ジャック×赤ずきん   作:サイエンティスト

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 ジャックと赤姉のカップリング、4-2。段々と終わりが近づいてきました。そしてまだ終わりを書いてないのに初夜のお話を書いている私がいる……まあ赤姉はエッチな身体をしているから多少は仕方ないね、うん……。



オオカミの決意

 

 

 

 

 あまり実りがなかったどころか、味方がむしろ敵に回ったことを思い知ったハルとの会話。

 まあハルなりの赤ずきんへの優しさから来ている行動なのはジャックも理解しているので、恨む気持ちは特に無かった。ある意味赤ずきんと恋人になれたのはハルの助力もあってのことなのだから、感謝こそすれ恨むのはお門違いである。

 そういうわけでジャックは当初の予定通り、今度はグレーテルの元へと相談に来ていた。そう、ついさっきまでは。

 

「あ、ここで話をするんだね……」

「ええ。ある意味では私たち血式少女の秘密に触れる話でもあるから、当然の措置ね」

 

 しかし気が付けば部屋の中ではなく、解放地区からも遠く離れた外の地に立っていた。グレーテルが誰にも知られたくない内緒話を始める時の、文字通り誰の目も無い場所である。

 

「血式少女の秘密……あれ? てことはグレーテル、もしかして理由が分かってるの? 赤ずきんさんが、その……裸で、僕のベッドに入ってくる理由……」

 

 予想外の対応に若干戸惑っていたジャックだが、不意にそこに気が付き冷静になる。

 グレーテルの部屋を訪れ相談があることを口にした時点で、当然ながらその内容も伝えている。とはいえ、それはあくまでも赤ずきんの行動を話しただけだ。赤ずきん自身の言い分や期間についてはまだ詳しく口にしていないにも関わらず、グレーテルは見当がついているらしい。

 

「ええ。だいぶ前に赤ずきんからも同じ相談を受けているもの。考える時間は十分にあったわ。尤も本人には適当に誤魔化しておいたのだけれど」

「それは、うーん……仕方ない、のかな……?」

 

 どうもグレーテルは黎明や血式少女の秘密に関しての話はジャックにしかしていない節がある。なので赤ずきんの行動の理由が血式少女の秘密に関わると言うのなら、本人に話せないのはある意味仕方ないことなのかもしれない。

 

(それにしても、赤ずきんさんはどこまで僕と自分のことをグレーテルに話してるのかな……?)

 

 どうも赤ずきんはジャックを落すためにグレーテルの知識を借りていたという話であり、その時の縁で未だに困ったことがあったり知識が必要な時は相談をしているらしい。

 一体どこまで自分たちのことを話しているのか、そしてグレーテルはどこまで自分たちのことを把握しているのか。怪しげな微笑みを浮かべているグレーテルの姿を眺めながら、ジャックは微かな不安を覚えていた。

 

「赤ずきんには話せなかったけれど、あなたには話しても良いことだから誤魔化しを考える必要がなくて助かるわ。適当な嘘を考えるのはとても大変だったから」

「赤ずきんさん、せっかく君を頼って相談したのに適当な嘘を言われたんだね……ま、まあ、可哀想だけど仕方ないからそれは置いておくよ。それでグレーテル、君は本当に赤ずきんさんの行動の理由が分かるの?」

「そうね、ある意味では分かると答えられるわ。ただ、あなたの望む答えは返せないと思うけれど」

 

 不思議な答えを返すグレーテルだが、何となくジャックはその真意を理解していた。

 ジャックが望んでいるのは正確には行動の理由ではなく、その行動を止めさせる方法だ。グレーテルは行動の理由が分かっているものの、止めさせる方法は分かっていないのだろう。あるいはそもそも存在しない、という可能性も考えられるがさすがにジャックもそれは信じたくなかった。

 

「そっか。じゃあ理由だけでも教えてくれると助かるな。やっぱり、赤ずきんさんの言う通り新しい血式リビドーが理由なのかな?」

「そうね、概ねそんな所よ。別に血式リビドーが血式少女一人につき一つ、などという決まりは無いもの」

「うーん……でも、君がそんな何の理由も無く断定をするとは思えないな。やっぱり何か確信があるんだよね?」

 

