東方有栖(アリス)伝   作:店頭価格

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三大異変の開幕だこらぁ!
ちょっと短めですが、まずはプロローグから。



33・ネバーエンディング・「アリス」・ストーリー(序ノ一)

 久々に、普通の泥棒から窃盗行為の被害を受けてしまった。

 魔法の森の中にある私の自宅に侵入し、設置していたトラップ魔法に耐えて自室に入り込める窃盗犯など、彼女しか思い浮かばない。

 自室から盗まれたのは、私の日記と雑記帳。一度記憶を封印された経験から、再び同じ事が起こった時の為の次善策として書き始めたものだ。

 あっさり見つかって持って行かれるとは、隠し場所をオトコノコの秘蔵書と同じ位置にしたのが悪かったのだろうか。

 日記は毎日記すのではなく、強く印象に残った出来事や大きな騒動があった日などの内容を記録しているので、日付は飛びとびで内容もそれほど特記するようなものではない。

 雑記帳の方も、関わった異変に関しての事柄を私なりの考察を含めて適当に書き綴ったもので、同じく価値など皆無だ。

 私が本格的に活動を始めた「春雪異変」以降からは書く頻度も増し、今では双方合わせて十冊以上に数を増やしているのだが、持って行かれたのはその内の数冊。朝の買い物から帰って来た私に焦り、適当に手に取ったものを持ち逃げしたらしい。

 

 まったく。私のダイアリーなんて、読んで楽しいものでもないだろうに。

 

 目的地へ向けて魔法の森を飛翔しながら、私は小さく溜息を吐く。

 ほどなくして、「霧雨魔法店」と書かれた木製の看板が玄関を飾る彼女の自宅兼店舗へと辿り着いた私は、転送魔法陣から二十体以上の人形たちを呼び出し洋風で二階建ての建造物の周囲を取り囲んだ。

 

 さて、ちゃっちゃと返して貰いませうか。

 出来れば、余り抵抗はしないで欲しいんだけど……どうだろうねぇ。

 

 窓や裏口に人形たちを多めに配置し、私は玄関のドアノブに手を掛けると同時に一気に押し開く。

 

「魔理沙、神妙にしなさい」

 

 迎撃を警戒し、上海と蓬莱を前方に据えて周囲を観察するが、まともなものはカウンター目的で使う木造の台しか置かれていない散らかし放題の店内からも、その奥である居住スペースからも彼女の気配や魔力は感じられない。

 念の為に奥まで探索はしてみるが、恐らく外れだろう。

 不法侵入はお互い様だ――まぁ、元々幻想郷に法などないのだが、そこは言わないのがお約束である。

 

 何時もなら居てくれるんだけど……どうやらこれは、面倒臭い方向で本気と書いてマジになっちゃってるかな?

 

 魔理沙は、本当に盗られたくない物を借りてしまった時の為に持ち主が取り返しに来るのを待つ目的なのか、大抵の場合は一度自宅へと戻る習慣がある。

 だったら最初から盗むなという話だが、彼女の蒐集癖は危険な無縁塚に足繁く通う霖之助並の領域なので、言うだけ無駄というものだろう。

 それすらせずに逃げ回るという事は、魔理沙はそれだけの気概を持って私の秘密に迫ろうとしているのかもしれない。

 

 モテる女は辛いね。

 でもまぁ、あの娘にはまだ教えてはあげられないなぁ。

 

 どうしようもない相手ならばまだしも、禁忌に近い私の知識を誰彼構わず撒き散らす訳にもいかない。

 意気揚々とこの世界を自由に生きる魔女っ娘に、無駄にややこしい疑問と答えの出ない難題を抱えさせる必要もないだろう。

 

 さて、追いかけっこの始まりだ。

 彼女の向かいそうな場所を、しらみつぶしに探すとしますか。

 

 元々、覗き間や泥棒の跋扈するこの幻想郷で迂闊な事を書き記すつもりは毛頭ない。だが、自分では自覚していない部分で読み手に無用な混乱を起こさせる書き方をしていないとも限らない。

