東方有栖(アリス)伝   作:店頭価格

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16・地上から問題児たちが来るそうですよ

 間欠泉の周辺を二重の結界で隔離し、結界と結界の間に掃討役である人員を配置。

 第一層の結界は高熱である間欠泉を封じ、第二層の結界は怨霊や地霊を押し留める。

 結界の維持を藍とパチュリーが、掃討役を橙、妖夢、鈴仙がそれぞれ担当していた。

 

「はあぁぁぁっ!」

 

 魂魄妖夢の放つ白楼剣の一閃が怨霊たちの数匹をまとめて両断し、その軌道から噴出した弾幕が更にその奥の敵を蹂躙していく。

 魂魄家の家宝であるこの刀は、対象の迷いを断ち切る効果を持ち、霊魂に当てれば即座に成仏を促すしろものだ。

 霞となって消失していく怨霊たちに気を取られた妖夢の背後から、自縛霊の一種である地霊たちの腕が伸びる。

 しかし、彼女に触れようとした直前、その頭部を遠距離からの狙撃によってことごとく吹き飛ばされ、大地へと還っていった。

 

「妖夢! 前に出過ぎよ!」

「は、はい! すみません、鈴仙さん!」

 

 第二層の外枠ぎりぎりの場所から、指を銃の形で構えた鈴仙の叱咤に、妖夢が慌てて背後へと下がる。

 一体一体の脅威は低いが、何しろ数が膨大だ。油断すれば大量の霊から取り憑かれたり、押し潰されて体温を根こそぎ奪われる危険は十分にあった。

 

「あ、ち、違うの! 別に怒った訳じゃなくてね。その、私は後ろで戦況が見えてるから、ちょっとアドバイスをしただけで……っ」

「え? は、はぁ」

 

 咄嗟の判断だったとはいえ、怒鳴ってしまった事の言い訳を慌てて始める鈴仙だったが、剣術家として体育会系である妖夢には、いまいちその意図が伝わらない。

 

「大丈夫ですよ。鈴仙さんのお心遣い、きちんと解っていますから」

「う、うん」

 

 特に気にした様子もなく妖夢に笑い掛けられ、鈴仙が頬を赤らめながら顔を伏せた。

 

「にゃー! にゃー!」

 

 獣らしい四足移動で大地を駆けながら、藍の式によって力を増した橙の爪が、怨霊や地霊たちの身を引き裂いていく。

 

「橙、一度下がれ!」

「はい、藍様!」

 

 藍の指示に、橙は高々と跳躍して鈴仙たちの居る場所へと下がり、その瞬間、橙がそれまで居た場所に極大の火球が渦巻きとなって振り落ちた。

 

 火符 『アグニシャイン』――

 

 魔力で形成された業火によって、大量の霊たちが無残にも一瞬で燃え散っていく。

 結界を維持しながらも、指先で描いた魔法陣と短縮詠唱によって絶大な魔法を発動させた魔女、パチュリーが小さく吐息を吐いた。

 

「……暇ね」

「言うな」

 

 背に出した、立体型の魔法陣へと優雅に腰掛けるパチュリーの隣で、座禅を組んで結界の維持に努める藍が横目でいさめる。

 藍は藍で、結界の維持と霊夢たちの動向の確認、博麗大結界による内外への監視など様々な事柄を平行して行っているのだが、その顔は余裕そのものだ。

 

「はなっから、事態に対して戦力が過剰過ぎるんだよ。お陰で、わたしはやる事がないときたもんだ」

 

 二人の後ろでは、地面にごろ寝した萃香が奮闘する前の三人を酒の肴に、瓢箪を傾けていた。

 彼女も、何もしていない訳ではない。自分の能力である「密と疎を操る程度の能力」を使い、第一層の結界を通る怨霊や地霊の数を、妖夢たちの対応出来る数に疎め続けているのだ。

 それでも、パチュリーと萃香にとっては今の状況が大層暇である事に、何ら変わりはない。

 

「現在の幻想郷において、実戦経験は貴重です。これも、後進の良い修練となりましょう」

「はっ。保護者同伴のぬるい実戦で、それがどれほどの経験になるのやら」

「こんな事なら、本の一冊でも持って来れば良かったわね」

 

 藍の意見を鼻で笑いながら悠々と酒を飲み下す萃香に合わせ、パチュリーがのんきにそんな事を言っている。

 

「参ります!」

「頑張ります!」

「え、援護は任せて!」

 

 戦場を駆け回り、無限に湧き出す霊魂たちと戦う少女たちを保護者である三名が傍観する。

 幾つもの見せ札と、正に鬼札である萃香を残した先達にとって退屈極まりない戦闘は、藍とパチュリーによる広域殲滅という名の途中休憩なども挟みつつ、割と平和に行われていった。

 

 

 

 

 

 

 永遠に続くかのように思える縦穴を落ちていくアリスたちも、今の所実に平和で暇だった。

 

