「ふぁ...まだ痛い...」
影君との戦いのこの傷...見た目よりも結構深いらしい。まぁ私もとんでもないことを我ながらよくやったよと思うんだけどね。
「さて...起きてご飯の支度を...というかここって食料あるのかな......っ!?」
起き上がろうとしたら身体が全く動かないことに気づいた。何かこうお腹を押さえつけられてるような、そんな感覚。同時に私の背中は妙な温かさを感じていた。いやいや、まさか、まさかねぇ...
「いや、やっぱりそのまさかじゃん!なんで私を抱き枕にしてるの影君は!?もしかしてあんな感じでも寝るときは抱き枕が欲しいとかそういうパターン!?」
と、思ったことを羅列する始末。またやっちゃったとも思ったけど影君寝てるからモーマンタイ。というか...影君ほんとなんなの...?
「それでも、俺は...」
「...?」
影君は少し腕の力を強めて寝言を言っていた。よく聞き取れなかったけど、夢でも見てるのかな?
「生きろ、茜...生きてくれ...」
「......」
今度は聞き取れた。影君の寝言。その願い。
茜に生きていて欲しい、か。そうだよね。影君は茜のことが大切って言ってたし...けど、少し引っかかる。寝言だからかもしれない。でも、影君の声音からは自分が生きるという意思を全く感じなかった。それがとても不気味で、そして気を抜けばすぐ影君はいなくなってしまいそうで...私に回されている腕を、不意に私は握っていた。ぬくもりを感じない、機械の腕を。
「ふぁぁぁぁ...んー...明...?」
「あ、影君起きた?早速で悪いけど離れてくれないかなー、なんて...これだと安静にできるものも別の意味で安静にできないよ...」
「...そんな他人みたいに言うなよ明...お兄ちゃんだぞ俺は...ふぁぁぁぁ...」
影君が起きた。正直すぐ起きてくれて助かったけれども少し様子が変だ。明...は確か影君の殺された妹、だっけ...うん、状況を反芻しても殺された、って言ってるのはこう何か嫌なものを感じるね。
「...影君...?」
「だからなんでそんな.........なんだイリゼか。傷は?」
「なんだって何!?あれだけ密着しておいてなんだって何!?っていうか今のは!?」
「へぇー、密着ねぇ...狙ってやったとでも?」
「うっ...そんなことは言ってないしむしろそうだったらとっても怒るよ?」
「安心しろ事故だ。これも茜がいないせい、か...」
「...まさか茜には?」
「起きたら基本茜の胸元だからな...一人で布団にもぐってもだいたいそうなってる。慣れたけどな、もう。」
「...茜のしわざかぁぁぁぁい!!!!」
影君のこの女の子に対するデリカシーのなさというか無頓着なところは茜の所業か!茜のあの性格なら影君の心の闇に光を差し伸べられはするけど...あんないい性格が裏目に出て無垢な少年の精神を歪ませたとかそんなことが起こってしまったとか...?
「いくらなんでもそれは聞き捨てならねぇな今ここにはいねぇが茜に謝れ。傷口爆破するぞ」
「ひっ...声に出てたの...!?っていうか銃口をナチュラルに傷口に直につけないで!冷たいし痛いしまたコートめくられるのも勘弁なんだけど!?」
「はぁ...そのツッコミに免じて見逃してやる。歩いていいぞ、イリゼ。」
「うん、ごめん...って、歩いていいの?絶対安静じゃなくて?」
さすがにヒートアップしてた思考を影君にいさめられ、私は冷静になった。というか、私にあるまじき思考をしちゃったよ...
「意味なく一張羅...俺のだけど...を引っぺがすようなことはしないさ。傷口の治癒具合を見てたんだ。細胞分裂の進行具合は基本一定...だとするなら時間で逆算ですれば何時間で完全治癒かは算出できる。さすが女神の身体といったところか。今からだいたい36時間もすればすっかり治る。さて...ここで問題になるのは食料だ...イリゼ、下から二番目の左内ポケットの中に非常用食料があったはずだ。」
「おおう...ポケットの量多いね...っていうかこれ本来ナイフをしまってるポケットもあるんだ...えっと、これだね...」
私がポケットから取り出したのは黄色い箱に茶色い文字が書かれた箱。うん、間違いない。
「メイト...こういうところに来るとだいたいメイト食べさせられてるよね私!?今回はチョコレート味なんだ!?影君ならプレーンだと思ったよ!?」
「何をもってそう言った...普通チョコ一択だろ...嫌なら何かしら探してくるが...食料がある保証はないぞ。」
「食べるよ。ないよりある方がいいもん。」
「そうだよな。さて...食べる前に着替えろ。コートにこぼされてはたまったものではない。ほれ、籠だ。先食ってるぞ。」
「あぁ...そうだね。ありがとね影君。」
「別に、礼を言われることじゃない。」
そういう影君は籠とメイトの箱を交換するように受け取り、私に背を向けてメイトを食べ始めた。...ごめん、二人とも。影君の行動は悪気はないんだね。
着替え終わった私は服にある刺された跡が少し縫われていることに気づいた。糸なんてどこから...なんて思ったけどそれを考えるのは野暮かなとも思って私に背を向ける影君の背中にコートをかけたのだった。
「着替え終わったよ。」
「...そうか。ほれ。」
「ありがと。」
今度はメイトとコートの交換になった。影君はメイトを手放した直後にコートに袖を通してコートの中にいろいろなものを入れていった。ほんとにいろいろあるんだ...
