ジャック×赤姉の最終章、第1話。だいぶ前から普通にカップルしているあたり、やっぱりツンデレっ娘とのカップリングって難しいんだなぁ、と改めて思いました。やっぱり素直が一番ってことかな? まあそれでもツンデレは好きなんですがね……。
限界間近
赤ずきんと両想いになり、晴れて本物の恋人同士となったジャック。実際の所は先に好意を向けてきたのは赤ずきんの方なので、晴れて本物の恋人になれた喜びは向こうの方が強いのかもしれない。
何はともあれ、これでジャックと赤ずきんは正真正銘紛う事なき本物のカップル。他の血式少女達も祝福してくれているし、赤ずきんの父親とも言える存在である博士も公認の関係だ。喜びこそすれ、嘆くような理由はどこにもない幸せいっぱいの現状である。少なくとも傍から見れば。
「う、うーん……」
だが当の本人であるジャックは現在精神的な苦痛を噛み締め、唸り声を上げていた。
もちろん赤ずきんと恋人になったことが嬉しくないわけではない。他の血式少女達にも博士にも認められた事実も十分に喜ばしい。問題はもっと別の所にある。
「はぁっ……今日も良く眠れなかった……」
寝不足に重い目蓋を擦りながら、ジャックは慎重に身体を起こしてベッドから抜け出る。
時折枕もとの時計を眺めては目を瞑るという行為を繰り返し繰り返し行った結果、またしてもろくに眠れぬまま朝を迎えてしまった。血を使うという自分の役目上、ただでさえ貧血で倒れがちだというのにこの上睡眠不足まで抱えては本格的にマズイ。
尤も眠れない原因が何なのかは最初から分かっている。ジャックは一つ溜息を吐くと、自分が今まで横になっていたベッドへと目を向けた。
「うーん……ジャックぅ……」
そこにいたのは満面の笑みの寝顔を晒し、幸せいっぱいの寝言を零す肌も露な赤ずきん。
そう、結局ジャックは一緒のベッドで寝たいという赤ずきんの願いを断りきれなかったのだ。そのままずるずると日々を過ごし、気が付けば早一ヶ月。寝不足なのは同じベッドに一糸纏わぬ赤ずきんが横になっている事実と、背中に赤ずきんの豊かな胸の膨らみがダイレクトに密着するのが原因である。
もちろんジャックもこんな精神的な拷問は耐え難く、一緒には寝てあげられないと何度も言おうとしたのだが――
(こんな幸せそうな寝顔を見せられると、もう一緒に寝るのは駄目なんて言えないよね……)
赤ずきんの寝顔があまりにも幸せいっぱいであり、その可愛らしい表情が陰る様を見たくないせいで一度も口に出来なかった。それが優しさなのか単なる腰抜けなのかはジャック自身も良く分からない。
(でも、いい加減何とかしないと僕も正直限界だ……寝不足とか、もっと別の意味でも……)
しかしこのままではいけない、ということだけはジャックも理解していた。
寝不足が探索に響いたら他の皆に迷惑をかけてしまうし、何よりいつまでもこの状況に耐えられるとも思えない。大好きな恋人が一糸纏わぬ姿を、それもかなりメリハリのあるスタイルを無防備に晒して隣で眠るのだ。今は何とか耐えられているが、その内襲いかかってしまわないとも限らない。ジャックだって一応は男なのだから。
「僕がこんなに苦しんでるのに、自分はこんなに幸せそうに眠ってるなんて……本当にずるいよ、赤ずきんさん……」
恋人の苦悩も露知らずぐっすり眠っている赤ずきんへ恨めしさを向けながら、ジャックは静かに手を伸ばす。その手は赤ずきんの深い谷間が露になっている胸元へと伸び、そして――シーツを引き上げて胸元をしっかり覆い隠す。極めて目に毒な光景なのであまり長く見ているべきではない。
「ん、んー……」
ただその動作でひょっとしたら胸を触られたように感じたのかもしれない。赤ずきんは小さな声を上げると、静かに目蓋を開いた。
「おはよー、ジャック……」
