ジャック×赤ずきん   作:サイエンティスト

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 ジャック×赤姉の二章一話。
 親指姫の時とは違い今の所は赤姉の片想い状態。でも男なんて可愛い女の子にちょっと迫られれば簡単に落ちちゃうんだよなぁ……まあそんな器用な真似が赤姉にできるのかどうか、という部分がこの章のキモです。





2章:男女の駆け引き
初めての逢瀬


 赤ずきんから告白されるという信じがたい体験を経て、その恋人となったジャック。

 新たな一日を迎えベッドの上で最初に思ったのは、昨日の出来事は全て夢ではないかという考えだ。しかしそれも当然。まさか憧れの赤ずきんからあんなにストレートな告白をされるなんて夢としか思えなかったからだ。

 とはいえ間違いなく現実の出来事であるという証拠があったので、ジャックはすぐに状況を受け入れることができた。やはり証拠として赤ずきんによる破壊の爪痕をそのまま残しておいたのは良い判断だったらしい。

 

「おはよう、ジャック。良く眠れた?」

「おはよう、赤ずきんさん。残念だけどそんなに眠れなかったよ……ふああぁ……」

 

 ただしそのせいで安眠ができず、朝食の席に顔を出した途端大きな欠伸を漏らしてしまった。

 黎明に来る前に捕らえられていた牢獄の環境に比べれば、部屋に風穴が開いている程度は気にもならないと思っていたのだが、どうもジャックは意外と繊細な方だったらしい。あるいはここでの暮らしに慣れ過ぎたため、逆にあの程度の変化でも良く寝付けなくなったのかもしれない。

 

「でっかい欠伸ねぇ。ま、そりゃ部屋に風穴なんて開いてたら熟睡できるわけないわよね。アレいつ直すのよ、あんた?」

「ジャ、ジャックさん、大丈夫ですか? 目の下にクマができてますよ?」

 

 大きな欠伸に親指姫には呆れられ、顔に出た不眠は白雪姫に心配される。

 赤ずきんがジャックの部屋の扉を破壊したことは、親指姫たち三姉妹によって広められたのかすぐに血式少女全員が知る話となっていた。立て付けが悪くて開かない扉を力づくで開けた、という当初の嘘をどうも皆が信じているらしい。

 根掘り葉掘り聞かれたらちょっと困るのでジャックとしては安心だったのだが、当の本人は多少不満げであった。やはり赤ずきんならやりかねない、と思われているのが不服だったのだろう。

 

「大丈夫だよ、白雪姫たちもおはよう。一応今日ハルさんに頼んでみるつもりなんだけど、すぐ直してもらえるかどうかは分からないなぁ」

「全く、ドアが開かないからといって壊してしまうだなんて乱暴すぎますわ。せめてもう少し力を抑えたらどうですの?」

「もし一歩間違えばジャックは大怪我していてもおかしくなかったわ。無事だったから良かったようなものの……」

「あー、ごめんごめん。次からはもっと気をつけるよ……」

 

 親指姫たちに答える傍らでは、シンデレラとアリスに責める様な目で見つめられ小さくなっている赤ずきんの姿。

 後からちょっと聞いた話だがあの行動はジャックが憧れた赤ずきんらしさを追求したが故の行動なだけで、本当はあそこまで破壊する気は無かったらしい。やはり告白を胸に秘めた緊張から力の加減が上手くできなかったに違いない。

 

「次からは気を付けるそうよ、ジャック。次の機会が来ないと良いわね、ふふっ……」

「そ、そうだね、グレーテル……」

 

 怪しく笑うグレーテルにジャックも何とか笑みを返す。

 ただし多少引きつっているであろうことは自分でも分かった。確かに次の機会があったらシャレにならないし、そうそう何度も部屋を壊されては堪らない。あんな破壊は是非とも今回限りにして欲しいものだ。

 

「よーし。ジャック、ドアを壊したお詫びに今日はあたしが本気でみっちりトレーニングをつけてあげるよ! というわけで、朝ごはん食べ終わったらあたしの部屋に集合だからね!」

「本気の赤姉のトレーニングとか超キツそう……ジャック、私はあんたのこと忘れないわ」

「何で僕が死ぬ前提みたいな言い方してるのかな、親指姫……」

 

 わざとらしくも悲し気な顔をする親指姫に視線を向けると、同情の滲む瞳で返される。からかい混じりかと思いきや案外本気で悲しみと同情を覚えているらしい。

 だとすれば赤ずきんによる本気のしごきは一体どれだけハードなのか。怖いもの見たさにも似た不思議な興味が沸いてしまいそうなジャックだった。

 

「そもそもトレーニングがお詫びなるかどうかが疑わしいのだけれど……」

「ま、まあそれはともかく、さすがに赤ずきんさんでもそこまでキツイトレーニングは……しません、わよね?」

「さあ、どうかな? まあジャックの体力に合わせて死なない程度にしごくつもりだけど、無事で済むかどうかは分かんないね」

 

 困惑顔のアリスとシンデレラに対して、赤ずきんは肩を竦めつつ投げやりなことを言う。そんな答えに二人の表情は不安そうに曇るが、ジャック自身は特に不安など感じていなかった。

 何故なら赤ずきんはトレーニングにかこつけて二人きりになるのが目的のはずだからだ。恋人としての自分たちのこれからについてまだ話し合いをしていないので、朝食の後にじっくり話し合うつもりに違いない。なのでジャックは地獄のトレーニングが方便だと知っているため、さほど心配していないというわけである。

 

「じゃ、ジャックさん、頑張って下さい! 白雪、ジャックさんが死んじゃったら嫌ですよ!」

「部屋を壊された挙句に、度を越した激しいトレーニングに付き合わされる……災難続きね、ジャック。同情するわ。身体を壊さない程度に頑張りなさい」

「う、うん。まあ死なない程度に頑張るよ……」

 

