陰陽師の魔女   作:もんごめりあん☆紗波

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◇ようやく本編……ハリーとの絡みです

誤字報告ありがとうございます。修正しました◇


ダイアゴン横丁

「『漏れ鍋』……ここに間違いなさそうね」

 

イギリス、ロンドンの街中。

ダンブルドアと別れて5分ほどだった。

手に持ったメモと照らし合わせて、彩芽はそう呟く。

 

「ここじゃなかったら、むしろ詐欺だね。空間が捻じ曲がってる場所なんて、そうそう作るもんじゃないよ全く」

 

氷炎がぶつぶつと文句を垂れる。

彩芽は相手にせず、黙って問題の『漏れ鍋』の戸を開けた。

薄暗い店内は、それなりに賑わっていた。

 

扉を開けて入って来た彩芽に顔を向ける人間もいたが、基本的には皆、それぞれの話に夢中の様だ。

彩芽の顔を見た客は、その容姿に視線を外せなくなるが、彩芽は気にすることなく店の中を進んだ。

ダンブルドアからもらったメモを頼りに、店の外の赤いレンガ塀の前までたどり着く。

しかし、そこからが問題だった。

 

「意味が分からない」

 

彩芽の言葉に、肩の上の氷炎もメモを覗き込む。

メモには目の前のレンガと同じ絵が描かれていて、魔法で動いているらしい棒の絵が、ふらふらと左右に揺れながらその上を動いている。

 

「棒切れを壁の前で揺らせってことじゃないか?」

 

氷炎の言葉に、彩芽は辺りを見回す。

棒切れなんてどこにも落ちていない。

 

「それか、このメモが間違ってるんじゃねぇの?」

 

「まさか」

 

ダンブルドアにもらったものだ、それはないだろう。

じっと見つめていると、棒の動きに規則性がある事に気付いた。

 

「……この棒は杖の事ね」

 

杖を買いに行きたいのに、買いに行くには杖を振れとは。

なんとも理不尽な事だ。

 

「もう、いっそこの壁をブチ破ればいいんじゃねぇ?」

 

「馬鹿言わないで」

 

無茶苦茶な提案をする氷炎を彩芽がたしなめた瞬間。

 

「あの人、いつもあんなに神経質なの?」

 

人の話し声に目を向けると、大男と細っこい男の子が漏れ鍋から出てきたところだった。

向こうも、こっちに気付いて話を止める。

 

「こんにちは」

 

くしゃくしゃの黒髪にメガネをかけた男の子は、彩芽をしげしげと見た後、はっとして赤くなってそう言った。

見た事のないほど彩芽が綺麗だったからだが、さすがに無神経だったと反省する。

 

「……こんにちは」

 

彩芽はそれに挨拶を返して、そして2人を見比べた。

 

「お前さん、こんな所で何しちょる?」

 

もじゃもじゃの髪と髭の大男が、不審そうに彩芽に尋ねる。

その態度に、氷炎はフンと鼻息を吐いた。

お前の方こそ不審なんだよ、と言いたげに。

 

「ダイアゴン横丁に行こうとしたのだけど、入れなくて」

 

彩芽が素直に言ってメモを見せると、大男は目を瞬かせた。

 

「これの何が分からん?そのまんまの意味だろうが」

 

ちょっとどいてろ、と言って、大男が壁の前に進み出る。

「俺の傘はどこだ?」と呟きながら、大男は取り出した傘の先でレンガを数えた。

 

「3つ上がって、横に2つ」

 

大男は傘の先で3度、壁を叩いた。

という事は、あれはこの人の杖らしいと、彩芽は推測する。

もしそれが『有り』ならば、敵の魔法使いが杖を持っていないからと言って油断は禁物という事だ。

ペンや箸、キャンディの棒。

身近な何かに偽装可能という事だからだ。

 

「ハリー、ちょっとどいてろよ。お前さんもだ」

 

彩芽は大男の言葉に従いながら、ハリーと呼ばれた男の子の方をチラリと見る。

最初に見た時から、彩芽はその男の子が誰なのかに気付いていた。

 

ゴゴゴゴと壁が震え、真ん中に穴が開く。

見ている間にそれは広がり、あっという間にアーチ型の入り口が現れた。

ハリーはあんぐりと口を開けて驚き、彩芽は無表情のまま、内心派手な演出に驚いていた。

 

