東方有栖(アリス)伝   作:店頭価格

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今度は早苗っつぁん!
シリアスが長くなるのは、もう諦めました(泣)

今までよりも捏造設定が多数なので、苦手な方は注意です。



12・ポケットの中の奇跡(前)

 ――先輩は、なんで私みたいな変な子の事、気に掛けてくれるんですか?

 ――早苗。自分で自分を、「変」だなんて言うものじゃないよ。

 ――自分で解っているから、良いんですよ。他の人には見えないものが見えて、出来ない事が出来たら、それは変な子です。

 ――君の力は、今は他の人に理解されていないだけだよ。科学では解明の出来ない不思議や秘密なんて、この世界にはそこらじゅうに溢れてる。

 ――私が聞きたいのは、そういう事じゃありません。

 ――そうだねぇ。強いて言うなら、後輩を守るのは先輩の義務だから――なんてどうかな?

 ――……先輩風、吹かせ過ぎです。

 ――はははっ、ごめんごめん。お詫びとして、帰りにたい焼きでも奢ってあげようか。

 ――いりませんよ。私、物で釣られるような安い女じゃありませんから。

 ――本当にいらない?

 ――……いります。

 ――うん、素直でよろしい。

 

 

 

 

 

 

 懐かしい、夢を見ました。

 私、東風谷早苗が外の世界に置いて来た、過去の残滓。

 幻想郷には持って来なかった、私のしがらみ。

 思い出したら、何だかたい焼きを食べたくなって来ちゃいましたね。

 今度、お昼のおやつに作ってみましょうか。確か、家庭で作る用の鉄板をどこかにしまっておいたはずです。

 なければ、河童のにとりさんに依頼して、作って貰えば万事解決でしょう。

 ですが、残念ながら今日はダメです。

 本日は、アリスさんととある所用がありお昼を作る時間はないでしょう。食べる時間も、あるかどうか。

 鳴り始める前の目覚まし時計を止め、布団から起き上がった私は、着替えと身だしなみを整えて朝一番の日課に乗り出します。

 外の世界でもやっていた、布教の一環。

 僅かに空が白じみ始めた、日の出前。私は手持ち式の拡声器を片手に、靴を履いて境内へと歩き出ます。

 肌に刺さる寒気に白く染まった息を吐き出しながら、そのまま境内の端まで進んで石段の手前で立ち止まり、全力で息を吸い込む事で準備は完了。

 拡声器を口の前へと構え、私は肺の空気を力一杯吐き出します。

 

「幻想郷の皆様、おはようございます! 妖怪の山、守矢神社より東風谷早苗が、本日の日の出をお伝え致します!」

 

 音量を最大まで上げた拡声器から、私の声が幻想郷の全土へと響いて行きます。

 実際は、妖怪の山の片側とその近隣までぐらいでしょうが、要は気持ちの問題です。ものの本にも「想いは届く」とあったので、きっと私の声はその先々まで届いているに違いありません。

 早起きは三文の徳です。毎日コツコツと布教の徳を溜め込んでいけば、その内きっと億千万の信仰へと届く事でしょう。

 

「希望の朝、信仰の朝でございます! 大空と御柱を見上げ、何時も心に喜びと信仰を! 皆様、今日も一日元気に過ごしましょう!」

 

 地道でありながら、確実な一歩を進んで行けるという無駄のない発想。まったく、時折自分の才覚が恐ろしくなりますね。

 機械が使えなくなった時の為に、メガホンなども用意してはいましたが、にとりさんたち河童の技術があればこれから先も安心です。

 この奇跡。これぞ正しく、厚い信仰の賜物と言えるでしょう。

 さぁ、私も太陽や寒さに負けずに頑張りましょう!

 

 

 

 

 

 

