クリスマス ビフォア アポカリプス   作:志須

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魔法少女事変前、キャロルとエルフナインがクリスマスを過ごす話。
エルフナイン覚醒時の話と、クリスマスの話の二本構成です。
時間軸はフロンティア事変(二期本編)が終わった数カ月後と、その年の12月。
 (初出:2016/12/20)(他サイトと同時投稿です)








クリスマス ビフォア アポカリプス

 

 

 

 

 

 世の中には双子というものがあるらしい。

 パパが話してくれたり、買い出し先の町で見かけたり、本に書かれていたので知っている。

 兄弟や姉妹というものは歳が一つは違っているものだけど、双子は二人一緒に同じ日に生まれるのだという。

 同じ誕生日で、歳も同じなのだから、背格好も同じ。

 そんな相手が自分に居たらどんなだろう。

 自分とそっくりな姿、そっくりな顔で。

 朝に起きて、ご飯を食べて、家のお仕事をして、パパのお手伝いをして、錬金術の勉強をして、遊びに出かけて。

 そんな風に何をするのも一緒で、夜になればきっと一緒のベッドで眠るのだろう。

「おやすみなさい、キャロル」

 ベッドの中で顔を向き合わせて横になっているさなか、その子は嬉しそうに、幸せそうに微笑むものだから、こちらまで幸せな気持ちになって思わず自分も微笑みになる。

「おやすみ、エルフナイン」

 そう口にしたとたん、強烈な違和感が募った。意識が急激に冷えて鮮明となって――目が、覚めた。

 瞼を上げると鈍い光沢を放つ肘掛けと、赤いフリルの裾から覗く生身の膝が見える。顔を上げれば、数本の支柱の先の紫の球光がぼんやりと照らす仄昏い広間が目に入ってくる。

 目を擦るうちに思い出してくる。どうやら玉座に座って潜考に耽るうち、意識が落ちて居眠りしていたらしい。このところの寝不足が祟ったせいかもしれない。

 あんな夢を見たのはきっと、以前にエルフナインと一晩、同衾したせいだろう。

 あの時、エルフナインは覚醒させた直後だった。実運用が始まって身体と脳に負荷がかかる前に、睡眠時に自然に起きる緩やかな体温の上下と体液循環を利用して、冷凍状態から戻したばかりの躯体の安定と想い出の定着を図るため、すぐに一旦安眠させる必要があった。シャトーに二つしか用意がないベッドが壊れて同衾するはめになるとは思わなかったが、どうにか睡眠を取らせることができて幸いだった。

 壊れたベッドはすぐに調達し、翌日以降は自室で休息を取らせるようにしてその問題は解決した。

 意識のある存在を常時命令に従わせ、監視と管理を行うことは一人では容易ではない。労役の強制はおろか、後に自身が生体実験に献じられると知れば拒絶、反抗しない者はいない。

 そのため廃棄躯体を使役する際に普段は薬物や催眠で思考力を予め奪い、インプラント、後催眠などで命令を諾々とこなすだけの操り人形と化させていたが、エルフナインは装者側の捕虜になる計画。それらの手法を用いれば痕跡が残り、確保後の身体検査で弾かれる。それを回避するために自然に生じるままの自我を利用する他になかった。

 覚醒させてから一ヶ月ほどが経過した今、エルフナインの経過は順調だった。

 キャロル・マールス・ディーンハイム――己の素体から造られるホムンクルス躯体は、精神に何も手を加えないで覚醒させると純朴で従順な人格になるということをこれまでの廃棄躯体利用で知っている。エルフナインは心根の健やかな人格と育っていて、自我の情緒の素とするため複写する想い出にパパとの想い出を選んだのは吉と出たようだ。

 ホムンクルスとの感覚共有の術を行使するには、同じ素体から作られていることだけでなく、共通する想い出を互いが持っていることが必要。そこで幼少期のパパと暮らしていた頃の想い出を転送複写することで、感覚共有の条件を揃えるのと同時に、人間から信用される人格に育つための情緒の根拠を与えることができた。

 特に、パパに父娘の情を抱いてくれたのは幸いだった。

 あれの言う通り、エルフナインと自分はある意味パパの娘同士には違いない。同じ素体を元に造られているのだから。

 志半ばで倒れたパパの遺志を継ぐのだと言ったところ、涙ぐみながら協力は惜しまないといった態度を見せた。十一番目の廃棄躯体。数字の示す大アルカナよろしく、人の道にかなって正しくある力、正義を地でいく人格となった目論見以上の良成果に満足していた。

