東方有栖(アリス)伝   作:店頭価格

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おかしい、なんで年の瀬にこんなバットエンド投稿してんだ(震え声)


115・火曜サスペンス 闇金マミゾウさん

「ごめんなぁ……ごめんなぁ……」

 

 それは謝罪だった。

 それは懺悔だった。

 決して許されない事をしていると理解していながら、()()()()()()()()()()()のだ。

 闇夜の中で、雨が降る。

 ぽたぽた、ぽたぽたと。

 まるで、誰かの涙のように。

 まるで、誰かの涎のように。

 誰かの罪も。

 誰かの罰も。

 闇は、全てをおおい隠す。

 いずれ、その細首へと断罪の刃が届くまで、罪人は逃げ続けなければならない。

 罪悪感を振り払い。良心に蓋をして。

 例えそれが、ただの()()()()に過ぎないのだとしても。

 己の罪を自覚する限り、背後から迫る影が止まる事はないのだから。

 

 大きくなーれ、大きくなーれ――

 

 何処か遠くで、鈴を転がすような少女の声と、からころと揺れる小槌の音が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 昨晩の小雨が地面を濡らす、人里の一角。

 河川敷を見渡せるそれなりに道幅のある場所で、大勢の野次馬がたむろしていた。

 皆一様にひそひそと声を潜め、憐れんだり悲しんだりと思い思いに沈痛な表情をしている。

 

「ちょいと良いかの? これはなんの集まりじゃ?」

 

 そんな集団の後ろから、一人の男性へと年寄り口調の若い女が話し掛けた。

 

「あぁ、あれだよ」

 

 男が指差す先には、川辺の近くに女の姿が見える。

 その周囲に居る何人かは、ぴくりとも動かない女へ両手を合わせたり周りの様子を探ったりしている。

 

水死体(どざえもん)かい」

「可哀そうになぁ。折角、あんな大変な大雨でも生き残ったってのに」

 

 粗方の復興は終えたとはいえ、人里の中でも未だに手付かずのままとなっている危険な場所は幾つか存在する。

 野次馬の話を総合すると、夜中にそういった区域へうっかり踏み入ってしまい、そのまま足を滑らせて川へと落ちたのではないかという事らしい。

 

「お妙ー!」

 

 そんな中、大声を上げて一人の青年が河原へと走り込んで行く。

 河原に居る者の中で、女性は死体の女だけだ。

 どうやら、水死体となった女性の知り合いらしい。

 

「お妙、お妙ー!」

 

 そのまま自分が濡れるのも構わず、死体を抱き寄せ大声で泣き叫ぶ。

 野次馬たちの視線に同情が増し、沈痛な表情で思い思いに黙祷を捧げて始める。

 話を聞いていた女性――二ツ岩マミゾウもまた、しばし両目を閉じて佇むと踵を返して立ち去って行く。

 

「やれやれじゃな」

 

 一人溜息を吐く大親分が同情したのは、男と女、その両方だった。

 水ぶくれした肉に隠されてはいたが、首元に走る赤い線はうっすらと残っていた。

 女の死因は窒息死だが、その原因は溺死ではない。()()だ。

 わざわざ、素手よりは証拠の残り難い糸を使って絞め殺しているところから見て、突発的な犯行ではなく計画的な殺人だったのだろう。

 

「……」

 

 本来、妖怪であれ人間であれ赤の他人の死など、自分には関わりのないどうでも良い出来事に過ぎない。

 女の死因も同様だ。事故が事件になったとして、大妖怪が踏み入る理由はない。

 だが、天下の二ツ岩はこの人間の些事に首を突っ込むと決めていた。

 安い同情心でも、正義感による義理人情でもない。

 妖怪は、所詮やくざ者だ。

 妖怪でありながら、人間を知るが故に。

 妖怪らしく、また、人間らしいやり方で。

 団三郎狸という巨悪が、人里の小さな悪意へと挑もうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 昼下がりの稗田邸。

 幻想郷の新参者であるマミゾウは、当主である阿求からの呼び掛けに応じインタビューを受けていた。

 紅魔館、永遠亭、守矢神社、命蓮寺、そして神霊廟。

 度重なる新規勢力の増加に声にならない悲鳴を上げながら、それでも今代の阿礼は幻想郷の編纂という一族の役目を果たすべく、日々の激務をこなしている。

 一通りの聞き取りも終わり、もてなしの茶菓子で一服している途中でマミゾウが先ほどの出来事を話題に上げた。

 

「のぉ、阿求殿。ここに来る前、時間潰しで人里内の河川敷に行った時に見掛けたんじゃが、そこで女の死体が出ておってな」

「えぇ、聞き及んでいます」

「おや、耳が早いのぉ」

「情報収集は、当家の存在意義でもありますから」

 

