東方有栖(アリス)伝   作:店頭価格

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苦手なジャンルを練習しようの回。

今回のネタはキャラではなく、「サスペンス」と「群像劇」です。

終わりまで一度に上げたかったんですが、どうにも長くなりそうなのでとりあえず一話だけ落とします。
……ちくせう。



24・人間が悪い話・妖怪が恐い話(起)

 人里の一角に建つ豪邸で、この家の現当主から「火急の嘆願有り、受ける意思あらば当家に来られたし」という堅苦しい文章の手紙でお呼ばれした私は、普段では絶対に食べられないような高級和菓子に舌鼓を打っていた。

 

 この竹羊羹、めっちゃうまー。

 やっぱ素材からして、私の作る洋菓子とはレベルが違いますわぁ。

 料理マンガで例えるなら、服を脱ぐか口からビームが出るレベル。

 

「本来であれば、こちらから出向くべき所をご足労頂き真にありがとうございます」

「普段通りで良いわよ」

「今は、公としてこの場におりますので」

「――そう」

 

 口元は笑っているものの、その笑顔に友好的な色は微塵もない。

 

 年端も行かぬ美少女が、背伸びするでもなく大人の対応を取っているその凛々しさ――たまらんね。

 今日も今日とて、光学(ステルス)迷彩うぜぇ丸のシャッターが止まらないんだぜっ。

 

 畳の敷かれた客間で、机を挟んで反対側に座り緑茶の入った湯呑みを傾ける、若草色の着物を着た一人の少女。

 彼女はこの屋敷――稗田家の現当主であるノートリアスAQN(あきゅん)こと、稗田阿求だ。

 彼女の家系は、百何十年単位で転生の秘術により記憶の一部を継承した者が生まれ、目の前の少女はその九代目となる。

 引き継いだ「一度見たものは忘れない程度の能力」という十万三千冊の魔道書でも覚えそうな能力を利用し、代々「幻想郷縁起」というこの郷に住む魑魅魍魎たちの詳細を書き綴った書物の編纂を行っており、私も以前この客間でインタビューを受けた。

 

「公とは言いましたが、今回の依頼は稗田家からのものではありません。私がアリスさんの知人という事で、人里の上役から説明役を請け負っている形となります」

 

 居住まいを正した阿求の真摯な視線が、少女の中に確かな当主としての威厳をたたえながら私を見る。

 

 ちょっと待って欲しい、あっきゅん。

 今、聞き間違いであって欲しい単語が入ってたよね?

 

「……私は阿求の事、友達だと思っていたのだけれど」

「ふふっ。一応、私も人里の上役と繋がりを持つ古い家系の者です。公としての関係は、「知人」とさせておいて下さい」

 

 私が、明らかになった心の溝に胸の奥を深く抉られていると、阿求は途端に相好を崩して着物の袖を口元に当てクスクスと笑い出す。

 

 うむ、清楚小悪魔も悪くない。

 

 今は頼む立場なので抑えているが、本来の彼女はその著書の内容からも解る通り割りと毒舌家だ。

 若い身空から当主として里の大人たちと渡り合わねばならず、また妖怪事典の製作者として危険な妖怪たちとも対峙して来た結果、性格も中々にしたたかな少女が出来上がっていた。

 

「コホンッ、話を戻しますね」

「ごめんなさい」

「良いんですよ、私もからかい半分でしたし」

 

 正にコロコロという表現が似合う笑顔で、楽しそうに笑う阿求。そこから直ぐに顔を引き締る辺り、本当に彼女が家名を背負う当主として育てられたのだと理解させられる。

 

「では、改めまして。アリス・マーガトロイドさん、現在人里で発生している連続失踪事件について、解決のご協力をお願いしたいのです」

 

 阿求からの依頼は、うららかな日差しにも慣れてきた穏やかな季節に、まったくもって似つかわしくないしろものだった。

 

「――人里の知り合いから、少しだけ聞いているわ」

 

