三章最後のお話、赤姉の謎の行動の理由が明らかになります。
これで赤姉のお話は残り一章(四話分)……思いのほか早くたどり着いたような気がしますが、たぶんそれは親指姉様の時はイチャつくのにやたら時間がかかったせいですね……。
ジャックとおやすみのキスをして、再びベッドに入った赤ずきん。
ジャックを自分の部屋に泊めている時はそのまま眠りについて、朝までぐっすりの夜を過ごしていた。今夜からはジャックの部屋に自分が泊まっているのだが、状況はさほど変わらない。だから今夜も赤ずきんは同じように眠りについた――
「……さてさて、ジャックはもう寝てるかなー?」
――ふりをして、実はまだ起きていた。
確かに状況はさほど変わっていないが、赤ずきんとジャックの関係は大幅に進展している。何せ仮の恋人同士から本物の恋人同士になれたのだ。今までは仮の恋人だったので甘えるのはそれなりに抑え気味であったが、もう抑える必要などどこにもない。ならばこんな状況で何もせずにぐっすり眠るなどありえない。
「ジャックー、起きてるー?」
充分に時を見計らった後、小声で隣のベッドに呼びかける。起きていたら困るのでしっかり確認はしなければならない。
「ん、ぅ……」
名を呼ばれたことでジャックは多少反応を示したものの、寝返りを打ってこちらに背を向けただけ。どうやら目を覚ましたわけではないらしい。
これならこっそり静かにすればバレないだろう。そう考えた赤ずきんはニヤリと笑い、身体を起してベッドから抜け出した。
「それじゃあベッドに入らせてもらうよ、ジャック。朝になってベッドにあたしがいることに気が付いたらどんな顔するかなぁ?」
そして眠るジャックのシーツを捲り、いそいそと隣にお邪魔する。本当は甘えん坊な赤ずきんとしては、こんな風にジャックと一緒のベッドで眠るのも楽しみだったのだ。今までは仮の恋人だったから遠慮していただけである。
とはいえ今は本物の恋人同士。もう遠慮も気兼ねも必要ない関係だし、ジャックはお風呂で一緒に入りたいなら水着を脱げという恥ずかしい命令をしてきたのだ。それならこれくらいのことをしても罰は当たらないはず。
そんなわけで赤ずきんは計画通り、見事ジャックのベッドに忍び込むことに成功したのだが――
「あ、あれ? 何、これ……?」
――胸に湧き上がってきたのは大好きな恋人と同じベッドにいる喜びではなかった。
正確に言えば確かにその喜び自体はしっかり感じている。ちょっとした気恥ずかしさもあるし、全く感じていないわけではない。ただそれらの気持ちを圧倒するほどに強く、別の感情が湧き出ていた。
「う、うぅ! な、何これ……何で……!?」
赤ずきんの胸に湧き出てきた感情は、表現するなら落ち着かないという言葉が一番相応しいものであった。
大好きなジャックがそれこそ温もりを感じられるほど近くにいるのに、何故かそんな感情を胸に抱いている。信じられない話だが胸の中である種病的なまでに強く湧き上がるこの感情は決して勘違いなどではなかった。
「だ、駄目だ! 我慢できない!」
最初は堪えようと思ったものの一分も経たずに耐えられなくなり、堪らずベッドから飛び出す赤ずきん。
すると身を苛んでいた謎の感情はまるで勘違いだったかのようにあっさりと鎮まった。しかし――
「ど、どうしてさ!? これじゃあジャックと一緒に寝れないよ!」
――ジャックのベッドにお邪魔すると、再びその感情がぶり返してくる。
堪らずベッドから出るがそれでも諦めきれず、お邪魔しては飛び出るということを何度か繰り返してしまう。ジャックと一緒に眠れないというふざけた事実はもちろんのこと、まるでジャック自身に拒絶されているように思えて決して諦めきれなかった。