 一度休憩を挟んだとはいえ、それほど時間は経っていない。

 近代とはほど遠い技術水準しかない幻想郷で、同じ人里内とはいえこれほど早く情報を手に入れている手腕は流石の一言だ。

 

「であれば、男がむせび泣いておった理由は知っとるかの。ただの知り合いにしては、少々大袈裟な反応であったように見受けたものでな」

「泣いていた男性は、死亡した女性との結婚を予定していたそうです。知り合いではなく婚約者であれば、その反応も当然かと」

「なんと、それはやりきれんのぉ」

「ここ数年で、死亡率そのものは劇的に減少しています。ただ、それでも人間が死亡する事故や事件がなくなる事はないでしょうね」

 

 阿求は、その女性の死が殺人事件であるという部分の説明を避けた。

 単に知らないだけか。それとも、知っていて隠しているのか。恐らくは、後者が正解だろう。

 人里の醜聞を外部の者に伝えたくないという意図とは他に、マミゾウが真実に辿り着いているかどうか鎌を掛けて試しているのだ。

 それは同時に、「これ以上の情報を与えるつもりはない」という言外のメッセージでもある。

 狸と狐の化かし合いならぬ、狸と人との化かし合い。

 

「内も外も、人の死に様は変わらんもんじゃなぁ」

 

 そんな涙ぐましい人間の拙い抵抗に対し、狸の総大将はそんな言葉をこぼすのみだった。

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 烏天狗たちが号外をばら撒いたお陰で、昨日の出来事はそれなりに人里の人々へと周知されていた。

 その後に起こるのは、正誤のあやふやな情報が飛び交う「噂話」という名のささやかな娯楽だ。

 そんな中、マミゾウは再び人里へと足を運び、昨日とは異なる場所を訪ねていた。

 

「邪魔するぞい」

 

 鈴奈庵。

 本の貸し出しと販売、買い取りを主な商売としており、印刷や製本なども請け負っている小規模な店舗だ。

 他の書店との違いは、置かれている本の大半が外の世界から流れて来たいわゆる外来本であるという点だろう。

 

「あ、いらっしゃいませー!」

 

 暖簾を潜った店内へと、元気の良い少女の声が反響する。

 本居小鈴。この書店の看板娘にして、妖怪の書いた妖魔本コレクターという裏の趣味を持つ少女だ。

 趣味が高じ過ぎて、最近「あらゆる文字を読める程度の能力」という特殊能力にまで目覚めてしまった生粋の愛書家(ビブロフィリア)である。

 因みに、人里へ訪れる際のマミゾウは基本的に人間の姿へと変化しているので、小鈴は常連客であるマミゾウを人間だと誤解している。

 

「今日はどういった御用ですか?」

「うむ、今日はこいつを買い取って貰おうと思っての」

 

 そう言ってマミゾウが袖口から取り出したのは、複数の書物だった。

 

「わー、何時もありがとうございます!」

 

 この化け狸が鈴奈庵を利用している主な理由は、購入と買い取りの二つだ。

 危険度の高い妖魔本を小鈴に気付かれないよう買い取って回収したり、逆にこうして危険度の低い妖魔本を普通の本として売り付け、人里内の各地へ普及させ時限爆弾として仕込もうという邪な魂胆である。

 本の査定中にマミゾウが軽く店内を見渡すと、試し読みをする為に置かれた机にて金髪の少女が二体の人形を傍らに読書へと勤しんでいた。

 

「おや、アリスではないか」

「こんにちわ」

 

 声を掛ければ、視線を上げた人形遣いは平淡な声で挨拶を返し再び読書へと戻る。

 読んでいる本の著者名は、「恋の迷宮探偵」。明らかに地雷臭しかしないペンネームだが、読み耽っているところをみるとそれなりに面白い内容なのかもしれない。

 

「買い取りのお値段がこちらですね。ありがとうございましたー!」

「うむ。かたじけない」

 

 本の買い取りがつつがなく終わり、本の代わりに小銭の袋を袖口へと収めたマミゾウは、店を出ずにアリスの対面へと座る。

 会話を希望している事に気が付いたアリスは、読んでいた本にしおりを挟みそのガラス玉のような両目を相手へと向けた。

 

「景気はどうじゃね」

「上々よ。そちらはどう?」

「こっちはぼちぼちじゃな」

「人伝てで、早速一儲けしたと聞いたのだけれど?」

「幻想郷の女子(おなご)は皆耳聡いな。地下住まいの仙人(もぐら)共がやっとった大売出しに便乗して、ちょいとな。幾つか良さげな骨董品を転売(転が)してみたら、思いの他値が付いた」

「羨ましい限りね」

「まぁ、急ぎの用件もなし。手に入った泡銭で、気楽にやっとるよ」

 

