ジャック×赤ずきん   作:サイエンティスト

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 ジャック×赤姉の二章、その終わりの話。ジャックは赤ずきんに落ちるのか落ちないのか……と言ってもすでにここまでで明らかに落ちているので、今更予想外のことなんてできませんね。まあ赤姉はカッコいいし可愛いので誰だって落ちて当然のはず。





やはり赤ずきん

 

 

 

 湯船に浸かってくつろぐジャックがいるお風呂場へと、突如として突入してきた赤ずきん。本人の口振りから察する限り、これこそがジャックを落すための行動だったらしい。すなわち効果てきめんの色仕掛けである。

 本人はあんまり自信を持っていないように見えるものの、赤ずきんは立派に女の子らしい身体付きをした女の子だ。どちらかと言えばやはり少女というよりもお姉さんという言葉が相応しいくらいに。

 そんな目を見張るスタイルを水着姿で惜しげもなく晒した赤ずきんに、お風呂で背中を流してもらう。ジャックを落すためなら色仕掛けすら行うほどに本気で好意を寄せてきている赤ずきんに。

 本当に背中を流してもらうだけならともかく、最中に何か色仕掛け染みた接触でもされたら間違いなく自分を見失ってしまう。だからこそジャックは大いに戦慄し、心を強く持とうと懸命に努力して背中を晒したのだが――

 

「ふぅ、助かった。やっぱり赤ずきんさんは赤ずきんさんだったなぁ……」

 

 ――端的に言えば、心構えは全く必要無かった。何せ赤ずきんの色仕掛けは本当に背中を流すだけ、それと頭を洗うだけで終わりを迎えたのだ。

 肩透かしを食らったような気分で若干不埒な落胆は拭えないものの、ジャックとしては大いに安心できる結果であった。何故なら色仕掛けが効果的なのは分かっている様子なのに、赤ずきんはいまいちその方法を理解していないことが分かったから。とどのつまり、計算高いのではなく無邪気なだけだと分かったからだ。

 

(胸を押し付けたり抱きついたりするとか方法は色々あったはずなのに、そんなことも考え付かないなんて……赤ずきんさんって純情で可愛いなぁ)

 

 そのため背中を流してもらった後にお風呂から上がり、入れ替わりに部屋へと戻ったジャックはそんな赤ずきんの純情加減を思い出して頬を緩ませていた。

 色仕掛けなどという似合わない真似までしてくるくらいにジャックを落したがっているのに、肝心の色仕掛けの詰めが甘すぎるのが実に可愛らしい。大胆かつ真っ直ぐだが難しいことはあまり考えない赤ずきんらしい迫り方であった。

 

(だけどその分気を付けないとね。赤ずきんさん、無邪気にあざとい真似してくる時があるし……)

 

 計算高いわけではないことが分かり安堵を覚えたものの、やはり気を抜くことは出来ない。武器を振るう補助をしてくれた時と同じように、何の企みも無く素でかなり効果的な色仕掛けを行ってくることだってあるのだ。

 無邪気で大胆なのに無防備な所のある赤ずきんの場合は、むしろそういう意図していない色仕掛けの方に気を付けなければならないのかもしれない。

 

「ふぅ、良いお湯だったぁ! お風呂に浸かると一日の疲れが吹っ飛ぶよね、ジャック!」

 

 ジャックがそんな風に新たな警戒を抱いていると、ちょうどお風呂から上がったらしい赤ずきんが洗面所から戻ってきた。

 なのでジャックは警戒も忘れて反射的に視線を向け――

 

「あ、赤ずきんさん、その格好……!」

 

 ――早速無邪気な色仕掛けに引っかかってしまった。

 とはいえ無邪気で計算も何も無い故に、特別な格好をしているわけではなかった。視線を向けた先に立っていたのは何のことは無い、ただの風呂上り姿の赤ずきんだ。ただしその姿は女の子に免疫の無いジャックにとってはなかなかに強烈な格好であった。

 上は鎖骨周りや丸い肩まで大胆に曝け出された、それも丈はウエストに届くか届かないかの短さの白いキャミソール。下は柔らかそうな素材の、そして柔らかそうな太股が惜しげもなく曝け出された空色のショートパンツ。そして頭には白いポンポンが先端に飾られた赤いナイトキャップ。

 実に寝心地が良さそうなラフな格好であるが、ジャックにとっては完璧に目の毒な格好であった。キャミソールの丈が短いせいで綺麗なくびれもおへそもばっちり見えるし、肉付きの良い健康的な太股も同様だ。

 太股に関しては普段の格好でも見られるものの、今の赤ずきんはお風呂上り。上気した肌は赤く色付き、瑞々しさも段違い。その上で曝け出された健康的な肉付きの太股の魅力は普段の比ではない。

 おまけにキャミソールを下から押し上げる胸の膨らみもかなり刺激的。襟ぐりが深いため、予想通りなかなかに豊かな膨らみが谷間を作っているのがはっきりと見られる。普段の格好よりも若干胸が大きく見えるのは、恐らくブラをしていないからだろう。

 もちろんその谷間を形作る二つの膨らみも、お風呂上りなために堪らなく目を引く様子だ。有体に言えば瑞々しくてとてもおいしそうな様相をしていた。ジャックも思わずごくりと息を呑んで凝視してしまうくらいに。

 

「ん? どうかしたの、ジャック?」

 

 そんなあざとさ抜群破壊力最高の危険極まりない格好をしている癖に、本人は何の企みも見えない不思議そうな表情で首を傾げる。最早そんな可愛らしい仕草も計算ではないかと疑いたくなるほどだ。

 しかし赤ずきんはそこまで深く考えてはおらず、無邪気なだけだというのだから驚きである。

 

「え、えっと……お風呂上りは、いつもそんな格好してるの……?」

「うん、そうだよ。もしかしてどこか変かな?」

「へ、変じゃないよ! 凄く可愛いよ!」

 

 赤ずきんの表情が不安に曇りかけたので、ジャックは咄嗟に誉めちぎる。

 実際凄く可愛いのは紛う事なき事実だ。まあやたら言葉に力が入ったのは赤ずきんの色気に当てられているせいなのだが。

 

「そ、そうかな? ありがと、ジャック。えへへ……」

(可愛いけど! 露出が多くて目のやり場に困るよ! あとその反応も可愛すぎだよ!)

