しかも、やっぱり今回では締め切らないという――
めーパチェがそんなに目立たないし……
参加人数を考えるべきだったorz
ここに来る以前の状況を、私はハッキリと覚えていた。
肉体という枷から離れ、私は彼女と対峙している。
見下ろせば、そこには何時もの「私」が居る。線の細い腕も、視線の高さも、何時も着ている青のワンピースも、何一つ変わらない。
私の今の気分は、「真理」を前にした錬金術師といった所か。
禁忌を犯した兄は、片腕と片足を奪われた。
共犯となった弟は、その全身を奪われた。
だったら、私は一体何を対価に支払わされるんだろう――なんてね。
私はパチュリーの制止を、友人の差し伸べてくれた手を振り切ってまでここに来た。
彼女には、とても悪い事をした。後できっと、沢山怒られる。
もしも私に、後があればの話だが。
とはいえ私も命が惜しい訳で、ここを訪れるまでに色々と手札は揃えて来た。魔道書からの呼び掛けに、即座に応えられなかった理由の一つもそれが原因だ。
もっとも、多分ソレらは無駄になる可能性の方が高いだろうというのが私の見解だったりする。
十年以上待っていてくれた事や、今も会談の席を設けてくれている事を含め、あの夢は――とても優しかった。
「強引なやり方で連れ込んでしまって、ごめんなさい」
可憐で可愛い、人形を思わせる小柄な「アリス」が謝罪する。
「こちらこそ、会いに来るのが遅れてごめんなさい。ずっと、ここで私を待っていてくれていたのでしょう?」
こんな場所と機会でなければ、着せ替えと撮影を前提に握手から始めさせて貰いたいほどの逸材が目の前に居るというのに、実に勿体ない。
――感情に、小波が起こる。
「そうでもないわ。でも、色んな方法で呼んだのに全部無視されたのは、少しだけ寂しかったかな」
「色んな方法?」
「あれ? 気付かなかったの? それとも、別の人に届いちゃったのかなぁ。繋がった感覚はあったんだけど……」
「だとしたら、多分後者でしょうね。もしも以前に貴女からの呼び掛けがあったのなら、私はもっと早くにここへ来ていたでしょうから」
――感情に、小波しか起こらない。
「外の皆は無事なの?」
「うーん、無事と言えば無事ね。貴女との時間を邪魔されたくないから、足止めくらいはお願いしたけど――まぁ、良い余興にはなってるんじゃないかしら」
歓喜も、安堵も、動揺も、不安も、憎しみも、恐怖も――肉体を離れてさえ、私の心は強く揺れ動いてはくれなかった。
やっぱり、私は違うんだね……
私を「私」と認識する、この魂でさえも……
驚きは少ない。逆に、納得の方が大きいほどだ。
確かに、魔法使いという肉体も一因ではあるのだろう。だがそれ以前に、その器に内包された「私」という存在こそが掛け値なしの欠陥品だった。
――まぁ、
今更その程度の事実が判明した所で、苦悩するほど乙女ではない。
「貴女は、「アリス」……なのね」
「えぇ、そうよ。でも、だったら貴女はアリスじゃないの?」
嫌味なほどに、少女は笑う。私とは違い、笑顔という確かな表情を浮かべて。
不確かで歪な私とは違う、実に子供らしい可愛い笑顔を。
「いいえ、私もアリスよ」
これは嘘だ。私は、目の前に居る彼女ほど自分を自分だと思えていない。
だが、私はさとりからの問いに自分の名を「アリス・マーガトロイド」であると答えた。
贋物が真物に勝る点、それは本物にはない本物であろうとする確固たる意地と意思。
まるで意味のないただの虚勢だが、せめてこの身の最期まではその意地を通したい。
「うん、それで良いの」
頷く彼女の魔力を見れば解る。あの魔道書に封印を掛けたのは、間違いなく彼女だ。