 外の世界で狸の総大将をやっていた時とは違い、幻想郷でのマミゾウの地位は命蓮寺の居候兼相談役という非常に軽いものだ。

 半ば楽隠居目的でこの地へとやって来た彼女にしてみれば、今の立ち位置に収まる事で目標は達成したと言って良い。

 なお、旧友に呼ばれた理由については、最初から九分九厘勘違いだろうと高を括ってやって来ているので、実際勘違いだった事が判明しても特に問題はなかった。

 

「最近の面倒と言えば、お主には随分世話になったと事あるごとに上役二人が言うもんじゃから、下の連中が拗ねておってなぁ」

「そう。巻き込まれないよう、しばらく近づくのは避けた方が良さそうね」

「そうしてくれい。いきなり人刃沙汰にはならんじゃろうが、面倒と修羅場は避けるに限る」

 

 どちらも世話好きで苦労人気質なところがある為、波長が合うのだろう。

 年若い見た目をした美人二人の世間話は、その容姿に似合わず何処か達観を滲ませるものだった。

 アリスは人間に化けているマミゾウに配慮し、会話の中に妖怪としての彼女に関する情報を入れる事はしていない。

 

「あの、良かったらどうぞ」

 

 二人が軽い愚痴の混じった世間話を繰り広げている最中に、小鈴が盆に乗せた緑茶の入った二つの湯飲みをそれぞれの手元に置いていく。

 

「おぉ、これは申し訳ない」

「ありがとう。これを飲んだら、すぐに出て行くわ」

「いいえいいえ! そんなにお客さん来てませんし、お好きなだけ居て貰って大丈夫ですから!」

 

 「早く出て行け」という遠回しのサインだと勘違いした二人の謝罪に、小鈴は飛んで行きそうなほど首を振り否定を返す。

 

「はぁ~。お二人共、これぞ大人の女性って感じで凄く憧れちゃいます~。私も、お二人見たいになれるかな~」

 

 小鈴は、マミゾウやアリスといった大人びた女性に強い憧憬を抱いていた。

 片方は腹黒狸、もう片方はぽんこつ魔法使い。知らぬが仏とは、正にこの事である。

 

「ほっほっほっ。おませさんじゃなぁ」

「なれるわよ。私より、ずっとね」

「はう~、はう~」

 

 そんな中身を悟らせない二人の余裕に当たられ、くねくねと自分の身体を見悶えさせる年頃の乙女。

 そんな和やかな雰囲気の中、本に挟まれていたしおりが何時の間にか同じ大きさに折りたたまれた封筒へとすり替わっている事に、少女は気付かない。

 日の光の中で笑うのが人間。

 夜の闇の中で嗤うのが妖怪。

 古本屋の一角で、表の陽気に紛れ影は密かに動き続けていた。

 

 

 

 

 

 

 次にマミゾウが訪ねたのは、川で死んだ女性の働いていた呉服屋だった。

 表通りに看板を構えるそれなりに大きな店舗で、薄利多売ではなくるいわゆるブランド品を主に扱っている高給取りを相手にしたお店のようだ。

 マミゾウは言葉巧みに店主を呼び出し、女性の事情を聞いていく。

 

「務めて三年ほどですが、お妙はとても気配りの出来る娘でした。お客様からの評判も良かった。それだけに、今回の事故は残念でなりません」

 

 四十代の後半といった初老の男が、沈痛な面持ちで女性の生前を語る。

 

「店主よ。これは他言無用でお願いしたいんじゃが、あの者の死には少し不可解な点があるのじゃ」

「不可解、ですか。それはどのような――」

「すまぬが、先入観を与えると思い出す情報が偏る可能性がある故、これ以上は語れぬ」

「はぁ」

 

 今の流れがすでに先入観を与えているのだが、マミゾウは素知らぬ顔で情報を引き出しに掛かる。

 

「お妙殿は、金銭に困窮していた事はあるかの?」

「ないと思います。私が知らぬだけかもしれませんが、給料の前借りや借金の相談をされた事はありませんので」

「なるほど。では、誰かに恨まれていた、もしくは、何か揉め事に関わっていたなどはどうじゃ?」

「それもないかと。先ほど言ったように、お客様との対応も問題はありませんでしたし、従業員同士でも良く買い物に行ったりと仲の良い様子でした」

「ふむふむ。では最後に、あの娘は婚約者の男について何か言っておったかの?」

「婚約者――あぁ、九平次さんですか。えぇ、私や従業員に、良く話していましたよ」

 

 店主の言葉が正しければ、犯行の動機は金銭トラブルでも怨恨でもない。

 残る可能性は、無差別犯の凶行か男女の関係による痴情のもつれ辺りだろうか。

 

「出来れば語っていた内容について聞きたいのじゃが、構わんかね」

「えぇ。と言っても、鳴かず飛ばずの作家らしく、半ばお妙が養っているような関係だと聞いています」

「中々の駄めんず好きじゃな」

「だめんず? というのは良く解りませんが、お妙が死んだ事で彼のこれからの生活はかなり苦しくなるでしょうね」

「なるほどのぉ」

 