 しかし本気で心配されるとさすがにちょっと不安になってくる。

 必死に無事を願う健気な白雪姫の姿と、冗談なのか本気なのか分からないいつも通りの声音と笑みで激励してくれるグレーテルの姿に、さすがのジャックも心の底で祈るのだった。相手が赤ずきんなのでトレーニングすることになるのは仕方ないとしても、せめてごく普通のトレーニングであることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「赤ずきんさん、僕だよ。入っても良い?」

 

 朝食後、ジャックは先に戻った赤ずきんの後を追う形で部屋を訪ねた。

 仲間たちは激励や同情の言葉で以って送り出してくれたあたり、皆ジャックが本当にトレーニングを受けるのだと信じきっているらしい。実際は恋人との初めての逢瀬を楽しみにきた、という表現が相応しいのだが。

   

「ああ、ジャック。いらっしゃい……とりあえず、入りなよ?」

 

 扉を開けてちらちらと周囲の様子を窺った後、ジャックを部屋に招く赤ずきん。

 朝食の席ではわりといつも通りでおかしな様子はどこにもなかったが、今は何だか顔が赤いしあまり落ち着きが感じられない。やはり皆の手前頑張ってお姉さんらしく振舞っていただけで、これが素の様子なのかもしれない。

 そんな様子をジャックには隠さず見せてくれるあたり、自分が特別に思われていることが改めて分かり嬉しさに笑ってしまうジャックだった。

 

「うん。それじゃあお邪魔します」

 

 招かれるまま部屋へと入ると、すぐに後ろで扉が閉められる。部屋の中に二人きりな事実のせいでジャックもちょっとドキドキしてきたし、扉を閉めて振り返った赤ずきんの表情も一段と赤くなっている。

 しかし何故かその表情は真剣そのものだった。まるでジャックに告白してきた時と同じくらいに。

 

(もしかして赤ずきんさん――)

「あのさ、ジャック。一応確認なんだけど、昨日のこと……夢じゃ、ないんだよね?」

(――あ、やっぱり……)

 

 その理由を予想すると同時、本人が答えを教えてくれた。真剣な表情を不安気に歪ませ、フードを身に着けているのにどこか弱々しさを感じる声音で。

 どうやら赤ずきんは昨日の出来事が現実なのかどうかいまいち自信を持てないらしい。つい先ほどの朝食の席で、ジャックの部屋の扉が壊れている話を自分もしていたというのに。昨日喜びのあまり二時間のランニングへ繰り出し、帰ってきた時にも同じ事を聞かれたので現実だと教えてあげたのに。

 

(普通それを聞くのは僕の方じゃないかな。いや、告白してきたのは赤ずきんさんの方だからなのかもしれないけど……)

 

 ある意味高嶺の花とも言える憧れの人、それも非常に魅力的で可愛いお姉さんに告白されたジャックとは違い、赤ずきんの方は貧弱かつ頼りない男にオーケーをもらっただけ。本当にあった出来事なのか尋ねるべきなのはどう考えてもこちらの方だ。

 なのに向こうがそれを尋ねてくるとは、赤ずきんにとってジャックの恋人になれたことはそれだけ嬉しくて信じられない出来事なのだろう。どれだけ深く想われているかが分かり、ジャックはちょっと照れ臭くなってしまう。

 

「夢じゃないよ、赤ずきんさん。その証拠に僕の部屋は風通しが良くなったままだからね?」

「あー……それは本当にごめん。本当にあそこまで壊す気はなかったんだけどさ、告白前で緊張してたからちょっと加減ができなかったんだ……」

「もう怒ってないから気にしないで良いよ。それよりも僕たちのこれからについての話をしようよ。僕たち、恋人になったんだしね?」

「恋人……うん、そうだね!」

 

 罪悪感からか落ち込んだ様子を見せる赤ずきんだったが、ジャックがその言葉をかけた途端眩しいほどの笑顔を浮かべて頷いた。恋人になったという事実だけでそこまで喜んでもらえるとは、本当に赤ずきんはどれだけジャックのことが好きなのだろうか。

 

「よし。じゃあまずはあたしたちのことを秘密にするかどうかを決めようか。ジャックはどうしたい?」

 

 二人でベッドに腰かけた所でまず切り出されたのはその話。つまり自分たちの関係を皆に隠すか否か、ということ。

 一応ジャックの中ではどうしたいのかはすでに決まっているので、素直にそれを口に出すことにした。

 

「正直に言うと、ちゃんと皆に話したいな。隠してても絶対いつかはバレちゃうだろうし、赤ずきんさんみたいな素敵な人が恋人なんだってことを皆に自慢したい気持ちもあるしね」

「そ、そっか。ジャックも意外とそういうとこあるんだね……」

 

 意外そうに、そして嬉しそうにしながら納得した様子を見せる赤ずきん。

 ジャックとしてはやはりちゃんと皆に話すべきだと思っている。いつまでも隠せるわけは無いし、こんなに素敵な女の子が自分の恋人だということを皆に知って欲しいからだ。それに皆のお姉さんである赤ずきんと付き合うのだから、やはりその妹たちに関係を認めてもらいたいところだ。

 

(まあ、その前に自分の気持ちをしっかり見極めるのが先なんだけど……)

 

 皆に認めてもらうのも大切なことだが、今一番大切なのはこちらの方。ジャックが抱く赤ずきんへの気持ちについて。

 昨日からそれなりに考えてはみたが、結果は変わらず自分の気持ちは分からないまま。やはり尊敬や憧れが邪魔をして他の感情が汲み取りにくいのだ。仮に赤ずきんに対して小さな恋心を抱いていたとしても、恋愛未経験のジャックは尊敬や憧れと混ぜてしまい気が付けないに違いない。