 正義。パパを殺した者たちの末裔が都合よく敷いた人の道など踏みにじると決めた自分には、不要なカードだった。

 エルフナインと同様に、シャトーの建造も順調に進んでいる。

 今座るこの玉座は、ホムンクルス躯体へ記憶を転写する聖櫃装置。その安置場所であるシャトー深奥の玉座の間は、聖櫃装置を中心に音符帯採譜機構、分解機構制御卓を組み込み発令、制御の兼ねた玉座の間へと早々に改修を終えた。

 玉座より睥睨される四つの台座の上に、採譜のためのヒトの心を持たせた自動人形――まだ見ぬオートスコアラーたちを並べるにはまだ時間を要すると把握している。

 設計は未だ、行使できる元素の力や機能、身体のデザインの段階だった。

 必要である呪われた歌の旋律は、四種は欲しい。その歌を受け止めるのには、ヒトに酷似した心が必要になる。

 感情がなくては歌は歌えない。そして聴く際にも感情――心がなくては歌を歌として聴くことはできない。

 モノである人形に心を持たせるということは、人造の知性にヒトの心を理解させるということ。ヒトの感情、心の在りようは、感覚や本能に由来する影響に占められて形成される故に、モノがヒトの心を持つにはヒトと同じ感覚と本能を持ち、ヒトと同じに感じ、ヒトと同じ欲求を持つ必要がある。

 四体の人形全てに心を持たせるのに、その素となる人造の知性は、全く同じ精神構造では同族嫌悪で反発しあう可能性があるため、それぞれに異なる心を生じさせるのに自分の精神構造の一部をそれぞれに用いるつもりでいる。

 ファウストローブの製作と試行はその後に予定している。オートスコアラー開発の遅れがファウストローブ開発のスケジュールに影響を及ぼすのに留意しなければならない。

 そしてこれらの工程は全て、自分一人で行わなければならない。後に装者側で毒の針に、こちらの密かな目と耳の役割にと故意無く活躍してもらうために、エルフナインには伏せなければならないから。

 また、シャトーの分解機構の構築も秘密裏に進めている。

 フロンティア事変の際の、世界中の人間のフォニックゲインの収束とその伝搬経路の判明は、膨大な数のアルカノイズ投入で世界中を席巻する策よりも、一挙一足飛びに世界の分解を望める天啓を齎してくれた。

 即ち、シャトーより放つ万物の分解を可能とするエネルギー波をレイラインに照射することで地球全体に伝搬させることが出来、世界全体を噛み砕けるということ。

 吸命の魔剣・ダインスレイフより生ずる呪われた旋律を殲琴・ダウルダブラによって奏で、歌うことで極高のフォニックゲインが得られる。

 様々な聖遺物のパッチワークであるシャトーは、底部に備える音叉パーツによってフォニックゲインを伴う歌声と共振・共鳴し、万物分解のエネルギー波を更に拡大させる。

 その様相は、言わば終焉の追走曲といったところか。

 エネルギー波を世界の隅々まで伝搬させるには、フォニックゲインの他に、レイラインマップの入手が不可欠。

 レイラインの各所にエネルギーの滞りや逆流を防ぎ、適量に抑える制御を担っている要所が記されているのがレイラインマップで、それらを破壊し規定を超える量のエネルギーが流れるよう、通りをよくするために必要だった。

 そのレイラインマップが含まれた、フロンティアの遺跡の一部の回収計画も順調なようだ。

 入手している情報によれば、先の事変のさなかに事変当事者によって故意に大気圏外へ打ち上げられ、今は衛星軌道上を漂っているフロンティア――正式名称『鳥之石楠船神』の一区画は、内部に遺されているナスターシャ教授の遺体と共に国連の組織した部隊による回収が予定されていて、その計画は着実に進んでいる。春先に行われるだろう回収作業はまるまる彼らに任せて、レイラインマップだけを後に頂きに上がる算段だった。

 かの事変で米国は独自に備えていた超常の行使手段となる組織を離反で失い、権威も失墜した。欧州は連鎖した経済破綻によって各国の行政能力はかつての姿の見る影無く衰退し、こちらに手出しできるほどの勢力は既にない。

