東方有栖(アリス)伝   作:店頭価格

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最近、一話の文字数が安定しませんねぇ。
うみゅみゅ……



35・叫べ、我が名は――

 決戦の地である竹林へ最初に辿り着いたのは、紅魔館の主従だった。

 そして、敵の仕掛けた術中へと最初に陥れられたのもまた彼女たちである。

 

「主を放って迷子だなんて、だらしないわねぇ」

 

 早々に離れてしまった従者に対し、優雅に肩をすくめながら溜息を吐くレミリア。自分の方も迷子である可能性を、彼女はまるで考えていない。

 そのままふらふらと適当に飛び回っていたレミリアだったが、正面から見知った二人組みが現れた事で立ち止まる。

 

「これはこれは。今晩今宵のこの夜に、まさか貴様と出会うとはなぁ。出来れば冬眠と言わず永眠していて欲しいものだ、クソババア(八雲紫)

「これはこれは。我侭が過ぎて、ついに紅魔館(たくじじょ)から追い出されたのかしらねぇ? 迷子の迷子のベイビー(レミリア)ちゃん」

 

 二人の表情が笑顔に変わると同時に、周囲の空気がたちまち一触即発の張り詰めたものへと変化していく。余裕があるように見えて、互いに煮え湯を飲まされた経験から来る敵対心がまるで隠せていない。

 二人の相性は、正しく最悪だった。

 

「貴女が来てるって事は、咲夜も来てるの?」

「えぇ、そうよ。異変を解決するのは人間だもの。そして――貴女には会いたかったわ、霊夢」

 

 一変して、とろけるような子供らしくも色気を含んだ笑顔で霊夢を見るレミリア。

 恋であり、愛でもあるそれは、しかし純真から来る恋慕ではない。

 巫女である、清め鍛えられた清廉な肉体を欲望のおもむくままに汚しむしゃぶり尽くしたいという、深く黒い直接的なまでの「肉欲」。

 清ければ清いほど、強ければ強いほど、その完成された美しさに闇に住まう者たちは魅かれていくのだ。霊夢は、そんな中でも類を見ないほどに極上の獲物だった。

 

「そろそろ、私の物になる心の準備は出来たかしら?」

「出来てないわよ。おととい来なさい」

「あら。おとといは神社へ遊びに行って、同じ事を聞いたじゃない」

「重箱の隅を突つくなんて、あんたは姑か」

「つれないわねぇ」

 

 今度こそ、クスクスと本心から笑いながら翼を広げて上空へと紅の幼妃が舞う。

 

「さぁ、そろそろ始めましょうか。私のダンスのお相手は、一体どちらなのかしら?」

 

 異変で出会えば試合うが流儀。

 尋常ではない魔力の奔流。空間そのものに赤色が混じったかのような瘴気が噴出し、レミリアの手に五枚のカードが出現する。

 赤い紅い真紅の瞳が、その潤いを輝きに変えて妖しく光を灯しながら獲物を見据えている。

 偽りとはいえ、月は確かに満月に近い形で天上に存在している夜だ。吸血鬼の力もまた、最高潮に近い状態となっているのは間違いなかった。

 

「――霊夢」

「はいはい」

 

 それでも、博麗の巫女たる霊夢を揺るがせるまでには至らない。紫から言われるよりも先に、彼女は弾幕ごっこの準備を整えていた。

 何時もの通りなんの気負いすらないままお払い棒と退魔の針を構え、対戦相手から放たれる常人ならば失神してしまいそうなほどに濃密な戦意をそよ風として受け流す。

 

「もう答えは聞かないわ、霊夢――私が今ここで、貴女を快楽の楽園(ソドム)へと連れて行ってあげる!」

「気持ち悪いわねぇ、この色情吸血鬼」

 

 誰に対しても、優しくも厳しくもない少女。

 その本質は、善意も、悪意も、殺意でさえもあるがままを目を逸らさずに受け止める広く深い器にこそあった。

 

「まったく……私の事が好きだっていうのは良く解ったから、もうちょっとやり方考えなさいよっ」

 

 今代の巫女は、強者と変人に好かれやすい。

 その一番の原因は、貞操の危機に晒されてさえそんな事を平気で言ってのける自分の性格であるという事実を、彼女はまだ自覚していなかった。

 

 

 

 

 

 

「「治癒(リカバリィ)」」

 

 魔女の手の平から淡い光波が灯り、月夜の闇を照らす。

 

「ん、ぅ……」

 

 半壊した大木に身体を預ける、片翼を折り左腕を捻じ曲げた傷だらけの夜雀、ミスティアの意識がその光に反応しゆっくりと覚醒していく。

 

「――アリス?」

「じっとしていて。今、傷を塞いでいるから」

「近くにリグル――友達も居るの」

「えぇ、解っているわ。あの娘も後でちゃんと治療するから、安心しなさい」

 

 やや朦朧とした状態で友人を心配するミスティアの伸ばされた手を掴み、アリスは無表情なまましっかりとした声音で頷いてみせる。

 

「誰にやられたの?」

「博麗の巫女と……妖怪の賢者――最悪同士が手を組むなんて、聞いてないわよ」

「仇は取ってあげられないけれど、やり過ぎな件は注意しておくわ」

「ふふ……お願いするわね」

 