 香霖堂。

 人里と魔法の森の中間地点に居を構える、異国風の外装をした建物だ。

 店内の商品は、縁者の居ない無縁仏の行き着く先、通称無縁塚から手に入れて来た外の世界の品で溢れている。

 なぜ、無縁仏の墓場から外の世界の品が手に入るのかといえば、外の世界から幻想郷へと迷い込んだ外来人の大半が、妖怪に食われて死ぬからだ。

 幻想郷での身寄りがない外側の死が溢れた結果、その場所は外の世界との境界はおろか、存在そのものの境界すら曖昧になってしまうようになった。

 そんな、狭間の揺らぐ超危険地帯に、外の世界で忘れられた品が流れ着くようになったという訳だ。

 忘れられた品とは、「人々の記憶から失われ、幻想となった品」という意味と、そのまま「どこかで誰かが忘れた品」という二つの意味が混ざっている。

 店内を良く見れば、記憶にある新型の携帯ゲーム機などが普通に置いてあるので、かなり驚く。

 まぁ、充電器がないので充電が出来ない状態で、仮に充電出来たとしてもソフトがない上に画面が割れてて映らないという、結論から言えば欠陥品なのだが。

 名前と用途が解るのに使い方が解らないというこの店の店主、森近霖之助の能力である「道具の名前と用途が判る程度の能力」と同じ、中途半端で片手落ちの道具たちがひしめいているのだ。

 

「いらっしゃい」

 

 そんなごみ屋敷――ごほん、本人にとっては宝の山であろう店内には見向きもせず、カウンターとして置いた机を挟んだ奥に座る霖之助に大股で近づいた早苗は、とあるものを彼の目の前へと掲げて真剣な顔でこう言った。

 

「――霖之助さん。何も聞かずに、これを着て下さい」

 

 その手に持つは、一着のセーラー服。

 彼女が、外の世界から持って来た服の一着らしく、男の霖之助では丈が合わず着れば寸足らずになる事受けあいだ。

 

「嫌だよ」

 

 霖之助の返答は、思考の余地すらない即答だった。当然だ。

 これで、もしも彼が一瞬でも迷いを見せていたならば、私は霖之助への評価を大幅に修正しなければならなかっただろう。

 

「何でですか!? 絶対似合いますって!」

「早苗……まずは説明が先よ」

 

 しかも、説得の趣旨が完全にズレている。

 早苗から、「自分に任せてくれ」と自信満々に言われたので、一先ず交渉を任せてみたが案の定だ。

 

 何で、今の説得で上手く行くって思えるのかなぁ……

 ねぇ、神奈ちゃん、ケロちゃん。この娘、育て方間違えてない?

 

「あぁ、アリスも来ていたのかい。これは、どういう意図での営業妨害なのかな?」

 

 ごもっともな感想を漏らしながら、然して感情を高ぶらせてもいない平静のままで、霖之助は早苗の後から店に入った私を見ていた。

 早苗に聞くよりも、私に聞いた方が話が早いと判断したのだろう。極端に無駄を嫌う性格ではないが、こうした常に冷静な部分を持つ彼に感謝だ。

 

「道具屋の店主としてではなく、半妖としての貴方に依頼をしに来たの」

「女装の依頼をかい?」

「えぇ、結論から言えばそうなるわね」

「なら、まずは過程を説明して貰おうか」

 

 私と霖之助との会話は、お互い誤解しようもなく枯れている事もあって至極スムーズだ。しかも予想通り、例えこんな変態染みた依頼でも聞くだけ聞いてくれる。

 事の始まりは、今月の初め。

 人里に住まう一人の女性が、里の外で惨殺死体で見つかった。

 それ自体は、然して珍しい事ではない。

 幻想郷では、人里の中に居る限り妖怪が人間を襲ってはならないという掟がある。

 だが、畑や田んぼ、牛や豚などを放牧している牧場や漁の出来る大きな河川、妖怪の山の一角にある砂鉄の採れる鉱道など、人里の人間は必然的に里から外出をしなければ日々の生活がままならない。

 穿った見方をするならば、それは妖怪が人間を襲えるよう取り計られた、幻想郷の人間の義務だとも言えるだろう。

 産んでは増える人間を、妖怪が間引く。

 無縁塚に溢れているように、幻想郷の人間にとって「死」とはとても身近な存在なのだ。

 だが、この件に関しては少々事情が異なっていた。

 食われるでも、何かを奪われるでもなく、ただ思うままに切り刻まれた同様の死体が、それから立て続けに三件。

 その全てが女性であり、いずれも人里の外で発見された事から同じ妖怪の犯行と断定し、里の妖怪退治屋たちが調査を始めた結果、その内一人の女性が返り討ちにあって殺され合計五件目。