 日常とは尊く、そして崩れるのは一瞬だ。

 この場所が、幻想郷という隔離された世界にとって重要であるが故に、大なり小なり事件は起き続けている。

 知っていても、今回のように理由が出来ない限り私はそれらに関わろうとはしない。

 私の両手で掬えるものは限られる。それ以前に、部外者であり人里にとって脅威でもある私が積極的に介入すれば、多方面に対して摩擦を引き起こしてしまうのだ。

 魔法などという超常の能力を持ちながら、私もまた全てを救うセイギノミカタにはなれなかった。

 

「年若い女性と女の子供ばかりを狙って、この二十日で計四件――幻想郷で最も大きな集落である人里以外の場所でも起こっているのであれば、更に数は増えるでしょうね」

 

 死体の残される殺人とは違い、失踪や誘拐の場合は更に捜査が困難になる。犯行が深夜帯か人里の外となれば、目撃情報も期待するだけ無駄だろう。

 

「これは、一部の者が扇動しているだけで決して人里の総意ではありません――と、前置きをさせて頂きますが、どうも警戒を促しても一向に被害が収まらない事から、人攫いを天狗の神隠しだとして大々的に抗議しようとする者が出始めたとか」

 

 天狗の神隠し。外の世界では御伽噺として揶揄される怪奇現象も、実際に当人たちの居る幻想郷では何の不思議もない話となる。

 

「現在、山の組織と取り決めた範囲の領域では山の資源や食料を必要な分量確保出来ず、仕方なく彼らの領土に踏み入っている者は僅かですが確かに居るそうです」

 

 天狗は、排他的な社会を持つ種族だ。妖怪の山を自分たちの領土と定め、侵入する者を容赦なく排除しようとする。

 実力行使は元より、神隠しのような誘拐を行い「不心得者の末路」を示す事で、人間たちを牽制するのだ。

 

「ですが、証拠もないまま罪を問えば天狗側からの糾弾は必至。それにより山の使用を全面禁止などという流れになれば、人里の生活は立ち行かなくなってしまいます」

 

 阿求が語る限りでは、天狗に人里の人間が攫われた場合稗田家などの妖怪にも縁のある古い家柄の者が失踪者の返還を求め、謝罪や賠償などを行って取り返すのが通例となっているらしい。

 博麗の巫女に助けを求めても良いが、その場合今代は禁を犯した失踪者も仲良く吹き飛ばすので、余り推奨はされていないそうだ。

 

 霊夢……人里からも恐れられるとか、マジ素敵な巫女さん。

 

「歴代の巫女たちが貫かれた勤勉な努力による恩恵と、当代の制定したスペルカード・ルールの普及で妖怪から襲われて命を失う者が減り、治安も改善された人里は徐々に拡張を始めております。ある程度とはいえ平和となった弊害が、妖怪の脅威を軽んずるという形で現れようとは……」

 

 攫われた人々と、人里のこれからを憂う阿求。

 不謹慎だが、こういった表情の時の彼女は代々短命だという事前情報とその容姿もあって、より儚さが強調されてとても美しい。

 

「攫われている人間の共通点は、山の領土を侵している人の家族という事?」

「いいえ、直接関係のある者はその中で一人だけです。人里に住む人間だという以外、これといった共通点もありません――調べた限りでは、ですが」

「だったら、それはおかしいわ」

 

 そもそも、天狗が領土を侵す者を罰するなら侵した本人を攫えば良い話だ。家族であったり、何の関係もない者を攫うより余程主張を明確に出来る。

 誰かが人里の外で居なくなったのなら、それは妖怪か獣に食われたと思うのが普通だ。

 周囲にそういった痕跡がなかったのかもしれないが、だとしてもまずは先にそちらの方向で噂が立つ。

 そこから考えても、失踪イコール天狗の仕業という短絡的な噂には、誰かの悪意が働いているとしか思えない。

 野良の妖怪が好き勝手に起こしているのであれば、噂の発生が不自然だ。かといって、本当に天狗の仕業であるならば犯行の主張が曖昧過ぎる。

 つまり、この事件の犯人は野良の妖怪でも天狗でもない、それ以外の犯行であるという可能性が出て来る。

 

