ジャック×赤ずきん   作:サイエンティスト

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 何かタイトルがアレですがまあ気にしない方向で。
 一応親指姫の時と同様に一章につき四話で終わるようにしたいと思っています。文字数の関係上、はみ出る事もあるかもしれませんが。



隠蔽工作

「うわぁ……」

 

 現場の捜索のために訪れた赤ずきんの部屋。その内部の惨状を見てさしものジャックもちょっと引いた声を出してしまった。

 しかし別に部屋の中が致命的に汚れているとかそういうわけではない。探し物をしていたのだから多少散らかっているくらいは想定の範囲内だし、むしろ散らかり具合は予想を下回っている。引いたのは別の理由からだ。

 

(ほ、本当に物理的に引っくり返ってる……)

 

 言葉の綾と思って振り払った予想が、実は現実のものだったから。

 一応壁に寄りかかる形で立てかけられているベッドは頑張ればジャックでも再現できるだろうが、文字通り上下逆さまになっている衣装タンスは一人で再現できる気がしなかった。というかそもそも一人で持ち上げられる気がしない。

 

「あぁっ!? ちょ、ちょっとジャック、そっち向いてて!」

「え、ど、どうして?」

 

 後に続いて入ってきた赤ずきんは何故か顔を真っ赤にすると、ジャックに無理やり背後を向かせる。

 確かに女の子とは俄かに信じがたい腕力を示す光景を無遠慮に眺めていたが、別に今初めて知ったことでもない。フードが無いせいで普段より女の子らしさが際立っているとはいえ、一体何故そこまで恥らう必要があるのか分からなかった。

 

「い、良いから! せめてタンスの中身を戻すまで待ってよ!」

(あ、そっか……中身も引っ張り出したなら下着とかも出てるってことだよね……)

 

 そこに気付いてつい先ほどの光景を思い出してしまう。

 さっきは上下逆さまで鎮座している衣装タンスに目を引かれてしまったので詳しくは見ていないのだが、確かにその周りに色とりどりの衣服が散らばっていた気がする。それなら無遠慮に眺めたりするのは失礼極まるというものだ。

 なのでジャックは後ろでドタバタしている赤ずきんに背中を向けたまま、見える範囲で部屋の様子を調べていった。コートを持ち去った犯人の痕跡が残っていないかを慎重に。

 

(あれ? 何だろう、部屋の隅に何か……)

 

 すると何気なく目を向けた先、部屋の隅に何か光るものを見つけた。

 さり気なく後ろを見てみるも、赤ずきんは衣服を拾ってタンスに戻すのを繰り返している最中。だいぶ混乱しているらしく、衣装タンスが上下逆さまの状態で戻そうとしているため何度も失敗している。

 この様子なら気付かれないかもしれない。そう考えたジャックは部屋の隅へと向かい、その光る物体を拾い上げて正体を確かめた。

 

(これって、もしかして……)

 

 糸のように細く、そして驚くほど長い物体。それそのものが光を放っていると見まごう程の美しい金色の輝き。

 見間違えることはまずありえない。これは恐らく――

 

(――ああ、そっか。フードはたぶんあそこにあるんだ。それに、もしかすると……)

 

 物体の正体を看破した所で、ジャックの頭の中には新たに四つ目の可能性が浮かび上がった。

 受け入れたくない三つ目の可能性に取って代われるものなのでそれ自体は喜ばしいのだが、あまり歓迎したくない可能性も付随していたため素直に喜ぶことはできなかった。果たしてこれを素直に赤ずきんに伝えて良いものか。

 

「よ、よし、これで大丈夫! ジャック、もうこっち向いても良いよ?」

(どうしよう……そんな可能性があるって気付いたからには、無視するわけにもいかないことだし……)

 

 背後から声をかけられるものの、未だどうすべきか答えが出ないため振り向けない。

 フードが見つかったかもしれないと事実を伝えれば、きっと赤ずきんは喜んでくれるに違いない。だがそのフードの状態が思わしくない可能性がある、と伝えればどうだろうか。普段ならともかく、今の赤ずきんはフードが無いせいで別人と見紛うほど精神的に弱々しくなっている。きっと可能性だけでも甚大なショックを受け、傷ついてしまうに違いない。ましてやその可能性が現実のものであったなら――

 

「……ジャックー? どうしたの?」

 

 反応を返さないせいか再び声をかけられる。ただし今度は少々不安げな声音で。

 その赤ずきんらしくない不安な声音に後押しされ、ジャックは心と覚悟を決めた。こんなに弱っている赤ずきんを傷つけるなど以ての外。守ってあげられるならどんな手段でも使うべきだ。例えジャック自身が泥を被り、罪悪感に胸が痛む結果になろうとも。

 

「あ、うん。何でもないよ、赤ずきんさん――あ……」

「わっ!? じゃ、ジャック、どうしたの……?」

 

 振り返った途端、ジャックは崩れ落ちてその場に膝を着く。いきなり目の前で何の脈絡も無く倒れかけたせいか、赤ずきんは目を丸くして驚いていた。

 

「……ごめん、赤ずきんさん。実は僕、探索の時に血を使いすぎたみたいでまだ体調が戻ってないんだ……」

「ええっ!? そ、そういうことは先に言いなよ! どうしてそんな体調なのにあたしの手伝いしてくれたのさ!」

「それはもちろん赤ずきんさんの力になりたかったからだよ。でも、さすがにそろそろ辛くなってきたかな……」

 