「……うん。おはよう、赤ずきんさん」
そして眠そうに目を擦りながらあろうことか身体を起こそうとしたので、ジャックは咄嗟に背中を向けて事なきを得る。
普段からかなり無防備な赤ずきんだが、寝起きの直後は頭がぼうっとしているのかそれに拍車がかかっている感じだ。恐らく背中を向けなかったら赤ずきんの裸体がばっちり目に入ってしまったことだろう。その証拠に背後からは多少慌てた声が上がった。
「んー、やっぱりジャックと一緒だとぐっすり眠れるね。何だか凄く良い夢も見られた気がするし」
「そっか。それは良かったね」
「裸にならないと一緒のベッドに入れないのは恥ずかしいけど、まあジャックなら何もしないって分かってるからね。最近は結構慣れてきたかな?」
「……赤ずきんさん、僕だって男なんだよ? もしかしたら赤ずきんさんが知らない内に、色々変なことをしてるかもしれないよ?」
ちらりと背後に視線を向け、遠回しに自分を信用しないで欲しいという言葉を伝える。
視線の先ではしっかりとシーツで身体を覆っているものの、鎖骨のあたりや太股などは曝け出したままの目に毒な姿がそこにあった。ついでに恥ずかしそうに頬を染めている実に女の子っぽい姿が。
「へ、変なこと、してるの?」
「い、いや……してない、よ……?」
若干後ろ暗い所が無いことも無いため、どこか疑問系で答えてしまうジャック。もう一月もこんな状況が続いているので、不可抗力でどうしようもない場面に遭遇したことはゼロではないのだ。尤もここで言うつもりは無かったが。
「な、なーんだ。じゃあ大丈夫じゃんか。正直ジャックにそこまでの勇気があるとも思えないしね?」
(ううっ! 赤ずきんさん、人の気も知らないで……!)
ジャックだって本音を言えば襲い掛かりたいくらいだ。
ただ相手が相手なので合意でないと確実に返り討ちにされるし、万が一にも赤ずきんを傷つけたり悲しませたりするようなことはしたくない。だから頑張って耐えているというのに。
「それじゃああたしはそろそろ着替えてこようかな。覗いちゃダメだよ、ジャック?」
「の、覗かないってば!」
何故か定番となりつつあるやりとりをしてから、赤ずきんはシーツを身体に纏ったまま着替えを持って洗面所へと入って行く。しかもこの状況を楽しんでいるような悪戯な笑みを浮かべて。
尤もその笑顔がまた魅力的で何も言えず、結局ジャックは堪えることしか出来なかった。
「はぁっ……こんなんじゃ絶対その内寝不足で倒れそうだなぁ……」
この一ヶ月、一人になれる時間を見つけては眠り姫のように仮眠を取っているものの、今現在ジャックの部屋は赤ずきんと共同で使っている。そのため一人になれる時間もさほど多くは無いため睡眠時間も取れず、騙し騙し過ごしてきた日々もやはり限界が近かった。
「うっ……何か凄く良い匂いがして余計に眠れない……」
赤ずきんが着替えている僅かな時間にでも休もうとベッドに身体を投げ出すが、すでにジャックのベッドにはやたら芳しい赤ずきんの香りが染み付いてしまっていた。残念ながらこんな嗅覚やら何やらを刺激する香りの中、ぐっすり眠れるほどの図太い神経は持ち合わせていない。
諦めたジャックはすぐに身体を起こすと、座り込んで心底深い溜息を零した。
「はあっ……そもそもどうして赤ずきんさんは裸じゃないと僕と一緒のベッドに入れないんだろう? それが無ければ多少はマシなんだけどなぁ……」
血式リビドーに理由を求めるのは若干間違っている気もするが、やはり内容が内容なので気になってしまう。それに理由が分かればもしかしたら対策が立てられるかもしれないのだ。
そろそろ色んな我慢も限界なあたり、やれることはやっておくのが賢い対応かもしれない。
「うん、やっぱりグレーテルに聞いてみようかな。あ、でもその前にハルさんの所にも行ってみるべきかも……」