だから赤ずきんは何度も繰り返し、何とか堪えようと頑張ってみたのだが――
「はぁ……はぁ……だ、駄目だ。無理だよ、これ……」
――その感情に打ち勝つことが出来ず、さじを投げて自分のベッドに座り込んだ。
とはいえジャックと一緒のベッドで寝ることを諦めたわけではない。それは絶対諦めきれない。さじを投げたのは正面突破の力比べ的な方法を取ることそのものである。要するにこの感情の源を見つけ、原因を排除する方向に切り替えたのだ。
正直な所こんな感情を抱く原因には全く心当たりが無いのだが、この感情自体は初めて感じた類のものではなかった。ある種病的なまでに落ち着かないその感情、あまり気は進まないものの確認のためにはやむを得ないと腹をくくり、赤ずきんは被っていたナイトキャップを外した。
「……うん、やっぱり何か似てる。この落ち着かない感じは一緒だよ」
途端に襲い来る謎の落ち着きの無さをはっきりと感じて、一人納得する赤ずきん。
先ほどから何度も感じていたのはこれと極めて似通った不思議な感情であった。血式少女が持つ特有の拘りである、血式リビドーによって抱くものと非常に似通っている。赤ずきんの場合は被り物を身につけていないと落ち着かないというもので、原因は自分自身でも分からない。ただ無性に落ち着かないのだ。
赤ずきんが感じていたのは正にこの落ち着きの無さ。理由らしい理由も無いのにジャックのベッドに入っただけで異様なまでに落ち着かないのは、恐らく自分でも知らず気づきもしなかった血式リビドーが原因なのだろう。とりあえずジャックに拒絶されているわけではないと分かってほっとする赤ずきんであった。
「だとしたら後はどうすれば落ち着くのかが分かると良いんだけど……よし、もう一回試してみよう」
この血式リビドーを落ち着かせる方法を探るため、赤ずきんはナイトキャップを被り直してからもう一度ジャックのベッドへと忍び込んだ。
先ほどから何度も繰り返していることだが、幸いなことにジャックは未だ目を覚ましていない。きっと今日は色々あったから疲れて深い眠りに落ちているのだろう。赤ずきんにとっては好都合である。
「う、うぅ……やっぱ落ち着かないよ、これ……!」
ジャックの隣へとお邪魔すれば、やはり謎の落ち着きの無さが押し寄せてきた。すぐさまベッドから飛び出したくなる赤ずきんだが、その気持ちを堪え胸の奥から湧き上がってくる感情に集中する。
この感情は被り物を身に着けていない時と非常に良く似ているものの、どこかが微妙に異なっているのだ。その違いを理解することができれば、きっと落ち着くことも可能になるだろう。だから赤ずきんは今すぐベッドから飛び起きたくなる気持ちを堪えながら、自らの感情に向き合っていた。
(何だろ、これ……被り物が無い時に落ち着かないのは不安で堪らないからだけど、これは何か違うんだ。もっとこう、しなきゃいけないことをしてないから落ち着かない。今すぐしなきゃいけないことがあるっていう、使命感みたいな……)
感情に向き合い、徐々に根源に近づいて行く赤ずきん。
被り物を身に着けていないと落ち着かないのは、被り物が無いとどうしようもなく不安だから。つまり不安から来る落ち着きの無さだ。
しかし今感じている落ち着きの無さは違う。例えるなら果たすべき大切な使命があるのに、それを果たせていない不完全燃焼な気持ちに似ている。今すぐそれをしなければいけないという逸る気持ちが落ち着きの無さの根底にあるとも言える。ではそのしなければいけないこととは一体何なのか。
(うーん……それは考えても分かんないなぁ。よし、こうなったら勘に任せて出たとこ勝負だ!)