内的魔力の性質は、肉体に依存する。魂とは無色の燃料に過ぎず、溢れる魔力と言う名の炎を生み出すのは全て肉体の役割だ。
そして、例え人造生命体であるホムンクルスの技術を応用してまったく同一の固体を生み出したのだとしても、そこには「真」と「贋」という明確な差異が出る。
もしも私の使っていた肉体までもが贋物だったのならば、落とした血によって魔道書の封印が解ける事はなかった。
私が贋物で、彼女が本物。この時点で、その線引きが既に決定していた。
「わたしも貴女も、
私の確信に近い考察に対し、「アリス」は頭を左右に揺らしながら意味深な言葉遊びで煙に巻く。
気持ちが悪い。
この娘がではない。幼いながらも同じ存在であるはずなのに、この娘と同じ笑顔を作る事の出来ない自分へ嫌悪感にも似た感情を抱いてしまっている。
同じくらいの小波を繰り返す、確かな嫉妬心と共に。
あー……これ、普通に感情が出せてたら問答無用で襲い掛かってたな、私。
と言っても、その時はその時でまた別の考え方をしてるんだろうけど。
「さ、こっちに来て。お茶もお茶菓子もないけど、二人だけのお茶会をしましょう」
そんな事を考えながら、私は「アリス」から促されるままに彼女の対面へと腰を降ろす。
机の脇に抱えていた魔本を置き、長く会う事のなかった姉妹へ向けるような、期待を込めた笑みを続ける「アリス」。
「ずっと、貴女とお話しがしたかったの」
彼女の言葉に、きっと嘘はなかった。
◇
レミリアの対戦相手である赤い少女は、どうやら人間らしい。正確には、この人型をした擬似生命体の元となっている誰かが人間なのだろう。
学者然とした雰囲気を出す少女の動きは、吸血鬼であるレミリアにとって緩慢過ぎるほどにゆるやかで――つまりは、遅かった。
だというのに――
「中々上手いじゃない! がぅっ! ぎっ!」
何だ?
直前の動作か、視線か、魔力の流れか――
私は一体、何を読まれている?
右へ避ければ右に、左に避ければ同じく左に。
赤い少女の放つ十字架の連弾は、レミリアの動きを完全に予測しあたかも自分から当たりに行かせているような周到さで、紅の暴君を追い詰めていた。
まるで、チェス盤の上に立たされている気分ね。
しかも、こちらがキング一駒なのに対しあっちは全駒持ちでやってるような理不尽さ。
「ぢっ、ぐぎっ!」
十字架の威力は、一撃一撃がレミリアの強靭な肉体を余裕で貫通するほどだ。
生まれた時から吸血鬼であるレミリアには、堕落した教徒の弱点となる十字架は効果がない。だが、相手の弾丸に異様なほどの魔力が込められているのであれば、それも気休め程度の意味しか持ちはしなかった。
幾ら再生能力を持つ彼女であっても、ここまでの威力を持った攻撃を受け続ければいずれは肉体が持たなくなるのは明白だ。
「なるほどなるほど、これは面白い!」
先程から、レミリアは己の能力を使って運命を――「十字架が命中する」という運命を僅かでも捻じ曲げようとしているのだが、一向に上手くいかない。
レミリアにとって、それは初めての経験だった。
人と人、人と物、物と物。
運命とは、その全てを繋ぐ糸だ。伸び、絡み、複雑怪奇に集い巻かれた長大な白糸の集合体。
例え未来が途切れていようと、過去の繋がりと現在に至るまでの足跡は必ず存在していなければおかしい。
しかし、相手の少女には
あの博麗の巫女でさえ、「浮いている」だけで運命そのものは存在するというのに、訳が解らない。
能力は当てにならない。面倒な考察も後だ。
解らないのなら、解らないまま八つ裂きにするまでよ。
「お返しだ! 踊り狂え!」
冥符 『紅色の冥界』――
直線と、左右から交差する形で軌道を描く紅い弾幕の軍勢が、一斉に少女へと迫る。
「……」
