ついにジャックが大人の階段を登ったのか否かが分かるお話。
しかしあんなエッチな身体つきをした赤姉が恋人だったら、我慢できる人はいるのだろうか。私なら我慢できずに何かやらかす自信があります……。
「あははっ、ジャックぅー!」
「全くもうっ、あの赤ずきんさんがここまで甘えん坊だなんて思わなかったよ……」
入浴を終え、後はまったりと過ごす一時。ベッドに腰かけているジャックは横から甘えてくる赤ずきんの姿にもう何度目かも分からない呟きを零した。
必死に意思を振り絞って堪えたおかげだろう。理性をがりがりと削られる二人で一緒にお風呂の時間であったが、何とか問題なく無事に終えることができた。尤も今夜のお風呂を乗り切れただけで、次回からも乗り切れるかどうかははっきり言って自信が無かったが。
「……本当に困った子だね、赤ずきんは?」
「ん……えへへ」
そんな状況を招く困った恋人に呆れを込めた視線を向けて頭を撫でるが、当の本人は甘えん坊な所を指摘されていると思ったらしい。ほんのちょっとだけ居心地悪そうな笑みを浮かべると、可愛らしい笑いを零してジャックの膝に頭を乗せてきた。流れるような膝枕は完璧に甘えん坊な子供のそれである。
(……まあ、可愛いから良いや。うん)
その微笑ましさと愛らしさに悩みなどどうでも良くなり、ジャックは明日の問題を投げ捨てて今は赤ずきんを可愛がることにした。この可愛らしさの前では何事も些細な問題だ。
なので膝枕で幸せそうに瞳を細める恋人の頭を、愛しさを込めて何度も何度も撫でてあげる。その度に嬉しそうに頬を緩め、身を捩る姿がまた可愛らしい。とはいえ風呂上りの赤ずきんの服装は水着ほどではないが露出が多いため、首から下はあまり見ない方が賢明であるが。
「そういえば赤ずきん、君の部屋の扉はいつ直してもらえることになったの?」
「あー……それなんだけど、さすがにハルさんも怒っちゃってさ。しばらくは頼みごとを聞いてくれそうに無いんだ。今は機嫌が直るのを待ってるところだよ」
「ま、まあ、危うくベッドを投げつけられそうになったんだし、さすがに仕方ないよね……」
扉が盾になってくれたおかげで無事だったとはいえ、一歩間違えれば大怪我してもおかしくない場面だったのだ。多少はハルも機嫌が悪くなるのは仕方のないことだろう。
「僕も一緒に謝るから、今度また一緒に謝りに行こう?」
「う、うん。そうだね。ジャックが一緒なら許してくれるかも……」
ジャックの言葉に頷くが、どことなく歯切れが悪い赤ずきん。見れば微妙に視線も泳いでいる。どうやら許してもらえるか不安に思っているらしい。
「心配しないで、赤ずきん。きっと許してもらえるよ。何だかんだでハルさんはとっても優しいからね」
「いや、あたしは別に心配してるわけじゃないんだけどね。ただ、その……」
安心させるために優しく語りかけたのだが、どうも別のことを不安に思っていたらしい。赤ずきんは首を横に振ると躊躇いがちの視線を膝の上から向けてきた。
「扉直してもらったら自分の部屋に戻らないといけないじゃん。せっかくまたジャックと同じ部屋で暮らせるようになったんだし、あたしはもうちょっとだけこのままでいたいんだ……」
「……赤ずきんさん、まさかわざと自分の部屋の扉を壊したわけじゃないよね?」
うっとりとした表情で目を伏せ、膝に頬を擦り付けてくる。その甘えん坊極まる姿と非常にわがままな言葉に、ジャックは思わずそんな疑問を抱いてしまう。やたらに真っ直ぐで大胆なのに時々変に回りくどい赤ずきんならやるかもしれないと思ったのだ。
「いや、さすがにそれはないよ。あれはせっかくのキスを二回も邪魔されて、頭に来てついやっちゃっただけだからね。まあそのおかげでこうしてまたジャックと同じ部屋で暮らせるし、結果オーライってとこかな?」
ただ今回は杞憂だったようで、膝の上からは何の悪意も企みも無い眩しい笑みが返って来る。