 自分の気持ちを見極めること。ひとまずはそれが目標なのだがどうすれば見極められるのかさっぱり分からず、目標を立てた傍から途方に暮れているジャックであった。

 

「ふーん、ジャックはあたしたちの関係を皆に話したいんだね。でも、あたしは秘密にした方が良いと思うよ?」

「えっ、どうして?」

 

 心の中で途方に暮れていると、赤ずきんは自分とは真逆の考えを口にしてきた。

 一瞬ジャックのような輩が恋人では恥ずかしいのではないかと思ったが、そんな輩に告白してきたのは赤ずきん本人だ。ならば別の理由があるに違いない。

 

「ほら、ジャックはまだあたしへの気持ちが分かって無いよね? だから、その……あたしを振ることも、あるかもしれないじゃん。それなのに皆にあたしが恋人とか自慢してたら、あんた……絶対後で皆に非難されるよ?」

「あ……そ、そういうことなんだ……」

 

 赤ずきんが不安気に口にした理由は、むしろジャックの世間体を気遣うものだった。

 確かに恋人だと皆に知らしめておきながら赤ずきんと別れたりすれば、きっとジャックには非難の嵐が巻き起こるだろう。アリスやグレーテルあたりは理由をちゃんと説明すれば納得してくれそうだが、親指姫あたりは説明しても相当キツく当たってきそうだ。

 

「でも、さすがに赤ずきんさんのこと振ったりだなんて――」

「――しない、って断言できる……?」

「……っ」

 

 もちろん断言しようとしたジャックだが、赤ずきんの不安気な瞳を見て一瞬言葉に詰まってしまう。まだ自分の気持ちが分からない癖にそんな風に断言して良いのか、と思ってしまったからだ。

 理由はどうあれ即答できなかった以上、今更何を言っても赤ずきんは信じてくれないだろう。故に一瞬とはいえ言葉に詰まったジャックは、次にどんな言葉を口にすべきか高速で頭を働かせた。

 

「……あ、そっか! 今の内に皆にあたしたちの関係を広めておけば、ジャックだってあたしを簡単には捨てられなくなるってことだよね!?」

「ちょっ!? 赤ずきんさん!?」

 

 すると赤ずきんは名案を思いついたとでも言いた気な表情でそんな恐ろしいことをのたまう。さすがにこれにはジャックも面食らってしまった。具体的にはそんな脅迫紛いのことまで言う赤ずきんの本気具合に。

 

「あははっ。冗談だよ、冗談。でもそんなわけだから今は秘密にしといた方が良いと思うんだ。ジャックがどうしても自慢したいって言うなら止めないけどさ」

「あ、ああ、何だ、冗談なんだね……びっくりしたなぁ……」

 

 すぐに自分で冗談だと笑い飛ばした赤ずきんに、思わず胸を撫で下ろして安堵するジャック。

 一瞬目が本気だったのでちょっと焦ったが、さすがに赤ずきんはそんなことをする人物ではない。きちんとジャックへの気持ちを受け入れ大胆に告白してきたのだから、ジャックの心を手に入れようと行動するなら脅迫紛いの方法で心を縛り付けて手に入れる搦め手より、もっと真っ直ぐで素直な方法を取ってくれるはずだ。

 

「……うん、そうだね。じゃあ今は秘密にしておこうか」

 

 落ち着きを取り戻した所でちょっと考えてみたが、やはり答えはすぐに出た。

 自分から振ったりすることは無いと言い切れるが、もしもジャックが別の誰かに恋心を寄せていたなら赤ずきんの方から気を遣って別れるということもあり得る。ただしその場合も皆に責められるのはたぶんジャックだ。それなら今は秘密にしておいた方が賢い選択に違いない。

 

「決まりだね。それじゃあ次は、えっと……他には何を決めれば良いのかな?」

「……赤ずきんさん、もしかして考えてなかったの?」

「し、仕方ないじゃん! 昨日は嬉しくて頭が回らなかったし、あたしこういうの初めてなんだよ!」

 

 困りきった顔で尋ねてくる赤ずきんに尋ね返したところ、頬を染めて言い訳染みた答えを返してきた。

 自分たちの関係を秘密にするかどうか、それ以外の話題はどうも昨日から何も思いつかなかったらしい。ジャックでさえ恋人としての自分に求めることは何か、という話題が浮かんでいたというのに。

 

(そういえば昨日は頭を落ち着かせるために走り回ってたんだっけ。ていうか一応僕も初めてなんだけどな……)

 

 ただ昨日の赤ずきんが嬉しさで落ち着きが無くなっていたのは純然たる事実だ。もしかしたら今頃嬉しさで走り回っているかも、という失礼な想像が見事に現実のものとなっていたことを知ったときの衝撃は忘れない。そしてジャックの恋人になれた程度でそんなに喜びはしゃぎまわる赤ずきんの純朴な可愛らしさも。

 

「それじゃあ、赤ずきんさんが恋人としての僕に何を求めてるのか教えてよ。キスみたいにまだ応えられないこともあるだろうけど、大抵のことなら応られるよう努力するから」

「えっ? い、良いの? だってジャック、まだあたしのことどう思ってるのか分かんないんだよね?」

「確かに僕は赤ずきんさんのことをどう思ってるのかまだ分からないよ。でも赤ずきんさんの方は、その……本気で僕のことが好き、なんだよね?」

「う、うん。あたしは、本気でジャックのことが好きだよ」

 

 ちょっと居心地悪いが面と向かって尋ねてみると、赤ずきんは微笑みさえ浮かべて躊躇い無く答えてくれた。無論ちょっと頬は赤いが嘘偽りや誤魔化しなどどこにもない、赤ずきんらしい真っ直ぐな本気の気持ちを。

 こんなひたむきな気持ちを向けられることが嬉しくて、ジャックもついつい笑いを零してしまった。

 