 聞いた内容をメモに取る振りしてから、マミゾウはしばし口元に手を添えて思案顔を作る。

 

「あの、もしやお妙の件は事故ではないのですか?」

 

 こんな露骨な聞き方をすれば、誰でも想像は付く。

 不安そうな店主へ気休めとしてからから笑いながら、マミゾウは何も書かれていないメモ帳を袖口へと入れ直す。

 

「いやいや、今はまだ不審な点があるだけじゃ。事故かもしれんし、そうではないかもしれん。下手な噂は、流さんように頼むぞい」

「それは……勿論でございます」

 

 もしもあの水難事故が事故ではなく誰かの犯行なのだとすれば、当然次に浮かぶのは犯人の次の行動だ。

 彼女を殺すだけで満足なのか、更にその先があるのか。不安にならないはずがない

 そんな店主の心情を理解していながら、散々その不安と恐怖を煽った化け狸は一切フォローを入れる事なく店を出た。

 マミゾウが次に向かうのは、ちょっと変わった住人ばかりの巣窟として人里内で有名になりつつある「秋桜荘」。

 玄関で掃除をしていた大家に軽く挨拶をして、二階の六号室の扉を叩く。

 

「はーいはいはい、どちらさまー? げぇっ」

「なんじゃ。人の顔を見るなり、潰れた蛙のような声を出しよって」

 

 出て来たのは、人里に隠れ住むろくろ首。赤蛮奇だ。

 妖怪としての格も実力も完全にマミゾウが上の為、哀れな弱小妖怪はそのまま大親分を部屋へと招き入れるしかない。

 

「な、なんの用よぉ」

「そう怖がるな。別に取って食いやせんわい」

 

 命蓮寺は、人里との共存を目指す幻想郷の中でも珍しい組織だ。

 当然、その一員であり相談役に収まりたいマミゾウは、人里の内情について表にも裏にも詳しくなる必要があった。

 そんな折、人里内を散策中に見つかったのがこの蛮奇だ。

 彼女は、自分の他にも人里内に住む妖怪たちと互いに情報交換を行い、面倒や危険を避けるのに役立てていた。

 知り合ったマミゾウはそのネットワークに目を付け、蛮奇たちを人里の裏を探る為の情報源の一つとして扱っているのだ。

 蛮奇たちからすれば、不良の隠れ家にやくざの親分が訪ねて来るようなものなので、この怯え方は正常な反応と言える。

 

「先日出た女の水死体。知っとるな」

「え、えぇ」

「下手人は、お主らの内におるか?」

「いないわ! 天狗の号外で知った後、真っ先に皆で確認し合ったもの! 本当よ! 信じて!」

「落ち着け落ち着け。単なる確認じゃよ」

 

 疑惑を目を向けられ、大慌てで否定する蛮奇。

 マミゾウにその気はないが、それが嘘であれ真実であれ相手の機嫌一つで蛮奇の命は終わるのだ。

 その気がないからといって、圧倒的強者から睨み付けられ平静で居られるはずもない。

 人里の外で人間が妖怪に殺されたのであれば、それは日常の一つだ。

 しかし、人里の中で人間が妖怪に殺されたのであれば、それは人里を守護する妖怪の賢者の定めた掟に反する大罪となる。

 蛮奇を含め、人里に住み着く妖怪たちはお互いに仲間意識がある訳ではなく、自分が助かる為にその他の同輩を利用しているだけだ。

 その為、もしも身内にそんな馬鹿な事を仕出かしたど阿呆が居たならば、己へと類が及ぶ前に全員でその者を捕らえるなり殺すなりしていただろう。

 

「では、犯行現場を見た者は?」

「……いないわ。でも、死体で発見される前日、その夕方までは生きてたのは確認出来てる。その上で、あの川の上流に住んでる河童もあの女が里を出たのを見てないわ」

「ふむ、ではやはり犯行は人里内か。そして、妖怪の仕業でもない」

「怪しいのはあの婚約者の男でしょ。幾らか借金もあるみたいだし、殺して金でも奪ったんじゃないの?」

「他人から話を聞く限り、その女から金を貰って食い繋いどったヒモ男らしいからのぉ」

 

 捜査とは、真実を求めると同時に「もしも」の可能性を一つずつ潰していく地道な作業だ。

 

「ねぇ、マミゾウ」

「うん?」

 

 そんな中、蛮奇がおずおずとマミゾウへと問い掛ける。

 

「あんたほどの妖怪なら、もうとっくに犯人に目星は付いてるんでしょ。なんでわざわざ、こんな面倒な事やってるのよ」

 

 妖怪なのだ。証拠だなんだと(わずら)わしいものが一切なくとも、疑わしい者を襲って無理やり吐かせれば良い。

 人間社会で暮らしていたマミゾウであれば、尋問や拷問で力加減を間違える事もないだろう。

 