「ダイアゴン横丁へようこそ」

 

大男はニコーッと笑ってそう言って。

 

「本当、バテレンの奴らって派手好きだよな」

 

呆れた声が、彩芽の耳元でため息を吐いた。

 

 

石畳の通りに、所狭しと並ぶ様々な店。

賑やかなそれに目を奪われながら、彩芽とハリーは大男の後を追ってダイアゴン横丁に足を踏み入れる。

アーチは潜り抜けると、ひとりでに閉じていった。

 

「ありがとうございます、助かりました」

 

彩芽は大男の方へ軽く頭を下げる。

 

「いや、気にするこっちゃねぇ。ついでだ」

 

大男は手を軽く左右に振ってそう言った。

 

「ところでお前さん、東洋人だな?」

 

「ええ、日本人です」

 

頷いて、彩芽は付け加える。

 

「今年からホグワーツに入学するので、その買い物に」

 

「ええ!君もホグワーツに入るの?!」

 

ハリーがそう叫んで、慌てて口を押さえる。

 

「あの、僕もそうなんだ……」

 

「……そう、よろしく」

 

彩芽が手を出すと、ハリーはちょっと戸惑ってから、嬉しそうにその手を握り返した。

 

「僕はハリー。ハリー・ポッター」

 

「私は水無月彩芽。……彩芽がファーストネーム」

 

「じゃあアヤメって呼んでも良い?」

 

彩芽はハリーに頷いて、大男の方を見る。

 

「俺はルビウス・ハグリッドだ」

 

「ハグリッドは、ホグワーツで働いてるんだ」

 

「そう、よろしく」

 

彩芽はハグリッドとも握手をして、ハグリッドの視線が肩に注がれているのに気付いた。

 

「これは氷炎」

 

ぐいと無造作に掴んで、ブラリとハグリッドの目の前に突き出す。

ハグリッドはうーむと喉の辺りで唸りながら、氷炎を観察した。

 

「イタチに似とるが、違うな……ジャービーでもなさそうだ。なんちゅう動物だ?」

 

彩芽はそれには答えずに、肩に氷炎を戻す。

氷炎はブルっと体を1つ震わせて、彩芽を一睨みした。

 

「ねえハグリッド、僕達これからどうするの?」

 

ぶつぶつ言いながらまだ氷炎を見ているハグリッドに、ハリーはそう声をかける。

 

「ん、あぁ、そうだったな!」

 

ハグリッドはようやく自分達が何をしに来たのか思い出して氷炎から目を離した。

 

「まずは金を取ってこんとなんにも出来ん」

 

言ってから、ハグリッドは彩芽を見る。

 

「アヤメ、お前さんは?」

 

「……私も、まずは銀行に行かないと」

 

「なら俺達と一緒に行けばいい。ダイアゴン横丁は初めてだろ?案内してやろう」

 

ハグリッドの言葉に、彩芽は頷いた。

 

「お願いします」

 

右も左もわからない場所で、必要なものを正確に揃えるのは困難だと感じていた彩芽にとって、正直それは願ってもない申し出だった。

ハリーは一緒に回れると分かって、嬉しそうに笑う。

 

グリンゴッツ銀行は、ダイアゴン横丁の中でも一際高い建物だった。

真っ白なその建物は、横丁のどこにいても見つけられそうだ。

白い階段を上りながら、ハリーとハグリッドはひそひそと話す。

 

「ねぇ、ハグリッド、あれって……」

 

「そうだハリー。あれが小鬼だ」

 

ブロンズの扉の両脇に控えた、赤と金の制服を着た小鬼。

日本の小鬼とフォルムは似ているが、こちらの小鬼の方が狡賢そうな顔をしていると彩芽は思った。

 

入り口の中には2つ目の扉。

こちらは銀の扉で、盗人に向けての警告のメッセージが刻まれていた。

それを過ぎると、ようやく広いホールに入る。

大理石の床に、細長いカウンター。

カウンターの向こうには小鬼が大勢働いていて、コインや宝石を調べたり、帳簿をつけたりしている。

小鬼の数はざっと見ただけでも100以上。

真正面から強盗に入るのは、まず無謀と言えるだろう。

 