「ねぇねぇ、お姉ちゃん。可愛い娘拾ったよ! 紅魔館で飼っても良いかな!?」

 

 どこで見つけたのか、緑の髪をした白い着流しの少女が入った大きな桶を抱えて、フランが瞳を輝かせながらアリスに問う。

 桶の少女も満更ではないようで、淵に手を掛けてなぜか生き生きとした顔をしている。

 

「何だコイツ。コイツも地底の妖怪なのか?」

「釣る瓶落としね。不用意に近づくと、首を刈られるわよ」

「恐っ!? お前も照れるなよ!?」

 

 アリスの忠告に、少女の頭を撫でていた魔理沙が慌てて距離を置き、その照れ顔に突っ込みを入れた。

 

「仲良くなるのは良いけれど、そこから先は貴女のお姉さんと相談しなさい」

「はーい。ねぇ、貴女お名前は? 私はフランドールよ」

 

 桶を回し、少女と目を合わせてにっこりと笑い掛けるフランだったが、肝心の少女は慌てて桶の中へと隠れてしまい、顔を出さなくなってしまった。

 

「振られたね、吸血鬼」

「うー。ねーねー、教えてよー」

「――その娘の名前はキスメだよ。照れ屋なんだ、許してあげなよ」

 

 諏訪子にからかわれ、むきになって桶を揺らし始めたフランへと、少し離れた場所から答えが届けられた。

 黒色をした上着の上に、スカート部分の丸く広がったこげ茶色のジャンパースカートを羽織った一人の少女が、逆さ吊りの姿勢で上空から落下して来る。

 

「そんで、私は黒谷ヤマメ。第二段のお客様、まだまだ入り口だけど地底へようこそだね」

「あぁ!? お前、土蜘蛛!」

 

 上下を反転させたまま、両手を広げて人好きの笑みをするヤマメに、なぜかにとりが大声を上げて指を差す。

 

「ありゃ、そういうアンタは河童かい? 失礼だから、誰かを指差しちゃいけませんって親御さんに習わなかったのかい?」

「うるさいよ! お前なんてぎったんぎったんにしてやる!」

「おっと、ケンカを売られりゃその場で買うのが地底の流儀だ。気に入ったよ、相手をしてやる」

 

 完全にケンカ腰のにとりに対し、ヤマメも頭を掻きながら応戦するように強かな笑みを作る。

 

「おい、いきなりどうしたんだよ。にとり」

「こいつら、川を汚すから大嫌いなんだっ」

「それは、どれくらい昔の話?」

「最近だってそうさ!」

「でも、彼女が上の結界を通れるとは思えないわね」

 

 アリスたちが通って来た入り口の結界は、並みの者では近づく事さえ出来ない強力なものだ。ヤマメの強さは未知数だが、まさか山の四天王であった萃香と同等だとはとても考えられない。

 そんなアリスの疑問に答えたのは、話題の元である土蜘蛛本人だった。

 

「あぁ。あんなもの、ただの飾りだよ。地底から地上に出たけりゃ、あれを通るより簡単な方法があるからね」

「どうするの?」

「掘るのさ、上に。私の巣からも、何本か地上行きの穴が空いてるよ。条約なんて律儀に守ってるのは、地霊殿の連中か元締めやってる姐さん。後は、飛べなかったりなんだりで出来ない連中ぐらいじゃないかねぇ」

「なるほど。藍の危惧していた事態は、もう発生してしまっているのね」

 

 道がないなら、作れば良い。スケールは桁違いだが、当たり前の発想である。

 

「軽く流すなよ! なんか、遠くからアイツのすっごい不機嫌な雰囲気が伝わって来てるぞ!?」

 

 納得しているアリスの隣で、魔理沙が凍えるように両腕で胸を抱く仕草をしながら顔を青ざめさせる。

 

「安心しなよ、魔理沙。それを感じてるの、式を憑けられたアンタだけだから」

「ちくしょう! やっぱり断っとくんだったぜ!」

 

 飄々とする諏訪子の言葉を受け、魔理沙の絶叫が虚しく響いた。

 

「そして、藍の心配は杞憂だった事がある程度証明されたわね。恐らく、その事を紫は知っているはずよ」

「地底の妖怪が、地上に出ているのを知っていて放置してるって事は、今回の異変は地底の連中の総意じゃないって事、か。バ神奈子、一体何やったんだか……」

 

 アリスたち探索チームは、地底にあるという地霊殿が目的地であり、ヤマメには何の用もない。

 

「この建築バカ!」

「ふんだ! そっちこそ、開発バカじゃないかい!」

「いぎぎぎ――やっちまえ! 魔理沙、フラン!」

「何でだよ。自分でやれよ」

「じゃあ、フランがやる! ねぇ、ヤマメちゃん。弾幕ごっこって知ってる?」

「応さ! 最近、地霊殿の連中が広めてる地底でも流行りだした遊びだろ? お嬢ちゃん、四枚でどうだい!?」

「良いよ! キスメちゃんは見ててね。それじゃあ、いっくよー!」

 

