ジャック×赤姉の一章三話目。隠蔽工作から続いて自作自演という、ツッコミを入れたくなるタイトルなのはご愛嬌。
危惧した通り、この章の終わりまでの文字数がかなり長くなってきました。ただ話を三つに分けるために切っても良さそうな場所が見当たらなかったため、今回と次回はだいぶ文字数が多いです。
ジャックにとって赤ずきんの力になれるというのは非常に喜ばしいことだ。
向こうは頼りになる皆のお姉さん、そして強くて優しい憧れの人。対してこちらは頼りないひ弱な男、そして貧血で体調を崩しがちな軟弱者。だからこそ力になれた時はいっそ小躍りしそうなくらい嬉しくて、達成感に頬が緩むのをどう頑張っても抑えられない。
「赤ずきんさん、コート見つけたよ!」
だからこそジャックは抑えるのを諦め、むしろ自分から笑いながらそれを伝えた。
きっと赤ずきんから見れば今のジャックは気持ち悪いくらいに満面の笑みに見えるはずだ。ベッドのシーツの下に隠れていたコートを見つけただけだというのに。
「本当に!? ありがとうジャック、助かったよー!」
しかし赤ずきんは特に気にした様子も無く、喜び溢れる満面の笑みでコートを受け取る。
不安気に曇っていた表情をいつも通りの眩しさに戻せたこと、それを誰かの協力を仰ぐでも嘘をつくでもなく自分の力だけで為せたこと。どちらも嬉しい限りでジャックは自分が浮かべている笑みが更に深まったのをはっきりと感じた。
「どういたしまして。それにしても赤ずきんさん、本当は意外とうっかり者だったんだね」
「なっ!? う、うっかり者ってどういうことさ!」
「だって赤ずきんさん、結構頻繁にフードを失くすんだもん。ここ一週間でもう三回目だよ?」
酷い侮辱を受けたとでも言いた気な顔をしている赤ずきんだが、ジャックは事実を述べただけだ。つまりここ一週間で三度もコートを失くし、一緒に探してくれるよう頼みに来たという事実を。
恐らくはまたフードを失くした時は力になる、と約束したのが原因なのだろう。ラプンツェルがコートを持ち去った事件を皮切りに、赤ずきんは探すのを手伝って欲しいと何度もジャックにお願いに来るようになった。きっと誰にも協力を求めなかっただけで、以前から頻繁に失くしていたに違いない。
「それに失くす場所がいちいち簡単だし。今回はシーツの下で、前はタンスの片隅だったっけ。よく探せば簡単に見つかるような場所ばっかりだよね」
そして失くす場所も冷静に探せばすぐに見つかりそうな場所ばかり。それも赤いファーで彩られたフード付きの黒いコートという、目立つ上に嵩張る衣類を頻繁に失くすのだからうっかり者としか言いようが無い。おまけにそのコートは毎日身に着けているものなのだからなおさらだ。
「あ、あたしだってちゃんと探してるよ! 部屋中引っくり返して!」
「えっと……赤ずきんさんは探し物をする時はもうちょっとスケールを小さくした方が良いんじゃないかな? そうすればきっと僕に頼らなくてもすぐに見つけられると思うけど……」
少なくともベッドやタンスそのものを物理的に引っくり返したりしなければすぐに見つかるはず。というか今回はそれが原因でコートが見つからなかった節もある。何せベッドを引っくり返したことで床に落ちたであろうシーツの下に隠れていたのだ。
きっとジャックに頼らなかった頃も同じような失敗を犯してすぐに見つけられなかったに違いない。そんな事実を厚意から指摘してあげたのだが、何故か赤ずきんは逆に笑みを曇らせてしまう。
「あ、あたしは、その……できれば、ジャックに頼りたいんだよ……」
「えっ、どうして僕に?」
「ほ、ほら! あたしそういう細々としたことは苦手で全然見つけらんないし、ジャックならそういうのは得意そうだからだよ! それにジャックは何かあたしの力になりたがってるみたいだし、どうせならお願いした方が良いかなって思ってさ!」
理由を尋ねた所、何故か赤くなって笑いながら答えてくれる赤ずきん。
顔を赤くする理由は分からなかったものの、考えていることは大体分かった。恐らくは頼り無いジャックに自分の力になれる機会を与えてくれているのだ。これもやはり、赤ずきんの力になれるのはとても嬉しいと伝えたからなのだろう。
(赤ずきんさんは優しいなぁ。わざわざ僕にそんな機会をくれるなんて……)
赤ずきんが自力で見つけるまでの時間は不明だが、ジャックより早いということはないはずだ。何故ならジャックにお願いする前にはジャック自身がどこにいるかを探す必要がある。そんな二度手間を冒した方が早いということはありえない。
自分にメリットはほとんど何も無いというのに、フードが無いことによる不安を感じる時間を延ばしてまでジャックに機会を与えてくれるとは。これを優しいと言わずに何と言うのか。
「そうだね。確かに赤ずきんさんは大雑把な所もあるし、難しいことはあんまり考えない性質だもんね?」
「……ジャックー? あんたそれ、遠回しにあたしのこと馬鹿だって言ってるー?」
「え? べ、別に僕はそんなつもりで言ったんじゃ……」
からかい混じりに返したのがまずかったのか、赤ずきんはむっとした顔で視線を注いできた。当然ジャックにはそんなつもりはなかったのですぐに謝ろうとしたのだが――
(あ、凄く嫌な予感……)
――どうやらすでに手遅れだったらしい。赤ずきんの瞳にはどことなく嗜虐的な光が浮かんでいた。具体的にはジャックをトレーニングで扱く時の楽しそうな光が。
「それじゃあ僕、用事思い出したからもう行くよ! またね、赤ずきんさん!」
「あっ!? 待て、こら! 逃がさないよ、ジャ――」
何にせよ赤ずきんのコートは見つけてあげたのでもうこの場に留まる理由は無い。故にジャックはすぐさま部屋から逃げ出した。
ただし相手はあの赤ずきん。例えジャックが火事場の馬鹿力的な身体能力を発揮して全力で走ったとしても、三秒稼げるかどうかすら怪しいところだ。馬鹿正直に走って逃げては絶対に捕まる。
なので部屋を出て扉を閉めた瞬間、ちょうど扉の死角になる壁に張り付いた。
「お姉さんを脳筋呼ばわりした罪は重いよ! ベンチプレス五十キロの刑だ!」
(えっ!? 僕そこまで言ったっけ!? ていうか罪が物理的に重い!)