勢いで人にベッドをぶつけそうになりながらここまで清々しい笑みを浮かべられる点にはちょっと問題がある気もするが、その笑顔に魅了されているジャックとしてはそこを指摘することはできなかった。
「そうだね。何だかんだで僕もまた君と一緒に暮らせることが嬉しいよ。でもいつまでも扉を直さないでずっと僕の部屋で一緒に暮らしてたら、さすがに皆もちょっとおかしく思うんじゃないかな?」
「うーん、そこが問題なんだよね。全部知ってるグレーテルはともかく、他にも鋭そうな奴がいるしなぁ……」
一体誰のことを思い浮かべているのか、赤ずきんはどこか苦い顔をする。
部屋の扉をいつまでも直さず、ずっとジャックの部屋で一緒に暮らす。そんな日々がずっと続けば勘の良い子なら絶対に何か不審に思うだろう。すでにジャックと赤ずきんが恋人同士なのは皆も知っていることだが、もしかしたら赤ずきんがジャックに甘えるために離れたがらないのだということに気がついてしまうかもしれない。
「だからやっぱりできる限り早く扉を直してもらって、自分の部屋に戻った方が良いと思うよ。皆のお姉さんとしては部屋の中でいっつも恋人に甘えてる、なんて思われたくないよね?」
「それは、そうなんだけどさ……うー……!」
やはり甘える機会を逃すことが嫌なのか、小さく唸り声を上げながらジャックのズボンをぎゅっと掴んでくる赤ずきん。
ここまで甘えん坊になってしまったのは生来の気質が原因なのか、それともジャックのせいなのか。
「大丈夫。赤ずきんが部屋に戻っても、僕が時々君の部屋に泊まりに行ってあげるから。それなら僕が皆に色々邪推されるだけだし特に問題ないよね?」
「本当!? うん、それなら問題ないね! ありがと、ジャックぅー!」
「あ、あははっ。もうっ、赤ずきんは本当に甘えん坊だなぁ……」
そんな提案をした所、膝枕から飛び起きてぎゅっと抱きついてくる。
胸と二の腕に広がる途方も無い柔らかさに少々頬が引きつり顔が熱くなってしまうものの、抱きつかれているおかげで顔は見られないのが不幸中の幸いだ。まあ柔らかい感触自体は不幸どころか大変幸福なものなのだが。
「……でもさ、ジャックはそれでいいの? 皆にはジャックの方からあたしに告白したって思われてるのに、この上甘えん坊だって勘違いされても。本当は全部あたしのことなのに……」
そんな邪な幸福を感じている最中、赤ずきんが耳元で罪の意識を感じさせる呟きを零す。
きっとジャックが皆にからかわれそうな嘘ばかり吐かせてしまっていることに罪悪感を感じているのだろう。確かに恋人に甘えてばかりの男と思われることに多少抵抗があるのは事実だ。
「そうだね。ちょっと恥ずかしいし少し思うところもあるけど、別に問題ないよ。どんな形でも君の力になれてるのが凄く嬉しいし、それに……僕が赤ずきんに夢中なのは事実だしね?」
「ジャック……」
しかしジャックはそれを揶揄されようと構わないほど赤ずきんのことが好きで夢中になっている。だから何も気にする必要は無い、同じようにそう耳元で囁いた。
きっと何よりも嬉しい言葉だったのだろう。ぎゅっと抱きついてきていた赤ずきんはその腕を緩めて僅かに身体を離すと、夢心地の微笑みを浮かべて真っ直ぐにこちらを見つめてきた。
「……大好きだよ、赤ずきんさん」
「うん。あたしも大好きだよ、ジャック――んっ……」
そして互いに想いを伝え合い、どちらからともなく唇を重ねる。
風呂場で色々とやり場の無い感情が溜まったので触れ合わせ押し付け合うだけのキスは正直物足りなさを感じるものの、ジャックと赤ずきんはまだ恋人になったばかり。さすがにこれより進んだキスはまだ早い。
それでも赤ずきんはとても満足気であり、キスを終えて見つめあっていると照れ臭そうに笑っていた。もちろんその可愛らしい笑みを目にしてジャックも笑ったのは言うまでもない。
「よし、それじゃあそろそろ明日に備えて休もうか。あたしは夜更かしくらい平気だけど、ジャックは明日に響きそうだからね」
「うーん、何か遠回しに体力無いって言われてる気がするなぁ……」