 

「女は秘密を着飾って美しくなるのよ。乙女の秘密に手を出して、ただで済むとは思わない事ね」

 

 外の人形たちを家の内部へと招き入れ、各部屋の掃除ついでに魔理沙を探しながら、私は開始の合図として小さくポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 まずは近場からと言う事で、私は魔法の森と人里の中間地点にある香霖堂の扉を叩く。

 

「いらっしゃい」

「こんにちは、霖之助さん」

 

 何時もの通り、客の居ない雑然とした店内で最奥のカウンターに座り、霖之助が一人読書に励んでいる。

 

「魔理沙は来ていないかしら。どうやら、大切な物を持って行かれてしまったみたいなの」

「いいや、今日は見ていないね」

「そう――」

 

 霖之助へ近づきながら、その後ろの壁を透過する形で魔理沙の精神(アストラル)体を探してみるが、視界に映る範囲には見受けられない。

 

「どうやら、本当に居ないみたいね」

「疑われるとは、心外だな」

「貴方は魔理沙や霊夢に随分と気を許しているし、一応の保険よ」

 

 子供に甘いのはお互い様だ。特に魔理沙と霖之助は小さい頃からの馴染みとなれば、疑うのは仕方がないというもの。

 

「お詫びに何か買っていくわ」

「それはありがたいね。謝罪料込みで、代金は二割り増しとしておこうか」

「お生憎ね。今の手持ちは少ないから、ない袖は振れないわよ」

「それは残念だ」

 

 欲がないのもお互い様。儲ける気もないのに店を構えているというのも、なんとも変な話だ。

 

 本当に、お互いバカな性分だよねぇ。

 

「これとこれと、これを貰うわ」

「まいどあり」

 

 なんとなく親近感を感じながら、棚にあった壊れたプラスチック製の小さな玩具などを幾つかカウンターに置き、代金を支払う。

 魔理沙が見つかるまで移動を繰り返す事になりそうなので、荷物は少ない方が良い。

 

「次はどこに行くんだい?」

「まずは博麗神社で、その後は適当に――かしら」

 

 あの娘が私の裏を掻いて隠れるつもりなら、みすちーや橙、後ははたてみたいな自分の寝床を持つ知り合い妖怪の住処が狙い目かな?

 外れてたら恥ずかしいから、言わないけどね。

 

 彼女も私と同じく、行動範囲はとても広い。だが、その普段を見ていれば行動をある程度予想する事も不可能ではない。

 とはいえ、逆に考えると持って行かれた手記を全部読ませてしまって問題がなければ、私への詮索を諦めてくれる可能性もあるのだ。

 取り戻すのは決定だとしても、急ぐかどうかは悩ましい所である。

 

 まぁ、なるようになる――か。

 

「たまには、散歩だけする一日も悪くないかもしれないわね」

 

 良い天気だし、今日はそんな一日にしておこうか。

 空がこんなに蒼いのに、悩んでばかりだともったいないしね。

 

 運命の読めない私では、あれこれと考えた所で自分の望み通りの結果になど導ける訳もないのだ。

 見つかれば良し。見つからないならそれもまた良しで、適当にあちこちをフラつくとしよう。

 

「もし魔理沙が来たら、君が盗まれた大切な物を返却するよう説得しておくよ」

「えぇ、お願いするわ」

 

 霖ちゃんって何気に本気の時は交渉上手だし、期待させて頂きます。

 

 霖之助とそんな挨拶を交わし店を出た私は、次の目的地である博麗神社へ向かうべく飛翔を開始する。

 折角なので、今日一日でどれだけ皆の所を回れるかに挑戦しても面白いかもしれない。博麗神社から始める、幻想郷の観光巡りだ。

 

 さて、どこから回っていこうかな?