 ――のだが、始まってしまった勝負に水を差すのも野暮だろう。

 

「元気が良いねぇ。やっぱり、子供はああでないと」

「その姿で言われると、凄い違和感ね。諏訪子」

 

 こちらでも、保護者組みは傍観者だった。

 

 

 

 

 

 

「あー、楽しかった! また、キスメちゃんたちと遊びたいなー」

「少し時間を食ったな。霊夢に追いつきたいから、急ごうぜ」

「魔理沙だって、最後の方はキスメと一緒に参加してたじゃないさ。私は、土蜘蛛が退治出来たから満足だけど」

「私は良いんだよ。何せ、このチームのリーダー様だからな」

 

 キスメとヤマメとの勝負をフランたちの勝利で終え、二人と別れた私たちは再び落下を続けていた。

 

「わたしとしては、このまま追いつかずに博麗の巫女が解決してくれた方が助かるんだけどねぇ」

「同感ね」

 

 他力本願な諏訪子に、私も大いに同意しておく。

 キスメとヤマメは良かったが、この先もスペルカード・ルールを遵守する者ばかりとは限らないのだ。なるべくならば、戦闘自体を避けて行きたい。

 

「お、ようやく床が見えたぜ」

 

 先行させていた上海の光源が、遂に地底の底を捉えた。

 微妙に整地された土ばかりの平たい表面に、全員が着地していく。

 

「出口は一つか、助かるぜ」

 

 穴の底に開いているのは、横穴の道が一つだけ。他に通れる道もないので、あれが旧地獄街道に繋がる道で良いのだろう。

 

「急ぐのでしょう? 皆、私の傍に固まって」

 

 当然、文だけを引き連れて行った霊夢の心配もある。可能性の話でしかないが、追いつく努力はしておくべきだ。

 

「何々? どうするの、お姉ちゃん?」

「見てのお楽しみよ。諏訪子、薄くで良いから風を弾く結界をお願い出来るかしら」

「良いよ、ほい」

 

 諏訪子が拍手を打つと、一枚の見えない幕が私たちの周囲を覆った。頼み通り、風を弾く以外は何の役にも立ちそうにない貧弱な結界だ。

 

「離れては駄目よ。「ロラーザロード」」

「うぉわ!」

 

 私の唱えた呪文により一帯の地面が滑り、私たちを乗せたまま出口の横穴へと高速で向かって行く。

 とある理由で、人間に変化していた黄金竜(ゴールデン・ドラゴン)の長老が片手間で開発した移動呪文。本来ならば、周囲の風も同時に移動させるものなのだが、私の再現では地精への干渉だけで精一杯だった要課題の呪文である。

 

「うわぁ、はやいはやーい!」

「空を飛べるのに、どうしてこんな魔法を作ったんだい?」

「研究の副産物よ。正直、使う機会があるとは思っていなかったわ」

 

 にとりからの疑問へ適当に答えつつ、私たちは横穴を通り過ぎいよいよ地底の内部へと侵入を果たした。

 

「おぉ、思ったよりも明るいな。うぉお、上とか見えないほど広いぜ」

 

 そこは、地下世界と呼ぶに相応しい広大な空間が広がっていた。

 地面の脇や転がる岩などに生えた、光る苔が光源となって辺りを薄暗く照らしている。

 

「とっても広いのね。それに雪も降ってるし、ここが地面の下だなんて全然思えないわ」

「ここが地底か――むふふ、わくわくしてくるじゃないか」

「悪くない場所だね。うん、悪くないよ」

 

 皆の感想は、概ね好評だ。私もまた、皆と同じく新天地に到着したモンスターハンターの如く、好奇心に胸が躍っている。

 しばらく進むと、一本の大きな橋が現れた。

 地面がない場所では、私の移動呪文は持続出来ないのでここで停止するしかない。

 上空が暗いので大事を取って徒歩での移動に変更し、周囲を観察しながら橋を渡る私たちだったが、本来現れるべき妖怪の姿が見えない。

 地底と地上を分けるこの橋には、ペルシャから流れ着いた嫉妬の女神。グリーンアイドルモンスターの愛し姫(はしひめ)――改め、橋姫の水橋パルスィが居るはずなのだが。

 

「アリス、どうしたの?」

「妖怪の気配がするのだけど、姿が見えないの」

「あー。多分それ、わたしが居るからだね」

 

 流石に、原作キャラが居ないとは言えなかったのでお茶を濁すと、諏訪子が答えを教えてくれた。

 

「居るのは恐らく橋姫さ。恨みつらみに関する妖怪だから、畏れの頂点を操るわたしにびびって姿を隠しているんだろうよ」

 

 なるほど。つまり今回の遠征では、私はパルちゃんと知り合いにはなれないと――シット!