 グレーテルが勘や推測だけで断定するとは思えない。きっと何か自分自身が納得できるだけの根拠があるに違いない。そう思ったジャックが尋ねると、グレーテルは肯定するかのようにニヤリと笑った。

 

「ええ、もちろん。ジャック、あなたは覚えているかしら。以前私が話した、私たちと同じ名前の人物が登場する童話の話を」

「……うん。もちろん覚えてるよ」

 

 自分たちと同じ名前の人物が登場する、童話。そんな重大な話を忘れるわけがなかった。この場でその話題を出してくるということは、恐らく根拠は童話の内容に基づくものなのかもしれない。

 ついに赤ずきんの行動の理由が分かる嬉しさと、自分たちという存在の秘密を知ることができる緊張に、ジャックは自然と胸の鼓動を早まらせながら続きを待つ。

 

「詳しい話の内要は省かせてもらうけれど、赤ずきんと同じ名前の人物が登場する童話が存在するの。その童話の中で、赤ずきんは祖母に扮した狼に騙されてしまうシーンが存在するわ」

「そ、祖母に扮した狼? それは何ていうか、随分驚きの展開だね……?」

 

 狼が人に変装するとは随分突飛な展開である。グレーテルは詳しい内容は省くとは言ったものの、それを聞くとさすがに気になってしまうジャックであった。

 

「童話だから仕方ないわ。ちなみにこの狼、喋るわよ」

「しゃ、喋るの!? 狼が!?」

 

 更に続けられる衝撃の事実。人に変装する上に人語を解するとは、本当にそれは狼なのだろうか。実はやたらに毛深いだけの人間ということもあるのではないか。ますます内容が気になってくるジャックであった。

 

「ええ。そうして祖母に変装した狼のいる家へ、赤ずきんが訪ねてくるの。狼は赤ずきんを言葉巧みに誘導して、自分が隠れているベッドへと入らせるわ。でも赤ずきんを食べるためには、赤ずきんの着ている服は邪魔だったの」

「あっ、もしかして……」

 

 服が邪魔ならどうするべきか。答えは極めて簡単。ジャックは何となく展開を察した。

 

「ええ、あなたの想像通りよ。狼は赤ずきんに服を脱ぐように言って、裸で入ってこさせるの」

「うわぁ……ど、童話って結構過激なんだね……」

 

 童話とは子供向けの話であると聞いたことがあるジャックは、予想外の過激な内容に若干頬が熱くなるのを感じていた。これはむしろ狼が人間だった方がまずい展開である。

 

「まあこの話は童話というよりもその原典に近いものだから、性的に過激なのも頷けるわね。それより、ここまでであなたも何となく察しがついたんじゃないかしら?」

「う、うーん……赤ずきんさん、童話の話をなぞった行動をしてるよね? もしかして、血式リビドーって童話の話の内容をなぞる形の欲求や拘りなの?」

 

 どういった理由からかは分からないが、赤ずきんの行動や反応を考えるにそうとしか思えない。意識してやっているかどうか、そして赤ずきん本人がその童話を知っているかどうかはともかく、確かにこれはグレーテルが断定するのも頷ける状況だ。

 

「ふふっ。さあ、どうかしら?」

 

 しかし本人は意味あり気に怪しく微笑むだけで、頷きを返しはしなかった。当人もその理由は分からないのか、それとも知っていてジャックが自ら結論を出すのを待っているのか。

 

「いずれにせよ、童話の赤ずきんとあなたの恋人の赤ずきんでは行動に相違点があるわ」

「えっと……言われてもいないのに、自分から服を脱いで入ってきたこと?」

「それもあるけれど、一番の違いは逃げ出さないことね。童話の赤ずきんは何かおかしいことに気が付いて生理現象を催したふりをしてベッドから逃げ出し、そのまま家からも逃げ出すの」