ジャックの部屋の扉は部品が無くとも一週間程度で調達して直してくれたのだが、赤ずきんの部屋の扉は未だに壊れたままである。ベッドを投げつけられたことを根に持っているのだとしても、さすがにそろそろ怒りを解いてもらわなければ困ってしまう。主にジャックが。
なので今日はハルとグレーテルの元を訪れ、話をしてみよう。そう予定を決定するジャックであった。もちろん隙があればどこかで仮眠を取ることも忘れずに。
「ジャック、何だかとても眠そうよ? 今朝は良く眠れなかったの?」
何人か寝坊していたり、ぐっすり眠っていて起きてこない朝食時。
睡眠不足はできるだけ表に出さないよう隠しているのだが、長らく共に過ごしていたせいか対面に座るアリスには目ざとく見抜かれてしまった。
「えっ、そんなことないよ? ただ今朝はちょっと夢見が悪かったからそのせいかもしれないね」
しかし一応言い訳は用意してあったので、さほど焦ることなくそれを口にしておいた。
とはいえ実際の所、夢見に関してはむしろ良い方だと言っても差し支えない。何と言っても寝るときは背中に非常に魅力的な柔らかさが広がっているのだ。眠れた時、それが夢の内容に影響するのは至極当然の成り行きと言える。まあ夢の内容に関しては口が裂けても言えないものなのだが。
「そう……もしかしたら疲労が溜まっているのかもしれないわね。なるべく早めに休んで、ゆっくり眠った方がいいかもしれないわ。寝る前に暖かい飲み物を飲むのも効果的と聞いたことがあるわよ?」
「そうだね。アリスの言う通り、なるべく早く休むことにするよ。まあそこは赤ずきんさん次第だけどね……」
そこまで口にして、ジャックは自らの恋人に目を向ける。
ただしその位置は隣ではなく、多少離れた席。赤ずきん自身はジャックの隣に座りたがるものの、皆のお姉さんでいたい赤ずきんのためにジャックが自主的に離れた席に座っているのだ。ジャック自身にとっては全然問題ないが、頼りになる皆のお姉さんが皆の前でも甘えん坊なのはあまり良くない。
そしてその本当は甘えん坊なお姉さんは、今現在他の血式少女達に囲まれて恋のお話を繰り広げている所だった。もちろんそれは紛う事無く、ジャックとの恋のお話である。
「そういえば、もう一ヶ月になるんですよね。ジャックさんと赤姉様が恋人同士になって同じ部屋で暮らし始めてから。やっぱり一ヶ月もすれば色々とあったんでしょうか? そ、その、大人なこと、とか……!」
「自分で言っといて真っ赤になんのね、白雪……」
その内容が段々とジャック自身無視できない内容になってきたため、こっそりと耳を傾ける。話の内容の五割は自分が関わっているはずなのに、盗み聞きしている気分なのは何故なのか。
「で、結局のとこどうなの赤姉? やっぱ何かあったんでしょ?」
自分で口にしておいて頬を染めた白雪姫とは対照的に、さも愉快だと言いたげに笑って尋ねている親指姫。何だかんだ言って親指姫も女の子なせいか、その手の話題には心底興味があるらしい。
「そ、そんな二人のプライベートを聞き出すなんて非常識ですわよ! 不謹慎ですわ!」
「そんなこと言ってるけどどうせあんたも気になってんでしょ、シンデレラ? だってあの赤姉とあのジャックが恋人同士になったのよ?」
「そ、それは……まあ、気にならないと言えば嘘になりますけれど……」
プライベートに容赦なく踏み込む質問にシンデレラが咎めるも、あっさりと丸め込まれていた。やはり恋のお話は気になるらしい。
「でしょ? それでそこんところどうなのよ、赤姉?」
「んー、そうだね。悪いけどあんたたちが期待してるようなことは特に無いかな。ジャックは基本奥手な奴だからね。あっちから何かしてくることなんて滅多に無いよ」
(そうだね! 主に赤ずきんさんから色々してくるもんね!)
