そうそう、こういうのが書きたかったんだよ。
トントントンっと、遠くから聞こえて来た包丁の踊る小気味の良い音によって、博麗霊夢は目を覚ました。
彼女の住む博麗神社には、彼女と最近勝手に居座った居候の二人しか住んでいない。
何日も居なくなったり、帰って来てはすぐ出て行ったりと、居候とはほとんど名ばかりの小鬼は酒を呑むだけの穀潰しなので、家事などしない。
では誰が――そこまで考えた所で音が止み、今度は誰かが板張りを歩く音が近づいて来る。
開けられた障子の先から、金髪の人形遣いが顔を出した。
「――おはよう、霊夢」
「おはよう、アリス」
どうやら、料理をしていたのはこの魔法使いだったらしい。
今日の空模様は、生憎雪を降らせる曇天なので時間帯はなんとも言えないが、少なくとも昼を過ぎてはいないだろう。
「何か用事かしら」
「どちらかと言うと、用事をしたからここに居るのよ」
何かの急用かと起き上がり掛けた霊夢へ向けて、アリスはほんの僅かに呆れを含んだ口調で告げた。
「――あぁ、そう言えばそうだったわね」
レミリア、萃香、神奈子。
昨日の宴会で、興が乗り過ぎたバカ共が酒瓶片手に暴れだし、境内を滅茶苦茶にしてくれたのだ。
全員に特大のお灸は据えたものの、修繕を諦め通れるように瓦礫をどかすだけでも朝まで時間が掛かり、片付けを手伝ったアリスと魔理沙はこの博麗神社に一泊したのだった。
「ご飯、もうすぐ出来るわよ。疲れているようなら後で温め直すけど、どうする?」
「今食べるわ」
何気に、アリスの料理は美味い。
人形遣いという凝り性で職人的な性質からか、人間と同じ食事を取る彼女の作れる料理は品目も多く腕も確かだ。
それを後で食べるなどしては、犠牲となった食材に失礼というものだろう。
「そう。それじゃあ、魔理沙を起こすのはお願いするわね」
何時もの通り、見た目だけは素っ気なく言って、アリスは再び調理場のある土間へと戻って行く。
彼女には、心や感情がないのではないか。彼女を知らない人里の者などは、アリスを時折そう評価する。
付き合いが長くならないと解らないとはいえ、彼女も不憫な体質の持ち主だと、霊夢は僅かに同情した。
寝巻き姿のまま仕切られたふすまを開ければ、奥の部屋で腐れ縁の魔法使いが布団を蹴脱いであられもない恰好を晒している。
「ぐ~~、すぴょ~~」
未だ、男女の機微というものが良く解らないと自覚する彼女であっても、これは間違っても男には見せられないと判断出来るほどの寝相を披露する友人に近づき、ゆっくりと片手を振り上げる霊夢。
そこに出現するのは、博麗の秘宝であり彼女の相棒兼武器でもある、手の平に収まる陰陽模様をした球体――陰陽玉だ。
「……うぇへへへぇ、あたしのかちだじぇいれいむ~……うぷぷっ――」
その寝言を聞くか聞かないかは、果たして後の展開を左右しただろうか。
霊夢は魔理沙に一言すら声を掛けず、陰陽玉を手に持てるギリギリのサイズへと巨大化させた後、その一撃をねぼすけの脳天へと振り下ろした。
◇
博麗神社で一泊した私は、皆より早く起きた為朝食の準備を買って出ていた。
宴会などで度々利用する事もあり、土間の食材や調味料の位置なども把握済みだ。
今日の朝食は、材料の兼ね合いもあって白米に味噌汁といった完全な和食である。
私好みで少し甘めの卵焼きに、ごまを乗せた大根と里芋の煮物。塩もみしただけの、白菜の浅漬け。
宴会の余りで豚肉が少々残っていたので、薄切りにした後にさっと湯を通し、ごまダレをかけてレタスなどの上に乗せ、冷しゃぶサラダにしてみた。
実は料理に関しては、私は大図書館に頼る前から結構なレパートリーを持っている。
お袋の味である煮物系にも隙がなく、「日々の糧への礼を忘れてはならない」、とか、「命を振舞う行為をぞんざいにしては、食材に失礼だ」などといった考えも自然に浮かんでくるので、記憶元の人物は結構な年齢だったのか、料理を生業とする職種だったのかもしれない。
