翌日。
ホグワーツ特急が停車しているプラットホームに、彩芽は1人立っていた。
荷物は昨日の内にマクゴナガルが纏めてくれていたので、あの派手な赤と黄色のツートンカラーのトランクはすでに座席に置いてある。
しばらく待つと、わいわいと騒がしい声が聞こえ、ホグワーツの生徒でホームは溢れかえった。
その中にハリー、ハーマイオニー、ロンの3人を見つけて、彩芽は近付いて行った。
「……アヤメ、よかった!」
気付いた瞬間、ハーマイオニーは目を潤ませて彩芽に抱きつく。
彩芽はそれをそっと離して、少しだけハーマイオニーに微笑んだ。
そして、彩芽はハリーに向き直る。
「話は、コンパートメントの中で」
ハリーは頷いて、ロン達を促した。
彩芽はハリーが一緒のコンパートメントに入る事を拒むかもしれないと考えていたが、あっさりと頷いた事に驚いていた。
ロンは不思議そうに、ハーマイオニーは訝しげにしている事から、どうやらハリーはまだ2人に話していないようだ。
ハーマイオニーはチラチラとこちらを見たが、彩芽はあえて気付かないふりをする。
コンパートメントの扉を開くと、氷炎が椅子から彩芽のトランクの上へと移動した。
「このコンパートメントには、結界を張ったから……ここでの会話は誰にも聞かれないわ」
全員が座り、しっかりとドアを閉めてから、彩芽はそう口を開く。
丁度、列車も動き出した。
「今から、全て話すわ」
「その前に、聞きたいことがあるんだ、アヤメ」
彩芽が喋り出すのを遮って、ハリーが声を上げる。
ハリーは迷って、そして真っ直ぐに彩芽を見た。
「僕……僕、君があの場所に現れた時、まだ意識があったんだ。それで、聞いたんだ」
ゴクリと、ハリーは唾を飲み込んだ。
「君がヴォルデモートの事を……」
ハリーが言い終わる前に、彩芽は答えた。
「そう、聞いた通り。ヴォルデモートは私の血の繋がった父親」
ハリーを含め、ロンとハーマイオニーも息を呑んだ。
「私にとっては、血が繋がっている、というだけの存在だけれど。それで、まだ他に尋ねたい事はある?」
尋ねられるが、あまりの事実に誰も喋れなかった。
しばらくは列車の規則的な音だけが響く。
最初にその沈黙を破ったのは、掠れたロンの声だ。
「尋ねたい事はあるか、だって?!君、なんでその事を僕達に言わなかったんだ!」
「言わない方が賢明だと、諭されたから。私は隠す必要はないと思っていたのだけれど」
怒気を含んだ言葉にも、彩芽は顔色一つ変えない。
それが余計に、ロンを刺激した。
「怪しいと思ってたんだ、妙に隠し事も多いし。アヤメは僕達を裏切ってたんだ!」
ロンは顔を真っ赤にして怒ったが、ハリーはロンに比べればまだ冷静だった。
「ダンブルドアは、君も賢者の石の守りに係わっていたって……」
「ええ、そう。誰かがあの鏡から石を取り出した瞬間、私とダンブルドア先生には感知できて、もしもホグワーツから離れている場合でもすぐに駆け付けられるような術を施してあったわ。これも口止めされていたの」
あっさりと答える彩芽に、ロンが食ってかかる。
「じゃあ君は、僕達がニコラス・フラメルについて探していた時も本当は知っていたんだ!」
「もちろん。それが何で、どんな危険があるのか分からなければ、守りようがないもの」
ロンは完全に頭にきていた。
ハリーはロンが彩芽に掴みかからないよう少し体を割り込ませて、意を決して質問する。
「アヤメは……僕を……どう思ってるの?」
魔法界で初めて会った女の子。
ハリーにとって彩芽は、初めて出来た女友達だった。
彩芽はハリーの質問に瞬きをした。
何を聞かれたのか分からなかったのだ。
けれど、ようやく質問の意図を理解すると、深く息を吐いた。
「ハリーは、私がヴォルデモートの娘だから、貴方を恨んでいるかもしれないと思っているのね」
ハリーは返事をしなかったが、表情が彩芽の言葉を肯定していた。
「いいえ、ハリー。私は貴方を恨んだりしていない。ただ、ヴォルデモートを……父を殺したいだけ」
「信じられるもんか!だって君は僕達に、何一つ話さなかったじゃないか!」
ロンが叫んだ。
「ハリー、騙されるな、こいつも君の命を狙ってるんだ!」
「バカ言わないで!どうしてアヤメが……だって、ダンブルドアと賢者の石を守ったのよ?」
ずっと黙っていたハーマイオニーが、目に涙をためて訴えたが、ロンはそれを一蹴した。
「それがこいつの手なんだ!油断させて、ハリーを殺す気だ!」
「そんな……」
ハーマイオニーが言葉を詰まらせる。
「アヤメは、確かに隠し事をしていたわ。でも、それでも、私達……友達じゃないっ」
「ハーマイオニーはマグルの出身だから知らないんだろっ!こいつの父親がどれだけの人間を殺したと思う?こいつは人殺しの子供だ!」
「でも、アヤメは誰も殺してない……」
辛うじて、ハリーがそう反論する。
だがロンは……ハリーの前に立ち、ハリーを殺させるものかと言わんばかりに彩芽を睨みつけていた。
「今はまだ、だろ」
彩芽は怒りに震えるロンを見て、青ざめて涙ぐむハーマイオニーを見て、そしてハリーを見た。
ハリーの顔色は悪かった。
彩芽を真っ直ぐ見る目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「信じられないのなら、それは仕方のない事。根拠もなしに、信じてと言うつもりもない」
彩芽は立ち上がって、トランクを持ち上げた。
氷炎が軽い身のこなしで彩芽の肩に乗り、頬に擦り寄る。
「さようなら、良い夏休みを」
睨むロンと、泣いて顔を覆うハーマイオニー。
そして固まったように動かないハリーを背に、彩芽は結界を破ってコンパートメントを出た。
「……信じて欲しいって、言えばいいのに」
ポツリと氷炎が呟く。
彩芽は首を振った。
「信じるかどうか、決めるのはいつだって本人だもの」
彩芽の言う事は正論だが、人は何もない状態でただ信じる事はできない。
それが根拠のない言葉でも、たった一言で信じる理由にはなるのに。
氷炎は主人の肩から飛び降りて、通路に置かれたトランクに乗った。
ガタン、と電車が跳ねて、次の瞬間彩芽も氷炎も、荷物も全てそこから消えてしまっていた。
◇……こんな雰囲気で秘密の部屋編に突入です。
秘密の部屋編からは不定期に遅い更新となります。
とりあえず、次話だけは来週の土曜日予定です。◇