お姉さんらしく振舞うためか、どこかさばさばとした口調で言い放つ赤ずきんに心の中で叫ぶジャック。
毎晩のようにお風呂に突撃してきて、毎晩のように裸でベッドに入ってくる。拒否すると果てしなく悲しげな顔をされるので、悶々とした気持ちを感じながら堪えるしかない。そんな毎日が続いていてすでに限界も近いというのに、こちらから何か行動を取ることなどできるわけがなかった。
「まあジャックさんですからね。自分のしたいことを恋人に強制したりなどという、相手の気持ちを考えないことはしないと私も思いますわ」
「そうですね。白雪もジャックさんなら誠実なお付き合いをすると思います」
「んー……私も否定はしないけど、それなら何でジャックが赤姉を射止めることができたのか不思議でなんないわ。ガンガン積極的に行く以外にどうやったら脳き――れ、恋愛に興味無さそうな赤姉を落せるのかしらね!」
(本当にそこは不思議だなぁ。僕は特別なことをした覚えは何もないんだけど……)
ちょっと失礼な言葉を口にしかけて言い直す親指姫に、ジャックは改めて赤ずきんに好意を寄せられた理由を考える。
ジャック自身は口説くとかそういうことなど何も考えず、ただ赤ずきんの力になるために頑張っていただけである。何せ向こうは強くてカッコよく、それでいて頼りになる皆のお姉さんだ。そんな憧れの人が今や恋人なのだから、人生というものは本当に不思議なものだ。
「あははっ。親指、今のは聞かなかったことにしてあげるよ。あたしはちゃんと男がいるから、少なくともあんたよりは恋愛経験も豊富な大人だしね?」
「うわぁ……赤姉に恋愛でマウント取られる日が来るなんて思わなかったわ……」
「事実なので言い返せないのがまた腹立たしいですわね……」
さも経験豊富で大人なお姉さん的発言に対し、どこか敗北感染みた雰囲気を漂わせる親指姫とシンデレラ。何だか二人がちょっと可哀想な気もするが、これで赤ずきんの皆にとってのお姉さんらしさは不動のものになるに違いない。
「悔しかったらあんたたちも良い男見つけなよ。ま、ジャックくらいの良い男はそうそう見つからないだろうけどね?」
「わっ!? も、もうっ、赤ずきんさん!」
素早く席を立ったかと思うと、突然背後から抱きついてくる赤ずきん。隣に座るわけにはいかなかったせいで触れ合いたい気持ちに辛抱堪らなかったのだろうか。ジャックには目で追えないほどの速度の動きであった。
「あははっ。抱きついただけで赤くなるなんて、ジャックは本当に純情だなぁ?」
(本当はそれが理由じゃないんだけどね!? ベッドでの感触を思い出すからなんだけどね!?)
両肩のあたりに広がる女の子特有の柔らかさと弾力に、どうしようもなく顔が熱を持ってしまう。ベッドでの時と比べれば下着と衣服越しな分遥かにマシな感触だが、ここ最近はいっぱいいっぱいなジャックにはかなり辛い仕打ちであった。
「あーあ、赤姉があんな風に惚気るようになるなんて……人って変わるもんなのね……」
「な、何ですの? この圧倒的なまでの敗北感は……」
「わぁ……! 素敵です、赤姉様!」
ただし赤ずきんのお姉さんらしさを見せ付けるのには十分な効果があったらしい。向けられる瞳はどれも尊敬に輝いていた。まあ何人かはその内の八割くらいが敗北感濃厚な感じであったが。
「どうするジャック? 皆の前でキスもしちゃおっか?」
そんな妹達の姿を前にしながら、ジャックの顔を覗きこんでくる赤ずきん。その表情はお姉さん的な余裕が漂うものではなく、甘えたい気持ちを抑えてうずうずしている感じの残念な表情であった。まあジャック的には大変可愛らしくて素晴らしいのだが、今現在色んな感情を抑え込んでいるジャックとしてはあまりよろしくない。
「……いくら恋人同士でも、せめて食事中は控えるべきではないかしら。ご飯が冷めてしまうわ」
(うわっ、アリスが凄く怖い顔してる……)
ちょうど目の前で触れ合っているせいか、アリスが酷く機嫌の悪そうな表情を浮かべて赤ずきんを睨みつける。ちょっと怖いがそのおかげで胸の中で荒れ狂っている感情は若干鎮まりを見せていた。
(それにしても、何か僕と赤ずきんさんが仲良くしてるとアリスの機嫌が悪くなる気がするなぁ……)
この一ヶ月で分かったことなのだが、どうもアリスはジャックと赤ずきんが仲良く触れ合う姿を目にすると機嫌が悪くなってしまうのだ。色恋沙汰が嫌いなのかと考えた時期もあるものの、面と向かって文句を言われたことが無いどころかジャックが悩んでいるのを見ると相談に乗ってくれたことだってある。