レミリアの弾幕に対し、少女が掲げたのは六つの十字架が折り重なった三方を囲む大きな盾。高速で回転する赤の光は、そのままレミリアからの光弾を全て退けながら更に巨大化し、前方へと高速で撃ち出された。
「小賢しい!」
紅符 『スカーレットマイスタ』――
真正面からの面制圧に、回避など邪道。紅の女帝が掲げる札が弾け更なる勢いで大玉を追加した大量の弾幕が出現し、迫る城壁の如き三対の十字架を一気呵成に削り砕く。
「かはっ! ――がぅあぁっ!?」
凄惨な笑みで呼気を吐き出し、多少の傷を無視して突進しようとしたレミリアは、直後に赤の少女から振り下ろされた自身の十倍はありそうな十字架の戦鎚によって叩き潰された。
腕力ではない。少女は生み出した超重量のそれを、ただ勢いに任せ前方へと振り下ろしただけだ。
大上段からの一撃が地震に近い振動を発生させ、その重量を持って大地を大きく陥没させる。
紅の少女が行動を起こそうとする度、全ての先手を赤の少女が制する。
「ぐ、うぅ――が、ぎっ!」
巨大な十字架が消失し窪地となった地面に横たわるレミリアを、虚空に出現した二つの十字架が両腕を拘束すると同時に宙へと引き上げる。
そこには、既に接近した少女の右腕があった。
白木の杭を打ち込むかの如く、赤い少女の手に持つ一際光を放つ十字架がレミリアの心臓へと向け、一直線に突き出される。
「ふふっ」
しかし、レミリアには当たらない。
拘束された状態のまま、レミリアは自身の身体を霧状へと変化させ、少女の攻撃を素通りさせていた。
「――今のは、少しだけ危なかったわね」
霧を集わせ、上空で肉体を再構成させるレミリア。
余裕の表情でそんな事を言いながら、翼を広げて高みから見下ろす彼女へ向けて、赤服の少女は再び十字架の光弾を振り撒く。
「ぐがっ! ――あははははっ! 存外楽しめるじゃないか! お人形遊びも、たまには悪くないわね!」
防御した右手ごと脳天を撃ち抜かれながら、それでもレミリアは血塗れで哄笑を響かせた。
運命の見える少女が、運命のまるで見えない相手と戯れているのだ。楽しくないはずがない。
相手が死ぬか、自分が死ぬか。
その答えに、運命の導きは存在しないのだから。
互いの命を賭け札に、紅と赤の少女が踊る。
血の色を振り撒く荒野の舞踏会は、まだ一曲目の終わりすら見えてはいなかった。
◇
――一体どんな反則よ。
ナイフと剣。互いに大量の刃を投げ合いながら、咲夜は内心で相手のメイドに対し悪態を吐いた。
相手の赤服メイドは、移動を開始する度に身体が半透明に変化し、咲夜の攻撃を全て素通りさせているのだ。
そのくせ、相手の剣は確かな殺傷力を持ってこちらの急所を狙って来る。動きの止まった所を狙おうとしても、足を動かした時点で半透明化が行われ結局は当たらない。
接近されないよう、時間を止めて後退する事で対応しているが、停止した時間の中でも相手の半透明化は解除されず、攻撃は全て空振りに終わる有り様だ。
「……」
赤服のメイドの右手から、一抱えはある光弾が出現する。そして、二つ、三つと増えたその光の球から、最初に生み出された一つ目が咲夜へと向けて巨大な光波を放出させた。
時間を停止させ、空へと跳躍する事で波動を回避する咲夜。能力を解除した直後、第二の光弾から同様の光が撃ち出される。
幻符 『殺人ドール』――
三度目の照射も難なく回避した所で、おざなりな反撃として大量のナイフを投げ放つが、やはり金髪の少女に当たる事はない。
千日手のやりとりに、咲夜は宵闇の妖怪と戦ったあの時の勝負を思い出す。
「――っ」
余計な思考を挟んだせいか、飛来した長剣が咲夜の右頬を浅く掠めていく。