 

 照れ臭そうに嬉しがる姿には何も言えず、本当に言ってやりたいことを心の中でぶちまける。

 これは最早ただ計算高いよりも厄介な相手に違いない。本人にその気が無いのにやること為すこと、その一挙一動が色仕掛け染みている。まあ女の子に免疫の無いジャックだからこそ、色仕掛け並みに効いてしまっているだけなのかもしれないが。

 

「んー? 何か顔赤いよ、ジャック? もしかして、お姉さんの寝巻き姿に魅了されちゃった?」

「う、うん。そんなところかな。これから一週間は赤ずきんさんのそんな姿を見られると思うと、何だか凄くドキドキしてくるよ」

「そっか。よし、着実にあたしへの好感度は増してるね!」

 

 下手に誤魔化すと強引に追求されそうなので素直に答えた所、赤ずきんはぐっと拳を握って喜びを露にしていた。その好感度を上げたい相手であるジャックが目の前にいるにも関わらず。

 

「赤ずきんさん、そういうこと僕の前で言うのはどうかと思うよ?」

「別に良いじゃん。知らないならともかく、ジャックはあたしがあんたを落とすために頑張ってること知ってるんだし」

「それはそうだけど……」

 

 だからといって僅かでも好感度が上がれば喜ぶ姿を見せなくても良いのではないだろうか。そんな小さなことでも喜ぶ赤ずきんの可愛らしい姿を見ていると、自分が強く想われている事が実感できてますます好感度が上がってしまいそうだった。

 

「そんなことよりこれからどうする、ジャック? もうちょっと夜更かしするつもりならあたしも付き合うよ?」

 

 とはいえ赤ずきんは計算高いわけではない無邪気なお姉さん。好感度上昇の無限ループが可能なことに気が付く様子も見せずあっさり流すと、ベッドに座っているジャックの隣へと腰を降ろしてきた。

 

「うーん、どうしようかな……赤ずきんさんはいつもこの時間は何してるの?」

「んー、いつもならもう寝てる頃かな。でも今日からはジャックと一緒に暮らすんだし、あんたがまだ起きてたいならあたしも起きてるよ?」

「そっか。じゃあ今夜はもう寝ようよ。ここは仮にも赤ずきんさんの部屋なんだし、何も僕に合わせて夜更かしする必要は無いからさ。それに僕もちょっと眠くなってきたしね」

 

 実際ジャックは少々眠気を感じていた。まあそれは肉体的な疲労ではなく、主に精神面での疲労から来る眠気なのは間違いない。赤ずきんの部屋に足を踏み入れてからというもの、感情を何度も何度も大きく揺さぶられたせいで疲労が溜まっているのだ。

 そろそろ精神を休ませなければその内感情の振り幅を超え、理性までどうにかなってしまうかもしれない。故に休息は必須であった。

 

「……あのさ、ジャック」

「どうしたの、赤ずきんさん?」

 

 なので今夜はもう休もうと提案した所、赤ずきんは唐突にしおらしい姿を見せてきた。頬を染めつつもじもじ視線を彷徨わせるという、凄まじくあざとい姿を。

 

「その、まだ本当の恋人じゃないのは分かってるんだけどさ……おやすみのキスとか、してくれたりしない……?」

 

 そしてジャックの機嫌を窺うような控えめな感じで、そんな可愛らしいお願いをしてくる。

 

(う、うぅ……! そんな姿でこんな可愛くお願いしてくるなんて、赤ずきんさん本当は全部計算ずくでやってるんじゃないのか!?)

 

 場所は赤ずきんの部屋の中とはいえ、一応はジャックのベッドの上。格好は先の水着には多少劣るものの、露出度が非常に高いラフな服装。しかも本人はついさっき、ジャックを落すためならわりと何でもやりそうなほどの気迫を滲ませていたのだ。

 そんな状態で頬を染めつつ、どきりとするほど女の子らしく可愛いおねだりをしてくる。これはもう先ほどとは逆にジャックから押し倒させようとしているのではないだろうか。そう疑いたくなるくらいに赤ずきんの様子は可愛らしかった。

 

「えっと……ほっぺたでも良い?」

「う、うん! キスしてくれるならそれで構わないよ!」

 

 しかしジャックがそう答えるだけで、疑ったことが恥ずかしくなるほど眩しさに溢れた笑みを向けられてしまう。計算や企みなど微塵も見えない、純粋な喜びの笑みを。

 計算だったならともかくとして、もし今さっき押し倒していたなら赤ずきんは一体どんな反応を示したのだろうか。何だかとても気になってしまうジャックだった。

 

「それじゃあ……おやすみ、赤ずきんさん」

「っ、くぅぅ……!」

 

 そんな好奇心を押し殺しつつ、赤ずきんの頬に軽く口付ける。ほんの一瞬唇を触れさせただけだったものの、キスされた赤ずきんの反応はだいぶ劇的なものであった。

 

(ああ、もうっ! どうして赤ずきんさんはこんなに可愛いんだ!? あんなに強くて頼りになるのに本当はこんなに可愛い女の子なんて絶対おかしいよ!)