「気にしない気にしない。これからしっかりトレーニングして体力つけていけば良いんだよ。あたしも手伝ってあげるからこれから頑張ろ、ジャック?」
そう言って今度は爽やかにカッコよく笑いかけてくる赤ずきん。
可愛い所がたくさんあるのにカッコイイ所まであるのは本当に反則だ。しかもこれで驚くほど強いのだから余計に解せない。
「……うん、そうだね。ありがとう、赤ずきんさん」
とはいえそんな女の子が自分の恋人なのだから、喜びこそすれ文句などどこにも無い。だからこそジャックは同じように笑いかけながら頷いた。
「どういたしまして。それじゃ、一緒に寝よっか?」
「えっ」
しかしその次の言葉には頷くことが出来ず、むしろ驚いて目を見張ってしまう。どうやらお風呂場で言っていたことは冗談の類ではなく、本当に同じベッドで一緒に寝たいらしい。
「……赤ずきんさん、お風呂でも言ったけどさすがに同じベッドで一緒に寝るのは駄目だよ?」
「ええっ、何で!? ジャックはあたしに水着を脱がせたんだし、今度はジャックがあたしのお願いを聞く番だよ! じゃなきゃ不公平じゃん!」
「た、確かに不公平だけどそれだけは駄目だよ。それに元はといえば僕が入ってる時に赤ずきんさんがお風呂に入ってくるのが悪いんだからね?」
「むー……!」
酷くショックを受けた表情で不公平と口にしたかと思えば、今度は恨みがましい目で睨みつけてくる赤ずきん。残念ながら迫力は全く無く、子供がわがままを通そうとしているようにしか見えなかった。
(そんな可愛い顔して睨まないで欲しいなぁ。一緒に寝たくなっちゃうじゃないか……)
ただし無言のお願いとしては十分に効果的であった。頼りになるお姉さんの赤ずきんが子供っぽく頬を膨らませた姿はもう抱きしめたくなるくらいに可愛い。
しかしその身体は最早大人の女性と言っても過言ではないので、そんな身体を抱きしめて眠りに付くのはジャックには明らかに荷が重かった。何より風呂場での時間がまだ尾を引いているため、何かやましいことをしないとも限らない。なのでジャックとしては断固として頷く気は無かった。
「……分かったよ。その代わり、明日も一緒にお風呂入ってくれるよね?」
それを悟ったのか、諦めたらしい赤ずきんは渋々と頷く。ただし今度は震える子犬染みた不安げな瞳で見てくるという卑怯な真似をしてくる。そんな目で見られては全てをばっさり拒否することなどできなかった。
尤も赤ずきんのことだ。きっと本人はそんな真似をしている自覚など全く無いに違いない。
「本当はそっちもアウトだと思うんだけど……まあ、水着ありなら構わないよ。もう赤ずきんさんが嘘つきじゃないってことは分かったからね」
「それならあたしも問題ないよ。これでまたジャックと一緒に楽しくお風呂に入れるしね!」
(赤ずきんさんが楽しくても僕の方は地獄なんだけどなぁ……はあっ……)
ほんの僅かに頬を染めながらも、さも嬉しそうに満面の笑みを浮かべる赤ずきん。
恋人の喜ぶ姿を見られたのはジャックとしてはもちろん嬉しい。しかし腰にタオル一枚の無防備極まる状態で、非常に目に毒な水着姿の恋人と過ごさなければいけないのはやはり辛いものがある。
かといって幸せいっぱいの笑みを浮かべる赤ずきんに今更断ることができるわけもない。なのでジャックはそんな笑顔を眺めながら心の中で静かに溜息を吐くのだった。
「……ジャック、聞いても良いかな?」
隣り合わせたお互いのベッドへと入り、部屋の灯りを消した後。僅かに離れた所で横になっている赤ずきんがどこか緊張した面持ちで口を開く。
ちなみに赤ずきんの部屋にあったベッドは大破したので、今使っているのは使用されていない部屋にあったベッドだ。もしも代わりのベッドが無かったら赤ずきんにベッドを譲ってジャックは床で寝る気だったのだが、一緒に寝たがっていることを考えるときっとそれは許してもらえず、力づくでも同じベッドに寝させられることになったに違いない。それを考えると代わりのベッドを用意できたことは本当に幸運だった。
「うん、どうしたの?」
