東方有栖(アリス)伝   作:店頭価格

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さぁ、皆さんご一緒に!
う・ど・みょん!
う・ど・みょん!

タワーが建つのは次回ですけどね(笑)

推奨BGM 刀語より  「Bahasa Palus」
もしくは   紅色リトマス「凛として咲く花の如く」



37・銃兎(ガン)×妖刀(ソード)

 誰かが言う。

 月の都に穢れはなく、月の民に穢れはないと。

 私は思う。

 穢れが罪であるのなら、私たちは生きているだけで穢れているのではないのだろうかと――

 

 軍人としての適性検査に合格したので、軍人になった。それだけだった。

 自分たちの住む月の都を守りたいという正義感も、生まれながらに持つ特殊な能力からの責任感もない、ただの惰性。

 自己評価になってしまうが、それなりに優秀だったと思う。同期の中で、私にだけ特別部隊への異動辞令が下るほどには。

 軍隊とは、本来外部からの脅威に対する予防策だ。しかし、当時の月の都に外敵は存在せず、その銃口はおのずと内側へと向けられていく。

 異動先での主な任務は、都の清掃。

 裏路地に落ちているゴミ、根を張るように張り付いた黒ズミ――数は少ないながら、その部隊に任務が舞い込む程度には都も汚れているらしい。

 そして、数が少ないからこそそれらの掃除はとても面倒で骨が折れるとも。

 殺生を忌み嫌う世界にあって、禁忌を肯定する影と闇の部隊。

 その場での会話の記憶を消去する事を条件に断っても良いと言われたが、私はその辞令を受けた。

 記憶以外のものを消される可能性が頭をよぎり、恐かった。それだけだった。

 書類上と名目上の席を通常の部隊に置いたまま、訓練ばかりの日々の中で本当に間遠な間隔を開けて任務が下される。失敗が減り、成功が増え、都のゴミを掃除する私の手は汚れていく。

 どんな物事であろうと、いずれ慣れは来る。例えそれが、自らの指に掛かる引き金の重さであったとしても。

 煌びやかで美しい都の裏で、私は上官から命令されるままただ淡々と任務をこなしていった。

 給金を得る為に、仕事をする。社会を構築する歯車の一つとして、私の生活は何も間違ってはいなかった。

 そこに、不思議な転機が訪れる。どこで見掛けられたのか、私の何が気に入られたのか、天上の方々に飼われる事となったのだ。

 護衛や近衛などではなく、正真正銘愛玩動物としての雇用だった。未だに訳が解らない。

 そもそも、お二人共々私などよりも遥かに格上の実力者だ。そんな私がお二方に出来る事など、精々肉の盾として役に立つ程度が関の山だろう。

 そんな私の新しい生活に不満はなかったが、同時に満たされる事もなかった。今までだって、そんなものを感じた事は余りない。

 お二方も、同じ宮殿に住む同胞たちもこんな私にとても良くしてくれた。あの場所には確かな温もりがあり、心を安らげられる安息があった。

 でも――そんな場所から私は逃げ出した。目をつぶり、耳を塞ぎ、恥も外聞もかなぐり捨てて逃げ出した。

 適正はあった。才能もあった。それなりに、努力もしたと思う。

 だが結局、私は軍人には向いていなかった。

 つまりは――それだけの事だった。

 

 誰かが言う。

 月の都に穢れはなく、月の民に穢れはないと。

 私は思う。

 ならば、落ちる事のない数多の血に塗れたこの二つの手の平もまた、私は穢れていないと言い張れるのだろうかと。

 

 月を離れた今でさえ、私はその答えを出せずにいる――

 

 

 

 

 

 

 斬れば解る。

 真実は斬って知るものだと、私の師はそう言っていた。

 雨を斬れる様になるには、三十年は掛かると言う。

 空気を斬れる様になるには、五十年は掛かると言う。

 時を斬れる様になるには、二百年は掛かると言う。

 私には、未だにどれも斬れたためしがない。

 私には、未だにどれも切れたためしがない。

 師は――祖父は、私の目の前で全てを切り伏せて見せたというのに。

 