自分のすべきことは幾ら考えても分からないので、段々と考えるのが面倒になってきていた赤ずきんは勘に任せて適当にやってみることにした。
ただ一部の血式少女の血式リビドーがある種本能的なものや反応だったりする所を考えるに、勘というよりは本能に任せるといった方が近いのかもしれない。そしてその考えが正しかったことはすぐに証明された。
「……あれ?」
気が付けば赤ずきんは半ば本能的に行動を起していて、そのおかげか僅かながら落ち着きの無さが和らいでいた。
尤もそれ自体にあまり疑問は感じない。被り物を身に着けていないと落ち着かないという良く分からない血式リビドーを持つ赤ずきんだ。今更多少おかしな血式リビドーに目覚めたとしても驚くには値しない。しかし――
「帽子を取ったのに、むしろ落ち着いてる……?」
――もともとの血式リビドーと相反するものなら、驚きや疑問を覚えるのは仕方ない。
何せ被り物が無いと落ち着かないはずの赤ずきんが、ナイトキャップを外したのに何の問題も無かったからだ。むしろ新たな血式リビドーを満たしているのか、僅かに落ち着きを取り戻した自分さえ感じていた。
「それも不思議だけど、帽子を取ってちょっとマシになったってことは……そういうこと、なのかな?」
ジャックと共にベッドに入っている状態で、身に着けていたものを取ったら少し落ち着いた。ということは単純に考えれば身に着けているものを全て取り除けば、完全に落ち着きを取り戻すことができるかもしれない。
かなり恥ずかしい思いをすることになるのは分かっていたが原因は解明した方が今後のためになるし、何よりそうしなければジャックと一緒に眠ることはできなさそうだ。
「う、ううっ、仕方ないか。目を覚まさないでよ、ジャック?」
覚悟を決めた赤ずきんは一旦ベッドから出ると、ジャックがまだ熟睡していることをしっかり確認してから衣服を脱ぎ始めた。もちろん下着だけ残したりはせず、全ての衣服をだ。最初は下着姿で止めておこうかと考えたものの、それでは完全に落ち着きを取り戻すことはできそうに無いためやむなく脱ぎ捨てたわけである。何度も何度もジャックが目を覚ましてこちらを見ていないかを確認しながら。
「うー、寒いし恥ずかしいし落ち着かないよ。それもこれも全部ジャックのせいだ……」
被り物どころか布切れ一枚身に着けていない生まれたままの姿で、脱いだ衣服を折りたたんでいく。
寒いのはともかく、被り物が無い状態なために酷く落ち着かないし、寝ているとはいえ隣にジャックがいるのに裸になっているせいで恥ずかしくて堪らない。この状態でジャックのベッドにお邪魔しても相変わらず落ち着かないなら、完璧に無駄に恥をかいて苦しんだだけである。
(これで何も変わらなかったらさすがにあたしも怒るよ! その時はイタズラの一つや二つはするからね、ジャック!)
完全に八つ当たりだとは分かっていたものの、赤ずきんはそんな決意を抱きながらジャックのベッドへと忍び込んだ。まあイタズラと言っても寝ているジャックにキスしたり、頬を突っついてみるくらいのことなのだが。
「こ、これは……!」
とはいえそんな決意は微塵も必要が無かった。ジャックのベッドにお邪魔しても、先ほどまでの落ち着きの無さを全く感じなかったからだ。やはり衣服を全て脱ぎ去ったことが正解だったらしい。
「うわぁ……何だか凄く安心できるよ、ジャック……」
おまけに被り物を身に着けていないことに対する不安を覚えるわけでもなく、ただただ純粋に居心地が良く幸せであった。
まあ大好きなジャックと一緒のベッドに入り、あまつさえ背中からぴったりくっついているのだから当然かもしれない。ジャックの方はパジャマを着ているものの、赤ずきんの方は一糸纏わぬ姿なので温もりも深く感じられる。これで幸せな気持ちにならないわけがない。
(でも、結局あたしの新しい血式リビドーってどんなものなんだろ?)