「……そうさなぁ。まぁ、言ってしまえばただの義理じゃよ」

「義理?」

 

 妖怪とは、人間の道理に背く者だ。故に、人は妖怪を退治する。

 ならばもし、妖怪の道理に人間が背いたならば、誰が、どう「退治」するのか。

 

「同じ結末に至るにせよ、せめてまっとうな()()()()()はしてやるわい」

 

 人も(あやかし)も知る御大は、呼び出した煙管を吸い溜息のように煙を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時。

 夜更かしは美容と健康の大敵なのだが、待ち合わせ時間に指定されたのだから仕方がない。

 月明かりだけとなった深夜に、人里の近くにある小さな橋で私とマミゾウが密会する。

 ここが、先日女性の水死体が上がった川の上流に位置しているのは、果たしてただの偶然だろうか。

 

「面倒を頼んですまんの」

「報酬分働いただけよ」

 

 挨拶代わりの謝罪に応え、封筒を手渡す。

 あの日、鈴奈庵でマミゾウから頼まれたとある人物の身辺調査の報告書だ。

 封筒から書類を取り出し、適当にパラパラと捲る依頼主へ口頭でも説明していく。

 

「にとりとはたてに頼んでそれぞれ調べて貰ったから、報告書の数字はそれなりに正確なはずよ」

「ふぅむ、どれもこれも予想通り過ぎてつまらんな」

 

 河童の光学迷彩(ステルス)と、女子高生天狗の念写能力。

 二人を頼るだけで、現代のスパイ映画も真っ青な即席諜報部隊が完成する。

 持つべき者は、やっぱり信頼出来る友人である。

 

「――殺すの?」

 

 一通り報告書を読み終えたマミゾウへと、端的に問う。

 

「あぁ、殺す」

 

 誤魔化す事はせず、彼女もまた端的に答えを返した。

 

「そう」

 

 それ以上、私に言える事はなかった。

 自覚の有無は問題にならない。

 故意であれ偶然であれ、人間が妖怪の領分を侵したのだ。それだけで、妖怪が殺すには十分な理由となる。

 

「――止めんのか?」

「止めないわ」

 

 少し不思議そうなマミゾウの問いに、こちらも端的に答える。

 今のやり取りで、ようやくマミゾウが密会場所を人里の外に指定した理由が理解出来た。

 私的には、人里の雇われ用心棒程度の立ち位置に居るつもりなのだが、他の妖怪その他からすればそうは見えないらしい。

 つまり、人間を害する行為に対し私がどの程度のラインを超えれば動くのかを、マミゾウは確認したいのだ。

 人間であれば無条件で守ろうとするのか、それとも、知り合いの人間だけを守るのか。

 今回の対象は、私とは関わり合いのないの人間の犯罪者。

 見極める側のマミゾウにとっては、確かに丁度良い人選と言える。

 私としては、別段彼女と争ってでも止める理由はない。

 よって、知る人ぞ知る大魔道士の名台詞にて不干渉を宣言する。

 

「悪人に、人権はないのよ」

 

 人間に仇をなす妖怪は、人間によって退治さ(裁か)れる。

 ならば、妖怪に仇を返した人間は妖怪によってその報いを受けなければならない。

 酷い言い草になってしまうが、私にだって選ぶ権利はある。

 私は今日、救えるかもしれない一人の人間を、救わないと決めていた。

 

 

 

 

 

 

 半分の月が昇る夜。

 ちらほらと明かりの灯った家々の隅で、若い女将が引く屋台にて一人の青年が酒を飲む。

 空になったとっくりが幾つも並び、青年は赤ら顔でこの世の終わりのような表情でただ酒をあおり続ける。

 

「うぅ……おかわり」

「うーん、何があったかは知らないけど、お酒ばっかりじゃお腹に悪いわよ」

「おかわり」

「はいはい」

 

 女将の忠告を無視し、青年はなおも酒に溺れていく。

 そんな場末に、袖を擦り合わせながら次の客がやって来た。

 

「うー、夜になると冷えるのぉ。女将殿、一杯頼むぞい」

「いらっしゃい。何か足します?」

「そうじゃなぁ、ちゃーしゅーと味玉を追加してくれい」

「はーい」

 

 常連なのだろう。暖簾を潜るなり、質の良い着物を来た女性客は見知った様子で注文し青年の隣へと腰を下ろす。

 

「しっかし、まさか外の世界の食べ物が幻想郷で食えるとはのぉ」

「ふふふ。冬におでんをしてた時、締めのおうどんとお蕎麦が凄く人気だったから、麺類一本でもやってみたくなったの」

 

 煮えた鍋に麺を入れつつ、年若い女将は思い出すようにクスクスと上品に笑う。

 