ハグリッドはハリーと彩芽を連れて、カウンターに近づく。

そしてそこにいた小鬼に「おはよう」と声をかけた。

 

「ハリー・ポッターさんの金庫から金を取りに来たんだが」

 

「鍵はお持ちでいらっしゃいますか?」

 

小鬼がすぐさまそう返す。

ハグリッドはそれに、ポケットの中身をぶちまけて探し、小さな金の鍵を小鬼に渡した。

ポケットから出てきたビスケットのカスを、帳簿の上から払い除けていた小鬼は、それを受け取って慎重に調べた。

 

「いいでしょう」

 

ようやく小鬼が本物と認めたところで、ハグリッドは「それと」と付け足した。

 

「ダンブルドア教授からの手紙だ。713番金庫の、例の物についてだ」

 

胸を張って、重々しい口調で言うハグリッド。

手紙を小鬼に渡すその姿を見て、彩芽は嵌められたと思った。

ハリーと会った時点で薄々感じてはいたが、これで決定だ。

今日、ダイアゴン横丁でハリーと会ったのは偶然ではなく、ダンブルドアの計らいだったのだ。

 

そもそも、彩芽はハグリッドを知っていた。

ホグワーツ敷地内の禁じられた森付近にある小屋に住んでいる大男。

実際に会って会話をしたのは初めてだが、その存在は他でもない、ダンブルドアから聞いていた。

だがハグリッドの態度を見るに、ダンブルドアはハグリッドに彩芽の存在は告げていないようだ。

 

「ああ、それと、こいつの金庫にも寄りてぇんだが……ほれ、アヤメ、お前さんも鍵を出せ」

 

ハグリッドに促され、彩芽は鍵を渡す。

小鬼は鍵を見て、彩芽を見て、そして頷いた。

 

「いいでしょう、では……グリップフック!」

 

グリップフックと呼ばれた小鬼が、金庫まで案内をしてくれるようだ。

ハリーはさっきの713番金庫の件が気になるようだったが、ハグリッドは「極秘だ」との一点張り。

ロビーから扉を出ると、そこは石造りの細い通路になっていた。

松明に照らされた床には、レールがついている。

グリップフックが口笛を吹くと、トロッコがやって来た。

 

「……全員乗れる?」

 

彩芽は思わず尋ねた。

ハリーとハグリッド、そして案内のグリップフックが乗り込むと、もうぎゅうぎゅう詰めだ。

 

「ご安心ください」

 

グリップフックが言うと同時に、もう1人の小鬼がやってくる。

 

「あなたの金庫は彼が案内いたします」

 

「え、じゃあ……」

 

ハリーが何かを言いかけたが、トロッコは発車した。

グリップフックが運転するトロッコは、ハリーとハグリッドを乗せて、あっという間に見えなくなってしまう。

 

「では、行きましょう」

 

新たにやって来た小鬼が、口笛を吹いて別のトロッコを呼び寄せた。

彩芽は頷いてそれに乗り、首に巻き付いた氷炎を胸に抱き直す。

特に合図もなく、それはもの凄い勢いで動き出した。

 

ジェットコースターも裸足で逃げ出すレベルで、トロッコは猛スピード運転だった。

奥へ奥へと続くレール。

地下洞窟のようなそこは、夏だというのに冷えている。

下には湖らしきものがあり、視界の端にちらりと大きな影が見えた。

 

「うーわー、ドラゴンだぜ」

 

肩から顔を出した氷炎が耳元で呟いた。

一瞬なので詳しくは分からないが、ドラゴンに対しての待遇はあまり良い状態とはいえない。

しばらくしてトロッコは急に止まった。

 

「ここがあなたの金庫です」

 

小鬼がトロッコから降り、彩芽もそれに倣う。

なるほど、これだけ猛スピードで曲がりくねっていれば、普通、自分や他人の金庫の位置を把握できないだろう。

頭上を見上げても暗く、目を凝らしたところでレールや土の天井が見えるばかりで、地上ならどの辺りなのかといった目印になるようなものは一切ない。

 