 

 幸せいっぱいの表情で縮こまり、喜びに悶えるかのように身を捩る。挙句の果てにはキスされた頬に手を当て、更に頬を緩めるというおまけつき。

凄まじい強さと頼りがいを併せ持ちながらも、途轍もない可愛さまで持ち合わせているとは本当に反則的である。何だか憧れを超えていっそ嫉妬すら抱きたくなってきてしまうほどだ。

 

「おやすみ、ジャック! 今度はあたしからもだよ!」

「っ!?」

 

 まるでそんな風に考えている隙を狙われたかのように、ジャックはお返しのキスを頬に受けてしまった。

 頬に押し当てられた柔らかな感触に驚き飛び上がりそうになってしまうが、何とかそれだけは抑え込んだ。下手に効果的であることを教えてしまうと、大胆かつ積極的な赤ずきんはジャックを落すために何度でもやりかねないからだ。

 

(……どうしよう。油断したらその内襲いかかっちゃうかもしれない)

 

 ただし向こうがやらなくても、下手をするとこちらが襲いかかるような展開になる可能性もありそうだった。

 しかしそれも仕方ない。こんなに魅力的で素敵な女の子に、これでもかというほど好意をストレートに伝えられているのだ。その内辛抱堪らなくなったとしても別に不思議ではないだろう。

 

(赤ずきんさんなら簡単に返り討ちにしてくれそうだって思ってたけど、何だかそのまま受け入れてくれそうな気がしなくもないなぁ……)

 

 さすがにそんな勢いやなし崩し的に関係を結びたくはなかった。返り討ちにしてくれるなら問題は無さそうな気もするが、受け入れてくれそうな可能性もあるならやはりジャックが辛抱するしかない。

 落ちるのはもう確定事項としても、果たして一週間もの間理性を保つことができるのだろうか。はにかみながらもどこか嬉しそうに笑う赤ずきんの姿に暖かい気持ちを覚えると同時、そんな不安を覚えてしまうジャックであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ジャック、まだ起きてる?」

 

 明かりを消してそれぞれのベッドに入り、どれほどの時が経った頃だろうか。薄闇の中、部屋の反対側から赤ずきんの声が聞こえてきた。

 特に動かす必要性を感じなかったため、ジャックのベッドの位置は運んで来てくれた赤ずきんが最初にそれを降ろした位置のままだ。つまりちょうど赤ずきんのベッドがある壁際の向かい側。それなりに離れてはいるが周りが静かなので声を聞き取るのに支障は無かった。

 

「うん、まだ起きてるよ。どうかしたの?」

 

 ベッドに入ったまま向きを変えて赤ずきんの方を見る。すると向こうも同じようにこちらを見ていたため、自然と目が合ってしまった。

 ジャック自身は特に何か思ったりはしなかったものの、どうやら向こうはちょっと思う所があったらしい。目が合うなり薄闇の中でも分かるくらいには頬を染めて視線をそらされる。

 

「……もうちょっと、あんたの傍で寝たいんだ。同じベッドに入れろとは言わないからさ、あたしのベッドをあんたの隣に持ってっても良いかな?」

 

 そしてもじもじと可愛らしいお願いをしてくる。相変わらず卑怯なくらい可愛らしい姿に、今度はジャックが顔の火照りを覚える番であった。まあ向こうからは分からない程度というのがせめてもの救いか。

 

「寂しくて眠れないの? 一人で眠れないなんて、赤ずきんは子供だなぁ」

「さ、寂しいってわけじゃ――いや、そうだね。せっかく同じ部屋にいるのにお互い離れた場所で寝るなんて、何かあたしは凄く寂しく感じるよ。もっとジャックの近くに行きたいな……」

 

 苦笑を向けると、素直な答えとお願いを返してくる赤ずきん。それも恥ずかしがっている割には期待に満ちた表情をしながら。

 あの赤ずきんにそんな表情で可愛らしいお願いをされれば、返す言葉は当然決まっている。

 

「しょうがないなぁ、赤ずきんは……おいで?」

 

 なのでジャックは微笑ましさに頬を緩ませつつ手招きした。それを受けて赤ずきんは嬉しそうに笑い、すぐさまベッドから跳ね起きる。この程度のお願いを聞いてあげただけでこんなに喜ぶとは、やはり赤ずきんはとても可愛らしい。その可愛らしさにまたしてもジャックは頬の緩みが深まるのを感じた。

 尤もその可愛らしい赤ずきんが自らのベッドを頭の上に容易く持ち上げ、軽い足取りで寄って来る姿を見て緩みはある程度収まったが。

 

「あははっ、これで寂しくなくなったよ。ジャックがこんな近くだ」

 

 しかしほんの僅かな隙間を残して隣にベッドを置き、横になった赤ずきんの言葉でまたしても頬は緩んでしまう。本当に何で赤ずきんはあんなに強くてカッコよくて頼りになるのに、こんなに可愛らしい面まで持ち合わせているのだろうか。

 

「……でも、もうちょっとだけわがまま言いたいな?」

 

 その可愛さを自覚しているのか、それともやっぱりしていないのか。更に何事かをねだろうとしてくる。

 自覚してやっているならあざとすぎていっそ拒否してやりたい気持ちだが、幸か不幸か赤ずきんは自分の可愛さに微塵も気が付いていない。だからこそジャックには拒否するという選択肢はどこにもなかった。

 

「良いよ、言ってみて?」

「……手、握って欲しいな」

 

 控えめに言い、シーツの中から静かに手を覗かせてくる。やたらにベッドを近くに置いたあたり、最初からこれもお願いする気だったのだろう。計算高くは無いがやはり無邪気で子供っぽい所があるようだ。

 しかしそんな所もまた可愛らしい。なのでジャックは迷い無くその手を優しく握ってあげた。嬉しそうに笑いながら握り返してくるその姿に、もう何度目かも分からない微笑ましさを覚えながら。

 

「赤ずきんさんって本当はこんな子だったんだね。何だか今でもちょっと信じられないや」

「そうだよ。本当のあたしは甘えん坊だし寂しがりやなんだ……もしかして、幻滅したかな?」

「まさか。むしろ逆っていうか――あ」

 

 不安げな顔をした赤ずきんを元気付けるために言葉をかけたのだが、ジャックは自分の失言に気付いてしまった。今まで二度ほど話を変えたり誤魔化したりしていた話題を、自分で提供してしまったから。

 

「……そういえば二度もはぐらかされて聞かせてもらってなかったね。今度こそ答えてもらうよ、ジャック。むしろ逆ってどういう意味さ?」

(あ、これもう誤魔化せないな……)

 

 間近で鋭い視線を注がれつつがっちり手を握られ、その事実を悟る。

 さすがにこんな状況では逃げ出すこともできないし、いい加減誤魔化し続けるのにもちょっと疲れてきた所だ。

 

