翌日、プラネテューヌ教会には各国の女神が全員揃っていた。
「現状を確認します。犯罪神が茜さんを取り込んで顕現、3日で女神を倒すと宣言して消えて約12時間経過しました。残りは約60時間です。」
「あぁ...そして打つ手がないのもまた事実...これからどうするべきか考えるにしても...」
「最初っから諦めててどーするのさ!」
「ネプテューヌの言う通りね...とはいえ、茜のあの能力がより引き出されたとなると...」
「4人がかりで勝てなかった3年前と、状況的にはだいたい同じですわね...」
状況は結局良くない。救いようもないほどに手が無いのだ。戦うという選択肢もないわけではない。だが、それは最終手段の大悪手。
「15分考えても勝てる可能性のある作戦は一つだけ、か...ギア、説明してくれ。」
「はい。...この神殺しの魔剣で犯罪神を斬る、ただそれだけです。」
「言うだけただだが犯罪神そのものを斬らないといけない以上茜から引き剥がす作業が必須...つまりは犯罪神の負のシェアに対して正のシェアを叩き込むことが必須なのだが...その隙がない。」
「それに...影さんの見立てでは現状の魔剣では完全に神殺しは遂行できないとの事です。」
「女神や犯罪神...神を構成するシェア、信仰はベクトルをもったシェアエナジー...この魔剣はそのベクトルは零ベクトルに変換するものと考えられる。ただ...乗算ではなく加算で零ベクトルにするんだ。」
「うーん、言ってること全然分からない!」
「わたしも...」
「さっぱりわからないわ!」
「...言い換えると、魔剣に力を貯めなければ茜を救えない。」
「そしてその力を貯めるためには...」
ネプギアの言葉が詰まった。こればかりは言えないか。いや、俺が言わせない。無意識に俺は腕をあげてネプギアを制止していた。
「...女神の命を貰い受ける必要がある。」
ピシッ...そんな音が聞こえるように緊張が女神たちに走る。それはそうだ。命あるもの好き好んで死にたくはないのだから。
「...そう。それが貴方の結論なのね、影。」
「ブラン...」
口火を切ったのはブランであった。
「...加算によって正負に関係なく信仰を、シェアを零に...単なるシェアエナジーに変換するのがその魔剣の性質なのよね。」
「あぁ、そうだ。」
「それはつまり、犯罪神の負のシェアを斬った場合、魔剣は正のシェアをぶつけて相殺するということになるわ。言い換えれば...犯罪神の負のシェアの攻撃を魔剣で受け流せば、正のシェアをぶつけて茜から引き剥がすことができるということよ。」
「...そうか...だが...」
「えぇ。貴方の思う通りよ。一度に変換できる量が現状では足りていない。ストレージ、といえばいいのかしら。この魔剣は変換する度に一度に変換できるストレージの容量が上がっていく...ただし、魔剣自体も変換にコストをかける以上、贄が必要なのね。」
「そうだ。」
事実からの演繹と事実の反芻。そして、落ち着いた声で放たれたとんでもない一言。
「そう。なら、私の命をもっていきなさい。」
「...は...?」
『おねえちゃん!?』
「...それが、茜をために必要なことでしょ?それに、どのみち最後が変えられないのなら有益なほうをとるわ。それだけのことよ。」
「...ロムラムはどうなる。」
「......それを言うのね。」
「当たり前だ、第一俺は...!」
殺すために助けたわけじゃない、そう言いたかった。だがブランの目は俺を黙らせた。何も言わせてはくれない。
「私たちを助けてくれたことには感謝しているわ。貴方の殺戮もそのためにしたことでしょう?そして、今度は茜を助けるために犠牲を払い続ける。そのうちの一つ、ただそれだけよ。」
「っ......ギア、魔剣をくれ...」
「影さん...今ここで本当に斬るんですか!?」
「ほかでもないブランの言うことだ。何も間違っちゃいない。だから...俺は...!」
ネプギアから奪うように魔剣の柄を握って構える。
『まって...!』
だが、ロムラムがブランの前に立つ。行く手を遮るように。
「ロム、ラム...ごめんなさい。けど、これが最善手よ。」
「うそよ!」
「そんなこと、ない...!」
「...そうね...そう思えたら、よかったのに...」
『おねえちゃん...?』
ブランはゆっくりとロムラムを抱きしめた。諦めているんだ、もう。その知識と頭脳でもって、現状に抗えないことを悟ってしまったんだ。
「死にたくないって言えば嘘になるわ。けれど...」
「いや!ききたくない!」
「なにもいわないで...」
反面、幼子には通じない。この諦観は、女神候補生といえど、年端もいかない子供が知ってはいけないのだ。それはブランにも言えることだが...