「さて...先に行くか。」
「そうだね。」
向こうにはまた扉。
あの向こうには...またあんな戦闘があるのは勘弁だけど...何があるんだろうね。
「さぁて...行くか。」
影君と私は扉を開けてその向こうに進んでいった。
第三層というべきか。扉を開けた向こうは低い天井。狭い通路。高さ約2.3m、幅3.5mといったところか。
「狭いな。」
「狭いね。」
「そして正面は行き止まりか...」
「どうする?」
思考を走らせる。一面真っ白で光の反射とかは当てにならない。風も多分吹いていない。だとしたら...頼りになるのは音の回折...やってみるしかあるまい...指を鳴らしてみるか。
「いきなり指を鳴らしてどうしたの...?」
「回折はしている...だとするならここが巨大迷路だとしても抜けられるか。」
だが...右か左か。結局回折だと音が減衰する以上無理がある。手詰まりか...?
「迷路...ねぇ影君。迷路って、壁伝いに進めば必ず出口に行きつくっていうよね。それを試してみるのはどう?」
「...一理あるな。てことはまず左か...ゆっくり進めよ。」
「私だって安静にしろって言われてるんだからそれぐらいはっ...!?」
「イリゼッ!?」
突如、イリゼの足元の床が抜け、穴が生まれる。その下は観測できない奈落。冗談ではない...!
「ちっ...!」
左脚のブーストカートリッジを点火し、イリゼの腕を左手でつかみながら穴の対岸へ着地し、その慣性でイリゼを釣り上げる。
「にょわぁぁぁ!?」
「っと...心臓に悪いなこの仕掛け...」
釣り上げたイリゼをそのままお姫様抱っこし、元の道へジャンプして戻る。
「ありがと影君...助かったよ...」
「別に...だがこれを見ると...別の方法が欲しそうだ。そもそもどこに出口があるのかみたいなところではあるが...多分一番疲れる一番確実な方法をやったほうがよさそうだな。」
「そうなんだ...で、そろそろ降ろしてくれるかな...」
「言われなくてもそのつもりだ。」
イリゼを下ろし、それに入れ替わるようにシェアデュアライザーを装備する。デュアライズモードはまだ未調整...だとするなら...罠をすべて避けるよう正しい道を探すには...これしかないか。
《 shadow》
「影君?それは...?」
「イリゼ...今から少し無茶をするから...少し待ってろ。今からこの迷宮を全探索する。」
《 arms drive singllized!》
変身し、黒切羽を展開する。黒切羽からは一定の周波数の魔力波を放出させる。黒切羽は義眼の演算による遠隔制御で動くが、動力、マジカリークラフトの限界はある。マジカリークラフトは魔力を純粋なエネルギーに変えると言うが詳しい理論は茜の専門だ。俺が扱えているのはエネルギーを魔力に変換しているから...あくまで二回変換を入れているのはこういう索敵のようなことも想定されているから。最初のエネルギーはこちらの体力にほかならないわけだしな。だが、魔力波の放出は黒切羽の本来想定している稼働時間より短くなるということ。かなり疲れるが...一回で出来うる限りこの空間の地形を理解しておきたい。
「ソードビット...これをソナーみたいにするの?」
「察しが良くて助かる。それじゃあ観測、演算開始...!」
黒切羽を射出し、波の反射から壁の位置を演算、迷宮の構造を義眼に記録する。分岐のたびにいちいち調べないといけないのはおっくうだが、罠の事を考えると...全てを調べ尽くすしかあるまいよ...!
「とはいえ...広いな...」
「広いんだ...10分くらい経ったけど今どんな感じ?」
「広すぎて先が思いやられるが...まぁここらの周りはわかる程度だな。さて...ここからは体力勝負だから壁によっかかるとしますか。」
壁にもたれ、座る。身体全ての機能を迷宮の解析に集中させるんだ...
「持ってあと5分、か...休憩したら再解析だな、この広さは...」
「そんなに...?」
「あぁ...」
そこからさらに延々と解析を続ける。そして5分が経ち...黒切羽は全て活動を停止した。ここから先の解析は後回し。記録した構造情報と黒切羽の位置を保存して、その一連の流れを終えた後変身を解除して倒れ込む。
「影君!?」
「休憩だ。全体の見えない迷宮だが...ある程度どこが行き止まりなのかはわかった...もっとも正解の道がわからない以上むやみに動くのはよくないし...何より演算にリソースをかなり使った...食料もあんまり心もとない以上...眠るが解決法だろう。」
「眠るって...さっきあれだけぐっすり眠ってたじゃん...」
「反面、イリゼは座ってる俺を見てるだけで何もない迷宮で何をしようか困ってただろ。というわけで...今から俺は寝るからその間何かないか見張っててくれ。何かあったら...その時はしょうがないから叩き起こしてくれ。えげつなく不機嫌だろうが状況を調べるくらいはするさ。それじゃ。」
伝えるべきことを伝えて俺はまた眠りにつくこととした。
人間、食事より睡眠が大事だ。確実に。
「...まずい、ほんとにやることがない...」
意識が飛ぶ直前、イリゼのそんな声が聞こえた。
茜「私だったら相手にならない迷宮だねー、罠あり迷宮なんて。けどほんと、えー君の思考速度はえげつないなぁ...というかぜーちゃん何するんだろうね。いや、次回わかるんだけどさ。」
次回、「断章6 迷宮の先、予想外の場所」
茜「感想、評価、待ってるよー!」