 世界各地の地下の暗闇に存在する、世界の崩壊後にこちらを打倒して世界の覇権という漁夫の利を掠め取ろうと手ぐすねを引いているだろう勢力へは、秘密裏に把握済な連中の根城の座標へのアルカノイズ直接転送という、殲滅策の用意が既にある。

 ここに至るまで、こちらに必要な品や情報が都合よく手に入るなど、事がうまく運びすぎているきらいがあった。偶然を装った何者かの思惑を感じないでもないが、かまうことはない。

 全て利用して、その者もろとも世界を全て噛み砕いてくれる。

 いずれにせよ、歌女どもが揃い、計画の障害が見当たらない今のこの時代は千載一遇の好機。

 黒い長手袋の指を巡らせて、金色光の正六角形の構造式魔法陣を呼び出し、その枠の中に把握している東京の座標の映像を映し出す。

 現地は日中。装者たちの拠点である潜水艦の停泊している港と、装者たちの生活圏、その動線が通っている市街。いずれも、こちらの存在と動向に気付いているような動きは特に見られない。

 全ては予定通りに、順調に、終わりの始まりへと時を刻んでいた。

 これから取り掛かるべき工程の確認をしようとしたところで、半透過の魔法陣の映像の向こうに黒のローブ姿のエルフナインがこちらへやってくるのが見えた。

 作業完了の報告をしにきただろう。階段を上がって玉座の側までやって来る。

「今日までに予定されていた作業、全て完了しました」

 エルフナインは自分の胸の前に指を翳して、シャトー内に限ってこちらの下す許可があれば能力が無くとも扱える限定的な錬金術で、こちら同様金色の構造式魔法陣を呼び出し、そこへ報告用の映像を映し出した。

 順次切り替わるそれにそれに目を通す。問題は見当たらない。

 エルフナインはこれまでもこちらが命じた作業をつつがなく終わらせてきていた。知性、地頭はこちら譲りなだけあってか、錬金技術の訓練と聖遺物加工の実践を兼ねているシャトーの建造の手伝いにおいてはなかなかに優秀。この分ならダインスレイフを元にしたイグナイトモジュールを追加したシンフォギアの改修も、独力での理論構築から問題なくこなしてくれそうだった。

「ご苦労。では順次、次の工程に入れ。今日はもう下がっていい」

「はい。……その風景、東京ですか? 日本の」

「ああ」

 こちらの魔法陣の映像が見えてか、エルフナインが言う。

 魔法陣には東京の中心地にあるランドマークとされている特徴的な建造物が映っていた。半分透過していて反対側から見る映像は左右逆のはずだが、風景ならさほど違和はなかったのだろう、街並みの様相から地名を正しく言い当てられるあたり、インストールした情報は正常に定着しているようだった。

 けれど、エルフナインは首を傾げる。

「ボクの知っている東京の風景と、いささか違っています」

 映像は間違いなく東京を映しているはず。こちらも映像に目をやり、そして見えたものに納得する。

「クリスマスが近いからだろう」

 軒先に置かれた植木や街路樹、店舗の外装には、クリスマスに因んだ飾りや華やかな照明付けがふんだんになされていた。

 現在使われている暦の十二月のこの時期ともなればどこの主要都市でも大抵こうだが、エルフナインが祭事の現代の様子を目にするのはこれが初めて。知識として知っている平時の都市風景と違っていたから、違和を覚えたのだろう。

「クリスマス……この世に現れた神の子の誕生を祝う祭。この国でも、お祝いするんですね」

 技術進歩に伴って人間の渡航距離は伸びに伸び、人間と共に宗教も別地に渡る。かの一神教は極東のこの地に限らず今や世界中に広がっているが、エルフナインはそのことを知らない。現代の人間の世相の細やかなところまでは必要ないとして、インストールしていなかった。