「だったら僕もその気持ちにはちゃんと応えてあげたいんだ。だから、赤ずきんさんが恋人としての僕に求めてることがあるならちゃんと教えて欲しいな。さすがに僕なんかに男らしさを求められたらちょっと困るけど、それ以外のことなら赤ずきんさんの望みの彼氏になれるよう何とか頑張るよ」

 

 でなければ本気でジャックを想って告白してきた赤ずきんに失礼だ。仮にも恋人になった以上はしっかり恋人らしくならなければ。

 まあ赤ずきんが力強さとかカッコよさとか、ジャックが逆立ちしても手に入れらないものを求めているのならちょっとどうすれば良いか分からないが。

 

「わ、分かった。それじゃあ……恥ずかしいけど、言うよ……」

「うん。言ってみて?」

 

 申告通り恥ずかしそうに頬を赤らめる赤ずきんへ、ジャックは優しく笑いかけて促す。

 しかしすぐには口を開いてくれず、赤くなったまま視線を下の方に彷徨わせたり、ちらちらとこちらに向けてきたりして躊躇いを見せる。

 

(あんなに大胆な告白をしてきたのにこんなに恥ずかしがるなんて……女の子って分からないなぁ……)

 

 分からないが、そんな風に恥ずかしがる赤ずきんの姿がとても可愛らしい。故にジャックは赤ずきんが自分から口を開くまで、その光景の微笑ましさを楽しみながら待っていた。

 それからたっぷり十秒以上は経過しただろうか。恥じらいに引き結ばれていた唇はやがて意を決したように開かれた。

 

「その……皆基本的には良い子たちなんだけど、個性的な子が多いからさ……実は皆のお姉さんしてると結構疲れるんだよね……」

「そうだね。でもそう言う赤ずきんさんもだいぶ個性的じゃないかな?」

「い、言ったなぁジャック!? 今言っちゃいけないことを言ったね!」

「あははっ。ごめんね、赤ずきんさん。それで疲れるからどうしたの?」

 

 緊張を解してあげるために冗談を口にしてから続きを促すと、眉を寄せて睨んできていた赤ずきんは途端に大人しくなる。

 否定できないからなのか、それとも今は自分の望みを叶えてもらう事が優先なのか。赤ずきんの不服そうな反応からするとたぶん両方だろう。

 

「……うん。昨日も言ったけどさ、あたしもお姉さんだってことを忘れて子供みたいに甘えたくなるんだ。今まではそんなことできる相手なんていなかったから、我慢してたんだけど……」

 

 そこで言葉を切り、ジャックにちらりと視線を向けてくる。それは何かをねだるような、甘えるようなとても可愛らしい瞳。

 少なくとも頼りになる皆のお姉さんとしての赤ずきんが浮かべる瞳ではない。一人の女の子としての赤ずきんが、好きな人にだけ見せる隠さぬ弱さの滲む瞳がそこにあった。

 

「……ジャック、あんたに甘えても良いかな?」

 

 そんな弱々しく可愛らしい瞳で反応を窺いながら、控えめに尋ねてくる赤ずきん。

 かける言葉は当然決まっている。ジャックは頷き、迎え入れるように両腕を広げた。

 

「うん、良いよ。僕なんかで良ければ、好きなだけ甘えてきてよ」

「ほ、本当に良いの? 絶対あたし子供っぽくなるよ? あんたの憧れのお姉さんの姿なんて欠片も無くなるよ?」

 

 しかしそれを気にしてか腕の中に身を寄せようとはしてこなかった。不安気に縮こまりつつ、むしろ若干距離を取っているくらいだ。どうもジャックの憧れである赤ずきんのイメージを壊してはいけないとでも思っているらしい。

 

「確かに赤ずきんさんは僕の憧れの人だけど、赤ずきんさんだって一人の女の子じゃないか。弱い所があったって何もおかしくないし、幻滅なんてするわけないよ。僕はむしろその方が親しみを感じられるしね。それに……子供っぽい赤ずきんさんっていうのも、可愛くて僕は結構好きだよ?」

 

 なので躊躇う赤ずきんへと本音を告げる。

 ジャックはさほどイメージには拘っていないので、別に問題は無かった。もう二度と憧れのお姉さんに戻らないならちょっと問題ありだが、あくまでも一時的なもののはずなので心配はしていない。

 そもそも完璧な人なんていないのだから弱い所の一つや二つあって当然というものだ。それに子供っぽい赤ずきんの姿というのも、普段の様子とギャップがあって非常に好ましい。問題ないどころかむしろ大歓迎である。

 

「じゃ……ジャックぅーっ!」

「わあぁっ!?」

 

 そんな本音を微笑みつつ告げた結果、次の瞬間赤ずきんは腕の中に飛び込んできた。感極まったような表情で、危うく吹き飛ばされそうになるくらいの勢いで。

 飛び込んでくるのは別に構わないがもうちょっと加減して欲しいと思うジャックであった。

 

「はー……やっぱり、凄く落ち着くよ……ずっとずっと、こんな風にしたかったんだ……ジャックぅー……」

 

 朱色に染まった頬をご機嫌に歪めつつ、ジャックの胸に顔を埋めるように密着してくる赤ずきん。おまけに恍惚とも取れそうな吐息を零すと、背中に腕を回してぎゅっと抱きついてくる。

 頼りになる皆のお姉さん、強くて優しい赤ずきんがジャックの胸に顔を埋めてぎゅっと抱きついてくる姿はある意味とても衝撃的だった。その姿は最早完璧に甘えん坊な一人の女の子だ。あの赤ずきんがこんな風にジャックに甘えてくるなど、一体誰が信じるだろうか。

 

(現場を見せない限り誰も信じないよね、これ。僕もまだちょっと信じられないや……)

 