まぁ、私だけの矜持なので誰に押し付ける気もなく、単なる心構えみたいなものだが。
全ての命と食材に感謝を込めて――いただきます。
萃香は、昨日暴れてそのまま逃亡中――もとい外出中との事で、食卓を囲むのは私、霊夢、魔理沙の三人だ。
居間に置いたこたつに入り、足を温めながらのんびりと食事を取る。
「……酷い目に遭ったぜ」
居間で料理を並べている最中に、とんでもない打撃音と魔理沙の絶叫が聞こえて来て驚いたが、どうやら無事だったらしい。
そんな彼女は今、シャツにパンツだけの就寝姿のままで頭に巨大なたんこぶを作り、不満顔をしながら油揚げと長ねぎの味噌汁をすすっていた。
この場に女しか居ないとはいえ、完全に我が家感覚である。叱って着替えさせようかとも思ったが、彼女がそれだけこの場所でくつろいでいる証拠でもあるので、見逃す事にした。
傍で火鉢も焚いているので、室温は十分に高い。薄着でも、風邪を引く可能性は低いだろう。
「貴女が起きないからでしょう」
「だからって、いきなりあんな硬い玉で殴る奴があるか!」
「ほら、ケンカしないの」
二人が仲が良いのは解ったから。
ご飯冷めちゃうよ?
「保護者面するなって前から言ってるだろ、アリス」
うぇーい。
こっちにまで飛び火しちゃったよ。
魔理沙は、私が忠告などをする度に不満顔になってしまう。理由は解らないが、どうやら子供扱いされていると感じるらしい。
そんなつもりは全然ないんだけど、言っても信じてくれないだろうなぁ。
ここで私が、強硬手段で魔理沙に対しゴローちゃん式アームロックを仕掛けようとしても、私の身体能力ではぐーパンか肘鉄で反撃を食らってしまうのがオチだ。
なのでここは、無表情を活かしたメンチビームで勝負を仕掛ける。
「――魔理沙」
「な、何だよ?」
「美味しい?」
「……さぁな」
良し、勝った。
喋ったり騒いだりは構わないが、ギスギスした空気だとご飯の味が落ちてしまう。
食べる時は、皆で楽しく囲うから団欒なのだ。
味噌汁で口の中のものを流した霊夢が、魔理沙を見ながら呆れ気味の溜息を漏らす。
「へそ曲がりは大変ね」
「何が言いたいんだよ、霊夢」
「思い当たる節があるなら、そういう事よ」
どういう事よ。
アリスちゃんは、全然解らんのですが。
魔理ちゃん、解る?
そう思って魔理沙に視線を向けると、あからさまに顔ごと逸らされた。
鬱だ……
思春期少女がデレてくれる日は、まだまだ遠そうである。
「しかし、何もしなくても美味しい料理が出て来る生活は本当に魅力的ね。アリス、いっそここに住まない?」
「アリス、止めとけよ。この自堕落巫女をこれ以上甘やかしたら、本当にただの駄目人間になっちまうぜ?」
今度は、中央に置いた冷しゃぶサラダの豚肉を奪い合いながら、二人が交互に話し掛けて来た。
私としては、家で人形作りや魔法の研究があるので、どの道この神社に居候するという選択肢はない。
だが、そんな私の回答を必要としないまま、二人の会話は続いていく。
「そういう台詞は、アリスに自分の部屋の片付けを頼らなくなってから言いなさい」
「あれは、アリスが勝手にやってるんだよ。私は別に頼んでない」
「はいはい」
「霊夢だって、どうせ似たようなもんなんだろ?」
「さて、ね」
「だから、ケンカしないの」
なにこの無限ループ。
食事が終わるまでの間、霊夢と魔理沙は終始似たようなやりとりを続け、私がその度に二人を止めるという展開が繰り返される。
流石は相棒というか、霊夢と魔理沙の息はぴったりだ。
続けられる二人の応酬は、ケンカしているというよりはどこか牽制し合っているような、そんな印象を感じる事が出来た。
だが、何に対してとなると私の貧困な想像力では到達出来ない。