「それで、何時ものようにあの娘に相談したら、たった三日で一通りのレシピと材料の仕入れ先まで全部用意してくれたの。やっぱり、持つべきものは世話好きの友達ね」

「なんじゃいそりゃあ。流石に甘やかされ過ぎとらんか?」

「もちろん、そこから今の味になるまでちゃんと自分で頑張ったのよ? それに、そのお陰でこうして美味しいものが食べられるんだから、それで良いじゃない」

 

 その後も、他愛もない会話を続けている内に一つの料理が出来上がる。

 

「はい、お待ちどうさま」

 

 底の深いどんぶりに満たされた、湯気と共に濃厚な匂いを放つ味噌ベーズの汁。

 汁に浸かるちぢれ麺。もやし、チャーシュー、味玉等が乗せられた、麺料理の王道。

 ラーメンである。

 

「うむうむ。これよ、これ」

 

 待ってましたと言わんばかりに客の女性が箸を取り、早速熱々の麺へと挑み掛かる。

 

「んんー、美味い。やはり、夜食はここのらーめんが一番じゃな」

「ふふ、ありがとう」

 

 そのまま、隣の客がずるずるとラーメンを食べながら女将と話す横で、青年はちびちびと酒を飲み続けていた。

 明るい表情の二人に当てられるように、青年の顔色は影のように暗くなっていく。

 

「――時にお主よ」

「え?」

 

 気が付けば、客の女性が青年の方へと視線を向けていた。

 

「落ち込んどる様子じゃが、なんぞあったのかの」

「え、あ……」

「おぉ、すまんすまん。どうにも問題児ばかりの面倒を見とるせいで、「如何にも落ち込んでます」という態度は見過ごせんでなぁ」

「……すみません」

「なんのなんの。袖すり合うのも多生の縁じゃ。飯時の愚痴として、この(わし)に悩みの種を聞かせてはみんか?」

「……」

 

 顔をうつむかせてしばし沈黙した青年は、女性客の穏やかな笑顔に絆されるように、ぽつぽつと言葉を零し始める。

 

「……元々僕は、人里の外の村で生まれました。でも、子供の頃に凶作の時期があって村では生活が苦しくなり、口減らしと生活費の為に人里へ売られました」

 

 青年が子供の頃であれば、博麗の巫女は霊夢の先代の時期だろう。

 つまり、スペルカード・ルールが制定される前だ。

 人里も、それ以外の土地に住む人間たちも、今よりもっと余裕がなかった頃であれば、人身売買が公然の秘密として行われていても不思議はない。

 

「それからも色々ありましたが、今は自費で趣味の物書きが続けられるくらいは出来るようになれたんです。まぁ、全然売れてませんが」

「悲喜こもごもじゃな」

「はは、そうですね。本当に、色々ありましたから」

 

 杯をあおり、青年は全てを吐き出すように大きく溜息を吐く。

 その動作だけで、年若いはずの青年が一気に老け込んだようにも見えた。

 

「そんな時、村に残った幼馴染の娘が人里へ移住して来たんです」

「ほう」

「村自体が小さく、僕とその娘以外子供も居なかったので、当時は自然と一緒に居ました。「大きくなったら結婚する」なんて、子供心にませた約束なんてものもしたりして」

「青春じゃなぁ」

「でも、子供の頃の約束なんて、ただの思い出じゃないですか。なのに、あの娘は……」

 

 怒りなのか、恐怖なのか。

 青年の杯を持つ手が、僅かに震えだす。

 

「あの娘と再会した時、僕にはもう別に恋人が居ました。だから、申し訳ないけど君とは結婚出来ないって、ちゃんと断ったんです」

「その様子じゃと、相手からの返答は芳しくなかったようじゃな」

「何度も説得しました。何度も説明しました。それでも彼女は、どうしても納得してくれなかった」

 

 夜の冷えた風が、屋台を小さく揺らす。

 ラーメンを食い終えた客の女性は、どんぶりと箸をとっくりと杯に変え、青年の話を親身に聞いている。

 

「その内、思い出として一度だけ抱いて欲しいとせがまれて……」

「受けたのか?」

「……はい」

「おおう、そりゃあ悪手じゃろうて」

「はい。今考えれば、あれほどしつこかったあの娘が、それだけで諦めるなんてあるはずがなかった」

 

 小さい頃のささやかな思い出が、二人の人生を狂わせていく。

 

「もう会わないと約束したはずなのに、彼女はもっと積極的に僕の周りに現れました。何時の間にか、僕が借金している事になっていたり、僕があの娘に養われている事になっていたり……頭がおかしくなりそうだった」

「娘がお主の周囲で噂を撒いたのか、周到じゃな。完全に囲いに来とる」

「強く拒絶しようとすると、その度に無理やり襲われたと言い触らすって脅して来て……」

「……」

「そんな事だから、恋人にすぐ浮気がバレて振られました。まぁ、自業自得ですね」

 