 映像を見ていたエルフナインはふいに、はっと何かを思い出したように顔を上げて、青みがかった碧色の瞳でこちらを見た。

「キャロル、降誕祭はどうしますか?」

「降誕祭……そんなもの、どうともしない」

 何を言い出すかと思えば。すげなく斬って捨てると、エルフナインは疑問の表情を浮かべる。

「でも、パパと一緒に過ごしているキャロルはとても嬉しそうでした」

 言われて、幼少の頃を思い出す。パパはその日だけは、錬金術の研究や実験の手を止めて娘の自分と過ごすことを優先してくれた。

 だが。

「そのパパを殺したものは何だったか、お前にだって分かるはずだ」

 そう言うとようやく察したのか、エルフナインの眉尻が悲しみを帯びてわずかに下がる。

 エルフナインにも転送複写しているはずだった。努力と研鑽の成果を衆愚によって神の齎す奇跡にすり替えられ、奇跡の代行の資格が無いと一方的に糾弾され焚刑に処されたパパの想い出を。

 神の存在は否定しない。

 人智を超えた名状しがたい何かはたしかに存在し、錬金術創始期の目的であった和解すべきとされる存在も、先史文明期に統一言語を奪われ語り合えなくなったとされる創造主もまた神だろう。

 だがヒトが自らの都合の良い願望を基に夢想して作り上げた神は違う。この世の事象全てをその神の齎す恩寵ともてはやし奇跡と盲信する衆愚の心理は度し難い。

 ヒトは奇跡になど縋らなくとも自分の手で自分の命運を切り開いていける。なのに自ら盲目の道を歩もうとし、そればかりか目の開いた者の足を引いて盲目の道に引き込もうとしたり、それが出来なければ排除せずにいられないとは理解に苦しむ。そのヒトの心理に、パパは殺された。

 無知ゆえに理解の及ばない事象を奇跡と崇める者たちの、夢想する神へ祈りと感謝を献げる祭りごとなど、呪わしいと思いこそすれ祝うなど有り得ない。そんな者たちの末裔がのうのうと生き延び暮らし、彼らで取り持っているこの世界が許し難い。

 こちらの気配に世界から受けた理不尽な仕打ちへの憤りを感じてか、エルフナインは顔を曇らせ、けれども口開く。

「ですが、家族と過ごすかけがえのない日ではあります」

「だとして、何が言いたい」

 食い下がってくるエルフナインに怒気が起きかけた。返答によっては少々諌めたくもなるかもしれない。

 こちらのそんな心情を言葉尻から感じてか、エルフナインは気圧された風な顔を一瞬見せたものの、その後しかとこちらを見つめきた。

「あなたはボクもまたパパの娘だと言いました。それなら、あなたとボクは家族ではないでしょうか」

「っ……」

 こちらを元に造られている故に同じくパパの娘には違いないと以前に言った手前、否定し得なかった。

 けれど、告げる。

「好きに考えるがいい。だが自分が何のために目覚めさせられたのか、それを忘れるな」

 

 

 

 エルフナインがクリスマスの祭事に興味を持つとはどういうことなのだろう。

 家族というものを知りたい、実体験したいとでもいう欲求の現れなのだろうか。

 だとするなら情操のために付き合ってやらないでもなかった。人間らしい情のある、信頼される人格であればあるほど装者たちの属する組織に受け入れられやすくなり、ひいては計画成功の可能性を高めるために望ましい。

 家族――兄や弟、姉や妹がいれば、パパを喪った悲しみを慰め合うなどして少しは心が安らいだのだろうか。ママは物心がつく前に喪われていた。兄弟姉妹は存在せず、家族というものはパパしか知らない。

 今頃考えても詮の無いことだった。家族に能うものが今にできたとしても、全てはもう遅い。時計の砂は決して逆巻くことはない。

 二週間ほど前に過ぎた、聖ニコラウスの日。かつて幼い頃かの生国ではこの日に、近隣の大人たちの扮したニコラウスよりささやかなプレゼントをもらったものだったが、今の自分が貰えるのはきっと悪い子に渡される石炭の塊の方だろう。

 感覚共有によるエルフナインの監視は、作用の正常を確認する程度に適度に行っているが、共有中はこちらの身動きが取れなくなるため、やるべきことが山積している今は常にというわけにはいかない。エルフナインが何をしたがっているのかは不明だが、こちらの膳立てがなければシャトーから逃げることも叶わぬ何の力も持たない廃棄躯体のこと、予定外に造反でもしなければ好きにさせてやるつもりだった。