「あれ? でも赤ずきんさんは……」

 

 比べるために思い出してみるも、そこだけは全く状況が異なる。ジャックの恋人である赤ずきんは自分から進んで服を脱ぎ、自らジャックのベッドに潜り込んでくる。それもほぼ毎晩だ。

 おまけにその状況をおかしく思うでもなく、むしろ裸でジャックと一緒のベッドに入っていると心底安心できるらしい。実際赤ずきんはそんな行動を取り始めてからというもの、羨ましく思ってしまうほどやたらにぐっすり眠っている。

 

「ええ、あなたの恋人は逃げて無いわね。むしろ毎晩、自分からベッドに入ってきているのでしょう?」

「う、うん……これってどういうことなのかな?」

「……そうね。根拠の無い推測で良ければ、話すことはできるわ」

 

 ジャックの問いに対して、一拍置いてニヤリと笑いながら答えるグレーテル。何だかあまり気が進まないものの、現状を打破するためには聞いておくべきことかもしれない。

 

「……一応、聞かせてくれるかな?」

「もしかすると、赤ずきんの行動はある種のメタファーなのかもしれないわ」

「メタ、ファー……?」

 

 あまり聞きなれない言葉を耳にして、ジャックは思わず首を傾げてしまう。

 メタファーという言葉は意味的には比喩に近いものだということくらいは分かっていたが、その言葉がどう赤ずきんの行動を説明できるのかは全く予想がつかない。そのためジャックはグレーテルの言葉の続きに耳を傾けた。

 

「狼はイヌ科の哺乳動物なのだけれど、狼という言葉をある種の比喩として用いることがあるわ。中でもとりわけ多いのは女性に対して不埒を働く男性、という意味合いの隠喩かしらね」

(狼……ケダモノとか、そういうのと同じ意味合いだよね?)

 

 とりあえず間違っても褒め言葉の類ではないし、言われたい言葉でも無い。こんな言葉で自分を表されるようにはなりたくないところだ。

 しかし、ジャックはまるで自分がその言葉をかけられているような心苦しさを覚えていた。そう、何故だか良く分からないが。

 

「実はこの童話も狼をメタファーとして捉えた話という説もあるのだけれど、さすがに私もそれが事実かどうかは知らないわ。けれどもしメタファーとして捉えた場合、あなたの恋人の方の赤ずきんの行動にも自然と意味が出てくるのよ」

「……ちょっと待って、グレーテル。も、もしかして……?」

「今までの状況から、赤ずきんにとってのあなたは狼に該当する存在なのは間違いないわ。だけど赤ずきんは逃げないばかりか、むしろ進んであなたのベッドに入って行く。あなたならここまで言えば分かるわよね、ジャック?」

「えーっと……その……」

 

 先ほどから薄々感じていた嫌な予感が半ば確信に変わり、それでも必死に否定しようと言い訳を探すジャック。

 しかし悲しいことに言い訳は全く見つからず、やがてグレーテルによって答えが紡がれてしまった。

 

「赤ずきんは、あなたに自分を食べて貰いたがっているんじゃないかしら? 狼さん?」

(ああ、やっぱりそういう話になるんだね……)

 

 グレーテルのからかい混じりの言葉と内容に、ジャックは自然と顔が熱くなっていくのを感じた。

 とはいえちょっと前に似たような話をされたせいか、内心ではさほど動揺はなかった。少なくともグレーテルは推論を述べただけであり、ハルのように赤ずきんを襲えと強く言いつけてきているわけではないことも理由の一つだ。

 

「意識的な行動か無意識的な行動かは定かではないけれど、可能性は高いと思うわよ。そもそもあなたたち、一緒に入浴さえする仲なのでしょう?」

「それは誤解だよ!? ていうか赤ずきんさん、そんなことまで話してるの!?」

「ええ、もちろん。それが私が赤ずきんに協力する条件だもの」

(グレーテルには悪いけど……赤ずきんさん、もしかして体よく利用されてるだけなんじゃないかな……?)