仲の良い二人のじゃれあいに挟まれ、私は朝食を食べるだけでぐったりだ。
一体、なんだったんだろうね。
私の自問に、答えは出ない。
◇
食器の片付けを済ませ、居間のこたつに霊夢と着替えた魔理沙。障子を隔てた縁側には、アリスが座っている。
何もない時間。
だからこそ、貴重な時間。
「あー、暇で暇で忙しいぜー」
こたつに突っ伏した魔理沙が、両腕を伸ばしただらけきった姿勢で、そんな事を言っている。
「なぁ、れいむー。弾幕ごっこしようぜー?」
「嫌よ。このクソ寒い中、外になんて出たくないわ」
「アリスは出てるじゃないか」
「何で、アリスが基準なのよ」
庭に積もる雪を眺めたいと、障子の向こうに居る彼女には聞こえているのかいないのか。
なおも縋る魔理沙を適当にあしらっていた霊夢の直感に、何かが引っ掛かった。
悪い感じはしない。だが、騒がしくなりそうな予感はした。
「面倒事じゃないでしょうね」
「何がだ?」
「あーりーすー」
頭を掻く霊夢に、魔理沙が怪訝な表情で質問した時、外から誰かがアリスを呼びながら近づいて来る声がしてくる。
魔理沙がこたつを抜けて障子を開けると、そこはルーミアがアリスの膝元へと力一杯抱き付いている場面だった。
「ルーミア? それにチルノと大妖精も」
「やっと見つけたわ、アリス! かくれんぼはあたいの勝ちね!」
「あ、霊夢さん、お邪魔します」
「私も居るわよー」
アリスの前には、何時から勝負が始まっていたのか胸を反らして勝ち誇るチルノの隣と後ろに、礼儀正しく頭を下げる大妖精と、冬の妖怪であるレティが片手を振りながら立っていた。
「大勢で、一体どうしたの?」
「アリスと一緒に遊ぶのだー」
「この娘たちがね、アリスと遊びたいって探していたから、案内してあげたの」
アリスが問えば、ルーミアとレティが笑顔で別々の答えを返す。
「案内してあげたって……アンタも他のも昨日の宴会には参加しなかったのに、何でアリスがここに居るって解ったのよ?」
「雪ね。この雪は、レティの雪だもの」
浮上した霊夢の疑問に答えたのは、本人ではなくはらはらと落ちる雪を手の平で受け止めていたアリスだ。
「せいか~い」
レティは、冬に最大の力を発揮する妖怪であり、同時に寒気という空間に関係する能力を持つ。
彼女の季節であるこの時期ならば、広大な範囲に自分の能力で作った雪を降らせ、それに触れた者の中から探し人を見つけ出すといった離れ業すら、余裕でやってのける。
「よっしゃあ! お前ら、私と雪合戦だ!」
現れた暇潰し要員に俄然元気を取り戻した魔理沙は、手袋とマフラーを装備して雪の降り積もった庭へと降り立つ。
「おー、受けて立つのだー」
「あたいに挑戦するなんて、魔理沙はだいこんふできね!」
「チルノちゃん、それって大胆不敵?」
魔理沙の誘いに乗り、嬉々として庭の雪を丸め始めるルーミアたち。
「どりゃあ!」
「へん、当たらないわよ! えい!」
「あぶっ、やったなー。やー」
「あわわ。えと、やぁっ」
少女たちの戯れるさまは、どう見ても近所の子供たちといった風景だ。
人間とそれ以外などという、野暮な囲いはどこにもありはしない。
「コイツら、アリスと遊びに来たって言ってたのにすっかり忘れてるし」
「違うわよ。ちゃんと、「アリスと」遊んでるでしょ」
入れ直した緑茶の入った湯飲みを片手にアリスの隣に腰掛けて呆れる霊夢へ、その魔法使いを挟んで反対側へと座ったレティが、自前で作ったかき氷を食べながら笑い掛けた。
「この娘たちにとっては、アリスが傍で見ていてくれるならそれで良いのよ」
「どんだけ懐かれてんのよ、それ」
「うふふ、仕方ないわよ。だって、ルーミアなんて十年以上もずっと甘やかされてるんですもの」
「私としては、あの娘たちに付き合うだけの体力がないから、その方が助かっているわ」
霊夢と同じ形の湯飲みを傾けながら、アリスの視線は遊び回る子供たちの様子をしっかりと見据えている。