 未熟。

 未熟に過ぎる、半人前。

 

 祖父は何故、修行中の身であるはずの私に「魂魄」の名を譲り渡したのだろうか。

 何も斬れない私には、何も切れない私には、何も知る事が出来ないというのに。

 剣を振り、振り続け、鍛えに鍛え――振り払おうとする不安と苦悩はそれでも際限なく湧いて来る。

 

 私は、魂魄家の当主として本当に相応しい振る舞いが出来ているのだろうか。

 私は、家宝の剣を振るうに相応しい存在なのだろうか。

 私は、幽々様の従者として相応しいのだろうか。

 私は――私は何故、剣を振るっているのだろうか。

 

 求める答えは、未だ届かず。

 示される道など、ありはしない。

 暗く淀んだ五里霧中の中を、私は一人歩いている。

 猜疑、不安、恐怖、諦念――そして、背後から滲むように迫る焦燥感。

 

 白楼剣――

 貴方の刃で私を切れば、この迷いは解けるのだろうか。

 解けた先に、誰の目からも恥じる事なく認められる、そんな答えはあるのだろうか。

 剣士として、庭師として。私は、託されたこの「魂魄」を名乗る者として、何を誇れば良いのだろうか――

 

 形ばかりの当主の座に立ち随分と日が経つ今でさえ、私はその答えを出せずにいる――

 

 

 

 

 七対一。数の上での圧倒的な不利を背負い、妖夢は全ての包囲から攻め来る弾幕の群れを残された僅かな隙間に身体をねじ込ませて回避する。

 

「くっ、はぁっ! はぁぁっ!」

 

 反撃として、飛翔する斬撃を二閃。それは弾幕ごと空間を切り裂き、二体の鈴仙を両断するがそれも一時しのぎでしかない。

 開けた空間の中で、消滅した鈴仙が即座に数を戻す。先程からこの繰り返しだ。

 入り乱れる鈴仙たちは、右に下にと素早く移動を繰り返し本体の位置を眩ませる。

 妖夢の繰り出す全ての攻撃が、月の銃兵に届かない。

 

「「ほら、威勢が良いのは最初だけ? 切り返しが甘くなって来ているわよ!」」

「づっ」

 

 無数の弾丸が飛び交い、剣士の服を裂きその玉の肌に擦過傷を増やす。

 弾幕ごっこのルール上、絶対に回避出来ない密度での攻撃ではない。だが、安全圏へと回避した直後に狙い澄ました高速の弾丸が配置され、どうしようもない気の緩みによって行動が緩慢になった瞬間を突いてくる。

 尊大な口調に見合い、鈴仙の実力は本物だった。

 

「はぁっ、はぁっ……強いっ」

「「貴女が弱いのよ――もっと周囲に気を配って! 敵はいちいち待ってはくれないの!」」

 

 まるで激励にも似た、鈴仙たちの声が反響する。

 

「「視覚だけに頼らず、五感の全てを駆使して空間と敵の気配を把握しなさい! その程度も出来ずに、ど素人が戦場に足を踏み入れるんじゃないわよ!」」

「……ぢっ」

 

 振り撒かれる弾幕の中に、本命が数発。その内の一発が妖夢のスカートを貫通し右の太ももを強く掠めた。

 

「「いい加減、もう解ったでしょう? 貴女に私は倒せない」」

「まだ、ですっ。まだ……っ」

「「そうやってただ願うだけでは、何も通せはしないのよ……こんな風にねっ!」」

「が、あぁっ!?」

 

 妖夢のスカートの一部が徐々に赤く染まっていく中、鈴仙と視線を合わせた剣士が突然目を押さえて悶えだした。

 「狂気を操る程度の能力」。鈴仙の波長は視覚を通し、妖夢の視覚を狂わせる。

 

「ぐっうぅぅっ……あぁっ!」

「「無駄よ。狂気を操る私の魔眼は、叫んだ程度で解けるものでは――っ!?」」

 

