ジャック×赤ずきん   作:サイエンティスト

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 今回はイチャラブが少ないため見所に欠けるかもしれない回。でも必須なので飛ばせない展開がある回でもあります。
 たぶんこの章では次が一番イチャイチャするお話のはず。正確にはまだ落ちていないのに何でイチャイチャしているのかは別として。






思わぬチャンス

 

 

 

 

 赤ずきんの膝枕で数十分ほど仮眠を取り寝不足が解消されたジャックは、兼ねてからの問題の解決に取り掛かっていた。つまりは破壊された扉の修理だ。

 とはいえ道具を借りたとしてもジャックには手の施しようがなさそうなので、やはりハルに修理のお願いをするしかなかった。優しいハルは面倒くさいとぼやきながらもまず被害状況の確認を行いたいと言ってくれたので、部屋に連れてきたのがついさっきのこと。

 

「………………」

 

 そして今、ハルは破壊の痕や扉の残骸を目にして無言で固まっていた。表情を窺ってみるもそこには驚愕は浮かんでおらず、ただただ呆れの色だけが浮かんでいる。

 扉を壊した犯人が誰なのかはまだ説明していないのだが、これだけの惨状を目にしても驚愕に値しないということは誰が犯人なのか予想はついているのだろう。まあハルの元に一緒に修理のお願いに行った時から、その犯人はジャックの隣で罰の悪そうな顔をして縮こまっていたので見れば誰でも分かるに違いない。

 

「……てめぇの仕業だな。馬鹿力出すのも大概にしやがれ、馬鹿ずきん」

「なっ!? 何であたしの仕業だって決め付けてるのさ!? もしかしたらジャックが自分で壊したかもしれないじゃんか!」

 

 あっさり見抜かれて悔しかったのか、往生際の悪いことに否定する赤ずきん。しかしハルはそれを鼻で笑い飛ばした。

 

「はっ。そりゃお前、こんなもやしみてぇに細い奴がそんなことできるわけねぇだろ」

「……なるほど、納得の理由だね!」

「ハルさんも赤ずきんさんも酷いや……」

 

 結構心にグサっと来たジャックだが、反論の余地は微塵も無かった。細めなのは事実だし、何よりジャックがどう頑張っても同じ規模の破壊を引き起こすことは不可能だ。

 もしかしたら扉を蹴り開けることくらいはできるかもしれないが、それだって一発ではなく何発も全力の蹴りを浴びせなければ無理だろう。

 

「で、結局何があった? 何だってお前はジャックの部屋をぶっ壊してんだ?」

「あー、それがさ……」

 

 ハルに問われ、赤ずきんが助けを求めるような視線を向けてくる。

 一応口裏合わせは事前に行っているので困るようなことは無いはずだ。とはいえハルのいぶかしむ視線に晒されて多少動揺したのかもしれない。

 何にせよ赤ずきんに力を求められているなら細かな理由などどうでも良い。代わりに自分が説明するにことに決めたジャックはすぐさま口を開いた。

 

「立て付けが悪くて開かなかった扉を、通りかかった赤ずきんさんが開けてくれたんです。まあ、開け方はちょっと予想外でしたけど……」

「これだけの力があるならもっとスマートに開けられるだろうが……ったく、いつまで経ってもじゃじゃ馬なのは変わんねぇな」

「だ、だからじゃじゃ馬って何さ! これでもあたしは皆が頼りにしてくれるお姉さんなんだよ? そうだよね、ジャック?」

「う、うん。そうだね……」

 

 確かに赤ずきんの言っていることに嘘は無かった。

 ただジャックはついさっき、お姉さんとは思えないほど凄く子供っぽい可愛らしい姿を見せてもらったばかりだ。その時の様子とギャップの大きさを思い出してしまい、あまりの可愛らしさに頬が火照ってきてしまうのを止められなかった。今顔を見られたらどう誤魔化せば良いものか。

 

「へいへい、そりゃ良かったな。けどお前、もうちょっと大人しくならねぇと一生男なんてできねぇぞ。こんなじゃじゃ馬貰ってくれるような奴がいたら、是非そいつの顔を拝みたいもんだぜ」

「むっ……」

 

 しかしその心配は必要なかった。ハルは一部が毟り取られたようにごっそり欠けているドア枠に手をやりつつ状態を確かめているし、赤ずきんはそんなハルの言葉にかちんときた様子で睨みつけている。

 何だか別種の心配をしたくなる状況だが、少なくとも顔の火照りには気付かれないので一安心だ。

 

「ま、もしどうしても男ができなかったらジャックにでも貰ってもらえや。おっと、そん時までコイツが一人身だったらの話だけどな?」

「うぅっ……!」

 