「……アリスさんは、人間の仕業だと仰りたいのですね」

 

 阿求も当然、その推測には辿り着いていたのだろう。私の考えに対し、特に反論は唱えない。

 

「可能性の話よ。あり得ない話ではないでしょう?」

 

 どんな場所、どんな世界であろうと人間は人間だ。心があり、欲があり、愚かであり、したたかであり、善と悪を併せ持つ救い難い種族。

 残念ながら、そんな者たちを無条件に疑わないほど私は彼ら彼女らを盲信してはいない。

 人攫い、強盗、人身売買――古今東西何時の時代だって、罪を犯す人間は存在している。

 

「噂の出所は特定出来る?」

「難しいでしょう。水面下とはいえ、既に里全体に噂は広がっております。今から聞き込みを行ったとしても、正確な情報が残っている可能性は低いかと」

「……まずいわね。その噂はもう、情報収集と広報を担当している烏天狗たちの耳には入っているでしょうし」

「そうなのです。このまま悪い方向に話が進めば、人里の存続そのものが危機に陥りかねません」

 

 人里に居れば妖怪に襲われる事はないが、それはあくまで妖怪の賢者が庇護しているからに過ぎず、人間はこの郷において妖怪の都合で生かされている存在に過ぎない。

 例え総意ではなかろうと、身の程知らずにもパワーバランスの一角を担う山の組織と修復不能なほどの亀裂を生み出せば、大多数が切り捨てられる可能性すらあり得ない話ではないのだ。

 

「私は、何をすれば良いの?」

「犯行時刻が夜である可能性は高いでしょう。数日で構いません、日の沈んだ頃合から人里の外周近隣を警邏して頂きたいのです」

 

 なるほど、その途中で見下げ果てた(ロリコン)共を見つけた場合は、全力で駆逐すれば良い訳ですね。解ります。

 でも、その依頼だと私限定で出さなくても別に良いよね?

 

「この依頼を私に出す理由、聞いても良いかしら」

 

 人里の為にも、この依頼を受けるのはやぶさかではないのだが、とりあえずその前に気になった点を質問しておく。

 もし、犯人が私の予想通り人間であるならば妖怪専門の霊夢は直感で察して断るかもしれないが、魔理沙や早苗、それに妹紅辺りなら報酬次第で十分食いつく内容だ。慧音に至っては、もう独自の調査や見回りを始めているだろう。

 わざわざ阿求を通してまで、私をこの件に関わらせようとする意図が解らない。

 

「えぇ。実力は当然ですが、人柄による信頼や報酬に対し無茶を言わない常識性――人海戦術の必要になる捜索において貴女の操る人形たちが有効である点など、上げればきりがありませんよ」

 

 ふむ、本当の事を教える気はない、と。

 

「……良いわ、その依頼受けましょう。報酬に関しては、成功報酬だけで十分よ」

 

 駆け引きは苦手だし、友人を相手にあれこれと邪推するのも面倒だと、私は思考を打ち切った。

 阿求は人里の人間で、人里と人間の事を考えていれば良い。私は私で、依頼された私の役目をこなすだけだ。

 下手な考え休むに似たり。流れが決まったのなら、結論や行動はシンプルな方が解り易い。

 

「ありがとうございます」

「他には何もしなくて良いの?」

「はい。貴女へのご依頼は、その一点のみです」

「そう」

 

 一人でなにもかもがこなせると思うほど、私は自惚れてはいない。私がふらふらと見回りをしている間に、事件の犯人探しは別の者が担当するのだろう。

 

 では、今日から早速夜の見回り(意味深)に励むとしますかね。

 犯人、早く捕まると良いなぁ。

 