 弱々しく微笑を浮かべたミスティアは、そこで気力が尽きたのか再び意識を失った。

 

「どうやら、二人の目的地は私たちと同じみたいね。これで、少しは安心出来たかしら」

 

 治療を続けながら、アリスは背後で待つ魔理沙へと言葉を告げる。

 彼女たちの現在位置は、人里と竹林を繋ぐ道の中でかなり竹林よりの場所になる。

 一端自宅に戻り、そこから闇雲に飛び回ろうとしていた魔理沙を引き止めたのは、近所に住まう同業者だった。

 アリスは、異変の原因へと案内する事と引き換えに今回の騒動への同行を願い出たのだが、先んじた霊夢に追いつこうとはやる魔理沙が二つ返事で了承した結果、二人はこうしてくつわを並べる事となった。

 

「だったら早く行こうぜ。妖怪なんだから、その程度の怪我ならすぐ治るだろ?」

「焦らないの。偽りの月が動きを止めている間は、異変の解決はないと教えたでしょう?」

「それって、動き出したらおしまいって事だろうが。紫と一緒に動いてるんなら、スキマを使って首謀者の本拠地まで一足飛びしてるかもしれないぜ?」

「それはないわね。あの紫が、そんな退屈な手段を選ぶとは思えないわ」

 

 幻想郷全体への刺激である異変という名の大きな宴を、そんなつまらない形で終わらせるような女ではない。

 そして、もしもそれを実行したとするならばそれはそうしなければならないほど、危険な相手だったという事。

 アリスは、そんな厄介な相手に矛を構える気も魔理沙をけしかける気も更々なかった。

 

「心配しなくても、異変の解決はまだ先よ」

「なんで、お前にそんな事が解るんだよ?」

「ただの勘、かしらね」

 

 アリスの言い分は、根拠の乏しい希望論でしかない。だがしかし、アリスの勘は恐らく当たっていた。

 霊夢たちが行動を開始して、既に随分な時間が経過している。にも関わらず、未だ夜の終わる気配がないのは相当な異常だ。

 霊夢の直感を持ってさえ、首謀者の下へと辿り着く事が出来ないのだ。更なる時間を掛けるか、もしくは首謀者の方から出向くように仕掛ける必要があるという事。

 

「じゃあ、案内はもう良いよ。目的地も目の前だし、私一人で行く」

「それもダメ」

「なんでだよ!?」

「今の竹林はとても危険なの、貴女一人で行かせる訳にはいかないわ。お願い、我慢して」

「……ちっ」

 

 文句は言っていても、魔理沙はアリスを自分より格上の魔法使いだと認めていた。萃香からの忠告もあり、今まで参加した異変より危険度が上がっている事も承知している。

 そして、魔理沙とて霊夢が傷を負って倒れていれば異変など放り出して同じ事をしていただろう。しかし、理屈では理解出来ていても心がそれを認めない。

 

「ごめんなさい」

「……良いよ」

 

 自分の方が我侭を言っているような気分になってしまい、魔理沙はそっぽを向いて黙り込んでしまう。

 

「魔理沙、約束するわ。私が必ず、元凶までの道を作ってあげるから」

 

 治療を続けながら偽りの月を見るアリスの言葉には、未来を見通しているかのような確信的な響きが込められていた。

 

 

 

 

 

 

 ヤム――みすちいぃぃぃぃぃぃっ!?

 

 運良くすぐに魔理沙と合流出来た私は、竹林へと向かう途中行き掛けの駄賃とばかりにフルボッコにされていたミスティアとリグルを発見し、慌てて介抱した。

 

 異変で気が立ってたのかなぁ?

 ――あ、違うわ。何時も通りの平常運転だ。

 流石鬼巫女、異変の時は特に容赦がないぜ。

 

 ミスティアとは、この異変が始まる以前にとある事件で出会った事で交友があったのだが、リグルとの初接触がまさかこんな大惨事だとは夢にも思わなかった。

 こちらは完全に気を失っているので、出会いの挨拶はまた日を改めるしかないだろう。

 ミスティアもリグルも妖怪だ。本当であれば、見た目の傷ほど心配する必要はない。

 だが、人情として見捨てる事など出来る訳もなく、魔理沙には悪いが時間を取らせて貰い手早く治療を済ませていく。

 表面上の傷を塞いだ後は、二人を近くの木陰まで移して身体を預けさせる。本当は安全な場所まで運んであげたいのだが、これ以上魔理沙を待たせるのも問題だ。

 せめてもの保険として、動力である魔石(ジェム)の魔力が尽きるまで指定したプログラム通りに動き続ける上海サイズの人形部隊、「防衛野郎Bチーム(全員少女型)」に護衛を命じ後ろ髪を引かれる思い立ち上がる。

 

「――行きましょう」

「ようやくかよ」

 

 恐い顔しないの、魔理ちゃんめーんご。

 でも、魔理沙が大人しく待っててくれたのは少しだけ意外かな。

 私、貴女からあんまり好かれてないと思ってたし。

 

 出会いが出会いだっただけに、今の魔理沙と私の関係は微妙の一言だ。それでも私のお願いを聞いてくれる辺り、それほど悪い間柄ではないと思う。

 