 罪悪感に胸が痛むのを堪えつつ、床に膝を付いたまま語りかける。申し訳無さと不甲斐なさを耐え忍ぶような、そんな口調で。

 

「だ、だったら無理しないで部屋に戻って休みなよ!」

「でも、赤ずきんさんのフードを探さないと……」

「そんなの休んだ後に手伝ってくれれば良いよ! 別にフードが無くたってあんたみたいに倒れたりするわけじゃないんだしさ、今はジャックの身体の方が心配だよ……」

 

 酷く切なげな瞳でそんな優しさを見せくれる赤ずきん。

 フードが無くて不安で堪らないというのに他人を気遣えるその心は、やはりジャックの憧れである強くて優しい赤ずきんのものだ。だからこそ余計に胸が痛い。

 

「そっか……ごめんね、赤ずきんさん。じゃあ少しだけ部屋で休ませてもらうよ」

「う、うん。一人じゃどうすれば良いか分かんないし、あたしはここで待ってるからさ。ちゃんと休んで体力戻してからまた来てくれたら、それで良いよ……」

「うん。それじゃあ……」

 

 よろよろと立ち上がり、言葉少なに別れを告げて部屋を出る。

 その最中に目にした赤ずきんの表情はとても辛そうなものだった。フードが無いことによる不安、具合の悪いジャックに無理をさせてしまった罪悪感、不安なまま一人にされる心細さ。それら全てが混ざり合い、最早泣きそうな様子に見えたほどだ。

 

「……ごめんね、赤ずきんさん」

 

 部屋を出た所でジャックはぽつりと呟く。その聞かせられない謝罪は、仮病を用いて心配をさせてしまったことに対する謝罪だ。

 そう、先ほどの一幕は全て演技。実際体調がすこぶる悪いのは事実なのだが、倒れかけたのも限界が近いのも演技である。全ては赤ずきんをこの場に縛り付けておき、これからジャックが向かう場所に一緒に来させないためのものだ。不安で堪らない赤ずきんはこうでもしなければ何を言ってもジャックについてきただろうから。

 

(でも心配しないで、フードはすぐに持って行ってあげるから!)

 

 こんな度し難い真似までしてしまったからこそ、赤ずきんには可能な限り早くフードを届けてあげなければ。

 意気込みも新たにジャックは目的の場所へと一人歩いた。向かうのは赤ずきんの部屋がある方とは反対側、当然ながら仮眠が目的では無いため自室の前は素通り。身体の具合からすると仮眠は必要だがそんなものは後回しだ。

 そうして辿りついた一室の前。場合によっては心を鬼にしてお説教しなければならないため、一つ二つ深呼吸して心を決めてから扉を叩いた。

 

「……ラプンツェル、ちょっと良いかな?」

 

 そう、ラプンツェルの部屋の扉を。

 

「あ、じゃ、じゃっく! どうしたの?」

 

 僅かな間を置き、扉を開けて現れたのは当然ながらラプンツェル。ジャックの来訪が嬉しいのかその幼い面差しには可愛らしい笑顔を浮かべている。その笑顔を形容するなら邪気の無い、という言葉が相応しい無垢な笑顔だ。

 

「……ラプンツェル、もしかして君何か隠してるんじゃないかな?」

 

 ただし今回に限ってはその言葉は相応しくない。何故なら笑顔の下には焦りが見え隠れしていたし、扉を僅かに開けて顔だけ覗かせているのだから何か後ろ暗いところがあるのは明白であった。絶対に部屋の中に何か見られたくないものを隠している。

 

「な、なにもかくしてないよ? ラプンツェル、うそ、ついてないよ?」

(嘘下手だなぁ、ラプンツェル……)

 

 否定するラプンツェルだが可哀想なくらいおろおろしているし、何より度々部屋の中に視線を向けている。白を切っているのは明白で実に分かりやすい反応であった。隠し事など向いていない素直な良い子だ。

 

「本当に? 例えば赤ずきんさんのコートを勝手に持ち出したりとかしてない?」

「えっ!?」

 

 ねちねちと攻めるのは苛めているみたいで気分が悪くなりそうなので、前置きは無くその疑問を投げかける。

 途端に瞳を見開き息を呑むラプンツェル。理由はまだ不明だがコートを持ち出した犯人なのは確実なようだ。

 

「それでどこか破いちゃったか汚しちゃったかして、自分じゃどうにもできなかったからそのまま隠したりしてない?」

「えぇっ!?」

(ああ、やっぱり……)

 

 なので更にもう一つの可能性を尋ねるが、不幸なことにこちらも同様の反応。つまりはコートを傷つけてしまったらしい。ジャックとしてはこちらの推測は外れていて欲しかったのだが。

 

「……じゃ、じゃっく、どうしてわかったの!? もしかしてラプンツェルのこと、ずっとみてた!?」

「別にそういうわけじゃないよ。たださっき赤ずきんさんの部屋に行った時、君の髪の毛が落ちてるのを見つけたんだ。こんなに綺麗で長い金髪をしてる子なんて、僕の知る限りラプンツェルくらいだからね。破れたりしたかどうかについては、まあ勘みたいなものかな?」

 

 開いた口が塞がらないという大袈裟な反応をするラプンツェルに、ポケットの中身を見せてあげる。それは先ほど赤ずきんの部屋で見つけた金色に輝く非常に細長いもの、つまりはラプンツェルの髪の毛だ。