 

 自分の知識欲と好奇心を満たすために、赤ずきんの恋心を利用している。そんな考えが思い浮かんだものの、さすがにグレーテルもそこまで酷い子ではないはずだ。実際赤ずきんに何らかの知識を吹き込んでいるのは事実なのだから、あくまでもこれは取引だろう。尤もあまり公平ではないのかもしれないが。

 

「こう考えると色々辻褄は合うでしょう? 尤も相手があの赤ずきんだから、何も考えていないという可能性も無くは無いのだけれど」

「つ、つまり、僕はどうすれば良いの?」

「あら、そんなことは分かりきっているじゃない。赤ずきんを襲って食べてしまえば良いのよ」

「それって、もしかしなくても食事とは違う意味だよね……?」

 

 恥ずかしげも無くさらりと口にしたグレーテルに、ジャックは恥ずかしさが微妙に和らぐのを感じた。まああくまでも微妙にな上、実際の所は恥ずかしいことこの上ない話題なのは確かだ。

 

「ええ。そういう意味で口にしていたのだけれど、分かりにくかったかしら? それならもっと分かりやすく言い直しましょうか?」

「い、いや、いいよ! 十分分かったから!」

「そう。それじゃあ赤ずきんを食べるのかしら?」

「えぇっ!? い、いや、それは……」

 

 首を傾げるグレーテルに対し、二の句を迷ってしまうジャック。

 本音を言えば赤ずきんを食べてしまいたい。それは紛うことなき事実だ。ジャックとしてもその気持ちを否定するつもりはない。何故なら愛する少女と深く触れ合いたいと思うのは、きっと男として当然のことだからだ。

 

「あら、食べないの? 食べてしまわないと、赤ずきんは毎晩あなたのベッドに裸で忍び込んでくると思うのだけれど」

「それが嫌だからって食べちゃうのは何か間違ってるよ!? そ、それに、もしかしたら赤ずきんさんはそういうことを考えてるんじゃないかもしれないし!」

 

 そう、相手は無邪気に無防備な赤ずきんだ。もしかすると血式リビドーが関係あるのは裸でベッドに入ることだけで、難しい話は何も関係なくただジャックの隣で寝たいから寝ているという線もあり得る。

 というか赤ずきんと恋仲になって過ごした日々の経験から考えると、こちらの方が可能性は高そうだ。

 

「ふぅん……不思議ね。相思相愛のはずなのに、肉体関係を持つことに躊躇いがあるなんて。ジャック、もしかしてあなた――不能なの?」

「あのさ、グレーテル……君も女の子なんだから、そういうことを口にするのはどうかと思うんだ……」

 

 いきなりもの凄いことを恥ずかしげも無く聞いてくるグレーテル。何だかジャックも段々と慣れて来て、さほど動揺や羞恥を表に出すことは無かった。

 そもそも本当に不能だったならジャックもこんなに悩んでいないというか、すこぶる健康だからこそ裸の赤ずきんが毎朝隣にいる状況がマズイわけである。

 

「あら、ジャックは私を女として見てくれているのね。それは好都合だわ。ジャック、もし良ければ私があなたの不能を治す手伝いをしてあげるわ。私も経験は無いけれど、その手の知識も本を読んで身につけているから――」

「うん! 相談に乗ってくれてありがとう、グレーテル! さあ、そろそろ皆のところに帰ろう!」

 

 話の雲行きがだいぶ怪しくなってきたため、即座にグレーテルの言葉を遮り強制的に相談を切り上げた。

 まあ話を切り上げても解放地区から遠く離れたこの場所から無事に帰るにはグレーテルの力が必要なため、結局ジャックは怪しい雲息に自ら突っ込み、グレーテルが満足するまで話を続けるしかなかったのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁっ……結局、二人に相談した意味はあんまり無かったなぁ……」

 

 無事に解放地区へ戻ってきたジャックは、グレーテルと別れるなりついつい深い溜息を零した。わざわざ相談に乗ってもらったというのに失礼だが、相談相手がどちらも表立って口に出せないような行為を薦めてきたのだから仕方ない。

