陰陽師の魔女   作:もんごめりあん☆紗波

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◇スネイプのデレターン……の、はず◇


不器用な2人

――いいかい、彩芽。

 

葛葉の言葉に、彩芽は本から顔を上げた。

 

「物事には全て理由があるんだよ。例えそれが、自分には理解できない理由だとしても。お前が今読んでいる日本史は、概ね戦の記録ばかりだ。けれどそれだって、誰かが何かの理由で戦っているんだ」

 

祖母の言葉に、彩芽は再び本に目を落とす。

戦国時代の年表は、どこを見ても戦や乱の文字で埋められている。

 

「ただ丸々覚えるんじゃない。流れを読むんだ。何がどうしてそうなったのか、それで誰がどう思うのか。国同士でもそうだよ、戦になったきっかけは何なのか、必ず理由はあるのさ」

 

理由、と彩芽は本に目を走らせる。

だが今読んでいる教科書に、葛葉が言ったような事は書かれていない。

 

「横着な子だね」

 

彩芽の動きで察したのか、葛葉が笑う。

 

「そんな薄っぺらな本一冊で、何でもかんでも分かると思ったのかい?」

 

机の脇に積んであった本を引き寄せ、葛葉は彩芽の前に差し出した。

 

「全部お読み。本は一生かかっても読み切れないくらい書かれているからね。分からないなら分かるまで調べればいいんだよ」

 

ドン、と目の前に出された本の山を、彩芽は手に取ってみる。

てっきり全て教科書類かと思ったが、「坂の上の雲」や「国盗り物語」といった小説も含まれていた。

 

「それはあたしのお勧めだよ。図書館に行けば他にも本はある。好きなだけお読み」

 

目を細めて、葛葉は笑う。

 

「お前は私に似て、本を読む子だからね。あたしの持っている本は、全部お前にあげよう」

 

 

 

……そういえば、祖母の遺品の整理も全くしないまま、ここに来てしまった。

いつの間にか止まった、ページを捲る手。

気が削がれて、彩芽は魔法史の本を閉じた。

スネイプはまだ書類と向き合っている。

と、不意に顔を上げたスネイプと目が合った。

怒るかと思ったが、スネイプはただペンを置き、尋ねる。

 

「どうした」

 

「……別に、なにも」

 

微かに首を振り、彩芽はまた氷炎を撫で始める。

怒らないのなら、このままスネイプを眺めていてもいいのだろうか。

いや、長時間眺めるとやっぱり怒られるのだろう。

 

「歴史が好きなのか?」

 

終わったと思った会話は、しばらくの間を挟んで再開された。

彩芽は質問に首を傾げる。

 

「我輩の見間違いでなければ、さっきまで読んでいたのは魔法史の教科書だったと思ったが」

 

「…………」

 

氷炎を撫でる手を止めて、彩芽はスネイプをじっと見つめた。

 

「違ったのか?」

 

「いいえ」

 

彩芽は答える。

 

「歴史は好きです。でも……」

 

「でも、何かね」

 

言葉を切った彩芽を、スネイプが促した。

 

「本当は、理科の方が好き、です」

 

地学に生物、化学に物理……。

どの教科より理科が一番得意だし、好きだ。

葛葉は文学が好きで、国内外を問わず色々な本を読んでいた。

彩芽もそれを真似、今までたくさんの本を読んできた。

葛葉は彩芽を読書好きの文学少女だと思っていたが、本当は読書より実験や観察の方が好きだったことを、結局は知らないままだった。

 

スネイプは席を立ち、本棚に向かった。

彩芽が見ている中、数冊の本を選んで腕に抱える。

そしてそれを、彩芽のベッドの上に置いた。

 

「興味があれば読んでみろ。もっとも、1年用の教科書を読んだ後でなければ、理解は難しいだろうがな」

 

ぱちぱち、と目を瞬く彩芽。

渡された本は、タイトルから推察するに、魔法薬学関連の本の様だ。

 

「ありがとうございます」

 

彩芽が礼を言うと、スネイプは再び机に戻る。

何が何やら分からないまま、彩芽は助言通り、1年用の教科書から読み始めることにした。

 

 

 

 