 とはいえ別に髪の毛があったから犯人と疑ったわけではない。そもそもこの髪の毛がコートを持ち去ろうとした時に部屋に落ちてしまったものだという判断材料は存在しないのだ。仮にこれがアリスや親指姫のものだったならジャックも無関係と考えただろう。

 ただラプンツェルの場合は少々事情が違う。他の血式少女はともかく、ラプンツェルはまだ幼い子供。赤ずきんの大切なフードを傷つけてしまったら、怒られるのが怖くてそれを隠そうとするかもしれない。そう考えてジャックはここに来たのだ。

 

「すごーい!? じゃっく、かしこーい!」

「あ、あはは、それほどでもないよ……それでラプンツェル、入っても良い? コートがどんな風になってるか確認したいんだ」

「……うん、いいよ」

 

 何ということはないただの予想を手放しで褒められ顔の火照りを感じてしまうも、ジャックは自分のすべきこととやってしまったことを考えて気を取り直した。そうしてやっと扉を全て開いてくれたラプンツェルの横を通り、部屋の中に入る。

 子供らしく玩具やクレヨンなどで散らかっている中、ベッドの上には探し回っていた赤ずきんのフードがあった。自分の力だけで見つけられたことは誇らしいが、残念ながら成果は誇れるようなものではない。

 

(裾とフードが破れちゃってる……やっぱり赤ずきんさんを連れてこなくて正解だったな)

 

 持ち上げて状態を確認した後、思わず安堵と後悔が混じった吐息を零してしまう。安堵はフードに傷がついている可能性を考慮して赤ずきんを連れてこなかったこと、後悔はそのために自分の身を酷く心配させる嘘をついてしまったことに対してだ。

 具合が悪いのは本当のこととはいえ、それを利用して赤ずきんを騙したのだから気分は最悪である。そのせいでただでさえ悪かった具合がそろそろ危ない領域に来ているくらいだ。

 

「じゃっく、これなおる……?」

 

 コートを眺めて複雑な気分に浸る中、ラプンツェルが怯えた顔で尋ねてくる。

 具合が悪くても赤ずきんにコートを届けるまでは倒れるわけにはいかないし、それを悟らせて誰かに心配をかけるわけにはいかない。なので安心させるためににっこりと笑いかけた。

 

「大丈夫。これくらいならハルさんがすぐに直してくれるよ」

「そっか! よかったー……」

 

 途端にほっとした様子を見せるラプンツェル。その様子を見れば悪意を持ってコートを持ち出したり傷つけたわけではないことは分かる。

 しかしここからは軽くお説教タイムだ。二人でベッドに腰かけたところで、ジャックは話を切り出した。

 

「ラプンツェル、そもそも君はどうして勝手に赤ずきんさんのコートを持っていったの?」

「あかあか、とってもつよくてかっこよくてふーどがだいすき! だからラプンツェルも、これをきたらおんなじになれるかもっておもった!」

「ああ、なるほど。確かに赤ずきんさんは強くてカッコイイよね!」

 

 子供らしい答えに自然と微笑みつつ賛同するジャック。ちょっとその声に力が入ってしまったのはジャック自身、赤ずきんに憧れているからに違いない。とはいえさすがにフードを身につければ自分も強くなれるとは思わないが。

 

(でも、僕もちょっとだけ着てみたいかも……)

 

 しかし十分に気持ちが分かるし、機会があれば着てみたいと思ってしまう自分がいた。というそのおかげで犯人がラプンツェルという推測ができた節もある。

 

「だけど勝手に持っていくなんて泥棒と変わらない悪いことなんだよ? それはちゃんと分かってるよね?」

「ラプンツェル、さいしょはちゃんとかしてっていおうとしたよ! だけどあかあかいなくてふーどだけあったから、ちょっとだけそこできてたたかうまねしてみたんだ。そしたら――」

 

 心外だとでも言いた気な顔をしていたラプンツェルだが、そこで言葉を切って言いにくそうに俯いてしまう。悲しいことにその先の展開は容易に想像できた。

 

「す、裾を踏んで転んで、破いちゃったんだね? フードの方はそれで慌てた時に引っかけて破いちゃったとか……」

「す、すごーい!? なんでわかるのー!?」

「まあ君には明らかに大きすぎるしね、赤ずきんさんのコートは……」

 

 最早尊敬に近いくらいの驚愕の瞳に耐え切れず、恥ずかしくなって視線を逸らすジャック。実際誰でも考え付くはずなのでこんなに褒められると居心地が悪かった。

 しかし今は曲がりなりにもお説教の最中。一つ咳払いをして気持ちを改め、もう一度ラプンツェルを真っ直ぐに見据える。

 

「ラプンツェル、さっきも言ったけど勝手に赤ずきんさんのコートを持っていったのはいけないことだよ? それと、破いちゃったからって隠すのもいけないんだ。こういう時、本当はどうすれば良いか分かってるよね?」

「あかあかに、あやまる……」

「うん。ちゃんと分かってるみたいだね。それじゃあ――」

 

 ――僕も一緒に謝るから、赤ずきんさんの所に謝りに行こう。

 本来ならこう口にするのがベストな場面だ。例え悪気が無くとも悪いことをしたら謝るのは当たり前のこと。それを知っているからこそ、ジャックは一丁前にもラプンツェルに説教をしているのだ。

 