恋人と一緒のベッドで眠るという念願の状況を実現できたものの、そこについては良く分かっていなかった。ベッドに入ることが問題となっているわけではないだろうし、誰かがすでに入っているベッドに自分も入るという状況が問題になっている可能性も低そうだ。
前者が問題なら赤ずきんは一人で眠る時もあんな感じでなければおかしいし、後者にしても二人でベッドに入るという状況はこれが初めてというわけでもない。子供の頃は可愛い妹たちと一緒に寝たりもしたのだから、その時に同じ感情を抱いていない以上これが問題とは考えにくいだろう。まあシンデレラには追い返されることの方が多かった点は問題かもしれないが。
「ま、いっか。今はそんなこと気にしてないで、この瞬間を楽しまないとね。あははっ、ジャックぅ!」
考えてもその辺りは分からなさそうなので、疑問は脇に放ってこの瞬間を楽しむことにする。後ろからぎゅっとジャックに抱きつき、その温もりを深く味わう。ちょっと胸が邪魔で密着し辛いがそこは我慢するしかない。
「ふああぁぁ……それにしても何か凄く眠くなってきたなぁ。でもこんな格好のまま眠ったら、先にジャックが起きた時に何されるか分かったもんじゃないよ……」
大好きなジャックとくっついている安心感のためか、尋常でない眠気に襲われ欠伸を零す。
見た感じではジャックは奥手な方に思えるが、お風呂では赤ずきんに水着を脱げという命令をしてきたケダモノなのだ。つまりは羊の皮を被ったオオカミ。朝起きて隣に裸の赤ずきんがいれば何かしらの行動を起さないとも限らない。まだ恋人になったばかりなのだし、そういうことはまだまだ早すぎるだろう。
「でも、凄く良い気持ちで眠れそうなんだよね……」
しかしその危険性を差引いても大好きなジャックにくっついて眠る、というのは堪らなく魅力的である。何より被り物を身に着けていないのに安心感を覚えている今の状況も新鮮でかなり捨てがたい。
「そうだ! ジャックが起きる前に目を覚ませば良いんだ! うんうん、それならこのまま寝ちゃっても問題ないよね!」
悩んだ結果そんな名案という名の言い訳を思いついたため、赤ずきんはそのまま眠ることにした。尤もどちらかと言えば欲望に勝てなかった、という表現の方が相応しいかもしれない。
「はー、やっぱり良い気持ちだ。できたら毎晩こんな風に一緒に寝たいなぁ……」
ジャックの背中に縋り付くように抱きつき、顔を埋めて穏やかな心地に浸る。毎晩一緒に寝られたらそれこそ幸せな日々であるが、十中八九ジャックは頷かないだろう。
しかしそれが何だというのか。すでに赤ずきんとジャックは想い合う恋人同士であり、大概のことに遠慮はいらない関係だ。何だかんだでジャックは優しいし嫌がっているわけでもなさそうなので、夜中にこっそりベッドに入ったって怒られたりはしないはず。
「それじゃあおやすみ、ジャックー……」
そんなわけで例え断られてもこっそりベッドに潜り込んでやることを心に決めつつ、赤ずきんは目蓋を閉じた。
ジャックの隣で眠れる嬉しさと安心感のせいで、寝過ごす可能性を全く考慮せずに。
「――ってことなんだけど、うっかり寝過ごしちゃったんだ。あはは……」
シーツで身体を隠したまま昨夜の出来事を語り終え、赤ずきんは乾いた笑いを零す。
どうやらジャックの予想通り、赤ずきんが自ら衣服を脱ぎ去りベッドに潜り込んできたらしい。とりあえずは自分が不埒な真似を働いてなおかつそれを覚えていないという最低な事態ではなかったことに安堵するジャックであった。
「赤ずきんさん……」
「ちょ、そんな疑わしそうな目で見ないでよ、ジャック! 全部本当のことなんだってば!」
そして安堵の気持ちの次に浮かんできたのは疑念。
途端に傷ついたような顔をされるが疑念を覚えるのも当然だ。今まで自分自身も知らなかった血式リビドーのせい、それもジャックと一緒のベッドに入ると発生するなんてあまりにも都合が良すぎる。
「そんなこと言われても、僕とベッドに入ると服を脱ぎたくなる血式リビドーなんて限定的すぎてちょっと信じられないかな……」
「し、信じてよ、ジャック! あたしは別にエッチなこととか考えてたわけじゃないんだってば!」
「そうは言われても……」
顔を赤くして必死に否定する赤ずきん。どちらかといえばその反応は図星を突かれて焦っているように取れなくも無い。
ただ赤ずきんは自分の魅力に関して無自覚というか無防備なのが分かっているので、裸でベッドに潜り込んできたのはそういった目的であるというのは考えにくいのだ。要するにジャックにはこれが本人の言う通り血式リビドーによるものなのか、それとも色仕掛けが目的なのか判断が付かなかった。
(確かに血式リビドーって理由は分からなかったり、普通の人から見ると変なものに拘ってたりするけど……さすがにこれは……)
高い所に登りたい気持ちになったり、被り物を身に着けていなければ落ち着かなかったり、着飾っていなければならないと思ったり。血式リビドーとは傍目から見れば執着する理由も分からない拘りである。
なので少しおかしい程度の拘りなら疑いは無いのだが、今回は明らかにおかしすぎる。ジャックと一緒にベッドに入ると服を脱がなければいけないように感じるなど、限定的過ぎて怪しさ抜群だ。
(あ、もしかしたら原因は僕自身じゃなくて僕の性別が男だからなのかもしれないな。男と一緒にベッドに入ったら服を脱がないといけない気になる、っていう血式リビドーならまだ納得はできるかな……?)