 出来れば、お互いの家に気軽に呼び合えるくらいは仲良くなりたいんだけどね。

 いっそ、私の方から突撃訪問するくらい積極的にいった方が良いのかも……でも、それでもっと嫌われるのはイヤだしなぁ。

 

 世の中、中々上手くいかないものだ。

 そんな事を考えている間にも道は進み、私と魔理沙は竹林の入り口へと辿り着く。

 

「よっし、それじゃあ一気に――」

「待って」

 

 加速に任せ直線で竹林を走破しようとする魔理沙を、私が言葉で引き止める。

 

「またかよ、今度はなんだ?」

 

 軽く苛立った魔理沙に、私は返答する事が出来なかった。竹林の景色を見てから、頭の裏から引っ掻かれるような頭痛が起こり始めていたからだ。

 

 ――やっぱりだ。

 私は、この場所を知っている。

 一度も来た事のない場所なのに、私はこの場所を覚えている。

 確定だ。ここに、この場所に、私の失った記憶の断片が落ちてるんだ。

 

 精神世界面(アストラル・サイド)から見て、小さな五角形の板が大量に重なり合ったドーム状の力場が竹林全体を覆っている。私の「目」で見ても、相当に薄い半透明の膜が辛うじて解る程度と隠蔽にも力を入れているらしい。

 

「私の後に付いて来て」

 

 竹林に近づき、私は力場へと片手を添えて小さな声で詠唱を開始する。

 

「「崩魔陣(フロウ・ブレイク)」」

「うぉっ」

 

 発動するのは、結界や術に対する中和呪文。私の呪文と結界がせめぎ合い、甲高い音を立ててその一部を切り崩す。

 しかし、崩れた力場は即座に端から修復が始まっていた。そのまま放置すれば、十秒も経たずに元通りとなるだろう。

 

「こっち」

「お、おぅ」

 

 再生が完了するよりも早く竹林の中へと足を踏み入れれば、そこに見えるのは再び力場の壁。

 

「上海、お願い」

 

 壁の向こうへと相棒を飛ばし、その効果を確認してみる。

 力場を通り過ぎた上海は、その姿を消失させると同時に私が繋げた糸の接続さえも切断させられてしまう。

 魔石(ジェム)の魔力を探れば、同じ竹林にはあるものの相当に距離の離れた場所へと飛ばされているらしかった。

 すぐさま転送魔法によって呼び戻し、今度は護衛用と広域探索用の人形たちを召喚する。

 

「――来なさい」

 

 上海サイズの人形が十体ほどと、指先三本ほどのミニ人形がおよそ三百ほど。流石にこの量になると一回の魔法だけでは転送出来ないので、魔法同士を掛け合わせる合体魔法を使用する。

 

 十体ずつくらいちまちま呼んでも、時間が掛かっちゃうからね。

 でもこれ、魔力の消費が百倍ぐらいに膨れ上がるからあんまりやりたくないんだよねぇ。

 

 単純に、私の研究と研鑽不足だ。

 合体魔法は乙女の浪漫なので効率化を頑張っているのだが、費用対効果を考えるとまだまだ実用段階にはほど遠い。

 今はまだ、隠し札の一つとして追い詰められた時に使う程度が関の山だろう。

 

「散りなさい」

 

 それはさて置き、呼び出した沢山の人形たちを全方位に向けて解き放つ。力場を通り抜けた時点で糸は切れてしまうが、事前に命令(プログラム)した通りに探索を続行し上海と同じくその位置を私に教えてくれる。

 

「――これは、本当に厄介ね」

 

 大量の人形たちの移動を感覚で掴みながら、私は月の頭脳の仕掛けた術式に内心で頭を抱えてしまう。

 転送は一方通行で、通り抜けた力場から元の場所に戻ろうとしてもまた別の力場へと飛ばされる。もしかすると、相手側は自由に移動先を変更出来る可能性もある。

 しかも高速再生機能付きなので、全体の破壊はほぼ絶望的。そんなものが、竹林の全土を蜂の巣状に区切るような形で設置されているのだ。

 今の竹林は、その名の通り入り込んだ者を残さず迷わせる究極の迷路と化していた。

 

 これは無理ゲーですわ。

 ……やばいな。さっき勢いだけで魔理沙と約束しちゃったけど、守れない可能性が大だ。

 こりゃあ、霊夢たちも手を焼く訳だわ。

 

 流石は天才としか言いようがない。紫は、この術式の精密さといやらしさを理解したが故に、霊夢の修行として手を出していないのかもしれない。

 竹林の詳細な地図など持っている訳もなく、目印の少ないこの土地で力場を一々破壊しながら移動を繰り返せば、迷った挙句に魔力が枯渇するのは明白だ。

 しかし、何も考えずただ適当に転送され続けたとしても目的地には永久に辿り着けないだろう。

 進むか、留まるか――魔理沙にしてみれば、後者の選択肢はありえない。

 

「ここからは、私の後を離れずに付いて来て。でないと、二人で永遠にこの竹林をさ迷う事になるわよ」

「ちぇっ、私の出番はなしかよ」

「えぇ、貴女には力を温存しておいて貰うわ。こんな手の込んだ迷路で消耗するのは、一人で十分よ」

 