「――ラプンツェル、今回のことは僕と君だけの秘密にしよう?」

「……ふえ?」

 

 しかしジャックが口にしたのは全く正反対と言って良い提案。

 フードを傷つけてしまった事実、そしてフードを無断で持ち出してしまった事実も隠蔽してしまおうという、犯罪者の発想にも似た提案だ。それをジャックは口を滑らせたわけではなく、自らの意思で口にした。まさか説教をした癖に自分を後押しする言葉が出てくるとは思っていなかったのか、ラプンツェルは目を丸くしてしまっている。

 

「じゃっく、あかあかにあやまらないの?」

「本当は素直に謝るべきなんだけど、赤ずきんさんにとってフードはとっても大切なものだからね。それが勝手に持ち出された上に傷つけられたら、例え綺麗に直って返ってきてもきっと良い気はしないよ。だから褒められることじゃないけど、知らずに済ませられるなら僕はそうすべきだと思うんだ」

 

 正直に謝るのは確かに正しい行いだ。だがそんな正しさを貫こうとすれば赤ずきんは間違いなく傷ついてしまう。自分の大切なものが勝手に持ち出された挙句、傷つけられていたのなら例え悪気が無くともショックを受けるのは想像に難くない。それなら悪い嘘をついて傷つかないようにする方がよっぽど良い。

 どのみちジャックは赤ずきんを一人で部屋に置いておくために、仮病を使って心配させるという卑劣で許し難い真似をしてしまった。すでにそんな悪事を働いている以上、もう一度似たような悪事を働いてもさほど変わりは無いはずだ。何となく犯罪者的な危ない心理に陥っている気がしないでもないが。

 

「うー……?」

「えっと……ラプンツェルは自分の髪が汚されたら嫌だよね? その後綺麗に洗えたとしても、最初から汚れない方がラプンツェルも幸せじゃないかな?」

 

 ちょっと難しかったのか小首を傾げたラプンツェルに対し、分かり易く言い直す。

 例える物体は異なるが赤ずきんのフードもラプンツェルの髪もそれぞれの血式リビドーに対応しているもの。自分の身に置き換えて考えてもらえれば何よりも分かりやすいはずだ。

 

「う、うん。ラプンツェル、きれいなかみじゃないといけないから……」

「それと同じことだと思えば良いよ。でも赤ずきんさんのフードはもう破れちゃってるから、こっそり直して破れてなかったことにしよう? そうすれば赤ずきんさんも傷つかなくて済むからさ」

 

 非常に分かりやすかったらしく若干怯えた様子すら見せるので、安心させるためにその頭を優しく撫でてあげる。美しい金髪はさらさらと手触りが良く、自然と微笑みが浮かんでしまうほどだ。

 しばらく撫でているとラプンツェルは無垢な笑みを取り戻し、大きく頷いてくれた。

 

「……うん! でもじゃっく、ほんとにあかあかにあやまらなくていいの?」

「もちろん本当は謝るべきなんだけど……ラプンツェルはちゃんと反省してるんだよね?」

「うん。かってにひとのものをもっていくのも、かくすのもいけないこと……」

「そっか。ちゃんと反省してるならそれで良いんだよ。ただもしもフードが破れたのを赤ずきんさんに気付かれちゃったら、その時は素直に謝ろう? もちろん僕も一緒に謝るから」

 

 こっそりフードを直してもらってもどうしても修繕跡は残ってしまうはずだ。ハルの腕や赤ずきんの観察眼などにもよるが、場合によっては真意を見破られてしまう。さすがにジャックもその時は包み隠さず全てを打ち明け、素直に謝ることを決めていた。

 

「どうしてじゃっくもあやまるの? じゃっく、ぜんぜんわるくないよ?」

「理由はどうあれ僕も破れたことを隠そうとしてる時点で共犯だからね。君と同じことをしてるんだから、もしバレちゃったら僕も一緒に謝るのは当たり前だよ」

「そっかー、じゃっくもわるいこ……」

 

 小首を傾げていたものの、説明すると腑に落ちたように呟くラプンツェル。ジャックの方は赤ずきんを傷つけないために隠蔽しようとしているのだが、理由はどうあれ隠そうとしていることに変わりは無いと分かったのだろう。

 

(悪い子、かぁ。むしろ僕が主犯だと思うし、当然だよね……)

 

 傍から見ればジャックが無垢なラプンツェルを唆し、騙し言いくるめて証拠隠滅の片棒を担がせているように見えるはずだ。というか実際その表現は何ら間違っていない。

 そう考えるとラプンツェルは共犯というよりはむしろ被害者である。幼い子供を騙して思い通りに操っている罪の意識に胸が痛いジャックであった。

 

「じゃあ今回のことは僕と君だけの秘密にしようね。コートは僕がハルさんに繕いをお願いして、その後赤ずきんさんに渡しておくから」

「うん! ありがとー、じゃっく!」

 

 とはいえ赤ずきんが傷つかずに済むのならこれくらいの胸の痛みは安いもの。

 ラプンツェルと秘密の約束を結び、ジャックは無垢な子供を騙した罪による胸の痛みと、赤ずきんのコートを抱えて部屋を出て行った。

 

(それにしても……頭痛いし、ちょっと眩暈がするなぁ……もうちょっとだから頑張らないと……)

 