 思惑はあるだろう、政治的な部分もあるのかもしれない。

 陰謀術中渦巻く伏魔殿。正にその名が相応しい幻想郷の策謀家たちのあれこれになど、無理に関わろうとは思わない。

 

 私のようなへっぽこな暇人でよろしければ、精々有効活用して欲しいものだね。

 

 陰鬱な事件の早期解決を期待しながら、私は再び竹羊羹へと爪楊枝を伸ばす。

 気の滅入る話題の最中であっても、羊羹の美味しさは相変わらずだった。

 

 

 

 

 

 

 折衝が終わり、人形遣いが立ち去った稗田家の客間に残された阿求が、僅かな緊張を解くと同時に小さく溜息を吐く。

 アリスの無表情は、交渉を持ち掛ける側にとって非常に厄介だ。その性格をある程度知っている者であっても、彼女の未知の部分は謎が多過ぎる。

 

 もしかしたら、こちらの事情を全て察した上で何も聞かずに依頼を受けてくれたのでは――などと考えてしまうのは、いささか甘えが過ぎますね。

 

「――聞いての通りです、文さん」

「――はい。後は私どもの役目となります。ご苦労様でした」

 

 無意味な思考を切った阿求の声に応じ、奥の襖を開けて現れたのは山の組織に属する烏天狗、射命丸文だった。

 笑顔の奥に全てを隠すその表情からは、彼女が今何を思っているのかを察する事は出来ない。

 

「しかし、やはり人間とは罪深い生き物ですねぇ。友と呼ぶ方を、いとも容易く裏切れるとは」

「「知人」ですよ。稗田の背負って来た業に比べれば、あの程度何の重みも感じません」

「おぉ、こわいこわい」

 

 肩をすくめ、明らかに適当な口調で阿求の発言を聞き流す文。

 それが、彼女なりの慰めである事は「知人」として阿求も察している。

 「今回の失踪事件は、天狗の犯行である」。事件の初期から人里で流れ、すぐに収まるだろうと考えられていたその噂は、若い世代を中心に最早無視出来ない状態にまで蔓延してしまっていた。

 異常なほどの浸透速度と、人里と外部の関係悪化を狙った噂の内容。誰が、一体何の目的で行ったのかは解らないが、これは明らかに人里へ向けての攻撃だった。

 山の組織側とて、人間たちと事を荒立てるのは本意ではないのだ。

 もし、人間側が本当に噂通りの行動に出た場合、面子を保つ為にも制裁は避けられない。しかし、そうなると人里の背後に居る「あの女」が大手を振るって介入して来る。

 何の下準備もなく対峙すれば、それこそ何が起こるか解らない。それほどまでに、あの胡散臭い賢者は難敵なのだ。

 全てが後手に回り流れを止められず、噂を流布した元凶すら突き止められなかった阿求たちは、逆転の一手としてこれからアリスを利用する。

 そう、利用だ。人里の為、妖怪の山の為――ひいては幻想郷の為に、あの人形遣いを理不尽に巻き込み不義理を押し付けなければならない。

 人間側からの知名度の高い彼女を話題に、噂をくつがえし一蹴する為の「真実」を捏造する。

 許しは乞わない。今更、乞えるような立場ではない。

 

「嫌われるでしょうね、完全に。彼女との関係は、割とお気に入りだったのですけれど……」

「大丈夫ですよ、きっと。文屋は嫌われてなんぼですし、必要であれば私に全ての責任を押し付けて頂いても構いませんよ?」

「そうですね。この話は、元はと言えば文さんが持って来たのですし、遠慮なくそうさせて貰いましょう」

「あやややや……」

 

 さりとて、短い生しか持たない人間は落ち込んでいるばかりもいられない。

 最早、さいは投げられたのだ。

 

「――謝罪の茶菓子は、もう少し良い物を揃えておきましょうか。気に入って頂ければ良いのですが」

 

