突然の異常な現象と光が起きて咄嗟に目を閉じていたキリトはゆっくり目を開こうとする。徐々に視界が回復するに連れて周りのざわめきや目に映る物に思わず息を呑む。
「・・・・・これは?」
そこにはさっきまでいた教室ではなく、中世ヨーロッパの雰囲気、大理石のような白い石造りの建築物、巨大な柱に支えられたドーム状の天井といった、正しく大聖堂という言葉が自然と湧き上がるような荘厳な雰囲気の広間にいる事がわかった。
「まるで異世界って感じだな・・・」
キリト達がいる所は最奥にある台座のような場所の上にいるようだ。周囲より位置が高く、その周りにはキリトと同じように呆然と周囲を見渡すクラスメイト達がいた。どうやらあの時、教室にいた生徒は全員この状況に巻き込まれてしまったみたいだ。
そういえばハジメは?とキリトは顔を横に向くと隣で周囲を冷静に観察していた。その背後には呆然としてへたり込む白崎の姿や、あの教室にいた人達がいる事を確認すると、あの教室にいた者達が突如現れた魔法陣によって転送されたのだと何となくだが予想できた。
そんな事を考えているとキリトの方に不安げな顔をしながらこちらに近づく八重樫が声をかけてきた。
「キリト!」
「八重樫、大丈夫だったか?」
「えぇ、でもこれっていったい・・・・・」
「俺にもわからない・・・・・ただ」
そう言ってキリトは一番気になっていた方に顔を向けならがら八重樫に言う。
「この状況を答えてくれるだろ、あいつらが」
そう、この広間にいるのはキリト達だけではない。少なくとも三十人近い人々が、キリト達の乗っている台座の前にいたのだ。まるで祈りを捧げるように跪き、両手を胸の前で組んだ格好で。
「まるで何かの宗教だな」(ボソッ)
キリトは呟きながら彼等の姿を確認する。彼等は一様に白地に金の刺繍がなされた法衣のようなものを纏い、傍らに錫杖のような物を置いている。その錫杖は先端が扇状に広がっており、円環の代わりに円盤が数枚吊り下げられていた。
その内の一人、法衣集団の中でも特に豪奢で煌びやかな衣装を纏い、高さ三十センチ位ありそうなこれまた細かい意匠の凝らされた烏帽子えぼしのような物を被っている七十代くらいの老人が、手に持った錫杖をシャラシャラと鳴らしながら進み出て、外見によく合う深みのある落ち着いた声音でハジメ達に話しかけた。
「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」
そう言ってイシュタルと名乗った老人は、好々爺然とした微笑を見せた。
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現在、キリト達は場所を移り、十メートル以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間に通されていた。
この部屋も例に漏れず煌びやかな作りで、素人目にも調度品や飾られた絵、壁紙が職人芸の粋を集めたものなのだろうとわかる。恐らく、晩餐会などをする場所なのではないだろうかとキリトは思った。
上座に近い方に畑山愛子先生と光輝達四人組が座り、後はその取り巻き順に適当に座っている。キリトとハジメは最後方だ。
ここに案内されるまで、誰も大して騒がなかったのは未だ現実に認識が追いついていないからだろう。イシュタルが事情を説明すると告げたことや、The勇者のレベルMAXのカリスマスキルによって落ち着かせた事も理由だろうが。
その時、教師より教師らしく生徒達を纏めていると愛子先生が涙目だった。
全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイドさん達が入ってきた。そう、生のメイドである。地球産の某聖地にいるようなエセメイドや外国にいるデップリしたおばさんメイドではなく正真正銘、男子の夢を具現化したような美女・美少女メイドである。
こんな状況でも思春期男子の飽くなき探究心と欲望は健在でクラス男子の大半がメイドさん達を凝視している。もっとも、それを見た女子達の視線は、氷河期もかくやという冷たさを宿していたのだが……
と、ふとキリトの方にもメイドが一人、飲み物を給仕しよう飲み物を置こうとキリトの方に来た時
「きゃっ!」
「っ、おっと」
足を躓かせ、転びかけそうになった所をキリトが支える事で飲み物が零れずに済んだ。
「」ガタッ
「シズシズ、どうどう」
「雫ちゃん落ち着いて」
上座側で少しざわめきが起きたがそんな事を知らずにキリトは支えているメイドに話しかける。
「大丈夫か?怪我してない?」
「えっ、は、はぃッ...も、もぅしわけござぃません・・・」カァ~ッ…
「気にする事ないよ。立てる?」
「だ、大丈夫です...、ありが、とう...ございますぅ…」
顔を真っ赤にしたメイドはキリトに惚けながら返事を返す。
「……………」ゴゴゴゴゴゴ
「ステイ!シズシズ、ステイ!!」
「ほ、ほら!事故だから仕方ないよね!?ね!?」
