入学式を目前に控えたある日、夕食の席に現れたダンブルドアが彩芽に尋ねた。
「ところでアヤメ、入学式はどうするのかね?」
「どう、とは?」
ニンジンを切る手を止めて、彩芽は尋ね返す。
ダンブルドアはそれに答えず、スネイプを見た。
「セブルス、説明してあげなさい」
当然、スネイプは眉を寄せたが、ダンブルドアが動じるはずもない。
小さなため息を吐き、口元を拭って、スネイプは彩芽にやや体を向けた。
「ホグワーツ生は皆、新学期はキングズ・クロス駅の9と3/4番線に行き、11時発のホグワーツ特急に乗る。お前はすでに学校にいる訳だが……校長は当日、お前がロンドンまで行くのかどうかを聞いているのだ」
フォークとナイフを置き、彩芽もスネイプに体を向ける。
そして疑問を口にした。
「私はどちらでも構いませんが。……それは、私が決める事なのでしょうか」
彩芽にとって、ホグワーツ入学は父親を殺す手段の1つでしかない。
入学のワクワクやドキドキも特になく、今のところ楽しみと言えば、授業で魔法の実技が出来る事と、ハリーと会うことくらい。
なので彩芽にとっては、特急に乗って来いと言われれば従う、くらいの感覚でしかないのだ。
興味無さ気な彩芽の言葉に、スネイプは片眉を上げた。
「それは暗に、我輩に決めろと言っているのかね?」
彩芽は困って小首を傾げる。
本当にどうでもよさそうな彩芽に、スネイプは1つ小さく息を吐き、言った。
「当日、ロンドンまで送っていく」
「……はい」
素直に頷く彩芽。
1か月以上一緒にいた割には距離感がある2人のやり取りに、ダンブルドアは内心でため息を吐いていた。
9月1日、ロンドンの脇道。
人目につかないその場所に姿現しをしたスネイプは、掴んでいた手を放すと彩芽を見下ろした。
黒いパーカーに膝丈の黒いスカート。
黒いハイソックスに黒のスニーカー。
腰まである長い髪も黒く、瞳も黒い。
唯一、首に巻き付けているペットの毛だけが真っ白で、それ以外は完璧に黒で統一されている。
それとは対照的に、地面に置いたトランクは派手な色と柄で、見覚えのあるそれに、スネイプは眉をしかめた。
「ここから出たら右に曲がれ。しばらくすれば駅が見える」
スネイプの説明に、彩芽は頷く。
「それから、学校が始まれば、我輩は保護者である前に教師だ。それを忘れるな」
それにも、彩芽はただ頷いた。
「……我輩が貴様の母親に会ったのは、ホグワーツ特急でだった。あの時、コンパートメントにナデシコが入ってこなければ、お前と会う事もなかったのだがな」
ぽつり、と言われた言葉に、彩芽は驚いた。
悪口以外で、スネイプから母親の話題が出たのは初めての事だ。
「場合によっては、今後の一生を左右することもある。せいぜい気を付けるがいい」
言うだけ言って、スネイプは姿くらましをした。
バシッと音がして、目の前から消える。
いなくなったのを見計らって、氷炎が口を開いた。
「あー……、あいつって本当、面倒臭い性格してるな」
呆れた様に、氷炎は呟く。
「つまり、特急に乗ったら友達探せって事だろ?」
「そんな事、言ってなかったけど」
彩芽は氷炎の言葉に首を振った。
保護者が保護者なら……という言葉が頭に過ぎり、氷炎は呆れた視線を向ける。
「それより、駅に行かないと」
「大丈夫だろ。ばったり誰かに会うのが嫌だからって、あいつこんな早くに俺たちを放り出したからな」
氷炎の言う通り、時間はあり余っていた。
それでも彩芽は、駅に向かって歩き出す。
例によって、ヒトガタに切ってあった依代を使い、トランクをわずかに浮かせて持つ彩芽。
「セブルスの言った事を踏まえたら、早めに行ってコンパートメントにいた方が良いと思う」
「なんで?」