 

 当初の目的を半分ほど忘れてしまいそうになりながら、私は突き抜けるような快晴の空を泳ぎ始めた。

 

 

 

 

 

 

 アリスが魔理沙探索の出発地点と定めた博麗神社に到着すると、境内では霊夢が竹箒を片手に朝の掃除を行っている所だった。

 

「アリスじゃない。今日は何の用?」

「魔理沙は来ていないかしら。あの娘に、大切な物を盗られてしまったみたいなの」

「今日はまだ見てないわね。ま、立ち話もなんだし上がって行きなさいよ」

 

 掃除を中断し、アリスを神社の中へと誘う霊夢。

 

「掃除は良いの?」

「良いのよ。気になるんなら、アリスが代わりにやってちょうだい」

「上海、蓬莱、お願いね」

「ほんとにやってくれる所が、アリスよねぇ」

 

 アリスの伸ばす糸の有効範囲は、直線距離にして五百メートルを優に超える。神社の中だけに限定すれば、彼女の人形はどこであっても活動が可能だ。

 アリスが傍に飛ばしていた二体の人形に掃除役を頼み、二人は改めて神社へと入る。

 ぽかぽかとした陽気の中で、霊夢とアリスは湯飲みを片手に神社の縁側へと腰掛けた。

 

「ったく、魔理沙にも困ったものね。見つけたらぶっ飛ばしておくわ」

「別に良いわよ、そこまでしなくても」

「アリスは甘いのよ。魔理沙が自分で反省なんてする訳ないんだし、一発ガツンと本気で怒らないとどこまでも調子に乗るわよ?」

「まぁ、その時が来たら怒る事にするわ」

「はぁ……」

 

 平坦なまま湯飲みを傾けるアリスに、霊夢は溜息を吐いて首を振る。

 

「最近はどう? 霊夢」

「どうもこうもないわ。相変わらず、人間以外の変人ばかりが寄り付く妖怪神社な毎日ね」

「そう、大変ね」

「あんたもその一人よ。自覚なさい」

「お賽銭は、ちゃんと来る度に入れているわよ?」

「そういう問題じゃないわよ」

「じゃあ、今度は差し入れも一緒に持って来るわね。貰った栗が熟す頃だし、マロンケーキとかどうかしら?」

「あんた、実は解ってて言ってるでしょ」

「栗は嫌い?」

「貴女の料理は、嫌いじゃないわ」

 

 特に実のある内容でもなく、ただ漠然とその時思い浮かんだ話題をつらつらと語り合うだけの、平凡な時間。

 平凡で、だからこそ大切な時間。

 

「霊夢」

「何よ?」

「頭、撫でても良いかしら」

「はぁっ? イヤに決まってるでしょ。子供じゃあるまいし――て、ちょっ、待ちなさいっ」

「頑張ってる霊夢に、お礼がしたいのよ」

 

 見せ掛けだけの抵抗をする霊夢を引き寄せ、アリスは半ば強引に自分の膝へとその頭を乗せる。

 

「何時もありがとう、霊夢」

「私は、ただ巫女として定められた役目を果たしているだけよ。お礼なんて、言わないで」

「そうね。だったら――何時も迷惑掛けてごめんなさい、かしら」

「ほんと、貴女を含めて迷惑な奴らばっかりよ」

「えぇ、ごめんなさい」

 

 アリスの手の平が、霊夢の頭を優しく撫でる。何度も往復を繰り返し、まるで姉妹のように寄り添い合う。

 

「お茶、冷めちゃうわ」

「そうね」

「私は、イヤだって言ったからね」

「そうね」

「全部、アリスのせいだから」

「えぇ、そうね」

 

 ゆっくりと、ゆっくりと、こずえの小波だけが響く神社の庭で、眠気を誘うほどに弛緩した空気が流れていく。

 

「大好きよ、霊夢」

「ふんっ」

 

 鼻を鳴らしてアリスの膝へと顔を埋める少女の顔を、見る事は出来ない。

 アリスが冷え切ったお茶を飲み干すまでの長い時間を、二人はそのままの姿勢で過ごす事となる。

 晴天にして、風弱し。

 幻想郷の朝は、今日も平和な日和だった。

 

 

 

 

 

 