一泊遅れて勢い良く扉が開き、そんな身に覚えの無い罪を口にしながら赤ずきんが駆けて行く。扉の影には目もくれず、ジャックの姿も見えないのに馬鹿正直に直進していく姿は確かに脳筋と称するべきなのかもしれない。
何にせよ赤ずきんが作戦に嵌っている内に逃げなければ。罰としてやたら筋トレを推しまくる声が離れていくのを気にしつつ、ジャックは廊下を足早にこそこそと歩いた。
「――わっ!?」
「おおっ!?」
しかし声を気にしてあらぬ方向を向いているのが災いしたのか、角を曲がった所で誰かとぶつかってしまった。反動で床に尻餅をつくジャックが目にしたのは、自分と同じく尻餅をつくハーメルンの姿だった。
「いたた……ご、ごめん、ハーメルン……っ!?」
謝罪の言葉を口にするジャックだが、続けて目にした光景に息を呑んでしまう。
元々ハーメルンは幾本かのベルトのようなものを身体に巻いてボロボロのマントを羽織ったかなり際どい格好をしている。そんな格好にも関わらず目の前で尻餅をつかれ、微かにとはいえ両足を開かれているのだ。何が見えるかなど言う必要はないだろう。
「ええい、何をしておるか馬鹿者! ワレは問題無いがもう少しでお嬢にぶつかるところだったではないか!」
「気にしなくて良いのよ、ジャック。それよりどこか怪我はしてない?」
自分で立ち上がるハーメルンを尻目に、隣にいたアリスが手を差し伸べてくる。とりあえずジャックはさっき見たものを記憶の片隅に追いやってからその手を取って立ち上がった。
「う、うん、大丈夫だよ。ただ赤ずきんさんに捕まったら結果的に両腕が折れることになるかもしれないけど……」
そう呟きつつ、周囲の様子に気を配る。もう声も届かないほど遠くへ行ったのか、すでに赤ずきんの声は聞こえない。
それでもついさっきまでは執拗なベンチプレス推しの声を響かせていたので、アリスも何となく事情を察しているのだろう。ジャックの呟きに対してくすりと笑った。
「ふふっ。さすがに赤ずきんさんはそこまで酷いことはしないと思うわ」
「そうかなぁ? 何だか腕が折れるまでバーベル上げやらされる気がして怖いよ……」
「その割には楽しそうに笑っておるな、ジャック。妙に機嫌が良さそうだじょ……ぞ!」
「ええ、そうね。今もそうだけれど、何だか最近ジャックはとても充実しているように見えるもの」
「あ、やっぱり分かっちゃうんだね?」
ハーメルンの指摘に対して、同意見なのかアリスも頷く。
機嫌が良いのはジャック自身も気付いていたし、その理由も分かっている。ここ七日間でも三回も赤ずきんの力になることができたからだ。憧れの人の力になれた達成感や、不安に曇った表情を笑顔に変えられた喜び、そういったものが最近ジャックの機嫌を良くしている要素である。
(でも理由をアリスたちに言えないのがちょっと辛いなぁ。勝手に話したら赤ずきんさんに怒られそうだし……)
まさか皆のお姉さんとしての立場に拘る赤ずきんが、本当はフードを頻繁に失くすようなうっかり者だと教えられるわけがない。誰も幻滅などしないことは分かっているが、話したことを本人は快く思わないだろう。故にこれは胸に秘めておかなければならない話だ。
「もちろんよ。ジャックのことは良く見ているもの」
「ふむ。何か良いことでもあったのか?」
しかし二人とも興味津々な様子であり、さすがに嘘を語るのは躊躇われた。
というかジャックとしてもできれば語りたい話題だ。頼りにならない自分が赤ずきんの力になれたのだから、それを話して誇りたい気持ちが胸の中にある。だが話すと赤ずきんの秘密に関わりそうなので明かせないのが何とももどかしい。
(うーん、当たり障りのないことなら話しても大丈夫かな……?)
