ジャック×赤ずきん   作:サイエンティスト

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 同棲を開始した二人のお話。ジャックを落そうと虎視眈々と狙っている赤ずきんが、どちらかといえば草食系のジャックと一つの部屋で過ごす。男女が二人で一つの部屋に。何も起きないわけが無く……。





色仕掛け

「あたしの部屋へようこそ、ジャック! 自分の部屋だと思って遠慮無く過ごして良いからね!」

「う、うん。お邪魔します……」

 

 にっこり笑う赤ずきんに促され、ジャックはちょっとした気恥ずかしさを覚えながらも部屋へと足を踏み入れた。

 時刻は午後八時というところか。午前中にハルの前で宣言した通り、赤ずきんは本当にジャックを部屋に招いてくれた。無論ただ招いたわけではなく、一週間もお泊りすることを受け入れた上でだ。そうでなければジャックの部屋からベッドを担いで運んでくれたりはしない。

 

「ベッドはひとまずこの辺に置いておこうか。動かしたいなら後で言いなよ?」

「う、うん。持って来てくれてありがとう……」

 

 まるで重さを感じさせない軽い動作で、ジャックのベッドを壁際に置く赤ずきん。

 今更だがこんなにも力の違いを見せ付けられると、男としてはちょっと自信が無くなって来るジャックであった。尤も力はもとより、頼りがい云々に関しても赤ずきんに勝てるとは思わないが。

 

「……それにしても、まさか本当に泊めてくれるなんて思わなかったよ。まだ付き合い始めてから一日しか経ってないのに」

「ジャックがあたしの想いに付け込んで変なことしてこない奴だってことは知ってるからね。恥ずかしいは恥ずかしいけど、別に泊めることが嫌だとか怖いだとかじゃないよ。例え何かされても返り討ちにできる自信もあるし」

「た、確かにそうだろうけど……」

 

 だからといって女の子がこんな簡単に男を自分の部屋に泊めても良いのだろうか。

 ジャックはそう続けようとしたのだが――

 

「それに他の子の部屋には泊めたくないんだよ。だって、ジャックが盗られちゃうかもしれないじゃん……ジャックはあたしの恋人なんだからさ……」

「……っ」

 

 ――頬を赤く染め、どことなく不安げに呟く姿を目にして続く言葉は頭から吹っ飛んだ。そのあまりの可愛らしさに。

 

(うぅ……赤ずきんさん、凄く可愛い……!)

 

 赤ずきんに不安げな顔というのはあまり似合わないと思っていたのだが、恥じらいのこもったものなせいかジャックには非常に可愛らしく思えた。

 おまけに何だかヤキモチを焼いているような台詞を口にしているのだから堪らない。照れ臭さにジャックははっきりと自分の頬が熱くなるのを感じた。

 

「……ジャック、何か顔赤いよ?」

 

 そして顔に出た赤みを目ざとく見抜かれ、更にたじたじになってしまう。尤も昼の時とは異なり二人きりな以上視線はお互いに向けられているため、頑張っても隠すことなどできなかったに違いない。

 

「そ、そういう赤ずきんさんも顔が赤いよ?」

「いや、あたしのこれは恥ずかしいからだけど……ジャックはどうして?」

「それは、その……赤ずきんさんが凄く可愛いこと言うから、何だか照れ臭くなっちゃって……」

「そ、そっか……!」

 

 さすがに今更誤魔化すのもどうかと思うので、ありのままを伝える。すると赤ずきんの面差しはジャック同様照れ臭そうな笑みへと変わった。

 ただしそれは一瞬のこと。次の瞬間照れ臭そうな笑みははっとしたものへと変化し、一つの咳払いを挟んでから極めて真剣な面持ちとなった。

 

「照れ臭いっていうのは、嫌とかじゃないんだよね? あたしの可愛い所を見られて嬉しいから、って考えて良いんだよね?」

「う、うん……」

「そっか! よし、ちょっとは好感度稼げたってことだね!」

 

 そんな質問に答えたところで、今度こそ照れ臭そうな笑みを見せてくれる。隠す気の無い目的を素直に口にして、やり遂げたかのように拳をぐっと握る様子もあざとさ満点の可愛らしさだ。尤も本人はそこまで気を回していないのだろうが。

 

(赤ずきんさん、本当に僕を落としたいんだなぁ。こんな素敵な人にそこまで想われるなんて、僕ってちょっと幸せすぎかも……)

 

 僅かな好感度上昇に喜ぶ可愛らしい姿を眺めながら、思わずそんなことを考えてしまう。

 満更でもない気持ちを感じているあたり、やはりジャックの気持ちも染まりつつあるのかもしれない。あるいは徐々に気付き始めたか。どちらせにせよここまでストレートに好意をぶつけられまくれば数日中には答えが出せそうだ。

 その答えを聞いた時、果たして赤ずきんはどんな可愛らしい反応をしてくれるのだろうか。それを考えると未来の気持ちを前借りして今すぐにでも聞かせたい気持ちになるジャックであった。

 

「おっと、もうこんな時間だね。じゃ、あたしはお風呂に入ってこようかな。ジャック、その間あたしのフードを頼むよ。ラプが持ってたりしないようにね?」

 

 ひとしきり喜びを見せた後、コートを脱いで手渡してくる赤ずきん。タンスにしまうなりコートスタンドにかけるなりせず大切なコートを任せてくれるとは、どうやらジャックのことを非常に信用してくれているらしい。

 

「うん、任せて! 誰が来たって赤ずきんさんのコートは守ってみせるよ!」

「あははっ。大袈裟だなぁ、ジャックは」

 