「だって、誰かのいるコンパートメントに乗り込むのは面倒だと思うし……」
初対面の相手に挨拶をして、入ってもいいか尋ねる。
その行為が面倒だと言う彩芽に、氷炎はため息を吐いた。
「そうだな、先に入ってりゃ、後から来た奴に頷くだけで済むからな」
主人の物ぐさに呆れつつ、それでも頷くのは式神だからか。
キングズ・クロス駅は大きな駅だった。
迷わずたどり着けた彩芽は、貰った列車の切符を見る。
そして、9と3/4番線と書かれた切符に、眉を寄せた。
プラットホームには、9番線と10番線はあっても、そんなホームはない。
スネイプは、もう少し説明してくれても良かったのではないかと彩芽は思った。
「どうした?」
「なんでもない」
立ち止まった彩芽に氷炎が聞くが、彩芽は首を振って歩き出す。
目指すのはもちろん、9番線と10番線の間だ。
はっきりと分かる気の歪みが、柵の辺りにある。
彩芽は迷わず突っ込んだ。
柵による障害はなく、難なく通り過ぎる。
目の前に急に広がるプラットホームには、紅の機関車が停車していた。
まだ早い時間なので、人は少ない。
彩芽はさっさと乗車すると、真ん中辺りの車両のコンパートメントに入り、座った。
「11時発……か。まだまだ動きそうもないな」
氷炎が呟くが、彩芽は気にせずトランクを開けた。
まだ出発もしないうちから制服に着替えだす彩芽に、氷炎は呆れる。
もっとも、着替えながら裾や懐に色々と仕込まなければならないので、誰もいないうちにしてしまうのが正解かもしれないが。
彩芽が大きめのサイズの制服にしたのは、実はこのためだった。
服のあちらこちらに入れた、羅針盤や札、薬や他の道具を目立たなくするには、多少だぶついていた方が都合がいい。
着物の袖ほどではないが、マントもなかなか便利だ。
日本人の標準からみて、彩芽は普通よりはやや小さめの体をしている。
イギリスの同年代の子供とでは、さらに体格差があった。
そこへ持って来て、大きめサイズの制服。
完全に小さな子供の雰囲気になってしまっているのだが、彩芽も氷炎もその辺りは無頓着だった。
着替えが終わると、彩芽はトランクの中から魔法薬調合法を引っ張り出してそのまま読み始める。
読書に熱中して時間を潰すつもりだと分かり、氷炎は黙って彩芽の首に巻き付き目を瞑った。
彩芽は時折本から目を上げて、窓の外を見た。
チラホラと増える人の数。
ホームには生徒らしき子供よりも、見送りの大人の方が多い。
一瞬、もしも葛葉が生きていたら見送りに来てくれたのだろうかと考えたが、彩芽にはホームで手を振る葛葉を想像できなかった。
「俺はフレッド・ウィーズリー。で、こっちはジョージ」
赤毛の双子の片方がそう自己紹介し、もう片方はひらひらと手を振る。
一卵性双生児らしく、2人の外見はそっくりだった。
「俺はリー・ジョーダン。他に空いてるコンパートメントが見つからなくってさ、助かったよ」
細かい三つあみを縮らせた少年が彩芽に笑顔を向ける。
出発してすぐに、ドアから顔を覗かせた少年に『いいかな?』と聞かれたので頷いたら、どやどやと3人やって来てあっという間にコンパートメントを占領されてしまった。
もっと静かそうな人を選べばよかったかもしれないと思いながら、彩芽も名乗る。
「そう、なら良かった。私は水無月彩芽」
淡々とした、無表情での自己紹介。
しかも言った後はすぐに手元の本に目を落としてしまう。
フレッドとジョージは愛想の無い返事に思わず顔を見合わせた。
リーも顔を引きつらせながら、辛うじて世間話を続けようと試みる。
「その首に巻いているのは何?暑くないの?」
「……ペット。暑くない」
本から目も上げず、素っ気ない返事。
因みに、氷炎は名前の字の通り、氷の気と炎の気を扱うことが出来るので、夏ならひんやりと、冬ならぬくぬくと首に巻くことが出来る。