まあ赤ずきんがジャックと一緒にベッドに入ることが条件と思っているだけで、厳密にはもっと条件があるのかもしれない。
とはいえジャックにはその条件を確かめるために色々試してみるべきという考えは微塵も沸いてこなかった。理由は勿論、試すなら間違いなくジャック以外の男とベッドに入ってみるのが名案だと分かっていたから。幾ら何でも赤ずきんが別の男と一緒にベッドに入るというのはさすがにジャックも許容できない。男らしくない癖に一丁前に独占欲を感じているのは若干汚れている証なのだろうか。
「でも、エッチなことを考えてたわけじゃないのは分かってるつもりだよ。赤ずきんさんは凄く甘えん坊だから、ただ僕と一緒に寝たかっただけだろうしね?」
「んー……まあ、そこが分かってるならそれだけで良いよ。あたし自身もこんな血式リビドーがあるなんて今でも信じられないくらいだしね……」
まだ不満はありそうな顔をしているが、一応納得した様子を見せる赤ずきん。どうやら本人の中でも血式リビドーによるものと断言できるかは若干怪しいものらしい。
「まあ僕だって高い所に登りたいっていう良く分からないものだし、絶対に無いとは言い切れないと思うよ。だから赤ずきんさん、事情は分かったからとりあえずそろそろ服を着てくれないかな……?」
そこまで言って、ジャックは再び赤ずきんから目を逸らす。
しっかりとシーツを身体に巻いて縮こまっているため露出度自体は普段の格好よりも低いのだが、先ほど不可抗力で裸を見てしまったという事実がある。そのせいかシーツの上からでも妙に想像を掻き立てられてしまうのだ。寝起きということも相まって実に目に毒な姿である。
「あ、う、うん。そうだね。じゃあせっかくだし着替えてくるよ」
赤ずきんも裸でいるのは落ち着かないらしく、シーツを身体に巻いたまま着替えを持って洗面所へと向かっていく。
その際微かに覗いた太股の白さにドキリとさせられたジャックであるが、赤ずきんはいつも太股剥き出しの格好である。なのでそのことを冷静に考えて落ち着こうとしたものの、効き目は薄く胸は高鳴りを覚えたままだった。やはり裸を見てしまった事実が尾を引いているらしい。
(そういえばさっきまでの赤ずきんさんは被り物をしてなかったんだよね? それなのに平気で眠れたみたいだし、やっぱりこれは新しい血式リビドーなのかな?)