スネイプから勧められた本は気になったが、彩芽は買った教科書全てを読破するところから始めた。

葛葉から魔法の基本的な事は教わっていたので、1年生の教科書は簡単なおさらいの様なものだ。

他にする事がないという事もあって、数日で8冊分を読み終わり、彩芽はようやくスネイプの本に手を付ける。

 

――やはり、本は魔法薬学に関することだった。

だが、単に調合の事が書いてあるだけではない。

特定の材料を調合することによって、どのような効果が生まれるのか、またそれはどういう理由でなのか、というところから始まり、それを踏まえて仮説を立て、実験と検証を繰り返す。

その新しい調合薬を生み出すまでの過程を描いた、それは随筆の様な本だった。

この本の面白いところは、単に正解の調合の説明があるだけではなく、失敗した過程と、そこから正解を導き出すところまで書かれている点だろう。

 

『私がある夜、調合に失敗した薬の前で落ち込んでいると、妻がやって来て「失敗したのにどうして捨てないのか」と問うた。

落ち込んで口も開かない私に、妻はビンを指さし、呆れて言うのだ。

「役に立たないものをずっと入れていても仕方ないでしょう」と。

私はハッとして、今まで使っていた材料を見直した。

手順ばかりに気を取られ、最初に必要と決めた材料を見直す事なんて考えもしなかったのだ。』

 

もちろんそこから、また紆余曲折あるのだが、最終的には作者である『私』は新薬を完成させる。

 

彩芽は没頭して読んだ。

単純に読み物としても面白いし、魔法薬の理論としても興味深い。

あっという間に渡された数冊を読み切ってしまい、最後の本を閉じ終えた時には、ほんの少し寂しいとまで感じた。

 

「良い本をありがとうございました、セブルス」

 

「……全て読んだのかね?」

 

彩芽が本を返すと、スネイプは驚いた顔をした。

 

「ええ、とてもおもしろかった」

 

「…………では、3巻で彼が角ナメクジを材料から一度外した理由は何だったかを答えてみたまえ」

 

いきなりのクイズに、彩芽はぱちぱち、と瞬きした。

だが、すぐに答える。

 

「角ナメクジから出る粘着物質が、他の材料の成分に影響を及ぼしたためです。代わりに、ヒル、カエルの卵、芋虫などを使ってみたものの上手くいかず、最終的には角ナメクジから粘着物質が出ない方法を模索することにしました」

 

彩芽の回答にスネイプは黙り込む。

間違ってはいないはずだけれど、と彩芽も黙って待った。

 

「……明日の午後、予定はあるのか?」

 

「いいえ」

 

即答した彩芽に、スネイプは頷いた。

 

「では、明日の昼食後ここにいろ。お前がどの程度理解したのか、我輩がテストしてやろう」

 

「…………はい」

 

いきなりの事に、内心驚きながらそう返事をする。

続きがあるかと待ってみたが、スネイプがそれ以上何も言わないので、彩芽はその場を離れて自分のベッドによじ登った。

テストする、とスネイプは言ったが、一体何をするのだろう。

 

戸惑い不思議そうな彩芽の側で丸くなりながら、氷炎はスネイプの方を見た。

どこか楽し気なその横顔に、深々とため息を吐いて白い髭を思い浮かべる。

あのじじい、本当に使えねぇな、と。

 

 

 

 

翌日、昼食後に部屋で待っていた彩芽は、スネイプに呼ばれて部屋を移動した。

連れてこられたのは、同じく地下の部屋。

授業で使う部屋なのだろう、広いその部屋の端の机には、今から必要なものが並べられていた。

 

「今からお前には、この薬の調合をしてもらう」

 

スネイプが杖を振ると、黒板に文字が現れた。

 

「質問は受け付けん。始めろ」

 

何の薬なのかの説明はなく、黒板には材料とその量、手順のみが書かれている。

彩芽はそれを何度か読み、首に巻いた氷炎を近くの椅子に下ろすと、腕まくりをした。

 

案外手際よく作業を進める彩芽を、スネイプは少し離れた作業台から見ていた。

材料をナイフで切り揃える生徒の手つきは見ていて危なっかしい事も多いが、彩芽はその点安心して見ていられる。

自分も授業で使う材料の準備を進めながら、スネイプは時折目を向け、彩芽の調合が順調に進む様を眺めていた。

 