 幻想郷では不似合いに見えてしまうほどの、近代的な和風の一軒家。

 逃走した魔理沙の到着した先は、なぜか姫海棠はたての自宅だった。

 

「――ってな訳で、ちょっと匿ってくれ」

「さっきから見張りの白狼たちが騒いでる侵入者って、貴女だったの!?」

 

 のんきに片手を上げて挨拶をする魔理沙に、ドアを開けた状態でワイシャツにホットパンツだけというラフな部屋着姿をしたはたてが素っ頓狂な声を上げる。

 天狗の集落からは少し離れた場所に建てられているとはいえ、はたての家は勿論妖怪の山の中だ。

 許可なく山へと侵入した魔理沙は、問答無用でお尋ね者として扱われていた。

 

「は、早く入って!」

 

 自分の家やその周辺が戦場になる事を恐れ、はたては慌てて魔理沙を招き入れた。匿った事で自分が共謀犯として扱われる可能性などは、混乱した彼女の頭では考え付くはずもない。

 

「なんだって私の所なんかに……」

「へっへぇ。アリスはきっと、近場か私の行きそうな場所から探し始めるだろうからな。遠くてそんなに来た事ない場所なら、時間を稼げるだろ?」

「バカ、椛がすぐに見つけるわよ」

「安心しろよ。弾幕ごっこで退治して、内緒にして貰う約束はもう取り付けてあるぜ」

「無鉄砲なんだか、用意周到なんだか……」

 

 靴を脱いで居間へと向かう魔理沙を横目で追いながら、はたては呆れると同時に溜息を吐く。

 

「さぁて……よっと」

 

 木材の床に、ピンク色のカーペットを敷いた居間で魔理沙が上着を捲ると、そこから装丁された四冊の本が金属製の三脚に透明な丸い台を乗せた座卓へとこぼれ落ちた。

 黄緑色をした厚紙の表紙で、一冊辺り線引きされた白紙のページが五百ほど続く筆記帳。

 四冊の表紙には、それぞれ万年筆で「紅霧異変」「春雪異変」「永夜異変」――そして、「日記帳・3」という題名が日本語表記で記されている。

 

「郷に入っては郷に従え、か。日記の文字までこっちに合わせて書いてる辺り、やっぱりアリスは几帳面過ぎるよなぁ」

 

 外来の文字で書かれていれば、アリスの母国も解るのではと密かに期待していた魔理沙は、苦笑しながら真面目な魔法使いを皮肉る。事実は少し異なるのだが、それを彼女が知る事はない。

 咄嗟に手に取っただけでタイトルすら見る余裕はなかったのだが、中々悪くない品揃えだ。

 

「わざわざ、こんなめんどくさい時期に来なくても良いのに」

 

 一人暮らし用として作られた河童謹製の小さな冷蔵庫を漁っていたはたてが、実に迷惑そうに呟いた。

 

「私にだって立場があるんだから、頼られても困るわよ」

 

 その後、なんだかんだと言いながら自分の分を含めて麦茶の入ったコップを二つ持って来ているので、説得力は余りない。

 

「そういや、見張りの下っ端たちもやけにピリピリしてたな。何かあったのか?」

「んー、貴女になら良いかなぁ」

 

 魔理沙にコップを手渡しながら小さく首を傾げて自問自答し、はたては対面に座りながら妖怪の山の現状を説明しだす。

 

「守矢がまた面倒を起こそうとしててね。参拝客を分社じゃなくて本社に招きたいからって、河童を使って人間を乗せた箱を麓から神社まで行き来させる「ロープウェイ」って装置を建てようとしているのよ」

「へぇ、面白そうだな」

「どこがよ。お陰で、頭の固い古株連中は顔を真っ赤にして大激怒してるのよ? 空気が悪いったらないわ」

 

 山は、天狗にとっても畏怖と畏敬の象徴であり聖域と言っても過言ではない。

 そんな重大な土地に、自分たちの都合だけで勝手に改変を加えようというのだ。反発が起こるのは必然だった。

 それでなくても、修験者でもないただの人間を簡単に山へ招き入ようなどとは、この地に住まう誰もが納得しないだろう。

 