「その、ジャックはさ……恋人としてのあたしにどんなことを求めてるの?」
「えっ? いきなりどうしたの?」
「いや、いきなりじゃないって。だってあたしたち、もう本当の恋人同士なんだよ? その前からあたしはジャックに色々求めてたんだし、今度はジャックがあたしに何か求める番じゃないかな?」
どこか恥ずかしそうに、それでいて何かを期待しているような表情で答える赤ずきん。
確かに仮の恋人であった期間にはジャックはほとんど何も求めておらず、それでいて赤ずきんにはある程度好きなように求めさせた。さすがにまだ気持ちが分からないのにキスすることはできなかったが、代わりにたっぷり甘やかしたりはしてあげたのだから。
赤ずきんの言う通り、本物の恋人同士になった今はジャックも何かを求めるべきだろうし、求めたってきっと罰は当たらない。
(うーん……でも、特別何か赤ずきんさんに求めることはないんだよね……)
しかしジャックには赤ずきんに対して求めることが全く思いつかなかった。
そもそも赤ずきんは飛びぬけて素晴らしい女の子。優しくて頼りになる、そしてとても強い女の子だ。にも関わらず子犬のような可愛らしさを持っているし、スタイルも十二分に魅力的。はっきり言って不足がないので何かを求める必要は欠片も感じなかった。
「そうだね、じゃあ強いて言うなら……赤ずきんさんらしくいて欲しいってことかな?」
「あたし、らしく?」
だからジャックは自分の望みをそのまま口にした。
まあ本当の所は毎夜お風呂に突撃してくるのを止めて欲しい所なのだが、それを求めても頷いてくれないのは分かっているので意味が無い。
「うん。皆のお姉さんな立派で頼りになる赤ずきんさんらしく、僕に甘えたいだけ甘える子供っぽい赤ずきんさんらしく。どっちか片方だけじゃなくて、その両方の赤ずきんさんでいて欲しいな? 僕が好きになったのはどっちか片方だけじゃないから、どっちの赤ずきんさんも見ていたいんだ」
「ジャック……」
皆のお姉さんであろうとする所も、ジャックに子供のように甘えてくる所も、どちらも赤ずきんの一面であることに変わりは無い。そして赤ずきんの色んな一面を目に出来るのはある意味恋人であるジャックだけの特権。だからこそ今のままでいて欲しい。
そんな微かな優越感の滲む答えでも、赤ずきんにとっては最高に嬉しい言葉だったのだろう。夢心地の微笑みを浮かべ、どこか愛しそうにこちらに視線を注いでいた。
「うん、分かった。でもさ、本当にそれだけで良いの? このままじゃあたしばっかりあんたに色々貰ってるよ。もっと何かあたしに求めることって無い?」
(うーん……無いことは無いけど、さすがにそういうのを求めるのはどう考えても早すぎだよね……)
しかしまだ何か求めて欲しいのか更に食い下がられ、思わず不埒な求めを考えてしまう。
ジャックだって紛う事なき男の子なので、女の子の身体に興味が無いと言えば嘘になる。それも相手は他ならぬ恋人である赤ずきんだし、スタイルが抜群なのはお風呂や就寝前の格好で良く分かっている。むしろ大いに興味を抱いているのは人として、そして男として当然の成り行きだろう。
「ごめん、今はあんまり思いつかないや。何か求めなくたって赤ずきんさんと一緒にいられるだけで僕は十分幸せだしね」
ただしいきなりそんなことを求めるのはどう考えても最低なのは分かっていた。何よりジャックは赤ずきんと恋人になってまだ一日も経っていないし、仮の恋人期間を入れても十日にすらならない。
それなのに男女のアレコレを求めるなんて明らかに早すぎだし恥知らずだ。だからこそジャックは半分本当で半分嘘の答えを返しておいた。そんな答えでもしっかり頬を染めてくれるあたり、やはり赤ずきんは可愛らしくて堪らない。
「そ、そっか……なら思いついたらいつでも言いなよ? ジャックのためなら何でも応えてあげるからさ」
(何でも、かぁ。赤ずきんさんったら人の気も知らないでそんなこと言うんだからなぁ……)