(1年生でこの腕か……)

 

スネイプは内心で舌を巻く。

彩芽に調合を命じたのは、1年時の後半に習うものだった。

あの本を読み、内容を理解出来るのであれば、曲がりなりにも形になったものが出来るだろうと思っていたのだが。

このままいけば、実用レベルのものが出来上がるだろう。

 

無駄口は一切叩かず、黙々と作業を進めていく彩芽。

時折チラリと黒板に目を向けるが、読むというよりは確認程度で、すでに全て暗記している。

材料と工程を見て、彩芽にはこれが何の薬かすぐに分かった。

魔法薬調合法に載っていた『忘れ薬』だ。

この薬の調合はさほど難しくはない。

書いてある通りの手順で調合すれば良いだけの事。

 

「……できました」

 

出来上がったものを瓶に詰め、彩芽は振り返る。

スネイプは頷き、それを受け取った。

確認するまでもなく、澄んだその液体は『忘れ薬』の完成品。

 

じっと瓶を見ていたスネイプは、彩芽が自分を見上げていることに気付く。

そこでようやく、自分が『テスト』だと言ってこれを作らせたことを思い出した。

 

「合格だ」

 

「ありがとうございます」

 

彩芽の口元が少し緩む。

 

「これが何か分かるな?」

 

「忘れ薬です」

 

スネイプの問いに、彩芽は間髪入れず答えた。

 

「そうだ、1年生の授業で習う。だが、お前にはこの程度の調合は造作もない事の様だ。一体、どこで習った?」

 

これが初めての調合ではないと確信したスネイプは疑問を口にする。

彩芽はそれにほんの少し首を傾げた。

 

「魔法薬の調合はこれが初めてです。理論、座学は祖母が教えてくれました。……陰陽道にも、薬の調合はあるので、その関係での調合は慣れていますが」

 

彩芽の使う陰陽道にも、薬の調合はある。

幼い頃からそれをこなしていたのだから、勝手が違うとはいえ、初歩の魔法薬学の調合に苦戦するはずがなかった。

 

ただ、その回答にスネイプは、完全には納得いかない。

そもそも、スネイプは彩芽が陰陽師であることや、その修業を終えたことなどについて、きちんと理解していなかった。

氷炎がダンブルドアに対して不満なのもその点である。

彩芽がそういった自分の説明が不得手なのには気付いているだろうに、今後保護者となるスネイプになんの説明もしていないとは。

 

とはいえ、もしもスネイプが彩芽が陰陽師で、その修業はすでに終えていると聞いたところでピンとは来なかっただろう。

その原因の一つが、彩芽の母親である撫子に陰陽師の才能がなかった事だ。

撫子は事あるごとに『私は陰陽師、安倍晴明の子孫よ』と吹聴して回っていたが、陰陽師としての術は何も使えず、結果として『陰陽師』という肩書きを貶めていた。

撫子には撫子なりの考えがあっての行動だったのだが、そういう訳でスネイプの中の陰陽師の認識は、日本における魔法族の総称というくらいのものだったのだ。

 

「そうか」

 

なので、スネイプは彩芽の言った事に頷いたものの、やはり分かっていなかった。

祖母が薬の調合をする手伝いでもしていたのだろうと、そう解釈したのだ。

 

「時間があれば、また見てやろう」

 

「ありがとうございます」

 

ぺこり、と頭を下げる彩芽。

恐らく教科書通りの調合であれば、多少のミスはあれど学生レベルのものはほぼ完璧に出来るだろう。

だがそれとこれとは別で、慣れない魔法薬の調合を専門の教師に付き添ってもらえるならばありがたい話だ。

 

――それに。

一体どうしてこうなったのかはよく分からないままだが。

わざわざ時間を割いて自分に付き合ってくれたことが、彩芽は素直に、少し嬉しかったのだ。

 

 

 

 

 




◇氷炎は周りに人がいる時はあんまり喋りません。ただのもふもふマフラーと化します。だって喋っても言葉通じないしね。キューキューと鳴くイタチっぽい動物と彩芽が喋ってると変人に思われるだろうという気遣いですが、真夏に白もふマフラーしてるのは十分に変人です◇
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