泰平への思い -藤色の章-   作:暁紀

7 / 7
07.辺境守護戦 -辺境の城

 

 

 ようやく山を越えて一息ついたところで、眼前に現れたのは、閉鎖的な集落とこじんまりとして小さな城の様な、屋敷の様なものであった。

 周囲は険しい山に囲まれている事もあってか馬を使うにはあまりにも難しいと判断し、秀吉に引き連れられた雪重は徒歩でここまで辿り着いたのである。尾張から少し外れた場所である事までは分かったが、今どの辺りにいるのかは、土地勘もない雪重には良く分からなかった。

 此度の秀吉への要請は、既に信長に許可を得たものであった。むしろ、信長本人が秀吉に命を下し、また雪重を供にするよう言ったらしい。それを雪重が聞いたのは、出立してからしばらくしての事であった。

 

「秀吉、あれが……?」

「あれが目指しとった場所じゃ。あまり知られておらんが、わしらと同じ信長様の家臣の一人でな、この辺境で敵の侵入を防ぐ守護をしとる黒木 義忠(くろき よしただ)という男がいるんさ。前からよう仲良うしとる奴でな」

「――ま、要は俺みたいなのとは違って、裕福な城持ちの秀吉のダチって事だな」

 

 秀吉の首に腕を回しながら、火縄銃を提げた男――雑賀孫市が笑う。雑賀衆と呼ばれる傭兵集団をまとめ率いる人物であり、秀吉と非常に親しい友人の一人であった。秀吉が出立前に孫市に対して同行を要請していたらしく、道中で合流する形となったのである。

 雪重は初めて会う人物だったが、孫市の気さくな人柄ゆえか、すぐに打ち解ける事が出来た。秀吉は多くの友人がおり、人望がある。それを雪重は改めて感じるのであった。

 

「しっかし、ここら辺はやたら物騒な雰囲気だな。人通りが少ないのもそうだが、明らかに賊の住み着きやすい環境が整ってやがる」

「孫市殿は、そんな事が分かるのですか?」

「まあ、あくまで勘の域は出ないけどな」

 

 孫市の言う事にも一理ある、と秀吉と雪重は頷く。確かに、この山中は人が通れるような道は殆ど整備されていないように見えた。盗賊の類が出るというのは、決して珍しい話ではない。この乱世においては、どんな場所も安全ではなかった。戦を終えた後の戦場にすら、死体から金目のものを奪うような者までいるのだから。

 事実、雪重の伯父夫婦がそうであった。武家である静馬の一族であるのだから彼らは決して食うに困るというわけでもないのに、欲目を出してしまい、わざわざ戦場を通って拾い物をしようとしていたのである。結果としては、それによって命を落としたわけだが。

 

「さすがは孫市じゃ。わしらの呼ばれた理由はそこにある」

「つまり、盗賊絡みの要請だと?」

 

 雪重の問いに秀吉は深く頷いた。

 

「見て分かると思うが、この一帯は山と山の間に位置しとって、ちいとばかし厄介な造りになっとる。いわば、自然の城壁じゃ。攻められにくいっちゅうんは確かじゃが、ここを制圧されたら、敵さんにあっという間に信長様の喉元を噛み付かれちまう。じゃから義忠は信長様に命じられて、密かにここを守護しとるんじゃ」

 

 密かに、という事で雪重は納得する。辺境の守護の話は聞いた事がなかったが、この尾張に侵入を許していないのはこうした守護が置かれているのが理由の一つではあるかもしれない。

 とはいえ、雪重も信長の下に身を寄せるようになってまだそれほど年月は経っていない。恐らくまだ知らない事はあるのだろう、と雪重は思案する。

 

「これまでも盗賊やらなんやら侵入しようとしてきとったようじゃが、義忠が全部防いできたらしい。それでなんとかなっていたみたいなのじゃが、最近、新手の盗賊の一団が攻め込んで来とるそうでな。義忠んとこの兵だけじゃ足りんらしい。そこで、わしらに援軍を頼んできたんじゃ」