それなのに一体何故ここまで機嫌が悪くなるのか、その辺りは未だよく分かっていないジャックであった。
「おっと、それもそうだね。ジャック、悪いけどキスは二人きりの時にしよっか?」
「あ、う、うん。そうだね?」
背後から顔を覗き込むようにニッと笑いかけると、そのまま席に戻って行く赤ずきん。
何はともあれ首元に感じていた暴力的な質量と柔らかさが離れ、ほっと一息つくジャックであった。
(今は皆の前だからお姉さんとして振舞ってるけど、二人きりだとその反動みたいにべったりだからなぁ。いや、それはそれで可愛くて良いんだけど……うーん……)
皆の前では頼りになるカッコイイお姉さん。ジャックと二人きりだと甘えたがりの女の子。そのどちらの赤ずきんにも好意を抱いているせいで、魅力は倍増という感じである。どちらかだけだったならジャックもここまで悶々としなくて済んだのだが。
「何だか浮かない顔をしているわね、ジャック。赤ずきんとの恋人生活に何か不満でもあるのかしら?」
「うわっ!? ぐ、グレーテル……」
一つ溜息を吐いた直後、突如として横合いから声をかけられて飛び上がりそうになるジャック。
見れば隣にはいつのまにかグレーテルの姿があった。グレーテルが神出鬼没なのはいつものこととはいえ突如この場に現れたのではなく、つい先ほどまで別の席についていただけなのでこれは隣に来られて気が付かなかったジャックが悪いと言える。
「別に不満なんてないよ。ただ、ちょっとだけ悩みがあるんだよね……」
「へぇ、それはとても興味深いわね。赤ずきんがあれだけ幸福に満ちた様子をしている反面、あなたはどんな悩みを抱えているのかしら。是非ともその内容が知りたいわ」
「好奇心を隠す気が全然無いよね、グレーテル。まあそれが君らしさなのかもしれないけどさ……」
一見親身になってくれているように見えるが、眼鏡の奥の瞳は好奇心に輝いている。まあグレーテルが好奇心や興味も無いのに親身になってくれたら、それはそれで何か裏がありそうな気もするのだが。
「ふふっ、ありがとう。今のは褒め言葉として受け取っておくわ。それで、あなたは一体どんな悩み事を抱えているの?」
ジャックの言葉に口角を吊り上げ、ちょっと怖い笑みを浮かべるグレーテル。あまり褒めたつもりは無かったものの好奇心旺盛なのは悪いことでは無いし、そのおかげで多くの知識を身に着けているからこそ相談相手には最適なのだ。
「本当は今ここで相談したい気持ちもあるけど、内容が内容だからね。できれば後で、二人っきりで話したいんだ」
とはいえ話の内容は極めてプライベートで、また血式リビドーという血式少女の秘密にも関わりそうな話。できることなら誰の目も耳も無い所で話すのがベストだ。そんな意図を乗せた言葉を、ジャックはグレーテルの耳元で囁いた。
「……それは私と、秘密の内緒話をしたい、という解釈で良いのかしら?」
察しの良いグレーテルはジャックの意図に勘付いたらしい。わざわざ『秘密』の『内緒話』という重複した言い方で、同様に囁きを返してきた。
「うん、その方が良いかもしれない話だからね。ただ僕はこの後ハルさんのところに行く予定があるから、相談はできればその後が良いかな?」
「ええ、そういうことなら私は部屋で待っているわ。なかなか面白い話が聞けそうで楽しみね」
一瞬の内緒話を終え、囁くためにお互いに縮まっていた距離を取る。ほんの一瞬のことなので赤ずきんの話を聞いていたアリスたちは、ジャックとグレーテルのひそひそ話には気が付かなかったようだ。
「――ところでジャック、あなたの恋人がこっちを不満げに見ているわよ?」
「むー……」
ただし、話の最中に幾度もジャックに視線を向けていた赤ずきんだけは気が付いてしまったらしい。ジャックとグレーテルが肩を寄せ合って仲良くしているように見えたのか、どこかご機嫌斜めな表情でじっとこちらを睨みつけてくる。
一ヶ月も恋人として、しかも同じ部屋で過ごしていればジャックだってその感情が何のなのか理解できるようになる。端的に言えば赤ずきんはちょっぴりヤキモチを焼いているのだ。皆の手前、この場ではジャックにべたべた甘えたり触れ合ったりすることができないから。
(ああ、もうっ! 赤ずきんさんは本当に可愛いなぁ!)