 

(というか、二人とも言ってることがあんまり変わらないんだよね。脅してるかただ勧めてるかが違うだけで……)

 

 ハルは赤ずきんを襲わなければ絶対に扉は治してやらない、というちょっと意味の分からない脅しをかけてきている。そこを考えるとただその行為を勧めてきただけのグレーテルの方がマシだろう。

 とはいえ結局相談しても収穫はほぼゼロに等しかったので、状況は何一つ好転していない。むしろ裸でベッドに入ってくるのが赤ずきんなりの誘惑である可能性を考えさせられたため、余計に耐え忍ぶのが難しくなった感じだ。

 唯一の収穫は血式リビドーが童話の話の内容や行動に基づくらしいということが分かったくらいだが、それが分かっても赤ずきんの行動が変わるわけではない。果たしてこれからジャックはどうすればいいのか。

 

「ふあぁ……ダメだ、眠くて頭が働かないや。少し、昼寝しようかな……」

 

 今後の事を考えようにも、赤ずきんのせいで寝不足な頭では考え事も捗らない。なので少しの間お昼寝して英気を養おうと決めたジャックは、自室に足を向けたのだが――

 

(いや、待った。赤ずきんさんのことだし、もしかすると昼寝中でもベッドに入ってくるかも……)

 

 ――積極的な赤ずきんの行動を思い描き、そのまま足を止めてしまう。

 たぶん赤ずきんならきっとやる。間違いなくやる。そもそも最初の頃はジャックが眠ってからこっそりとベッドに忍び込んできていたのに、今では電気を消せばもう普通に潜り込んでくるのだ。そんな赤ずきんが、ジャックが無防備にお昼寝している瞬間を見逃すはずが無い。

 

「……よし。きっと静かだろうし、あそこでお昼寝しよう」

 

 ふかふかのベッドの感触を思い出して数秒ほど悩んだものの、ベッドを選べば果てしない苦痛を堪えなければならない。そのためジャックの足は自然と自室とは異なる方向へ向かった。ふかふかのベッドは無いが、きっと一人でゆっくりと眠ることができるであろう静かな場所へ。

 

「うーん……ちょっと肌寒いけど、まあ別にいいかな?」

 

 そうしてやってきたのは黎明の居住スペース、その屋上だ。

 多少肌寒いしそびえ立つジェイルが稀に耳障りな声を轟かせるものの、捕えられていた牢獄に比べれば気にもならない寒さだし、ジェイルの声はヘッドホンをしてしまえば問題無い。

 なのでジャックはしばらく屋上に誰の姿も無いか確認しつつ、横になるのに良さそうな場所を探した。幸い誰の姿も見つからず、人目につかなさそうな場所も見つけたので安心してそこへ横になる。さすがにジャックは眠り姫と違って立ったまま眠るという特技は持っていない。

 

(あ、今ならほんの数秒で眠れそう……もう目蓋が重くなってきた……)

 

 精神の安定を妨げる柔らかさと温もりを背中に感じないためか、横になるだけであっというまに睡魔に襲われる。多少肌寒くて床が固いものの、最近はずっと寝不足だったのでまともに眠れるだけ天国のような心地であった。

 あとは安眠できるようジェイルの鳴き声を遮断するため、ヘッドホンを装着するだけだったのだが――

 

「――ジャック? こんな所で横になって何をしているの?」

「わっ!? あ、アリス!?」

 

 ――突如として上から顔を覗き込んできた幼馴染の姿に、ジャックは腰を抜かしかけた。別にやましいことがあったわけではないのだが、眠りに落ちる直前の無防備な状態で唐突に話しかけられてはさすがに驚きを隠せなかった。

 

「あっ、ごめんなさい。驚かせてしまったかしら……」

「あ、いや、驚いたは驚いたけど気にしないでよ。それよりアリスはどうしてここに?」

 

 そんなジャックの過剰反応に対し、罰が悪そうな表情をして身を引くアリス。別にアリスに非があるわけではないので、ジャックはすぐに身体を起こして笑いかけた。

 

