東方有栖(アリス)伝   作:店頭価格

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次回の更新は年明け、か……騙して悪いが、EXなんでな。
しかも、時期遅れのクリスマス回。
文句があるなら、素敵なクリスマスのSSやイラストをネットに投稿した奴らに言ってくれ。
俺は悪くねぇー!

番外編なので、本編とは割と切り離して見てねっ☆

1/4 ちょこっと加筆修正してみたり。



EX1・ベリー・メリー・アリス

 紅魔館名物、大図書館。

 広大な面積と膨大な書籍を誇るこの一室には、現在客を含めて四名の女の子が存在していた。

 

「魔理沙さん、どうぞ」

「んぐんぐ……おう、丁度飲みたかったんだ。サンキュー」

 

 小悪魔から紅茶を差し出され、お茶請けのクッキーを無遠慮に貪っていた魔理沙はその黄金色の液体で渇いた喉を潤す。

 

「しっかし、私がここに居て迷惑がられないなんてなぁ」

「盗みを働こうとすれば、即刻叩き出すわよ」

「へいへい」

 

 対面に座るこの部屋の主であるパチュリーは、大変珍しく本を読まずに紅茶だけを楽しんでいた。

 この集まりを企画したのはアリスであり、人里で行うイベント用の衣装を着るので感想を聞きたいとの事らしい。

 外の世界では有名らしいそのイベントの名は、「クリスマス」。

 文化圏によって風習が若干異なるらしく、大雑把に解釈すると偉い人の誕生日を祝って美味しい物を食べたりプレゼントを交換したり配ったりするらしい。

 今までの幻想郷にはなかった行事であり、アリスは雪の降る日も多いこの寒空の中初めてのクリスマスを成功させようと東奔西走していた。

 人形遣いの企画した人里総出のパーティーを行う期日も迫っており、魔理沙は近づいて来る祭りの足音に僅かな高揚感を感じている。

 

「サンタクロースねぇ。絵で見た事はあるけど……あれ、思いっきりお爺さんだろ? アリスが着ても、似合わないんじゃないか?」

 

 聖夜の夜、トナカイの引くソリに乗って現れ良い子にしていた子供たちにプレゼントを配って回るというスキマ妖怪と同レベルで胡散臭い髭面の老夫。それが、今回アリスの作製した衣装のモチーフらしい。

 七色の人形遣い、アリス・マーガトロイド。

 良く他人の容姿を褒めている場面を目撃するが、彼女自身もまた絶世の美少女である事は疑いようもない。

 光りを反射するほどに艶のある金髪。やや切れ長である瞳の色は深い水面のような紺碧で、地肌は白く汚れやシミなどは一切見当たらない。

 プロポーションも抜群であり、同じ女である魔理沙から見ても非の打ち所がないという正に「都会派」の女だ。

 唯一の欠点を上げるとすれば、能面のように変わらず感情の読み取り難いその表情であろうか。

 しかし、それもまた彼女の魅力の一つだと言い変えて良いものだと魔理沙は知っている。

 

 私くらい付き合いが長くなれば、アイツの表情って結構動いてるのが解るんだよな。

 驚いた時はほんのちょっと目を見開くし、真剣な時は目に宿ってる力の具合が全然違う。

 本気で作業してる時のアリスが流し目でこっちを見た時なんか、ドキッっとしちゃって静めるのが大変だった――イヤイヤ、何訳解んない事考えてるんだよ。

 

 益もない考えを内心で頭を振って散らしながら、魔理沙は本棚の奥で着替えるアリスの登場を待っていた。

 

「あの娘の作る衣装は、時々こちらの予想を外す突飛なものが出て来るし――まぁ、お手並み拝見といったところね」

 

 幻想郷に移住してから十年以上の付き合いであるパチュリーは、彼女の良い面と悪い面の両方を見続けている為ある意味達観した面持ちだ。

 

「今回の衣装作製には、不肖この(わたくし)小悪魔も助言に激励にと尽力させて頂きました」

 

 そんなパチュリーの横で待機しつつ、自分の胸に手を置いた小悪魔が鼻息を荒くして自信満々に言い放つ。

 

「貴女、それ――」

「お待たせ」

 

 嫌な予感しかない小悪魔の言葉にパチュリーが問い質そうとした正にその瞬間、着替えの終わったアリスが影となっている場所から姿を現した。

 

「どうかしら? 結構自信作なのだけれど」

 

 そう言いながら、軽く手を広げてくるりとその場で一回転する人形遣い。

 なるほど、上海と蓬莱にはデフォルメしたトナカイの衣装を着せており配役としては妥当だろう。赤い帽子に赤いブーツ、赤と白を基調とした衣装は確かにサンタクロースという存在を彷彿とさせる。

