

そう締めくくった彩芽に、ハリーはロンが食ってかかるかと思ったが、食ってかかったのはハーマイオニーだった。

 

「アヤメ、貴女なんでズルなんてしたの?そんなのダメに決まってるじゃない!」

 

「でも」

 

「今からフーチ先生の所に行きましょう。今すぐ!」

 

ハーマイオニーはもの凄い形相で立ち上がると、彩芽の腕をぐいぐいと引っ張って行った。

2人が談話室からいなくなって、ようやくロンが口を開く。

 

「アヤメは僕達を信用してないんだ」

 

小さくだがキッパリと言って、ロンは星図を引っ張り寄せた。

 

「じゃなきゃどうしてアヤメは僕達に隠し事を作るんだ?……一体、いくつ秘密を作れば気が済むんだよ」

 

最後は少し、泣きそうに揺れた声に、ハリーは何も言えない。

きっと、何か事情があるんだと思う反面、ハリーもロンと同じ気持ちを否定しきれない。

 

友達だと思っているのは自分だけで、彩芽はそうは思っていないのかもしれない。

もし、本当に友達だと思ってくれているのなら……。

 

その友達にも話せない秘密とは、どんな秘密なのだろう。

 

 

 

ハーマイオニーは彩芽の手を引いて談話室を出たものの、フーチの元へは行かなかった。

何故か人気のない方へと足を進めるハーマイオニーに、彩芽は首を傾げる。

 

「私はロンと違って、秘密が多少あっても構わないって思う」

 

空き教室に引っ張り込んで、ハーマイオニーはそう切り出した。

 

「でもアヤメ、私時々だけど不安になるの。私が貴女の事、何も見ていないって思ってるの?」

 

酷く真剣に尋ねられ、彩芽は答えに詰まる。

ハーマイオニーは悲しげに続けた。

 

「ここのところ、貴女変よ。体調不良かと思ったけど、それにしたっておかしいもの。『餌やり』と何か関係があるんでしょう?その事もずっと疑問だったけど、今日の貴女の言葉で分かったわ。アヤメは使い魔に力を吸い取らせていたのね?最近、それが頻繁なんでしょう?一体、何をする気なの?」

 

疑問だらけの言葉を一気に吐き出したハーマイオニー。

 

「ハーマイオニーは、本当に賢いのね」

 

その察しの良さに、彩芽は思わず微笑んだ。

 

「私は目的があってホグワーツに入学したの。それがもうすぐ叶う。目的を果たしたら、日本に帰るわ。……そのために、今やらなければいけない事をしているだけ」

 

「その目的って?」

 

「言えない。今はまだ」

 

ハーマイオニーが尋ねるが、彩芽は首を振る。

 

「でも、必ず言うわ。全て終わったら……」

 

そして、ゆっくりと手を伸ばした。

ハーマイオニーの頬に、彩芽の手が触れる。

 

「だから」

 

そっと撫でるように動いて、両目を隠す。

 

「まだ気付かないで。忘れていてね」

 

囁いた彩芽の声に、ハーマイオニーの頭が下がる。

今、彩芽はハーマイオニーに暗示の様なものをかけた。

これで、ハーマイオニーは事が終わるまで今の疑問を思い出さないだろう。

これは友達を裏切る行為だろうか。

ロンを思い出し、彩芽は小さく息を吐く。

全て本当の事を言ってしまいたい気持ちはある。

だが、今それを打ち明けてしまえば、父親との対峙に支障が出るかもしれない。

 

失敗するわけにはいかない。

こんな好機、もうないだろう。

不安要素は摘み取るに限る。

 

「……ごめんね、ハーマイオニー」

 

謝って、彩芽はハーマイオニーの手を引いて談話室に戻る。

太ったレディの前で、我に返ったハーマイオニーがきょろきょろと辺りを見回した。

 

「どうしたの」

 

「え、あの……私一体……」

 