 

 勿論相手次第だが、原作キャラとは出来るだけ皆と仲良くなりたい私としては、少々手痛い。

 だが、紅魔館の時のように後から出向くという手も残されているので、問題はないだろう。

 

 原作通りなら、この異変が終わった後に不可侵条約が緩和されて、行き来し易くなるだろうしね。

 

 後の期待を胸に抱きながら橋を抜けると、一気に情景が転じて生活感の溢れる場へと移り変わった。

 幻想郷の人里と、大差のないほどに見える木造の長屋が幾つも立ち並び、その屋根から吊り下げられた行灯がまるで滑走路の如く先の先まで続いている。

 本来ならば、ここに地底の妖怪たちの活気と喧騒に塗れているのだろうと思える場所だったが、現在は少々なりを潜めていた。

 騒がしいのは変わらないが、彼らはある作業に追われているのだ。

 原因は、恐らく霊夢が暴れていった跡だろう、そこらかしこに刻まれた暴虐の嵐。

 どこかから持って来た木を加工する者。修繕可能な部分を残し、半壊した部分を引き剥がす者。その過程で生まれたごみを捨てに行く者。

 皆が皆、当たり前のように破壊された旧都の復旧に勤めていた。

 一角に建っていた、数階建てだっただろう巨大な建物が倒壊し、大通りを見事に塞いでいる。

 

「こりゃあ酷いね。流石は鬼巫女、容赦ってものを知らないんだから」

「誰かそっちに居るのかい? そこに居ると危ないよ」

 

 諏訪子が呆れた溜息を吐いた時、積み重なった廃材の裏から誰かの声が聞こえて来た。

 声に応えようとした次の瞬間、轟音と共に廃材の一番上に乗った原型を留める巨大な屋根が、こちらに向けて物凄い速度で打ち出される。

 

「きゅっ」

「「爆裂陣(メガ・ブランド)」」

 

 反応したのは二名。フランが右手を突き出して屋根の「目」を握り潰すと、迫る巨塊が一瞬で崩壊し、続く私の呪文で周囲全方位から爆発するように土砂が巻き上がり、砕け散った廃材の全てを阻んだ。

 旧都に入る際、余所者である私たちが突然襲われる事も視野に入れて呪文を唱えていた事が、思わぬ形で功を奏した。

 フランが屋根を破壊してくれなくては、私の呪文だけでは防ぎきれなかったので、そちらにも感謝だ。

 

「うぉわぁ!?」

「うっひゃあぁぁ!」

 

 突然の出来事に、魔理沙とにとりが悲鳴を上げて仰け反っている。

 

「っとと、だから危ないって忠告したじゃないか。大丈夫かい?」

 

 異議あり! 発言から行動までが早過ぎます!

 あれでは、普通に「死ね」って言ってるのと変わりがありません!

 

 屋根を飛ばして来たのだろう張本人が、そんな事を言いながら廃材を越えて、積もる雪を下駄で踏み締めながら私たちの前へと現れた。

 

 ナイスブルマ!

 いや、ブルマかどうかは解らないけど。

 

 長い金髪に、体操服にしか見えない半袖の上着。半透明のロングスカートを履き、手足に金属製の枷を着けた見事な剛体。

 何より目を見張るのは、額から生えた長く赤い一本の角。

 山の四天王が一角、クイーン・オブ・マッスルボディー、皆の姐さん星熊勇儀だ。

 周囲で作業をしていた妖怪たちが、手を止めて私たちへと興味を示したものの、勇儀に任せて遠巻きにこちらを見ている。

 

「今の、コイツの仕業か? どうやったかは知らないが、凄い力だな」

「立派な角ね。格好良い!」

「これはまた、随分なのに出会っちゃったねぇ」

「ひゅぃっ!? そうだったよぉ。地底には、この方が居るんだったぁ……っ」

 

 それぞれが勇儀への感想を漏らす中、山の妖怪でありかつての部下であるにとりだけが、私の後ろに隠れて震えだす。

 

「見ない顔だね。私は、ここで元締めみたいな役をやってる星熊勇儀だよ。そっちで隠れているのは、もしかして河童かい?」

「は、ははははい! その通りです!」

 

 青を通り越して蒼白になった顔で、にとりが背筋を伸ばして勇儀に答える。

 萃香と再会してしばらくもこんな感じだったが、鬼というのは妖怪の山の住人にとって完全にトラウマ的な存在なのだろう。

 

「ついさっき、人間の巫女と烏天狗も通って行ったし、アンタたちも地霊殿にご用事なのかい?」

「えぇ、出来れば通してほしいのだけれど」

「あぁ、地霊殿はこの大通りを真っ直ぐだ。通りたければ好きに通りな――と言いたい所だけど、アンタは駄目だね」

 

 勇儀が右手の人差し指でぴったりと示すのは、他でもない私。

 後ろを振り向いて確認しても、やはり背後には怯えるにとり以外は誰も居ない。

 

 え? 何で?