小鬼が鍵を開け、中を見た彩芽は一瞬目を疑った。

ホグワーツに通えるだけのお金があればいいと思っていたが、予想以上の金額だ。

いや、というか……一生かかっても使い切れない。

高く積まれた金貨が雪崩を起こせば、巻き込まれて死ぬ恐れもあると彩芽は思った。

金貨の山もさることながら、無造作に置かれた美術品も、価値がありそうなものばかり。

 

「すっげーじゃん」

 

「……こんなに必要ない」

 

彩芽はとりあえず必要と思う額をがま口に詰める。

冷静に考えれば、これは恐らく祖父の遺産なのだろう。

魔法界では名の知れた名門の一族だと聞いている。

とっくに亡くなっていたため会ったこともないが、彩芽は心の中で礼を述べておいた。

 

用が済んだ後は、再び超特急トロッコに乗って戻る。

案内してくれた小鬼は、地上に戻ると彩芽に鍵を返して去って行った。

グリンゴッツの出口で待っていると、しばらくしてぐったりとしたハグリッドと、目をぱちぱちさせているハリーが出てきた。

彩芽が2人を見つけると同時に2人も彩芽を見つけ、無事に合流することが出来た。

 

 

 

 

「制服を買いに行かんとな……」

 

再会すると、ハグリッドはそう言った後、申し訳なさそうにハリーと彩芽を見た。

 

「なぁ、2人共。制服は2人で買いに行ってくれねえか?『漏れ鍋』でちょっとだけ元気薬をひっかけてくる。あのトロッコには毎回慣れねえ……」

 

青い顔のハグリッドに、彩芽とハリーは頷く。

ハグリッドは礼を言って、ふらふらと『漏れ鍋』の方へ帰っていった。

 

「君は平気なの?」

 

ハリーはずっと黙ったままの彩芽にそう聞いてみた。

猛スピードで曲がりくねるトロッコは、ハグリッドでなくとも疲れるだろう。

 

「別になんとも」

 

「僕、ハグリッドには悪いけど、ちょっと楽しかった。ジェットコースターみたいだったよね」

 

無邪気にそう言った後、ハリーは今度は声を少し落として彩芽に尋ねる。

 

「ところで、アヤメは何だと思う?ほら、713番金庫」

 

極秘だと言っていたが、ハリーはやはり気になるらしい。

 

「僕の金庫に行った後、713番金庫にも寄ったんだ。すっごく厳重な金庫で、でも中には茶色の紙で包んだ小さな包みしか入ってなかったんだよ。ハグリッドはそれを大事そうにコートにしまってた」

 

それを聞きながら、ハリーでなくとも疑問に思い、興味を持つのは当然のことだと彩芽は思った。

これもダンブルドアの作戦の内なのだろうか。

 

「貴方は何だと思うの?ハリー」

 

ハリーは首を振る。

 

「僕には全く分からないよ……」

 

「……そう、私にも分からないわ」

 

彩芽はそう言って、その話は終わりとばかりにハリーから視線を外した。

 

「ほら、行きましょう」

 

代わりに洋装店に向かって歩き出す。

ハリーはそれに、慌ててついて行った。

 

『マダムマルキンの洋装店』という看板を見付け、2人は扉を開ける。

すぐに藤紫色の服を着た、愛想の良いずんぐりした魔女が飛んできた。

 

「まあまあ、坊ちゃんにお嬢ちゃん。ホグワーツでしょ?」

 

ハリーが口を開きかけたとたん、魔女はそう言った。

 

「さあ、坊ちゃんはこっちへ。お嬢ちゃんは少し待っていてね」

 

言いながら魔女はハリーを台の上に立たせて丈を合わせ始める。

彩芽はそれを、少し離れた場所で見ていた。

 

「やあ、僕は今年ホグワーツに入学なんだ。君たちもだろう?」

 

ハリーの隣で丈を合わせていた男の子が、そう声をかけてきた。

ハリーはどうして彩芽は返事をしないんだろうと思いながら「うん」と頷く。

青白い顔の金髪の男の子は、彩芽の方をちらりと見てからハリーに視線を戻した。

 

「僕の父上は隣で教科書を買ってるし、母上もどこかその先で杖を見てるよ」

 

鼻につく気取ったものの言い方で男の子は続ける。

 

「これから、家族で競技用の箒を見に行くんだ。1年生が箒を持っちゃいけないなんて、誰が決めたんだろうね……」

 