 嘲笑うように口にしながら、ドア枠の状態を確かめているハル。その目は当然ドア枠に注がれているため、他のものを見ていない。ジャックのことも、心底むっと来た様子で睨みつけている赤ずきんの姿も。

 

(や、やっぱり悔しいのかな、赤ずきんさん……)

 

 一応とはいえ、今やジャックは赤ずきんの恋人。つまりは赤ずきんの男だ。すでに男ができているにも関わらず、一生男ができないだとかその時はジャックに貰ってもらえとか言われているのだ。これは相当悔しいに違いない。

 それに自分たちの関係は皆に秘密するとついさっき決めたばかり。言い返したくてもボロが出てしまうことを怖れて言い返せないはずだ。だから何も言えず、ただただ悔しそうに睨むしかないのだろう。

 そんな赤ずきんの様子を眺めてジャックはしばし考える。ジャックは仮にも赤ずきんの男。彼女が馬鹿にされて黙っているなどどう考えても男らしくない。何よりこんな無力感に歯噛みする赤ずきんの姿を見ていたくなかった。

 

「……あの、ハルさん」

「どうした、ジャック? ああ、さすがのお前でもコイツみたいなのは願い下げか? そりゃ当たり前だがこんなんでも一応気立ての良いとこの一つくらいはあってだな――あ?」

 

 ジャックが声をかけると、ハルは変わらず嘲笑うような表情で言いつつこちらを向き――そのまま固まった。無残に破壊された扉の惨状を目にしても驚愕を見せなかったハルが、はっきりと分かる驚愕を露にして。

 もちろんジャックにはその驚愕の理由が分かっていた。というかジャック自身が驚かせたのだから当然だ。ハルがこちらに視線を向けた瞬間、赤ずきんと手を繋ぎ肩が触れ合うほど近くに身を寄せたのだから。

 

「じゃ、ジャック? 良いの……?」

 

 当然この行動には赤ずきんも驚きを隠せていない。自分たちの関係は皆には秘密にすることに決めたのだから当然の反応だ。

 しかし皆に秘密にする理由は万が一の事態が起きて赤ずきんと別れてしまった場合、ジャックが他の女の子たちに責められるのを防ぐため。ハルは立派な大人の男性だし、万が一の事態が起きたとしてもちゃんと公平な目で見てくれるはず。そう思ったからこそジャックは打ち明けることにしたのだ。

 

「うん。ハルさんになら話しても問題無さそうだから。それに……自分の彼女が馬鹿にされてるのに黙ってるなんて、ちょっと男らしくないしね?」

「ジャック……!」

 

 照れ臭さを覚えてちょっと視線を逸らしつつ答えると、赤ずきんはとても嬉しそうにはにかみ固く手を握り返してきた。先ほどの悔しさに歯噛みする表情などすでにどこにも無く、改めてハルに向けられたのはいっそ挑発的とも取れるほど得意げな笑みであった。

 

「あ、あー……その、何だ……お前ら、まさか……」

「そうだよ、ハルさん。あたしとジャックは付き合い始めたんだ。男ならもうできてるんだよ! 参ったかこのオヤジ!」

 

 そして一歩踏み出し、何やら戸惑い気味のハルに容赦無く言い返す。

 悔しさを跳ね除け真実を告げることができたせいか、得意げな笑みは非常に満足気な笑みへと変わっている。負けず嫌いというか何と言うか、やはり赤ずきんは頼りになる面とは裏腹に子供っぽい部分も持っているらしい。

 

(でもそんなとこも可愛いなぁ……ていうか僕、もう半分くらい落ちてるんじゃないかなぁ……)

 

 少なくとも頼りになるお姉さんの姿を見て最初に可愛いという言葉が浮かんでくるなら、もう憧れよりもその他の感情の方が大きくなっている気がする。やはりこの分だとジャックが赤ずきんに落とされる日は遠く無さそうだ。

 

「……ジャック、お前まさかコイツに脅されてんのか? 脅されて泣く泣く付き合ってんじゃねぇだろうな?」

「そんなことしてないよ! あたしを何だと思ってるのさ、このオヤジは!?」

「そりゃお前、頭まで筋肉のじゃじゃ馬に決まってんだろ。そんなお前が恋愛だぁ? はっ。寝言は寝て言え、馬鹿ずきん」

「こ、恋する乙女を馬鹿にしたなぁ!? うあーっ、頭来た! このオヤジ本気で一発殴ってやる!」

「ちょっ!? 赤ずきんさん、ストップ! 赤ずきんさんが本気で殴ったらシャレにならないから!」

 

