「さて、影君が寝ている間に私も状況を整理しないと。とはいっても...影君がどこまでこの迷宮を解析したかわからない以上、下手に動くわけにはいかないんだよね。」
どうしたものか...ここで動けない以上今ここでできることを...影君の見落としてそうなところ...たしか最初は足元を見落としていたからもしかして...!
「やってみよう、前に落とし穴踏んだことがあるから慎重に...」
バスタードソードを持ち、床をつついていく。もちろんすぐ見つかるわけじゃないんだけど...影君もがっつり地道なことやってるからね。私も私にできること...それをやらなきゃ。
そう思って数分、不意に床の一部が凹む。
「あ...やっぱりこういう仕掛けがあったんだね...」
ゴゴゴ...と低い音を立てて最初の扉が開いていく。まさか逆戻りのためのスイッチ...?って思ったらそこにはキッチン一式と冷蔵庫...これまさか...
「都合がいいとは思うけど...冷蔵庫の中身を見ないわけにはいかないよね、メイトだけでは飽きちゃうし...さて中身は...おおう、結構がっつりいろいろあるね...だったら何か作ってあげなきゃかな。」
実際私もお腹すいてきたし何より何かしてないと暇になっちゃうからね。何作ろうかな...ってあれ?この冷蔵庫...肉がない...?いや、別に肉が食べたいわけではないんだけど、栄養偏らない?大丈夫?...まぁ豆腐あるし...味噌汁でも作ろうかな。
「こういう空間で料理をするのももう慣れちゃったなぁ...」
味噌汁を作ること十数分、完成したはいいものの影君は全く起きる気配がない。ぐっすりというよりかは気絶というほうがしっくりくるくらいには微動だにしていない。
「影君...しかし全く起きないね...」
すぅすぅと寝息を立てて眠ってる影君は起きている時の冷たさはどこにもない、ただの一人の青年の寝顔を見せている。何言ってるんだ、って自分でも思うんだけどね。というか気になるのは頭を固い床につけて眠れてるのがすごいなって思ったり...というかこれ起きた時が痛いんじゃ...枕とかはどこにもないし...かといってそのままなのもなんか気づいちゃったから気になるし...ええいままよ!
結果私は影君を膝枕することにして...起きるまで待つことにするのだった。しょうがないじゃん!ほっとくわけにはいかなかったんだもん!
「......ふぁぁぁ、何時間経った...っておいこれはどういう状況だ。」
「あ、起きた?私が膝枕しはじめて大体30分、そろそろ脚がしびれてきたなーって思ったところだよ。」
「そうか...よいしょ...」
起きたら頭がイリゼの膝の上とかいう茜にもブランにも確殺ムーブをかまされる危機的状況から脱した俺は起き上がり、再び解析に取りかかろうとする。
「待って影君、お腹すいてない?」
「...すいてるが...まさか寝ている間に食料の調達を?」
「ふっふーん、しておいたのだー。味噌汁できてるよ。」
「そうか...じゃあいただくとするよ。今立ち上がったら血糖値が低いって警告が出たからな...」
「その義眼そんな警告まで出してくれるの!?」
「そりゃ低血糖は命に関わるからな...」
言ってて思ったが味噌汁は低血糖に効くのかとも思ったがこの際空腹感を消せればそれでいいまである。腹が減ってはなんとやら、だ。
「いただきます。」
暖かい。豆腐とわかめの至って基本的な味噌汁だ。一口飲んで、飲み込む。身体中に染み渡るような感覚。味噌汁を飲む時の特権と言えるものだ。
「美味しい......」
「よかった。そこそこ限られた食材で作ったから口に合わなかったらどうしようと思ったよ。」
「...似てるな、この味...明の、味噌汁に...」
お椀の中に浮かぶ豆腐を見ながら、在りし日の追憶が脳裏を駆け抜ける。あの頃もこんな感じだったっけ。もう遠い。
「影君...?」
「いや、すまない。明に重なるんだ、色々と。もしかしたらあの子は今頃...きっとイリゼと同じくらいの身長になってたかもしれない、そう思ってしまうんだ。姿はそんなに似ていないというのに、どうしてだろうな...」
味噌汁を飲み干し、空のお椀を見る。
「そっか...」
「ごちそうさま、それじゃあ再解析にでも行くか...」
「待って影君。終わりそう?」
「どうだろうな...何回かかかりそうだが...どうなんだろ。できうる限りはやってみるさ。」
再び変身し、黒切羽をさっきまで探索していたところまで向かわせる。
「明...じゃなかったイリゼ、解析終わらせ次第...あればだけど、さ。キャベツと油揚げの味噌炒め、頼んでいいか?」
「またそんなピンポイントな...」
「好物でな...不足しがちなたんぱく質をそこそこ補える...」
「不足しがちって...それ単に好き嫌いじゃ...」
「いいや、もう食べられないんだ、肉や魚は。自分自身の今までを振り返れば当然と言えば当然なんだけどな。食べようとも思えない。俺は...奪うだけだ。」
いつからだろうか、動物性たんぱく質がを身体が受け付けなくなったのは。いやまぁ、当然と言えば当然なんだけど...最近はもっと食欲が落ちてきたんだよな...