 私は弾幕ごっこが出来ない。

 出来ない訳ではないのだが、腕前は貧弱そのものでしかないのだ。元々争い事が苦手だという以外にも幾つか理由はあるのだが、即座に改善出来ない項目を今考える必要はないだろう。

 そういった事情から、異変での戦闘面は全て魔理沙に頼り切るしかない。

 魔理沙に対する申し訳なさを感じながら直進し、二つほど壁を崩した先で展開していた人形の一体が隠されていた紐に引っ掛かった。

 紐に連動していたトラップが発動し、太く長い竹の先端に泥の塊を固めて竹槍を無数に突き刺した巨大なスパイクが、彼女へと向けて唸りを上げて振り抜かれる。

 私の人形が幾ら力持ちだと言っても、流石にあの勢いは止められない。見事に直撃を受け、勢い良く宙を跳ね飛んで行くジュリエッタ。

 

 うわーぉ、スパイクボールだぁ。

 

 罠の仕掛け人は、恐らく因幡の幸運兎。

 軽く引きながら移動を続ければ、その後も出るわ出るわ。古典的な落とし穴にも竹槍がずらりと並び、吊り網は鉄条網。

 空を飛べば矢尻の錆びた弓矢が飛来し、地面には竹で作った虎バサミまで設置されている。

 

 どう見ても、ベトナム仕込みのバンジステークスです。本当にありがとうございます。

 パプワくんかな?

 

 何時の間に、私たちは戦時中の南米に迷い込んでいたのだろうか。

 割りと頑丈な人形たちに目立った損傷は見受けられないが、私や魔理沙だと確実に死んでいるか再起不能になるタイプの罠ばかりだ。

 

「私が居て、正解だったでしょう?」

「……」

 

 その余りの量と質に、魔理沙も私の後ろで顔を引きつらせている。

 侵略側が有利だと高を括っていたが、今になってここが完全な敵地(アウェー)である事を理解する。どうやら永琳たちは、数の不利を承知でゲリラ戦をお望みらしい。

 これは、気を引き締めていかないと私はおろか魔理沙の命までもが危うい。

 人形たちで周囲を探りながら、慎重に慎重を期して前進を続ける私と魔理沙。

 それから七つほど壁を崩した所で、随分と開けた場所に到着する。この区域だけ力場の間隔も広く、弾幕ごっこぐらいなら問題なく出来そうだ。

 つまり、誘い込むには絶好の場所でもある訳で――

 

「新手……ですか」

「あら、アリスに魔理沙じゃない。こんばんわ」

 

 魂魄妖夢と十六夜咲夜。

 月の光が差し込む中、宙を舞う抜き身の双刀と銀のナイフを構えた二人の従者が、私たちへと鋭い視線を送って来る。

 

「……こんばんわ」

 

 とりあえず、礼儀として夜の挨拶を一つ。

 結局の所、どう進んだとしても辿り着く結末は月の頭脳が示す手の平の上らしかった。

 

 

 

 

 

 

「よぉ、お二人さん。こんな場所で会うなんて奇遇だな」

「御託は無用です。始めましょう」

 

 敵に出会えた事で機嫌を取り戻すというなんとも解り易い魔理沙に対し、妖夢の方は何かを焦っているのか反応に棘が含まれている。

 

「落ち着けよ、半人前。折角の長い夜なんだ、勿体無いだろ?」

「悪いわね、魔理沙。私も時間が押しているの。挑むか去るか、早めに決めて貰えないかしら」

 

 何時もは余裕のある咲夜の方も、意外な事に超喧嘩腰である。

 

「貴女たちが急いでいる理由は、幽々子とレミリアね」

 

 私と魔理沙が一緒に異変へと挑んでいる現状、咲夜と妖夢もまた主人と一緒にこの竹林へと訪れた可能性がある。

 原作知識から辿り着いた私の鎌掛けに、妖夢が目に見える形で動揺を表す。

 

「っ!? どうして――っ」

「「知っているのか?」。まぁ、知っているからとしか言いようはないわね」

「説明になっていません」

「そうね」

「――っ」

 

 睨まんといてーな、妖夢ちゃん。

 いや、ほんと、それ以外に言いようがないのよ。

 他にどう言えと。

 

「おい。仲裁したいのか挑発したいのか、どっちかにしろよ」

「そうね、今のは少し意地悪だったわ。ごめんなさい」

 

 魔理沙から半眼を向けられ、半人半霊へと軽く頭を下げて謝罪を示す。

 ここで争うのは、相手側の思う壺だ。仕掛けられていた罠の内容といい、ここはどうにかして二人を仲間に引き込みたい。

 

「今、この竹林は異変の首謀者によって掌握されているわ。分断し、消耗させ、弱った所で各個撃破するのが目的でしょうね」

「それで? 手を組めとでも言うの」

「えぇ、そうよ。とりあえず、首謀者の根城に辿り着くまでは一時的に休戦協定を結びましょう。貴女たちの主人も目的地が同じなのなら、その方が効率が良いでしょう?」

「勝手に決めるなよ!」

「魔理沙。今回の相手は、今まで私たちが関わったどの異変よりも危険でしたたかよ。言う事を聞いて」

「……っ」

「「……」」

 