 なので嬉しさについ力いっぱい頷いてしまい、赤ずきんには苦笑されてしまうのだった。

 尤も赤ずきんに頼られるのは本当に嬉しいのだから仕方ない。こんなちょっとしたことでも力になれるならジャックとしても嬉しい限りだ。

 ただ良く考えてみると、かぐや姫に色々こき使われるのは力になりたいという気持ちに付け込まれているからなのかもしれない。着替えらしきものをタンスから取り出し洗面所に向かう赤ずきんの姿を見送りつつ、ジャックはそんなちょっぴり悲しいことを思った。

 

「えっと……赤ずきんさんは毎日コートを着てるし、やっぱりタンスにしまうよりもスタンドにかけておいた方が良いかな?」

 

 しかしそんな悲しさは振り払い、任されたコートをどうするか考える。

 赤ずきんはこのコートがお気に入りで毎日羽織っているのだから、タンスにしまうよりは手に取りやすい所に置いた方が良いはずだ。なのでジャックは部屋の扉近くにあるコートスタンドへと歩み寄り、抱えていたコートを広げてかけようとした。

 

「……赤ずきんさんのコート、か」

 

 しかしそこでちょっとした邪心が沸いて来て、広げたコートをそのまましげしげと眺めてしまう。

 とはいえ別に不埒なことを考えたわけではない。赤ずきんが毎日身に付けていて匂いの染み付いているであろうコートの匂いを嗅ぎたいとか、そういう変態的なことを考えたわけではない。そもそも邪心なのは状況が状況だからであって、ジャックが抱いたのは比較的純粋な願いである。

 

(こんな機会滅多に無さそうだし、ちょっとだけ着てみようかな?)

 

 すなわち、憧れの人に近づきたいという純粋な願い。そのため赤ずきんのトレードマークとも言えるこのコートを着てみたいと思ってしまったのだ。

 

(だけど勝手にそんなことするのも……いや、でも僕は赤ずきんさんの恋人なんだし、それくらいの権利はあっても……)

 

 広げたコートを眺めながら、しばし黙考するジャック。

 仮にも恋人なのだからそれくらいの権利はありそうだし、赤ずきんは大切なコートを預けてくれるくらいにジャックのことを信用しているのだ。もちろん手荒に扱ったりはしないのだから、少しくらいなら着てみたって罰は当たらないのではないか。

 

「……よし! 着ちゃおう!」

 

 悩んだ末、ジャックはちょっとだけ着てみることにした。要するに強くてカッコイイ憧れの人に近づきたいという気持ちに勝てなかったわけである。

 ここが赤ずきんの部屋で周りに誰もいないことは分かっているものの、思わず周囲に視線を巡らせてからコートに袖を通す。何だか胸がドキドキするのは格好だけでも憧れの人に近づける喜びからか、それともコートとはいえ女の子の衣服を勝手に身に付けようとしている恥ずかしさのせいか。考えると余計に恥ずかしくなりそうなのでジャックは極力後者については考えないようにした。

 

「わりとサイズはぴったりだ。似合ってる――ようには見えないけど、こんな僕でもちょっとだけカッコよく見えるな。やっぱり赤ずきんさんがカッコイイからなんだろうなぁ……」

 

 コートを身に付けた後、姿見の前に立って自らの姿を確認してみるジャック。当然鏡に映っているのは赤ずきんのコートを身に着けた自分自身の姿だ。

 多少身長差はあるがサイズは特に問題無く、厚手のコートの重厚感もなかなかに心地良い。しかし見た目が問題で、どう見ても服に着られている印象の方が強かった。

 それでも赤ずきんの威光の効果は絶大で、多少はジャックでも自分の姿がカッコ良く見えたほどだ。なので形だけとはいえ憧れの人にほんの少しだけ近づけた気がして、妙な高揚感を覚えるジャックであった。やはりラプンツェルが着てみようとした気持ちは十分に理解できる。

 

(でも何か足りないや。コートだけじゃなくて、もっとこう……)

 

 しかし赤ずきんを真似るには少々物足りず、思わず部屋の隅の方に視線を注いでしまう。

 そこに飾られるように置かれているのは赤ずきん愛用の血式武器、とどのつまりジャックの身の丈を超えているのではないかと思うほど巨大なハサミだ。形だけでもカッコイイ赤ずきんの真似をしたいなら、あれが無くては完璧とは言えない。ジャックは数瞬ほど馬鹿でかいハサミに視線を向け――

 

(うん、やめよう。振り回すどころかまともに持ち上げられる気もしないし)

 

 ――どう考えても無謀なのでそれだけは止めておいた。

 無理に挑戦して怪我をするくらいならまだしも、それで今身に纏っている赤ずきんのコートを傷つけてしまったらジャックはどうすれば良いのか。さすがにラプンツェルと同じ轍を踏むわけにはいかない。

 

(代わりに何か無いかな、僕でも安全に構えられそうなもの……)

 

 しかし手元が寂しいのは事実。何か武器っぽいものを構えたり担いだりしてほんのちょっとでも赤ずきんの真似をしたい。

 ジャックはしばらく部屋の中を見回し、ちょうど目に留まった長物があったのでそれを持って姿見の前へと戻った。そして剣を扱うように構えたり、肩に担いでみたりしたのだが――

 

「うん、何かむしろ頼りなくなった気がする。ていうかカッコ悪いな、これ……」

 

 ――悲しいことに酷く滑稽な姿であった。剣やハサミの類に拘って長物にしたのだが、さすがに長いだけでは代わりにはならないらしい。これなら武器の形をしている分メアリガンを構えていた方が幾分カッコよく見えそうだ。

 もうメアリガンで妥協することにして、ひとまず手の中の長物を元合った場所へ戻すためジャックは姿身に背を向けた。

 

「ごめん、ジャック。やっぱりあんたが先に入って――ん?」

「……あっ」

 

