「...少し昔の話をしよう、気を紛らわすのにはちょうどいい。」
イリゼが盛大に自爆し続けるのは見るに堪えないため、俺はイリゼの横たわるベッドの側面にもたれるように座り直した。ちなみにこのベッドはなんかあったからイリゼを運んでみたというものだ。宿屋みたいなものかとも思ったがなぜか一台しかなかった。多分違う目的のための何かだろう。
「昔話...?でも影君そんなに年取ってないでしょ。いや、女神である私が言うのも変なんだけどさ。」
「24歳、なんだけどな。誕生日がいつだったかなんて、そんなものは忘れてしまった。きっと今はこれぐらい時間が経ったからこの年齢っていう憶測だ。」
はは、と笑いながらも俺は脳裏では茜の誕生日の事を考えていた。俺も茜も親がいない。物心ついたときにはそうだった。誕生日なんて...覚えていた頃はあったけど、それが本当の誕生日だったかは定かではない。
「うん、反応しづらい空気を醸し出さないで!?普通に反応に困っちゃうからさ!」
「元気だなー、イリゼは。茜もそれぐらい元気だよ。」
「いや、さすがに茜の快活っぷりには私も敵わないって...っていうか実際影君と戦ってわかったけど、茜の言ってた影君の実力の話はきっと誇張じゃなかったんだな...って驚いてるよ。」
「一体なんて言ったんだ...!まぁいい。今は俺の話だ。脱線し続けると話が進まない...だがまぁちょうどいいな。イリゼ、茜のことどこまで知ってる?」
「え?えーっと、学校の先生をやってて、身体能力がすごくって影君のことが大好きってことくらい?茜って恋する乙女だよね...?」
「俺がいないところであのオーラを出したのか!?100パーセント勘違いさせるあのオーラを!?はぁ...事後処理が大変じゃねぇか...まぁ四年も前の話だしいいか...」
茜のあのオーラは...事情を知ってないと確実に勘違いするやつだ。確かに俺は茜から強すぎるほどの好意は受けているし俺だって茜は大切だ。親友というか...親友以上だな、もう。だがしかし、イリゼの茜と俺にまつわる誤解を解くと...それもそれで面倒だし、仕方が無いので本題に入ることにしたかった。
「四年前...?え、私にとってはつい最近の出来事なんだけど...」
「女神にとっての四年前ってのはそんなもんだろ。」
「いやいやホントだって!一週間か二週間くらい前の話だって!」
「...抽象的だが具体的な値だな。嘘はついてない...というかつけない性格であるだろうから...まぁ真実なんだろう。てことは...時間がずれているのか...?ありえるか、別次元というのはもはやなんでもありだろうしな。」
次々と衝撃の事実が明らかになることで未だに話が始まらない。整理しないといけないことが多すぎる。
「だと思うよ。帰る時はいっつも、全く時間が経ってないから。」
「はぁ...随分と都合のいいことで。まぁだとしたらここでゆっくりは出来そうだ。...それで、ここからは昔話だ。茜と俺の昔話。」
「影君...?」
「先に結論から言うと、仙道茜という少女は一回死んでいる。今はちゃんと生きているがな。」
「え...?どういうこと...?」
「結論だと言った。今からあらましを話すさ。」
影君の話す茜のことは、茜が時折口にしていた自分自身のことと合致していた。茜のあの時の表情は、よく覚えている。まるで死ぬことを知っているかのような妙に落ち着いた表情。そしてその時言った言葉。そういうことだったんだね...
「...とまぁだいたいこんな感じだ。俺も茜も親はいない。だから誕生日もわからない。茜は...虚夜時雨に拾われるまではどんな生活をしていたのか...聞いた時はゾッとしたよ。...あの子は、俺以上に心が歪んだ状態から始まった。だからあの性格なのかもしれない。過去を不安を封じ込めるための、な。」
「そんな...」
「信じられないだろうが事実だ。そしてひょんなことから出会った俺たちは仲良く...過ごしていた。だが明...義理の妹が暴走して止めるために戦って...結果茜は死んだ。俺ではなく茜がな。悔しかった悲しかった。涙なんてあの時、久しぶりに流れた。...俺はあの光景を一生背負って生きると誓った。それで終わったはずだった。だったのに...虚夜時雨によって茜は生き返り、俺たちの敵になった。あとは茜が話した通りだ。その後の話は今はしない。今はな...」
「...そんな、壮絶なことが...」
影君の話は衝撃以外の何者でもなかった。あの茜の快活さの理由とか、なんでそこまで影君にぞっこんなのだろうとか。自分の話をそんなにしなかったのかとか。全部腑に落ちた。落ちてしまったのだ。
「壮絶、か。そうだろうな。俺でも茜の幼少時代の話を聞いた時は戦慄したよ、俺よりも酷いってな。だが...虚夜時雨に対して茜を生き返らせてくれたことだけは感謝、かな。まぁ俺の右足と明の命を持ってたことには恨みしかないけど。」
影君はさらっとそんなことを言う。ん、今ほんとにさらっとすごいこと言ってない?