その後も、男の子は同じような調子で話を進めた。

彩芽はじっと突っ立ったままそれを聞くともなしに聞いている。

「クィディッチ」という単語が出たが、彩芽は興味がなかったし、ハリーは何の事か分からない様だった。

 

「見なよ!」

 

男の子が尖ったあごを窓の方にしゃくったので、ハリーは顔を向け、彩芽は目を向ける。

 

「ハグリッドだ!」

 

アイスクリームを両手に持ち、「ここで待ってる」とジェスチャーして笑っているハグリッドに彩芽は小さく会釈する。

 

「ホグワーツで働いてるんだよ」

 

知らないのかとハリーが言うと、男の子は小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 

「ああ、要は一種の召使だろ?」

 

「……森の番人だよ」

 

ハリーは明らかに男の子に対して嫌悪感を募らせていた。

 

「へぇ、番人ね。その番人がどうして君達と一緒なんだ?君の両親は?」

 

「死んだよ」

 

男の子の問いかけに、ハリーは短く答える。

 

「おや、悪いね」

 

悪いとは絶対思っていない口ぶりで男の子は謝った。

 

「じゃあ、あの子の両親も?」

 

彩芽の方を指して、男の子は再度尋ねる。

ハリーが口を開く前に、彩芽は自分で答えた。

 

「ええ、……死んだわ」

 

2人はその答えに驚いた顔をして、彩芽を見る。

 

「へぇ、喋れるんだ?」

 

男の子はそう言って彩芽から視線を外してそっぽを向いた。

ずっと言葉が分からないのだと思っていたらしい。

ハリーはまだ、彩芽を見ていた。

まさか彩芽の両親も亡くなってるなんて。

 

「でも、君達の両親も僕らと同族なんだろ?」

 

男の子が、今度はハリーだけじゃなく彩芽にも尋ねる。

彩芽に対しては不審げな目を向けていたが、彩芽は短く「ええ」とだけ頷き、ハリーも「魔法使いと魔女だよ」と答えた。

 

「他の連中は入学させるべきじゃないと思うよ。そう思わないか?」

 

男の子は再び調子を取り戻して話し出す。

ハリーは嫌な顔をして、彩芽は再び聞いているのかいないのか、じっと黙って立っていた。

正直、彩芽はこの男の子に良い感情を抱いていなかった。

喋る内容や口調が、大嫌いだった従兄弟たちを思い浮かばせる。

血筋、血統、一族の誇り……それらを正義だと信じている愚かな考え。

 

「さあ、終わりましたよ、坊ちゃん」

 

マダム・マルキンにそう言われ、ハリーはホッとしたように踏み台から飛び降りる。

男の子との会話にほとほとうんざりしていたらしい。

 

「さあ、次はお嬢ちゃんね」

 

マダムの言葉に、彩芽はポケットから紙を取り出して「そのサイズのものを」と言った。

 

「だけど、これじゃあ大分大きいと思うわよ?」

 

マダムは首を振る。

きちんと測ったわけではないが、目算で考えても不格好な事は目に見えていた。

中の制服は、多少ダブつくくらいで済むだろうが、ローブの大きさは見逃せるものではない。

 

「構わないの、そのサイズで」

 

分かっていると頷かれ、マダムは気にしながらもそのサイズのものを用意する。

プロとして、きちんとしたサイズのものをと思うものの、妙に自信ありげな少女の態度に言い返せない。

 

「じゃ、ホグワーツでまた会おう。たぶんね」

 

会計を終えた彩芽とハリーが店を出る時に、男の子が気取ってそう言いった。

ハリーは曖昧に頷き、彩芽はチラリと視線を送っただけだった。

 

 

 

 

洋装店での男の子との会話は、彩芽を嫌な気分にしたが、ハリーを落ち込ませるのにも充分なものだった。

 

「どうした?」

 

心配したハグリッドに「なんでもない」と答えて、ハリーはアイスを舐める。

そしてチラリと彩芽を見た。

肩に乗せた氷炎にもアイスをわけてやりながら、相変わらず無表情に歩いている。

彼女はどう思っているのだろうかと、ハリーは気になった。

 

「気にしない方が良い」

 

ハリーの視線に気付いて、彩芽がそう言った。

 