多少悩んだものの、赤ずきんの姉としての沽券に関わる部分に触れなければ話したって怒られないはずだ。万が一触れた所を話してしまったとしても、その時は二人に秘密にしてもらえばそれで済む話。
何やらまたしても悪の道に入りかけているジャックだが、それだけ最近は機嫌が良いということだ。決して赤ずきんのコートに対する隠蔽工作で悪事に対する感覚が麻痺したとか、そういうわけではない。はず。
「うん。実は――」
「――見つけたよ、ジャック? さあ、あたしと一緒にベンチプレスしよっか。最低でも五十キロは持ち上げてもらうよ?」
(……話そうとしてごめんなさい、赤ずきんさん)
心の中で言い訳しながら秘密を話そうとした罰だろうか。口に出そうとしたその瞬間、後ろから肩を叩かれた。
振り返ったジャックが見たのは、当然ながらニヤリと笑う赤ずきんの姿。ジャックが秘密を話そうとしたことに気付いたのかどうかはその表情から判断できないが、とりあえず何が何でもベンチプレスをさせるという意思だけは緑の瞳から伝わってきた。
「えっと……そういうわけだから、またねアリス。ハーメルンも」
さすがにこの状況から逃げられるとは思わない。大人しく捕縛されることにしたジャックは、赤ずきんに連行されつつ二人に別れを告げた。
まあ当たり障りの無いことを話そうとしたとはいえ、もしかしたら口が滑って秘密を暴露してしまう可能性もあったのだ。それなのに軽率にも口にしようとしたのだから、五十キロのベンチプレスくらいは罰として甘んじて受けるべきだろう。持ち上げられるかどうかは別として。
「え、ええ。またね、ジャック」
引きずられていくジャックの姿に目を丸くしつつも、笑って送り出してくれるアリス。その笑みがちょっとだけ引きつっていたのはジャックの扱いが酷いせいか、それとも赤ずきんの有無を言わさぬ雰囲気のせいか。
「精々頑張るが良い、ジャック! なに、百キロなぞ軽い方だ!」
(え!? もしかして合わせて五十キロじゃなくって片方五十キロってこと!?)
ハーメルンの方は満面の笑みであったが、代わりに非常に気になる台詞と共に送り出してくれた。
まさか赤ずきんはジャックの細腕に百キロというとんでもない重さのバーベル上げをさせるつもりなのだろうか。だとしたら比喩でも何でもなく間違いなく骨が折れてしまう。聞くのが怖いジャックは何も言えず、不安を胸に抱えたまま赤ずきんに引きずられていった。
「はぁ……はぁ……! あ、赤ずきんさん! もう無理っ……!」
合計四十キロのベンチプレス、その持ち上げ七回目でジャックが弱音を吐く。
この程度の重さと回数が限界など赤ずきんからすれば俄かには信じがたいことだが、ジャックの様子からすると信じないわけにはいかない。何せ真っ赤な顔でぷるぷると震え、搾り出すような苦しげな声で限界を口にしているのだ。どう見てもいっぱいいっぱいなのは演技ではない。
「だらしないなぁ、ジャックは。これくらい軽く持ち上げられるじゃんか」
あくまでも補助として持ち上げていたバーベルを小刻みに震える腕からもぎ取る。重量から解放されたジャックは途端にぐったりと両腕を投げ出し、荒く息を乱していた。まるでキロ単位で全力疾走でもした後、そのまま燃え尽きてしまったかのような消耗の仕方だ。
まあ実際の所は休憩を挟んで三十キロを十回、三十五キロを十回、四十キロを七回持ち上げただけなのだが。
「ぼ、僕にはそんな、軽々持ち上げられないんだってば……ていうかそんな力があるなら、僕だって皆の力になる方法に、頭を悩ませたりしなかったよ……」
ぐったりしながらも非常に納得の行く答えを切れ切れに口にするジャック。
確かに赤ずきんと同じくらいの力があればジャックだって悩んだりはしなかっただろう。黎明に連れてきた張本人である赤ずきんだからこそ、ジャックが自分の無力さに嘆いたり皆の力になる方法に頭を悩ませていたのは良く知っている。
「……それもそうだね。良し、じゃあお仕置き兼トレーニングはこれくらいで勘弁してあげるよ。ジャックにしては頑張った方だしね?」
「あ、一応トレーニングだったんだね、これ……」
自分とは別のやり方で皆の力になり、頑張っているジャックを頭を撫でて褒めてあげる。
ジャックの表情がちょっと不満気なのは男の子なのに子供のように頭を撫でられているせいか、それとも自分が十回も持ち上げられなかったバーベルを赤ずきんが肩に楽々担いでいるせいか。
「あはは。じゃなきゃ幾らお仕置きでも女の子みたいに細いジャックにこんな酷いことしないよ。あたしは優しいお姉さんだからね」
「お、女の子みたいに……細い……」
(あー……もしかして、気にしてるのかな?)
バーベルを元の場所に戻し終えて振り向いてみれば、酷いショックを受けたように愕然とするジャックの表情。どうも赤ずきんがジャックのコンプレックスを容赦無く抉ってしまったらしい。
だとすればこれは間違っても優しいお姉さんの所業ではない。何とかフォローしなければ。
「で、でも、あたしは細くても良いと思うよ! ほら、ジャックは女顔だから細くても似合ってて可愛いじゃん! あたしなんかよりもよっぽど女の子らしく見えるよ!」
「……赤ずきんさん、気持ちは嬉しいけどそこまで無理にフォローしてくれなくても良いよ。お互いにダメージを受けるだけだからもう止めよう?」
「うぅ……ごめん……」
フォロー失敗どころから追い討ちをかけてしまい、なおかつ自爆までしてしまう。そんな赤ずきんに対して怒るでもなく、やんわりとした笑顔で押し留めてくれるジャック。
何故かは分からないが、最近どうにもジャックに対して上手くお姉さんぶることができなくなってきたように思えてならなかった。確かにジャックも大いに頼りになる一人の男に見える時もあるのだが、それは赤ずきんがフードを外している時だけだ。それ以外の場合では頑張り屋さんの優しい弟、という風に思っていたはずだというのに。