 

「アンタ、アリス・マーガトロイドだろう? 萃香に聞いた通りの容姿だ」

「えぇ、そうよ」

 

 言いながら、徐々に気配を濃密にしていく勇儀に押され、私の身体から嫌な汗が噴出し始める。

 

「あの時から、ずっと決めてたんだよ。アンタに会ったら、絶対勝負をしようってね」

「あの時?」

「あーうー。まとめ役として適任だと思ってたけど、アリスを地底に連れて来たのは失敗だったねぇ」

 

 獰猛に笑う勇儀の言葉が理解出来ず、首を傾げた私を見ながら、諏訪子が首を左右に振って同情的な視線を送って来た。

 

 知っているのか、諏訪電!

 

「どういう事?」

「十何年か前かな。何の為かは知らないけど、その時アリスは凄い魔法を使ったんだろう? それこそ、世界が揺れるほどのやつ。あんな途轍もないものを感じて、ケンカ好きが黙っていられるはずないよ」

「そうさ。旧都の元締めとして、不可侵条約のせいで地上に行けないから半ばほどは諦めていたんだけどねぇ。そっちからわざわざ出向いてくれるなんて、感謝感激雨あられって訳さ」

 

 なぁるほどぉ。

 いやぁ、なぜかどの異変に巻き込まれた時も、初めて出会うはずの首謀者とかから無駄に警戒されてた理由がようやく解ったよ。

 ――最悪じゃねぇか!

 つまり何? 私、この先も勇儀みたいなバトルジャンキーと出会った場合、必ず死闘が始まるって事?

 

 記憶はおぼろげだが、どうやら私は「吸血鬼異変」であの禁断の呪文を使ってしまったらしい。

 それほどまでに追い詰められていたのだろうが、それが原因で死亡フラグが乱立するとは、笑い話にもならない。

 

 イヤ、まだだ。まだ終わらんよ!

 

「幻想郷には、スペルカード・ルールというものが制定されたわ」

「地霊殿の連中から聞いて、知ってるよ。さっきの巫女とは、それで対決したしね。中々面白い遊びだ」

「だったら――」

「でもね、アンタとはそんな生っちょろい事はしたくないのさ。とことんまで、駄目になるまで戦り合いたいんだよ!」

 

 我慢が効かなくなって来ているのか、勇儀からの声に熱さと歓喜がこもり始める。

 私の必死な説得に、彼女は聞く耳さえ持ってはくれない。

 

「先に条約違反をして、地底に不法侵入して来たのはアンタたちだ。だったらこの勝負、受けてくれるよねぇ?」

 

 全力で遠慮します!

 というか、私の身体は普通の人間と大差がないので、最強の鬼なんかと戦ったらトマトケチャップになるだろJK!

 

「う、く」

「す、凄い……」

「うあぁぁぁぁぁぁ……」

 

 流石は物理ステータスカンスト種族。空気そのものが重くなったような重厚な戦意に、魔理沙、フラン、にとりが堪らず後ずさる。

 

 逃げるか。否、勇儀は確実に追って来る。

 彼女の本気の攻撃は、例え遠距離からでも私にとっては一撃必殺だろう。背後を気にしながら飛べば、地上に逃げ延びる前に追いつかれるのは必至。

 

「――しょうがないなぁ」

 

 なけなしの勇気を振り絞って、勇儀との決闘を受けようとした直前、唯一平静のままだった諏訪子が諦め気味の吐息を吐いた。

 

「ここは、わたしが受け持ってあげるよ」

「……良いの?」

「あちらさんに点いた熱を、わたしで冷ましてあげるだけさ。この中で、アレに対抗出来るのはわたしだけだしね」

 

 フランの能力でも対抗出来るかもしれないが、百戦錬磨の鬼である勇儀に初見を回避された場合、その後どれだけ通用するかは疑問だ。

 

「頼めるかしら。この借りは、後で必ず返すわ」

「借りを返すのはこっちだよ。無理してる早苗を泣かしてくれて、わたしは結構感謝してるんだよ?」

 

 私に向けて、見惚れるほどの笑顔とウィンクをしてくれる諏訪子。

 

「――ありがとう」

 

 ぐぅかわ! 諏訪子様マジ聖母!

 

 このまま、私だけが地上に逃げるという選択肢もあるが、諏訪子が勇儀の相手をしてくれるなら先に進んで異変を解決した方が、功労者として帰還する事で再度の決闘を回避し、かつその時を利用して誤解を解く説明の時間も得られる。

 

 良し!

 ならば、新技のお披露目だ!

 

 「永夜異変」の際、魔理沙への支援が十分に出来なかった反省を踏まえ、私はとある魔法を求めて「聖典(バイブル)」とは別原作の魔法を研究した。

 

 その一端、しかと見よ!

 

「永劫の怠惰を求めし寂寞の巨人よ、その痛みを解き放て――」

 

 先生、お願いします!