「フーチ先生がそれはズルじゃないって言ったからって、ショック受け過ぎだと思うわ、ハーマイオニー」

 

「フーチ先生?ああ、そうだったわね……」

 

ハーマイオニーはパチパチと瞬きをした後、慌てて談話室に駆け込む。

 

「大変、こんなことしてる場合じゃないわ!早く勉強しなきゃ!」

 

その後ろをついて行きながら、彩芽は思う。

全て本当の事を話した後、ハーマイオニーは変わらず自分を友達だと言ってくれるだろうかと……。

 

 

 

 

 

その翌日。

試験前日に、彩芽は廊下で『偶然』ダンブルドアと出くわした。

 

「試験勉強は順調かね?」

 

「ええ、おかげさまで」

 

もちろん、偶然を装っているが偶然でないことくらい気付いている。

いくつか当たり障りのない会話をした後、ダンブルドアは何食わぬ顔で伝えてきた。

 

「最近、わしをどうしてもこの城から出かけさせたい者がおるようでの、もしかしたらこの試験の最終日辺り、出かけることになるやもしれん」

 

彩芽は頷いた。

この老人の手の上で、ヴォルデモートも、ハリーも、そして自分も踊らされている。

彩芽は分かった上で踊っているわけだが、ハリーは違う。

彼は知らなくていい事だと思う反面、別の感情もこみ上げる。

 

「道中お気をつけて」

 

それらを全て押し殺し、彩芽はダンブルドアにそう告げた。

ヴォルデモートさえいなくなれば、もう何も考える事はなくなるのだから。

 

 

 

 

試験の日、教室に籠って試験を受ける生徒を嘲笑うかのように、空は晴れ渡っていた。

筆記試験の大教室は、その太陽に蒸されたお蔭でとんでもなく暑い。

カンニング防止用の特別な魔法がかかった羽ペンが配られ、彩芽は愛用の羽ペンを使えない事に不満だったが、テストの出来は上々だった。

 

実技の試験では、フリットウィックが教室に1人ずつ呼び入れ、パイナップルを机の端から端までタップダンスさせられるかどうかを試験した。

彩芽は『タップダンス』がどういうダンスか正確に分からなかったが、フリットウィックが授業で見せたお手本を思い出し、まるっきりコピーして再現して見せる。

 

マクゴナガルの試験は、ネズミを嗅ぎたばこ入れに変える事だった。

彩芽は『嗅ぎたばこ入れ』も実物は見たことがなかったが、こちらも授業で見たマクゴナガルの見本を頼りに、記憶の通り変えてみた。

 

スネイプの試験は忘れ薬の調合だった。

彩芽はようやく安堵して、これ以上ないほど完璧に作り上げた。

 

ハリーはその試験中も、額を押さえていることが多かった。

彩芽はハリーが「どうしてみんな石の事を心配しないんだ」と不満に思っているのに気付いていたが、特に何もしなかった。

 

最後の試験、魔法史のビンズが出したのは、1時間で「鍋が勝手に中身を掻き混ぜる大鍋」を発明した風変わりな老魔法使い達について書け、というざっくりしたものだった。

教科書に載っていたことを丸々書くと、彩芽はペンを置いた。

周りの生徒達はまだ必死に頭を捻っていた。

まだ終了まで時間がある。

彩芽は幽霊のビンズを通して壁を見つめていた。

ふと、視線を手前にやると、ハリーが視界に入った。

なんとか記憶を搾り出そうとしているみたいで、癖のある髪を、羽ペンを持っていない方の手で、さらにくしゃくしゃにしていた。

 

今日、ハリーはヴォルデモートと対峙することになる。

彩芽はそれを、阻止するつもりはなかった。

ただ、ハリーが彼と会うのは、それが最初で最後になるだろう。

――そうさせるのだ、私が。

 

「羽ペンを置いて答案羊皮紙を巻きなさい」

 