ジャックのケダモノな胸の内を知らない赤ずきんがあまりにも無防備、かつ朗らかに言うので思わず心の中で軽く毒づいてしまう。本当に赤ずきんは自分の魅力を理解しきっていないので困る。まあそんな所も可愛くてジャックはとても好きなのだが。
「ん? どうかしたの、ジャック?」
「ううん、何でもないよ。それより実は今ひとつだけ君に求めたいことを思いついたんだ。赤ずきんさん、おやすみのキスをしても良いかな?」
その可愛さに愛でたい衝動が湧き上がってきたため、ついついそんなお願いをしてしまう。
尤もすでにジャックと赤ずきんは本物の恋人同士。今更ただのキスで許しが必要な仲ではないし、今日だけですでに七回以上キスをしている。そのため赤ずきんは何の躊躇いもなく、むしろ嬉しそうに頷いてくれた。
「うん、良いよ。むしろあたしとしては毎晩寝る前には必ずして欲しいかな?」
「あっ、それは良いね。じゃあ今夜からは寝る前に必ずキスをすることにしようか?」
「賛成! 良い夢見れそうだよ、それ!」
正しく子供のようにはしゃぎながら、ベッドの上で身を起す赤ずきん。
そんな可愛らしい恋人の姿に微笑ましさと愛しさを胸に抱きつつ、ジャックも身体を起して隣のベッドへと身を乗り出した。その理由はもちろん決まっている。
「んっ――」
当然ながら、おやすみの口付けを交すため。
ほんの一瞬軽く唇を触れ合わせるだけだが、寝る前なのだからそれで十分だ。あまり長い間唇を重ねていると変な気分になってしまうので、どちらかというと夢見が悪くなってしまう気がしたのも理由の一つである。
「……おやすみ、ジャック」
「うん。おやすみ、赤ずきんさん」
そんな一瞬のキスでも赤ずきんは満足だったらしい。再びベッドへと潜り込み目蓋を閉じてからも、幸せそうな微笑みを浮かべたままであった。あの様子ならきっと良い夢を見られるに違いない。
自分のベッドに戻ったジャックはその幸せな夢をちょっぴり分けてもらうために、恋人の幸せいっぱいの微笑みを目に焼き付けてから目蓋を閉じるのだった。
(……うん、僕は何もしてない! 間違いなく何もしてない!)
長い回想を終えて朝に戻り、ついにジャックは自分が不埒を働いたわけではないことを悟った。
ただし安堵を覚えつつもそこはかとなく残念な気持ちを抱いてしまっているあたり、やはりジャックも心の奥底ではもしかしたらと期待していたのだろう。あまり男らしくない所ばかりの自分も性別は間違いなく男なのだということは、ここ一週間で身に染みて理解している。
(でも、それじゃあ何で赤ずきんさんが裸で僕のベッドにいるんだろう……やっぱり自分で脱いで入ってきたってことかな? でも一体何のために?)
ジャックと同じベッドで一緒に寝たがっていたから、ベッドに忍び込んできたことだけなら理解はできる。服を脱いだことも暑かったからだと考えればそれ自体は納得できる。
しかしこの二つを一緒に行っていること自体は納得もできなければ理解もできなかった。一体何故、赤ずきんは裸でジャックのベッドに忍び込んできたのだろうか。
「考えてても仕方ないや、本人に聞いてみよう。悲鳴を上げられなきゃ良いんだけどなぁ……」
どれだけ考えても答えは出ないし、何よりシーツで身体を覆っているとはいえ裸の赤ずきんがすぐ隣で無防備に眠っていることが落ち着かない。
なのでジャックはやむなく赤ずきんを起すことにした。もちろん身体を揺り動かす手がよからぬ所を触らないよう、細心の注意を払いながら。
「赤ずきんさん。赤ずきんさん、起きて? 赤ずきんさん」
「……ん、んー……ジャックー? おはよー……」
「――っ!」
しばらく身体を揺すって呼びかけた所、眠そうに目蓋を擦りながらも赤ずきんは目を覚ました。そしてあろうことか身体を起そうとしていたので、咄嗟に目を逸らすことで事なきを得る。
まあジャックが目を覚ました時にはついうっかりシーツの下を覗いてしまったのだが、アレは不可抗力というやつである。
「お、おはよう、赤ずきんさん……えっと、とりあえず早く服を着て欲しいな?」