 さすがに静かに眺めて楽しむことができない展開になりかけたので、ジャックはハルに殴りかかろうとする赤ずきんを正面から抱きしめて止める。

 こうすると柔らかな膨らみが胸に当たってよろしくないのは分かっていたが、相手が相手なので後ろから羽交い絞めにしたって動きを止めることはできないのも分かっていた。だからこそジャックは決して下心など無く、苦肉の策として正面から抱き止めたのだ。

 

「ううぅっ! 離してジャック! このオヤジが、このオヤジがあぁぁぁ!」

「お、落ち着いて赤ずきん! ほら、良い子良い子!」

 

 それでも抱きつくジャックごと前進していく赤ずきんを止めるため、涙目で怒りを露にする顔を無理やり胸に埋めさせる。更に頭と背中に手を回し、優しく撫でて何とか宥めようと頑張ってみた。

 

「ハルさんもからかうのは止めてください! 赤ずきんさんは僕と違って本当に恋してるんですから!」

「お、おう、悪かった……ん? おい待て、お前と違うってのはどういう意味だ?」

 

 ジャックの言葉に対し、当然の疑問を投げかけてくるハル。

 それに対してジャックが何かを考えるよりも先に、腕の中で暴れていた赤ずきんの動きがぴたりと止まった。なので安心したジャックは腕を解いて解放したのだが、もっとくっついていたかったのかちょっとだけ不満げな顔をされてしまった。

 

「……あたしを受け入れてはくれたけど、ジャックはまだあたしへの気持ちが分からないんだよ。だから本当に恋してるのはあたしだけなんだ」

「そ、そうか……ってことは、まさかお前から……?」

「そうだよ! あたしから告白したんだ! 何か文句ある!?」

 

 正気を疑うような目付きで見られたせいか、再び怒り出す赤ずきん。

 また身を挺して止める必要があるかとジャックは軽く身構えたものの、本気と分かったおかげかハルはもう嘲笑を浮かべていないので問題は無さそうだ。ジャックの肩越しにハルを睨む赤ずきんの姿が、ちょっと問題あるくらいに可愛いという点以外は。

 

「い、いや、何も……しかし、あの赤ずきんが恋愛ねぇ……一体いつからだ?」

「昨日からだよ。詳しいことは省くけどさ、色々あってジャックに本気でぶつかりに行ったんだ。まさか受け入れてもらえるなんて思わなかったから、あたしも本当にびっくりしたよ……」

「まあ、その過程でちょっと被害が出てしまったんですけど……」

 

 ジャックが補足すると、ハルの切れ長の瞳は部屋の隅に向けられる。そこにあるのはとりあえず一箇所に集めておいた扉の残骸。

 さすがに愛の告白とこの破壊を結びつけられる展開が思い浮かばないのか、ハルはかなり長い間難しい顔で沈黙していた。まあやがて考えるのを諦めるように首を振り、赤ずきんに心底冷ややかな瞳を向けてきたが。

 

「……お前、告白すらまともにできねぇのか?」

「う、うるさいな! とりあえずは成功したんだから良いじゃん! そんなことよりいつになったらドアが直るのか教えてよ!」

「あー、そうだな。ま、ざっと見積もると――」

 

 そこでハルは言葉を切り、ジャックにちらりと視線を向けてくる。

 一瞬だったので見間違いかもしれないが、ジャックにはその瞳が何だかとても可哀想なものを見る目に見えた。

 

「――だいたい一週間ってとこだな」

「一週間、ですか……」

「馬鹿ずきんがぶっ壊した部品の一つが今手元に無くてな。都合がつきそうなのはそれくらい後なんだわ。仕事も結構溜まっちまってるし」

 

 部品というのは恐らく蝶番のことだろう。釘やネジは再利用出来ても、ねじ切れた蝶番を再利用というのはどう考えても難しすぎる。

 ハルはよくサボっているので仕事が溜まっているのは自業自得かもしれないが、だからといって無理を言って良い訳ではない。ジャックとしては修理してもらえるのなら何も文句は無かった。

 

「分かりました。それじゃあ一週間後によろしくお願いします、ハルさん」

「ちょ、ちょっと待った! 一週間って、その間ジャックはどうするのさ? ずっとこんな部屋で生活するってこと?」

「心配しなくても大丈夫だよ、赤ずきんさん。タンスで隠しちゃえばそんなには気にならないよ。前にいた所に比べれば遥かにマシな環境だしね」

 

 安心させるために笑って口にしたのだが、どうも逆効果だったらしい。赤ずきんは余計に心配そうに表情を曇らせてしまう。前にいた所が牢獄では気の利いた台詞にはなりえなかったようだ。

 心配を拭い去ってあげることができず、ジャックは軽い無力感に肩を落とした。

 