「……そういう赤ずきんさん、凄く可愛いなって思ってたんだ。フードがなくて落ち込んでる姿をそんな風に言うのは失礼だと思ってたから、今までは誤魔化して言わなかったんだけど……幻滅した?」

 

 なので諦めてそれを口にする。フードが無くて不安で堪らないであろう状態を可愛らしく思っていたという、なかなかに鬼畜染みた本音を。

 これにはさすがに赤ずきんも目を丸くしていたが、それは一瞬のこと。すぐにその驚きを微笑みへと変え、むしろ嬉しそうに笑いかけてきた。

 

「するわけないよ。あたしが元々女の子らしくないのは分かってるからね。そういう時だけでもジャックに可愛く見てもらえるなら、今はそれだけでも十分嬉しいよ」

「……別にその時だけってわけじゃないんだよ、赤ずきんさん」

 

 あんなに女の子らしくて可愛いのに妙に自信の無い様子を見かね、ジャックはそれを伝える。この言葉に赤ずきんは先ほどよりも強い驚きを覚えたように目を丸くしていた。

 

「えっ、ほ、本当? じゃあ、どんな時に可愛いって思った?」

「どんな時って、もう思う場面が多すぎて答えられないくらいだよ。でも一番最近の場面を答えるなら、ついさっき手を握って欲しいってお願いしてきたところかな? あんな可愛いお願いしてくるなんて、反則だよ……」

「そっか……ジャックは普段のあたしも可愛いって思ってくれてるんだね。嬉しいな……」

 

 そしてジャックの本音を聞くなり、堪らなく嬉しそうな笑みを向けてくる。それも緑の瞳で熱い視線を投げかけながら。文字通り手の届く距離から注がれる熱い視線は大いにジャックの胸を高鳴らせてきた。

 

「うん。だから安心して、赤ずきん。僕は君の事、凄く可愛い女の子だって思ってるから」

 

 変な気分を催させる熱い視線を早い所止めてもらうため、ジャックはそう口にして赤ずきんの頭を撫でてあげた。優しく愛情深く、繊細に。もちろんもう片方の手はぎゅっと繋ぎあったままで。

 

「うん……ありがとう、ジャック……」

 

 大好きなジャックからしっかり女の子と思われている安堵からか、それとも握り合う手や頭を撫でる手から伝わってくる優しさか。赤ずきんは幸せそうに微笑みながら目蓋を閉じると、あっという間に寝息を立て始めた。

 

「ふぅ、助かった。あの調子で迫られてたら、僕絶対何かやらかしてたよ……」

 

 無邪気に魅力を振りまく赤ずきんが眠りに付いたので、思わず安堵の吐息を零す。本人が真っ直ぐな性格のせいか、意識してやったらしいお風呂に突入して背中を流すという色仕掛けより、むしろ策も飾りも何も無い状態の方が危険である。

 とはいえそんな赤ずきんも眠ってしまえばそれまで。色仕掛けを企み実行することも、無邪気に可愛さを振りまくこともできないはず。ジャックはそう思っていたのだが――

 

(眠ってる赤ずきんさん、予想以上に可愛いや……)

 

 ――すぐ目の前で寝顔を晒す赤ずきんの姿は、予想を遥かに上回る可愛らしさだった。

 大好きな恋人のすぐ近くで、それも手を繋いだまま眠りについている安心感も手伝ってはいるのだろう。しかしそれを差引いても反則的なほどに可愛らしい安らかな寝顔で、ジャックの胸は高鳴りっ放しであった。

 何より一番マズイのはこの状況。自分のことを百パーセント好きになってくれるなら水着無しで背中を流すのも考えると言った赤ずきんが、文字通り手の届く距離で無防備に寝息を立てているのだ。さすがにジャックもほんの僅かでも邪なことを考えないでいられるほど誠実ではなかった。

 

(こんな風に眠ってる様子は普通に可愛い女の子だなぁ。普段はあんなに強くてカッコいいのに……)

 

 故に遠慮などせず、寝顔をしげしげと眺めて目に焼き付ける。

 メルヒェンを薙ぎ倒し馬鹿でかい得物を振るう力を持ち、男であるジャックが憧れを抱いてしまうほど頼りがいがあってカッコいい赤ずきんも、眠っている姿はどこからどう見ても完璧に一人の女の子だった。いっそ弱々しさすら感じてしまうほどに。

 

(でも、赤ずきんさんにだって本当は弱い所があるんだ。むしろそっちの方が本当の赤ずきんさんって言っても過言じゃないくらい……)

 

 強くてカッコいい、頼りがいのある皆のお姉さん。そう見えるのは赤ずきんがそうあろうと頑張っているから。

 本当は恋人に子供のように甘え、可愛がってもらうのが大好きな人一倍甘えん坊な女の子なのだ。今まではそれを誰にも見せず、心の内に押し込めて気丈に振舞っていたに過ぎない。それはどこか危うさを感じてしまう強さだ。

 

(……守ってあげたいな。本当の赤ずきんさんを)

 

 だから、支えになってあげたい。そう思ってしまうのは赤ずきんの力になりたいと願っているジャックには当然のことだった。

 

(あ……)

 

 そしてその想いを抱いた時、心の中で歯車が噛み合うように幾つもの気持ちが繋がっていくのもまた当然のことだった。

 すでに半分以上赤ずきんに落ちている状態で、今まで分からなかった相手に抱く気持ちが今定まったのだ。それは今まで形がぼんやりとしていた気持ちに、はっきりとした中核を与えられたに等しい。赤ずきんへの確固たる気持ちを抱いた今、全体を認識することは驚くほどに簡単であった。

 

「あははっ。その内落ちちゃうとは思ったけど、まさか告白された翌日に落ちるとは思わなかったなぁ……」

 

 自分の気持ち――赤ずきんのことが好きだという気持ちをはっきりと理解できたジャックは、ついつい苦い呟きを零してしまう。

 告白の翌日に完璧に落ちてしまうとは、はっきり言ってちょっとチョロすぎではないだろうか。確かに赤ずきんはジャックを落すために色々頑張っていたようだが、実際に起した行動は水着姿で背中を流すことだけだったというのに。