等距離を保ちながら、咲夜だけが一方的に追い詰められる状況に置かれても、彼女は常に冷静になるよう努め続けていた。
焦りはない、苛立ちもない――しかし、お互いの決定打もまた、今はない。
パチュリーは、魔本が止まればこの「世界」も消失すると言っていた。それは、本によって生み出された存在たちも同様だろう。
必要なのは、先に行ったパチュリーと美鈴がアリスの魂を救出するまでの時間稼ぎであり、目の前の敵を確実に打破しなければならない理由はどこにもない。
だが、それが単なる妥協でしかないのもまた事実だ。
「――それは、瀟洒ではありませんものね」
強く気高い主の従者は、同様に強く気高くなければならない。立ち塞がった相手をただ時間切れで帰らせたとあっては、侍従長としてのもてなしの精神にも反してしまう。
長剣と光波の波状攻撃を回避しながら投げた一本のナイフが、反転する為足を止めた相手に当たるぎりぎりの地点で、その手に持つ剣によって真上へと弾かれた。
相手もこちらも、先読みが当たり始めているわね。
繰り返されるナイフと剣の応酬は、一見無意味でありながら着実に両者の動きを捉えつつある。
互いの能力は非常に優秀だが、それぞれに穴があり絶対無敵という訳ではない。
どちらが先に、相手の急所へとその刃を突き立てるか。赤服メイドの能力が回避に特化している以上、二人の勝負はその一瞬に集約される事になるだろう。
時を操る十六夜の従者にとって、その一瞬が既に決定された予定調和でしかないのだとしても――
◇
幻想郷では知らぬ者は居ない、たった一人でパワーバランスの一角を担う最悪の妖怪、風見幽香。
「花を操る程度の能力」を持つものの、彼女の戦闘に関する本質はその圧倒的な身体能力と妖気だ。
例えその偽者であろうとも、楽観や慢心は死に直結する。
「幻想郷へ来た時に、貴女が一度敗北した相手だったわね。今度は勝てるかしら?」
「勝つさ――今度は、お前が傍に居る」
魔力を練りながら半歩後退するパチュリーに合わせ、よどみない動作で彼女の前へと移動し構えを取る美鈴。
「二人が一人と戦う事」と、「二人で一人と戦う事」では意味が違う。
前回は、お互いに対峙すべき相手が居た。
「何時もの通り、発動時間は十三分が限界よ。解っているわね」
「あぁ」
互いの欠点を補い、長所を生かせるよう助け合う。簡単なようで、自我の強く精神を基盤とする妖怪には途轍もなく難しい思想。
己の根幹を揺るがせ、そのまま弱体化にすら繋がりかねないその思想を、魔女と門番は当然の如く受け入れていた。
弱さを肯定するのではなく、己が強さを更なる次元へと引き上げる手段として。
「――「
「はあぁぁああぁぁぁあぁぁぁぁっ!」
美鈴の体内から溢れる無色の波動が猛り狂い、背と両腕に施された魔法陣によってパチュリーから流れ込む大量の魔力と混ぜ合わさりながら、より上質なエネルギーへと変換されていく。
無から蒼へ、蒼から紅へ――そして、生命の奔流たる黄金へと。
七曜の魔女が「
この場に居ないアリスが、もしもこの魔法を目撃していたとしたら。彼女は、驚きと歓喜を抱きながら心の中でこう名付けていただろう。
戦闘開始の合図と取ったのか、立ったまま身動きもせずに美鈴たちを見ていた幽香が無造作な歩みで近づいて行く。
「……」
「ふっ、ぜあぁっ!」
そのまま繰り出された幽香の右拳を、左手を下方へ添える事で真上へと跳ね上げ、直後に振り下ろされた美鈴の手刀が相手の肩を切り落とさんばかりの勢いで叩き込まれた。
衝撃により空気が激震し、幽香の両足が大地を陥没させる。
「……」
幽香からの反撃は、残された左拳。上体を揺らし軽く膝を折った後、起き上がりの勢いを付けて美鈴の腹へとその一撃を抉り込む。