「……赤ずきん、お前ジャックを部屋に泊めてやれ」

「え……ええぇぇぇっ!?」

 

 そして次の瞬間、ハルが口にした台詞に無力感すら吹っ飛ぶほどの衝撃を覚えた。

 

「ちょっ、は、ハルさん!? いくらなんでもそれは早すぎだよ! 確かにジャックはあたしの恋人だからそういうこともあるかもだけどさ、物事には順序ってものがあるんだよ!?」

「お前がぶっ壊したんだからお前が責任取るべきだろうが。それとも何だ。他の女の部屋に泊めちまって良いのか? アリスの嬢ちゃんなら二つ返事でコイツを泊めてやるだろうな」

「なっ……!?」

 

 嘲笑とはまた違う嫌らしい笑みを向けられ、頬を染めていた赤ずきんが驚愕に息を呑む気配が伝わってきた。

 二つ返事かどうかはあまり自信はないが、確かにアリスなら部屋に泊めてくれそうだ。何故だかとてもジャックのことを好いてくれている赤ずきんなら、他の女の子の部屋にジャックを泊めるのには少し思う所があるのかもしれない。

 

「ジャックはまだ自分の気持ちが分からねぇって言ったな。ならお前以外の女に傾く可能性もあるってこった。一週間も同じ部屋で暮らせば、むしろ嬢ちゃんの方がお前よりも進展しそうだぜ?」

「そ、それは……やだ……」

 

 そんな根拠の無い予想を聞かせられただけで、赤ずきんはフードを身に着けているにも関わらず弱々しくなってしまう。怯えるようにジャックの服の裾を掴んでくる姿は途方も無く可愛らしかった。

 

「だったらコイツをお前の部屋に泊めてやれ。他の女の部屋に泊めちまうよりはマシだろ?」

 

 促され、不安気な緑の瞳がこちらに向けられる。

 普段は快活で頼りになるお姉さんだからこそ、そのギャップの強さが大いに胸を打ってくる。こんなに不安げな瞳でお願いされれば、何を頼まれても首を横に振ることはできそうに無かった。

 

「ジャック……あたしの部屋に、来る?」

「えっ? い、良いの?」

「ま、まあハルさんの言う通りだしね。あんたの部屋を壊したのはあたしだし、その責任はちゃんと取るよ。それに、ジャックは絶対誰にも渡したくないからさ……」

「赤ずきんさん……」

 

 恥じらいに頬は染まったままだが、瞳にはしっかりと決意が宿っていた。絶対にジャックは誰にも渡さないという確固たる決意が。

 つい数秒前まではあんなに不安げだったというのに、今はもう普段どおりのお姉さんらしさを取り戻している。このギャップの差を何度も見せられるのは赤ずきんと同じ恋愛初心者のジャックにはかなり刺激が強かった。きっと部屋に泊まればもっと間近で何度もこの様子を目にすることになるだろう。

 それはちょっと不安で、同時にとても楽しみだった。

 

「……うん。じゃあお言葉に甘えて、今日からしばらく泊まらせてもらうね。よろしく、赤ずきんさん」

 

 故にジャックは赤ずきんの部屋に泊まらせてもらうことにした。ジャックとしても自分の気持ちに早く気付けるなら大歓迎だし、ちゃんと扉のある部屋で眠れるならそれに越したことは無い。

 ジャックの返事を聞いて、赤ずきんは今度こそ嬉しそうに笑ってくれた。

 

「こちらこそよろしく、ジャック! それにしても、まさか告白の翌日からいきなり一緒の部屋で暮らすことになるなんて思わなかったよね?」

「それもそうだね。何だか僕たちちょっと順番がおかしいんじゃないかな?」

 

 恋人は恋人でも恋をしていると自覚しているのは片方だけ。にも関わらず交際を始めた翌日に一緒の部屋に住むことになるとは。あまりのおかしさにジャックは赤ずきんと共に苦笑いを交わした。

 

「おかしくたって別に良いじゃん。本当の恋人同士になれるなら、あたしは順番なんてあんまり気にしないよ」

「あははっ。赤ずきんさん、さっきと言ってることが全然違うよ?」

「おっと、バレたか。ジャックは相変わらず無駄に鋭いなぁ……」

 

 そこを指摘すると、赤ずきんは居心地悪そうに眉を顰める。何だか叱られた子供みたいで可愛らしい反応だ。

 そんな反応に微笑ましさを覚えて自然とジャックの頬は緩み、それを目にした赤ずきんも同様に頬を緩めて笑顔を浮かべてくれた。好きな人の笑顔を見られた嬉しさを隠そうともしない、飛びっきりに眩しい笑顔を。

 