 任された役目の殆どを消化した阿求に出来る事は、自分たちで作り上げた舞台の成功と大切な者たちの無事を祈るのが精々だった。

 

 

 

 

 

 

 阿求の態度から、これが普通の依頼でない事は理解していた。襖の向こうに隠れていた文や天狗の話から、山の組織が絡んで来る事も察した。

 イレギュラーや突発的なトラブルも、ある程度は覚悟をしていたのだ。

 だが、この状況は流石に想定外が過ぎるのではないだろうか。

 

「く……っ。上海!」

 

 上海人形のギミックが発動し、両の手の平に仕込んだ魔石(ジェム)から魔力が溢れ、防壁となって正面から迫る大量の弾幕を防御する。

 すかさず左右から追撃の風刃と突進が来るが、こちらも風刃を盾持ち人形たちで防ぎ、突進を蓬莱を含めた複数の人形でカウンターを仕掛け追い払う。

 太陽がまだ西にも傾いてはいないような、午前と午後の境目。私は帰り道の途中で、突然顔まで隠した黒装束たちからの襲撃を受けた。

 

 真っ昼間に黒装束とか、逆に超目立ってるんだけど! ウケる!

 何なの? バカなの? 死ぬの? 私が。

 もう、笑うしかないよね! ――ちくしょーめー!

 

 襲撃者の数は、男女が二人ずつの計四人。しかも、全員が烏天狗という絶望的な戦力である。

 幻術でも使っているのか、背中の羽まで隠す徹底振りだ。私も、相手の精神世界面(アストラル・サイド)を見抜く「目」がなければ謎の集団だとしか理解出来なかっただろう。

 

 何が絶望的って、思考加速を使ってなお視線が追いつかないほどの速さなんだよねぇ。

 うおぉっ!? 今、風刃が頬掠ったかも!

 

 速さは重さだ。人間大の物体が時速数百キロの飛行速度で動いているのだから、体当たりされただけでも普通に死ねる。

 流石は幻想郷屈指の飛行種族と言うべきか、可能な限り人形たちで防御を固めているが、風刃や高速の打撃で端から崩され防戦に徹する事しか許されない。

 せめてもの幸いは、相手はこちらを殺す気はないようである程度の手加減をしてくれている点だろうか。

 

「「烈閃槍(エルメキア・ランス)」!」

 

 だー! もぅっ!

 当たるなんて思ってないけど、速過ぎて牽制にすらなりゃしない!

 

 追い込まれるままに人気のない場所まで移動させられ、今自分のいるこの場所が下に森があるという事以外もう何も分からない。

 

 このまままともに戦ってもジリ貧か――ならば、何時もの通り時間稼ぎの「説得」コマンドだ!

 

「もうこの際、スペルカード・ルールの事は言わないでおくわ。それでも、せめて組織を名乗るものとして最低限の礼儀と筋を通しなさい――はたて」

 

 四方八方からの波状攻撃を必死に捌きながら、黒装束の中で頭巾を被ったツインテールを睨み、私は彼女にそう問い掛けた。

 断定を込めたその台詞に、正体を見抜かれた四人の動きが止まる。

 

「ひ、ひひ人違いじゃないのぉ? わ、私は別に、姫海棠はたてとかいう超絶美人有能記者じゃないしぃ」

 

 はたてぇ……

 

 明らかに挙動不審な態度になりながら、頭巾の向こう側から震える声で否定するのは、射命丸文と同じく新聞稼業を生業とする今時流行りの念写女子○生(ハーミットパープル)、北海道ほたて――もとい、姫海棠はたて。

 記者という、戦闘特化の役職ではないはずの彼女がなぜこの襲撃に参加しているのか。疑問の上に、更なる疑問が山となって積み立てられていく。

 

「私が、友人である貴女を見間違うとでも思うの? だとすれば、心外ね」

「い、いやぁ、流石にここまで頑張った恰好してるのにそんな理由で見分けられたら、私じゃなくてもドン引きするわよ? 私は姫海棠はたてじゃないけど」

 