 ちょっと信じがたいがこれは事実。赤ずきんは間違いなくジャックに甘えているし、もっと優しくしてほしいと思っている。それなら曲がりなりにも恋人であるジャックがその願いを叶えなくてどうするというのか。

 

「……よしよし。赤ずきんさんは甘えん坊だね?」

 

 なので甘えさせる側に相応しそうな言葉を口にしつつ、優しく頭を撫でてあげる。相手が赤ずきんなせいかかなり生意気で上から目線の台詞であった。しかし当人がこういった触れ合いを望んでいるのだから仕方ない。

 

「むー……」

(あ、あれ? 何か機嫌悪くなっちゃった……)

 

 仕方ないと思ったのだが、どうやら間違っていたらしい。

 赤ずきんはジャックの偉そうな台詞を耳にするなり、腕の中で顔を上げて不機嫌を隠さず睨みつけてきた。それも頬を膨らませた酷く子供っぽい表情で。やはり少々生意気に過ぎたのだろう。

 

「や、やっぱりちょっと生意気だったよね? ごめん、赤ずきんさん。僕、包容力があるわけでもないから、こんな台詞でも言わないと赤ずきんさんを甘えさせるには役者不足かなって思って……」

「いや、あんた包容力は誇って良いくらいあるよ。あたしを受け入れてくれるくらいだしさ……あたしが気に食わないって思ってるのはもっと別のことだよ、別のこと」

「別のこと……?」

 

 腕の中から不満げに見上げてくる赤ずきんの姿を眺めながら、何が気に入らないのか考えてみる。

 抱き返したことか、それとも頭を撫でたことか。しかし甘やかして欲しい赤ずきんからすれば、これらはむしろ喜ぶべきことのはず。だからこそジャックには理由が分からなかった。

 

「……ごめん、僕には分からないや。赤ずきんさんは一体何が不満なの?」

「それだよ、それ! その呼び方!」

「呼び方……赤ずきんさん?」

「そう! あたしを甘えさせてくれてるジャックが、さん付けであたしを呼ぶからいまいちなんだよ! だからジャック、呼び捨てでさっきの台詞言ってみてよ!」

「え、えーっと……」

 

 胸に縋り付く形で見上げてくる赤ずきんが、瞳を期待に輝かせながらジャックの言葉を待っている。年上のはずなのにこのじゃれてくる子犬のような可愛らしさは一体何なのか。お尻に尻尾が生えていてそれがパタパタと振られていても全く違和感が無さそうだ。

 赤ずきんは皆のお姉さんだけあって、一応ジャックよりも年上。しかも尊敬している憧れの人。そんな人を呼び捨てにすることに若干躊躇いはあったが、他ならぬ本人が望んでいるのでは仕方ない。

 

「……よしよし。赤ずきんは甘えん坊だね?」

 

 なのでジャックは赤ずきんの頭を優しく撫でながら、先ほどと同じ言葉を敬称抜きで口にした。

 自分ではかなり偉そうな気がしたものの、赤ずきんにとってはどうも最高に琴線に響く態度と言葉だったらしい。期待がこもっていた面持ちは、感激とも取れそうな溢れんばかりの笑みに輝いていた。じっとしていられず今にも走り出さんばかりの喜びに。良く考えるとそんな反応もますます犬っぽい。

 

「うんうん! 良い感じだよ、ジャック! ていうかもう普段からその呼び方でも良いくらいだよ!」

「普段はさすがにダメだよ。皆には秘密にしないといけないのに、突然呼び方が変わったら絶対何か疑われちゃうよ?」

「あ、そっか。なら仕方ないよね……残念だなぁ……」

 

 落胆からか僅かに肩を落とし、その気持ちを拭うように更に強く抱きついてくる赤ずきん。やはりがっかりしたのか笑顔も若干沈んでいる。力なく地面に垂れ下がる尻尾を幻視しそうなくらいである。

 そんな顔をされるとまた笑顔にしてあげたくなるのだが、さすがに皆の前で敬称を無くすのは無理だ。いきなり呼び捨てにしてしまえば勘の良い人なら関係に気付くかもしれない。

 

「そんな顔しないで、赤ずきん。皆の前ではちょっとマズイけど、二人きりの時なら呼んであげるから」

「本当!? ありがとう、ジャックぅー!」

 

 なので二人きりの時なら望み通りの呼び方をしてあげる、と約束した。

 途端に僅かに沈んだ面持ちには眩しいほどの笑みが戻り、胸に頬擦りする形で更に深く抱きついてくる。実は抱きつき癖があるのではないかと思うぐらいの密着具合、そして犬のようなテンションの上がり具合だ。

 

「よしよし。赤ずきんは可愛いね?」

「はふぅ……」

 

 続いてあやす様に優しく頭を撫でてあげると、赤ずきんは腕の中で気持ち良さそうな吐息を零す。

 頼りになるお姉さんに対していっそ失礼なくらい完璧に子ども扱いしているにも関わらず、本人はとても幸せそうだ。甘えさせる側であった赤ずきんだからこそ、やはりこんな風に甘えるのが夢だったのだろう。

 

(参ったなぁ。こんなんじゃ僕、絶対その内落ちちゃうよ……)

 

 赤ずきんを甘やかしつつ、考えるのは今後のこと。

 今のところ赤ずきんへの気持ちは分からないジャックだが、落ちるのは時間の問題だとはっきり分かっていた。例え元から恋心を抱いていなかったとしても、その内芽吹いてしまうことも十分に考えられる。

 何故ならあの赤ずきんが普段の様子からは考えられないくらいに無防備で可愛らしい姿を晒してくれているのだ。いっそ眩暈を起しそうなくらいにギャップが凄まじいし、そんな姿を晒すのは他ならぬジャックにだけ。ここまで特別に想われ求められていることが分かると、もう想いに応えてしまっても良いんじゃないかという考えさえ浮かんでくる。

 もっともその考えには不純な動機が混ざっている可能性が高かった。理由はとても単純だ。

 

(それに、何ていうか……凄く柔らかいものがお腹に当たってドキドキする……)

 

 真正面から抱き合っているせいで、衣服越しとはいえ赤ずきんの胸の膨らみが容赦なくジャックの腹部の辺りに触れているからだ。

 しかもほぼ完璧に密着しているのでもう触れているというか押し付けられている感じだ。思った以上に大きくて柔らかい感触に胸を高鳴らせてしまっている辺り、不純な考えが無いと断言することはできなかった。

 

(赤ずきんさん、もしかして気付いてないのかな? それとも、分かっててやってるとか……?)