だが見た目はふわふわの毛玉なので、この夏の暑さが残る9月初めに首元をふさふさにしている彩芽は、間違いなく変人だった。
「えーっと、その本、そんなに面白いか?」
ジョージも頑張って会話を振ってみる。
表紙と中身が違わないなら、彩芽が読んでいるのは間違いなく魔法薬学の教科書だ。
「……面白い」
本から目を離さずにそう言われて、3人は思いっきり眉をしかめた。
そしてそれっきり、彩芽のことは無視することにする。
この状況で黙々と教科書を読みふけって、それが面白いと言う様な奴とは仲良くなれない。
そう思ったからだった。
彩芽の方もその事に不都合はなく、しばらくの間お互い別々に平和な時間を過ごす。
リーはタランチュラを双子に見せびらかしていたが、彩芽はそれを怖がって叫ぶようなタイプでもない。
双子たちはその事には感心したような顔をしたが、彩芽が本から顔を上げないので、もしかしたら蜘蛛に気付いていないだけかもしれないと思い直したりもした。
そんな平和を乱したのは、荒々しく開かれたコンパートメントの扉から入って来た少年だった。
今年はどんな悪戯をするかと話し合っていた双子とリーは、扉の方を向いて嫌そうな顔をする。
扉口に立っていたのは青白い顔をした金髪の少年と、そのお供と思しきがっちりした体つきの少年2人の計3人だった。
「くそ、間違えた!」
相当気が立っているらしく、謝りもせずにそう吐き捨てた金髪の少年は、奥の窓側の席で本を読んでいる彩芽に目をとめた。
「おや、今日はハリー・ポッターと一緒じゃないのか?」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて、少年は彩芽に声をかける。
『ハリー・ポッター』の言葉に、双子達は顔を見合わせた。
彩芽はそれには答えずに、黙々と本を読んでいる。
無視をされた少年は、ぐっと彩芽を睨みつけた。
「おい、何とか言えよ!この……」
パタン!!と大きな音を出して彩芽が本を閉じたので、少年が「この」の後何を言おうとしていたのかは分からなかったが、双子とリーは絶対最低の言葉だったに違いないと思った。
「……誰?」
彩芽が少年に向かってそう聞くと、少年の青白い顔にサッと赤みが差す。
「っ洋装店で……!!」
「それは知ってる」
彩芽は遮る様にそう言って、少年に向かって言葉を足した。
「名前」
少年は怒鳴りだしそうな顔をしたが、気を取り直したように気取って答える。
「僕はマルフォイ。ドラコ・マルフォイだ」
「マルフォイだって!!」
間髪入れずに、フレッドが嫌悪感も露わに吐き捨てた。
「君達は兄弟揃って無礼だな!教養と言うものを身につけたらどうだ!」
フレッドを睨み付けてドラコが嘲笑う。
「まあもっとも、豚小屋に住んでるようじゃ教養なんて一生身に付かないだろうけどね!」
「コイツ……っ!!」
殴りかかりそうな勢いの双子とリーの間を、すっと黒い髪が流れた。
驚く3人を他所に、彩芽はドラコに近付いてじっと見つめる。
気に入らないハリー・ポッターと一緒にいた、わけの分からない東洋人だと自分に言い聞かせるが、大きな黒い瞳に上目遣いに見つめられてドラコはドキドキしてしまう。
不思議に惹き込まれるその瞳から目が離せず、瞬きすら難しい。
「私は水無月彩芽。……誕生日は?」
「そんなこと聞いてどう……」
「誕生日」
「……」
ドラコが根負けして仕方なしに教えると、彩芽はそのままドラコの手を取った。
「な、は、離せっ!」
かあっと耳まで真っ赤にしてドラコは振り払おうとするが、彩芽は気にせずドラコの手を見る。
「今週、水難の相が出てる。気をつけたほうがいい」
「はあ?」
いきなり何を言い出すのかと、ドラコは呆れた声を出した。