「待って影君、右足って...さらっとそんなことを言う!?さらっとしすぎていて危うく聞き逃すところだったよ!」
「聞き逃してくれてもいいだろうに...そうだな。少し見せてやるか...全アタッチメント、アウト。」
瞬間、影君の右足、左脚、左腕が外れた。機械的にパージするように外れたのだ。
「...そんな...」
「そうだな。驚くよな。だが、これが俺だ。凍月影だ。おおよそもう人間と言っていいのか疑問が残るくらいには...俺は機械に頼っている。この左眼だってそうだ。」
影君は眼帯も外し、その中の左眼を見せる。普通に左眼なんだけど、よく見るとファインダーみたいなものが動いている。それに、目が斬られた跡もあった。
「っ...!」
「さて、俺を人間と定義していいものか...無限に悩ましいがまぁこの際それはどうでもいい。だが...イリゼ。悪いがこれで終わりじゃない。シャットダウンだ。」
影君はパソコンを落とすようにそう言う。そしたら今度は影君の右腕が突如、だらんとぶら下がっていった。まるでただくっついているだけのように。まさか...
「右腕は無茶の結果で神経系が焼き切れた。触覚を残せるからさすがに義手にはしたくなくてな。義眼がニューロンの電気信号の伝達を介在してくれないとご覧のあり様だ。会話はできるが...それぐらいなものだ。腕も足も今は外しているんだからな。」
「......」
言葉が出ない。なんて言えばいい?今目の前にいるこの影君は...これまで何を経験してこうなったの...?
「再起動......何もそこまで深刻な表情はしなくていい。今の俺がこういう状態だということを知ってくれたらそれでいい。それ以上なんてものはないんだからな。」
「っ...」
それでいいだなんて、って言いたかった。けど、言わせてくれなかった。影君はまた私の考えを読んで、先を潰している。
「苦しく、ないの...?」
「...そうだな。苦しいと思えるほどの感情なんて、残ってないのかもしれないな。」
全身に鳥肌が立った。寒気、悪寒。影君がそんなことを言いながらも口角が上がっているのがどうしようもなく不気味だった。同時に、私はなんとしても影君を救わなきゃとも思った。こんな悲しい顔をして笑っている人なんて、初めて見たから。
「さて、昔話はこれで終わりだ。遠心分離も終わっただろう...ちょいと待ってろ。」
「あ、うん...」
影君は外した義手義足を付け直して立ち上がり、どこかへ歩いていった。数分後、影君はひとつの籠と何かが入ったカプセルみたいなものを持っていた。
「それは...?」
「お前の血液成分だ。解析して面白そうなデータが取れるか検証する。こっちの籠はお前の服と下着。さて...コートを返してもらうぞ。」
「あぁ、そうだね...って待って!?先に返すの!?」
「...お前、絶対安静って言葉の意味わかってるか?そもそもまだ傷は塞がってないだろ、ほれ。」
「っ...!?」
影君はおもむろに私の胸の傷跡を見る。コートは押さえてるから見られてほしくないところは守ってるよ!
「ほれみろ治ってないじゃないか...はぁ...まぁいい、むしろその方が普通なのだろうからな...感覚の乖離というものか...しかしコートを羽織ってないと落ち着かない...おまけに眠い...致し方あるまいか。」
影君はまたちょくちょく気になることを言った後、おもむろに私の隣に横たわって布団を被って...って、待って!?何やってるの!?
「影君!?いいい一体何を!?」
「寝るんだよ...起こすなよ...起こしたらコート回収して籠をどこか遠いところに置いて取りに行かせるからな...」
「拷問...!それ本気!?」
「あぁ、俺は睡眠を邪魔されたら何をするかわからんから覚悟しておけ...それじゃおやすみ。」
「おやすみ...ってほんとに寝てる!?私これから今までの約半分で絶対安静にしてろって!?」
影君の選択肢を狭める行動って、戦闘だけじゃないの...?っていうかもうこの人の女の子の扱いとか接し方とかどうなってるの?茜がいるのになんで......
「もしかして、茜のせい...?」
いやいやそんなことはないでしょ...って言いたいけど、ねぇ...そう考えるとつじつまがあっちゃうんだよね...
「うん、これは私も寝よう。考えすぎはよくない。おやすみ!」
とりあえず私も寝ることにしたのだった。思えば影君に出会ってからというものの一睡もしてなかったからね。
茜「ひどいよぜーちゃん、私のせいだって言うの?君のような勘のいい女神は...またイタズラしちゃうぞ!お菓子を用意しておいてね!」
次回、「断章5 第三層 迷宮廻廊」
茜「感想、評価、待ってるよー!」