 

 未だにちょっと信じがたいが、赤ずきんからすればジャックは何としても落としたい相手だ。ジャックをその気にさせるため、あえてこんな真似をしている可能性だって考えられる。もしかしたらこんな風に甘えてくるのも作戦の一環ということも――

 

(――そんなわけないか。赤ずきんさん、本当に幸せそうだし……)

 

 腕の中で至福に頬を緩める赤ずきんの姿に、ジャックは即座にその考えを否定した。

 赤ずきんがこんなにも心から幸せそうにしている姿を見たのは正直なところ初めてだ。きっと今は余計なことなど何も考えず、ただ甘えられる相手に巡り合えた喜びに浸っているのだろう。そうでなければここまで混じり気のない至福の笑みを浮かべることなどできないのだから。

 

「ジャックぅ、もっと頭撫でてよー……」

(だけどあざとい! この可愛さはあざとすぎるよ、赤ずきんさん!)

 

 とはいえこの可愛さだけはわざとやっているのではないかというくらい凄まじい。あの赤ずきんが腕の中で頬を膨らませ、ねだるように見上げてくる姿など反則そのものである。

 その可愛さにジャックは多大なる衝撃を受けながらも、努めて平静を装い望み通り甘やかしてあげるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ、もう良いよジャック。名残惜しいけど今はこれで十分だよ」

 

 抱きついてから一、二分ほど経過した頃だろうか。ある程度の幸せを得られた赤ずきんはジャックの背に回していた腕を解き、静かにその暖かい身体から離れた。もちろん長年積もりに積もった欲求が満たされたわけではないので、後ろ髪引かれる思いを抱えながら。

 欲を言えばまだまだ甘えていたいが、赤ずきんとジャックの関係はまだ本物の恋人同士ではないのだ。にも関わらずジャックの優しさに付け込み甘えすぎるのは良くない。

 

「えっ、もう良いの? 別にもっと甘えたって僕は構わないよ?」

「そりゃああたしももっと甘えてたいけどさ、それだとあたしばっかり良い思いしてることになるじゃんか。そんなの不公平だよ。というわけで、次はジャックの番だ!」

「えっ、ぼ、僕の番?」

 

 自分にしてくれたのと同じく迎え入れるように両腕を広げ笑いかける赤ずきんだが、さすがにジャックは飛び込んで来なかった。飛び込んできたなら同じように抱きしめて頭を撫でてあげようと思ったのに、心底意外そうな顔で驚きを露にしている。

 まあ基本は優しさと誠実さでできているジャックのことだ。キスを拒むのと同じく、自分の気持ちがまだ分からないのに恋人同士の触れ合いをすることはできないと考えているのだろう。つまりは赤ずきんに対して何かを求めるつもりは無かったに違いない。

 

「まだ気持ちが分からないからって、恋人っぽいことは何もしちゃいけないなんておかしいよ。ジャックもあたしにして欲しいことがあるなら遠慮なく言ってみなって。あたしにできることなら何でもしてあげるからさ」

 

 しかしそんな自分のみが得をする関係を許す気は無い。

 赤ずきんが目指しているのは相思相愛の関係だ。それに好きな人の願いを叶え、求めに応えたいという純粋な気持ちがある。ジャックだって自分の願いや求めを受け入れてもらえたなら、先ほどの赤ずきんと同じくとても大きな幸せを感じてくれることだろう。

 そうなればジャックが幸せを感じてくれたことで赤ずきんも幸せになれるし。お互い幸せで万々歳だ。

 

(それに、これであたしへの好感度が上がるかもしれないしね!)

 

 なお、実はそんな打算もあるのだがそれは口にはしなかった。具体的に作戦とかそういうのはまだ決まっていないし恋愛経験皆無の赤ずきんにまともな作戦が立てられるとも思えないが、隙あらばガンガン行くつもりである。それくらいやらなければ赤ずきんがジャックを落とすことはできそうもない。

 

「ええっ? で、でも……」

「だったらこれはあんたの恋人じゃなくて、皆のお姉さんからの命令だよ。何でも良いからあたしにして欲しいことを言ってみてよ。お姉さんの心を癒してくれたお礼に、何でもしてあげるからさ」

 

 なおも遠慮するジャックに対し、赤ずきんはお姉さんとしての立場を使う。

 恋人としての触れ合いを本人が躊躇うならそれはもう仕方ない。誠実なジャックならいっそ頑固なくらいに拘って決して意思は変えないだろう。その意志の固さもなかなか好みだが、何も求められないのは正直困る。だからこそ赤ずきんは立場を憧れのお姉さんへと変えることにした。

 

「……本当に何でも?」

 

 すると今まで躊躇いを見せていたジャックが、不意に何か思いついた表情を浮かべ尋ねてくる。

 何でも、という部分に反応したような感じだがジャックに下心は無いと分かっているので赤ずきんは特に何も思わなかった。そもそも下心があるならキスを拒否したりはしなかったはずだ。というか自分に惚れさせるのが目的の赤ずきんとしては、少しくらい下心があった方がむしろ助かるのだが。

 

「お姉さんに二言は無いよ。何だったらキスだってしてあげるよ?」

「き、キスはまだダメだよ! そうじゃなくて、僕がして欲しいのは、その……」

 