 私の説得に、他の三人が黙り込む。

 本当は、例え弾幕ごっこという遊戯でさえ誰にも傷付いて欲しくはないのだ。それでも、彼女たちが競う事を選ぶのなら私にそれを止める権利はない。

 だからせめて、私の知識が許す限り彼女たちへの危険を減らす提案をする事が、役に立たない私がここに居て出来る精一杯。

 

 お願い、届いて。

 

「――良いでしょう」

 

 祈るような私の願いは叶い、最初に刃を下げたのは咲夜だった。

 

「貴女は、紅魔にとって大恩のあるお方。その恩義に報い、一度だけ矛を納めましょう」

「――皆さんが引くのであれば、私にも異論はありません。ですが、辿り着いた先で決着は付けさせて頂きます」

「ありがとう」

 

 妖夢も刀を納め、ひとまずの戦闘は回避された事に胸を撫で下ろす。これから私が三人を先導すれば、彼女たちをほぼ消耗のない形で敵の本拠地である永遠亭へと届けられる。

 人形たちの探索も順調だ。徐々に跳ばされない区間が幾つか判明し始め、そのいずれかへと向かえば最終的な到着は可能だろう。

 

「血の気の多い連中ばかりだと聞いていたけれど――やはり、貴女がイレギュラーね」

 

 早速その一つへと向かおうとした私たちの前に、力場を越えて二つの人影が姿を現した。

 恰好からして、月の頭脳である八意永琳と彼女に拾われた脱走月兎、鈴仙・優曇華印・イナバ。

 

 えっと……いきなりラスボスが登場したんですが、どうしましょう。

 

 和弓を片手に登場した永琳と、彼女を守るようにその前で銃の形にした片手にもう片方の手を添え、鈴仙が軽く足を曲げて即座に動ける姿勢を取る。

 

「敵か、敵だろ? なぁ、敵だろアイツら」

 

 魔理沙ェ……おまいは妖怪首置いてけか。

 もしくは、雪山に埋もれて出て来たまりも。

 

「いよっしゃあぁぁぁっ!」

 

 色々我慢させられて限界だったのか、既に八卦炉を取り出していた魔理沙が誰が答えるよりも早く箒に跨り、永琳たちへと襲い掛かった。

 

「うどんげ」

了解(アイ・マム)

 

 魔理沙との弾幕ごっこを受けたのは、永琳に促された元軍人兎の方だ。

 

「いっくぜえぇぇぇ!」

「ど素人が……っ」

 

 満面の笑顔で星を振り撒く普通の魔法使いとは違い、鈴仙は冷ややかな視線と態度で冷静に弾幕を回避し地面を滑るように移動しながら場の中央へと走りこんで行く。

 

「それじゃあ、私のお相手は貴女にお願いしようかしら」

 

 背後で光弾が撒き散らされる中、永琳は名乗りすらせず六枚のスペルカードを掲げて私を見据えてくる。

 

 え? 私?

 自慢じゃないけど、私へっぽこだよ?

 

「受けましょう」

 

 私も同じ数のスペルカードを出し、月の薬師からの挑戦を承諾する。負けるのは確実だが、失うものは何もないので恐れる必要もない。

 しかも、回避に専念して一つでも多くのスペカを攻略すれば、それだけ永琳の弾幕を見た咲夜たちが有利になるのだ。ここは、気合を入れて挑ませて貰おう。

 しかし、私の思惑はあっさりと無駄に終わってしまう。そもそも、相手に弾幕ごっこを行う気すらなかった為に。

 

「避けたら――死ぬわよ?」

 

 「誰が」。その問いを口にする時間を、私は与えて貰えなかった。

 引き絞られた弓蔓から指が外れ、四射の矢が私へと疾駆する。

 私の背後には、弾幕ごっこを開始したばかりの鈴仙と魔理沙。どちらの事を言っているのかなど、考えるまでもない。

 一瞬が永遠に引き伸ばされ、加速した思考が幾度も選択肢を選び直し続けていく。

 永琳の言葉は、ただのはったりだ。

 意図した殺害は、スペルカード・ルールにおいての禁止事項。良くて腕一本、最悪四肢を貫く程度で済ませなければ、ルールの提唱者である霊夢と紫が黙ってはいまい。

 スペルカード・ルールを理解している以上、屋敷の外の情報をなんらかの形で入手しているのだとすれば、この地に住まいながら彼女たちと本気で敵対するデメリットを受け入れる可能性はゼロだ。

 だが、例え百億分の一より低い確率だったとしても――

 例え、どれだけ考える時間があったとしても――

 私には、魔理沙を見捨てる結論を出す事が出来なかった。

 

「――ぎっ! あ゛ぁっ!」

 

 構えた盾ごと人形たちを貫いた四本の矢が、勢いを衰えさせる事なく私の肉体を穿つ。

 左肩、右腕、左もも、左脇腹――骨のある部分ですら余裕で貫通している時点で、威力はお察しだ。

 

 自分でやってみて、改めて思うよ。

 ドルトンさん、アンタ本当に凄いな!