 しかしその瞬間、運悪く洗面所から赤ずきんが出てきた。どうやら気が変わって後風呂に入りたくなったらしい。

 まあ自分が入浴した後に男であるジャックが入浴するのだから、変なことをさせないように自分が後風呂に入ろうと思ったのかもしれない。なるほど納得の理由だ。

 

(でも僕はそんな変なことする気なんて――って、現実逃避してても仕方ないか……)

 

 一瞬恥ずかしさで変なことを考えたものの、すぐにジャックは意識を元に戻した。憧れの赤ずきんのコートを羽織り長物を手にしてカッコつけている自分の姿を、他ならぬ本人に真正面から見られた事実に。

 当の赤ずきんはちょっと驚いたように目を見開いていたものの、やがて状況を理解したのだろう。今のジャックの姿を頭の天辺から爪先まで眺めると――

 

「意外と似合ってるじゃん、ジャック! カッコイイよ!」

 

 ――自分のコートを勝手に着た事を怒るでもなく、満面の笑みで高評価を下してくれた。てっきり怒られると思っていたジャックはほっと胸を撫で下ろす。もっとも羞恥が引いたわけではないのだが。

 

「あ、ありがとう。それと、ごめんなさい。赤ずきんさんのコート、勝手に着てみちゃって……」

「良いよ良いよ。ジャックはあたしの恋人だしね。それにあんたが乱暴に扱ったりしないことも分かってるし……ジャックもカッコつけたいお年頃だしね?」

「うぅ……そ、そんな目で見ないでよぉ、赤ずきんさん……」

 

 ニヤニヤと生暖かい笑みを向けられ、恥じ入って俯くしかないジャック。

 憧れの人の真似をしている所を憧れの人本人に見られたなど、穴があったら入りたいくらい恥ずかしい。本人が口では理解を示しながらも嫌らしく笑っているので余計に。

 

「あははっ! ジャック、顔真っ赤だ! 心配しなくても大丈夫だよ、ジャック。そんな風に赤くなって恥ずかしがるあんたも、可愛くてあたしは大好きだからさ」

「うぅ……!」

 

 そして女の子のはずなのにまるで男が口説くような台詞をかけてくる。

 自分のことをどう思っているか未だ分からない相手に恥らう様子も無く自分の気持ちを口にするその姿に、余計に恥じらいと憧れを煽られるジャックであった。

 

「……でもさ、一つ聞いて良いかな? あたしに憧れてるあんたがあたしのコートを着てみたくなる気持ちは分からないでもないんだけど、何でそんなもの持ってるの?」

 

 不意に笑顔を困惑に曇らせ、赤ずきんが指し示すのはジャックが手に持つ長物。

 まあコートを着て赤ずきんの真似をしているというのに、そこだけおかしなものを手にしているのだからそんな反応をするのも仕方ない。何せジャックが手にしていたのはコートをかけようとしていたコートスタンドなのだ。部屋の中を見回して目に付いた長物がそれだったのだ。

 

「だ、だって僕には皆みたいな力が無いから、あんな大きな武器持ち上げられないよ。仮に持ち上げられたとしても怪我とかしそうで危ないし……」

 

 理由を答えると自分の非力さを実感してしまい、余計に恥ずかしくなってくる。

 常人離れした戦闘能力を持つ血式少女と力を比べること自体間違っているのかもしれないが、ジャックにとっては皆れっきとした女の子だ。だからこそそんな女の子たちが手にして振り回せるものを持ち上げられないというのが恥ずかしかった。

 

「あー、それもそうだね……よし、だったらあたしが手伝ってあげるよ」

「え? 手伝うってどういうこと?」

 

 首を傾げて尋ねるジャックの前で、赤ずきんは答えずに部屋の隅へと向かう。そこにあるのはもちろん物々しい巨大なハサミだ。ジャックがどう頑張っても持ち上げるだけで精一杯であろうという具合の得物。

 赤ずきんはそれを軽々手に取ると小走りに近寄ってきた。そうして何をするのかと疑問に思うジャックの背後に回ると――

 

「ほら、これならジャックだって持ってる気分になれるよね?」

 

 ――背後から抱きつく形で、巨大なハサミを持つ手を前に回して来た。つまり一人で持てないジャックのために補助してくれるつもりなのだろう。

 コートを任されておきながら勝手に羽織ったにも関わらず、そんな自分に怒ることなくむしろ協力までしてくれるとは。そのお姉さんらしい心の広さに余計憧れを深めてしまいそうなジャックであった。

 

(肌も綺麗で腕も細くて女の子らしいのに、どうしてこんなに力があるんだろう……)

 

 ただし今は赤ずきんのことをしっかり女の子として意識しているため、同時にそんなことも考えてしまう。

 脇の下を通って前に回され、物々しく巨大なハサミを構える両手はどうみても女の子のそれであった。肌はとてもきめ細かだし、腕の細さも大体ジャックと同じくらい。なのにジャックには扱えそうも無い武器を易々と持ち上げている事実は非常に不思議に思える。

 

「ん? どうかしたの、ジャック? あたしみたいに持ってみなよ」

「う、うん。それじゃあ……」

 

 耳元で促され、ジャックは赤ずきんの両腕に沿う形でハサミを持ってみる。普通のハサミで言えば指穴に当たる部位、その外側を握る女の子らしい両手を上下から挟み込むように。それと同時に背後の赤ずきんが一段と密着してきたのをコート越しに背中で感じる。

 しっかり握りこんだ後に手の中に重さが伝わってきたものの、それは化け物染みた大きさのハサミからすれば半分にも満たないであろう程度の重量だ。きっとジャックが武器を手にしている実感を感じられるよう、気を遣ってほんのちょっとだけ自分の力を緩めたに違いない。

 

「どうかな? これくらいならあんただって持ってる気になれるよね?」

「す、凄いよ赤ずきんさん! 本当に僕がこんな武器を構えてるみたいな気分だよ!」

「あははっ。そんなにはしゃいで大袈裟だなぁ、ジャックは」

 