胸の高鳴りを抑えるために考えを巡らせているとそこに思い至り、ジャックは本当に血式リビドーなのではないかという結論に至る。
何せ赤ずきんは起きている時はもちろん、寝ている時も被り物をしているという徹底振りだ。お気に入りのフードに始まり、就寝時はナイトキャップ。ジャックの入浴中にお風呂に入ってきた時もフードつきのパーカーを着用していたあたり、普段はタオルを頭に乗せていたに違いない。
そんな赤ずきんが被り物無しでぐっすりと眠れていたのだから、同じ血式リビドーによるものかそれ以上の執着によるものと考えた方が妥当だろう。とはいえ赤ずきんは被り物が無いとまるで別人のようにしおらしくなってしまうので、そんな変化を抑え込めるほどの執着があるとは思えない。やはり本人が口にした通り、新たな血式リビドーの可能性が高い。
(男と一緒にベッドに入ると、服を脱がないといけない気になる血式リビドーか……グレーテルか博士あたりと話してみたい気もするけど、グレーテルも一応女の子だから話し辛い内容だし、博士に至っては赤ずきんさんのお父さんだからなぁ……)
本人は気にしないかもしれないが女の子であるグレーテルに対してその手の話題を口にするのはジャック自身が恥ずかしいし、博士に関しては論外である。まさか育ての親とはいえ父親に向かって『裸の娘さんと一緒に寝ました』などと言えるわけもない。下手に言い方を間違えると大変なことになるし、間違えなくても大変な内容である。
「――着替え終わったよー、ジャック。やっぱりジャックとベッドに入ってる時はフードが無くても平気だったけど、ベッドから出ると落ち着かないね。もう被り物が無くても大丈夫とかそういうわけじゃなかったよ」
やがて着替えを終えた赤ずきんが若干残念そうな呟きを零しながら戻ってくる。被り物が無くても平気だったのはジャックと一緒にベッドに入っている時だけのようで、今はいつも通りお気に入りのコートを羽織っていた。
「そうなんだ。やっぱり本当に血式リビドーなのかもしれないね。それじゃあ僕も着替えてこようかな――って、赤ずきんさん?」
自分も着替えを行おうとベッドから腰を上げようとするジャック。しかしその動きは真っ直ぐにこちらへ歩いてきた赤ずきんによって押し留められる。
立ち上がるのを妨げられてベッドに尻餅をついたジャックが見たのは、真っ赤に頬を染めて恥じらいを露にした恋人の姿であった。
「ジャック。一つ聞きたいんだけどさ、あたしが寝てるのをいいことに変なことは……して、ないよね?」
「えっ!? あ、いや……して、ないよ……?」
不埒なことはしていないと断言したかったのだが、ジャックには誤って赤ずきんの裸を見てしまった事実がある。そのせいで断言することもできなかったばかりか、目を真っ直ぐに見ることもできなかった。
「ジャックー? 何で顔を赤くして目を逸らしてるのかなぁ?」
「え、えーっと、その……」
「ジャックー?」
そんな反応では後ろ暗い所があると言っているようなもの。事実詰問する赤ずきんの声音には微かに怒気が含まれてきていた。
口にも出せないことをしたと決め付けられるよりは、素直に白状した方が幾分怒りも和らぐだろう。ジャックはやむなく自らの過ちを打ち明けることにした。
「赤ずきんさんが眠ってる時に……ちょっとだけ、裸を見ちゃった……」
「――っ!」
途端に頬の赤みを耳の先まで広げる赤ずきん。自分が寝ている間に裸を見られていたらその反応も至極当然のものだろう。
「で、でも別に下心があったわけじゃないんだ! つい流れでっていうか、不可抗力っていうか、とにかく邪な気持ちで見たわけじゃなくて!」
「……でも、見たんだよね?」
「……うん」
「うわー! やっぱり見たんだ、あたしの裸……!」
それは事実なので否定できず頷くジャック。
直後に怒りの鉄拳でも飛んでくるかと身構えたものの、別段怒りの感情は見られなかった。むしろ赤ずきんは真っ赤な顔でただただ恥ずかしそうにうろたえるだけであった。きっと恥ずかしさが先行して怒りを感じられないのだろう。
「まあ不可抗力とはいえ裸を見ちゃったのは確かだから、僕はどんな罰でも受けるつもりだよ。ただ暴力的なのはちょっと勘弁して欲しいかな。赤ずきんさんに殴られたら無事でいられる気がしないし……」
なのでまだ怒りを覚えていない今の内に予防線を貼っておく。タンスを引っくり返したり、ベッドを持ち上げ投げつけたりできる膂力を持つ相手に殴られて平気でいられるなどとジャックは微塵も思っていない。