「ぐぅっ、があぁっ!」
口から血を吐き出し、大地を踏み締めてその一撃を耐え抜いた美鈴は、幽香の腕を払ってその顎へと左の掌打を見舞い、伸び上がった腹へ向けて中段の正拳を突き入れる。
吹き飛ぶかに見えた幽香だったが、こちらも無表情のまま両足で大地を掴み、数歩だけ後退した後右手を前方へと突き出した。
至近距離からの、強烈な光波の激流。魔理沙が八卦炉から生み出すの魔力波に似た極大の波動が、幽香の眼前全てを一斉に薙ぎ払う。
しかし、その力が美鈴に届く事はなかった。
「――残念、私を忘れてもらっては困るわね」
美鈴への魔法を維持しながら、紫の魔女が愚か者をあざ笑う。
美鈴の前には五色の輝石が回る魔法陣が斜めに展開され、幽香の砲撃を完全に別方向へと受け流していた。
「美鈴、反撃よ」
更に続けて、パチュリーは同種の魔法陣を幽香の突き出された右腕にも絡ませ、彼女の動きを封じ込める。
腕力に任せ、強引に楔を引き千切ろうと腕を引く幽香だったが、その間に出来た時間は美鈴にとって余りにも大きな好機だった。
「おぉあぁぁぁっ!」
右、左、右――連続の殴打が片頬と両の脇腹に決まり、幽香が更に後退する。
相手との距離がまた一歩分離れた事で、幽香の右手が再び前方へと伸ばされた。
「はぁっ!」
しなやかな下半身の動きだけで繰り出した美鈴の前蹴りがその腕を大きく跳ね上げ、そのまま跳躍して勢いを付けた二段目の蹴りが、幽香のあごを全力でかち上げる。
「はぁぁっ!」
今度こそ、幽香の両足が地面から離れ後方へと盛大に吹き飛んだ。
勢いのまま地面を滑り何度も転がった後、立ち上がる彼女に疲労や骨折などによる姿勢の変化はない。口から軽く血を流しているが、それがどの程度のダメージなのかは読み取る事が出来なかった。
無表情に、無感動に――擬似生命体として生み出された幽香は、ただ人形として美鈴たちの前に立ちはだかり続けている。
「今の美鈴の打撃をあれだけ受けて平気だなんて、呆れた頑丈さね」
二人掛かりでも楽には勝たせて貰えない幽香の出鱈目さに、パチュリーが眉根を寄せながらうんざりした調子で溜息を吐く。
今の美鈴の拳は、一撃で巨岩を両断するほどに強烈かつ精密だ。痛覚がないのだとしても、臓腑を抉り背面に突き抜けるだろう衝撃を平然と耐え続けるなど普通に考えればまずあり得ない。
「本人の能力を完璧に再現しているのだとしたら、パワーバランスの一角と呼ばれるのも頷けるわ」
「無駄口を叩くな。このまま押し切るぞ」
「はいはい」
虹符 『彩虹の風鈴』――
水符 『プリンセスウンディネ』――
極色の車輪と、氾濫する洪水――
迫る幽香がその周囲へ弾幕を発生させるが、二者の開いたスペルカードの弾幕がその光弾と拮抗し、押し戻し、押し潰す。
幽香から外れた大量の弾幕たちが地面に当たり、彼女の周囲を土煙の中へと覆い隠した。
「これも、然程効いてはいないでしょうね。スマートではないけれど、ダメージを一点に集中し易い物理攻撃優先で行きましょう。貴女の馬鹿力が頼りよ、美鈴」
「解っている。すぅっ――おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
裂帛の気合を伴って美鈴の気が更なる爆発を起こし、黄金の弾丸となって立ち込める土煙の中へと突入して行く。
今は優勢だが、油断は出来ない。
何より、パチュリーたちは既に制限時間という絶対的な不利を背負っているのだ。
美鈴に掛けた魔法が解けてしまえば、この幽香を下す事は更に困難になってしまう。
「がはぁっ!」
轟音が響き、土煙の中から美鈴がパチュリーの方角へと弾き出された。
地面をしばらく滑り、背後のパチュリーへ当たるギリギリの地点で押し留まる美鈴。