 

「「ペトロクラウド」!」

 

 魔力の開放と共に私が地面に手を付いた瞬間、勇儀の足元から薄緑色の気体が噴出して彼女を覆い尽くした。

 悪鬼(オウガ)相手や人間同士での戦記を描いた、超大作ゲーム。これは、その中で使用された「石化」の状態異常を引き起こす魔法だ。

 こちらは、発動までの正式な手順が解らず手探りの模倣品なので、「聖典(バイブル)」の呪文と違って効果は半分以下という所だろうか。

 ガスが晴れると、そこには見事に全身を石化させ、彫像となった勇儀の姿があった。

 だが、成功かと思われた次の瞬間には、勇儀は表面の石を砕いて再びあっさりと姿を現す。

 

「萃香と違って、私は呪術的な事は苦手だけどね。それでも、妖怪の山では鬼の四天王なんて地位に座ってたんだ。この程度の呪いなら、別段痛くも痒くもないよ」

 

 言いながら、快活に笑う鬼女。数十秒でも時間が稼げればと思ったが、そんな思惑すら軽く飛び越えてくれる。

 小細工が駄目ならば、「聖典(バイブル)」の魔法を使って正攻法で突破するのみだ。

 

「今のが勝負の合図と取るよ」

 

 勘弁して下さい!

 そして、旧都の皆様ゴメンなさい!

 

「大地よ我が意に応えよ――「地撃衝雷(ダグ・ハウト)」!」

 

 立ち上がりざまに唱えた呪文により大地が強烈に振動し、私たちの近場を外した全方位の地面が、周囲の家屋まで届くほどの範囲で大量の円錐となって突き上がる。

 

「魔理沙はにとりを! 「翔封界(レイ・ウィング)」!」

 

 攻撃と目晦ましを同時に仕掛けた事で時間が生まれ、私はフランの手を取って高速で空へと飛翔した。

 

「おい、やっつけたんじゃないのかよ!?」

「彼女の言葉に嘘がなければ、萃香と同等の存在なのよ。ありえないわね」

「お姉ちゃん、凄い汗。大丈夫?」

「鬼恐い鬼恐い鬼恐い鬼恐い……」

 

 窮地を脱しても焦燥は止まらず、皆でごちゃごちゃと話しながら地底の闇を飛んで行く私たち。

 神と鬼。勝負の行方など、私如きが読める訳もない。出来る事など、ただ一心に祈る事だけだ。

 

 諏訪子――どうか無事で。

 

 私の祈りが届くかどうかは、正に神のみが答えを示してくれるだろう。

 

 

 

 

 

 

「――っち、行っちまったか」

 

 勇儀に直撃した大地の槍は、彼女の鋼より硬い肉体に負けてそのことごとくがへし折れていた。

 

「悪いね。博麗の巫女から聞いてるかもしれないけど、こっちは地底で起こった異変の解決に来てるんだ。アンタの相手をしている暇はないのさ」

 

 槍の間から進み出る諏訪子は、何も変わらず自然体だ。

 

「だったら、お前さんが相手をしてくれるのかい?」

「そうなるね」

「っ!? ほう、神か。それも畏れを扱う土着神の類だ。楽しめそうじゃないか」

 

 小柄な少女から発せられる力の根源を読み取った勇儀は、舌舐めずりをして両の拳を握り締めた。

 一度点いてしまった熱は、どこかで発散しないと止まらない。待ち望んだ相手ではないが、それでも鬼の中でも最高峰である勇儀が十分に戦り合えるほどの好敵手に、彼女の歓喜は否応もなく高まっていく。

 

「ケロケロ、ここは良いね。古い妖怪が多いし地脈も近いから、わたしへの畏れが地上よりも断然溢れてる――アリスがおあつらえ向きの場も用意してくれたし、ありがたいもんだね」

 

 諏訪子は、勇儀へと語りながらゆっくりと飛翔し、大地から突き出た槍の一本の頂点でしゃがみ込んだ。

 

 神具 『洩矢の鉄の輪』――

 祟符 『ミシャグジさま』――

 

 彼女の周囲に、両手で輪を作るほどの金属で出来た月輪(がちりん)が幾つも出現し、岩の剣山となった大地から擦過音を出しながら白に近い透明な大蛇――畏れと祟りの存在であるミシャグジの群れが湧き出して鎌首をもたげていく。

 

「そうそう、星熊勇儀だっけ? 出会った時から、アンタに一つ言いたかった事があるんだよ」

 

 遥か高みから睥睨しながら、土着神の頂点は鬼の頂点へとその言葉を真上から突き付けた。

 

「アンタ、頭が高いよ」

「――上等ぉっ!」

 

 鬼が凶悪な笑みと共に裂帛の声を轟かせ、神の降り立つ岩の柱を蹴り砕いた。

 

 

 

 

 

 

 地霊殿という日本語の名とは裏腹に、西洋風の外観をした巨大な建物に到着した一行を出迎えたのは、一匹の猫だった。

 猫は猫でも、人化して深紅の髪を両サイドで三つ編みにした、妖怪の猫だ。

 旧都の妖怪たちと同じく、半壊した屋敷の片付けをする為に荷車に瓦礫を乗せ、せっせと運んでいたその猫がアリスたちに気付いて振り向く。

 