 諸事情でかなり落ち着かないジャックはまるで舞い上がっているような調子の声で返してしまい、赤ずきんに笑われてしまう。

 確かに自分がこんなにも巨大な武器を構えている気分に浸れて少しは興奮を覚えているが、実際の所はしゃいで見えるのは別の理由だ。尤も赤ずきんが気付いているかどうかはかなり疑わしいが。

 

「よーし、じゃあ軽く素振りしてみよっか。ほらジャック、上から下にスパッといくよ! チョキンッ!」

「えっ、うわっ!?」

 

 何か微妙に楽しそうな声で言ったと思った途端、握っていたハサミがジャックには実現不可能な速度で振り下ろされる。ただしジャックが認識できたのは腕を引っ張られる感覚と一瞬の風切り音だけであり、気がついた時にはハサミの切っ先が床スレスレに達していた。

 こんな二人羽織りのような持ちにくい状態だというのに、ジャックの動体視力では捉えられないほどの速度でハサミを振るったらしい。分かってはいたことだがジャックと赤ずきんでは身体能力の差が途方も無い。

 

「おっと、今のはちょっとやり過ぎだったね。これくらいならどうかな?」

「わっ……!」

 

 失敗したとでも言いた気な声音で言うと、赤ずきんがもう一度ハサミを上から振り下ろす。ただし今度はだいぶ力をセーブしているらしく、ジャックにも何とか認識できる程度の速さだ。

 もちろん実際にそんな速度で振るえるわけはないが、自分で振るったような錯覚を覚えて気分が高揚してくるジャックであった。あと余計に強さを増した諸事情で。

 

「す、凄いよ、赤ずきんさん! まるで本当に僕が振ってるみたいだよ!」

「あははっ、子供みたいにはしゃぐジャックも可愛いね。でも何かあたしもちょっと楽しくなってきたよ。ほら、今度は右から左に行くよ! せーの――」

 

 ――チョキン!

 二人で掛け声を合わせてハサミを振るい、ジャックは赤ずきんと楽しく笑いながら夜を過ごしていった。後ろから抱きつかれる形で補助してもらっているため背中に広がる二つの柔らかな感触は、なるべく考えないように努力して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……ありがとう、赤ずきんさん。何だか自分が強くなったような気分が味わえたし、凄く楽しかったよ」

 

 一つの得物を二人で振るい、十数分。ハサミから手を離したジャックが赤ずきんの方を振り向き、非常に充実感溢れる笑みを向けてきた。何だか妙に顔が赤いのはそれだけ熱中してしまったということだろう。

 

「どういたしまして、これくらいお安いご用だよ。あたしもジャックの隠された子供っぽい一面を見られて満足だしね?」

「うぅ……だ、誰にも言わないでね、赤ずきんさん……」

 

 ニヤリと赤ずきんが笑いかけると、ジャックは頬の赤みを更に増して俯く。

 男の子であるジャックとしては自分の子供っぽい一面を知られるのは殊更恥ずかしいに違いない。なのでからかいの笑みを優しい笑みに変えつつ、赤ずきんは言った。

 

「大丈夫、ちゃんと秘密にしといてあげるよ。ただしあんたがあたしを振った時には、ジャックは時々あたしの服を着て鏡の前でニヤついてたって言い触らすけどね」

「また脅迫!? ていうかそれ、僕に女装趣味があるみたいな言い方になってるよ!?」

「別にあたしは脅迫なんてしてないよ。あんたがあたしを好きになれば良いだけの話だからね」

 

 そして目を丸くして慌てるジャックに再びニヤリと笑いかける。

 もちろん実際そうなったとしても本当に言い触らしたりはしない。あくまでもジャックをからかっているだけである。赤くなって慌てるジャックの姿が何だかとても可愛らしいので、その反応を引き出すために口にした上っ面だけの脅しに過ぎない。

 

「……そういうこと言うなら、僕だって皆に言いふらしちゃおうかな? 赤ずきんさんが実はとっても子供っぽくてすっごく甘えん坊だってこと」

「わあっ!? だ、ダメだよ、それは! 言い触らしたりなんてしないからそれだけは止めてよ!」

 

 だがここでちょっと不満げに頬を膨らませたジャックが思わぬ反撃をしてきたため、今度はこちらが慌てる番となった。あんな小さな子供みたいにジャックに甘えていた事実を皆にバラされたら、皆のお姉さんとしての威厳が音を立てて砕け散ってしまう。

 そんな惨い真似はしないと思いたいが、ジャックは人畜無害そうに見えるわりに色々悪いことを考える奴だ。仮病で赤ずきんを騙したり、反応を確かめるために鎌をかけてきたりした事実は忘れない。この脅しあいは赤ずきんが圧倒的に不利であった。

 

「あははっ、どうしようかな?」

「むー……!」

 

 おまけにジャックは朗らかに笑って赤ずきんの懇願を聞き流す。

 仮にも自分の憧れのお姉さんである赤ずきんに対してこの仕打ち。これはちょっとお灸を据えてやらなければ。

 

「……こうなったら力ずくで分からせてやる! 覚悟しな、ジャック!」

「うわあっ!?」

 

 なので力に訴えかけ、容赦なくジャックに飛び掛る。ついでにコートも引っぺがして返してもらい、正面から押し倒す感じでベッドに組み伏せた。

 もちろんジャックもちょっとは抵抗を試みていたが、所詮は非力なジャックだ。赤ずきんが腕を掴めば振り解く所か僅かも動かすことさえできない様子で、瞬く間に勝敗が決した。

 