 

 恐怖の感情すら薄い私でなければ、きっと痛みと死を恐れて逃げ出していた。

 

「流石に、その対応は意外ね」

 

 ははっ、だろうね。

 これは流石に、私も自分が全力でアホやってるって解るよっ。

 

 本来、魔法使いに怪我はご法度だ。小さな怪我でさえその痛みによって集中が乱され、呪文の効果が格段に落ちてしまう。

 魔理沙よりも回復呪文を得意とする私は、味方となった全員の中で一番傷を負ってはならず後衛に徹する必要があった。誰かが怪我をしても、回復役の私が居れば持ち直す事が出来たからだ。

 だというのに、目先の都合のみに囚われ大局を見失うとは、度し難いにもほどがある。

 

 こんな時にまで、人間ごっこにこだわる必要なんてないのにね。

 

 憧れは、理解から最も遠い感情らしい。

 私は、ただ真似るばかりでちっとも近づけてはいないのだ。だから、こうやって普通では選ばない行動を平気で取れてしまう。

 魔理沙の心配もあった、殺されはしないだろうという楽観もあった。だが、私はそれ以上に「そうした方が人間らしいのではないか」という無意味な感性を優先したのだ。

 

 私って……ほんとバカ。

 

 激痛に耐え切れず、膝を折った瞬間に誰かの手が私の身体を支えていた。咲夜だ。

 

「ごめんなさい。決闘に水を差すのは無粋だなんて、どうかしていたわ」

 

 いや、さっきゅんは何も悪くないでしょ。

 強いて言わなくても、あんぽんたんな私が全部悪いんだし。

 

 恐らく、時間を停止して移動したのだろう彼女の表情は、顔を上げられなかった私からは見る事が出来ない。

 

「アリス! ――がっ」

 

 悲鳴に近い声で私の名を呼んだ魔理沙が、鈍い打撃音の後に苦悶の声を上げて地面へと落とされた。

 二人を仕留めた永琳と鈴仙は、そのまま踵を返して一目散に後退を開始する。

 

 逃げる――いや、追わせる気か。

 

 二人は既に、力場を通り過ぎてしまった。今から追いかけたところで、相手の有利な場所へと誘い込まれるだけだ。

 

「待ぁちやがれぇ!」

「待つのは貴女よ、魔理沙!」

 

 すぐさま起き上がった魔理沙が飛び立とうとした瞬間、咲夜の投げたナイフがその鼻先を掠めていく。

 

「相手の思惑ぐらい解るでしょう!? 頭を冷やしなさい!」

「ふっざけんなぁ!」

 

 咲夜の制止に対し、魔理沙の返答は激情に任せた怒号だった。

 

「目の前で仲間がやられたんだぜ!? そんなの、黙っていられる訳がないだろうが!」

 

 自分のせいで、私がやられたという負い目もあるのだろう。しかし、今の状況で魔理沙が先行すれば確実に罠に掛けられ何も出来ぬままに狩られるのは明白だ。

 

 ダメ、待って……っ。

 

 私もまた、言葉を持って魔理沙を引き止めようと口を開き――まったく言う事を聞いてくれない自分の身体に驚愕する。

 

 声が……ていうか、身体が動かないっ。

 まさかこれ――毒?

 月の頭脳――ここまでか、ここまでやるのか!?

 

 これでは、役立たずどころか最悪の足手纏いだ。私の軽率な行動が、事態の悪化を連鎖的に引き起こしていく。

 

「卑劣なっ」

 

 力場の先に消えた魔理沙を見送る事しか出来ず、奥歯を噛む事すら許されない私の傍に追撃を警戒し周囲の気配を探っていた妖夢が、刀に手を添えながら合流する。

 

「やめなさい。敗者に与した悪態は、みっともないだけよ」

 

 顔を歪める真っ直ぐな気性の剣士へと、清濁を併せ呑める戦闘者としても洗練されたメイドが正論を被せる。

 

「正々堂々だけが、勝負の全てじゃないわ。勝利に対し貪欲でありたいのであれば、覚えておきなさい」

 

 咲夜の言っている事は正しい。結局の所、子供騙しの三味線に踊らされ不覚を取った私が超絶間抜けなのだ。

 敗者が私で、勝者は永琳。出来上がってしまったその構図は、絶対にもう揺るがない。

 

「噛んでいなさい」

 

 突然、咲夜が私の口に喉を通らないほどの大きさをした竹の破片を突っ込んで来た。

 

「――い゛っ」

 

 それが舌を噛まない為の措置だと理解した瞬間、彼女は無造作にも近い動作で私に刺さった矢の一本を引き抜いた。

 永琳の矢は、弓道で使うようなやじりに返しの付いていない直線のものだ。肉が抉られるという事もなく、貫通していた棒が大量の血を付着させて地面に落ちる。

 

「こんな時くらい、少しは痛そうな顔しなさいよ」

 

 察してよ!

 痛過ぎて声も出ないから、歯ぁ食い縛って耐えてんの!