 

「……まあ、仕方ないか。まさかあの赤ずきんさんがここまで可愛くて女の子らしいとは思わなかったしね」

 

 しかし特に敗北感などは無く、自分の気持ちが分かったことでむしろ清々しい気分ですらあった。故にジャックは気分の赴くまま、眠る赤ずきんの頭に手を伸ばして優しく撫でる。

 

(でも、こんなすぐに好きになったなんて言って信じてもらえるかな? それに気持ちを伝えちゃったら、僕を落とそうと頑張る赤ずきんさんをもう二度と見られなくなっちゃうし……)

 

 あんなにジャックを落す気満々な赤ずきんに対し、一日で落ちましたと伝えても簡単には信じてくれないだろう。

 そして伝えてしまえば、もう落すための努力は必要なくなる。つまりジャックを落そうと一生懸命に頑張る赤ずきんの姿を見られなくなってしまう。赤ずきんへの気持ちは何の抵抗も無く受け入れることができたジャックだったが、さすがにそれだけは酷く勿体無い気持ちで抵抗があった。

 

(……この一週間が終わるまでは、僕の気持ちを伝えるのは待とう。それなら赤ずきんさんだって信じてくれるはずだし、僕だって頑張る赤ずきんさんの姿が見られるしね!)

 

 なのでジャックはそんな解決策を出した。自分も赤ずきんも幸せになれるであろう解決策を。

 普通に考えればすでに赤ずきんへの気持ちが定まったのに、一週間もの間黙っているというのはさすがに酷すぎる。一応ジャックは誠実であろうと心がけているので、本来ならこんな選択はありえない。しかし――

 

(一週間も黙ってるのはさすがにどうかと思うけど、こんな可愛くて女の子らしい赤ずきんさんと一週間も同じ部屋で過ごさないといけないんだ。だいぶ苦しい戦いになりそうだし、これくらいの役得は認めてもらいたい……)

 

 ――これからジャックは一週間、好きな女の子と同じ部屋で暮らす日々を送らねばならないのだ。不埒なことをしてしまわないように耐えなければならないので、どちらかと言えば拷問に近い日々を。

 だからジャックを落そうと健気に頑張る赤ずきんの姿を楽しむことくらい認めてもらいたい。幸せそうに眠る無防備極まりない恋人の寝顔を眺めつつ、ジャックはそんな風に考えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャックと同じ部屋で暮らす、ちょっと恥ずかしくも堪らなく幸せな日々はあっという間に過ぎて行った。

 もちろんその間、赤ずきんはただその幸せを甘受していたわけではない。ジャックを落とそうと色々なことを頑張った。毎晩水着姿で背中を流してあげるという色仕掛け的なものも頑張ったし、ジャックが喜びそうなことだって思いつく限り行った。

 上手く行っているかどうかは分からなかったものの、そのおかげで顔を赤らめて戸惑うジャックの姿を数え切れないくらい拝むことが出来たのだ。その可愛らしい反応に胸が暖かくなってきてとても幸せな心地になってしまうので、ついつい何度もやってしまったのは言うまでもない。

 

「ジャックの部屋の扉、もう少しで直りそうだよ。良かったね、ジャック?」

 

 そして今、共に暮らし始めてから早一週間が経過していた。

 すでにハルは扉の修理を半ば終わらせかけていて、もうさほど時間をかけることなく修理は完了してしまうところだ。部屋の扉が直ったらジャックは自分の部屋に戻ってしまうので、赤ずきんとしてはなかなか複雑な気分であった。

 

「うん。扉が直れば部屋に戻れるから、これで赤ずきんさんも自分の部屋でゆっくりできるようになるね」

「あー、そ、そうだね。これでジャックも、自分の部屋に戻れるよね……」

「どうしたの、赤ずきんさん? 何だかちょっと残念そうだけど、もしかして戻って欲しくないの?」

 

 何とかその複雑な気分を隠そうとしたものの、目ざといジャックにはあっさり見抜かれてしまう。

 もちろんジャックが自分の部屋に戻ってしまうのは非常に残念だった。今まではベッドをほとんどくっつけて寝ていたので、目の前に大好きなジャックの寝顔か微笑みが広がっているという素晴らしい朝を迎えられていたのだ。おまけに部屋ではずっと二人きりなのでただ一緒に過ごしているだけでも心地良い時間だったし、人の目を気にすることなく甘えられる時間でもあった。

 しかしそんな幸せな日々ももう終わり。これで寂しく思わないわけが無い。

 

「……うん。だってジャックと同じ部屋で一緒に過ごす毎日はとっても幸せだったからさ、終わっちゃうなんて凄く寂しいよ。それにあたし、一週間結構頑張ったはずなのにジャックは全然落ちてくれないからちょっと悔しいんだ。もしかしてあたし、全然魅力ないのかな……」

 

 おまけに赤ずきんの頑張りは意味を成さなかったのか、ジャックは一向に落ちた様子を見せてくれなかった。毎晩水着姿で背中を流してあげたりしたのに、襲いかかってきたりすることは一度も無かったのだ。

 大いに顔を赤くしていたので恥じらいは感じていたのだろうが、何もしてこなかったあたりもしかすると自分の裸を見られて恥ずかしかっただけなのかもしれない。水着姿の赤ずきんに悩殺されかけていたとかそういうわけではなく。

 なので身体つきだけは女の子らしいと思っていた赤ずきんも、これにはちょっぴり自信を無くしてしまったわけである。落胆に溜息を零してしまうのも仕方なかった。

 

「……そっか。もう一週間も経ったんだね」

「うぅ……もう一週間経っちゃったのかぁ……!」

 

 そんな赤ずきんの心情を知ってか知らずか、感慨深そうな声を零すジャック。そのおかげで余計に寂しさが極まってきた赤ずきんは、堪えきれずジャックが腰かけるベッドにうつ伏せに身を投げ出した。そしてそのままもぞもぞと動き、ジャックの膝枕に辿りつく。