もちろん全力で殴ったりはしないだろうが、羞恥心のせいで力の調整を間違うこともありそうなので避けた方が無難である。骨の一本二本で済めばまだ軽いと言えるくらいだ。だからジャックはそれ以外の罰なら何でも受け入れるつもりでいた。
「……じゃあ、今夜も一緒に寝て良い?」
「えっ? いや、それは……」
しかし赤ずきんが口にしたのは今夜も一緒に同じベッドで寝たいという甘えん坊な気持ち。どんな罰でも受け入れるつもりではいたものの、当然ながらこれには素直に頷くことはできなかった。
「赤ずきんさん、服を脱がないと落ち着かなくて寝付けないんだよね? それなのに今夜も僕と一緒に寝る気なの……?」
赤ずきんは新たな血式リビドーのせいで、服を着たままでは落ち着きが得られずジャックと一緒に寝ることが出来ない。
それでも一緒に寝たいというからには服を脱いで寝るつもりなのだろう。無防備かつ大胆な赤ずきんならそれくらいはやりかねない。そして実際、赤ずきんは首を縦に振って頷いた。
「そ、そうだけど、それはジャックがあたしの方を見なければ済む話じゃん。確かに服を脱がないと落ち着かないんだけどさ、脱げば凄く安心できて幸せな気持ちで眠れるんだよ」
「で、でも、それってまた僕の隣で裸で寝るってことだよね? 僕に何かされるかもしれないって不安じゃないの?」
「そりゃあ不安が無いわけじゃないよ。でもジャックは不可抗力であたしの裸を見ちゃっただけで、それ以外は別に疚しいことはしてないんだよね?」
「も、もちろんだよ! 誓って僕は何もしてないよ!」
今度は後ろ暗いことは何も無いため、しっかり目を見て断言するジャック。
尤も他に疚しいことはしていないだけで若干疚しい気持ちを抱いたりはしたのだが、そこは関係の無い話だろう。第一あんな姿を目にして不埒なことを一切考えないでいられるほどジャックは不健康では無いし、女の子に慣れているわけでもない。
そんな心の内は見抜けなかったようで、赤ずきんは多少不安気だった表情を安堵に染めた。
「うん、ジャックはそういう奴だよね。だからあたしはきっと大丈夫だって踏んでるんだ。それに……ジャックになら、別に嫌じゃないし……」
(な、何が嫌じゃないの赤ずきんさん!?)
そのままぽっと頬を染め、伏し目がちに呟く赤ずきん。
ジャックの隣で裸で眠ることか、それともジャックに裸を見られることか、あるいはジャックに不埒な行為をされることか。一つ目だったならともかく、残りの二つのどちらかだったなら理性に影響が出る結果になりそうだ。なので激しく気になったが追求するのは止めておいた。知らない方が幸せでいられることもある。
「まあそんなわけだから今夜からは一緒に寝よっか。ジャックの背中に抱きついて寝たらそれはもう幸せな気持ちで眠れたんだ。今から今夜が楽しみだよ!」
(待って!? 赤ずきんさんあんなに胸が大きいのに、その上裸で抱きついてくるの!? しかも今夜からって事は毎晩ってことだよね!?)
幸せいっぱい期待いっぱいの魅力的な笑みを浮かべる赤ずきんとは対照的に、絶望と戦慄を覚えるジャック。
赤ずきんは幸せにぐっすり眠れるのかもしれないが、大きくて柔らかな膨らみを背中に押し当てられるジャックは堪ったものではない。しかも裸なのだから余計に性質が悪い。
一瞬また色仕掛けを行うつもりなのかと考えたものの、無邪気な笑顔からはそういった打算は微塵も感じ取れなかった。どうやら完全にジャックと一緒に寝ることだけが目的らしい。
いっそのこと拒否すれば心配も不安も消え去るのだろうが、赤ずきんの至福に満ちた笑顔を前にしてはそんな残酷なことはできなかった。最近ちょっと悪い道に傾いてきていたジャックでも、あんな乙女のような笑顔を曇らせるなどという大罪は犯せない。
(うん。早くハルさんに赤ずきんさんの部屋の扉を直してもらおう。できる限り早く!)
そのため同じ部屋で過ごさなくて済むように、可能な限り早く赤ずきんの部屋の扉を修理してもらおうと心に決めるジャックであった。
さもなければ絶対その内、隣で眠る裸の赤ずきんに辛抱堪らず不埒な真似を働きそうだから。
これから毎晩裸の赤姉と一緒に眠るジャックくん。最早拷問ですね、これは……。
赤姉が裸になったのはジャックとベッドに入ると服を脱がなければいけないという謎の使命感が浮かんできたから、というのが理由でした。この理由は次章で説明するかもしれませんが、一部の童話に詳しい方々なら何となく察しはつくはず……。