「よし、あたしの勝ちだ! これに懲りたらお姉さんを脅迫するなんて馬鹿な真似はしないようにね、ジャック?」

「うぅ……さ、先に脅迫してきたのは赤ずきんさんの方なのに……」

 

 やはり相手が赤ずきんとはいえ女の子に力負けしてあっさり組み敷かれたことが恥ずかしいのだろう。ジャックは押し倒された状態で頬を染めて泣き言を零していた。

 

「女の子を脅迫するとどうなるか、良い勉強になったね? それにしても、ラプといいあんたといい何でそんなにあたしのコートを着てみたがるのかな。別にお気に入りなだけで特別なものなんかじゃないよ?」

「それは分かってるよ。でもやっぱり赤ずきんさんが着てるから特別なものに見えるっていうか、着ると自分もちょっとは強くなれそうな気がするんだ。憧れの人に形だけでも近づきたい、って気持ちもあるし……」

「ふーん、そうなんだ……」

 

 頬を染めたままどこか憧れの滲んだ瞳で答えてくれるジャック。

 憧れの人に近づきたいという気持ちは理解できるので納得の答えであった。何故なら赤ずきんだって女の子らしい妹たちにちょっぴり憧れを抱いているのだ。自分があんまり女の子らしくないと分かっているから。

 

(形だけでもあたしに近づきたいってことは、もしあたしと同じようなコートをあげたらジャックは喜んでくれるってことだよね。もしかしてこれって良い感じのプレゼントなんじゃないかな?)

 

 赤ずきんへの好感度を上げるため、ジャックに贈るプレゼント。それが自分と同じコートというのは極めて妥当な選択ではないだろうか。先ほどの様子や言葉から察するに、ジャックも同じコートが貰えるなら欲しいと思っているに違いない。

 さすがに今赤ずきんが着ているコートをあげることはできないが、同じものをハルに用意してもらえば良いだけの話。先ほどのジャックのはしゃぎようを見る限り、これはプレゼントの候補にする価値があるはずだ。

 

(ん、ちょっと待った? もしあたしがコートをプレゼントしてジャックもそれを着るようになったら、あたしもジャックもお揃いのコートを着てるってことになるよね? も、もしかしてそれって、ペアルックってやつ!?)

 

 しかし不意にそこに思い至ってしまい、顔が猛烈に火照ってくる。

 ペアルックとは実に女の子らしくて恋人らしい。それを意図して考えたわけではないとはいえ、自分には似合わないくらい女の子らしくて恥ずかしくなってくるほどだ。

 しかしすぐに顔の火照りは落胆に塗りつぶされて引いてしまう。ペアルックについて色々考えていた赤ずきんはまたしても思い至ってしまったからだ。付き合ってもいない男女がペアルックなど始めたら周りにどう思われるかということに。

 

(……さすがにいきなりコートのペアルックなんか始めたら、皆にあたしたち付き合ってますって派手に宣言するようなものだよね。やっぱダメか。良いアイデアだと思ったんだけどなぁ……)

 

 落胆から肩を落とし、小さな溜息を零す。

 グレーテルからはプレゼント以外にも少しは好感度が稼げそうな方法や接し方を教えてもらったものの、生々しい部分をカットしてもらったせいかあまり有益な情報は得られなかった。そのため今夜実行するジャックを落とすための行動もたった一つだけである。やはり参考までに生々しい話にも耳を傾けるべきだったかもしれない。

 

「あの、赤ずきんさん……そろそろ、離して欲しいなって思ったり……」

「え? あっ! ご、ごめん、ジャック! い、痛かったかな……?」

 

 そんな後悔なのか自棄なのか分からない思いでいると、ジャックが遠慮がちにお願いしてきた。

 まだ押し倒して両手を押さえつけたままだったことに気付いた赤ずきんはすぐさま飛び退き、ジャックの様子を窺う。恨めしい目で見つめてくるかと思いきや、こちらに向けられる瞳はどこか照れ臭そうなものだった。

 

「痛くは無かったけど、その……ちょっとドキドキしたな。赤ずきんさんみたいな可愛い女の子に、あんな風に押し倒されるのは……」

「……つまり、押し倒せば好感度が稼げるってこと?」

 

 そんなジャックの台詞を聞いて、思わず声を低くして問いかけてしまう。

 ジャックを落とすための策に乏しい以上、新たな策を見つけたならすぐに飛びつく心積もりであった。今のように押し倒す程度で好感度が稼げるなら迷うことなど何も無い。赤ずきんは再びジャックに飛び掛るために、ベッドに腰かけた状態から軽く身体を沈めた。

 

「じゃ、じゃあ今度は僕の番だね!? ほらおいで、赤ずきん! 頭を撫でて可愛がってあげるよ!」

「む……」

 

 しかし赤ずきんが戦闘態勢に入ったことを敏感に察したのか、行動を起す前にジャックが焦り気味に両腕を広げて招いてくる。存分に甘えてきて構わないという非常に魅力的な意思表示だ。

 今しなければいけないのはジャックに甘えることではなく、ジャックを落とすために行動すること。それはちゃんと分かっている。分かってはいるし抵抗はしたものの、結局赤ずきんはその誘惑に抗えなかった。

 

「はあぁぁ……ジャックぅ……」

 

 静かにジャックの腕の中へと身を寄せ、背中に手を回してぎゅっと抱きつく。同時にジャックはそんな赤ずきんの背中に手をやり、何度も頭を撫でてくれる。

 その繊細な撫で方から伝わってくる大きな優しさのせいか、胸の中で燃えていた戦闘意欲はあっさり鎮火してしまった。直前まで好感度のためにジャックを押し倒すことを考えていたとは思えないほど穏やかな気分であった。

 

(まあ一週間もあるんだし、そんなに急がなくたって大丈夫だよね! これくらいの幸せに浸ったって罰は当たらないよ!)