 なお今現在抱えているものの中で一番酷いのは、貧血による頭痛と眩暈であった。案外これのおかげで罪悪感による胸の痛みがさほど気にならず、子供を唆し騙すという最低な真似を平気で行うことができたのかもしれない。

 何にせよこの体調の悪さはある意味自分への罰というものだ。弱っている赤ずきんを騙し、無垢なラプンツェルを騙し、自分の真意すら騙していることへの。

 甘んじてその苦しみを受け入れつつ、ジャックは再び血式兵器製造所へと向かい歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「赤ずきんさん、赤ずきんさん!」

 

 今すぐ中に飛び込みたい逸る気持ちを堪えつつ、赤ずきんの部屋の扉をノックするジャック。

 腕の中には破れた裾とフードをハルにこっそり修繕してもらった赤ずきんのコート。綺麗に直せたようで一見すると破れた痕があるとは思えないほどの完璧な仕上がりである。これならきっと赤ずきんも気が付かないはずだ。

 

「じゃ、ジャック? どうし――」

「――はい、赤ずきんさん!」

 

 まるで待ち構えていたかのような反応の早さで扉を開ける赤ずきんに対し、ジャックは言い終わらない内に手に持っていたコートを差し出した。

 

「――わ、わあっ! あたしのフード! 見つけてくれたんだ、嬉しいな! ありがとうジャックー!」

 

 きょとんとしたのも束の間、大袈裟を通り越して最早わざとらしいくらいに大喜びしてくれる。見つからなかった大切なフードが戻ってきた喜びが強すぎてちょっと抑えが効かないのだろう。

 

(赤ずきんさん、凄い嬉しそうだ。やっぱりこんな笑顔を見た後じゃ破れてたなんて言えるわけないや……)

 

 いずれにせよこんな笑顔を見せられたら今更真実を述べることはできない。

 一応ハルに修繕してもらっている間にフードを見つけた嘘の経緯なども考えてあるので理論武装はばっちりだ。そしてジャック自身もばっちり悪の道に入ってしまった気がしないでもない。まあこの眩い笑顔の前では些細な問題に違いない。

 

「よーし! これでいつも通りの皆のお姉さん、復活だ!」

 

 言って笑う赤ずきんはすでにコートを羽織っており、完全にいつもの調子を取り戻していた。その笑顔からは溢れんばかりの快活さが感じられ、先ほどまでの弱々しさなど微塵も見当たらない。やはり赤ずきんといえばこうでなくては。

 

「本当にありがとう、ジャック! やっぱりあんた結構頼りになるよ!」

「どういたしまして。赤ずきんさんにはいつもお世話になりっぱなしだし、こういう時くらいは僕も頼りになるんだってところを見せないと示しがつかないからね」

「へー、だったらあたしがまたフードを失くしたりしたら探してくれる?」

「もちろんだよ。僕、赤ずきんさんの力になれるのがとっても嬉しいんだ。だからその時はまた遠慮なく僕を頼って欲しいな」

 

 はっきり言って自らの血を用いて穢れを浄化すること以外で、ジャックが赤ずきんの力になれることといえばこれ一つくらいだ。自分より遥かに強くしっかり者な人の役に立つのはとても難しい。

 

(ああ、本当に嬉しいな。僕が赤ずきんさんの力になれたなんて……!)

 

 ただし難しい分、嬉しさも桁違いだ。頼りにならない自分があの赤ずきんの力になれたことが非常に喜ばしく、ジャックは緩む頬を引き締めることができなかった。きっと赤ずきんから見れば今のジャックはこれでもかというほどの満面の笑みを浮かべていることだろう。

 

「分かった。そういう時はまたあんたを頼ることにするよ。寝ていようがシャワー中だろうがお構い無しにお願いに行くからね?」

「う、うん……でも、シャワー中はちょっと勘弁して欲しいかも……」

 

 お願いに行くということは当然フードを失くした状態だ。つまり赤ずきんはあの弱々しく可愛らしい状態でジャックの下へ来るということ。さすがにそんな赤ずきんがお風呂場に突入してきたらジャックもちょっと理性が危うくなりそうなのでできれば避けたいところだ。

 まあ力ずくでどうこうできる相手ではないのでそんな心配はいらない気もするが。

 

「……本当にありがとう、ジャック。感謝してるよ!」

 

 変な想像で若干居心地の悪さを覚えたジャックに対し、改めて感謝の笑みを向けてくる赤ずきん。それは先ほどと同じ、普段以上の快活さが溢れる眩い笑顔だ。こんなに素敵な笑顔を目にすることができたなら、具合の悪い身体に鞭打ってフードを探し回り、胸が痛むような幾つもの嘘を重ねた甲斐もあるというものだ。

 

「どういたしまして、赤ずきんさ――あ……」

「わっ!? じゃ、ジャック!?」

 

 そんなことを考えていたからか、あるいは嘘をついて心配させた罰か。同じように微笑んで言葉を返そうとしたところ、ジャックは今度こそ本当に眩暈を起して崩れ落ちてしまう。

 ただ今回は床に倒れることも無ければ膝を着くことも無かった。目を丸くしながらも咄嗟に赤ずきんが身体を支えてくれたから。

 

「ご、ごめん、赤ずきんさん……気が緩んだら何かフラっと来て……」

「ジャック……あんた、本当に具合悪そうだね……」

「うん。でも大丈夫だよ。部屋でゆっくり休んでればすぐに良くなるから……」

 