またもや上座側で金属がミシミシする音と共に黒い靄が漂わせているがキリトはそんな事いざ知らずに先程のメイドと一言二言会話を交わし、メイドは立ち去って行く(何故か顔を赤くし、惚けながらも嬉しそうな顔をしながら)。
そんな状況を真横でいたハジメは溜息を吐きながら「ほんとキリトは・・・・・」と呟き、一部の生徒は「あいついつか刺されるだろ。てか刺されろ」「八重樫さんに斬られろ」「イキリトめぇ・・・」「これだから・・・」と睨み半分、呆れた半分の目で見られている。
そんな中、全員に飲み物が行き渡るのを確認するとイシュタルが咳払いをしながら話し始めた。
「ゴホンッ・・・・・さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」
そう言って始めたイシュタルがの話は実にファンタジーでテンプレで、どうしようもないくらい勝手なものだった。
要約するとこうだ。
1.この世界はトータスと呼ばれ、大きく分けて人間族、魔人族、亜人族の三つの種族が存在する。
2.人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しており、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きており、この内人間族と魔人族が何百年も戦争を続けている。
3.魔人族は、数は人間に及ばないものの個人の持つ力が大きいらしく、その力の差に人間族は数で対抗しており、戦力は拮抗し大規模な戦争はここ数十年起きていないが、最近、魔人族による魔物の使役という異常事態が多発している。
4.魔物とは、通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形で、この世界の人々も正確な魔物の生体は分かっていない。それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣だ。
5.今まで本能のままに活動する彼等を、使役できても、せいぜい一、二匹程度なのだが、その常識が覆され、人間族側の“〝数〟というアドバンテージが崩れた。それはつまり、人間族は滅びの危機を迎えているのだ。
というのが主な話の内容だった。
「あなた方を召喚したのは〝エヒト様〟です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。恐らく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という〝救い〟を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、〝エヒト様〟の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」
イシュタルはどこか恍惚とした表情を浮かべている。おそらく神託を聞いた時のことでも思い出しているのだろうか・・・イシュタルによれば、人間族の九割以上が創世神エヒトを崇める聖教教会の信徒らしく、度々降りる神託を聞いた者は例外なく聖教教会の高位の地位につくらしい。
ハジメが、〝神の意思〟を疑いなく、それどころか嬉々として従うのであろうこの世界の歪さに言い知れぬ危機感を覚えていると、突然立ち上がり猛然と抗議する人が現れた。
「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることは唯の誘拐ですよ!」
この中で唯一の先生である愛子先生は今年二十五歳になる社会科の教師で非常に人気がある。百五十センチ程の低身長に童顔、ボブカットの髪を跳ねさせながら、生徒のためにとあくせく走り回る姿はなんとも微笑ましく、そのいつでも一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さのギャップに庇護欲を掻き立てられる生徒は少なくない。
また、〝愛ちゃん〟と愛称で呼ばれ親しまれているのだが、本人はそう呼ばれると直ぐに怒る。なんでも威厳ある教師を目指しているのだとか。
今回も理不尽な召喚理由に怒り、ウガーと立ち上がったのだ。「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる……」と、ほんわかした気持ちでイシュタルに食ってかかる愛子先生を眺めていた生徒達だったが、次のイシュタルの言葉に凍りついた。
「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」
場に静寂が満ちる。重く冷たい空気が全身に押しかかっているようだ。誰もが何を言われたのか分からないという表情でイシュタルを見やる。
「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」
愛子先生が叫ぶ。
「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」