 

 なのでひとまずはこの時間を楽しむことにして、更に強くジャックに抱きつく。

 頬を押し付ける形になっているせいか、薄い胸板の奥からはジャックの心臓の鼓動が聞こえてくる。何だかやけに鼓動が早いのはきっと危うく赤ずきんに襲い掛かられる所だったからに違いない。

 

「そういえば赤ずきんはどうしてすぐに戻ってきたの? お風呂に入ってくるんじゃなかったっけ?」

「あー、やっぱりちょっと気が変わったっていうか、どうせお風呂に入るならその前に汗を流しておこうかなって思ってさ。あたしは軽くトレーニングでもするから、ジャックが先に入ってきなよ?」

「そっか。じゃあ僕が先に入らせてもらうけど……今すぐ入って来ても良いかな?」

 

 そう口にしたジャックが赤ずきんの背に回していた手を引き、頭を撫でる手も止めてしまう。

 まだほんのちょっとしか経っていないのにもう終わり。例え何と言われようとそんなのは嫌だった。

 

「……やだ。もうちょっとこのままでいて欲しいな、ジャック……」

「はいはい、赤ずきんはわがままだね。じゃあもうちょっとだけだよ?」

 

 ぎゅっとしがみついてお願いすると、ジャックは仕方無さそうにしながらも再び頭を撫でてくれた。

 赤ずきんは再びジャックの胸に顔を埋め、目を閉じて温もりや感触に浸っていく。それは今まで感じたことが無いくらいに心穏やかな時間であった。もうこれ無しの日々には戻れないんじゃないかと思えるくらいに。

 

「はぁ……ジャックぅ……」

 

 胸に顔を埋めながら、自分でもびっくりするほどの甘えた声を出してしまう。頼りになるお姉さんという言葉は微塵も相応しくない感じのあまりにも子供っぽい声、そして姿だ。

 しかしジャックは子供っぽい赤ずきんを受け入れて、優しく包んで甘やかしてくれる。本当はこんなに子供っぽいと知りながらも、変わらず自分の気持ちが分からないほどの憧れを抱いてくれている。

 そんなジャックに愛しさを抱くななど無茶な話だ。本当ならいっぱいキスをして想いを伝えたい所だし、こちらもお姉さんとしての自分に甘えさせてあげたりしたい所なのだが、今は仮の恋人関係なのでジャック自身が遠慮しているのが何とももどかしかった。

 

(ちゃんとあたしの想いを伝えられるように、早いところジャックを落さないとね。そのための準備は済ませたんだ。ちょっと恥ずかしいけど、あんたを落すためにあたしは頑張るよ!)

 

 故に赤ずきんは甘えながらも更に決心を固めていった。

 今夜取るべきジャックを落すための行動、その恥ずかしさにちょっとだけ頬の火照りを感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 湯船に浸かり、骨身に染み入る温かさに恍惚にも似た吐息を零してしまうジャック。

 しばらく赤ずきんを可愛がって甘やかした後、ジャックはお言葉に甘えて先にお風呂を頂いていた。首元まで浸かって全身をじっくり暖めながら考えるのは、当然ながら先ほどまでの出来事だ。

 

(赤ずきんさんちょっと無防備過ぎじゃないかなぁ。女の子なのにあんな風に密着してきたりして……)

 

 赤ずきんの補助を受けてハサミを振り回していた時、ジャックの背中にはコート越しに赤ずきんの胸の膨らみがばっちり押し付けられていた。変にはしゃいでしまったというか、冷静でいられなかったのはそれが原因だ。何せ赤ずきんがハサミを振るう度、また一段と柔らかさに背中を襲われるのだから。

 もしかしてわざとやっているのではないかと疑ったものの、背後から上がる無邪気で楽しげな声にそういった含みは微塵も感じ取れなかった。あれは完全に素の行動だったに違いない。

 

(それなのに僕を本気で押し倒そうとしたりするくらい大胆なんだから不思議だなぁ。あの時の目は絶対本気だった……)

 

 あの時は咄嗟に甘えさせてあげることで事なきを得たものの、もしそれが失敗していたら再び押し倒されていたことだろう。

 尤も無邪気なくらいに無防備な赤ずきんのやることなので、押し倒した後に何をするかなど考えていないはず。たぶん押し倒したら好感度が上がると知ったからやろうとしただけで、それより先のことは全く頭に無かったに違いない。

 

(これから一緒の部屋で生活するんだし、もしかしたら毎日あんな風に迫ってきたりするのかな?)

 

 ふとそんなことを考え、湯船に浸かっている以外の理由で顔が熱くなってくる。

 背中に胸の膨らみを押し付けられるという素であざとい真似をされるのはちょっと困るが、迫られる事自体は嫌なわけではない。素敵な女の子に好意を全面に押し出して迫られれば悪い気はしないし、それが憧れの人ならなおさらだ。

 何より赤ずきんの行動や態度の一つ一つからは、ジャックのことが好きで好きでどうしようもないという気持ちがひしひしと伝わってくる。甘えてくる時が特にその気持ちを強く感じられて、必要とされ求められている実感にジャックも大きな幸せを抱いてしまうのだ。

 

(赤ずきんさんも凄く幸せそうだし、いっそこのままずっと同じ部屋で暮らすのも良いかもしれないな……)

 

 だからついそんなことを考えてしまうくらい、ジャックは赤ずきんに迫られることに喜びを感じていた。

 

「あはっ、その前に自分の気持ちを考えないといけないよね。どうしてそこを飛ばして一緒に暮らすことなんて考えてるのかな、僕は?」

 

 気が早い上にまだ答えを出していないにも関わらず、そんなことを考える自分を自分で笑うジャック。満更でもない気分のせいか自分自身を嗜める声は幸せそうな呟きでしかなかった。

 