「で、今は守矢のあんぽんたんたちを相手に、天狗側が出向いて交渉を行っている真っ最中って訳」

「軽く交渉したぐらいで、あの改革好きがそう簡単に降りるとは思えないけどな」

「昼行灯なのが玉に(きず)だけど、交渉役を任されたのは天魔様の側近である大天狗様よ。付き人として守矢と馴染みの文も行ってるし、きっと大丈夫よ」

「おいおい、良いのかよ。文は連れて行ってお前は連れて行かないって――それ、思いっきり待遇負けしてるぜ?」

「バカねぇ。飛び回るしか能のない文じゃ、出来ない事もあるでしょ? 私の仕事は――こっちよ」

 

 意地悪く笑いながらはたてが片手で掲げるのは、折り畳み式の携帯電話を模した写真機。

 そこには、室内に神奈子や文を始めとした面々の映った会合現場と思われる場面が、天狗の座った側からの視点で撮影されていた。

 

「……えげつない能力だぜ」

 

 写された画像の意味を理解し、顔を引きつらせる魔理沙。

 距離を無視する念写という能力を持つはたては、その場に居ない事こそが脅威となる。

 何時、どこで、どんな場面を撮影されるか解らないのだ。しかも、現在はたての目は守矢と天狗の会合のみに絞られている。

 そう考えれば、相手側は力尽くや脅しなどといった下手な態度を例え振りだけでも取る事が出来ない。その場面を写真として残されれば、それが「真実」として振り撒かれてしまうからだ。

 文とは違う形で、はたてもまた世間から嫌われる記者としてのいやらしさを存分に発揮していた。

 

「――ねぇ、ほんとに読むの?」

「当たり前だろ。今更怖気づくほど、良い子ちゃんじゃないぜ」

 

 話題を元に戻し、机に並べられた本たちを見るはたてに、魔理沙は大きく頷きながらその一つを手に取った。

 自律稼動をする人形の作製を目標とした、無表情で無感動でありながら無駄に行動力と包容力のある、突飛な魔法使い。

 弱く、強く、温かく、冷淡な――そんな相反した雰囲気を持つ、どこまでも不思議な少女。

 彼女は、余り自分の過去を語ろうとはしない。

 聞けばそれなりには答えてくれるものの、深くに踏み込もうとすれば適当な言葉ではぐらかされてしまう。興味を持つなと言う方が無理な話だ。

 

「お前は興味ないのかよ。アイツが普段、どんな事を考えてるのか、とか」

「う゛――まぁ、そういう気持ちもなくはないけど……」

「大丈夫だって。変な事が書いてあったら、見てない振りをして返せば良いんだし」

「うぅ……」

 

 好奇心と罪悪感の板挟みに合い、はたてが苦悩の呻き声を漏らす。彼女とて、記者である以前に一人の友人としてアリスをもっと知りたいという気持ちは強いのだ。

 不義理とはいえ、その手段が目の前に堂々と無防備に置かれていれば、食指が動かない訳がない。

 

「う、うぅ――アリス、ごめんっ」

「共犯成立だな」

 

 にやにやと笑う教唆犯の前で、誘惑に負けたはたてが強く目を瞑りながら机の筆記帳を手に取った。

 

「あれ? 貴女、こっちじゃなくてそっちから読むの?」

 

 はたてが手に持っているのは、「紅霧異変」の本。魔理沙が持っているのは、「永夜異変」の本だ。

 時系列としては「紅霧異変」「春雪異変」「永夜異変」の順番で発生しているので、日記帳を除けばここにある本の最後の巻から読み始めている事になる。

 

「なんか、こういうのって逆から読んだ方が面白そうだろ? 基本(セオリー)通りにいくのって、あんまり好きじゃないし」

「なにその変なこだわり」

「良いんだって。はたてはそっちから読めよ」

 