 人の催す季節祭事など、とうの昔に気に留めなくなって久しい。すべきこと、考えるべきことは山のようにあり、錬金術に影響のある天体の運行にも際立つことは特にない年代・時期で時節や日付への意識は薄く、数日前に交わしたエルフナインとの会話のことは多忙の前に埋没しかけていた。

 そんな頃。

「ひゃあっ!?」

 といったような悲鳴がごく小さく漏れ聞こえたのは、居室に向かってシャトーの回廊を歩いている時のことだった。

 音の出処と思しき近くの部屋に向かう。

 その部屋は、旧ラボだった。

 新式の炉や機材を新たにラボとして使う部屋に設置した折に、使わなくなる古い機材をそのまま残したラボで、今はキッチンとして使っている。

 簡単な煮炊きをする程度なら充分使用に耐える。部屋の内装と設備は中世に生きていた幼い頃の生家ほぼそのもの。大部屋に各種の炉や装置、大小様々なフラスコや試験管を備えた棚、原料保管棚、作業机、などの設備が一緒くたに置かれ、炉を釜戸代わりに使って調理し大卓で食事をするといったような、中世の錬金術師の小規模な工房とはそんな風に厨房を兼ねるものが多かった。

 部屋に入ってすぐ目に入ったのは、釜戸代わりの炉の前に立つエルフナインの後ろ姿だった。その黒いローブの小さな背中はやや前屈みになって、周囲に漂う黒煙にけほけほと咳き込んで揺れている。

「……何をしている」

 呆れた口調でその背中に問いかけると、戸惑い困ったような表情で振り向いたエルフナインの顔はそこかしこが煤けがかっていた。

「ば、爆発しました……!」

 明らかに何らかの失敗をしたことが容易に見て取れる情景だった。

 エルフナインの元へ歩み寄る。

 黒煙は漂っているもののみでもう上がっては居なかった。炉に破損はなく、火は既に消えている。起きたと言う爆発は大したことはなく、火はそのときに消えたのだろう。

 延焼や誘爆の心配がないことが確かめられた後でエルフナインを見遣ると、顔が煤けてる以外は無事のようだった。

 エルフナインはミトンを着けた両手で深手の鍋を抱えていて、乗っていた蓋をおもむろに取って開けると、中には切った肉や玉ねぎといった、調理中と思しき加工された食材が焦げかかって入っていた。

 この組み合わせで何故爆発が起きるのかがわからない。作業台の上に並べられている他の食材や調理器具の中に混じって置かれているすりこぎには、調味料には見えない粉末状の物質が入っているのを見つけた。鍋の中身には問題ないとして、何を火に焚べたのやら。

 一体何をしていたのかと思えば、どうやら料理をしていたようだった。

 普段の調理、食材の調達は専用のオートマトンに行わせていて、躯体を維持に必要な栄養素の大方はそれらの食事で摂取していた。不足や不調は状況に応じて投薬で補っている。

 食事は適宜好きに摂れと言い伝えてはいたが、その後エルフナインは用意されたものを摂るのみで自分で料理をする気配は無かった。それが、何の気紛れを起こしたのだろう。パンとヴルストとザワークラウトの繰り返しに飽きでもしたのか。