「でも仕方ないか。そんなことを考えるくらい赤ずきんさんが可愛いのが悪いんだ。あんなに強くて頼りになるカッコイイお姉さんなのに、あんな子犬みたいに可愛い所があるなんて反則だよ……」

 

 強さに可愛さ、カッコよさを兼ね備えた赤ずきん。そういう人物だということは以前から知っていたつもりだったのが、恋人となり新しい一面を目にしたことでそれが知ったかぶりだと思い知らされてしまった。

 本当の赤ずきんはメルヒェンをバッタバタと薙ぎ倒す強さを持ち、そして男のジャックが憧れてしまうほど頼りがいのあるカッコイイ女性なのに、子犬のように可愛らしく愛くるしい存在自体が反則な存在だったのだ。

 

(そんな人が僕の恋人、それも僕に好きになってもらおうと一生懸命頑張ってるんだ。やっぱり僕ってちょっと幸せ過ぎかも? 本当は全部夢だったりして……)

 

 照れ臭さに緩む頬を自覚しながら、ジャックは幸せを噛み締める。

 ジャックのような頼りがいの無いひ弱な男には分不相応かもしれないほどの幸せだ。まだ夢だと言われた方が納得してしまいそうだが、熱いお湯に浸かって骨身に染み入るリアルな暖かさはとても夢とは思えない。

 信じがたいがこの幸せ者過ぎる状況は現実なのだ。その事実にジャックが感じる幸福は余計に煽られていく。

 

(だけど赤ずきんさん、どうやって僕を落そうと考えてるのかな? 一応何か考えてるみたいだけど、それっぽいことはまだ何もしてこないし……)

 

 しかしそこで不意に考えてしまう。赤ずきんはジャックを落すために何をするつもりなのかと。

 頑張ろうと意気込んでいる様子は窺えるし、何かをするつもりなのも少しは察することができるものの、まだ実際に何か行動らしい行動を起したようには思えない。もちろんジャックだって恋愛に関してはずぶの素人なので行動に気が付いていないということも考えられるが、赤ずきんが何か特別なことをしているようには思えなかったのだ。

 

(も、もしかして……色仕掛けとか、してこないよね? 確かに赤ずきんさんにそんなことされたら確実に落ちそうな気がするけど……)

 

 ついつい赤ずきんが誘惑してくる姿を思い浮かべてしまい、顔どころか全身が火照ってくる。

 本人は自分が女の子っぽく無いと気にしているようだが、ジャックにとっては十二分に女の子らしい。むしろ出るべき所は出ているし引っ込むべき所は引っ込んでいる感じで、見た目だけに限っても立派な女の子のそれだ。

 もちろんそういう不埒なことを考えて眺めたことなどないが、抱き締めたり抱き付かれたり膝枕してもらったりした関係上、何となくだがそんな身体つきだと分かっていた。そしてそんな身体で色仕掛けなどされたら、女の子に免疫など無いジャックには効果が抜群であろう事も。

 

「ま、まあ、さすがにあの赤ずきんさんが色仕掛けなんて真似するはずないよね! うん!」

 

 抜群すぎて何をしでかしてしまうか分からないくらいだが、幾らなんでもあの真っ直ぐな赤ずきんが色仕掛けなどという似合わないことをするはずがない。だから何も心配はいらない。

 ジャックはそう確信して一人何度も頷いた。だがジャックは赤ずきんがどれだけ本気かを見誤っていたらしい。

 

「ジャックー! 背中流しに来てあげたよー!」

「え……ええぇぇぇぇっ!?」

 

 あろうことかまるで計ったような絶妙なタイミングで、件の赤ずきんがお風呂場の戸を開け放ったのだ。それも非常に眩しい笑顔を浮かべて。

 位置関係的に見えないとは思うが、ジャックは即座に下腹部を手で覆い首まで湯船に浸かり直した。

 

「その様子だと悪知恵が働くあんたでもあたしの行動は読めなかったみたいだね。そう、あたしが先にお風呂に入らなかったのはお風呂に入ってるあんたの背中を流してあげるためだ! 参ったか、ジャック!」

(うん! 実は読んでたっていうかありえない予想が当たっちゃってかなり混乱してるけど、とにかく参りました! まさか赤ずきんさんがここまで本気だったなんて!)

 

 何故かは分からないが勝ち誇ったような顔をして胸を張る赤ずきんに、ジャックは大いに戦慄を覚えた。

 確かに赤ずきんがジャックを落す気満々なのは薄々察していたものの、まさか本当に色仕掛けを行うまでに本気だったとは。これははっきり言って想定外だ。あまりにも想定外過ぎるために一周回って冷静になってしまうくらいである。

 

「えっと……一応聞くけど、必要無いって言っても出て行ってくれたりはしないんだよね?」

「当たり前じゃん! あたしの決意は固いよ、ジャック!」

「そっか……赤ずきんさんらしい覚悟だね……あはは……」

 

 ちょっと頬は赤いが腕を組み仁王立ちで力強く言い放つ赤ずきんに対し、力なく笑いながら言葉を返す。

 赤ずきんに引くつもりがないのならもう止めさせることは不可能に違いない。力づくで出て行かせるなどという真似が通用する相手ではないし、大体ジャックは裸だ。何をするにもだいぶ危険が大きい格好である。故にジャックはすでにこの状況を諦め受け入れていた。

 

「で、でも、もしかしてその格好のままなの? それはちょっとマズイんじゃ……」

 

 だがどうしても気になることがあるため、それを尋ねてみる。

 赤ずきんの格好はいつも通りの格好だ。ホットパンツにノースリーブのシャツ、そしてお気に入りのフード付きコート。背中を流してくれるというのなら赤ずきんだって濡れてしまう可能性がある。シャツやホットパンツはともかくとして、さすがにコートを濡らすのはマズイのではないだろうか。