 「異変」ではなく「事件」。幻想郷の営みから外れた、埒外の連続殺人。

 弾幕ごっこなどという娯楽とは違う、幻想郷の持つ影の部分。ここまでになると、スペルカードルールはもう適用外だ。

 だが、この程度の事件であれば妖怪の賢者は動かない。彼女が動くのは、あくまで幻想郷そのものが危機の時だけでしかない。

 人里からの依頼で、遂に博麗の巫女が動き出す前後から、別の者たちもこの事件を追って動きを進めていた。

 ある者は、同様に人里からの依頼を受けて。またある者は、純粋な正義感と僅かな欲で。

 その内の二人は、私の良く知る人物だった。

 霊夢のライバルを公言する普通の魔法使い、霧雨魔理沙と、博麗神社のライバルとして出現した守矢神社の風祝(かぜはふり)である、東風谷早苗。

 幻想郷の管理者である、博麗の巫女よりも先に事件を解決出来たならば、当然その人物への評価は上がる。

 不謹慎な話に聞こえるかもしれないが、こういった事態でも解決を競うからこそ、魔理沙や早苗は博麗の巫女という幻想郷の頂点に並び立つ資格が生まれるのだ。

 勿論、事件の早期解決を願うのはどの陣営も同じなので、対価を支払う形で協力を仰いだり、互いの情報を交換し合ったりもする。

 この際、無償ではなく対価を支払うのは、一方的な搾取ではなくあくまで互いの関係が対等だという事を証明する為。

 今回の私は、早苗からの依頼を受けた途中参加の協力者、という立ち位置を取っていた。

 私とて、幻想郷に住んでしばらく経つ身だ。巻き込まれたり、自分の意志であったりと、こういった事件に関わった回数も少ないがなくはない。

 相手は恐らく、短期間で何人もの人間を快楽の為に殺した極悪妖怪。早苗への心配もあり、久しぶりに結構マジな気合を入れて来た私である。

 魔理沙に関しては、それほど心配はしていない。彼女は生粋の幻想郷出身者なので、最近引っ越して来た早苗よりも危機管理能力は断然高いからだ。

 無茶も無謀もするが、命の懸け時を間違える娘ではない。

 

「この事件の犯行現場と死体には、全てに女性にしか知覚出来ない砂糖を焦がしたような甘い匂いが確認されているわ。実行犯が、女性限定で作用する何らかの能力持ちである可能性は高いでしょうね」

「つまり、その能力が通用しないだろう男の僕に、女装して囮になれと言う事だね。大丈夫なのかい?」

「匂いへの対策は練って来ているわ。人間よりも遥かに頑丈な半妖である霖之助さんなら、万が一が起こった時もある程度なら大丈夫でしょう?」

 

 それに、霖之助は長身ながら細身だ。

 化粧で彫りの深さなどを誤魔化してやれば、女装させても然程違和感なく仕上げられるだろう。

 

「僕は、ただの道具屋の店主だよ」

「ただの道具屋の店主は、魔理沙の持っている八卦炉何て危険な魔道具を作れたりはしないわ」

「作れるだけさ」

 

 霖之助は謙遜しているが、私の目は誤魔化せない。

 

 ぬふふっ、キーングスキャーン。

 

「――抑えている、その妖気の強さに関しては?」

「……解るのかい?」

「それなりには、ね」

 

 私の見える精神世界面(アストラル・サイド)は、相手の純粋な内面の強さを読み取れるので一種の計測器(スカウター)みたいな役割もこなせる。

 完全に封印をしているならともかく、普段から抑え込んでいる程度なら私にとってその人物の内在する魔力や妖気などの総量は、一目瞭然なのだ。

 とはいえこれも、ある程度以上の強さからは平時と戦闘時のふり幅が非常に激しくなるので、一応の参考程度といった所だが。

 私から見て、霖之助の妖気はかなり高い。木っ端妖怪は言うに及ばず、八卦炉みたいな自作魔道具で身を固めれば、大妖怪クラスとも正面から戦り合えるかもしれない。

 

 あの無縁塚から何度も帰って来ている時点で、霖之助が只者ではない証明は十分だしね。

 

 とはいえ、彼はインドア派で出不精なので、実際の戦闘能力は完全に未知数だ。だが、もし仮に傍で戦闘になったとしても、人里に住むただの人間よりは冷静な対応を期待出来る分安心だろう。

 

「アリス。ひょっとして、作戦を立てたのは早苗かい?」

「大体は。霖之助さんを推したのは私よ」

「……不安しかないんだが」

「でも霖之助さん、今月も実入りは殆どないのでしょう?」

 

 それとは別に、私が霖之助を誘う理由はもう一つあったりする。

 

 魔理沙から聞いて、知ってるんだぜぃ?