「援軍つったって、まだまだ知名度が低い成り上がり武将が一人、初陣したばっかりの若武者一人、得体の知れない傭兵一人だけの三人ときたもんだ。だいぶ貧しい援軍で、義忠さんってのもがっかりなんじゃないのか?」

「わしもそう思っとったんじゃが、兵を引き連れ過ぎると無闇にこの場所の存在を知られかねんと言われてな。じゃから、信長様に言われて、隠密に動く為の援軍はわし達だけなんさ」

「信長はどうにも好きになれないが、言い分は分かるさ。だが、それにしたってねえ……」

 

 孫市は溜息をつきながら、周囲を見渡した。青々として深い森があり、至る所に崖も点在しているのが遠目にも分かる。確かに自然によって築かれた城壁に他ならないが、逆を返せば、それを利用されて攻め入られてしまう可能性もあった。地の利はあるが、それは紙一重のものであるのだ。

 盗賊ならば尚更の事、山の地形を生かした襲撃も得意であるに違いない。それを人知れずこれまで凌いできたという黒木義忠という人物は、恐らく篭城戦に長けた人物なのだろう。そんな人物が手こずっているのだから、援軍は本来大いに越した事はない。けれど、そうすれば密かに守護していた意味がなくなり、諸大名がこの場所を攻め入る可能性が増える。秀吉が言っているのはそういう事なのだ。

 

「とにかく、周囲の状況をより細かく知る事が先決かもしれないですね……攻め入られ掛けていると言っても、どの程度なのかが今のままでは分からないものですし」

「確かに、雪重の言う通りだな。よし、じゃあ俺が手っ取り早く偵察してくるぜ。秀吉、落ち合う場所を教えてくれ。日が暮れたらそこでまた会おうぜ」

「ああ、頼んだで。じゃが孫市、くれぐれも無理せんようにな!」

「はは、分かってるさ」

 

 落ち合う場所を確定した後、孫市は二人と行動を別にし、賊の状況を見るために森の奥へと進んで行った。そして秀吉と雪重はまず黒木義忠とそこに住まう者達の安全を確認するべく、まずは城へと向かったのだった。

 

 

 

 

 門の前へと辿り着くなり、雪重は何やら違和感のようなものを覚える。ここに来るまでの間もそうだが、誰一人として姿を見ていないのだ。味方は勿論、敵の姿さえもない。不気味なほどの静寂だった。攻め入れられているにしてはあまりに静か過ぎる上に、これでは人が生活しているのかすら定かではないほどだ。

 秀吉が眉を顰めながら、口を開く。

 

「えらい静かじゃな……人っこ一人おらん」

「……妙だ」

 

 あまりにも異常な静寂は、雪重と秀吉の不安を駆り立てるものだった。

 ――次の瞬間、轟音と共に地面が激しく揺れる。思わず体勢を崩しかけた秀吉の腕を雪重が掴み、なんとか持ちこたえた。その音は門の向こう側から聞こえたものだった。

 

「な、なんじゃあ今のは!?」

 

 秀吉はうろたえる。まさか、と思いながら雪重は辺りを見回す。すると、外堀に面した辺りから、うっすらと灰色の煙が空へ向けて上がっているのが分かった。明らかに城内から放ったものではない衝撃である。まるで壁を打ち破ったかのような、そんな音と地響きだった。

 壁が破壊されたに違いない、と推測から確信へと変わる。

 雪重は腰に差した刀に手を添え、駆け出した。

 

「雪重!」

「俺はあの音の方に行く! 秀吉は義忠殿達の無事の確認を!」

 

 篭城をしている黒木義忠らの無事も心配だが、あの轟音は捨て置けないものである。雪重は黒木義忠との面識がないゆえ、あえて雪重自身はあの轟音の正体を突き止めつつ、秀吉には安否を確認してもらうのが得策であると考えたのだ。

 秀吉も、彼の判断には異論がないようで、納得したように首を縦に振る。

 

「おう、分かった! 雪重、気いつけてな!」

 

 雪重は一度だけ頷くと、そのまま煙の上がる方へと急ぐのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。