 元々ジャックは具合が悪いからしばらく部屋で仮眠を取る、と言ってフード捜索を打ち切ったのだ。しかし十五分やそこらでフードを抱えて戻ってきた以上、赤ずきんもジャックが仮眠を取ったとは思っていないはず。これについてはさすがに騙せるとは思っていない。

 フードを探すという目的も真相はどうあれ表面上は無事に果たしたので、ここからは寄り道も嘘も無く部屋で仮眠を取って休むつもりだ。なのでジャックは支えてくれている赤ずきんの腕から離れようとした。

 

「……よし! ジャック、ちょっとこっち来なよ。フードを探してくれたご褒美に、お姉さんが良いコトしてあげるよ?」

「え? わあっ!? ちょ、赤ずきんさん!?」

 

 しかし何故かそのままがっちり捕まえられ、有無を言わさず引きずられてしまう。戸惑うジャックが引き摺られていく先は何とベッド。これには具合の悪さもすっ飛んで軽く二倍以上の大混乱となり再び舞い戻ってきた。

 

「こら、暴れない! 具合悪いんだから無理すると身体に障るよ?」

(ええっ!? 赤ずきんさん本当に何するつもりなの!? ご褒美って一体何!?)

 

 混乱から逃れようともがくも相手が赤ずきんでは逃れられるわけもない。もちろん具合が良くともその膂力に勝てるわけはないので完全に無駄な抵抗である。

 故にジャックはあっさりベッドに連れて行かれ、無理やりそこへ座らされてしまった。戸惑いと緊張に喉の渇きを覚える中、目の前に立つ赤ずきんの姿を控えめに見上げる。

 

「あ、赤ずきんさん……一体、何を……?」

「ふっふっふ……こうするんだよ、ジャック?」

 

 そう怪しく笑い、赤ずきんが行ったのは――

 

「――どうかなジャック? あたしの膝の寝心地は?」

「えっと……す、凄く、気持ち良いです……」

 

 以前部屋の中で倒れたジャックに眠り姫がやってくれたような、単なる膝枕であった。ほっとしたようながっかりしたような複雑な気分になってしまったのは男としての性というものか。

 ただこのベッドが毎晩赤ずきんが眠っているベッドだということと、服装故に剥き出しの太股に頭を乗せていることを考えると、単なる膝枕と言って良いのかどうかは疑問の余地が残る。

 

「なら良かった。それじゃあゆっくり休みなよ?」

「で、でも赤ずきんさん、さすがにこれは……」

「気にしない気にしない。具合が悪いのにお姉さんのために頑張って働いてくれた可愛い弟へのご褒美だよ。これくらいはさせてもらわないと逆にこっちの方が示しつかなくなっちゃうしね」

 

 上から覗き込んでくる赤ずきんの笑みがその台詞と共に微かに曇る。お姉さんとしての立場に拘りがある赤ずきんとしては、つい先ほどまでの自分の弱々しさに思うところがあるのかもしれない。

 

(うぅ……柔らかいし、良い匂いがして何か落ち着かない……!)

 

 そして拘っている理由をジャックも知っているからこそ、何も言えずに膝枕を甘受するしかなかった。後頭部から首にかけて伝わる赤ずきんの太股の柔らかさと、ベッドに染み付いているであろう心地良い香りに晒されていようとも。

 

「あ、そうだ。何だったら子守唄でも歌ってあげよっか?」

「……赤ずきんさん、僕のこと弟っていうよりも子供扱いしてない?」

 

 しかしさすがに子供扱いは看過できず、からかうような笑みを上から向けてくる赤ずきんを軽く睨みつける。

 一応ジャックも一人の男なので弟扱いにも思うところはあるものの、情けなくも貧血による体調不良で倒れかけて膝枕してもらっている身ではそちらは否定し辛い。

 

「あははっ、そんなことないよ。今日あたしのためにフードを探してくれてたジャックの背中、結構大きく見えてたからね?」

「……本当に?」

 

 なので否定を飲み込もうとしたところ、逆に当の赤ずきんから否定の言葉がかけられた。しかも考え方によっては一人の男とも見えた、とも捉えられる非常に嬉しい口振りだ。

 さすがにこれにはジャックも驚き聞き返してしまうが、返ってきたのは嘘など欠片も見当たらない眩しい笑顔。

 

「嘘なんかついてないよ。あの時のジャックは頼りがいがあって、傍にいるととっても安心できたんだ。あんたはあたしの力になってくれただけじゃなくて、しっかりあたしの支えにもなってくれてたんだよ?」

「……そっか。それなら、僕も嬉しいな……」

 

 憧れの赤ずきんの力になれたことだけでも嬉しいというのに、まさか本人にそこまで言って貰えるとは。あまりの嬉しさに感動すら覚え、ジャックは胸に熱いものが込み上げてくるのを感じた。これなら具合の悪い身体を叱咤して頑張った甲斐は十二分にあるというものだ。

 

(あ……何か、急に眠くなってきた……)

 

 頑張りが報われ耐え忍ぶ必要がなくなったせいだろうか。力になれて本望だと感じた途端、急激な睡魔が襲い掛かってきた。すでに目蓋は耐え難いほどに重く、身体を動かす気力も無い。このままでは本当に赤ずきんの膝枕で眠りに落ちてしまいそうだ。

 

「具合悪かったのにあたしのためにフードを探してくれて、今日は本当にありがとね……おやすみ、ジャック」

 