 相手の妖気や精神(アストラル)体で固体を見分ける精神世界面(アストラル・サイド)の知覚は、私にとっても切り札の一つなので周囲の者には喧伝していない。

 相手にしてみれば、隠れていようが変装していようが理由も解らず見抜かれるこの技術は、確かに不可思議なものに映ると思う。

 

「はたて」

「だ、だから私は――」

「説明して」

「う……」

 

 もう面倒なので、直接聞く事にした。

 彼女は、妖怪にあるまじき素直さと真面目さを持っているので、こちらが真摯に問えば或いは全てを明かしてくれるかもしれない。

 

「だ、ダメよっ。今回に限っては、私も阿求と同じ意見なんだから。貴女だから(・・・・・)教えたくない(・・・・・・)のっ」

「もう一声」

「え? も、もう一声? うーん、そうねぇ。後は、今回の件を大天狗様も承知してるって事とか?」

「おいっ」

「この阿呆っ」

「え、え?――あ……い、今のなし! なし! 嘘、嘘だから!」

 

 自分で振っといてなんだけど、この娘本当に喋ったよ。

 今後悪い人間とかに騙されないか、凄い心配なんだけど……

 

 仲間から叱責されて、ようやく自分の迂闊さを理解したはたてが両手を振って誤魔化そうとしているものの、その狼狽振りが逆に今の発言に真実味を与えていた。

 

 しかし、大天狗の命令?

 おいおい、私が関わったのってただの誘拐事件じゃないの? そんな重役の名前が出て来るとか、イミフの極みなんだけど。

 話の風呂敷、広げ過ぎなんじゃない?

 

「じ、事態が終われば解放するし、身の安全は私が保障するわ。ここまで話してあげたんだし、大人しく捕まってくれると嬉しいんだけど……」

 

 失態を挽回する為か、こちらを説得する彼女の言葉に嘘がないのは解る。

 だが、だからといって提案を受け入れるかどうかは別問題だ。

 

「まっぴらごめんよ」

「うぅ……」

 

 私は、普段は使わない言葉遣いではたての希望をばっさりと切り捨てた。

 何の事情も知らず、理解出来ず、ただ人形のように操られて事態を終えるなど、本当にまっぴらごめんだからだ。

 思惑がどうであれ、弱者であり利用される側である私が巻き込まれるのは別に構わない。だが、関わる以上私は真実を知りたい。

 権利などない、義務ですらない。ただ、私がそうしたいだけの我侭だ。それでも、その我侭すら通せないようでは幻想郷で生きていく資格はない。

 

「な、なによなによ! 折角教えてあげたのにっ。ばーかばーか、アリスのばーか!」

 

 頭巾の向こうで見えないが、彼女が若干涙目になっているのが解る。

 

 だめっ娘はたたん……まったく、抱き締めたいな!

 

 彼女からの情報収集は、ここが限界だろう。

 問答は終わりと見たのか、再び周囲の烏天狗たちが構え直し始めている。

 

 時間は稼いだ――結末は変えられなくとも、せめて一刺しは覚悟して貰おうか。

 

「交渉決裂ね――「暴爆呪(ブラスト・ボム)」!」

「「「っ!?」」」

 

 誰かが動き出すよりも早く、空気の軋む音を立て烏天狗たちの周囲に合わせて十数の光球が出現する。

 通常、私の呪文は自分の手元やその周辺、もしくは相手へと直接発動させるのだが、時間を掛けてイメージをしっかりと想像する事が出来れば、こういった細かい芸当も可能なのだ。

 「火炎球(ファイアー・ボール)」など目ではない、鉄板すらも溶解させる高火力高密度の熱火球群。当たればただでは済まないだろうが、今から火球そのものを操作した所で烏天狗の飛行速度では直撃は不可能に近い。

 

 だけれども――そんな事は百も承知の助ってね!