「ああいう考えの人もいる。それだけ覚えていれば充分」

 

「何の話だ?」

 

ハグリッドが彩芽にそう尋ねたので、ハリーは慌てて話題を変える。

 

「ねぇ、ハグリッド。クィディッチって何?」

 

「なんと、クィディッチを知らんとは!」

 

「これ以上落ち込ませないでよ」

 

肩を落とすハリーの方をチラリと見て、彩芽はハグリッドに言った。

 

「さっき、洋装店で青白い顔の男の子が色々話していたの」

 

「ほう、どんな事をだ?」

 

ハグリッドが聞きたそうに2人を交互に見る。

彩芽がそれ以上何も言わないので、仕方なくハリーはさっきの事を話した。

 

「……その子が言うには、マグルの家の子はいっさい入学させるべきじゃないんだって」

 

「ハリーはマグルの家の子じゃない!お前が何者なのかそいつが知っていたら……そんな口はきかなかったろうに!」

 

ハグリッドは悔しそうにそう言って、はたと彩芽を見た。

 

「アヤメはハリーの事は……」

 

「知ってるわ」

 

彩芽はハグリッドを見上げて、ほんの少し口元を緩めた。

ハリーはそれを見て、いつも笑っていればいいのにと思う。

もっとも、彩芽は笑っていなくても綺麗だけど。

 

「そう、そうだろうとも。つまりみんながお前さんを知っちょる!それにだ……」

 

彩芽の答えに自信を取り戻したハグリッドは、高らかにそう言ってフンッと豪快に鼻を鳴らした。

 

「大体、そいつに何が分かる。俺の知ってる最高の魔法使いの中には、長いことマグルの家系が続いて、急にその子だけが魔法の力を持ったと言う者もおる……お前の母さんの事だ!」

 

「それで、クィディッチっていうのは?」

 

ハリーが恥ずかしそうにしながら、話題をもとに戻す。

 

「魔法族のスポーツだ」

 

ハグリッドが大雑把に説明するのを、ハリーは面白そうに聞いていた。

その後ホグワーツの寮の話になり、ハリーは自分は落ちこぼれの多いハッフルパフかもしれない、とこぼした。

彩芽は興味なく聞き流していたが、さっきあの嫌味な男の子が『ハッフルパフなんかに決まったら退学する』と言ったのをハリーは気にしているようだ。

 

「スリザリンよりはよっぽどマシだ」

 

急にハグリッドが暗い表情になる。

 

「悪の道に進んだ魔法使いは、みんなスリザリン出身だ。例のあの人も、だ」

 

彩芽はハリーたちの会話を黙って聞いていたが、ハグリッドの言葉に少しだけ引っ掛かりを覚えた。

スネイプが魔法で出した彩芽のベッドは、グリーンと銀のカラー。

それがスリザリン寮のシンボルカラーであることを、彩芽は知っている。

 

「でも、悪の道に進まないスリザリンの人もいたんでしょう?」

 

「……うむ、まあ、中にはな」

 

ハグリッドは歯切れの悪い返事をした。

 

 

 

 

次に彩芽達はフローリシュ・アンド・ブロッツ書店で教科書を買った。

リストにある教科書は、大体店に入ってすぐの棚に1年生用、2年生用ときちんと並べられている。

まだ新学期まで少し遠く、そこまで込み合っていなくて助かったと彩芽は思った。

でなければ、このコーナーは新学期の準備に訪れたホグワーツ生でぎゅうぎゅう詰めだっただろう。

 

「アヤメ、俺が持つ。お前さんにゃ重いだろう」

 

「ありがとうハグリッド」

 

荷物を持ってくれたハグリッドに礼を言い、彩芽はハリーがいない事に首を傾げた。

 

「ハリーは?」

 

「まだ中だ。アヤメ、ちょいと見てきてくれ」

 

頷いて、彩芽は店内に戻る。

ハリーは呪いのかけ方と解き方が載った本を夢中で読んでいた。

彩芽はさっさと必要なものを買うと、ハリーを引っ張って外に出る。

 

「僕、どうやってダドリーに呪いをかけたらいいか調べてたんだよ」

 

「ダドリー?」

 

彩芽が聞くと、ハリーは重いため息を吐く。

 