「あー……ジャック、楽しんでるとこ悪いが俺の作業場にこの残骸を運んでくれねぇか? でかいのはこの馬鹿に纏めて運ばせるから、お前は細かい残骸を頼むわ」

「えっ!? あ、は、はい、分かりました!」

 

 そんな風に赤ずきんと笑い合っていた所、ハルに声をかけられてジャックは軽く飛び上がってしまう。見れば赤ずきんも同じような反応を示している。

 一瞬のこととはいえ、どうも赤ずきんの笑顔によってハルの存在が頭の中から抜け落ちていたらしい。しかしそれくらい魅力的な笑顔だったのだから仕方ない。少なくともジャックにはそう見えた。

 

(やっぱり僕、赤ずきんさんに段々魅了されていってる気がするなぁ……)

 

 すでに新しい一面や隠された一面を見せてもらい、以前よりも赤ずきんのことを可愛い女の子と認識しているジャックだ。

 そこへこれから一週間、同じ部屋で暮らすという衝撃の展開が待ち受けている。つまりは更に間近で赤ずきんの可愛らしい様子を拝ませてもらえるということだ。あの頼りになるお姉さんなのに、実はとっても子供っぽい所がある可愛らしい姿を。

 

(うん。絶対一週間以内に落ちちゃうな、僕……)

 

 あんな姿を何度も何度も間近で見せられ、あまつさえたっぷり甘えられれば女の子に免疫の無いジャックなど簡単に落ちてしまうだろう。

 そんな半ば確定した未来を思い浮かべつつ、ジャックは細かな木片を抱えてハルの作業場へと向かった。落ちてしまっても別に良いか、というすでに落ちたとしか思えない感想を胸に抱きながら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、待ってよジャック。あたしも――ん?」

 

 上下に真っ二つになった扉を軽く抱え上げ、赤ずきんはすぐさまジャックの後を追おうとした。

 しかし何故かそれをハルに遮られたため、思わず足を止めてしまう。一瞬抗議の視線を向けたものの、ハルは一人遠ざかっていくジャックの背中を酷く真剣な顔つきで眺めていたので何となく声をかけるのは躊躇われた。いつもサボっているオッサンにしては珍しい表情だからだ。

 

「……おい、赤ずきん」

「な、何さ、ハルさん?」

 

 ジャックの後姿を見送り廊下から部屋に戻った所で、そんな珍しい表情のまま声をかけられる。やはりこちらも酷く真剣な声音で。

 先ほどまではこんな様子を見せなかったのに、ジャックが去った途端にこれである。たぶんジャックには聞かせたくない真面目な話でもあるのだろう。緊張感に思わず唾を飲み、赤ずきんはハルが口を開くのを待った。

 

「何やらかしたって構わねぇから、今の内にジャックをモノにしとけ。不器用なお前でも部屋で一緒に一週間も過ごしてりゃ、チャンスの一つや二つくらいあるだろ」

「えっ……」

 

 そしてハルが口にした台詞に、予想外の衝撃を受けた。さっきまで散々赤ずきんの恋を嘲笑っていた癖に、まるで味方のような口振りだった。

 いや、事実ハルは味方なのだろう。すでに嘲笑など欠片も無く、あるのは不器用な心配の色だけだった。それとジャックが去った方向に時折向ける罪の意識にも似た瞳。

 

「ハ、ハルさん、まさか……そのためにあたしの部屋にジャックを? 修理に一週間かかるっていうのも、そのための嘘?」

「……まあ、アレだ。他の血式少女はともかく、お前はジャックを逃したら一生男が見つかりそうにねぇからな。ジャックの奴には気の毒だが犠牲になってもらうしかねぇだろ」

 

 そして良い年したオヤジの癖に、頬を染めてそんな優しい想いを口にしてくれる。

 ジャックを逃したら一生男は見つからないという点にちょっと思う所はあったものの、あながち間違いでは無さそうなのは自分でも分かっていた。他のちゃんと女の子らしい血式少女たちならともかく、女の子らしくない赤ずきんにはジャックを逃したら他にはたぶん見つからない。ハルはそれを心配してこんなジャックを犠牲にする真似をしてくれたのだろう。

 

「ハルさん……ありがとう! 何だかんだでハルさんは凄く優しいよね!」

「う、うるせえ……! 礼を言う暇あるならとっととそいつを運んで、あいつを落とす方法でも考えてろ!」

「分かった! あたし、頑張ってジャックを叩き落してみせるよ!」

 

 心からの感謝を伝えると、頬を更に赤くしたハルが顔を見られたくないとでも言うように部屋から出て行く。あるいは照れ臭くなって赤ずきんの顔を見られなかったのかもしれない。