その魅力のせいで心底参っているというのに、どうしても恋人の可愛らしさに喜びを覚えてしまう。
とりあえずハルのところへ行く前に、部屋で赤ずきんをたっぷり甘やかしてあげよう。そう心に決めてしまう、自分でも呆れるほど甘々のジャックであった。
「ハルさん、今お仕事中ですか?」
「ん? いや、今は休憩中だ。何か用か?」
朝食を終え、部屋に戻ってしばらく赤ずきんを甘やかした後。ジャックは兼ねてからの予定通り血式兵器製造所のハルの元へと訪れていた。
もっと一緒にいたかったらしい甘えん坊な赤ずきんに肉体的にも精神的にも散々引き止められたものの、部屋を出てしまえばこちらのものであった。赤ずきんは皆から立派なお姉さんに見られたいので、さすがに部屋の外では甘えてこないからだ。まあ再び二人きりになった時はその分も甘えられるのだが、それは必要経費と割り切るしかないだろう。
「用と言えば用なんですけど……ハルさん、まだ赤ずきんさんの部屋の扉は直せないんですか?」
「あー、まだ部品が手に入らなくてな。悪いな、ジャック。もうしばらく我慢してくれや」
しかし返ってきたのは未だ不可能というとても残念な答え。物資が不足気味なジェイルの中なので、物資が足らず修理ができないというのは別におかしな話ではない。
ただ一ヶ月もの間、扉一つ直すことができないというのはさすがにおかしくはないだろうか。やはりハルは赤ずきんへの恨みから直そうとしないだけ、という可能性もある。まあ扉に突き刺さるほどの膂力でベッドを投げられては恨むのも仕方ないかもしれないが。
「その……本当に部品が手に入らないだけなんですか?」
「あ? どういう意味だ?」
当然の返答、それも若干機嫌が悪そうな感じの声音。
さすがにちょっとたじろいでしまうジャックだが、ここで引き下がってもいられない。すでにジャックの理性と我慢は限界ギリギリの所まで来ているのだ。可及的速やかに部屋の扉を直してもらい、また一人でぐっすりベッドで眠れるようにしなければ。さもなければそろそろ過ちの一つや二つ犯してしまいそうである。
「いえ、さすがに一ヶ月も扉一つ直せないのはおかしい気がするんです。ひょっとしてハルさん、実はもう直せるのに直そうとしないだけなんじゃないですか?」
「だから部品が足りねぇって言ってんじゃねぇか。大体そんな嫌がらせして俺に一体何の得があるってんだ?」
「それは、その……やっぱり、赤ずきんさんのことじゃないでしょうか?」
どこか面白がる様子を見せたハルに対し、ジャックは多少躊躇った後に答える。正直なところ大人なハルが未だに怒りを引きずって嫌がらせを働いている、というのはいまいち信じられないのだ。
ただし、信じられないだけでどうやら推測は正しかったらしい。数秒の沈黙の後、ハルは意味深に笑っていた。
「……はっ、バレちゃ仕方ねぇ。やっぱ予想外に鋭いとこがあるな、お前。いや、一ヶ月も経ってから真実に気付いたあたり、どっちかってぇと思ってたよりも鈍かったな」
「それはハルさんを信頼していたからですよ。だってハルさんがこんな陰湿な嫌がらせ染みたことをするなんて思ってませんでしたから……」
その答えと表情についに確信を得たジャックは、若干幻滅したような気持ちになってしまう。さすがに一ヶ月も根に持ち女の子の部屋をちゃんと使えるように直してあげない、というのはちょっと酷い。
「陰湿、ねぇ。まあ下世話な真似をしてるのは否定できねぇな……それで? 真実を知って俺の信頼は地に落ちたってとこか?」
「別にそこまではいきませんけど、ちょっと子供っぽいなとは思いました。一ヶ月も前のことですし、赤ずきんさんだって悪気は無かったんですから、もうそろそろ許してあげても良いと思います」
ベッドを投げつけた赤ずきんももちろん悪いだろうが、わざとではないといえ恋人とのキスを邪魔されたという理由あっての行動だ。実質的に部屋の扉とベッドそのものが大破したこと以外に被害は無かったし、その後赤ずきんは何度も謝ったらしいのだから許してあげるべきだろう。
ジャックはそう考えていたのだが――
「……ん? ちょっと待て、ジャック。お前何の話をしてるんだ?」
「えっ? ハルさんがあの時のことを根に持ってて、赤ずきんさんの部屋の扉を修理しないって話じゃ……あれ?」