 青年は自嘲気味に笑う。

 まるで、不協和音を奏でるように青年と幼馴染の関係は悪化の一途を辿っている。

 幼馴染がその初恋を諦めていれば、もしくは、青年に恋人が居らず幼馴染を受け入れていれば、こんな事にはならなかっただろうに。

 だが、そうではない。そうではないからこそ、この話は行き着くところまで進んでしまうのだ。

 

「じゃから――その幼馴染に、結婚の条件として大金を要求した」

「……呉服屋の手伝い程度では、絶対に数年は掛かる金額にしました。その数年の間でこっちもお金を貯めて、人里から――あの娘から逃げるつもりだったんです。なのに……っ」

 

 幼馴染の娘は、短期間で何処かからその大金を用意して来た。

 青年は大いに焦った事だろう。何せ、時間稼ぎの為に突き付けた無茶な要求に対し、真正面から応じて来たのだ。

 結婚は人生の墓場と言うが、彼にとっては正に墓に入るより恐ろしかったに違いない。

 

「僕にお金を手渡しながら、あの娘が言ったんです……子供が出来たって……もう、逃がさないって……」

 

 人間の情緒とは、不思議なものだ。

 ほんの少しでも考えれば、それが幸福に至る道ではないと理解出来るだろうに。

 そもそも、結婚とは終着点ではなく出発点だ。例え青年と幼馴染が結婚したとしても、愛のない生活がまともに続くはずもない。

 青年は、幼馴染の娘を騙した。

 幼馴染の娘は、青年を脅した。

 だから、追いつめられた青年は、娘を――

 

「……辛かったの」

「う……く……っ」

 

 両手で顔をおおって泣き崩れる青年の肩を客の女性は同情を込めて優しく叩く。

 青年の名は――九平次。

 幼馴染の娘の名は――お妙。

 河原に出現した水死体を巡る殺人事件の真相は、たった一つの約束が引き起こしたすれ違いの末の哀しい愛憎劇だった。

 

「じゃがの――」

「?」

 

 だが、そこで終わる話であれば、客の女性――マミゾウはここには居ない。

 うつむく青年の眼前へと、見せ付けるように一枚の証文を滑り込ませる。

 そこに記されていたのは、借金の証明。

 マミゾウから大金を借りる事。そして、返済出来なければ命を差し出す事が明記されている。

 同意人の項目に記されている氏名は、殺されたお妙のもの。

 

「お、お前、お前が――っ!」

「あぁ、貸した。(わし)は金貸しじゃ。借りたいと言われれば、貸し出すのが商売よ」

「お前のせいで、僕はあの娘をっ!」

「すまんが、(わし)が此処に居る理由は謝罪でも懺悔でもない。()()()()()()()じゃ」

「へぁ?」

 

 胸ぐらを捕まれながら、マミゾウは右手で持った証文を九平次へと見せ続けている。

 その時、不思議な事が起こった。

 記されている氏名の文字が、まるで生きているかのようにぞるりと歪む。

 のたうち、蠢き、別の氏名へと書き変わる。

 

「ひっ」

 

 喉を引きつらせ、九平次はマミゾウから手を離し己の名へと書き変わった証文から距離を離そうと席を立って後退る。

 次に歪むのは周囲の景色だ。

 平屋の家々が立ち並ぶ人里の中だったはずの場所が、次の瞬間には何処とも知れぬ深夜の平野へと変わっていた。

 証文に書かれた借金の返済期限は、本日の日没まで。

 もし仮に、この場で九平次が借金の全てを返済出来たとしても、すでに太陽が隠れている時点で何もかもが手遅れだ。

 ようやく自分の置かれた状況を理解した強盗殺人犯は、顔を真っ青にしながら言い訳を始める。

 

「ち、違う! あの金は、お妙が借りて……っ」

「じゃが、使ったのはお主じゃろう?」

「……っ」

 

 本来、お妙はこの男を観念させた後、借りた金には手を出さず利子だけ足して返すつもりだったのだろう。

 しかし、そんな事情を知らない九平次はお妙を殺した後、残ったその金を迷惑料代わりと言わんばかりに己の懐に入れてしまった。

 放置していれば、この事件は人間だけの問題として終わっていた。だが、九平次はマミゾウから借りた金に手を出してしまった。

 アリスが狸の金貸しから依頼を受けて調べたのは、九平次の最近の金周りだ。

 マミゾウは、呉服屋の店主へ聴取という名目でこの青年への疑念を植え付け、疑われている事に焦った彼がお妙から奪った金を使うよう仕向けた。

 効果は覿面(てきめん)だったようで、あからさまに怪しい金など捨てるなり埋めるなりすれば良いものを、彼は高級料亭や花街で使い果たす方法を選んだ。

 この屋台の飲み代も、マミゾウからの借金で支払うつもりだったのだろう。

 形に残らないものばかりで消費しようとした辺り、この青年の気弱さと欲深さが良く出ている。

 

「だって……だって……っ」

 