 どちらにせよ赤ずきんは感謝しているので、その背に自らの決意を語りつつ扉の破片を抱え直すのだった。これを運び終わったらアイツの所へ相談に行こうと、ちょっと気が進まないながらも覚悟を決めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャックに追いつくまで扉の残骸をダッシュで運び、そこからは二人一緒に並んでゆっくり運んだ赤ずきん。

 本当はその後ももうちょっとジャックと一緒にいたかったのだが、それは涙を呑んで我慢した。今赤ずきんがすべきなのはジャックを自らに惚れさせること。そのために知識だけは持っていそうな相手の下へ相談に行かなければならなかったから。

 

「……それで、一体私に何の用なのかしら?」

 

 そして現在、赤ずきんはグレーテルの部屋を訪れていた。

 何らかの実験の最中だったようでテーブルの上には様々な実験器具を扱った形跡があるものの、意外にも普通に歓迎してくれた。

 それは助かるのだが毒々しい色の液体で満ちたビーカーがアルコールランプで熱せられ、涙が出そうなほどの激しい刺激臭が部屋に漂っているのがかなりキツイ。尤も当のグレーテルは臭いに当てられすぎて嗅覚が麻痺したのか平然としていた。

 

「じ、実は今ちょっと悩み事があって相談に乗って欲しいんだ。たぶん知識だけならあんたが一番適任だって思ったし、他の子にはちょっと相談しづらい悩みだからさ……」

「ふぅん、筋肉でできたあなたの固い頭にも悩み事という概念が存在したのね。とても興味深いわ。あなたが一体どんな悩みを抱えているのか、是非とも聞かせて貰いたいわね」

「皆あたしを脳筋呼ばわりするよね。結構傷つくなぁ……」

 

 臭いを我慢しつつ話を切り出すと、グレーテルは興味深いものを見つけたとでも言うようにニヤリと笑う。どうも赤ずきんと悩み事、という二つの言葉が心底縁遠いものだと感じているらしい。

 尤も赤ずきん自身も難しいことはあんまり考えない性質だと理解しているので、否定や反論するのにはちょっと躊躇いがあった。というそんなことよりも今はもっと重要なことがある。恥ずかしさに顔の火照りを感じつつも、赤ずきんはそれを伝えるために口を開いた。

 

「実はさ……今、どうやったら男を落とせるかってことに悩んでるんだよ……」

「別に悩むほどのことではないと思うわ。どんな状況かは分からないけれど、あなたなら力技で突き落とすなり蹴り落とすなり容易なはずよ」

「そういう意味の落とすじゃないよ!? もっと別の意味!」

 

 そして返ってきた答えに顔の火照りが更に強くなる。ただし恥ずかしいからではなく、乱暴な方向の勘違いをされた怒りからだ。

 

「……ああ、別の意味ね。どちらにせよあなたなら簡単よ。首を絞めて頚動脈を圧迫し、脳への血流を阻害する。あなたの膂力ならものの数秒で落とすこともできると思うわ。勢い余って首の骨を折らなければの話だけど」

「だからそういう意味でもないよ! もしかしてあんたさっきからわざとやってる!?」

 

 またしても暴力的に取るグレーテルにわざとやっているのではないかと疑いを抱く赤ずきん。

 しかし返ってきたのは何ら悪意の無い涼しい表情であった。どうも本気で暴力的な意味の落とすだと思っていたらしい。

 

「あら、これも違うの? 他の意味と言えば精々恋愛に関係することくらいなのだけれど……」

「それだよ、それ! そういう意味の落とすだってば! 何で分かってて暴力方面に結びつけてくるかな、あんたは!?」

「まさかあなたが色恋に関する相談をしてくるとは思っていなかったもの。でもこれで納得したわ。確かにこれはあなたでも頭を悩ませそうな問題ね」

 

 興味深い、とでも言いた気にニヤリと笑うグレーテル。

 だが反応はそれだけだ。怪しい笑みには嘲りの類は見えず、純粋な好奇心しか感じ取れない。赤ずきんには似合わない色恋沙汰に頭を悩ませているというのに、ハルが見せたような嘲りの感情など欠片も見えなかった。

 

「馬鹿に、しないんだ? あたしが恋なんて、似合わないことしてるのに……」

「ええ、もちろんよ。馬鹿になんてしないわ」

「グレーテル……!」

 

 その答えに安堵を覚え、頬を緩めてしまう赤ずきん。

 恋愛という自分には飛びっきり似合わない女の子らしいことをしているのに受け入れてもらえて、喜びどころかいっそ感動すら覚えてしまう。どうやらグレーテルはちょっと変な所があるだけでれっきとした心優しい女の子だったらしい。

 

「あなたも生物である以上、種の保存の欲求を持っているのは当たり前のことよ。その欲求に従い、子孫を残すに相応しい相手を手に入れようと努力することは何もおかしなことではないわ」