「はうぅ、本に書いてあることはやったのに、どうして……」

「本に書いてある以外に過不足なことをしたからだ」

 情けなく涙ぐみながら眉をハの字にするエルフナインの傍ら、作業台に広げられている参考にしたと思しき本を見る。

 転送複写されたこちらの想い出を頼りに書庫で探し出してきたのだろうその本のレシピは、昔に作ったことのある、パプリカの粉末を使う肉と野菜の煮込み料理だった。

 それは特に、ある時節に作った。

 思い返せば、今日という日付は――

 そういうことか、と腑に落ちる。

 前夜には家族で晩餐を共にするのが古くからの習わし。このレシピを選んだのも偶然ではないだろう。

 本から顔を上げて、エルフナインを見遣る。

「他は、何をするつもりだったんだ」

「じゃ、じゃがいもの料理と、豆のサラダを」

 エルフナインは面目なさそうに、問われるままに答える。

 作業台の上を見れば根野菜はまだ皮のついたままで置かれていた。かろうじて乾燥豆は戻すのに水に浸してあったが。

「下ごしらえが全く済んでいないな」

「はいぃ、ずびばぜん……!」

 指摘すると、叱ったわけではないのにエルフナインは背を跳ねさせ、慌てて鍋を置いて作業台からナイフとじゃがいもの一つを取って皮を剥き出した。

 その手つきは相当におぼつかない。刃を深く入れ過ぎたり、実を厚く削り過ぎたり、刃を滑らせ過ぎて指を切りそうになっている。

 無理もない。エルフナインにインストールされているのは情報や知識だけで、経験がないゆえに身体で覚えるような技術についてはからきしなのだった。インプラントや後催眠で制御せず、想い出を全てインストールしない躯体の運動能力は、運動記憶が無いため覚醒直後は幼な児とそう変わらない。今ではおいおいに慣れたようだが、目覚めた直後の頃は移動を急ぐとよく転んでいた。

 長手袋を外す。

「貸してみろ」

 差し出した素手にナイフとじゃがいもを受け取ってその皮を剥き終えると、エルフナインが、わあ、と感嘆の声を上げた。

「こんなに薄く剥けるものなのですね……!」

 幼少の頃にパパと自分の食事を自分から作るようになってからというもの、かの生国でかつて常食だったじゃがいもの皮剥きは毎日のようにしていたから手慣れたものだった。

「次は……」

「ぼ、ボクもやりますっ」

 棚からもう一本ナイフを取り出してきて言うエルフナインに、別のじゃがいもを手に取りながら目で指示する。

「お前はそこのにんじんを微塵切りにしろ。それならお前にもできるだろう」

「はいっ」

 エルフナインの危なっかしい手つきを供に、使う食材を全て加工し終える。

 釜戸代わりの炉の火加減は、また爆発させられてはたまらないのでこちらで火元素を操作して調整してやった。

「シュトレンは昨日のうちに反射炉で焼いておきました」

「……アタノールでパンを焼くという発想ができるのはお前くらいだろう」

 

 

 

 全ての調理が終わったときには、ちょうど空腹を覚える頃だった。

 肉と野菜の煮込み料理と、じゃがいもを炒めた料理、白豆のサラダとザワークラウト、それにパンの数切れとを二人分に分けた皿が食卓用のテーブルの両側に並ぶ。

 エルフナインも自分も量はさほど摂れないから、食べ切れるだろう少量を作った。調理の作業は結局、半分くらいを担うこととなったが。

 乾果とナッツを入れて堅く焼き上げて目の詰まった生地になる、真白くなるまで粉砂糖がふりかかった菓子パン、シュトレン。スライスしてテーブル中央の皿に置かれたそれは、保存を旨とするその通りに数日掛けて少しずつ消費することになるだろう。

 作った料理はどれも素朴なものだったが、テーブルの対面に座るエルフナインは料理の出来栄えに目を輝かせていた。これではどちらがホストなのだかわからない。エルフナイン自身にとっては誰かと食卓を囲むのはこれが初めてになるのだから、無理もないかもしれない。

「神様への感謝のお祈り……は、なくって」

 こちらがじろりと向けた視線に気付いて、エルフナインは慌てて言葉を切って撤回する。

「ええと……そうです、日本で言う”いただきます”ならっ」

「挨拶などどうでもいい。食べるぞ」

「はい、いただきますっ」

 スープボウルによそわれた肉と野菜の煮込みに手を付ける。

 今でもはっきりと覚えているその懐かしい味は、焼却する以外で忘れるということのない想い出の中でも、他の事柄以上に印象深くしっかりと残っている。

 それも当然、あのレシピは遺されてた生前のママのレシピを参考に、幼少の頃の自分が書き起こしたものだったのだから。

「美味しいです……!」

 一口食べたエルフナインが感嘆の声を上げる。

 作った料理を他者に振る舞うというのも何百年ぶりかわからない。悪い気はしないが、エルフナインの素直な賞賛に少々面映いものを感じて、紛らわしがてらに別の皿に手を付けた。