「僕のいとこさ。すっごく嫌な奴なんだ」

 

「……そう」

 

彩芽は心底同情した。

自分の従兄弟たちを思い出したせいだ。

 

「でも、人を呪わば穴二つ、という言葉があるの。相手と刺し違える覚悟でなければ、不用意に呪いに手を出すのはお勧めしない」

 

彩芽の言葉に、ハグリッドは少し引きつつハリーに頷く。

 

「それにな、マグルの世界ではよっぽどのことがない限り魔法は使えん事になっちょる。そもそもハリーにゃ呪いなんてまだ早い。もっと勉強してからだな」

 

2人の言葉に、ハリーは肩を落とした。

 

 

 

 

ハグリッドのおかげで、彩芽はスムーズに買い物を進めることが出来た。

ハリーは純金の大鍋を買いたがったが、ハグリッドはそれを却下した。

代わりに、秤や望遠鏡は良いものを買う。

意外としっかりしていると、彩芽はハグリッドを見直した。

 

「あとは杖だけか……」

 

買い物も一通り終わり、ハグリッドはハリーのリストを調べてそう言った。

 

「おお、そうだ、誕生祝がまだだったな」

 

ハリーはそれに赤くなって「そんなことしなくていいのに……」と呟く。

 

「今日なの、誕生日」

 

ハグリッドに連れられてイーロップふくろう百貨店の前まで来て、彩芽がハリーに尋ねる。

 

「うん。そうなんだ」

 

何故か恥ずかしそうに言うハリーに、彩芽は「そう」と頷いた。

そしてハグリッドの方を向き、「すぐ戻る」とだけ伝えると、くるりと背を向ける。

 

「アヤメっ?!」

 

ハリーはどこへ行くのか聞こうとするが、彩芽はすでに人混みに消えた後だった。

 

「……まぁ、俺達がここにいる事は分かっちょるんだ」

 

ハグリッドは素早い彩芽の行動にあっけにとられながらも、そう言ってハリーを店内に促した。

 

20分後、白いふくろうの入った籠を持って店内から出てきた2人は、包みを持った彩芽を見つけて笑顔で駆け寄った。

 

「店の中に入ってくれば良かったのに」

 

ハリーがそう言うと、彩芽は困ったように頭をちょっと傾けて答える。

 

「あんまり近付くと、ふくろう達が怖がるかもしれないから」

 

何に?とハリーが聞く前に、彩芽は包みをハリーに差し出した。

 

「おめでとう、ハリー」

 

驚いて、ハリーは彩芽をポカンと見た。

 

「ぼ、僕に?」

 

「……誕生日だから」

 

頷きながらそう言われて、ハリーはおずおずとそれを受け取る。

 

「なんだ、ハリーのプレゼントを買いに行っちょったんか」

 

ハグリッドがなるほどと頷いた。

 

「で、何を貰ったんだ、ハリー?」

 

「えっと……」

 

ハリーはその言葉に、包みを開いて中を見る。

出てきたのは、真っ赤な色の手袋のような物だった。

 

「ほお、クィディッチの防具の1つだな。しかもこの色は……」

 

「ハグリッド」

 

彩芽は唇に人差し指を当ててハグリッドを見る。

そこから先は言うなという事らしいと察して、ハグリッドは不思議に思いながらも口を閉じた。

 

「ありがとう、アヤメ!」

 

嬉しそうに礼を言うハリーに、彩芽はちょっとだけ優しげな笑顔を見せる。

ハリーはその笑顔にドキドキして、誤魔化すように聞いてみた。

 

「あの、でも、なんでこれなの?」

 

言ってから、プレゼントに不満があるように聞こえたかもしれないと思ってハリーは慌てて付け加える。

 

「ほら、僕クィディッチの事なんにも知らないし……もちろん、嬉しいんだけど」

 

「大丈夫、必要になるから」

 

「え?」

 

何故そんなにはっきり断言できるのかとハリーが首を傾げる横で、ハグリッドが声を上げた。

 

「さあ、お前さんら。杖を買いに行くぞ!」

 

結局良く分からないまま、ハリーはそれに頷いた。

 

 




◇次回は杖選び。もっと横丁をショッピングさせたかった……けど技量が足らんかった◇
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