 狂わされた妖夢が、呻きながら連続で斬撃を放つ。数は四――そして、切り裂いた鈴仙の数もまた四つだ。

 

「「どうやって……っ」」

「……貴女が、教えてくれました。視覚だけに頼らず、五感を駆使して相手の気配を探る――どうでしょう、上手く出来ていますか?」

「「……ちっ」」

 

 充血し、薄く開けた涙目で鈴仙の一体を見上げる妖夢に対し、玉兎たちは一様に小さく舌打ちをして銃の形をした手の平に力を込める。

 

「「レッスンツーよ。例え戦闘の最中(さなか)であっても、相手の情報は常に探り続けなさい――その生きた情報は、必ず貴女の命を繋ぐわ」」

「……はいっ」

「「死中に活を求めるなんて無様な真似に酔うのは、英雄願望をこじらせた自殺志願者に任せておけば良いの」」

 

 これでは、本当に師弟のやり取りである。

 妖夢の半霊が再び半身の姿を真似、一人の剣士が二人へと増える。

 

「「またそれ? 言ったわよね、生きた情報は――己の命を繋ぐって!」」

「ぎ、ぐぅぅっ」

 

 しかし、相手と同じように全方位へと生み出した白色の弾幕を影に本体の位置を誤魔化したはずの妖夢に、鈴仙は迷う事なく本体へと魔眼を飛ばす。

 視線を逸らしたところで、そこに待っているのも月兎の赤眼だ。目をつぶれば相手からの弾幕が見えなくなってしまう妖夢は、甘んじて狂気の波を食らうしかない。

 

「「確かに、その分身は容姿も動作も――波長すら酷似しているわ。だけどね、短期間に二度も見せられれば相違を把握するのは容易いのよ」」

「流石です……っ。ですが、それはこちらも同じ事!」

 

 苦しむ少女へと向けて一斉に仕掛けた七体の鈴仙の内、追撃として迫る弾幕の正面を半霊の分身が盾となって切り開き、たった一体へと妖夢の一刀が振り抜かれる。

 

「――くっ」

 

 ここで、戦闘が始まってから初めての変化が起こった。今まで全ての攻撃を受けていた鈴仙が、初めて相手からの攻撃を回避したのだ。

 

「ようやく掴みました。他の六体より、刹那の時間だけ先んじる所作――貴女が本体です」

「「っ!?――解った所で、もうおしまいよ!」」

「が、あ゛ぁ゛ぁぁっ!」

 

 鈴仙の幻術を看破した妖夢だったが、その肉体はすでに限界を迎えていた。都合三度目の波長が妖夢の瞳を撃ち抜いた事で、彼女の五感すら狂わせ始める。

 半人の剣士は堪らず地面に降り立ち、自らの顔を掴んで苦しみもがく。二本の足で大地を踏み締める事すら、今の彼女には確かな感覚を掴めてはいないだろう。

 最早血涙を流すほどとなった妖夢の両目は、赤く血の色に染まり果ててしまっていた。

 

「ぐ、うぅ……」

 

 それでも、半身を常世へと浸した少女はその目を開く。映るもの全てが歪み赤く染まっているだろう、狂気を孕む鋭い双眸に力を込めて。

 

「「辛いでしょう? 苦しいでしょう?――「十分よ。貴女に出来る事なんて、もう何もないの」

 

 展開されていた鈴仙たちの分身が消滅し、残った妖夢の攻撃を回避した一体だけが相手と同じ地面へと降り立つ。

 

「命を粗末にするものではないわ。レッスンスリーは――死んで意地を通すより、例えみっともなく生き恥を晒す事になったとしても自分の命は守り抜きなさい、よ」

「……お優しいんですね」

「貴女も、箒に乗ったあの魔法使いも、甘さを持って戦場に立ち続ければ何時か命よりも大切なものを失う事になる。せめてもの慈悲として、そうなる前にもう二度と争いに身を置く事が出来ないよう心と身体を狂わせてあげる」

 