 赤ずきんの軽口に対し、顔を赤くして否定するジャック。

 やはり下心がこれっぽっちも感じられない。というかそもそも赤ずきんの気持ちに付け込めば色々できる立場だということにも気付いていないだろう。あるいは気付いていて何もしないだけかもしれないが。

 

「ひ、膝枕、なんだけど……」

「……へぇ」

 

 ただ、遠慮しているというわけでもないらしい。ジャックが頬を染めつつ視線を逸らしながら口にしたお願いは、まだ一度しかしてあげたことのない特別なものであった。

 これはもしかしたらジャックは赤ずきんの太股に魅了されてしまったのではないだろうか。ちょっとした恥じらいと嬉しさに自然と頬が緩んでしまう。

 

「前に赤ずきんさんに膝枕してもらった時は凄く良く眠れたから、できればもう一度して欲しいなって……今日は部屋があの状態だったから、ちょっと良く眠れなかったしね……」

(ふ、普通に切実な理由じゃん……ていうか完璧にあたしのせいだし……)

 

 ただしジャックが疲れの残る表情で続けたので、罪悪感から自然と頬は引き締まる。

 ジャックが寝不足なのは部屋の扉をぶっ壊した赤ずきんの責任だ。尤も壊した直後は告白の後にハルにでも修理を頼もうとちゃんと考えていた。ただ予想を裏切って告白が成功してしまい、そのあまりの嬉しさに頭の中からすっぽ抜けてしまったのだ。

 思い出したのは浮かれた心と頭を落ち着けるため、二時間ほど街中を走り回って帰ってきた時である。ジャックは気にしていないと言ってくれたが、やはり赤ずきんの胸の内には罪悪感が燻っている。

 

「分かった。あんたはあたしの彼氏だからね。理由なんてなくたって膝枕くらいいつでもしてあげるよ、ジャック?」

「わあっ!?」

 

 そこまで言い放ち、強引にジャックの身体を引き寄せて横にならせた。もちろんジャックが望んだ通り、膝枕となる形に。

 こんな簡単に膝枕してもらえるとは思っていなかったのか、膝の上から真っ直ぐ見上げてくる瞳はとても意外そうだった。ただし赤ずきんの言葉で自分が彼氏だということを思い出したらしく、すぐに照れ臭そうな微笑みへと変わった。

 

「……そっか。じゃあこれからもたまにお願いして良いかな、赤ずきんさん?」

「それくらいお安い御用だよ――って、こら。呼び方が違うよ、ジャック。今は二人きりだよね?」

 

 ついさっき二人きりの時は赤ずきんと呼ぶと約束してくれたのに、あろうことか早速破られた。これには赤ずきんもむっときて膝の上のジャックを睨みつけてしまう。

 

「うーん……ごめん、赤ずきんさん。さっきはああ言ったけど、僕に甘えてきてる時だけじゃダメかな? 赤ずきんさんは年上だし、憧れの人でもあるからやっぱりさん付けじゃないと落ち着かないんだ」

「その憧れが全部あたしへの恋心だったなら良かったんだけどなぁ……」

 

 今のところ、ジャックが赤ずきんに抱く好意は尊敬や憧れというものが大半を占めている。そのせいで他の種類の好意を抱いているかどうかも本人ですら分かっていない様子だ。そんな大きな尊敬と憧れからなる好意全てが赤ずきんへの恋心だったなら、一体どれだけ良かったか。

 しかし無いものねだりをしても仕方ない。一つ溜息を零すことで未練を振り切り、赤ずきんはジャックの頭に手を乗せた。

 

「良いよ、それじゃああたしが甘えてる時には絶対にさん付け無しだからね? もしも破ったら罰ゲームだ」

「ど、どんな罰ゲーム?」

「そうだね、やっぱり唇にキスしてもらおっかな。あたしは本気だし、せっかくのファーストキスだったのにどんな感じかあんまり覚えてないからさ、ちゃんとしたキスをしたいんだ」

 

 乗せた手で頭を優しく撫でながら罰ゲームの内容を教えると、ジャックは膝の上で居心地悪そうに視線を逸らす。

 嫌そうではなく恥ずかしそうな辺り、赤ずきんとキスをすること自体に抵抗や嫌悪感は無いらしい。やはり純粋に自分の気持ちが分からないのにキスすることに抵抗があるのだろう。

 

「う、うん。約束、破らないように気をつけるよ……」

「大丈夫大丈夫、そんな気をつけなくたって良いよ。ていうかむしろ破ったってあたしは構わないよ、ジャック?」

「赤ずきんさん、本当にびっくりするくらい本気だなぁ……」

 

 呆れを通り越していっそ感心しているように思える声音でジャックは呟く。

 実際赤ずきんは本気でジャックのことが好きだし、約束を破っても構わないと思っているのも本気だ。ジャックが約束を破らなければ先ほどと同じ甘えさせてもらっている気分になれてとても幸せだし、破ればその罰と称して合法的に唇にキスできる。どちらに転んでも赤ずきんにとっては非常においしい。

 

「もちろん、あたしは本気であんたのことが好きだからね。今更そんなことに驚いてないで、少し眠りなよ。お姉さんの膝枕でもう眠たくなってきたんじゃない?」

「うん、確かに眠いや……じゃあ、少しだけ休ませてもらうね。おやすみ、赤ずきんさん……」

 

 それだけ口にするとジャックは瞳を閉じた。

 部屋の大穴のせいで眠れなかった弊害か、すぐに規則正しい寝息が聞こえてくる。ジャックが魅了されているかどうかは別として、案外赤ずきんの太股は枕としては優秀なのかもしれない。

 

(あーあ、早くジャックにあたしを好きになってもらいたいなぁ。そしたらもっと色々してもらえるのに……)

 