「それに赤ずきんさんは凄く女の子らしいよ。前にも言った気がするけど、肌とか爪とかも綺麗に手入れしてるし、可愛い帽子や服もいっぱい持ってて実は結構おしゃれだもんね?」
「じ、実はは余計だよ。実はは……」
「あははっ。ごめんね、赤ずきんさん」
挙句ジャックは自爆した赤ずきんに対してフォローしてくれる。
何だか悔しくて言い返したかったものの、意外にジャックの言葉が巧みなせいで口に出せたのは負け惜しみ染みた呟きだけだった。そんな大人気ない言葉もジャックは朗らかに笑って許してくれた。
「それじゃあ、お仕置きとトレーニングが終わったならもう部屋に戻っても良いかな? 結構汗かいたからシャワーでも浴びてすっきりしたいし」
「そ、そうだね。そうすると良いよ。次は五十キロを持ち上げられるように頑張ろっか?」
「い、一、二回持ち上げるだけじゃダメなんだよね……あ、そうだ。赤ずきんさん、一応シーツは取り替えた方が良いよ。僕結構汗をかいたから匂いがついちゃったかもしれないし」
「え? あ、あー……そうだね。取り替えておくよ」
言われて赤ずきんはベッドに視線を注いでしまう。
まさかこの程度でジャックがそんなに汗をかくとは思っていなかったし、補助する都合上高さもちょうど良かったのでベッドをベンチプレスの台として使ったのだ。となると本人が指摘した通り、今赤ずきんのベッドにはジャックの匂いが染み付いているのかもしれない。ただ赤ずきんは不思議とそれを嫌だとは感じなかった。
「うん、そうした方が良いよ。それじゃあまたね、赤ずきんさん」
「あ、うん。またね、ジャック」
笑顔で去るジャックに対して、こちらも同様に笑いかけて見送る。ジャックが部屋から去った後、一人残された赤ずきんはベッドに腰かけると大きく溜息を零した。何とか堪えていた感情を一度で吐き出す、途轍もなく深く長い溜息を。
「はぁ……参ったなぁ。もう一週間になるのに全然戻んないよ……」
そして胸に手を当て一人呟く。手の平に伝わってくるのは一応は女の子である柔らかさと、その奥で高鳴っている心臓の鼓動。
赤ずきんは最初の一回を含めて計三回、この一週間でジャックのあの笑顔を見ることに成功した。方法は極めて単純明快。フードを無くしたふりをして部屋のどこかへ隠し、それをジャックに見つけてもらうという自作自演の手法だ。これはこれでだいぶ許しがたい行為な気もするが、ジャックだってその類の行為を隠れて行ったのだ。バレたとしても責められる筋合いは無いし、バレなければジャックも赤ずきんも幸せでいられる。
そんな完璧な計画で今の所は上手く行っているのだが、問題が一つだけあった。単なる勘違いのはずの気持ちが、一週間経過しても依然として胸の中にあることだ。おまけにむしろ前よりも強まっている気がするし、そのせいかジャックに対してあまりお姉さんぶることができないでいる。本当に一体どうしたのだろうか。
「もしかしてあたし、本当にジャックのこと……」
考えられる理由は、勘違いではなく本当の気持ちだということ。
つまり赤ずきんはジャックに――
「い、いや、そんなことあるわけないって! そりゃあジャックは優しいし、あたしのこと女の子扱いしてくれるけどさ……」
――そんな考えから逃げるようにベッドへダイブし、枕に顔を埋めて独り言を零す赤ずきん。
頼りになる皆のお姉さんである赤ずきんが、落ち込んでいる時に優しくされただけで惚れてしまうチョロイ女であって良いわけが無い。ジャックがそういう目的で優しくしてくれたならともかく、あれは完全に素で下心は一切無いのだ。だからこそ絶対に落ちて良いわけが無い。
「……ん? これ……ジャックの匂い……?」
不意に枕から香る匂いに気付き、思わず何度か嗅ぎ直す。どうやらジャックが言っていた通り、汗をかいたことで少しとはいえ匂いが染み込んでしまったらしい。いつも使っている枕なのに別の匂いがした。
ただし決して不快ではない。汗なので多少酸いのは当然なものの、むしろ心地良さを覚える匂いだ。くんくん嗅いでいると高鳴る胸がぎゅっと締め付けられ、何ともいえぬ心地良い痛みが――
「――って、これじゃただのド変態じゃん! 何やってんのさ、あたしは!?」
正気に戻った赤ずきんは顔を埋めていた枕を放り投げる。
どう考えても先ほどの残り香をくんくん嗅いで頬を緩める赤ずきんの姿は、頼りになるお姉さんでもなければ恋する乙女でも無い。ただの危ない女のそれだ。
「もしかしてあたし、そんなにチョロイ女だったのかな……?」
何だか居たたまれなくなり、安息を求めてフードを目深に被る。
頭をすっぽり覆い隠してくれるフードにいつもなら安心感を覚えられるはずだが、残念ながら精神は欠片も落ちつかなかった。むしろ先ほどジャックと一緒にいた時の方が落ち着いているという有様だ。
もしかすると本当に自分はジャックに惚れてしまったのではないだろうか。わざわざフードを自分で隠してジャックに探させるという自作自演を行っているのも、純粋に笑顔が見たいからではなく自分に構って欲しいという欲求の表れではなかろうか。確かにジャックのことは嫌いではなかったし、むしろ好ましい人物だと常々思っていたのだが。
「……い、いや、皆のお姉さんのあたしがそんなにチョロイ女なわけないよ! きっともう少し待てばこの気持ちもしっかり消えてくれるはずだ!」
悶々としていた赤ずきんだが、やがて平静を取り戻してフードを上げる。
きっと色恋に関しての体験が無いから抵抗が無く、心がすぐには勘違いだと気付いてくれないだけだ。もう少し日が経てばこんな気持ちも無くなるはず。そうでなければこの先ジャックに対してお姉さんとして振舞うことができなくなってしまう。
「よーし、気持ちを入れ替えるためにもあたしも汗を流そっかな!」
故に赤ずきんは気持ちを改めるため、トレーニングに精を出すことにした。とりあえずは先ほどジャックが持ち上げられなかったバーベルを、その二倍の重さで持ち上げる所から。
ジャックにとってここ最近は非常に充実した日々が続いていた。