 最初の頃はこんな風に甘えるとジャックも驚きを隠せていない様子だったが、今ではもうだいぶ慣れてきたらしい。一つ微笑ましそうな笑みを零すと、すぐに赤ずきんの頭を優しく撫でてくれた。

 

「あーあ、せっかくのチャンスだったのに無駄にしちゃったなぁ。やっぱりグレーテルから生々しい助言を聞いてくれば良かったよ……」

「ぐ、グレーテルに相談したの? 僕を落すための方法……」

「あいつなら誰かに喋ったりすることもないだろうし、知識だけなら誰よりも持ってそうだからね。まあ凄く生々しい助言しそうだったからそれは聞かなかったんだけどさ、こんなことになるならやっぱり聞いておいた方が良かったなぁ……」

 

 ジャックの膝枕でゴロゴロしながら頭を撫でてもらい、愚痴を零していく赤ずきん。

 もしかすると水着姿で背中を流してあげる程度では色仕掛けとは呼べなかったのかもしれない。やはり皆に脳筋呼ばわりされる赤ずきんが思い浮かぶ程度のことでは、いくら自分と同じ恋愛初心者のジャックでも落せないのだろう。

 

(せっかくハルさんに一週間ももらったのにさ……あたし、やっぱり全然魅力無いのかも……)

 

 唯一女の子らしいと言える身体つきに対する自信も失い、重苦しい溜息をついてしまう。

 ジャックに甘えて頭を撫でてもらっていること自体は非常に幸せであったものの、軽く打ちのめされたような気分なのは否めなかった。もしかしたら生々しい助言を聞いて実行したとしても、ジャックは落ちないのではないだろうか。ついそう思ってしまうくらいには。

 なので赤ずきんは胸の奥から湧き上がってくる落胆や無力感を、再び溜息として吐き出そうとした。

 

「……もうそんな必要無いんだよ、赤ずきんさん」

「えっ? ど、どうして?」

 

 しかしその直前、ジャックがぽつりとそんな言葉を口にした。甘えている最中なのにさん付けで呼ばれたが、今はその言葉に対する疑問の方が優先だ。

 膝枕してもらっているまま視線を向けると、そこにはこの一週間何度も目にした恥じらいの表情が広がっていた。しかしどこか決意が滲む瞳を湛えた、いつもとは少し違う表情が。

 

「だって、僕……赤ずきんさんのこと、好きになっちゃったから……」

「えっ……」

 

 そんな表情で紡がれたのは、赤ずきんが最も聞きたかった言葉。生々しい方法を取ったとしても聞けないかもしれないと諦めかけていた言葉だった。

 一瞬幻聴か何かではないかと疑いを抱いてしまうものの、ジャックの表情は相変わらず真っ赤で居心地が悪そうなまま。恐らく先ほどの言葉は聞き間違いでも何でもなく、本当にジャックが口にした言葉なのだろう。

 

「ええっ!? う、嘘だよ、そんなの! だってジャック、あたしが何をやっても全然そんな素振り見せなかったじゃんか!」

「そ、それは頑張って我慢してただけだよ。だって我慢しないともう僕を落すために頑張る赤ずきんさんの姿が見られなくなっちゃうし、すぐに気持ちを伝えてもきっと信じてもらえなかっただろうから」

「それは、そうかもしれないけどさ……」

 

 驚きのあまり膝枕から飛び起きて詰め寄ると、ジャックは恥ずかしそうにしながらも納得の答えを口にしてくれる。頑張る姿に関しては正しい予想とは言えないが、すぐ気持ちを伝えても信じてもらえないというのは間違いなく当たっている。

 実際一週間という日々を積み重ねた今でも半信半疑なのだ。これが数日だったりしたら間違いなく疑いの方が強い。

 

「ほ、本当に、あたしのこと好きになってくれたの? 憧れてるだけじゃなくて?」

「うん、本当だよ。もちろん憧れてもいるけど、それは強くてカッコいい皆のお姉さんとしての赤ずきんさんにだよ。僕が好きなのは、本当は凄く子供っぽくて甘えん坊で寂しがり屋なのに、皆のお姉さんとして頑張るとっても健気な赤ずきんさんの方なんだ。あ、だけどもちろん皆のお姉さんとしての赤ずきんさんも好きだからね?」

 

 念のため確認してみた所、ジャックは赤ずきんへの想いを滔々と語ってくれた。それも皆のお姉さんとしての赤ずきんだけではなく、子供っぽくて甘えん坊な赤ずきんだけでもない、両方の赤ずきんが好きなのだというとても嬉しい想いを。

 

「本当はもの凄く甘えん坊で寂しがり屋な、普通の女の子みたいな赤ずきんさんを影で支えてあげたいって僕は思ったんだ。たくさん甘やかして、可愛がって、赤ずきんさんが皆のお姉さんでいられるように力をあげたい。そして僕は、誰も知らない赤ずきんさんの可愛さを独り占めしていたいなって……」

「じゃ、ジャック……」

 

 恋愛初心者で脳筋気味の赤ずきんだが、この時だけは完全に理解できた。ジャックは間違いなく赤ずきんのことが好きなのだと。ただ漠然と好きというわけではなく、しっかり理由や想いの存在する恋愛感情を抱いてくれているのだと。

 

「だから、その……好きです、赤ずきんさん。僕と、本当の恋人になってください」

 

 顔を赤くしながらも、ジャックは告白をそう締め括った。仮の恋人から本当に恋人になりたいという願いが乗った視線で、真っ直ぐに赤ずきんの瞳を見つめながら。

 当然赤ずきんがかける言葉は決まっている。この一週間、ずっとジャックを落すために頑張ってきたのだ。一も二も無く頷き、抱き合って喜びを分かち合う。頭の中ではそんな風に返事をすることを決めていた。

 

「……やったああぁぁぁぁぁ!! うん、もちろんだよ! あたしの方こそよろしくね、ジャック!」

「うわぁっ!? ちょっ、赤ずきんさん!?」

 