試験終了の合図と同時に、教室中にワッと歓声が上がる。

試験が終わったのだ。

 

晴れ晴れした顔のハーマイオニーと一緒に、教室を出る彩芽。

そのまま日差しの下に駆け出そうとするのを見て、彩芽は止まった。

 

「ホッとしたら気が抜けちゃって……私、寮に戻るから」

 

ロンは少しだけ疑うような視線を向けたが、彩芽は本当に具合が優れないように見えた。

いつも静かで無表情だが、今日はそれに拍車がかかっている。

心配するハーマイオニー達に手を振って、彩芽はグリフィンドール寮に戻った。

そのまま、彩芽は机から本を一冊手に取る。

そして、闇の魔術に対する防衛術の準備室へと向かった。

 

 

 

「ミス・ミナヅキ……っ」

 

ノックの音に扉を開けたクィレルは、一瞬ギョッとした表情を浮かべた。

だがすぐにいつものおどおどした雰囲気を取り繕う。

 

「ど、どうしたのですか?試験で何か、き、気になる事でも?」

 

「いいえ、本を返しに」

 

クィレルは彩芽が差し出した本を受け取って、ぎこちない笑みを浮かべた。

 

「試験勉強も、あったでしょうに、ず、随分と早く読んだのですね……では、続きを……」

 

「結構です」

 

別の本を持って来ようとするのを止めて、彩芽はクィレルをじっと見上げる。

 

「もう、借りてもお返しできないでしょうから」

 

クィレルが目を見開く。

 

「新学期に、またお借りします」

 

「あ、ああ、そうですね……ですが、一週間もあれば、ミナヅキなら読めそうな気もしますよ」

 

ホッとしたようにそう言って、クィレルは探るように彩芽を見た。

表情の読めない彩芽の顔や態度から、本心は窺えない。

 

「以前……先生と、闇の魔術は結局のところ普通の魔法と違いはないというお話をしましたね」

 

「ええ、確かに」

 

訝しげに眉をしかめるクィレルに、彩芽はゆっくりと考えを告げる。

 

「で、あれば、闇の魔法使いというのも、結局のところ普通の魔法使い。そう、何も恐ろしいものではない、偉大でもない、ただ人を傷つけるだけの、ただの魔法使い」

 

彩芽の声に、言葉に、クィレルはじわりと何かが自分を侵食していくのを感じた。

聞いてはいけないと、思わず耳を塞ぎたくなる。

空気が重い、息が上手く出来ない。

ダメだ、こんな小娘の言葉に耳を傾けてはいけない、あの方は偉大な方、バカな私を諭してくださった、力の意味を教えてくださった、私はあの方の忠実な下僕……。

 

「――私は」

 

ハッとして、クィレルは彩芽を見た。

重くのしかかる空気はすでになく、変わらない表情で彩芽はクィレルを見上げている。

 

「先生とのお茶会、気に入っていました。死なせるのは惜しいと思ったので」

 

「……言っていることの意味が、良く分かりませんね、ミナヅキ。死なせるとはまた物騒な」

 

どもるのも忘れ、クィレルは彩芽から目を逸らす。

彩芽は口の端を歪めるように上げると、踵を返して背を向けた。

そのまま去っていく後ろ姿さえ見ることが出来ず、クィレルは部屋にさがる。

 

たかが小娘と、一笑できなかった。

あの真っ暗な瞳を見ていると、まるで全て見透かされたようで恐ろしくなる。

ふと、手に持ったままだった本に目を落とす。

本の端から覗いた白い紙の端に、クィレルは息を飲んだ。

 

 

 




◇タップダンスはなんか、タッタカタカタカ!ってやるダンス。かぎ煙草入れ?なんそれ。……というのが、初めて読んだ時の正直な感想でした。イギリスの子供はかぎ煙草入れが何かすぐわかるものなの?シガレットケース、だとなんか違うものっぽいよな◇

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