見据える両者の前方で煙が晴れていき――そこに立っていたのは、まったく同じ背格好をした二人の風見幽香だった。
「時間がないというのに……っ」
幻ではない。妖気を用いて造られたもう一人の幽香は、真贋で妖気の差こそあれ実体を持って実在している。
一人でも十分手に余るというのに、ここに来て倍の戦力となった敵に苛立ち紛れの悪態を吐くパチュリー。
「作戦変更よ。分身体の右は私が足止めするから、本体の左を可能な限り素早く破壊しなさい」
「頼む。無理はするなよ」
「どうかしらね、相手次第よ」
絶望に近いその時は、秒針を刻みながら確かな足音で迫り始めていた。
◇
「――うーん、わたしは魔理沙の態度に賛成かなぁ」
私の話を聞き終えた「アリス」が、片腕で頬杖をつきながらもう片方の手で人差し指をくるくると回し、そんな事を言う。
「実家を飛び出してまで一人暮らしをしてる子が、世話ばかり焼かれたら立つ瀬がないじゃない。一度、ちょっとだけ距離を置いてみたら?」
「でもあの娘、初めて彼女の家を訪ねた時実験に失敗していたみたいで、身体中からキノコを生やして気絶していたのよ? 処置が間に合わなかったら、そのまま苗床になっていた可能性だってあったのだし……」
知り合って間もない友人が、家にお邪魔したらいきなり死に掛けていたのだ。
原因を見極め慌てて部屋中と魔理沙から生えるキノコを除去し、滅菌消毒として裸にした彼女を激熱風呂にぶち込む事で何とか解決したが、一歩間違えば本当に死んでいたかもしれない。
普通であればパニックを起こして処置を間違うか、放心して何も出来なかった事だろう。あの時ばかりは、この体質の利点に助けられた。
魔法の森の魔法使いがキノコに囲まれて孤独死したなど、天狗の三文記事にもならない酷い冗談だ。
「あの光景を思い出す内は、あの娘を気に掛けるのを止められそうにないわ」
「あー……まぁ確かに、その話を聞かされると貴女が過保護なのも納得しちゃうけど――ぷ、ふふっ」
口元を押さえて笑いを堪える「アリス」だが、まるで我慢が出来ていない。
最初の警戒心はどこへやら。私は「アリス」にせがまれるまま、幻想郷での暮らし振りを語って聞かせていた。
日常での些細な思い出から、異変や事件に巻き込まれた際の苦労話、幻想郷に住まうお歴々たちとの交流など、話題が尽きる事はない。
かれこれ、体感では一時間ほどが経過しているのだが、魂だけとなった私の感覚は信じて良いものではないだろう。
外ではたった五分かもしれないし、既に十年以上が経過してしまっているのかもしれない。まぁ、流石にそこまで長く留まっている可能性は低いだろうが。
いやぁ、はっはっはっ。平和で何よりですなぁ。
「魔理沙、靈夢、幽香――それに、他の皆とも仲が良いようね。毎日が楽しそうで、なによりだわ」
意外、というほどではないが、彼女は幻想郷の事情に明るくなかった。魔理沙や霊夢の名を口にしているが、それは旧作時代の娘たちを言っているようだ。
或いはそういう演技をしているのかもしれないが、私にはそれを見極める事が出来なかった。
「命懸けの足跡を、「楽しそう」の一言で片付けて欲しくはないわね」
「うふふ、嘘吐き。それも含めて、楽しんじゃってるくせに」
「とんだ誤解ね。ねぇ――」
「だーめ」
私の質問を先読みし、「アリス」が自分の唇に人差し指を添える。
「答えは内緒よ。ここでわたしがどんな言葉を語っても、今の貴女は真実としてそれを受け入れてしまうでしょう?」
可愛いけど……激可愛いんだけどぉ……
ぐぬぬぬぬぬ……
先程から、ずっとこの調子だ。
私の出自についてや、「東方project」を含む「外の外」の知識について尋ねようとしても、彼女は一向にまともな答えをくれようとしない。