 膝の上のあどけない寝顔を眺めつつ、本当の恋人同士になれた場合の日々に思いを馳せる。

 ジャックが赤ずきんを好きになってくれて、本当の恋人同士になれたらもっと色々な触れ合いができる。ジャックに甘やかしてもらいながらキスもしてもらえるという贅沢な触れ合いだって可能だ。すなわち子ども扱いされつつ女の子扱いも、それもジャックの特別として扱ってもらえるのだ。甘えられる相手がおらず、あんまり女の子扱いもされてこなかった赤ずきんとしては本当の恋人同士になればできる触れ合いは堪らなく魅力的だ。

 そんな触れ合いを現実のものにするためなら労を惜しむ気などない。だいたい赤ずきんがジャックの恋人になれたことだって奇跡なのだ。こんなあり得ない幸運に恵まれた以上、このチャンスを無駄にする気は無かった。本気の本気、赤ずきんに為し得るあらゆる方法でジャックを落とすために努力する心積もりである。

 

(でも方法が浮かばないんだよね。やっぱりアイツに相談するしかないか……)

 

 ただしその手の知識には疎い赤ずきんには妙案が浮かばないため、知識を持つ者の協力が必要不可欠だ。あまり気は進まない相手だが知識を持つ者という条件で右に出そうな者はいない。

 まあ逆に言えば知識しか持っていなさそうな気もするので不安はあるのだが、今のところ他の皆には話せない話題だ。できれば知識もあって女の子らしい女の子に聞きたいのだが仕方ない。

 

「ま、いっか。もしかしたらとんでもない作戦を授けてくれるかもしれないしね!」

 

 そんなわけで赤ずきんは今日中に相談に向かうことを決め、ひとまずはジャックの寝顔を眺めて楽しむことにした。

 

「あははっ。気持ち良さそうに寝てるなぁ」

 

 ジャックの笑顔を見たくて色々不器用なことをやっていたものの、ただの寝顔もなかなかどうして魅力的だった。

 男にしてはかなり女の子っぽい顔立ちのせいか、あどけない寝顔は赤ずきんのお姉さんとしての庇護欲を大いにくすぐってくる。膝枕していなければ思わず抱きついてしまいたくなりそうなほどだ。

 

(……ん? ちょっと待った。寝てるってことは、もしかしてちょっとくらい変なことしてもバレないってこと?)

 

 不意にそこに思い至り、思わず周囲に視線を巡らせる。

 ここは自室で今はジャックと二人きり。誰の目も無いのは明らかだ。それにジャックはぐっすり眠っている。つまりここで何をしたって誰も気付かない。それを理解した時、むくむくとイタズラ心が沸いてくるのを抑えられなかった。

 

「……よし。隙を見せるあんたが悪いんだよ、ジャック。恨むならあんたを本気で狙うあたしの膝の上でぐっすり寝る自分を恨むんだね」

 

 心の赴くままニヤリと笑い、赤ずきんはジャックの唇へとゆっくり顔を寄せていく。ジャックの寝顔が間近に迫るにつれ徐々に胸の鼓動が高鳴り、頬は火がついたように熱くなってきて何だかとても喉が渇いてくる。

 前回はジャックに自分の気持ちを証明するために情緒もへったくれも無い唐突なキスをかましたせいか、こんな感覚を覚えはしなかった。たぶんこれから味わうのが本当のキスの感覚なのだろう。

 そんな感覚を味わえることに幸福を感じる反面、罪悪感に少しだけ胸が痛んだ。まだ自分の気持ちが分かっていないとはいえ、恋人であるジャックをさしおいて自分ひとりだけそれを味わう罪悪感に。だからきっとその罰が当たったに違いない。

 

「――こ、これは計算外だ……ジャックの奴、予想以上にガード固いよ……」

 

 ジャックの唇まであとちょっとだったのに、キスをすることができなかった。とはいえ別にジャックが目を覚ましたわけではないし、誰かが部屋を訪ねて来たわけでもない。純粋に唇までの距離を詰められなかったのだ。

 膝枕は膝枕でも今ジャックの頭は太股辺りを枕にしている。そんなジャックの唇にキスするには上半身を前に倒し、更に俯くように下を向くしかない。逆に言えばそれだけでキスできるのだが、赤ずきんは前のめりになる時点で躓いてしまった。何故ならこんな所ばっかり女の子らしい胸の膨らみが邪魔になり、ジャックの顔を覆い隠してしまうから。

 

「まさかあたし自身に邪魔されるなんてね……あははっ、何か親指あたりが聞いたら怒りそうな話だなぁ」

 

 自分の胸が邪魔でキスできなかったと話せば眠り姫やシンデレラあたりは気持ちを理解してくれそうだが、親指姫やアリス辺りはきっと嫌味か何かに取るに違いない。ご機嫌斜めになってしまう子達を宥めるのは骨が折れそうだが、やはり皆にも自分たちのことを話せればとても幸せなことだろう。

 

「……うん。甘えるのも良いけど、やっぱりジャックを落とすために頑張らないとね! 皆にそんな話ができるように頑張ろう! おーっ!」

 

 改めて気持ちを固めた赤ずきんは一人拳を突き上げ、幸せを手に入れるために気合を入れ直すのだった。

 尤も気持ち良く眠っているらしいジャックがうるさそうに眉を顰めて身を捩ったので、起してしまわないよう慌てて自らの口を塞ぐことになったのだが。

 





 何だかすでに結果が見えている気がしないでもない。無邪気な可愛らしさは恐ろしい。
 余談ですが親指姫の時と違って早い段階でイチャイチャさせられているのでかなり満足です。でもこれでは一方的にイチャついているだけだ……ああ、早くお互いにラブラブイチャイチャしている所を書きたい……。

 あと最近ツイッターを始めました。詳しいことはプロフィールに書いてあるので気になる方は覗いてみてください。

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