「これでどーだー。あぶぶっ」
「へっへぇ。自分の周りを暗闇にしても、その中心から動けないんじゃ意味がないぜ! 良し、皆でルーミアを集中攻撃だ!」
「覚悟しなさい、ルーミア!」
「ご、ごめんね。ルーミアちゃん」
「み、見えないのだー」
身体を球体の闇で覆ったルーミアだったが、逆に大き過ぎる的として全員からの集中砲火を浴びせられ、たじたじのご様子だ。
彼女の生み出す闇は二種類あり、捕食時に生み出す口腔の闇とは違い、今回のものはただ周囲を真っ暗にするだけのしろもの。
どちらも光を拒絶し、実は作り出したルーミア本人でさえ外が見えなくなるという、お間抜けな仕様だったりする。
「平和ね――ぶっ」
万感を込めてアリスが呟いた直後、彼女の顔面に雪玉が直撃した。投げたのは、口の端を持ち上げた魔理沙だ。
「ほら、アリスも来いよ! そんな所で枯れてちゃ、そのまま腐っちまうぜ!?」
安い挑発である。一緒に遊びたいという気持ちが溢れ、他者から見れば好きな子にちょっかいを掛けているようにしか見えない。
「……少し、行って来るわ」
「ご苦労様」
「行ってらっしゃーい」
傍観者組から金髪の人形遣いが脱落し、雪原へと進み出て行く。
「へへへっ、雪合戦も
「雪合戦も
大きな雪玉を両手に掲げる魔理沙に対抗し、アリスが片手をかざして魔法を唱えると、地面にあるものや降っている雪が彼女の前方へと集い、魔理沙の持つものを両方足してもまだ勝るほどの巨大な雪塊と化す。
「何だそれ!? 雪合戦用の魔法とか、反則だろ!」
「屋根の雪除けとかの為に組み上げた魔法よ。文句があるなら、貴女も組んでみなさい――
「うわっと。くそっ、チルノ、大妖精。今度はアリスを攻撃だ!」
「がってんよ! うぶっ!」
「はわっ、はわわわわわぁっ」
雪塊から吐き出される雪玉の連発に、今度は魔理沙たちが堪らず逃げ惑う。
アリスに投げた雪玉は、彼女の前に設置された雪塊に受け止められ、結果として自分たちへと返って来る玉を一つ補充しただけにしかならない。
「アリスー、援護するのだー」
「ありがとう、ルーミア」
「えへー」
闇を解き、アリスの隣で胸を張るルーミアの頭を、金髪の魔法使いの手が優しく撫でる。
「ね、一緒に遊んでるでしょう?」
「アリスも大変ね。まぁ、完全に自業自得だけど」
「あら、酷い」
「否定しないなら、貴女も同類よ」
「うふふ、そうね」
はしゃぎ回る少女たちの中で、アリスの表情はやはり動く事はない。
だが、今この場に居る者の中でそんな事を気にする者は、どこにも居はしなかった。
◇
魔理沙から、雪玉を顔面シュートされてちょっとイラッとしたので、大人気なくも魔法まで使って圧倒してしまった。
雪合戦に満足し、今は全員が縁側で寛いでいる。
「くっそう、やっぱり反則だぜ」
はいはい、すいませんでしたー。
「ごめんなさい、魔理沙。大丈夫?」
「だ、大丈夫だって。アリスは心配し過ぎなんだよ」
しもやけになってないかと雪玉をぶつけた箇所に顔を近づけると、魔理沙は鬱陶しそうに私から距離を離してしまう。
むー、魔理ちゃんのいけず。
拒絶されて傷付いた心を癒す為に、私の膝で仰向けになって寝転がるルーミアの頭とか顔とかを撫でて、幼女パワーを補充する私。
「んー、くすぐったいのだー」
ルーミアは身じろぎしながらも、私の指へともっと触って欲しそうに身体を預けてくれる。
やべ、可愛過ぎてほっぺにキスとかしたいんだけど。
今度は、ルーミアの髪の端に付いた赤いリボンに触れてみる。
この髪飾りは、彼女を封印する為のお札らしい。一体、彼女の何を封印しているのかは知らないが、確かにリボンからは中級妖怪では押し潰されてしまいかねないほどの、強烈な圧迫感が見て取れた。
妖気、記憶、性格、能力――そのいずれか、それともその全てを封印される前のルーミアは一体どんな娘だったのだろうか。