理由はもちろん、ジャックが何度も赤ずきんの力になれているから。やっていることはただどこに置いたか分からなくなったコートを探してあげているだけだが、ジャックからするとそれだけでも十分に嬉しい。
コートを探している間はいつもとは逆にこちらが赤ずきんに頼られて何だか誇らしい気持ちになるし、コートを見つけてあげれば赤ずきんはとても眩しい笑顔を浮かべて喜んでくれる。ジャックだって一応は男なので、女の子に頼られるのも女の子の飛びきりの笑顔を見られるのも非常に嬉しかった。
「……ハルさん、ちょっと良いですか?」
「あ? どうした?」
ただほんのちょっとだけ引っかかることがあったので、世間話程度に聞いてみることにした。ちょうどハルがメアリガンのメンテナンスをしてくれているので、待っている間の話題提供という所だ。それにジャックが知りたがっていることに対してかなり詳しいと思われる人物だからでもある。
「ハルさんって確かそれなりに昔から黎明にいたんですよね。それって子供の頃の赤ずきんさんのことも良く知ってるってことですか?」
「あのオッサンほどじゃねぇけど俺も結構古株だからな。赤ずきんのガキの頃ならよーく知ってるぜ。何だ、あいつのガキの頃の恥ずかしい話でも聞きてぇのか?」
思いの外興味を誘う話題だったのか、工具を持つ手を止めてこちらに視線を向けてくる。
話してくれそうなのは喜ばしいのだが、何だか顔がちょっとニヤついているのが気になった。そして恥ずかしい話というのも微妙に気になる。
「それは……止めておいた方が良いと思います。話したことが知れたらハルさんはともかく、僕はただじゃすまないでしょうし……」
「……そうだな」
気にはなったが、怖いので話を聞くのは止めておいた。ちょっと失礼なことを言ってしまっただけでキツイお仕置き兼トレーニングを科せられたのだ。そんな赤ずきんを怒らせるようなことをしたら後が怖い。
ジャックの末路を想像したのか、それとも本気で怖がってるように見えたのか。ハルはちょっと気の毒そうな表情で頷くと、再び作業に戻った。
「僕が聞きたいのは恥ずかしい話じゃなくて、もっと普段の様子というか……赤ずきんさんって結構失くし物をするタイプでしたか?」
ジャックが気になったのはそのこと。赤ずきんがやたら頻繁にフードを失くすことがどうしても引っかかるのだ。
無論いくら赤ずきんでも完璧ではないことは分かっている。ただラプンツェルの仕業である最初の一回を除いても、あんなに目立つコートをここ数日で二度も失くしているのだ。それも失くした場所はすぐに見つかりそうな部屋の中。幾らなんでもそんなことがあり得るだろうか。それとも赤ずきんは底抜けにうっかり者だったのだろうか。
「失くし物ねぇ……根がアレだから物は長持ちしねぇタイプだったけど、失くし物ってのはあんま無かったな。あいつは失くすよりぶっ壊すタイプだ。ガキの頃は何度フードを繕ったか数え切れねえよ」
「あ、あはは、何となく想像つきます……」
深い溜息を零すハルに思わず苦笑するジャック。
返ってきたのは余計に今の状況に疑問を抱かせる答えであり、ますます疑問が深まってしまった。子供の頃よりしっかり者になっているであろう赤ずきんが、何故底抜けにうっかり者になっているのか。全くわけが分からない。
「で、お前は何で突然そんなこと聞きたくなったんだ? ただの暇つぶしの話題ってわけじゃねぇんだろ?」
「えっと、それは……」
尋ねられてしばし悩む。赤ずきんが頻繁にフードを失くす事実も、その捜索をジャックにお願いに来ることも二人だけの秘密だ。誰かに気軽に話して良い事ではない。
(でも、ハルさんなら大丈夫かな。赤ずきんさんの恥ずかしい過去を知ってるなら、それが一つ増えるだけだし……)
とはいえ相手はこんな秘密よりももっと凄い秘密を知っていそうな人だ。そもそもこの秘密を話したところで誰かに吹聴するような人ではない。
それにジャックとしては秘密でも話して相談したい気持ちがある。もしかしたら赤ずきんは何か大きな悩みがあって、そのせいで頻繁にコートを失くしているのかもしれないから。何か困っていることがあるなら力になってあげたい。
「……実は最近、赤ずきんさんが頻繁にフードを置き忘れたりしてるんで探すのを良く手伝ってるんです。赤ずきんさんの力になれるのは嬉しいんですけど、そんなに失くし物するタイプだったのかちょっと気になって……」
故にジャックはその秘密を口にした。もちろん軽い気持ちではなく固く決心した上でのことだが、約束を破り秘密を漏らすという悪事を働いた。
何故かは分からないが最近妙にそういった悪事を働いてしまっている気がする。やはり証拠隠滅という悪行に走ったことで箍が外れ、外道に落ちてしまったのだろうか。
「なるほどな。それであいつの昔の話を聞いたってわけか」
「はい。赤ずきんさんが言うには、皆には秘密にしてるけど昔から結構頻繁に失くしてるみたいなんです。でもハルさんから話を聞いた限りだと違うみたいでちょっと不思議に思ってます」
ハルから話を聞いた限りでは赤ずきんにそんな忘れ癖など無い。つまり赤ずきんは昔から失くし物が多いと嘘をついているのだ。一体何故そんな嘘をつくのかジャックには全く見当がつかなかった。
「ん? 秘密ってんなら何でお前は知ってんだ?」
「あ、それは僕が力になるよって言ったからだと思います。そのおかげで赤ずきんさん、フードを失くすとすぐに僕にお願いに来るんです。ここ一週間でもう三回も赤ずきんさんの力になれました」
「あー、何か機嫌良さ気だと思ったらそういうことか。お前あいつの力になるのがそんなに嬉しいのか?」
「はい! だって赤ずきんさんは強くて優しい僕の憧れの人ですし、そんな人の力になれれば嬉しいに決まってますよ!」
投げかけられた何気ない疑問に対し、ジャックは力強く肯定した。