「でも、人生を決めるかもしれない大きな選択は、思い通りの選択になるとも出てる」
つうっと指先でドラコの掌をなぞり、彩芽は続ける。
ドラコは妙にドギマギして、ついそれに聞き入ってしまった。
「勉強運はそこそこ。友人も少し増える。後……」
「あ、後何だ」
いつの間にか真剣に聞いてしまっていることにも気付かず、ドラコは先を急かした。
「将来、禿げる」
一瞬の間。
次の瞬間、ドラコと彩芽以外の全員が吹き出した。
ドラコは屈辱に体を震わせて彩芽を睨むが、彩芽は表情1つ変えずに「気をつけて」とドラコに言う。
「帰るぞ!!」
一緒になって笑っている子分2人を蹴飛ばすと、ドラコははす向かいのコンパートメントに帰っていった。
「ははっ、君、今の占い本当?」
散々笑い転げた後、ジョージが涙を拭いながら尋ねる。
彩芽は自分の席で再び魔法薬調合法を読んでいたが、本を膝に置き、ジョージを見て答えた。
「水難の相は嘘。それに、占いじゃない」
「へぇ?」
フレッドが楽しそうに肩をすくめる。
「俺には占いに見えたぜ?」
彩芽はちょっと体をずらして、3人の方へ向き直った。
双子とリーはキラキラとした目で彩芽を見つめて説明を待つ。
「普通、新しく学校に行くと友達は増えるし、飛びぬけて馬鹿か天才でなければ成績はそこそこ。以前、スリザリンがいいと言っていたのを聞いたけど、あの様子じゃ望みは叶うだろうし、あの歳からオールバックにしていれば、将来禿げる可能性は高くなる」
ぶっと再び吹き出しそうになるのをこらえて、リーは尋ねた。
「で、水難の相は?」
「嘘」
彩芽は言い切ってから、でもと続ける。
「絶対当たる」
「でもあいつ、そうなったら君の事言いつけるぜ、きっと」
にやにやしながらジョージが言うのに、彩芽は事も無げにさらりと言った。
「あの子が勝手に転んでバケツに頭を突っ込んだとして、どうして私が関係あるの?」
「ほーう。なるほど、そうきたか」
「しかし上手いな。誕生日なんて聞いてどうするのかと思ったけど」
「ああ、あれで一気に信憑性が増した!」
口々にはやし立てる3人に、「誕生日は……」と彩芽が口を開く。
「知りたかったから聞いた」
「ええ?」
「なんでまた」
「プレゼントでも贈るつもりかい?」
彩芽はそれに、ほんの少し口の端を吊り上げた。
「……呪い殺さなきゃならなくなった時、必要だから」
綺麗な顔で言われて、3人はちょっと怖かった。
プラットホームに付くと、3人は是非ともグリフィンドールになって欲しいと言いながら、彩芽をわざわざ外までエスコートしてくれた。
どうやらドラコの一件以来、教科書を面白いという奴でも友達になれると見解を改めたらしい。
「1年生は小船で行くんだ。ほら、あそこにハグリッドがいる」
ジョージが指差した方には、大きな体を揺すって「イッチ年生はこっち!」と呼びかけているハグリッドの姿があった。
「じゃ、俺達は行くぜ」
「グリフィンドールで待ってるからな!」
彩芽はそれに小さく手を振って見送り、ハグリッド目指して歩く。
先導し始めたハグリッドの後に付いて小道を歩き、開けた場所に出ると、そこには素晴らしく綺麗な光景が広がっていた。
暗くなった湖面に映りこんだ夜空。
その湖の向こう岸には、古風な城がそびえ立っている。
そして、騒然と並ぶ小船に燈された灯りの幻想的な光景。
適当に乗り込んで、彩芽は一言も喋らずにしばらくその光景を楽しんだ。
◇はい、乗ったのは双子のコンパートメントでした。スネイプがはっきり言わなかったので結局友達探しもせずにコンパートメントに引きこもってました。
プンスカして自分のコンパートメントと間違えて開けちゃったフォイは予言通り将来禿げるのか?こうご期待!(嘘)◇