「……どうせそんなことだろうと思ったよ! あたしの感動を返せ!」

 

 などと感動した自分を嘲笑うような補足がその口から紡がれたので、騙された赤ずきんは声を荒げて非難する。

 百歩譲って騙されたのは自分が悪いとしても、恋愛感情という飛びっきり女の子らしい気持ちを生々しい話で塗りつぶされたのだから非難の一つくらい口にしたかった。せっかく赤ずきんがそんな女の子らしい感情を抱いたのにそれを台無しにされてしまったのだから。

 

「そう言われても事実なのだから仕方ないわ。恋愛感情というのは子孫を残すために生まれた感情だもの」

 

 しかしグレーテルは悪びれた様子も無ければ恥らう様子も無く、完璧に普段どおりの仏頂面であった。

 これでハルのように嘲笑を浮かべていたならもっと非難してどついてやりたい所だが、この様子では特別な意図など無く完璧に素の発言だったのだろう。考えてみればグレーテルなら普通にそういう発言をしそうなので今更のことだ。そこに気が付いた時にはもはや怒る気にもなれず、抱いていた怒りはどこかへと消え去っていた。

 

「あーもうっ、そういう生々しい話はたくさんだよ。それよりも方法を教えてよ、方法を」

「教えてあげたいところなのだけれど、生々しい話が嫌だというなら大したことが話せなくなってしまうのが困りものね……」

「あたしには恋愛に関して生々しい助言しかできないあんたの方こそ困りものだよ……」

 

 そして怒りの代わりに同情を抱いてしまう。

 赤ずきんでさえ恋愛感情を抱いたのだから、グレーテルだってそういう感情を誰かに抱くことができると信じたいところだ。尤も普段の様子や言動を考える限り、赤ずきん以上に難しそうな気もするが。

 

「じゃあもう大したことじゃなくて良いし、一気に落としたいとは言わないからさ、少しずつ落としていく方法とか無いかな? 少しずつあたしへの好感度を上げる方法とか……」

「少しずつ……そうね。プレゼントなんてどうかしら?」

「プレゼントかぁ。あんたにしてはまともな提案だね」

 

 しばし考える様子を見せた後グレーテルが口にした方法は、意外にもずいぶんとまともなもの。そして向こうから好きになってもらうことばかり考えていた赤ずきんが思いつかなかった方法だった。

 

「褒めてもらえて嬉しいわ。ただ贈る物や相手の趣味嗜好によっては逆効果の可能性があるわね。プレゼントをするならあなたはジャックに何を贈る気なのかしら?」

「うーん、そうだね……ジャックの奴、何を贈ったら喜んでくれるのかな……」

 

 グレーテルに尋ねられ、しばし考えてみる。

 確かに相手の趣味嗜好を考えた上でプレゼントしなければ、好感度を稼ぐどころかむしろ下がってしまうことだってあり得るだろう。赤ずきんがもらって嬉しいものがそのままジャックがもらって嬉しいものではないのだ。鉄芯入り素振りバットをもらったってジャックは扱いに困るだろうし、おしゃれなリボンをもらったらそもそも反応にすら困りそうだ。

 

(あ、でも何かリボンは似合いそうだ。ジャックは気にしてるみたいだけど、見た目ちょっと女の子っぽいし本当に似合うかも――)

「――って、ちょっと待った!? あたしジャックを落としたいなんて一言も言ってないよね!? 何であんたは相手がジャックだってこと知ってるの!?」

 

 思考がちょっと変な方向に逸れると同時にそこに気が付き、驚愕のままグレーテルに詰め寄る。

 誰にも自分たちのことは話していないのに何故コイツは知っているのか。まさかジャックと二人きりでいる時の会話をどこかで盗み聞きでもしていたのだろうか。だとすると赤ずきんが本当はどうしようもなく甘えん坊なことも知られているに違いない。今更ながらに恥ずかしくなってきた赤ずきんは、顔全体が熱を持って行くのを感じた。

 そんな赤ずきんにグレーテルが返してきた反応は――ニヤリ、という悪い笑みだった。

 

「いいえ、知らなかったわ。一番可能性が高そうな男性の名前を挙げてみただけ。簡単に引っかかってくれたわね、赤ずきん」

「……う、うぅっ! また、嵌められたぁ!」

 

 悪い笑顔にゾッとしたのも束の間、告げられた真実に凄まじい悔しさを覚える赤ずきん。

 昨日ジャックに鎌をかけられ見事に引っかかったばかりだというのに、またしても引っかかって自分で秘密を暴露してしまった。本当にジャックといいグレーテルといい、何故こんな器用であくどい真似が容易くできるのか。