「にゃ? またお客さんかい?」

「おう、またお客さんだぜ」

「お邪魔しまーす」

 

 着地と同時に、魔理沙とフランが猫妖怪に向かって挨拶する。

 

「さっきのお客さんの知り合いかい? どっちでも良いけど、さとり様は巫女と烏の相手をしてお疲れなんだ。ここは通してあげられないね!」

 

 一輪の荷車から手を離し、腰に手を当てて大きく仰け反る猫妖怪。自分の姿を大きく見せて威嚇するのは、動物時代からの習性なのだろう。

 

「ここまで来たら、ゴールは間近だ。誰か一人がこの娘の相手をして、残りの全員で屋敷に乗り込もう」

 

 散々怯えていたにとりだったが、目的のものが近づいてやる気を取り戻したのか、猫妖怪を見据えながらアリスたちに向けてそう提案した。

 

「だったらフランが――」

「私が残るわ」

 

 フランの声を遮り、アリスが名乗りを上げる。

 

「お姉ちゃん、どうして?」

「皆の中で、一番消耗しているのは私よ。先の脅威が解らない以上、余裕のあるメンバーが行くべきよ」

 

 続いて、魔理沙の肩を掴んで詠唱を開始するアリス。

 

「古の契約に従いて、我が智、我が力、汝に与えん――「チャージスペル」」

 

 彼女の手から魔力が溢れ、それが触れた部分から魔理沙の内部へと送り込まれていく。

 温かいような、冷たいような、不思議な感覚が魔理沙の体内を駆け巡り、本来彼女が持つものよりも遥かに高い魔力が、その身を潤し満たす。

 人間が、脳にリミッターを設けているという話は良く耳にするが、それは内在する魔力に関しても同様だ。本人は全快のつもりでも、肉体は余裕を持たせようと七分程度で回復を止めてしまう。

 アリスは、自身の魔力を譲渡する事でその枠を一時的に取り払い、十全の状態にまで無理やり引き上げたのだ。

 

「――本命で研究をしたけど、やっぱり付け焼き刃ではこんなものね。効率も悪いし、射程も短い」

「お、おいっ」

「言ったでしょう? 最も消耗の大きい者が残るべきだって。隙を作るから、その間にフランとにとりを連れて行きなさい」

 

 魔理沙に魔力の譲渡を終え、焦る少女を放ってアリスは淡々と指示を出す。

 

「「永夜異変」――」

「え?」

「あの時、貴女に頼られたのに肝心な所で役に立てなかったから。だから、この魔法を組んだのよ」

 

 アリスに言われ、魔理沙の脳裏に当時の情景が浮かび上がる。

 夜が終わらず、永遠に月の昇り続けたあの異変で、人形遣いの魔法使いは異変の元凶に辿り着く前に途中退場を余儀なくされた。

 しかし、それは決して彼女の落ち度からではない。魔理沙を庇って深手を負い、その後膨大な魔力を消費して相手の策略を崩したのだ。

 むしろアリスは、あの異変での最大の貢献者だと言っても過言ではない。

 にも関わらず、アリスはその事を汚点として魔理沙を最大限に援護が出来るよう、自身の身を削るような魔法を組み上げたというのだ。

 

「~~っ!」

 

 怒り、喜び、悲しみ。魔理沙の心の内から様々な感情が溢れ、しかし、言葉にはならずに全てがこぼれ落ちていく。

 

「フランとにとりをお願い」

「あぁ、任せとけ!」

 

 彼女が期待してくれている。自分は、その想いに応えなければならない。

 魔理沙の胸に、燃え上がるほどの闘志が生まれ出る。

 

「フラン、にとり。魔理沙をお願いね」

「うん!」

「応ともさ!」

 

 アリスの願いは、矛盾してはいない。

 頼って、頼られて。守るべき者に守られて、共に歩いていく事は決して不可能ではない。

 

「相談は終わったかい? なら、こっちから行くよ!」

「「風魔咆裂弾(ボム・ディ・ウィン)」」

 

 アリスの放った魔法は、風の爆裂。

 

「ぎにゃあぁぁぁっ!?」

 

 圧縮した空気が爆ぜ、迫り来た猫妖怪ごと前方一面を盛大に薙ぎ払う。

 

「行って」

「アリス! 負けるなよ!」

「お姉ちゃん! 頑張って!」

「お土産は期待しといてよ! また後でね!」

 

 促された三者はアリスに精一杯の声援を送り、地霊殿の入り口へと突入していく。

 

「フラン、にとり、掴まれ! フルパワーで一気に行くぜ!」

 

 箒の穂先に八卦炉を取り付け、魔理沙たちは彗星の如き加速で通路を駆け抜ける。

 

「急ぐのは良いけど、目的地とか解ってんの!?」

「知らん! しらみ潰しに探すしかないだろ!」

「ねぇ! さっきの猫ちゃんが言ってた、さとり様って妖怪を探せば良いんじゃないかな!?」

「――っ。藍から連絡が入った! 中庭に灼熱地獄跡地の穴があるから、そこに行けってよ! 中庭ってどこだよ!?」

 