頼りない自分でも皆の力になれるなら嬉しい限りだし、その相手が憧れの赤ずきんなのだからおさら嬉しい。それにフードを見つけてあげればいつも飛びきりの笑顔を見せてくれるし、不謹慎なのは分かっているがフードの無い赤ずきんの可愛い様子を見ることができる。ここまで嬉しいことなどそう簡単には思い浮かばない。
「お、おう……そうか……」
(あ、ハルさん何かちょっと引いてる……)
ただハルはここまで力強く肯定されるとは思っていなかったらしい。ちょっと困惑気味というか、どこか哀れみを感じる視線を向けてきた。まあ自分でも少々浮かれすぎではないかという自覚はあるので、何か言い返すのはやめておいた。
「……その、なんだ。ジャックお前、もしかしてあいつに……」
その代わりに向こうが何かを言おうとする。
ただし口に出すのに躊躇いがあるのか、続く言葉はいつまで待っても届いてこなかった。一体何を言わんとしているのだろうか。
「どうしたんですか、ハルさん?」
「あー……いや、何でもねぇよ。お前のは素だろうし、よりにもよってアイツってのも無さそうだからな」
(何だろう……僕のは素だとか、よりにもよって赤ずきんさんとか……)
結局続く言葉は聞かせてくれず、ハルは勝手に一人で納得していた。
すごく気になったが今はそれよりも大事なことがある。うっかり者ではなかったはずなのに、頻繁にフードを失くしてしまう今の赤ずきんをどう考えるかだ。
「それで……ハルさんはどう思いますか? 赤ずきんさんがこんなに頻繁にコートを失くすこと」
「そうだな。ま、十中八九わざとやってんだろ」
(わざと……? それってもしかして、赤ずきんさんが自分でコートを隠してるって事?)
ハルの予想にジャックは首を捻って考え込む。
仮にその予想が正しいとしても、その目的がさっぱり分からない。一時的にフードを失くして不安を味わうことに一体何の意味があるのか。それで赤ずきんは一体何を得るのか。
「ど、どうしてそう思うんですか?」
「じゃなきゃあんな嵩張るもんそう簡単に失くすかよ。アレはあいつが特に気に入ってる服だしなおさらだ。お前だって怪しく思ったから俺に話してんじゃねぇのか?」
「それは……そうですけど……」
「まあ気になるってんなら本人に聞いてみろよ。普段のアイツ相手ならお前にはちっと厳しいかもしれねぇが、フードがねえってんならお前でもいけるだろ?」
ニヤリと笑い、意味あり気な視線を向けてくる。
昔の赤ずきんを良く知っているのだから、フードが無いとどれだけ精神的に弱くなるかも良く知っているのだろう。つまりその弱っている隙を狙い、強く攻めて口を割らせろということか。
(確かにフードの無い赤ずきんさんなら、僕でも強く押せば口を割れそうな気がするけど……苛めてみるみたいで気分悪くなりそうだなぁ……)
必要性は感じるものの、はっきり言って気乗りはしなかった。
フードが無くてただでさえ不安で弱っている所に、理由は分からないが隠したがっていることを聞き出そうと迫る。そんなもの精神的な虐めでしかない。そうでもしなければ真意を聞き出すことは叶わないと分かってはいるが、やはり抵抗を覚えてしまうのはいかんともし難い。
(あ、そうだ。わざとやってるんじゃないかっていうことを冗談っぽく口にして、反応を確かめてから本格的に話を聞き出す、っていうのが良いかも。うん、そうしよう。もしかしたら赤ずきんさん、本当にうっかり者になっちゃっただけかもしれないし)
なのでジャックはいきなり強く聞き出すのではなく、まずは何気ない一言として投げかけて反応を探ることにした。これなら白か黒かが予め分かり、苛め気分も少しはマシになるはずだから。
ちなみにこの時ジャックは気付いていなかったが、それは鎌をかけるという立派に外道な行為に他ならなかった。
「ジャックー、フード見つかりそう……?」
今日も今日とて自作自演の真っ最中、赤ずきんは部屋の中を探し回るジャックの後をついて回って声をかける。その声音は不安に満ちていて、全く覇気が無いと自分でも感じられるくらい情けない。
それもそのはず、不安を感じているのは事実なのだ。今赤ずきんは帽子も被っていないため、酷く落ち着かないのは演技ではなく本物の感情。このおかげで自作自演にまた一段と真実味を帯びさせることができるので、頻繁にフードの捜索を頼んでも怪しく思われない。この場に限っては被り物が無いと落ち着かない、という良く分からないこだわりが役に立っているということだ。
「大丈夫、きっとすぐ見つかるよ。赤ずきんさんはいっつも分かりやすい場所に置き忘れてるからね。まるで僕に見つけさせるためにわざと置いてるんじゃないかって思えるくらいだよ?」
「っ……!」
にっこり笑って返すジャックの言葉に、赤ずきんは一瞬肝を冷やした。まさか自作自演を働いていることを示唆しているのだろうか。
「そ、そんなわけないじゃん! そんなことしてあたしに何の得があるのさ!」
「あははっ、それもそっか。赤ずきんさんが本当はうっかり者なだけだよね。疑ってごめんね?」
咄嗟に否定すると、ジャックは一つ笑って何食わぬ顔で捜索に戻る。どうやら本気で疑ったわけではないらしい。またもうっかり者呼ばわりされてしまったが、赤ずきんはほっと胸を撫で下ろした。
(あー、怖かった……今のあたしじゃ真っ正面から問いただされたら誤魔化しきれないからなぁ……)
何の被り物も身に付けていない赤ずきんははっきり言って弱い。今のは冗談の一種での疑いだったから何とかなったものの、確かな疑いを持たれて正面から問いただされたら間違いなく隠し通すことができない。
無論被り物を身に付ければその限りではないが、それだと逆に不安で落ち着かない様子を上手く演じられなくなってしまう。かといって疑われたりした時だけ帽子を被ったりするのも、赤ずきんの血式リビドーを知り、なおかつそれなりに頭が回るジャックに対しては危険が大きい。安全策としてはそもそも疑いを持たれないよう、不安で落ち着かない姿を演出できる被り物無しの今の姿が無難なのだ。
(……ていうかあたし、何でここまでしてジャックの笑顔を見たがってるんだろ?)