 じゃがいもの炒めものをフォークで口に運ぶ。こちらの調理は全てエルフナインにまかせたものだった。

「っ……!」

 含んだ途端、絶妙に微妙な味が口中に広がる。

「ど、どうでしょう……?」

 恐る恐るこちらを伺うエルフナインに、飲み下してから、率直に言う。

「……零点としか言いようがない」

「ええっ!?」

 エルフナインは慌てたように自分の皿のそれに手を付ける。一口食べて、ん! と声を詰まらせ、もそもそと口を動かした後に嚥下する。

「はうぅ、ずびばぜん……何かの配合を間違えたようです……」

 ハーブと何かの調味料の組み合わせが微妙過ぎてあまり口に合わない。食べられなくはないが、炒めるだけの簡単な料理なのにどうしてここまでおかしなことにできるのか。焼くだけの肉料理をパパがひどい風味に仕上げたことがあったのを彷彿とさせる。

 パパからすると、ママは料理の錬金術師だった。

 パパは特定の化学現象を再現したり、病の特効薬を作ったり、当時の人間からすれば魔法としか言い様のない現象を起こす錬金術には通じてるけれど、ママが作り出す美味しい料理はまるで解明できない神秘現象のように見えていたに違いない。

 微妙な味に終わった自作の料理を前に、どうしてママみたいにできないのかとボヤいていた。料理を作ってあげると言うこちらに、コツでもあるのかと尋ねてきたことも。相手を良く知り、火加減や味付けを好みに合わせる気遣いや思いやり――つまりは愛情がママの錬金術の正体だったのだけれど、そこに思い至らず、愛情はあってもあの味を出そうと独自に創意工夫してしまった結果が爆発と、ひどい風味なのだった。

 エルフナインのこの料理の出来は、そんなパパの想い出を転送複写した弊害なのだろうか。

「とはいえ、食べられなくはない。作ったからには残さず食べるぞ」

 エルフナインはしゅんと肩を落として、はぁ、とため息をついた。

「知識や情報はあっても、実際やってみると上手くいかないものですね……キャロルの手を取らせたくなかったのに……」

「どういうことだ」

 自省に含まれていた一言が気に掛かって問うと、エルフナインは眉尻を下げたままの顔でこちらを見る。

「キャロルにはちゃんと食事を摂って、ちゃんと休んで欲しいと思ったんです。……キャロル、ごはんはちゃんと食べてますか?」

「……お前と同じものを摂っている」

 食には関心がない。必要な熱量はいざとなれば想い出の焼却で賄えられるので、処理や術式から手を離したくないときには数日間飲まず食わずで過ごすこともあった。

「同じ食事であっても、摂る間隔と量はどうですか。食料の備蓄はボクが食べた分しか減ってないときが多いです」

「お前の知ったことではない」

 切なげに訴えるのをすげなく斬って捨てるもエルフナインは、ですが、と食い下がる。

「それに、いつかボクが資料を探しに書斎に行った時、あなたは机に伏せて眠ってしまっていたこともありました」

「っ……」

 見られていた。いつだったか、羽織った覚えのないローブが背に掛かっていたのは、そういうことだったのかと腑に落ちた。

「万象黙示録の計画を実行に移して間もなくで、その進行に神経を尖らせているのはわかります。ですが、完璧以上に完成された躯体とはいえ限度があります。降誕祭のときくらい、休まないと身体を壊してしまいます……」

 その言葉に幼い頃を思い出させられた。降誕祭のときくらい休まないとパパが壊れちゃう、とパパに訴える自分を。エルフナインにはそこまで古い想い出を転送複写した覚えはなかったから、エルフナインの口から同じ言葉が出たのは偶然、けれど成り行き上の必然と言えなくもないと感じる。

「キャロル、お願いです……ちゃんと休んでください。あなたはボクに、休むことも任務だと言いました。ですから、あなたも」

 廃棄躯体風情に指図される謂れはない。切実に訴えかけてくるエルフナインを見、真っ向から見据えて、言う。

「出来損ないのお前と一緒にするな」

「っ……は、い……」

 語調に宿るこちらの勘気の気配を感じてか、エルフナインは眉尻を下げてしゅんとする。

 万象黙示録完成の計画を策定し実行に着手し始めてから今まで、山積する処理すべき事の前に食事も就寝も不規則になっていた。必要に応じて取っているつもりではあったが、たしかに、錬金術の研究が立て込んでいる時のパパと何が違うのだろう。

 ふ、と息をついて、肩から力を抜く。

「だが、覚えておこう」

 そう言うと、エルフナインは目を瞠って。

「……、はいっ!」

 微笑みへと表情を変えて、朗らかに頷いた。

 

 

 