 霖ちゃんの最近の主食って、砂糖と水だけなんだってねぇ。お前は虫か。

 彼女も口では呆れてる振りをしてたけど、多分内心で相当心配してたよ?

 これで、魔理沙が霖之助に毎日ご飯を作って差し入れをするぐらいの仲なら、私もほっこり楽しいんだけどね。あの娘はあの娘で、最近ジリ貧らしいからなぁ……

 

 まぁ、そういった諸々の事情からも、今回の共同戦線に同意して貰いたい私は、こうしてらしくもない仕事を彼へと頼み込んでいる訳だ。

 

「依頼金は、人里から出される解決報酬の二割。久しぶりに、まともな自炊食か人里で暖かいご飯が食べたい頃じゃないかしら」

「的確な交渉だね」

 

 半妖という肉体を持ち幾ら身体が丈夫で無茶が利くといっても、霖之助は寿命と食を捨てた魔法使いである私と違って、人間よりは軽いが腹も減れば欲求もある健全な男子だ。

 魅惑的な餌をチラつかせれば、迷わない訳がない。

 

「良いだろう。その依頼、受けるよ」

「ありがとう、霖之助さん」

 

 うっし。これで事件が解決すれば、魔理沙の心配もなくなって万々歳だよ。

 

 例え、他陣営が事件を解決したとしても依頼金自体は支払い確定なので、私への報酬を含めて守矢のポケットマネーから出して貰えば良い。

 

「お化粧を含め、私とアリスさんで完璧に仕上げてみせますよ! ですから、霖之助さんは安心してコレに着替えて下さい!」

 

 今まで黙っていた早苗が、鼻息荒く俄然やる気を出して両手を握り、セーラー服を霖之助へと突き出す。

 

「早苗。君の台詞のどこに、安心出来る要素があるんだい?」

「全てにです!」

 

 いやさ、セーラー服から離れようよ早苗。そんな恰好の人がいても、多分犯人から警戒されるだけだからさぁ。

 ――という訳で、私の持って来た服に着替えようか。霖ちゃん!

 

「無論、やるからには私も全力を尽くすわ」

 

 私も早苗と同様に、手に持つトランクに今回の作戦用として霖之助に着せる女性向けの服を自作して来ている。

 男性相手の化粧は初めてだが、基本は女性と変わらないだろうから問題はあるまい。

 

 ふふふっ、腕が鳴るぜい。

 

「……もうすでに、前言を撤回したい気分だよ」

「余り化粧の色を濃くし過ぎると、却って違和感の方が強くなりそうですから、原色は避ける形が良でしょうか」

「そうね。カツラとかの小道具も持って来たから、色々と試行錯誤をしてみましょう」

 

 化粧道具を揃えて相談を始める私たちに、霖之助の虚しさを含んだ声は届かない。

 

 任せておきなって。今から私と早苗が君を、幻想郷の一番星にしてみせるからさ!

 さぁ、ご一緒に! シャバドゥビダッチヘンシーン! シャバドゥビダッチヘンシーン!

 

 私も私で、微妙に趣旨が違うのを棚上げにしてテンションを上げつつ、早苗と共に霖之助のメイクアップを開始するのだった。

 

 

 

 

 

 

 さて、私たちの取る作戦は至って単純だ。

 変装させた霖之助を、五件の犯行現場と被害者の目撃情報が途絶えた最後の場所から逆算した、次の犯行予定地に歩かせ相手が釣れるのを待つだけ。

 成功する確率は、恐らく二割以下といった所だろうか。

 この作戦は早苗の発案で、私はそこに囮として適任の人物として、香霖堂の店主を推薦しただけだ。

 直感と実力の伴った霊夢が動き出した時点で、解決は目前だろう。私も霖之助も、下手に出しゃばるより彼女に任せた方が確実だと感じているので、早苗には悪いがあえて作戦の成功率を上げる為の助言はしなかった。

 とはいえ、当然成功した場合の対策もちゃんと用意してはいる。魔理沙との情報交換で、相手のおおよその脅威についても確認済みだ。

 魔理沙が事件を追って研究した結果、現場に残っていた匂いそのものに毒性や幻覚作用などはないそうで、彼女は「あくまで女性がある程度その匂いを嗅ぎ続ける事が、能力の発動条件なんじゃないか」と推測していた。