 

弾けろ(ブレイク)!」

 

 現れた火球が、私の命令に応えその場で一斉に炸裂する。

 威力は落ちるが範囲は十分。鼓膜を痛めるほどの強烈な轟音と爆裂が、空の四方を染め上げた。

 全員の位置取りは覚えているし、煙の中でも相手の妖気は見える。

 あの状態から回避するというどう考えても変態機動のはたては放置して、動きを止めて防御したであろう三人の内一人に狙いを定め、私は早口で次の呪文を唱え切った。

 

 悪いけど、こっちは風の防御じゃ防げないよ!

 

「「崩霊裂(ラ・ティルト)」!」

「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 蒼の円柱が天へと走り、烏天狗男Aさんの悲鳴が煙の中に木霊する。

 普通の妖怪であれば、食らった時点で粉微塵になるほどの精神攻撃だ。烏天狗は総じて回避重視のスピード型であるが故に、ダメージに対する耐性がそれほど高くない。

 流石に死にはしないだろうが、耐えた所で動けなくなるほど憔悴するのは必至。

 

求道丸(ぐどうまる)!」

 

 はたてとは別の女性天狗が、大声で落ちゆく男の名を呼ぶ。

 

 そんな名前なの!?

 恰好良いな、烏天狗男Aさん!

 

 これで、残りは三人。

 といっても、ここで私の策は打ち止めだったりする。動きを止めないと当たらないのに、彼らはもう不意打ちを警戒して二度と止まる事はないだろう。

 後はもう、出たとこ勝負で最後まで足掻くだけだ。

 

「やっぱり、貴女ってヤバイわねぇ――っ!」

 

 墜落する烏天狗男Aさん――もとい、求道丸を女性天狗が拾い上げ、最後の一人の弾幕による牽制を人形で防いでいた所で、上空に逃げていたはたてがこちらに向かって急降下して来た。

 自身の加速と落下の勢いに任せ、正に一陣の風となって迫るはたて。

 

 速過ぎる――これが、正真正銘の本気――

 見えているのに、回避や防御が間に合わない――

 食らう――だったら――

 ――南無三っ!

 

 次の瞬間――はたてから最高速度であろう体当たりを食らった私は、その意識を闇へと落とした。

 

 

 

 

 

 

「ず……ずま゛、な゛い゛……」

「良いから寝ていろ。負傷者二名か――おいっ!」

「はっ」

 

 息も絶えだえな仲間を抱えて安堵の溜息を吐く女の烏天狗に呼ばれ、検分役を務めていた犬走椛を筆頭とする白狼天狗たちが姿を現す。

 

「可能な限り隠蔽を急げ。先程の音を聞きつけ、誰ぞ来るやもしれん――コイツも、山の治療院へ運んでおけ」

「「「承知」」」

 

 彼女からの命令に素早く行動を開始する白狼天狗たちの中で、椛だけが監督役としてその場に残り片膝を付く。

 二人の白狼天狗が、気絶して横たわるアリスに布を巻き更にその上から麻袋を被せ、外からは見分けがつかないようにして粛々と搬送を開始した。周囲に落ちた人形たちも、完全に停止している事を慎重に確認した後で、同じく麻袋へと詰め込んでいく。

 その隣では、勢いのまま激突し両足以外を完全に地面の下へと埋没させたはたてを、白狼天狗たちが数人掛りで引き抜こうとしていた。

 

「情報を漏らした挙句この醜態。真に同じ烏天狗か、情けないにもほどがあるわ」

「どちらがだ、口を慎め」

 

 急降下してアリスを仕留めた後、そのままの地面に直撃するという間抜けなはたてをなじるしゃがれ声の烏天狗を、指示を出した女性天狗が頭巾を取りながら諌めた。

 

「どういう意味じゃ」

「解らぬのなら、その口を閉じてさっさと帰れ」

「……ふんっ」

 

 眉間から右目を通る形で伸びる、一筋の刀傷を残す凛々しい顔をあらわにした女の烏天狗を一瞥し、初老らしい天狗は顔を隠したまま鼻息を一つ吐き妖怪の山へと飛び立って行く。