解析しながらそんなことを思う。イリゼは何も言わなかった。何か言おうとしてたけど、やめた様子だった。...俺はこのイリゼという女神が明に重なっている、そして同時に怖い。あまりにも優しく、あまりにもすぐに人を信用している。疑うことを知らぬ無垢な少女だ。ゆえに怖い。他人のためというか、「信じる」ということを信じすぎている。戦ったときなんかがそれが顕著だった。言葉にならないほどの恐怖だった。もっとも、一番怖いのはこのイリゼが他人を信じたがゆえに命を落とすことである。別にどうなろうと俺には関係がないが...そして女神はそうそう死ぬことはあり得ないが...それでもこの子は俺と同じように自分の命を何かと引き換えにできる。そう確信している。
「どこまでも真逆でどこまでも同じか...嫌なものだ、本当に...だが...悪くないと言えば悪くない。っ...!」
「影君?出口見つかった?」
「壁にそれこそ扉のような隙間というか溝がある。そこまでの最短ルートも解析済みだが...罠がないか調べないといけない。すぐ戻る、安全だったらまた一品食べ次第出発だ。」
「わかった!」
とまぁようやく迷宮の構造を解析したところでこれが正しい道なのかどうかの確認だけはしなければならない。こればかりは人力だ。だが...
「大した罠もなくついてしまったな...間違いないだろう。」
結果は大当たり。帰る道もわかっているから同じ道を通り...そこそこの距離だったが無事にスタート地点に戻って変身を解く。
「おかえり影君、どうだった?」
「大当たりだ、次へ行ける。」
「よかったー...けどこれ第何層まであるんだろうね。」
「さぁな。わからん。できれば一桁であってほしいけどね...」
「だね。はいこれ。頼まれていたキャベツと油揚げの味噌炒め。影君結構質素な味付けが好きなんだね。」
「質素、か。そうかもな。いただきます。」
イリゼの料理をほおばりながら俺は考えていた。
この空間はなぜ、こんな不安定かつ意味不明なのか。だが、解析してひとつ仮説ができた。もしもこの仮説が正しかったとするなら...ここに長居してはいけない。
「ごちそうさま。」
「おそまつさま。おいしかった?」
「あぁ、とても。それじゃ行こうかイリゼ、次へ。」
「洗い物とか片付けは?」
「して何になる。俺ら以外はいないんだぞ。」
「それでも...ほっとくなんてできない!」
「...そうかい、じゃあ手伝うよ。」
長居してはいけないのだが...やれやれせかすのも悪いな、ほんとにやりにくいぞこの子の相手は...茜に何されても文句は言えないな、まったくもって。
影君が迷宮を突破してくれたことにより私たちは第四層に足を踏み入れることになったんだけど...扉を開けるとそこはだだっ広い平原。そう、まるでバーチャフォレストだった。いきなり色がある空間に放り出されたからびっくりしたよ...
「バーチャフォレスト...?」
「みたいだな...やっぱりそうか。」
びっくりしたのもつかの間、影君が何かに気づいた。
「やっぱりって...どういうこと?」
「この空間の特異性、成り立ち、その仮説が証明できそうなんだ。だが...果たしてあり得るのだろうか。本来共通集合は空集合であるはずの二つの世界が近づいて共通部分が生まれたという...無茶な仮説が。」
「平行次元の接近...ってこと?」
「そういうことだな...世界を破壊し世界をつなぐ以外の解決策がほしいな、これは。」
「マゼンタ色の世界の破壊者さんじゃんそれ!たしかに壊されるのは嫌だけどさ!」
影君の口から出たのはまじめな推察とそれにまつわる不真面目なボケ。
ほんっとにこの人油断ならないんだけど!実は茜はああ見えてすっごく影君の扱いに苦労してたとかそんな話があっても驚かないよ私は...
「ともあれ...それしかありえそうにないのもまた事実。後は証明するだけだ。まぁ、ここに記すには余白が少なすぎるんだけどな。」
「...それ、証明は次回ってこと!?」
「そういうことだ。」
茜「集合の共通部分が空集合ってことはつまりまったくもって別物ってことを表してるよ。えー君ほんと難しいことをぺらぺら言うから困るなぁ...私?私は今ここにある台本読んでるからだいじょーぶじゃないよ!それでいいのかってえー君は言いそうだけどね!」
次回、「断章7 証明の前に露払い」
茜「感想、評価、待ってるよー!」