 酷く個人的なこだわりを見せる魔理沙に呆れ、はたてもまた雑記帳の表紙を開く。

 

 これは、私の手記である――

 

 目次として使うのだろう線引きすらされていない最初の白紙には、ただ簡潔な一文でそう書かれていた。

 

「……」

 

 魔理沙はこの文章に、強い違和感を覚える。

 これはアリスが書いたものだ。著者が彼女なのは当たり前で、わざわざそんな事を書く必要性はまったくない。

 別の一冊を手にとってページを開いてみれば、そこにもまた同じ一文が書かれている。

 

「どうしたの?」

「いや……」

 

 はたての疑問に言葉を濁し、魔理沙は思考を深い水底へと没していく。

 自分と同じ、無駄なこだわりなのか。

 別の意味を持つ、何か特別な言葉なのか。

 

 時々、アリスは自分の事をないがしろにするような態度を取るよな。

 利他的っていうよりは、まるで自分の命を捨てに行ってるような……

 アイツにとって、「私」と自分は別物って事か?

 自分が自分じゃなけりゃ、アイツは一体誰だって話だよ。

 ……流石にこれだけじゃ、情報が少な過ぎるぜ。

 まずは、ここにある分を全部読んでからまた考えるか。

 

 「永夜異変」。

 月の都の罪人である永遠亭の住人たちが追っ手である使者の来訪に警戒し、八意永琳の秘術によって偽りの月が掲げられた異変。

 異変解決に何組もの人妖が入り乱れ、アリスが深い傷を負いながらその秘術へと致命的な亀裂を入れた、魔理沙にとってはとても苦い思い出の事件。

 魔理沙が当事者として知っているのは、その程度だ。

 アリスの手記の冒頭にも、それらしい事が記されている。

 魔理沙が興味を持ったのは、その次に記されていたものだ。

 

 天文術式――

 

 あの異変で解決に赴いた幻想郷の住人たち全員を苦しめた、竹林を迷宮化させる幻惑の術式。

 正式名称不明の為仮称を命名、という前置きの後、竹林の全体図とそこに満遍なく広がる形で多数の点が付けられている。

 点の配置は秋の星座に近い――というより、当時の空の情景そのままを地上に写したもので、術式を用いて空と地上を繋げる事で天地双方から力を受け取りその効果を増幅していたらしい。

 地上の星として点在するそれら全てが繋がっており、一つを潰しても隣り合う星たちが即座に修復・再生を行うというあの八雲ですら手を焼いたと言われるほどに難攻不落を誇った、緻密にして精密な術式の詳細。

 

 アリスは、異変の途中までは私とずっと一緒だったはずだ。

 なのに、どうやったらあの短時間でこれだけ正確な術式の詳細が掴めるんだよ。

 それに、あんな大怪我をした状態でこんな精密な術式を切り崩すほどの集中力なんて、出せるもんじゃないだろうに。

 単純に、魔法使いとしての腕の差か?

 いや、違うな。根本的な手段の部分で、私の知らない技術を使ってるんだ。

 嘘か本当か知らないが、あれだけの速さで術式を解体するのは自分でも無理だなんて紫も言ってたし。

 ちっ、背中が遠いぜ……

 

 嫉妬と、嫌悪と、憧憬と――心中複雑なまま、魔理沙はアリスの手記に没頭していく。

 彼女の想いと、その記憶――そして、その先にあるかもしれない語られぬ過去を求めて。

 それが、いかなる意味を持つ事になるのかも知らないまま――

 




耳の後ろが痒いんじゃ(挨拶)

という訳で、幕間を挟みつつ魔理沙の読んでいく順番に合わせて異変が進んでいきます。
「永夜」→「春雪」→「紅霧」です。
実際は逆の時系列なので、時間を遡る旅となりますね。

え? なんでそんな面倒臭い順番にしたかって?
私にも解りません!(爆)
無謀には、挑戦する事にこそ意味があるのです!(適当)

まずは永夜からですね。
アリスの途中退場は確定なので、メインバトルは別の娘に頑張って頂きます。

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