 真夜中に人里の外に居るなど、妖怪へ殺してくれと頼んでいるようなものだ。

 

「あ……ぁ……」

 

 九平次は人間だ。

 二ツ岩マミゾウという、人を殺す夜の闇に抗う(すべ)はない。

 

「ひぎぃっ!?」

 

 悲鳴を上げて、九平次が倒れ込む。

 見れば、転がっていたとっくりの一つに足と牙が生え、彼の右足へと噛み付いていた。

 

「ちょっとぉ。うちのお店の近くで、人間の殺しは御法度よぉ」

「解っておる。ほれ、お主ら出てこい」

 

 屋台の女将――ミスティアも妖怪だ。

 女将に頷き、狸の大将があごをしゃくると近くの茂みから割れた皿や欠けた急須等の古い食器たちが手足や口を生やした姿でぞろぞろと青年の元へと向かって行く。

 この地で新たに揃えた、二ツ岩大明神の百鬼夜行だ。

 

「九平次よ。証文に従い、お主の命を()()()()()()

「ま、待って――あ、あぁぁあぁぁぁぁぁ!」

 

 小人が巨人を運ぶように、九平次は食器の付喪神たちによって茂みの奥へと引き摺り込まれた。

 やがて、犠牲者の悲鳴も聞こえなくなってから、マミゾウは杯に残っていた酒をあおる。

 

「ふぃー。女将よ、茶番に付き合わせてすまんかったの」

「良いの良いの。久々に上質な畏れが食べられたし、むしろこっちがお礼を言いたいくらいよ」

 

 ミスティアはそういって、からからと笑う。

 人間の恐怖心を「食らう」妖怪にしてみれば、今の一幕は中々に美味なる一時だったようだ。

 肉を食らえば力になる。男を食った付喪神たちもまた、更なる成長を遂げるだろう。

 上機嫌の店主から視線を外し、マミゾウは青年の連れ去られた茂みの向こうを見やる。

 

「――阿呆が」

 

 本当に、それ以外の言葉が出て来ない。

 多少同情の余地はあるものの、あの青年は女を殺して奪った出自不明の怪しい金で豪遊していたのだ。

 その同情も、帳消しになるほどの愚かさである。

 愚かだ。本当に愚かだ。

 逃げる為に、女を追いつめた男も。

 逃さぬ為に、男を追いつめた女も。

 そして、この結末に至る未来を予期しながら、それでも金を貸した妖怪も。

 とはいえ、マミゾウが貸さなくとも、女はそれこそ誰かを殺してでも金を工面していただろう。

 早いか遅いかの違いはあれ、どの道二人の関係が破綻していたのは間違いない。

 

「まったく、取らぬ狸の皮算用じゃろうて」

 

 それは手向けか、己へ向けての戒めか。

 冷たく浮かぶ空の月を見上げながら、事件の終わりにマミゾウはしみじみと呟きを漏らした。

 

 

 

 

 

 

 後日、再び人里の河川敷を訪れたマミゾウが目にしたのは、川べりに置かれた沢山の花たちだった。

 丁度花を置いている者たちが知り合いだったので、これ幸いと近づいて行く。

 

「これはこれは。アリスと小鈴殿とは、この間振りの顔ぶれじゃな」

「こんにちわ」

「あ、こんにちわ!」

 

 マミゾウに気が付いた二人は、それぞれに挨拶を口にする。

 

「これは、あの娘への弔いか?」

「えぇ、こんなに沢山集まるなんて、慕われていたのね」

「聞いた話では人里に身寄りがないそうで、無縁塚へ埋葬されるそうです」

「そうか」

 

 墓の代わりに持って来たのだろう、縦長の岩の前へそれぞれ花を供え両手を合わせて冥福を祈る。

 

「失踪した婚約者の方の捜索も、打ち切られるそうよ。恐らく、後追いだろうからって」

「……そうか」

 

 明かさぬ方が良い真実もある。

 真相を知っているはずのアリスは、祈りを終わらせてから白々しく語る。

 ろくでもない二人であったが、それは彼らの一側面でしかない。

 知り合いには、優しかったのかもしれない。

 客相手には、愛想が良かったのかもしれない。

 しかし、それも所詮は終わった話だ。

 どれだけ祈ろうと、願おうと、二人はこの世界から永遠に旅立った。

 マミゾウは弔花の代わりにと後ろ腰に吊るしていた陶器の酒瓶を右手で持ち、入っていた濁酒(どぶろく)を墓石へと掛ける。

 

「せめて、安らかに眠るが良い」

 

 被害者も、加害者も、皆諸共に死に果てた。

 後は、三途の川の死神と閻魔の仕事だ。

 物悲しさだけを残す劇の幕引きとして、人と妖怪を知る(おきな)が心からの願いを送るのだった。

 




来年も、よろしくお願いいたします。
それでは皆様、良いお年を。

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