 何とか睡魔に抗おうとするもその一言と慈愛に満ちた微笑みが最後の一押しとなり、ジャックの目蓋はあっさり閉じてしまう。

 この場で眠りに落ちてしまうのが避けられないのならせめておやすみの一言くらいは返したいところだが、悲しいことにもう身体は眠りについているようで口を開くことも出来ない。まだ動くのは徐々に薄れていく意識の欠片だけだった。

 

(そういえば赤ずきんさん……フードをどこで見つけたか聞いてこなかったな……)

 

 薄れていく意識に引っかかり、ぼんやりと考えていたのはつかなくて済んだ嘘のこと。

 大切なフードを持ち去った犯人は誰か。無事に戻ってきても間違いなくそれを尋ねられると思っていたので、ジャックは発見した場所や状況の嘘をしっかり用意していた。嘘の出来はあまり良くないため聞かれないならそれはそれで有難いが、一言もそこに触れてこないのは絶対におかしい。恐らく赤ずきんは故意に聞こうとしなかったのではないだろうか。

 

(やっぱり、赤ずきんさんも気付いていたのかな……三つ目の可能性……)

 

 当初考えていたフードが無くなった理由その三。それは誰かが嫌がらせで持ち去った、という可能性。赤ずきんはジャックが何も言わなかったために、自分で三つ目の可能性に思い至ってしまったのかもしれない。

 しかし自分にそんなことをする仲間がいるはずがないと信じたくて、答えを聞こうとしなかったのだろう。ジャックだって同じように信じていたからこそ、三つ目の可能性を否定するために赤ずきんの部屋の捜索に乗り出しのだ。

 真実は嫌がらせではなく悪意の無い子供の失敗とも言うべきものだが、ジャックはそれを隠しているために赤ずきんは真実を知らない。

 

(聞かれないのは都合良いけど……嫌がらせだと思ったままに、しておくのは……あ、ダメだ……もう眠くて……何も……)

 

 真実を話さずにその誤解を解くことはできないか。その方法を何とか考えようとしたものの、すでに眠気は限界であった。

 最早抗う気力すら無く、ジャックの意識は速やかに深い眠りへと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ? ジャック、もしかしてもう寝ちゃった?」

 

 赤ずきんが気付いた時、ジャックはすでに規則正しい寝息を立てていた。

 まだ膝枕して五分も経っていないのにあっさり寝落ちしてしまうとは、そんなに赤ずきんの膝枕が気持ちよかったのだろうか。あるいは――

 

「そっか。やっぱり具合悪かったのは嘘じゃなくて本当だったんだね」

 

 ――嘘ではなく、本当に具合が芳しくなかったのだ。赤ずきんをラプンツェルの部屋へ付いて来させないためについた、真っ赤な嘘ではなく。

 そう、実は赤ずきんは全てを知っていた。だからフードは一体どこにあったのかという疑問も口にしなかった。聞かれたらジャックが困ってしまうと分かっていたから。

 知っている理由はジャックが自室で休むと言って部屋から出て行った後、すぐにその背を追いかけたためだ。故に隠したがっていたことは全て耳にしてしまった。

 別にその時点ではジャックの言葉を疑っていたわけではないし、追いかけた理由も疑いからではない。具合が悪いのに自分のためにフードを探してくれたジャックがちゃんと部屋に戻れるかが心配になったのと、もし迷惑でなければ休んでいる間一緒に部屋にいさせて欲しいと思ったから。フードが無いため気持ちが落ち着かないせいか、一人にされた途端に心細くなりいてもたってもいられなくなってしまったのだ。

 そして見つけたのは自室を素通りし、ラプンツェルの部屋の前に立つジャックの姿。そこで聞いた会話は今思い出しても衝撃の内容である。

 

「まさかジャックが証拠隠滅に加担するなんてびっくりだよ。あんた意外と悪いこと考える奴だったんだね、ジャック?」

 

 膝の上の悪い男に対してニヤリと笑いかけてみるものの、疲弊しきった寝顔には全く反応が無い。どうやら本当に深く眠っているようだ。まあそれを確認したからわざわざ口に出して語りかけているのだが。

 

「全く……あんたの目にはあたしがそこまで弱く見えたのかな? 確かに普段のあたしに比べれば弱々しかったのは否定できないけどさ……」

 

 確かにフードが知らぬままに傷つけられた事実はショックだ。しかしラプンツェルに悪気が無かったことは分かっているし、ハルがほとんど目立たないくらい綺麗に直してくれたようなのでさほどショックも受けていない。

 むしろショックというならあの人畜無害そうなジャックが証拠隠滅という悪行に走ったことの方が甚大なショックであった。もっとも理由を聞いたらむしろジャックらしいと納得してしまったのだが。

 

「でもあたしを傷つけたくないから悪いことだと知りながらやったんだし、その優しさに免じて今回は大目に見てあげるよ。ていうかあんた、弱ってたのは自分の癖によくもそんな身体で他人を気遣えるもんだね……」

 

 血の使いすぎが原因なら、たぶんジャックは手伝いをお願いしに行った時からすでに具合が悪かったのだろう。そもそも部屋にいたのも休んでいたからに違いない。

 そんな肉体的に弱っている状態だというのに、不安なだけの赤ずきんのためにフードを探して歩いてくれたのだ。しかもただ見つけることを良しとせず、赤ずきんを傷つけないために優しい嘘までつく徹底振り。