「何だか凄く疲れた表情をしているあなたを見かけて、つい追いかけてしまったの。ジャック、こんな所で横になって何をしているの? お昼寝するなら部屋のベッドで寝た方が暖かいし、寝心地も良いと思うのだけれど……」

「えーっと……それは、ちょっと……」

 

 アリスの心配は嬉しいし、言うことも正論である。しかしこれは返答に困る質問であった。まさか幼馴染とはいえ女の子に、疲れている理由が不埒な欲求に基づくものであることや、不埒な理由からベッドで寝ることが出来ないなどとは言えない。

 

「……部屋に、戻りたくないの?」

 

 返答に困る様子で何かを察したのか、酷く心配そうな顔つきで尋ねてくるアリス。内容の詳細を答えるのが難しい分、これくらいは答えてあげるべきだろう。ジャックはその場に腰かけると、言葉を選びつつ答えた。

 

「戻りたくない、っていうわけじゃないんだけど……部屋だとちょっと眠れなくて……」

「……確か、まだ赤ずきんさんもジャックの部屋で暮らしているのよね。ジャック、もしかして……赤ずきんさんとの関係が上手く行っていないの?」

 

 妙にぼかした返答のせいで若干勘違いをさせてしまったらしい。聞きにくい内容に感じられたのか、若干の間を置いてからそんな質問が投げかけられた。

 

「ううん、そういうわけでもないよ。ただちょっと困ってることが、ね……」

 

 あまり深くは話せないので、やはりここもぼかして答える。

 実際の所、ジャックと赤ずきんの関係は極めて良好だ。付き合い始めてから喧嘩などをしたことは一度も無いし、今は同じ部屋で暮らしているが特にストレスを感じたりはしない。まあストレスではない別の想いなら積もりに積もってはいるものの、基本的にはそれもプラスの感情と言えるだろう。

 

「そう……」

 

 明らかにぼかした答えにも関わらず頷き、アリスはそのまま無言で隣に腰を降ろす。追求を受けるかと思ったものの、やはりアリスはそれ以上何も聞いてこなかった。ジャックが自分から話してくれるのを待っているか、あるいは何も言わずに隣にいることで力になってくれているのだろう。

 

(ううっ、そんなに優しくされると話したくなってくるなぁ……)

 

 アリスの優しさと気遣いに胸を打たれ、思わず内心を吐露したくなってくるジャック。

 しかし相手が男だったならともかく、女の子であるアリスに対して話すような内容ではない。それに今の悶々とした気持ちを話して、万が一アリスに引かれでもしたらジャックはたぶん立ち直れないだろう。

 

(そもそも赤ずきんさんのプライバシーに関わることだし……何より、僕が困っている理由を話すのは……恥ずかしい、し……)

 

 酷く難しい問題を考えるジャックだったが、寝不足が祟ったのかお昼寝の直前だったことが災いしたのか、再び猛烈な眠気に襲われてしまう。せっかくアリスが何も言わず隣ににいてくれているというのに眠ってしまうとは、失礼にもほどがあるだろう。

 

(あ……ダメだ、眠い……)

 

 しかしもう眠気は限界だった。

 耐えられなくなったジャックはアリスに心の中で謝りつつ、意識を手放して夢の世界へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……ん……」

 

 心地良い眠りを味わい、夢の世界から戻ってきたジャック。

 一番最初に感じたのは肌寒さであるが、同時に後頭部のあたりに謎の温もりと柔らかさを感じていた。この感覚は枕というよりも、最近ジャックを悩ませている感触に近いものだ。

 何故こんな感触を覚えているのか。不思議に思って目蓋を開けると――

 

「あっ、ジャック? 目が覚めたのね」

「えっ……あれ? アリス?」

 

 そこには優しい微笑みを浮かべて自分を見下ろす、アリスの面差しが広がっていた。

 寝起きでまだちょっとぼんやりしているものの、後頭部に感じる温もりと感触、そして異様に近いアリスとの距離からジャックは自然と今の状況を理解した。ジャックは今、アリスに膝枕されているということに。