――何故かハルと話が微妙に噛み合っていない気がした。見ればハルも何かおかしいといった顔をしていた。
「おいおい、あの程度で根に持つほど俺はガキじゃねぇぞ。大体俺はアイツがもっとガキの頃からここにいるんだからな。あの頃に比べればしっかりとした理由があった分マシってもんだ」
(赤ずきんさん、小さい頃は結構イタズラっ子なところもあったのかな? って、そうじゃなくて――)
思わず首を傾げてしまうジャックに対し、寛大な答えを返してくるハル。その答えは先ほどまでのものとは違い、疑いを微塵も抱く事無くすんなり信じられるものであった。要するに根に持っていた、というのはジャックの勘違いであったらしい。
「――じゃあ、赤ずきんさんの部屋の扉を直さないのには別の理由があるってことですよね?」
そして今までの発言から考えるに、恨みや怒り以外に扉の修理をしない理由があるということ。勘違いしてしまったことは何だか気まずいし恥ずかしいが、そこに気付いてしまった以上後戻りする気は無かった。
「……ジャック、気付かなかったことにはできねぇか?」
「いえ、それはちょっと……」
どうやら自分も勘違いして本来は話す気がない事実を口にしてしまったようで、ハルはどこか気まずげにそんな提案をしてくる。当然ながら提案を受け入れて忘れることなどできない。どんな理由があれ部屋の扉を直してもらわなければ、まだまだ赤ずきんと同じベッドで寝起きする生活は続いてしまうのだから。
「あー、ちくしょう。お前が紛らわしい言い方するから勘違いしちまったじゃねぇか……」
「ご、ごめんなさい?」
自分は悪くない気もするが、とりあえず謝罪しておくジャック。話が噛みあっていなかったことに対してはともかく、ハルが根に持っていたと勘違いしてしまったことに対しての謝罪はしておくべきだと思ったのだ。実際は何ら疑うことなく、いつもの大人な男性のハルだったのだから。
「まあ、さすがにそろそろ誤魔化すのも難しくなってきてたからな。ここらで直接話しとくのも悪くねぇか。一ヶ月あって何も無かったなら発破もかけときたいしな」
「発破……?」
奇妙な言葉に再び首を傾げるジャック。
ハルは人目を気にするように周囲に何度か視線を向けると、まるで内緒話でもするかのようにゆっくりと顔を近づけてきた。
「ジャック、お前赤ずきんとどこまで行った?」
「えっ? どこまで行ったって、どういう意味ですか?」
「そりゃあ関係の深さの話に決まってんだろ。もうアイツを抱いたのか?」
「えっ、抱いたって……え、ええぇぇぇぇぇぇ!?」
直前の会話の流れ、そしてハルの面白がるような笑みから『抱く』の意味を理解したジャックは、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。なるほど確かに関係の深さを知るにはそれを知るのが一番かもしれない。
「な、何てこと聞くんですか、ハルさん!」
「別に男同士だし構いやしねぇだろ。けどその反応からするとまだみたいだな。一ヶ月も同じ部屋で過ごしてるってのに、お前なぁ……」
羞恥と僅かな怒りによる顔の熱さを感じながら怒鳴るも、返ってきたのはどこか呆れを孕んだ声。
確かにジャックはもう赤ずきんと一ヶ月も同じ部屋で寝起きし、共に過ごしている。そして何故か裸の赤ずきんと一緒に寝るという良く分からない日々を過ごしている。普通に考えれば何か過ちの一つや二つあって然るべきかもしれないが、ジャックは何とかそれを意志の力で我慢しているのだ。ハルがすぐにでも赤ずきんの部屋の扉を直してくれたら、ここまで理性をすり減らすことはなかったはずなのに――
「ちょ、ちょっと待ってください! ハルさん、もしかして赤ずきんさんの部屋の扉を直さないのって……!?」
そこまで考えた時、ジャックは恐ろしい想像に辿りついた。
ハルが扉を直さないのは、嫌がらせ以外の何らかの理由があってのこと。そしてハルは実はとても優しく、何だかんだで面倒見も良い。ジャックと赤ずきんの関係も認めるどころかむしろ推している感じだ。そんな人物が企むことと言えば――
「そりゃあお前と一緒の部屋で暮らさせて、さっさと抱かせるために決まってんじゃねぇか。一ヶ月もありゃその場の雰囲気に流されていける場面もあっただろうに……」
(うわぁっ! やっぱり!)