 高速で移動している為、風圧に負けないように大声で会話しながら、三人は天井と床にステンドグラスの張られた煌びやかな洋館の探索を開始した。

 

 

 

 

 

 

 ふっ。

 今の私、結構恰好良かったんじゃあるまいか。

 

 魔理沙たちに先を任せ、私が目の前のにゃんこ二号、火焔猫燐を請け負ったのにはちゃんと理由がある。

 お燐の話では、主であるさとりは疲れて休憩中との事なので、そのまま次に行けばラスボスであるお空に辿り着く。

 なので、負けられない勝負に消耗した私が行くよりも、魔理沙に言った通りこれまでほぼ何もしていない彼女たちが行く方が最善だ。

 それと、もう一つは道中でヤマメや勇儀が言っていた「スペルカード・ルールは地霊殿の連中が広めた」、という部分を聞いたからだ。

 地霊殿の主であるさとりは、灼熱地獄跡地というこの場の管理を任された地底の管理者と言っても良い役職だ。紫がその辺を頼って、地底に幻想郷の新しいルールを広めて貰うよう打診したとしても、不思議ではない。

 つまり、さとり本人やそのペットであるお燐たちは既に幻想郷のルールを受け入れているのだ。弾幕ごっこでお燐に勝負を挑めば、勝っても負けても足止めという私の役目は果たされるのである。

 なんという完璧な読み。

 遂に、私の策士としての才能が開花したのかもしれない。

 

「ありゃりゃ、行かせちゃった」

 

 宙に浮くお燐は、然して気にした様子もなく魔理沙たちが消えていった地霊殿の入り口を見つめていた。

 

「とりあえず、自己紹介をしておきましょうか。私は、アリス・マーガトロイド。地上の幻想郷に住む魔法使いよ」

「丁寧にどうも。あたいはお燐。本当の名前はもうちょっと長いけど、あんまり好きじゃないからお姉さんもお燐って呼んでよ」

 

 招き猫のように手を動かしながら、お燐はニコニコと子供っぽい笑顔で話し掛けて来る。

 確か公式では、「死体を持ち去る程度の能力」を持っているが、生きている人間に興味はなく、自分で人間を殺す事も好まないという割と無害な設定だったと思う。

 これは、念願の戦闘回避が可能かと淡い期待を抱いた私の想いは、しかし、何時もの如く無残に打ち砕かれる事になる。

 

「お姉さん、とっても強いんだよね?」

「私自身は、自分の事を弱いと思っているわ」

「謙遜はよしなよ。地底でも、お姉さんの名前はとっても有名だよ」

「謙遜している訳ではないわ。ただの事実よ」

「それじゃあ、地上にはもっと強いひとが一杯居るんだろうねぇ」

 

 二股の尻尾をゆらゆらと揺らしながら、お燐は笑ったまま、私は相変わらず無表情のままで会話を続けていく。

 

「あたいはね、強い奴の死体が大好きなのさ」

「趣味が悪いわね」

「にゃはは、妖怪の習性ってやつでね。意思や想いの強い魂の死体ほど、素敵な素敵な死体になる。自分で殺すとちょっとつまらなくなるけど、それでもお姉さんなら極上の死体になるはずさ」

 

 んん?

 流れおかしくない?

 

「スペルカード・ルールを無視するというの? それは、貴女の主であるさとりの立場を悪くする事になるわよ」

「そうだね、さとり様からは弾幕ごっこを広めるようお願いされたし、地上から来る人間にはそれで勝負するよう言われたよ。だけどここには、お姉さんとあたいだけじゃないか。衆人環視や審判だって、どこにも居やしない」

 

 咄嗟のハッタリも通用しない。

 お燐は、完全に私の命を狙って来ている。

 

 ちょっと待て、ミスターうるちはどこだ!?

 

「あたいの好きな言葉に、「死人に口なし」ってのがあるんだよ。あたいには聞けるけど、さとり様にだって死体の言葉は聞こえない。怨霊になれば、生前の事なんて地底の底に忘れちまうしね」

 

 ずっと笑顔で見えなかった、お燐の両目がゆっくりと開く。

 爛々と輝き、興奮に濡れ染まった瞳。気付けば彼女の周囲に怨霊が集い、怪しく、妖しく光がたゆたう。

 

「とっても強い人間の巫女と戦り合って、我慢が出来なくなってた所なんだ。お姉さん――ちょっと死体になっておくれよ!」

 

 どうやら、運命の女神とやらは私の事が本当に嫌いらしい。

 

「他を当たりなさい」

 

 勇儀の次はお燐りんかよ! どちくしょうが!

 地底ってば、マジ世紀末過ぎるってばよ!

 

 不可避の戦闘に覚悟を決め、戦闘用の人形を周囲へと転送しながら、私は内心全力で悪態を吐いた。

 




話が長くなり過ぎたんや。
パルスィ、ごめん……

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