 魔法の森の胞子を遮断する魔法で対策は可能だろうが、私と早苗、それと大事を取って霖之助に同時に魔法を掛けて維持しようとすると、そちらに集中力を取られて私が戦闘時に使える魔法が制限されてしまう。

 なので、今回は魔法を使わずに特殊な薬を使用する事にした。

 三人の懐に忍ばせた私の調合薬は、鼻先に塗り込む事で一時的に嗅覚を麻痺させる効果を持つ。それで匂いへの耐性を付け、犯人の能力を無効化するのだ。

 魔法は万象に通ずる道。

 勉強を続ければ、私でもこの程度の薬品作りなら出来る。錬金術万々歳だ。

 現在の霖之助の恰好は、白を主色とした厚手のロングコートに、同色のロングスカート。足は黒皮の女性用ブーツ。

 顔の側面を隠す為にセミロングのカツラをしたり、首と肩幅を誤魔化す為に淡い色のモフモフマフラーをしたりと、やや着膨れ気味の立ち姿だ。

 人里の服屋では和服が主流だが、一部の店舗では洋服も扱っており、たまのお洒落として着こなす者もちらほら居るので、霖之助の姿にも強い違和感はない。

 

 霖ちゃんはイケメンだから、素材が良くて何でも似合うよね。

 本人はかなりげんなりしてたけど。どんまい。

 

「うむむ、来ませんねぇ」

「始まったばかりよ。焦りは禁物」

 

 どこから持って来たのか、早苗から渡されたアンパンと牛乳瓶を片手に、探偵ものに出て来るようなつば付き帽子を被った私と早苗が、路地の裏から時折位置を移動しつつ霖之助の徘徊する様子を眺める。

 この辺りは、新しく増築された西側に入居者を取られ、民家は多いが住んでいる人や人通りはかなり少ない。慧音に聞けば、いずれ大規模な施設を建てる予定らしいとの事だったが、彼女も詳しくは聞いていないそうだ。

 潜むにも襲うにも、絶好の場所。

 

「あ、霖之助さんが声を掛けられましたよ!」

「あれはただの人間ね。普通にナンパじゃないかしら」

 

 精神世界面(アストラル・サイド)からの視認によって、正体を見抜くのもお手の物である。便利過ぎて、もうこれなしには生活が出来ないほどだ。

 

「あわわわ、霖之助さんピンチです!?」

 

 元気良いね。

 作戦の内容もそうだけど、この娘本当に大丈夫なのかなぁ……

 

 彼女の保護者である、軍神と土着神の二人から出撃許可が降りている事を考えれば、大丈夫だとは思うのだが。

 

「も、もしも無防備な霖之助さんが強引に迫られちゃって、その後その後……きゃー、もう、霖之助さんのエッチィ!」

 

 エッチはおまいだよ。

 

 今の妄想に耽る姿を見る限り、果てしなく不安である。

 漏れてくる言葉の端々から、どんな場面を想像しているかが何となく解ってしまう自分の理解力が、心底恨めしい。

 そんなおバカなやり取りをしながら、霖之助がナンパを断り続ける事十件以上。

 日も傾き始め、段々霖之助への罰ゲームなんじゃないかと思え始めて来た頃に、その男はやって来た。

 距離を離しているからか報告にあった甘い匂いは感じ取れないが、明らかに人間ではありえない妖気を漂わせた、人とは異なる精神(アストラル)体を持つ男。

 人間の姿を取ってはいるが、いかにも小悪党ですといった下卑た顔に見えるのは、私の勝手な心情を写してのものだろうか。

 人里に訪れる妖怪は、人間を捕食しない者か大妖怪クラスの二択である事が大半だ。でなければ、人間という餌が大量に居るこの場所で我慢が出来ない。

 なので、恐らくは当たりだろう。

 

 あいたたたー、釣れちゃったよ。おい。

 

 妖気はかなり低く、ギリギリ人に変化出来る程度の中級とも言えないような妖怪だが、能力持ちならば油断は禁物。

 現に奴は、人里の妖怪退治屋を一人返り討ちにしているのだ。甘く見れば、こちらが足元をすくわれる。

 私は内心複雑な気分になりながらも、標的の来訪を受けて即座に鼻先へと薬を塗り込むと、霖之助の着ている服のポケットに忍ばせておいたミニ人形で、彼に合図を送る。

 