悲しいことに想像通りの理由であった。要するにハルはジャックと赤ずきんの関係を更に深いものにするため、あえて部屋の扉を修理せず同じ部屋で過ごさせていたのだ。
「い、いや、でもそんなことしてハルさんに何の得があるんですか!?」
「あー、俺自身に得はあんまねぇな。けどジャック、お前は一度抱いた女を捨てたりはしねぇだろ? ならさっさと抱かせればあのじゃじゃ馬は晴れて将来安泰になれるってわけだ。他の血式少女たちはともかく、あいつはお前を逃したら他に男が捕まりそうにねぇからな」
(ハルさんやっぱりとっても良い人だった! いや、でもこれは余計なお世話な気もする……!)
正直に言ってしまえば明らかに余計なお世話である。とはいえ自分でも下世話なことをしていると口にしていたあたり、それを自分でも分かっていてやっているのだから性質が悪い。更にはハルの予想が間違っていないことも。
「まあそういうわけで、部屋の扉を修理して欲しかったらさっさとアイツを抱いてやれや。ていうか抱かなきゃ扉は直さねぇ」
「えっと……ほ、本気、なんですか?」
「本気に決まってんだろ。お前だって本当はあいつとそういう関係になりたいんじゃねぇのか?」
「そ、それは――」
問われて反射的に否定しようとするものの、その直前に脳裏に浮かんできた光景に言葉が出てこなくなる。
不可抗力で一瞬だけとはいえ、ばっちりと見てしまった赤ずきんの一糸纏わぬ姿。普段は服で隠れて見えない真っ白な肌に、適度に柔らかさと弾力を兼ね備えていそうな豊かな膨らみ、そして鍛えているせいなのかかなり目を引くウエストのくびれ。あんな抜群に魅力的な光景を思い出しては反射的に否定などできるわけもなかった。実際、ジャックはむしろ肯定さえしたい気持ちなのだから。
「ははっ。否定しないってことはやっぱお前も男なんだな、ジャック?」
「う、ううっ……!」
そして答えられずに無言でいる様を肯定と取られてしまい、ニヤニヤと嫌らしい笑みを向けられる。
事実なので反論も出来ず、ただただ恥ずかしい思いをするしかないジャックであった。
「つーわけで精々頑張れ。なーに、お前が迫ればあいつは嫌とは言わねぇよ」
「そんな簡単に済む話なら僕も苦労しないんですけどね……はあっ……」
かなり楽観的な予想をするハルに対し、思わずそんな呟きを零してしまう。
一番の問題は赤ずきんが裸でベッドに入ってくることでもなければ、それに対して抑えがたい感情を抱いてしまうジャック自身でもない。まるでジャックが襲ってくることは絶対に無いとでも確信しているように、心も身体も完全に無防備な赤ずきんが問題なのだ。
あれが恋人への信頼故のものなのか、それとも心の準備はできているというアピールなのか。それが分からないこそ何もできずに堪えるしかないジャックであった。
ハルさんの嫌がらせ(後押し)に苦しむジャック。しかしジャックに対して血式少女を抱いてしまえ、と思っている人は普通に大勢いそう……対象や人数に差異はあるかもしれないけど……。
ちなみにスイッチ版メアリスケルター2はお金が無いので泣く泣く購入を諦めました。まあVITA版とPS4版がありますし、今年はFFCCリマスターやデート・ア・ライブ蓮ディストピアを購入しなければなりませんからね……。