「えっ? 服って何のこと――って、うわああぁぁぁぁ!?」
目を逸らしたまま控えめにお願いすると、一拍置いて自分の現状に気が付いた赤ずきんが驚きの声を上げる。どうやら寝起きで自分が一糸纏わぬ姿であることを覚えていなかったらしい。
念のため更に数秒ほど待ってから視線を戻すと、そこには身体をシーツで覆い隠し真っ赤な顔だけを晒している赤ずきんの姿。あれだけ無防備かつ大胆に迫ってきた癖に、普通に恥ずかしがっているのがまた可愛らしくて本当にずるい。
「なっ、ななな、何であたし裸なのさ!? じゃ、ジャック、あんたもしかして……!」
「ち、違うよ! 僕は何もしてないよ! 赤ずきんさんが服を脱いで僕のベッドに入ってきたんじゃないの!?」
「………………あっ」
謂れの無い罪を擦り付けられそうになったため言い返すと、数瞬の間を挟み何かに気が付いたような小さな声が返って来る。やはり赤ずきんが自ら衣服を脱いでジャックのベッドに潜り込んできたことは確実らしい。
「やっぱりそうなんだね。まあ一緒に寝たがってたからベッドに入ってきたのは分かるんだけど、どうして服を脱ぐ必要があったの?」
「いや、それは……成り行きというか、仕方なくと言うか……」
「まさかと思うけど赤ずきんさん、まだ僕を誘惑してるんじゃないよね? 僕が我慢できなくなって手を出すように、とか考えて……」
答えられない理由があるのか顔を伏せてしまう赤ずきんに対し、そんな問いを投げかける。
実際似合わなかったしちょっとずれていたが、赤ずきんがジャックに対し色仕掛けを行っていたのは事実なのだ。だからたぶんこれもその色仕掛けの延長、ジャックにずっと恋人でいてもらうための間違った努力に違いない。
「ち、違うってば! そんなこと考えてないよ!」
しかし本人は認めず、力強く否定してくる。瞳が泳いでいたり声が裏返っていたりという分かりやすい反応は無いため、いまいち真実かどうか判別できない。
「本当に? だってお風呂に水着無しで入ってきたり、寝る時は凄く露出度の高い格好だったり、挙句の果てには裸でベッドに入ってきたよね?」
「お風呂はジャックが水着脱げって言ったからだよ! 寝る時の格好も前からこうだし、エッチなことは考えてないよ!」
「じゃあ、裸でベッドに入ってきたのは?」
「そ、それは……」
そこを尋ねるとやはり言い淀む赤ずきん。
ここは多少意地悪な真似をしないと聞き出せないようだ。少し胸が痛むもののこれから毎晩裸でベッドに入られるよりはマシなので、やむなくジャックはあえて意地の悪そうな笑みを浮かべて口を開いた。
「赤ずきんさん、正直に話さないなら今日は甘えさせてあげないよ? あとキスとかも今日は無しにしちゃうからね?」
「えっ!? や、やだ! そんなのやだよ、ジャック!」
途端に今の自分の格好も忘れてしまったかのように、必死の形相で身を乗り出してくる赤ずきん。
それが原因で真っ白な深い胸の谷間が見えてしまったため、ジャックは再び目を逸らした。本当に赤ずきんは無防備で困ってしまう。
「そ、それが嫌なら正直に話そうね? どうして裸で僕のベッドに入ってきたの?」
「それが……あたしにも、良く分からないんだよ……」
「えっ? 分からないってどういうこと?」
まさかの答えにジャックも少々目を剥いてしまう。一瞬嘘か冗談の類ではないかと考えたものの、赤ずきんの顔には自分でも分からないという困惑がありありと浮かんでいた。
これは一体どういうことなのだろうか。まさか寝ぼけて服を脱いで入ってきたのだろうか。
「実は――」
同様に困惑を隠せないジャックの前で、赤ずきんはぽつぽつと語り始めた。謎に満ちた昨夜の出来事を、どこか恥ずかしそうに頬を赤らめながら。
残念ながらジャックは大人の階段を登ったわけではありませんでした。でもまあどうせその内登るので問題ないですよね。ジャック自身も高い所に登るのが好きですし。
次回でついに赤姉の行動の理由が。とりあえず理由に予想が付く人は原作がとても大好きな人のはず。