 

「……そうだよ! 相手はジャック! あたしはジャックのことが大好きだから、ジャックを落として本当の恋人になりたいんだ!」

 

 しかしバレてしまったのなら仕方ない。どうせなのではっきりと言い直してやった。

 自分の気持ちと向き合い受け入れた赤ずきんにとって、ジャックが好きだという気持ちを口にするのは大して恥ずかしいことではないからだ。まあ女の子らしくない自分が恋なんてしていることはちょっと恥ずかしいが。

 

「……本当の、というのはどういう意味かしら? つまりあなたとジャックは本当の関係ではないとはいえ、すでに恋人同士になっているということ?」

「えっ……あ……ああぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 そしてまたしても自分が失敗を犯したことに気が付き、その恥ずかしさで再び顔が火照ってくる。失敗した罰の悪さと秘密を暴露してしまった居心地の悪さに耐えられず、赤ずきんはその場に蹲って頭を抱えた。

 

(あーもうっ! 何であたしはこう墓穴掘ることばっかり言うかな!? 確かに難しいこと考えるのは苦手だけどさ!?)

 

 恋愛経験皆無な上に難しいことを考えるのは苦手なせいか、フードを身につけていても恋愛が絡む話ではこのポンコツぶりである。皆のお姉さんなのにあまりにも情けない姿で涙が出そうだ。

 

(うぅ……全部ジャックのせいだ! ジャックがあんなに優しさ振りまくから悪いんだ! あの腹黒天然ジゴロめ!)

 

 そんなポンコツお姉さんにした全ての元凶であるジャックに対し、頭の中で罵声を浴びせる。

 しかし悲しいことに赤ずきんの胸の内にはジャックを恨む気持ちなど微塵も沸いてこなかった。むしろあの優しさを思い浮かべたせいか、また頭を撫でてもらいながら甘えたくなってきたほどだ。やはり赤ずきんは完璧にジャックに熱を上げているらしい。

 

「そうだよ! 今あたしとジャックは付き合ってるんだよ! まだ仮の恋人ってところだけどね!」

 

 もう隠すことは何も無いので、勢い良く立ち上がった赤ずきんはまた開き直って口にした。半ば自棄で半ば覚悟を決めた、という心持ちが相応しい感じで。

 

「言っとくけどこれはまだ皆には秘密だよ! 誰かに喋ったりしたら容赦しないからね!」

「ええ、誰にも話さないと誓うわ。その代わりあなたがジャックに恋心を抱くまでにどんな背景があったのか、そして今までどんな変化があったのか、そこをじっくり聞かせて貰いたいわね」

 

 せめてもの仕返しというか抵抗というかで鋭く睨みつけながら釘を刺すものの、グレーテルは全く意に介した様子を見せなかった。眼鏡の奥の瞳に浮かんでいるのは、さながら興味深い研究対象を見る危ない好奇心であった。

 

「恋バナ聞きたがってる女の子の顔してないよ、あんた……だけど、ここまで来たらもう毒を喰らわば皿までって感じだね。良いよ、話してあげる。その代わり、これからもちょくちょく相談に乗ってもらうからね」

 

 とはいえこんな相手でも今は唯一の相談できる女の子だ。生々しい方向にだいぶ偏っているとはいえ、知識だけは馬鹿にならない相手でもある。

 故に赤ずきんは右手を差し出し、握手を求めた。知りたいことがあるなら話してやるから、ジャックを落とすための知識を貸せ、という意味の握手を。

 

「交渉成立ね。いつでも相談に来ると良いわ、赤ずきん」

 

 すると躊躇い無く手を取り、握手を交わすグレーテル。

 考えてみると馬鹿にされたり笑い飛ばされたりしない分、最初にこれを知った相手がグレーテルで良かったのかもしれない。かぐや姫や親指姫あたりは絶対ハルと似たような反応を示すだろうし、シンデレラだって信じてくれるかどうか怪しいところだ。わりと素直に信じてくれそうなのは白雪姫と眠り姫くらいか。

 信じてくれなかったり馬鹿にしたりする子たちは後で見返してやることにして、とりあえず今は初めての協力者を得られた喜びに浸る赤ずきんであった。

 

 

 

 





 付き合った翌日に同棲開始。まるでエッチなゲームみたいですね、この展開……。
 実は扉をぶっ壊す展開はちょっとやりすぎかなぁと最初は思っていましたが、同棲展開に繋げられることに気付いたために採用しました。まだろくにキスもしていないのに同棲とは、やっぱりツンツンツンツンデレな親指姉様の時よりも進展が早いなぁ……。
 なお、相談相手が明らかに人選ミスという苦情は受け付けません。



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