 

 何故か咲夜から私の無表情を呆れられながら、それを続けて四度。気絶しなかった自分を、心から褒めてあげたい。

 包帯を巻き、地面へと私を寝そべらせて一応の応急処置が済んだと思えば、畳み掛けるように次が来る。

 力場が変質し、視覚可能な結界となって私たちを閉じ込めたのだ。

 

「追えば狩り、追わねば捕らえる――なるほど、アリスの言う通り今回の相手は今までとは少し違うみたいね」

 

 ルールを決定的な形で破る事なく、私たちを次々と無力化していく永琳の仕込みに最早脱帽するしかない。

 私が脱落し、恐らく魔理沙ももう手遅れだ。

 残り三組六人。霊夢と紫は鉄板だとしても、後何人が永遠亭へと辿り着けるのだろうか。

 

「この程度の結界であれば、問題はありません」

「どうせ罠よ。逆にこれ以上襲撃を受ける心配は減ったのだから、今はアリスの回復を待つ方が無難ね」

「ならば、罠ごと切り開くのみですっ」

 

 振り下ろすその一刀は、自信か、迷いか――

 示された結果は、ある意味で予想通りのものだった。

 

「なっ!?」

「どうして皆、私の言う事を聞いてくれないのかしらね」

 

 少女だからさ。

 

 冗談はさて置き、剣士の一撃によって結界は確かに崩れた。問題は、その後。

 崩れた結界は即座に再生し、しかも私たちの居る中心に向けて縮小を開始したのだ。強度は増し、発光を増し、術式そのものが書き換えられている事が解る。

 

 内部からの抵抗により、偶然(・・)術式の一部が欠損し暴走。とても悲しい、不幸な事故が起こってしまうって訳か――

 

 永琳が紫クラスの術士ならば、爪の先ほどの証拠すら見つかりはしないだろう。本当に、良くぞここまで恐ろしい策を次々と仕込んで来るものだ。

 

「くっ……はあぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 裂帛の気合を伴い、短長二つの双剣を連続で繰り出す妖夢だったが、今度は迫る結界に傷一つ付ける事さえ叶わない。

 妖夢の二刀でも無理となると、咲夜のナイフでも突破は難しいだろう。

 このままでは、三人揃って仲良くお陀仏だ。

 二人で無理なら、私が手札を切るしかない。

 

「ん……ぐ……っ」

 

 震える指先に全ての気力を総動員し、私は自分のスカートへとなんとか手を伸ばす。しかし、裏地に仕込んだ小瓶の一つを取り出そうとして失敗し、地面に転がり落としてしまう。

 自前で調合し、パチュリーからお墨付きを貰ったなんちゃって解毒薬。効果のほどは解らないが、飲まないよりは流石にマシだろう。

 

「これ、飲み薬?」

 

 小瓶を拾い上げた咲夜の質問に私が弱々しく頷くと、彼女は何を思ったのか蓋を開けて自分でその薄い黄緑色の液体を全てを口に含んだ。

 

 え、ちょ、まさか――んむぅっ!?

 

「ん……くちゅっ……」

「ん……」

 

 咲夜の両手によって頭を固定され、私の唇が奪われる。艶めかしく動く彼女の舌が抵抗出来ない私の舌を押し退け、口内の水を私の喉奥へと流し込んでいく。

 脳内効果音は、勿論「ズキュウゥゥゥゥゥゥンッ!」だ。

 これを回数に入れて良いかは疑問だが、記憶にある限りの今生ファーストキスがこれである。味はレモンどころか青汁で、まことに色気もクソもない。

 

 これはもう、咲夜とケッコンカッコカリ待ったなしだなおい!

 彼女はレミリアに売約済みだから、めくるめく三角関係だ! やったぁ!

 

 毒にやられて、脳内まで腐って来ているのかもしれない。

 実際は、激痛を紛らわせる為に何かを考えていないと今すぐにでも失神してしまいそうなのだ。

 

「げほっ、かはっ」

 

 薬なので仕方がないとはいえ、腰に付けた水筒の水を含み口を濯ぐ咲夜の態度に若干傷付きながら、私は何度も咳き込みを繰り返す。

 

「あり……が、とう……」

 

 解毒薬の効果はすぐに発揮され、なんとか口が動く程度には回復出来た。流石はパチュリー直伝のポーションだ。

 想像以上の効き目が嬉しい反面、謎の材料たちをじっくりことこと煮込んだ薬を飲んだという不安は拭えない。

 

「……「麗和浄(ディクリアリィ)」」

 

 ギリギリの集中力を保ちながら、今度は解毒呪文を発動させる。

 

「……「麗和浄(ディクリアリィ)」……「麗和浄(ディクリアリィ)」」

 

 二度、三度と繰り返し唱えても、身体の不調はそれほど改善には向かってくれない。毒キノコの時は一発だったというのに、一体どれだけ複雑な毒を食らったのか想像するだけでも空恐ろしい。

 兎にも角にも、今は時間はないのだ。回復は最低限までで納得するしかない。

 

「妖夢を、ここに……」

「そこの庭師! アリスに策があるそうよ、無駄な事していないでこっちに来なさい!」

 

 なおも結界に対して攻撃を続けていた妖夢を、咲夜に頼んで呼んで貰う。

 しかし、妖夢はこちらを一瞥しただけでその指示に従おうとはしてくれない。

 

「出来ません! この失態は私の落ち度。例えこの身を賭してでも、貴女方だけは通してみせます!」

「命を預けるのなら、私は貴女よりもアリスを選ぶわ」

「……っ」

 

 し、辛辣っすね、咲夜さん。

 ほらぁ。そんな意地悪言うから、妖夢がめっちゃくやしそうな顔して固まってるじゃん。可愛い。

 ち、違うんよ、妖夢。虐めたくて呼んで貰った訳じゃないんよ。

 