そこまで考えてから赤ずきんはふと疑問に思う。
この自作自演はジャックの笑顔を見たいがために始めたものだ。皆の力になりたいと常日頃から思っているジャックが、赤ずきんの力になれた喜びから見せてくれる飛びきりの笑顔を。
(笑顔を見たいっていうのは普通の感情だよね。別におかしいことは何も無いはずだし……)
何故ジャックの笑顔が見たいのかと言えば、それは別に特別な理由からではない。誰だって笑顔は見たいだろうし、自分の行いで人を笑顔にできれば幸せに感じるはず。それが滅多に見られない飛びきりの笑みならなおさらのこと。そこまでは赤ずきんも自分で理解している。
(でも、だからってどうしてあたしは被り物無しでいられるんだろ……?)
分からないのはジャックの笑顔一つを見るためだけに、被り物をしないという選択ができていることだ。フードや帽子といった被り物が無いと不安で居たたまれなくなる赤ずきんなのに、ジャックの笑顔を見るためだけにそんな状況に自ら飛び込めている。
単純に考えればそれはジャックの笑顔が見られた喜びは、今まで感じていた不安を帳消しにしてなおお釣りが来るほどのものということだろう。つまりは被り物で得る安心感よりも、ジャックの笑顔から得る安心感の方が大きいわけで――
「わああぁぁぁぁ!? わあああぁぁぁぁ!!」
「うわっ!? ど、どうしたの、赤ずきんさん?」
何だか真理が見えかけた赤ずきんは恥ずかしさに耐えられず叫びを上げてしまった。いきなり上がった大声にジャックも大層驚いたらしく、目を丸くして振り返ってくる。ここはしっかり目を合わせ、何事も無かったことを冷静に伝えなくては。
「な、何でもない! 何でもないよ、ジャック!」
しかしながら恥ずかしさでジャックの顔がまともに見られず、背中を向けて必死に取り繕うことしかできなかった。手近にあった帽子を被ってみるものの、残念ながら結果は変わらず。お気に入りのフードならまた違ったかもしれないが、アレは今現在ジャックに見つけてもらうために隠してあるので頼りにはできないのだ。
「……ねえ、赤ずきんさん。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、良いかな?」
(う……さすがに挙動不審すぎて変に思われたかぁ……)
ジャックは何やら酷く真面目な声音でそう前置きすると、赤ずきんの背後へと歩み寄ってきた。
優しいジャックのことだ。きっと突然叫びを上げた赤ずきんの様子が心配なのだろう。心配と追求から逃れるためにも、ここは冷静にいつも通りに返さなければ。赤ずきんは一つ深呼吸をして、必死に微笑みを形作ってから振り向いた。
「な、何? お姉さんに答えられることなら何でも聞きなよ?」
「赤ずきんさん……もしかして、本当はフードがどこにあるか知ってるんじゃないの?」
「……っ!」
そして、予想外の言葉に笑みが崩れる。
すぐさま何か言い訳できたならジャックも信じてくれたかもしれない。だが赤ずきんは決して短くない時間、言葉に詰まって何も答えることができなかった。唐突に真実を見抜かれ叩きつけられた衝撃と、ジャックにしては珍しい非難を浮かべた瞳に見つめられて。
「し、知らないよ。ていうか分かんないからジャックに探してもらってるんじゃんか? なのにどうしてそんなこと聞くのさ?」
「……実はちょっと不思議に思ってたんだ。こんな頻繁に部屋の中でフードを失くすことあるのかな、って。それでこの前ハルさんに聞いてみたんだよ。そしたら子供の頃の赤ずきんさんでも、別に失くしものが多いタイプじゃなかったって言ってたから……」
(……ハルさんのアホォォォォォ! 何勝手に人の子供時代のこと話してるのさぁぁぁぁ!?)
何とか言い訳しようにも性質の悪いことにジャックは予め外堀を埋めていた。
まあ元々コートという嵩張る衣服を十日で数回も失くす、それも外ではなく部屋の中でという状況には無理があったに違いない。やはりフードが無いせいでポンコツな自分を他の皆に見られたくないからといって、隠し場所を部屋の中だけに限定したのがまずかったのかもしれない。今更後悔しても後の祭りでしかないが。
「それなのに子供の頃よりしっかりしてるはずの赤ずきんさんが、こんなに頻繁にフードなんて大切なものを失くすなんて絶対おかしい。だから色々考えてみたんだけど……失くしてるんじゃなくて、赤ずきんさんが自分で隠してるんだってことしか思いつかなかったんだ。たぶん、僕に探させるために」
「そ、そんなことしてあたしに何の得があるのさ! 大体、ジャックがそう考えただけで証拠なんてどこにも無いじゃんか!」
今の赤ずきんにできるのは、そこを逆ギレ気味に指摘することだけ。
フードがあれば気持ちも落ち着き、勢いだけで納得させられそうなくらい強く言うことができるのだが生憎今は手元に無い。
「……うん。僕も赤ずきんさんの得になることなんて無いと思うし、証拠が無いのも確かだよ。でもさっき赤ずきんさんの反応を探ってみたから確かだと思う。じゃなきゃまるでわざと隠したみたいだっていう言葉に、あんなに慌てたりしないよね?」
(か、カマかけられた!? ジャックの奴、大人しい顔してなかなかやるなぁ……!)