「――ん? アリスさん。この匂いって」

「来たわ。準備して」

 

 別の世界に旅立っていた早苗が、鼻をひく付かせて現世へと帰って来てくれたので、薬を渡して嗅覚を遮断して貰う。

 

 私は何も感じないのに、早苗って嗅覚鋭いね。

 後、ここからは多分シリアス路線だから。早苗も真面目に行こうね。

 

 彼女が匂いを感じた事で疑惑が確信となり、作戦は第二段階へと移行する。

 

「ここはまだ、民家も人目もある。恐らく、アイツは人里の外に霖之助さんを連れて行くでしょうから、その時に消滅させるわよ」

「はい、解りました。いよいよですね」

 

 僅かに緊張した面持ちで、早苗は背からお払い棒を取り出して両腕を握り、気合を入れ直す。

 「倒す」のではなく「滅す」。幻想郷の仕組みに仇なす悪党妖怪には、その存在ですら許される権利を持たない。

 

 幻想郷は、全てを受け入れる。

 だから、私たちが奴を受け入れない事もまた、理想の園は受け入れる。

 それはそれは、残酷な話なのだ。

 

 ついでに、食べかけのアンパンと牛乳瓶と帽子も近くに置いて行く。

 気取られないように細心の注意を払いながら、段々と人里の出口へと向かう二人を追跡していく私と早苗。

 相手の能力は、恐らく女性限定への催眠か幻覚。或いは、精神干渉的な類のものだと推測出来る。

 距離が遠く、霖之助の持つ人形から聞き耳を立てても会話は聞こえてこないが、現れた妖怪は霖之助が大人しく従っている事に違和感を感じていない様子だった。

 

「この、犯人を追い詰めている感覚。テレビドラマの刑事になったみたいで、ドキドキしますね」

「早苗、真面目にやりなさい」

「真面目ですよ。真面目にドキドキしてるんです」

「早苗……」

 

 シリアス路線が台無しである。

 まぁ、変に緊張されるよりは遥かにやり易くはあるし、私もやり取りに硬さを抜かれ自然体で事に挑めそうだ。

 

「霖之助さんに合図を出して退いて貰うから、私と貴女で一気に仕留めるわよ」

「あいあいさーです」

 

 右手で敬礼をしながら、しっかりと頷く早苗。彼女にとっては、これが一番真面目な対応なのだろう。

 無軌道で夢見がちな女子高生。東風谷早苗は、こんな場面でもひょうきんさを忘れず、それがどこか憎めない。

 これもまた、人徳の一つといえるのかもしれない。

 

「ふふふっ、こうして知り合いの方と一緒に作業をしていると、昔を思い出します」

「昔――外の世界での話かしら?」

「秘密ですよ。乙女のひ・み・つ」

 

 口では楽しそうに言っているが、私は早苗の表情が若干かげったのを見逃さなかった。

 この娘は、外の世界から幻想郷へと渡って来た。二柱の神と信仰の為、現実を捨て幻想で生きる事を決めて。

 外の世界での彼女の生活や、決断に至った最終的な経緯などは原作では語られていないし、私も彼女から直接聞いた事はない。

 外の世界で生きていた早苗には、当然そちらでの繋がりもあったはずだ。それらを全て放棄してでも別の世界へ移るには、相当な覚悟が必要だったと思う。

 私は、何時か彼女の中でその時の事が語れるほどの過去へと変わった時、思い出話の一つとして教えてくれるのを待つばかりである。

 

 あ、外の世界と今の妄想してる姿で思い出したけど、早苗って薄い本とかも知ってるのかな。

 知ってたら……ヤバイよね。

 

 彼女は、外からの影響を受け易い娘だ。

 信仰の為とか言って、自費出版の創作本を発行し出さないか本気で心配になって来た。

 

 うぅ、レティやみすちー、それに小悪魔とかと仲良くなった時の事を考えると、最悪な方向の未来しか思い浮かばない……

 博麗神社の宴会で、彼女たちと顔を合わせる機会は多いだろうし、手遅れになる前にご両神に相談しないと。

 

 幻想郷が、腐海や百合畑に沈むのだけは断固として阻止せねば。

 

 幻想郷の未来は、私が守る!

 

 追跡を継続しながら、私は鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌の早苗を見下ろしつつ、幻想郷の平和を守る為に別種の覚悟を固めていた。

 


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