「でれでれじゃない。どうやったら、人食い妖怪をそこまで篭絡出来るんだか」
「会った時に時々、ご飯を食べさせてるだけよ」
「アリスのご飯は、とっても美味しいんだぞー」
「私も今日食べたし、知ってるわよ」
雪景色の中で、お互いが好感度マックスのルーミアと戯れつつ、他愛もない会話に興じる私たち。
ずっと、こんな生活が続けば良い。
だけど、それは絶対に叶わない。
進み続ける時間は、容赦なく時を止めた者以外に襲い掛かって来るだろう。
霊夢を少女にしたように、これから先も止まる事なく私と人間との距離を離していくに違いない。
終わらない時間。終わらない生。
ふとした事で思い出す、絶望的な永遠という名の牢獄。
私は、本当に人間であり続けられるのだろうか。
「ねぇアリスー、お願いがあるのだー」
場違いな暗い考えに捕らわれてしまった私に、ルーミアが声を掛けてくれた。
彼女からのお願いとは珍しい。これは、是非聞いてあげなければ。
「何かしら」
「あのなー、アリスの笑った顔が見たいのだー」
ルーミアの要望は、一休さんが受けたばりの無理難題だった。
ごめん、ルーミア。
私の顔面、岩石タイプなんだ。
「ごめんなさい、ルーミア。それは見せてあげられないわ」
「どうしてなのだー?」
「前に練習したのだけれど、私には無理だったの」
「鏡の前で、頑張って表情の練習をするアリスか……ぷっ、なんか笑えて来た」
魔理沙、お前後で上海と蓬莱から「膝かっくん一回転スペシャルの刑」な。
他人の努力を笑う娘には、きついお仕置きが必要だろう。
「そーなのかー。だったら、こうすれば良いのだー」
ルーミアは、両腕を伸ばして私の頬を挟むと、親指で口の端を持ち上げ始めた。
何これ、このまま喋って変な言葉にする遊び?
「がっきゅうぶんこ」、とか言えば良いの?
「魔理沙がなー、こうすればにっこり笑った顔になるって、前に教えてくれたのだー。だから、アリスが笑いたくなった時はわたしがやってあげるぞー」
……はっ、何だ、ただの天使か。
その優しさだけで、もう悩みとかどうでも良くなっちゃうよ。
「あふぃふぁほう」
お礼を言おうとしたが、口を横に引っ張られたままなのでなんだか変な声が出た。
「ぷっ」
「あっはははははっ!」
「アリスったら、変な顔!」
「もぅ、チルノちゃん。でも……ふふっ」
「あらあら、アリスと一緒に皆が笑顔になっちゃったわねー」
「おー、アリスは凄いのだなー」
霊夢が噴出したのを皮切りに、皆が私の恰好を見て笑い出す。
面映い気持ちが溢れる。だが、それも表情にはきっと出ていない。
でも、それで良い。それが良い。
これも私。「アリス・マーガトロイド」となった、私の一部なのだから。
大好きだよ、霊夢。皆――
私は、伝えずとも良いその言葉を、喉の奥へと飲み込んだ。
伝えれば、きっと野暮になるから。
回る。廻る。世界が廻る。
時間が動き、季節が巡り、私は私に変わっていく。
霊夢――私は、何時か訪れる貴女の死を、きっと受け止めてみせるから。
新しく出来た、私の目標。
その時がやって来るのは、まだずっとずっと先の話。
◇
追記。
結局、そのまま遊び倒して帰り時を失った私は博麗神社で二泊が決定し、帰って来た萃香も含めて皆で鍋パーティーへと洒落込んだ。
一緒に遊んだ、ルーミアやレティなども同席したささやかな宴は、次第に他の人妖を引き寄せ最終的に何時もの宴会へと発展していく。
昨日片付けたばかりの境内が更に修復不能な大惨事へと発展し、般若の顔をして両眼を光らせた鬼巫女が降臨するのは、語るまでもない何時ものお話。
何時もよりはちょっと短めですが、ほのぼのほっこり。
これぞ、このSSで目指した私の幻想郷。
矢張り、初心を忘れたくはありませんからね。
次は予告通り、地霊殿編へと移ります。