 

「ん? ああ、忘れてた。濡らさないようにちゃんと脱いどかないとね」

「えっ!? ちょ、赤ずきんさん!?」

 

 そんなことを考えていると、赤ずきんは目の前でコートを脱ぎ去った。脱ぐのはコートだけかと思いきや、あろうことかその手は躊躇い無くシャツへと伸びていく。

 まさか全部脱いで裸になる気なのでは。戦慄しつつも目を逸らせないジャックの前で赤ずきんはシャツを捲り上げていき、やがてくびれた大人っぽいウエストが露になり、そしてなかなかに豊かな膨らみを包む下着が曝け出され――

 

「いやー、サイズの合う水着を手に入れられて良かったよ。見繕ってくれたくららには後で感謝しとかないとね!」

「……えっ」

 

 ――ると思いきや、シャツの下から表れたのはどうも水着のようだった。

 二度目の想定外に固まってしまうジャックの前で、赤ずきんはホットパンツも脱ぎ去り完璧な水着姿を晒す。上下共に明るい黄色のビキニは、女性らしいスタイルを持ちながらも快活で活発な赤ずきんに良く似合う水着だ。

 とても良く似合っているし見ていてドキドキするのだが、ジャックは何故か酷くがっかりした自分を感じていた。理由は多分ジャックが思い浮かべた不埒な妄想の通りにはならなかったからだろう。いや、なったらなったでむしろかなり困るのだが。

 

「よし。後はこれを着て――って、どうかしたのジャック?」

「な、何でもないです……」

 

 被り物が好きな赤ずきんらしいフードつきの赤いパーカーを羽織った後、ジャックに何かを尋ねてくる。もしかすると落胆が顔に出てしまっていたのかもしれない。

 しかしまさか下着や裸ではなくてがっかりしてしまった、などと言えるわけもなかった。口にしたら変態と罵られてしまいそうだし、万が一にも本当に下着や裸になられたら困る。今までなら赤ずきんがそんな露骨な真似をするはずがないと考えていたが、入浴中に突入してくるほど大胆かつ本気と分かった今、可能性は結構高めな気がしたからだ。

 

「本当にー? 何かがっかりしてる気がするよ?」

「そ、そんなことないよ……?」

 

 ジトッとした視線に耐えられず、つい目を逸らしてしまうジャック。

 その反応で嘘を吐いているとバレてしまったのだろう。赤ずきんは頬を染めながらもニヤリと笑い、お風呂場に一歩踏み出してきた。

 

「本当のこと言わないなら、無理やり湯船から引きずり出しちゃうよ? あんたはちゃんとタオル巻いてるのかな、ジャック?」

(赤ずきんさん、本当に容赦ない……!)

 

 赤く染まった頬を見れば恥ずかしがっているのは分かるのだが、それ以上の決意と覚悟が凛々しい顔つきから伝わってくる。

 恐らくジャックが答えなければ赤ずきんは本当にやるに違いない。そんな凄みが全身から放たれていた。

 

「じ、実は……少しだけがっかりしたんだ。もしかして赤ずきんさんも、その……裸になって入るのかなって、思ったから……」

 

 故にジャックは素直に答えた。変態とか罵られるかもしれないが、答えない方が酷い目に合うと分かっていたから。

 

「は、裸!? さすがに水着無しは無理だよ! あたしにだって羞恥心くらいはあるんだからね!?」

(それなら最初から来ないでよ! 赤ずきんさんが水着でも僕は裸なんですけど!?)

 

 お風呂場に突入してくる大胆な真似をしたにも関わらず、まるで乙女の如き恥じらいを見せる赤ずきん。そんな無邪気なのか計算高いのか良く分からない恋人へ、ジャックは心の中でツッコミを入れた。

 

「で、でも、もしそれでジャックがあたしを百パーセント好きになってくれるっていうなら……考えなくも無いけどさ……」

(な、何だって……!?)

 

 そしてもじもじしながら呟く姿に、先刻以上の衝撃と戦慄を覚える。

 実際にやられたらまず間違いなく落ちてしまいそうな事実と、そんな色仕掛けすら候補に入れている赤ずきんの本気具合に。本当に赤ずきんはどれだけジャックのことが好きなのだろうか。そんなに好かれるような真似をした覚えは特に無いのだが。 

 

「ま、まあ、さすがにそんなわけないしね! ほらジャック、タオル。後ろ向いててあげるから上がりなよ」

 

 ジャックの心を弄んだ呟きを自分であっさり流すと、腰に巻くためのタオルを投げてから後ろを向く赤ずきん。最低限の温情はかけてくれたことに対して安堵を覚えるジャックだったが、すぐに胸の中は不安でいっぱいになってしまった。

 何せ無邪気なのか計算高いのか良く分からないものの、大胆かつ真っ直ぐに好意を示してくる赤ずきんにこれから背中を流してもらうのだ。もしかしたらその最中にもの凄い色仕掛けを行ってくるかもしれない。例えばその豊かな胸の膨らみを押し付けてくるとか。

 

(どうしよう。背中を流してくれるだけならまだしも、それ以上の何かがあったら耐えられる自信が全然無い……)

 

 緊張に一つ生唾を飲むと、ジャックは腰にタオルを巻いて湯船から上がった。

 何があっても心を強く持てるように自分を叱咤して、不安を覚えている癖に同時に期待もしているケダモノな自分を戒めながら。

 

 





 お風呂場に突入してきた赤ずきん。ジャックは果たして理性を保てるのか。
 赤姉のコートなら怒られても良いから着てみたいです。こう、良い匂いが染み込んでいそうな気がしますし……。
 やっぱり赤姉は反則的なキャラだと思います。強さとカッコよさと可愛さを兼ね備えた存在、ちょっと脳筋気味なところもまた良い……。


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