 

「うわっ!? ご、ごめん、アリス! 最近ちょっと寝不足気味だからかつい眠くなっちゃって!」

 

 即座に跳ね起き、頭を下げるジャック。

 一瞬ではっきりとした頭で思い出してみれば、ジャックはアリスとの会話の最中に唐突に眠りに落ちてしまったのだ。状況から考えるに隣にいたアリスの膝を枕にしてしまったに違いない。

 自分を心配してくれたアリスに対してこの失礼な仕打ち。それに赤ずきんという恋人がいるにも関わらずこの体たらく。最早ジャックは起き抜けの眠気が吹き飛ぶほどの羞恥を感じていた。

 

「良いのよ、気にしないで。膝枕は私が好きでやったことだもの」

 

 しかしそんなジャックの慌てようにアリスは苦笑するばかり。一体どれほどの時間ジャックによってこの場に縛り付けられていたのかは分からないが、本当に気にしていないらしい。まあそれでもジャックの罪悪感は消えないのだが。

 

「ううっ、本当にごめん……ていうか、起こしてくれても良かったのに……」

「あなたがとても気持ち良さそうに眠っているものだから、邪魔をしたくなかったのよ。それにしても、あの光景を赤ずきんさんに見られたらどう思われたのかしらね?」

「う、うーん……浮気、とまでは思われないまでも、後ですっごく怒られそうだなぁ……」

 

 赤ずきんならきっと事情を話せば分かってくれることだろう。しかしごく稀に激しく感情的になることもあるので、事情を話す暇があるかどうかは怪しいところかもしれない。具体的には話す前にベッドを投げつけられるとか。

 

「それじゃあ、この事は私たち二人の秘密にしておく?」

「うーん……いいや、後で僕から話すよ。何だか黙っているのは凄く悪いことをしてるみたいだからね……」

「ふふっ、ジャックは正直者ね」

 

 予想していた答えなのか、アリスはにっこりと微笑みを見せる。

 別に浮気とかそういうわけではなく、結果的にアリスの膝枕で眠ってしまった形に過ぎないが、それでもジャックは何となく罪悪感が拭えなかった。きっと黙っていても罪悪感が余計に膨れ上がっていくだけだろうし、ここは素直に話してしまうのが賢明だ。

 

(まあ、もしずっと黙っていてそれがバレたら、赤ずきんさんが凄く取り乱すっていう可能性もあるからね……)

 

 実際の所そういった考えもあるのだが、そっちはあえて口に出さなかった。

 どうも赤ずきんはジャックに深く依存しているようなので、もしもジャックが浮気染みたことをしたと知ったら怒る前に取り乱す可能性もあるのだ。尤もその反応は赤ずきんが演じるお姉さんらしさからは逸脱しているはずなので、皆のお姉さんでありたい赤ずきんのために口には出せないわけである。

 

「……ジャック、あなたのそういう正直なところは美徳だと思うわ。だから赤ずきんさんとの関係で何か悩みがあるなら、正直にぶつかった方が良いと思うの」

「えっ? しょ、正直に……?」

 

 ジャックの正直とは程遠い心情を知らずに、アリスは褒め称えながらもそんなアドバイスを口にする。きっとジャックが眠ってしまう前の話、悩み事の話の続きをしているのだろう

 

「ええ。ずっと一人で抱え込んでいるのは良く無いわ。赤ずきんさんに問題があるというのなら、正直に話すのが良いと思うの。傷つけたくないから黙っているのでは、何も解決しないばかりかあなただけが傷ついてしまうわ」

「……じゃあ、もしそれで嫌われちゃったら?」

 

 アリスの言い分も一理ある。しかしジャックが赤ずきんに伝えなければいけないことは、どう言葉を選んでも赤ずきんにとって衝撃的なものになる。場合によっては軽蔑されて嫌われてしまうこともあるかもしれない。