「そ、そんな……」
愛子先生が脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。周りの生徒達も口々に騒ぎ始めた。
「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」
「いやよ! なんでもいいから帰してよ!」
「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」
「なんで、なんで、なんで……」
パニックになる生徒達。
キリトも平気ではなかった。しかし、オタク知識がある故にこういう展開の創作物は何度も読んでいる。それ故、予想していた幾つかのパターンの内、最悪のパターンではなかったので他の生徒達よりは平静を保てていた。
ちなみに、最悪なのは召喚者を奴隷扱いするパターンだったりする。
「(・・・それにあのイシュタルって奴・・・やっぱり怪しい、怪しい事だらけだ)」
キリトはイシュタルの説明に幾つか疑問点があるものの、それは口にせず、イシュタルの目一点のみを見据える。
何せ、キリトにはその目の奥に侮蔑が込められているような気がしたからだ。今までの言動と重ねると「エヒト様に選ばれておいて何故喜べないのか」とでも思っているのだろう。
未だパニックが収まらない中、光輝が立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。その音にビクッとなり注目する生徒達。光輝は全員の注目が集まったのを確認するとおもむろに話し始めた。
「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」
「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」
「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」
「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」
「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」
ギュッと握り拳を作りそう宣言する光輝。無駄に歯がキラリと光る。
「(で・・・でた~・・・・・天之河のスキル『カリスマ勇者(笑)』が発動!効果は絶望の表情だった生徒達が活気を取り戻すが、無駄な希望とか安心感を与え、思考放棄者を増やすデメリットスキルだ~・・・)」
キリトは、余りにも光輝のセリフに顔を引き攣らせる。対して他の生徒の光輝を見る目はキラキラと輝いており、まさに希望を見つけたという表情だ。女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っている。
「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」
「龍太郎……」
「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないし、怪しい所だらけだけど……私もやるわ」
「雫……」
「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」
「香織……」
いつものメンバーが光輝に賛同する。後は当然の流れというようにクラスメイト達が賛同していく。愛子先生はオロオロと「ダメですよ~」と涙目で訴えているが光輝の作った流れの前では無力だった。
結局、全員で戦争に参加することになってしまった。おそらく、クラスメイト達は本当の意味で戦争をするということがどういうことか理解してはいないだろう。崩れそうな精神を守るための一種の現実逃避とも言えるかもしれない。
「・・・・・これは、ーーーじゃない」ボソッ
「キリト?」
「いや、なんでもない。それよりハジメ、あのイシュタルって奴」
「あっもしかしてキリトも?」
「あぁ」
キリトとハジメは気がついていた。イシュタルが事情説明をする間、それとなく光輝を観察し、どの言葉に、どんな話に反応するのか確かめていたことを。
正義感の強い光輝が人間族の悲劇を語られた時の反応は実に分かりやすかった。その後は、ことさら魔人族の冷酷非情さ、残酷さを強調するように話していた。おそらく、イシュタルは見抜いていたのだろう。この集団の中で誰が一番影響力を持っているのか。
世界的宗教のトップなら当然なのだろうが、油断ならない人物だと、キリトとハジメは頭の中の要注意人物のリストにイシュタルを加えるのだった。
更にそれとは別にキリトはこの世界について考える。
「(・・・
キリトは考えをやめ、異世界に来たという理解と、その世界で今は生きるという覚悟をするのだった。
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