「ダメよ、安易な逃げ道を通りたがったりしちゃ。そんな娘に育てた覚えはないんだから」
「育てられた覚えもないわね」
彼女は、言うなればこの空間の支配者だ。彼女の許可がない限り、例え打倒したとしても外には出られないだろう。
そして、この空間は彼女を基点に作製されていない。仮に彼女を消滅させてしまった場合、恐らく私は永遠にこの場から出られなくなる。
それが解る程度には、私も魔法使いとしても勉強を頑張って来た。
いやまぁ、脱出不可能なのが解った所で、私には何の解決策も浮かばないんだけどね。
元々勝てる見込みもないので、強引に情報を集めようと事を荒立てるのは、こちらの首を絞める結果にしかならない。
けんか、だめ、ぜったい。
「ねぇ、もしかして私を呼んだ理由って、本当にお喋りがしたかっただけなの?」
「えぇ、そうよ」
外れであって欲しかった私の質問に、「アリス」はあっさりと首を縦に振る。
「言ったでしょう? 待っていたって。お話しがしたかったって――もっと壮大な計画でも始まると思った? フフッ」
「……」
「でも残念。どれだけの覚悟を持って魔道書を開いたのかは知らないけど、蓋を開ければ中身なんてこんなものよ」
一番の目的だった、あの魔道書の中身を確かめるという私の狙いは既に達した。
ずっと置き去りにしていたこの娘への謝罪として、パチュリーたちが助けが来るまでの間だけお遊びに付き合うのも悪くないだろう。
「――外の人たちが心配かしら?」
「それはないわね」
「あれ? そうなの?」
的外れな「アリス」の質問に、私は即答を返す。
「私が心配する程度の実力しかないのなら、こんな私情に巻き込んだりはしないわよ」
「ふふっ。いいなぁ、そういうの。素敵ね」
彼女たちの腕前と技術を信頼するからこそ、私は紅魔館にあの魔道書を持ち込んだのだ。彼女たちに心配はいらないし、必ず私を助けに来てくれる。
もしそれで彼女たちがどうにも出来なかったのなら、私にだってどうにも出来ないという事。諦める気は更々ないが、最悪の展開を納得する理由としては十分だろう。
「――他にする事もないし、次は春になっても冬が終わらなかった異変の話でもしましょうか」
「あら、それも面白そうね。早く早く」
外は、パチュリーたちに任せておけば良い。
私はただ、これから起こるだろう結末を受け入れるだけだ。
「アリス」の言葉通り、呼んだだけで終わりとは流石にいかないだろう。
あの夢を見続ける前から解っていた事だ。のらりくらりと逃げ続けた所で、あの魔道書はきっと私の前に立ち塞がっていた。
都合の良い逃げ場など、どこにもありはしない。
だからこそ、私はこの時の為にあの家で意識を覚醒させた当初から、こんなにも時間を掛けて準備を整えた。実験と試行錯誤を繰り返し、逃げ道に足る手段を持ち込んだ。
後は、賽の目が出るのを待つばかり。
「切っ掛けは、冬の妖怪であるレティが私の家を訪ねた所から始まったわ――」
いままでの間、ずっと待っていて貰えたのだ。「アリス」の望みがなんであれ、私はそれに応えたい。
このまま何事もなくこの時が終わるのなら、それでも良い――
私を、あの幻想郷の日常へと帰してくれるのなら、言う事はない――
でももし、「アリス」が私を不要とするのなら――持ち主である彼女が、あの身体の返還を求めるのならば――
この賭けはきっと、私の勝ちだ。
「外は一面の雪景色で。初めての弾幕ごっこは少し寒かったけれど、本当に綺麗だった――」
妹に絵本を読み聞かせるように、私は決意を新たに「アリス」へと自分の体験した御伽噺を聞かせ続けるのだった。
後編へ続く(キラッ)☆