単なる冗談かと思いきや、どうもその時から疑っていたらしい。人畜無害そうな顔をしている癖に、証拠隠滅を図ったり鎌をかけて誘導尋問を行ったりとなかなかに鬼畜なことをしてくれるものだ。ちょっとジャックを見くびっていた。
残念ながら向こうが確信しているなら証拠の有無は関係無い。今更嘘や言い訳を並べ立てた所でジャックは誤魔化されたりはしてくれないだろう。赤ずきんは諦めて真実を話すことにした。
「う、うぅ……ああ、そうだよ! あんたの言う通り、全部わざとだよ! もう、いつもは優しいのに何で今日はそんなに意地悪なのさ……」
「……やっぱり、わざとだったんだね。でも、どうしてそんなことしたの?」
「じゃ、ジャックのためだよ! ほら、あんたは何だかあたしの力になりたがってるみたいだけど基本は頼りないからさ、せっかくだしあたしの力になれる機会を作ってあげようかな、って思ってね」
そうして赤ずきんが語ったのは、真実全てではなくそのごく一部。
自分の気持ちに気付いてしまった今となっては、笑顔が見たかったからという真実全てを伝えることはできなかった。そんなことを口にすれば恥ずかしすぎてまた顔が見られなくなり、不審に思った鬼畜なジャックにねちねち問い質されてしまう。それだけは絶対に避けたかった。
ただこの時、赤ずきんは自分の気持ちだけを考えてジャックの気持ちを全く考えていなかった。
「そう……なんだ……」
「じゃ、ジャック……?」
だからなのだろうか。ジャックは赤ずきんの言葉に対して、落ち込むように深く俯いた。表情こそ見えないものの、その口から聞こえてきた呟きはどこか震えていて、何か強い感情を必死に抑え込んでいるのが感じられた。
「……僕、ここ最近はすごく幸せだったんだ……強くて優しくて、皆のお姉さんで僕の憧れの赤ずきんさんの力になれたから……役に、立てたから……」
搾り出すように震えた声で、ジャックは言葉を続けていく。
きっとジャックは赤ずきんが考えている以上に嬉しかったのだろう。赤ずきんが自分を頼ってくれることが、赤ずきんの力になれたことが。だからこそあんなに眩い笑みを見せてくれたのだ。
「でも、本当は別に力になれたわけじゃなかったんだね……あんなに嬉しかったのも、幸せだったのも……全部、ただからかわれただけだったんだ……」
「あ……」
赤ずきんは否定しようと声を上げかけた。だができなかった。
顔を上げたジャックの瞳が、涙ぐんでいるのを目にしたせいで。
「赤ずきんさんからすると、善意でやってくれたのかもしれないけど……こんなの、幾らなんでもあんまりだよ……」
ジャックは今にも泣きそうなくらい悲し気な顔をしていた。喜びが大きかった分、それが偽りによるものである事実がショックだったのだろう。あるいは力になりたいというひたむきで純粋な気持ちを、赤ずきんに弄ばれたことが。
もちろん赤ずきんはからかってなどいないし、気持ちを弄んでもいない。ただ赤ずきんの力になれて喜ぶジャックの笑顔が見たかっただけだ。それでも結果的には似たようなことをしでかしたのに変わりは無い。
「じゃ、ジャック……あたしは……!」
この誤解を解く方法は一つ。真実を全て、余す所無く伝えること。当然先ほど自分が気付いてしまった気持ちも含めてだ。
だが今の赤ずきんはフードの無い弱い赤ずきん。気持ちを伝える強さは持ち合わせていないし、伝えようと考えただけで怖くて堪らない。もし気持ちを伝えて断られたら、それを思うと歯の根が震えて何も言葉に出来なかった。自分のせいでジャックが酷く傷つき、悲しみに暮れているというのに。
「……ごめん、赤ずきんさん……僕、部屋に戻るよ……」
「あ……」
誤魔化しも謝罪も無い赤ずきんに愛想を尽かしたのか、それとも今にも泣き出してしまいそうでこの場にいられないのか。ジャックはそれだけ言うと部屋から出て行ってしまった。
赤ずきんがすべきなのは今すぐその背を追いかけ、真実を包み隠さず伝えること。それは分かっていたが、今の状態では追いかけるために足を踏み出すことは出来なかった。ジャックに嫌われてしまったのではないかという怯えに囚われ、足が竦んで動かない弱すぎる赤ずきんには。
自作自演がバレて呆然の赤姉。次回、一章終わりです。
ハーメルンのパンチラ的なラッキースケベイベントを話しに挟みましたが、実は一つ猛烈に気になることがあります。それはハーメルンが下着を穿いているのかいないのか。穿いていないわけがない、と思いたい所ですがラプンツェルがアレだったことを考えると穿いてなくてもおかしくないんですよね……。
ちなみにVITA版をプレイしている時、ハーメルン戦で仰け反らせた瞬間スクリーンショットを撮影して覗いてみたりしました。結果は、まあ……気になる方はご自分の目でお確かめください。