 ――片付けくらいはボクが全部やります、キャロルはちゃんと休んでください。

 念を押されたので、今日ばかりはエルフナインの訴えを聞き入れて素直に計画遂行の手を止め休むことにした。

 湯浴みの後、寝衣に着替えてベッドに仰向けに寝転ぶと、たちまち手足に重さを覚えて気怠くなる。どうやら疲労は自覚なく着実に蓄積されていたらしかった。フロンティア事変の折にフォニックゲインの収束現象を観測してからというもの、理論の確立と計画の準備に奔走し続けて数ヶ月が経った今、寝食をまともにとるのにちょうど良い頃合いだったかもしれない。

 幼少の頃は前夜の翌日、クリスマスの当日には教会で行われるミサに参列し、神の子の生誕を祝ったものだった。

 教会内に設えられていた神の子の生誕を描いた絵画を思い出す。

 その受胎は、神の使いである天使の一人によって聖母に知らされた。

 かの一神教ではその天使の他に三体の天使を並べて四大天使として信仰を集めているが、そういえばそれらの天使は象徴される美徳や霊力、方位方角だけでなく、元素をも司るとされている。

 血塗られた吸命の魔剣より生ずる歌を受けて壊されることで、呪われた旋律を採譜する四機の自動人形には、火・水・地・風の四元素をそれぞれを扱わせ、シンフォギア装者から歌を引き出すための戦闘能力とするつもりだった。

 その自動人形たちの個体識別名称をまだ決めていなかったが、なるほど、四大元素と四大天使の対応に因んで名付けるのは妙案に思える。

 神の御使いであるはずの天使の名を冠した存在が、この世の終焉を幇助をするというのは、この上なく皮肉が効いていてこの世界には似合いに思えた。

 今日この日の想い出さえも炭にして、必ずやこの手で終焉への追走曲(カノン)を、世界に鳴り響かせてみせる。

 黙示録の前のクリスマスに、正義を意味する号数の廃棄躯体が天啓を齎してくれた皮肉にも、嗤いが込み上げてならなかった。

 そのエルフナインは、玉座の間でクリスマスの件を持ち出して以来、建造作業の手を休めた気配がなかった。労役の合間の時間を縫って料理をするための準備していたのだろう。片付けをし終えた後のエルフナインも幼少時期の自分と同じように、疲れ果ててベッドに沈んで眠るのかもしれない。

 クリスマスの晩餐を誰かと共にしたのは何年ぶりだろうか。何十どころではなく、何百年ぶりかわからない。

 パパと過ごした最後のクリスマス前夜。最後になるとも知らずに過ごしたあの晩は、流行り病の特効薬の研究に忙しいパパにおいしいものを食べてゆっくり過ごしてもらおうと、張り切ってメイン以外にも様々に料理を作ったためへとへとに疲れきってしまい、片付けを終えた頃には眠くなってしまったのだった。その頃よりもっと幼い時のようにパパに寝室へ手引かれて、今のように一人で部屋で眠った。

 そういったことを思い返しているうちにいよいよ抗い難くなった眠気に意識を明け渡すと、睡魔が見せたものはパパと最後に過ごしたクリスマスの夢だった。

 一人で立ったはずの調理場には何故かエルフナインが加わっていて、二人で調理を分担し、労力と時間にゆとりをもって料理を仕上げたことで、パパと三人で晩餐を囲みゆっくりと夜を過ごすことができた、そんな夢。

 想い出の共有による擬似同一体の感覚共有。

 意識を任意に切り替えることによって感覚を共有する術だが、睡眠時の無意識下のうちに同調して、同じ夢を見たかもしれないという可能性を、どうして否定できよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 話の構想は1年近く前にしていて、去年は間に合わなかったのですが、今年のシーズンには間に合わせることができました。
 錬金術で忙しいパパの助けになろうと幼少期から家事も料理も一通りこなせるようになっていそうなキャロルはきっと女子力の塊。
 キャロルは冷酷で非情の人外幼女ですが、原作での振る舞いを見ると傍若無人の中にも理性や矜持や美学が感じられ、元は善良な子なのでエルフナインのような純朴で真面目な子には、非情な打算と元来の良心が鬩ぎ合うこともあったりするのかなと思っています。

 チラシの裏を書きました→http://sizu1885.blog.fc2.com/blog-entry-40.html







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