 しかし喜びが大きすぎて理性的に行動することができず、感情のままに行動してしまう。ジャックの両脇に手をやりその身体を持ち上げ、その場でくるくる回るという自分でも良く分からない行動を。一応何をやっているのかは理解していたものの、感極まり過ぎた赤ずきんには自分が抑えられなかった。

 

「あーっ、ジャックがあたしのこと好きになってくれて嬉しいなぁ!! これからはあたしたち本物の恋人同士だね!」

「あ、赤ずきんさん! 嬉しいのは分かったから降ろして! さすがにこれは恥ずかしいよ!」

「おっと、ごめんジャック。つい喜びを抑え切れなくてさ……」

 

 この一週間でもそうそう見たことが無いほど恥ずかしそうに嫌がられたため、若干落ち着きを取り戻した赤ずきんはすぐにジャックを床に降ろした。

 仮にも女である赤ずきんに容易く身体を持ち上げられたのは、男の子であるジャックとしては酷く恥ずかしい仕打ちだったのだろう。プライドを傷つけてしまったのではないかと思い、ますます気分が盛り下がってしまう赤ずきんであった。

 

「赤ずきんさん、やっぱりそういう子供っぽい所があるよね……でも、僕はそんな所も大好きだよ?」

「ジャック……! うーっ、ダメだ! 今すぐあんたの両腕を持って身体ごと振り回したい気分だよ!」

 

 しかしジャックが嬉しいことを言ってくれるので、気分はまたしても急激に盛り上がる。喜びのままに行動しそうな身体を押さえ込むのはとても大変だった。特にジャックの両腕を掴もうとうずうずしている両手を抑え込むのが。

 

「ご、ごめん。さすがにそれはちょっと止めて欲しいな。うっかりそのまま投げ飛ばされそうな気がするし……それにそんなことより、赤ずきんさんには本当にしたかったことがあるんじゃないの?」

「あ……」

 

 ジャックの言葉に、赤ずきんは本当に自分がやりたかったことを思い出す。

 赤ずきんとジャックはついに本物の恋人同士になれた。それも相思相愛のカップルだ。ならば今まで自分の気持ちが分からないからとジャックが遠慮し、赤ずきんが我慢していた行為をする資格は十分にある。もう我慢する必要はどこにもない。

 

「僕から、しようか? 初めての時は赤ずきんさんからだったもんね」

「う、うん。じゃあ、して欲しいな……」

 

 ジャックからしてもらえるなら願っても無いことだ。赤ずきんはすぐさま頷き、目蓋を閉じた。まるで告白した時と同等かそれ以上の胸の高鳴りを覚えながら。

 

「えっと……じゃ、じゃあ、するよ……?」

「……っ」

 

 黒く染まった視界の中、どこか緊張の滲む声でジャックが言う。そして言葉と共に両肩に優しく手を置いてきた。それだけでドキリとしてしまうのは、やはり赤ずきんも緊張を覚えているからなのだろう。これから赤ずきんとジャックは本物の恋人として、初めての口付けを交わすのだから。

 

(ゆ、夢見たいだなぁ。あたし、本当にジャックにキスしてもらえるんだ……)

 

 だが胸の中では緊張よりも幸福や喜びの方が勝っていた。あんまり女の子らしくない上に賢くも無い赤ずきんが、ついにジャックの心を射止めることができたのだ。おまけに赤ずきんの唯一女の子らしい所である身体で射止めたわけでもないようだし、これで嬉しくないわけがない。

 緊張と喜びが適度に混ざった心地でいると、やがてジャックが顔を近づけてきたような気配が伝わってきた。

 少しずつ縮まっていく唇との距離。反比例するように早まっていく鼓動。耳の奥で煩く聞こえるほど心臓の鼓動が昂ぶり、ジャックの微かな吐息が赤ずきんの唇を撫でたのを感じた次の瞬間――

 

「――っ!?」

 

 ――コンコン、と部屋の扉がノックされた。

 完全に不意を突かれたせいで赤ずきんはあまりの驚愕に飛び上がってしまう。早鐘のような鼓動は明らかに先ほどと同じ胸の高鳴りではなかった。

 ジャックの方も似たような反応、というか更に酷い有様で、驚愕のあまり体勢を崩して転びかけていた。もちろん赤ずきんがすんでのところで身体を支えてあげたため、実際に転びはしなかったが。

 

「は、はい、どうぞ?」

 

 お互いにちょっと深呼吸して顔の赤みや昂ぶる鼓動を鎮めた後、ジャックが扉の向こうに声をかける。

 

(うぅ、邪魔したのは誰だよぉ……せっかくジャックにキスしてもらえるところだったのに……)

 

 別に赤ずきんが声をかけても良かったのだが、内心かなり穏やかではないためジャックに任せたのだ。せっかくキスしてもらえる所だったのにそれを寸前でぶち壊しにされたのだから、そんな風に感じてしまっても仕方ないだろう。

 

「よお、ジャック。やっと扉の修理が終わったぜ。えらく待たせて悪かったな」

 

 扉を開けて現れたのはハル。どうやら極めて絶妙なタイミングで扉の修理を終えてしまったらしい。

 

(ハルさん……うぅっ、怒りをぶつけられないのが辛い! このオヤジめ!)