「...これを見て、斬れるかよ...」
沈黙が過ぎる。女神は皆何か言いたげで、でも言ったらそれまでだと、そんな顔をしている。残された最後の選択は無慈悲だ。それに、時もまた同様に。
「...一度、お開きにしません?」
「賛成ね。ユニ、帰るわよ。」
「お姉ちゃん...!?帰るって言ったっていったい何を...」
「ここにいるよりラステイションにいたいだけよ。悔しいけど、何かするためにも情報も戦力も時間も何から何まで足りないわ。思いつくことを手あたり次第やるだけやってみるしかないわ。」
「...うん、わかったわ。」
ベールとノワール、ユニは帰った。ルウィーの姉妹を見ているのは辛くて、俺もその場をあとにした。本当にできることはこれだけなのか。もう何百回も考えたことだ。行きつく結果は同じだっていうのに。
「影。」
「ネプテューヌか...」
ネプテューヌはソファ越しに背中合わせになるように立っている。
「影はさ、どーしたいの?」
「茜を助けたい...取り戻したい...」
「そっか。そのために、どーする?」
「...魔剣を使って犯罪神を殺す...」
「うん。でもその魔剣は...」
『女神を殺さないと使えない...』
...整理されていく。感情でぐちゃぐちゃになった思考が整えられていく。直視できない残酷な事実だけが今俺の目の前にある。でも、そこから目を背けても、別の事実が、罪の積層が俺を蔑む。『お前だけが大切な人を皆守れるなんてことは許せない』と。ほかでもない俺自身が、女神を殺さない選択肢を許せないのだ。
「なぁ、ネプテューヌ...」
「...いーよ、影。」
何も言っていないのに、ネプテューヌは俺の意思をくみ取った。手放せず持っていた魔剣を俺は見る。迷いも悩みもない。だのに躊躇は未だにある。だが、多分きっと、この一歩を踏み出してしまえば、踏み外してさえしまえば、楽になれる。そう思って立ち上がって、ソファ越しではなくちゃんとネプテューヌと正対する。
「許せとは言わない。」
「言わせないわ。」
女神化したネプテューヌは俺を見据える。強いまなざしだ。
「っ...すまない...」
「謝らないで。その優しさがあるのなら...貴方は人でいられる。悪魔になんてならない。...そんな顔もするのね。ネプギアがいないからかしら。」
ふふっと笑うネプテューヌには死への恐怖なんてものは全く感じない。俺が何人も殺してきた時とは全く違う。
「...かもな。」
「...ネプギアの事、お願いするわ。きっとあの子なら大丈夫だと信じているけれど。」
「...あぁ。わかった。」
部屋のドアが開くのと、俺が魔剣でネプテューヌを突き刺したのは同時だった。
「おねえ、ちゃん...?えい、さん...?」
「あちゃー、みつかっちゃったかー...ごめんねネプギア。でも、こうしないとみんな、ゲイムギョウ界のみんながいなくなっちゃうから...あと、お願いね。」
「...そんな...そんな...嫌だ、お姉ちゃんっ!」
ネプギアがネプテューヌへ駆けるが届く前にネプテューヌは光となって消えた。残ったのは、ネプテューヌの十字の髪飾り。不思議なことに、血液は一滴たりとも落ちていない。これは変換のせいなのか...そんなことを考えられるほどに脳はクリアだ。だが、身体が動かない。
「...どうしてですか...なんで、なんでお姉ちゃんを!」
ネプギアは俺の胸倉をつかむ。魔剣は手から転げ落ちた。
「...ネプテューヌが望んだことだ。」
「っ...!でも!でもっ...!」
今にも泣き出しそうな、というかもう泣いている声でネプギアは俺を揺さぶる。だが言葉が続かない。喪失の痛みのほうが大きいんだ。それに許せとも言えない。ネプテューヌが言わせてくれない。逃げさせてくれない。向き合え、それが凍月影に許されたことだ。
「...俺は逃げない...引き返せもしない...ネプテューヌは最期に...俺に、ギアに...世界を託した。なら...俺は...!」
「聞きたくありません!」
「うぐっ...がふっ...」
突き飛ばされ、定期的な吐血がここで起こる。
「貴方は、貴方は...!」
「あぁそうだ、憎め恨め呪うといい。お前以外の女神を贄として茜を奪い返す。もう引き返さない。いつでも、どこからでも、俺を討てばいい。そんなことをしてもネプテューヌは帰ってこないがな。」
「......っ!そんなこと...そう、ですけど...!」
「だから...泣き叫んでいいのさ。心もさっき一緒に殺した俺にはできないから...」
ネプテューヌの髪飾りを拾い上げ、ネプギアに渡して部屋の外に出る。ルウィーの姉妹も帰ったようだ。
「くそっ...涙も出ないか...」
残り59時間。残り6人...失敗することなんてもう考えてはいけない。突っ走るだけだ。迷うな。止まるな。それはもう許されない。人も神もみな殺す。そうだろ、凍月影。
「...あぁ。」
悲愴の決意を胸に、青年は曇りがかった空を見上げた。
第40話「ラグナロク・アポカリプス」
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