 鈴仙にとっては、競技に近い弾幕ごっこもまた戦場の延長だ。命を失う危険が多少少ないというだけで、双方の匙加減次第ではただの殺し合いと何一つ変わりがないのだから。

 

「後ろを見てみなさい」

「? ――っ!? アリスさん――っ」

 

 敵からの言葉であっても、罠の可能性すら考えてはいないのだろう。鈴仙に言われるまま振り向いた妖夢は、そこに倒れていたはずの人形遣いの姿が忽然と消失している事に気付く。

 

「やっぱり気付いていなかったのね。あの魔法使い、貴女と私の勝負が始まってすぐにどこかへと逃げていったわよ」

 

 鈴仙は鼻で笑う。笑っているのは、目の前の剣士と人形遣いのどちらもだ。

 自分の命を守ってくれている剣士を見捨て、自分だけ助かろうとは実に浅ましい。

 傷と毒を負ったあの身体では、そう遠くへ行く事は出来ないだろう。この勝負を終わらせてから探しても、余裕で追いつける。

 

「惨めなものね――どう? これでもまだ、あの女は貴女にとって守る価値のある存在なの?」

「……あぁ、貴女は知らないのですね。あの方が、一体どれほどの方なのかを」

 

 しかし、視線を戻した妖夢の目に悲壮や絶望はなかった。逆に、心から滲む悔しさに耐えるような、そんな苦しそうな表情をしている。

 

「アリスさんは、成すべき事を成しに行ったのですよ。あのお身体で――あんな、今にも崩れそうな身を賭して」

 

 妖夢は知っている。あの人形遣いが、そんな人並みの行動など取るはずがないと。

 幽々子の起こした異変での最終局面。彼女は同じようにボロボロの身体で白玉楼へと到着し、当たり前のようにその場に居る者たちを守る為に己の命を天秤に乗せて見せた。

 放っておけば良いものを、安全な場所でただ待っていれば良いものを、彼女はそれをしようとしないのだ。

 鈴仙に言わせれば、それもまた無様な自己陶酔に過ぎないのだろう。その考えは正しく、アリスの行動は明らかに間違っている。

 しかし、それで命を拾われた者からすれば、彼女への侮辱は決して許せるものではなかった。

 

「私も、成すべき事を成したいと思います」

「そう……それじゃあ、レッスンは不合格ね」

「そうですね。そして、折角教えて頂いた二つ目の薫陶(くんとう)も破らせていただきます――ふっ! がぁっ!」

「っ!?」

 

 それは、一瞬の出来事だった。背の長刀を鞘へと納めた妖夢は、もう一刀の刃を己の身体へと振るったのだ。

 

「自分の刀で、目と腹を……っ」

 

 両目を浅く裂く事で狂気の波を受け取ってしまう視覚を潰し、鋭利な先端を脇腹へ突き立てる事で激痛によって強制的に鈴仙からの幻覚を断つ。

 死中に活を。鈴仙が否定し、アリスが肯定した無様な自殺志願。

 妖夢は、正にそれを実行に移して見せた。

 

「正気じゃないっ」

 

 狂気にも等しいその行為に、鈴仙が思わず一歩後退しながら鼻白む。

 

「ぐぅっ……貴女のその綺麗な両の目は、狂気を操るのでしょう? ならば、私が正気でなくなろうと何も問題はないはずです」

 

 刀を抜き、腹から流れる大量の血を無視した妖夢が、血塗れの刃を鞘へと戻して腰を落とす。

 片手は鞘に、片手を柄に。それは、最速の一刀を求める抜刀術の構えだった。

 

「――良いわ、貴女の流儀に合わせてあげる」

 

 鈴仙は動揺を消し、指の銃口を正面へと構え剣士の眉間に照準を付ける。

 銃対刀――今から始まろうとしている決闘は、しかし、開始の合図を待つよりも早く勝負になっていなかった。

 

 そしてこれが、ラストレッスン――

 敵の言葉に耳を貸すなんてしていると、ろくな目に遭わないわよ、新人(ルーキー)

 