 後半はジャックが隠した優しさで本当なら知る由も無かったとはいえ、見えない所でさえここまで優しくされたら普通は勘違いしてしまってもおかしくない。

 

「ま、あたしはジャックがそういう奴だって知ってるから変な勘違いなんてしないけどね!」

 

 元々ジャックはそういう優しい奴だし、頑張りすぎるきらいがあるのも知っている。方法からして身体に負担がかかるのは当然なのだが、血式少女たちの力となるために血を使いすぎて倒れるなんてこともざらにある。

 別にジャック自身は下心とかそういうものは無く、単純に皆の力になりたいと願って頑張っているに過ぎないのだ。そしてそれは今回も同じこと。

 

「それにしても……ジャックの奴、本当に嬉しそうだったな」

 

 だからこそフードを赤ずきんに渡した時、ジャックが見せた笑顔はとても幸せいっぱいのものであった。赤ずきんの力になれたこと、役に立てたこと。その嬉しさが溢れ出ていて、初めて見たのではないかと思うくらいの達成感に満ちた最高に眩しい笑顔。それを思い出した赤ずきんは――

 

「――っ!」

 

 ――ドキッ、と自分の心臓が高鳴ったのをはっきりと感じた。

 

「あ、ははは……やっぱあたし、本当に弱ってたんだなぁ……」

 

 居心地の悪さに顔の火照りを覚え、思わず手で触って確かめてしまう。気のせいではなく実際に熱を持ち、更には微妙に頬が緩んでいるような感触さえ感じる。

 きっと今の自分の表情を見られたらとても恥ずかしい思いをすることになるだろう。ジャックが深く眠りに落ちているのは不幸中の幸いというやつだ。

 

「全く……弱ってるあたしに優しくして落そうとするなんて、あんた見た目からは想像もつかないくらい最低な男だね、ジャック?」

 

 やり場の無い胸の高鳴りを覚えさせた仕返しとして、眠るジャックの頬を指で突っついてみる。やはり相当深い眠りに落ちているらしく、柔らかな感触で押し返されるだけで別段これといった反応は返ってこない。

 確かにフードが無くて不安で堪らず、大いに弱っていたのは赤ずきんも認めるが、まさか本当に勘違いしてしまうとは。

 

(弱ってた所を優しくされただけでそんな風に思うなんて、あたしも結構単純なのかなぁ……)

 

 しかし赤ずきんはすぐに冷静さを取り戻すことができた。今胸を高鳴らせているのは弱っていた自分が感じたものの名残に過ぎないだろうし、ジャック本人にそんな意図は一切無いはずなのだから。

 故にこの気持ちは時が経てばすっぱり綺麗に忘れるはず。だからこそ赤ずきんはそれ以上考えるのは止めておいた。

 

(でもそれはそれとして、またあんな風に笑うジャックが見たいな……)

 

 それでもジャックの笑顔を見たいという気持ちは本物に思えた。

 ただの笑顔だったならともかく、さっき目にしたのは早々見たことの無い特別な笑顔だ。皆の力になりたいと日頃から望んでいるジャックが、赤ずきんの力になれたことである意味本懐を遂げられた故の特別な笑顔。達成感と幸福感に満ち溢れ、見ているこっちも幸せになれそうなほどの。だからあんな笑顔なら何度も見たいと思って当然だ。

 

「でもそう簡単には見られないか。ジャックは基本頼りないからなぁ……」

 

 そう容易く見ることなどできないと分かっているからこそ、赤ずきんは落胆と共に溜息をついてしまう。無論ジャックも頼りになる時はなるが、その機会ははっきり言って少なめ。大概はむしろ赤ずきんがジャックの力になったり世話をしたりだ。

 ちょうど今膝枕をしている赤ずきんとそこで寝息を立てているジャックの姿こそが、自分たちの力関係的なものの縮図と言えるだろう。これではジャックが赤ずきんの力になってあの笑顔を見せてくれることなど、ただ待っていては機会があるかどうかも疑わしい。

 

「……そうだ! だったらこうすれば良いじゃん!」

 

 だがそこで赤ずきんは起死回生の一手を閃いた。ジャックのあの笑顔が再び見られて、なおかつジャックも再び赤ずきんの力になれて喜べる、そんな素敵な方法を。

 唯一問題があるとすれば、それは明らかに褒められた方法では無いということ。

 

「ジャックだって悪いことしたんだし、それくらいは許してくれるよね?」

 

 しかしジャックも同じように褒められないことをしたのだ。赤ずきんを傷つけないためとはいえ、体調不良で倒れそうな真似をした挙句に、フードが破れた事実を隠蔽するという最低なことを。それなら赤ずきんだって似たようなことをしても許されるはず。

 

「……楽しみにしときなよ、ジャック?」

 

 そう語りかけ、何も知らずに眠りこけるジャックの寝顔へ笑いかける。これでまたあの笑顔が見られるという大きな喜びを込めた、渾身の笑顔で。

 やはりフードが無くて弱っていた分、受けた優しさは深く深く染み入ってきたのだろう。勘違いによる胸の高鳴りは未だに消えていなかった。

 

 

 





 果たして赤姉は何を思いついたのか。
 とりあえず子供の頃に何か壊してしまって隠そうとした人は絶対にいるはず。勿論私も通った道です。
 ……ところで「お姉さんが良いことしてあげるよ?」でエッチなことを思い浮かべた穢れの溜まっている人はいませんよね?



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