 最悪の場合、この役は咲夜であっても問題はない。だが、万全を期す為には彼女の協力が必須なのだ。

 

「私を……妖夢の背に……」

 

 刀を納め、しぶしぶと近づいて来た妖夢が服を血で汚す私を背負う。足に力が入らず、彼女よりも若干背の高い私は覆い被さるような形で体重を預ける事となった。

 

「妖夢……私の両手を、後ろから握って……」

「……はい」

「これから剣を出すわ……この結界が切れるだけの……剣よ……」

 

 途切れ途切れになりながら、荒い呼吸で言葉を紡ぐ。結界の壁は、既に最初の大きさから半分以下にまで迫りつつあった。

 ゆるやかな速さで死が近づく中、私は時間の許す限り魔力を高めていく。

 失敗は許されない。私自身のものだけではなく、共に立つ二人の命を失わせない為にも悲鳴を上げる肉体に構っている暇はない。

 

「だけど……今の私はそれを振るえない。だから……貴女が振って」

「――はい」

「出せるのは一瞬よ……発動と同時に振り切って……」

 

 ちょっとだけ、不安を煽るような言い方をしてるけどさ。安心してよ、妖夢。

 この剣って――ほんとになんでも(・・・・)切れるから。

 

 一度大きく息を吸い込んだ私は、祈りと希望を込めてその呪文の詠唱を紡ぎ始める。

 妖夢もまた、握り込んだ私の両手と共に高々と自らの腕を持ち上げていく。

 

天空(そら)のいましめ解き放たれし、凍れる黒き虚ろの刃よ――」

 

 結界の強度と再生速度が不明瞭である以上、出し惜しみはなしだ。

 「聖典(バイブル)」における主人公、リナ・インバースが王家の口伝を参考に生み出した二つのオリジナル呪文。世界の創造主たる金色の母――「金色の魔王(ロード・オブ・ナイトメア)」より力を借りる、破滅と破壊を引き起こす虚無の魔法。

 一つ目は、世界を滅ぼす可能性すら秘めた超広域殲滅呪文、「重破斬(ギガ・スレイブ)」。完成版になると、力の借り元本人を呼び込んでしてしまうという出鱈目な効果を発揮する禁断の呪文。

 

「我が力、我が身となりて、共に滅びの道を歩まん――」

 

 そして、もう一つはこちら。

 彼女(・・)の象徴である「虚無」を限定的に出現させ、それを剣として繰り出すスーパーチートソード。

 攻撃力などという生易しい概念は、この呪文に存在しない。何故なら、触れた物全てが無に帰す物体を防げる道理はないからだ。

 相手は結界。やり過ぎる心配や手加減など余計な事は何一つ考える必要がないので、遠慮無用の最大出力でぶち抜かせて貰おう。

 

「神々の魂すらも打ち砕き――」

 

 いったれえぇぇぇぇぇぇっ!

 

「「神滅斬(ラグナ・ブレード)」!」

「ちえぇぇいすとおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 「黒い光」。私の術が発動し、そうとしか表現のしようのない波動が天へと吹き上がった瞬間、月下の剣士がその一刀を全力で振り下ろした。

 黒の閃光と轟音。手ごたえはなく、前方の全てが土煙の中へと覆い隠される。

 次第に煙が晴れ、私たちは遂にその光景を視界に写す。

 

「「「……」」」

 

 三人ともが言葉を失い、現れた景色に見入ってしまっていた。

 最初に言わせて貰えるならば、三人の中で一番驚いているのは間違いなく私だろう。

 ――さて。唐突で恐縮だが、ここでQアンドAコーナーを始めさせて貰いたいと思う。

 正解者にも無回答者にも、漏れなく状況の解説をプレゼントだ。

 

 Q・「剣術を扱う程度の能力」を持ち、刀を振った軌道から弾幕の撃てる美少女に世界最強の剣を振らせてみました。どうなりますか?

 

 A・―――――――――ごらんのありさまだよ。

 

 延々と続く、深く長いわだち。生い茂っていた竹は剣の軌道上から全て消滅し、同じ位置にあっただろう永琳の生み出した力場すらも残さず蹴散らして突き進んでいる。

 「虚無」の侵食を受けているのか、破壊された力場の再生は始まっていなかった。竹林の中間から一直線に伸びたこの道だけは、文字通りの意味で切り開かれたのだ。

 周囲の状況から勢いを見るに、ひょっとすると竹林の外にまで波動が伸びてしまっているかもしれない。

 

 いや、そこは良いんだ。重要な事じゃない。

 問題なのは――

 

 道の続く更に奥。目を凝らさねば見えないほど遠い場所にあるものから、私は視線を逸らせずにいた。

 誰にだって、守りたいものや譲れないものはある。

 私にとってそれは人形と友人であり、紫や霊夢にとっては幻想郷そのものだと言えるだろう。

 

 遥か彼方で真っ二つになってるあの建物って……あれ、永遠亭じゃね?

 

 つまり、永琳の逆鱗をぶった切った私は確実に死亡フラグを立ててしまったという、悲しい現実が無慈悲に横たわっていた。

 




斬月「訴訟も辞さない 」

アリスさん、ノルマ達成お疲れ様です。

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