 ここに来て、半人の剣士と月の銃兵の勝負が始まってからずっと近くの茂みに隠れていた影がようやく動く。

 妖夢の立ち位置から見てほぼ垂直の場所に潜んでいるのは、八人目の鈴仙(・・・・・・)だ。彼女は、最初に分身を出した時点で全てをその実体を持つ幻影に任せ何時でも勝負に幕が引けるよう準備を整えていた。

 七体の内に一体だけ僅かなズレを仕込んだのも、こうして本体を確実に隠し通す為のブラフ。

 今までの攻防は、全て玉兎が仕組んだ茶番だったのだ。妖夢は、月の兎に惑わされた哀れな迷い人に過ぎなかった。

 

「すぅー……ふぅー……すぅー……ふぅー……」

 

 うつ伏せの状態で、鈴仙が長い呼吸を繰り返す。それは次第に間隔を狭め、ついには聞こえないほどの小さなものへと変化していく。

 目の前だけの敵に集中し、警戒を忘れた隙だらけの少女を撃ち抜ける場面は幾らでもあった。それでも今まで待ったのは、極限状態からの強烈な敗北感を妖夢の心の奥底へと植え付ける為。

 もう二度と、未熟な彼女が戦場へ立てないようにその精神を砕く為。

 だが、鈴仙は何故かその一撃を撃てないでいた。

 本能などという、根拠の曖昧な代物ではない。戦士として鍛えられ、兵士として培って来た経験による警戒心が、今あそこに佇む剣士を危険だと告げているのだ。

 放っておけば、そのまま失血により死ぬだろう正に死に体を晒した妖夢に、とどめとなる攻撃が仕掛けられない。

 

 何、これは……

 恐れてるの? 私が?

 あり得ない。あんな、自分を追い込んだだけの素人の一体何に怯える必要があるというの。

 

 人間は、認めたくないものを否定したがる。月の人間である鈴仙もまた、例外ではいられない。

 ここで、彼女が心の鳴らす警鐘に素直に従っておけば勝負の行方は違っていただろう。しかし、それも所詮は「もしも」の話でしかなかった。

 鈴仙に、慢心はあったが油断はない。そして、その慢心こそが後の勝敗を決定する。

 

 獲物を前に舌なめずりなんて……私、なんだか随分とらしくない事をしてるわね。

 ――らしくない? どうしてそう思うの?

 だって、私は何時も通りで……

 

 ブレもなく照準を制止させ続けていた鈴仙が、自問の後に小さく自嘲を漏らす。

 

 あぁ、そうか――また(・・)か。

 

 鍛えられた肉体と精神の果てが、強靭であるとは限らない。

 兵士という存在を狼と羊の二つに分類するならば、彼女は間違いなく兎なのだ。

 

 偉そうにご高説を垂れておきながら、月に狂っていたのは最初から私の方だったなんて、本当に酷いオチね。

 ――でも、そんな私に負けるようなら結局貴女はそれまでなのよ。

 

 この勝負は、鈴仙の勝利で終わる。そのはずだった。

 相手は血塗れの満身創痍、こちらは五体満足で消耗すらほとんどない。負ける要素は皆無だ。

 そこに僅かでも介入する要素があるとするならば、それは「運」に他ならない。

 だから、これから起こる出来事は偶然で――そして、起こるべくして起こる必然だった。

 得てして、罪と失態は忘れた頃にその結末を背負わせに来るものだ。

 紅の王の言葉を借りるならば、こうも言えるだろう。

 

 今日のアンラッキーナンバーは、きっと八だったのだろう、と。

 

「……う゛ぐっ」

 

 鈴仙が弾幕を放つ為精神の引き金を引こうとしたその瞬間、今までなんの問題もなかった左腕が――油断から白黒の魔法使いに付けられたその火傷が、突然強烈な痛みを発する。

 最悪に最悪を重ねても、まだ足りないほどのタイミングだ。一瞬の激痛に身体が無意識で強張り、銃口が目標から僅かに逸れる。

 長さにして指の関節一つもないようなそのズレは、的に届く頃には頭一つ分以上という決定的な誤差を発生させてしまうだろう。

 

 外れる!? そんな!