 

 怒りをぶつけたくともジャックを落せたのは一週間ものチャンスを用意してくれたハルのおかげと言っても過言ではない。そのためやり場の無い憤りにますます内心は複雑になっていった。

 

「い、いえ、直してもらえただけでもありがたいです。ありがとうございます、ハルさん」

「あー、まあ気にすんな。俺は別に――って、ど、どうした赤ずきん? そんな親の敵見るような目で見やがって……」

 

 内心の気持ちが顔に出ていたのか、ハルにおっかなびっくりといった感じで指摘される。

 せっかくジャックにキスしてもらえる所だったのによくも邪魔をしたな――と言えるわけも無いので、赤ずきんに出来たのは視線を別の方向に逸らして投げやりに答えることだけだった。

 

「別に、何でもないよ。用はそれだけ?」

「あ、ああ、それだけだ。邪魔したな、お前ら……」

 

 本当に用事はそれだけだったらしく、ハルはすぐに扉を閉めていなくなる。

 とはいえハルがいなくなっても赤ずきんの胸の内は穏やかではなかった。このやり場の無い気持ちをどうにかできるのはたった一人の男だけだ。

 

「えっと……」

 

 そんなたった一人の男であるジャックへ、赤ずきんは無言で視線を向ける。怒りではなく、期待を込めた視線を。

 若干の戸惑いを恥じらいと共に浮かべていたものの、ジャックも意図を理解してくれたのだろう。しばし視線を彷徨わせていたが、やがて優しげな瞳で赤ずきんを真っ直ぐに見つめてきた。

 そうして再び両肩に手を置き、ゆっくりと顔を寄せ――

 

「んっ……」

 

 ――念願のキスをしてくれた。

 唇同士が触れ合う感触に一瞬驚愕の吐息を零しかけるものの、吐息が零れる唇はジャックの唇で蓋をされているため実際には小さな呻きに似た声が上がるだけだった。

 キスされただけでそんな変な声を出してしまったことがちょっとだけ恥ずかしかったものの、胸の中にはそれが気にならなくなるくらいの幸福感が溢れている。故に赤ずきんはとても穏やかな心地のまま、重ねられた唇の感触に浸っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあっ……こ、これがキスかぁ。な、何か、変な気分だね?」

 

 数秒のようにも数分のようにも感じられた時間を経て、ジャックは赤ずきんと重ねていた唇から距離を取る。

 一応これは二度目であるが、ジャックにとってはほとんど初めてに等しいキスだ。一度目はほぼ不意打ちだったので感触も実感もあったものではなく、現実感すら乏しいものであったのだから。

 

「そ、そうだね……でも、幸せな気持ちだ。これは凄く癖になりそうだよ……」

 

 だが今回はしっかりと感触を楽しんだため、抱いた感想は赤ずきんと同じだった。とても幸せな気持ちで、病み付きになってしまいそうなほどキスというものは素晴らしかった。

 まあ何よりも素晴らしいのは幸せそうに瞳を細め、夢心地の微笑みを浮かべた赤ずきんの可愛らしさであったが。

 

「ジャック……あたし、もう一回キスしたいな……」

 

 そんな堪らなく可愛い表情でもう一回キスをねだってくる赤ずきん。

 どう考えてもあざとすぎる可愛らしさだが、本人にそんな気は一切無い。この一週間の間、無邪気な可愛らしさに幾度と無く晒され続けたためジャックはそれを完全に理解していた。

 

(ああ、もうっ! 赤ずきんさんは本当に可愛いなぁ! この一週間、キスしたい気持ちを抑えるのは凄く大変だったよ!)

 

 ただし理解していても自分の気持ちを抑えるのは本当に辛かった。

 何せジャックが赤ずきんへの想いを自覚したのは一日目の終わりである。その後も赤ずきんは毎晩水着姿で背中を流そうと迫ってきたし、部屋に二人きりなのを良いことに大いに甘えてきたのだ。良く一週間も耐えられたものだと、ジャックは今更ながらに自分を褒めてやりたい気分だった。

 

「もう僕と赤ずきんさんは本当の恋人なんだし、わざわざそんなこと聞かなくたって良いんだよ? キスしたいなら、好きな時に好きなだけさせてあげるからね」

「ジャック……うん! あんたもあたしとキスしたいなら、好きなだけさせてあげるよ!」

 

 だがもう我慢する必要などどこにもない。ジャックと赤ずきんは相思相愛の恋人同士になれたのだから。

 故にお互いに微笑みを交わし、今度はどちらからともなく顔を寄せ合っていく。記念すべき二度目のキスを交わすために。

 やがてお互いの唇は吐息が撫であうほどの距離まで詰まり、重なり合い――

 

「――すまん、忘れてた。おい赤ずきん、ちょっと話が……あ?」

「……っ!」

 

 ――次の瞬間、あろうことかハルが戻ってきた。先ほどしたからノックはいらないと思ったのか、何の前触れも無く扉を開けて。当然ながらその時、ジャックは赤ずきんと口付けを交わしている真っ最中であった。

 

(あ、これマズイ。何だか凄く嫌な予感がする……)

 

 ハルは扉を開けてこちらの姿を瞳に収めた状態で、ジャックと赤ずきんはお互いに唇を重ねあった状態で、居心地の悪さと驚愕にそのまましばし全員固まってしまう。

 それなりに恥ずかしい光景を見られたものの、ジャックは羞恥よりも不安を強く感じていた。何故なら触れ合う唇を通して赤ずきんがぷるぷると震えているのが伝わってきたからだ。先ほどキスの直前で水を差されて不機嫌そうにしていた赤ずきんが、またしても同じように水を差されて。

 

「あー……その、なんだ……邪魔して悪かったっつーか……末永くお幸せにっつーか……ま、まあ、聞きてぇことはもう分かったし、後はお前ら二人でゆっくり――」

「――さっさと出てけこのオヤジィィィィィ!!」

「ちょっ!? 赤ずきんさんストップ!!」

「う、うおおぉぉぉぉぉっ!?」

 

 そこからの流れは実に赤ずきんらしい行動というか、微妙な既視感を覚える流れであった。両手で自らのベッドを持ち上げる赤ずきん、勢い良くぶん投げられるベッド、焦って扉を閉めるハル。

 次の瞬間、赤ずきんの部屋の扉がジャックの部屋の扉と似たような末路を辿ることになったのは言うまでもない。その凄惨な光景を目にしてジャックは心に誓うのだった。絶対にこの可愛らしくも凄まじい強さを持つ恋人は怒らせないようにしよう、と。

 

 

 





 乙女の邪魔をした者には制裁を。ちなみにドアとベッドはお亡くなりになりましたがハルさんは無傷です。
 今回でめでたく両思いになれたジャックと赤ずきん。だが三章からは衝撃の展開が待ち受ける……かもしれません。とりあえずイチャイチャするようになるのは確かのはずです。
 それではちょっと早いですが、新年明けましておめでとうございます。


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