 

「……ありがとうございます」

「礼はいらん、ただの事実だ」

 

 気絶した知り合いに助け舟を出して貰い、かたわらに座したまま感謝の言葉を口にする椛に対し、若い烏天狗は部下の顔を見もせずにそれだけを答えた。

 アリスの魔法を唯一回避し、天狗の中でも最速と名高い射命丸と伍するなどと称される者が、こんな幼稚な失敗をするとは彼女にはとても思えなかった。

 何をしたのかは皆目見当すら付かないが、それでもアリスがはたてを自滅させただろう事は疑いようもない。

 

「アリス・マーガトロイドか――確かに、油断ならん相手だったな。はたての特攻がなくあのまま畳み掛けられていれば、こちらも危うかったやもしれん」

「しかし、ここが彼女の限界かと」

「なぜだ?」

「あの方は、戦場には向きません」

 

 白狼天狗たちに運ばれて行く人形遣いを見ながら、椛は静かに首を振る。

 彼女は、常に全力を出す戦いをしない。

 自分の命が天秤に乗らない限り、勝敗を度外視した双方にとって妥協点の模索としての戦闘しか行おうとしないのだ。

 こちらが殺す気で仕掛けたのならばともかく、捕縛の為であるならこの結果は当然といえた。

 

「我らにとっては益となるならば、その方が都合が良い」

 

 どこか、刀のように鋭い気配を持つ烏天狗の弁は、どこまでも排他的だった。

 アリスと知り合いではない彼女にとって、あの魔法使いは所詮忌むべき余所者でしかない。

 

「腕の良い術師だというのに、因果なものだな……」

 

 しかし、天狗とは元々修験者の成れの果てである。

 秀でた才能を持ちながら、それを活かし切る事の出来ない魔法使いの少女を惜しむ程度には、憐憫の情も沸いているらしかった。

 

 

 

 

 

 

「――っとぉ。この辺りか」

 

 幻想郷の中でも、特に筆頭する部分のないただの森の一角。

 激しい閃光を伴う轟音を確認した魔理沙は、箒に跨ってその現場らしき場所に着地した。

 

「……ふむ、音と光はここの上空から見えた気がしたんだけどなぁ」

 

 箒を器用に回してもてあそびながら、落ち葉を蹴ったり木々の損傷を確認したりと、現場に異常な点がないかを調べていく。

 しばらく捜査を続けていた彼女の足元へと、不意に何か硬質な物体がぶつかった。

 

「おっと、ようやく手掛かりでも――は?」

 

 見下ろした彼女の視線の先にあったのは、一体の人形だった。

 金髪をした赤いワンピース姿で、頭には可愛らしいリボンを結んでいる。

 そんな、膝丈ほどの人形の右腕が魔理沙の足首を弱々しく掴んでいるのだ。

 

「お前……ひょっとして蓬莱か? アリスはどうした? おい、おいっ」

 

 あの人形遣いが、これでもかと愛情を注ぐ相棒の一体。そんな、彼女にとって命の次に大事にするほどの人形が、こんな汚れた状態でご主人様の傍を離れるなど考えられない。

 しかし、魔理沙の問いに答えられるはずもなく、魔力を使い果たしたのか蓬莱はそのまま力尽きるように動かなくなった。

 伸ばされた逆側の手には、濡れ羽色をした大きな鳥の羽が差し出されている。

 

「これは、烏の――イヤ、烏天狗の羽かっ」

 

 蓬莱から羽を受け取り、魔理沙はそこに込められた妖気からその正体に辿り着く。

 

「――事件だぜっ」

 

 事情を知らなかろうが、蚊帳の外であろうが関係ない。帽子の縁を掴み、魔法使いの少女は事態への参加を決意する。

 仰いだ空の景色は、未だ夕暮にも差し掛かってはいない春空のままだった。

 

 


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