 

 すでに力を込めた弾丸は、その射出を止められない。

 一射目を外し二射目に賭けるか、それとも再び分身に任せ自分は身を隠し、半死人が完全に死ぬまで消耗戦を仕掛けるか。

 どちらを選んでも、鈴仙にはまだ余裕があるはずだった。だが、突発的な事態への強い動揺は本人の望まぬ方向へと未来への道を選択させてしまう。

 

 幻波 『赤眼催眠(マインドブローイング)』――

 

「っ!? しま……っ!」

 

 外したくないという鈴仙の強い願いは、スペルカードとして発動したはずの弾丸を想定していた威力を遥かに超えた状態で吐き出させる事となった。

 当たった部分を微塵に分解する、命を食らう巨大な音の津波が剣士へと一直線に迫る。

 予期していない、真横からの襲撃。完全な死角からの一撃でもある衝撃波は、視覚を失った妖夢の頭部を捉えている。

 自らに死が近づく中で、妖夢は血の涙を流しながらただ無心のままに刀を引き抜いた。

 風を超え、音を超え――誰の目にも映らぬほどの速度で放たれたその一撃は、何も存在しない虚空のみを両断する。

 

 『待宵反射衛星斬(まつよいはんしゃえいせいざん)』――

 

 白楼剣は、迷いを断ち切る。

 迷いとは揺らぎ、揺らぎとは振動であり波だ。即ち――

 

「波長を切っ――ぎゃうっ!」

 

 咄嗟に真横へ跳んだところで、避けられる訳もない。この場で起こる全ての波長は、術者である鈴仙へと繋がっているのだから。

 放たれる波が二つに断ち割られ、その先にある鈴仙の顔面に額の右から斜めに一直線の切り込みを走らせる。

 

「ご指導ご鞭撻(べんたつ)、ありがとうございました」

 

 倒れる鈴仙の位置が解らず、足に限界が来たのかその場に両膝を突いてうつむく妖夢が、刀を納めながらまるで違う場所へと更に深く(こうべ)を垂れる。

 一撃終幕。これにて、剣士と月兎の弾幕ごっこが終わりを告げる。

 勝者の方が重傷となる幕引きもまた、この遊戯特有の決着と言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 なんたる未熟――

 なんたる惰弱――

 

「――今一度名乗りましょう」

 

 ゆっくりと鞘に刀を差し込みながら、妖夢の胸の中に起こるのは勝利への喜びでなどではなく、自分への悪態ばかりだった。

 

 ここまで自分を追い込まねば、私は刀一つろくに振るう事が出来ないのか。

 祖父であれば、例え刀を笹の葉に変えてでさえ鼻歌交じりに同じ事をやってのけただろうに。

 最初からこの斬撃を出せていれば、あの結界は切れていた。

 誰の手をわずらわせる事もなく、この局面ももっと対等な勝負となっていたはずだ。

 この勝利は、誇ってはならない。むしろ恥じるべきだ。

 今の一閃で理解出来た。この苦味を糧として、私はまだまだ強くなれる。

 

 おかしな話ではあるが、今回の勝利は妖夢に自身の弱さを更に実感させる結果となっていた。そして、それはその弱さを肯定し更なる高みを目指すという向上心にも繋がっていく。

 

「私は白玉楼が剣術指南、魂魄妖夢と申します」

 

 全てを切れるなどとはおこがましく、例え口が裂けても言えるものか。

 武士は食わねど高楊枝。剣士は謙虚であるべきだ。

 

「我が剣に、斬れぬものなど――あんまりない」

 

 台詞の最後に、白楼剣の鯉口が閉じる。

 笹の音色と風の流れる夜の静けさの中で、その音は何時までも反響し続けていた。

 




別名、妖夢ちゃんに可能な限り格好良く決め台詞を言わせてみる回。

禁句「でもその台詞、楼観剣の時のですよね?」


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