 そんな怯えこそが、ジャックが赤ずきんの行動に何も言えないでいる理由であった。大好きな赤ずきんにケダモノと罵られ、冷たい目で見られてしまえばきっとジャックは二度と立ち直れないだろう。

 

「ジャック、あなたが好きになった赤ずきんさんは、たった1回程度の過ちや失敗であなたを嫌うような、心の狭い人物なの?」

「あ……」

 

 しかし、アリスのそんな一言でジャックの怯えはあっさりと吹き飛んだ。

 そう、赤ずきんはそんな心の狭い人物ではない。本当は子供のように甘えん坊な女の子なのに、皆のために頼りになるお姉さんであろうとしている、とても優しく強い女性なのだ。それこそジャックが恋心なのか憧れなのか分からないほどの好意を寄せてしまうほどに。

 

「……ううん。赤ずきんさんはとっても心が広くて優しい、強くてカッコイイ僕の憧れの人だよ。ありがとう、アリス。僕、決心がついたよ」

 

 きっと赤ずきんなら、ジャックが理性を失って過ちを犯しそうになっても、自分が今正にその瀬戸際にいることを伝えても、優しく受け入れてくれることだろう。

 まあちょっとは引かれる可能性もあるが、元々間違っていたとはいえ色仕掛けを行ってきた赤ずきんだ。少なくとも嫌われたりはしないはず。決意を固めたジャックは、今夜こそ赤ずきんに物申すことを心に決めた。

 

「それは良かったわ。ジャックの悩みが解決することを願っているわね」

「うん。相談に乗ってくれてありがとう、アリス」

 

 アリスはにっこりと笑い、ジャックが希望を見出したことを喜んでくれた。それも自分のことのように。

 話の最中に突然眠ってしまったジャックに起きるまで膝枕をしてくれた上に、相談にまで乗ってくれるアリスは本当に素晴らしい女の子だ。もしも赤ずきんと付き合うことにならなかったら、ジャックはアリスと付き合っていたかもしれないと思うほどに。まあ、さすがにそれはアリスに失礼な妄想かもしれないが。

 

「どういたしまして。それじゃあジャック、私はもう行くわね?」

「うん。僕はもうちょっと景色を眺めてから行くよ」

 

 去っていくアリスの後姿を見送るジャック。

 先ほどまで幾度も笑顔を見せてくれたアリスだが、何故かその後姿からはどことなく哀愁が漂っているように感じられた。もしかしたら先ほどアリスとのもしもの関係を想像したせいで、ちょっと感傷的になっているのかもしれない。

 

(それにしても、アリスの言い方……何だか僕の悩みを知ってるような口振りだったなぁ……)

 

 内容が内容なので話していないにも関わらず、先ほどのアリスはまるで全てを知っているかのような口振りで相談に乗ってくれた。ジャックが眠りに落ちる前は何も言わずに隣にいてくれただけだったあたり、もしかする寝言で何か悩みの一部を口にしてしまいそれを聞かれたのかもしれない。

 

(うわぁ、恥ずかしいなぁ……へ、変なこと言ってないよね、僕……?)

 

 果たして寝言で何を口走ってしまったのか。最近の悩みだけならともかく、もしも最近良く見る夢の内容さえをも口にしていたら。それはちょっとアリスと一生顔を合わせられなくなるかもしれない。

 あまりの恥ずかしさに自然と顔が熱を帯びていくのを感じ、ジャックはその熱を冷ますためにしばらく肌寒い屋上で過ごすのであった。

 

 

 





 意外とバリエーションが多い童話の「赤ずきん」。確か例のシーンがある「赤ずきん」は童話でなく民話だったような気がします。
 というかアリス(ファイター)の格好だと間違いなく太股に直の膝枕になってしまう……これはジャックくんも寝ているふりをしてアリスの太股を弄るしかありませんね。仮にジャックがそれをやったとしても、アリスは照れながらちょっと困った顔をするだけで特に何もしないんだろうなぁ……というか何で赤姉のお話のあとがきでジャックとアリスの絡みを書いているんだ……?
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