 だが――

 

「却下だバカたれえぇぇぇぇぇぇっ!」

 

 アリスに求められた感想として、魔理沙の絶叫が響く。

 下着が見えそうなほどに短いスカートも十分問題なのだが、更に深刻なのは首に密着するような襟の高い縦縞セーターの――そのあり得ない意匠だ。

 本来防寒具であるはずの毛糸の衣服は、何故か胸元の上部が大きく開いて胸の谷間を晒すというとんでもない代物なのだ。残りの部分が隠されている分、覗いている地肌から滲み出る色香が半端ではない。

 どれだけ善意的に解釈しても、アリスの出で立ちは人里の男勢に見せて良いものではなかった。

 

「服には暖房の魔法を掛けているから、見た目ほど寒くはないわよ?」

「問題はそこじゃないんだよ!」

 

 可愛らしく小首を傾げる天然のアリスに、魔理沙は伝わらないのだろう抗議の声を上げる。

 こんな恰好の女が人里を出歩くのは、自分から襲ってくれと全力で誘っているようなものだ。アリスの実力ならば問題はないのかもしれないが、問題がないからと言って出歩かせて良いという結論になりはしない。

 

「いやー。相談された時から凄い衣装だとは思ってましたが、完成してみると更にとんでもないですねぇ。全力でプッシュして正解でした、眼福眼福です」

「小悪魔……後で話があるわ」

「心配されずとも、図書館内の記録用魔石(ジェム)は問題なく稼動しておりますよ? あ、もしかしてご褒美ですか? 楽しみですっ」

 

 素敵な未来を想像し、手を組んでにっこりと笑う小悪魔。当然、彼女の想像した通りの未来が訪れるかはどうかは保証しかねる。

 

「はぁ……っ」

 

 最近、溜息を吐く回数が異様に増えている自覚のあるパチュリーが、それでも堪らず深い深い溜息を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 じんぐるべー、じんぐるべー、すっずぅがぁなるぅ。とくらぁ。

 

 という訳で、クリスマスである。

 幻想郷にその風習がないと知った当時の私は、何時か定着するほどのイベントにしてみせると固く心に誓ったものだ。

 あれからあれよあれよと月日は流れ、それなりに知り合いも増えたのでここらで一度クリスマスパーティーでもやってみようと思い立った次第である。

 勿論、やるからには皆に楽しんで欲しいので私は二ヶ月ほど前から準備を初め根回しや交渉にと文字通りの意味であちこちを飛び回った。

 慧音や阿求を介して人里の有力者たちに相談し、外の世界のお祭りを再現するという名目でイベントを開く許可はもう貰ってある。

 なんだかんだ言って、人里の人間たちもお祭り好きだ。掲示板にポスターを張り出して告知すると、子供たちを中心にしてあっと言う間に情報が行き渡ってくれた。

 

 外の世界を知るレミリアや早苗も居るし、彼女たちも巻き込めば成功率はうなぎ登りだYO!

 

 予想していた通りレミリアは聖人の誕生際を祝う事に忌避感を持っておらず、むしろ嬉々として協力を申し出てくれたほどだ。

 曰く、「そんな事よりお祭りしたい」という事らしい。実に彼女らしい回答である。

 人里でのイベントが終わった後は、紅魔館のホールを使ってナイトパーティーを開く事になっている。

 早苗には、人里で開くクリスマスイベントの司会進行役をお願いした。顔面強度が鋼鉄の私では無理があるので、快諾してくれて本当に助かった。

 で、そのクリスマスイベント用の衣装が完成したので同じ魔法使い仲間として魔理沙とパチュリーに感想を聞いてみる事にしたのだが――結果はご覧の有り様である。

 

「な、何考えてんだ! そんな破廉恥な衣装……っ」

「香霖堂で買った、外の世界の雑誌に載っていたの」

 

 これは本当だ。たまたま参考資料として買った外のファッション雑誌に載っていた、その名も「胸開きタートルネック」である。

 他の露出を控えつつ色気を演出する構造が気に入り、年に一度のイベントという事で私も勇気を出して一肌晒してみた訳である。

 確かに殿方にはちょっと刺激の強いデザインかもしれないが、衣装自体は純粋に可愛いと思えるよう袖口の先まで工夫を凝らしてある。これで、背中に白いもじゃもじゃの付いた赤いマントを羽織ってサンタコスの完成だ。

 

 相談した小悪魔と早苗は「いけますいけますっ」ってベタ褒めだったし、結構自信あったんだけどなぁ……

 

「香霖――見損なったぜ……っ」

「あの店、一度店主と一緒に跡形もなく燃やした方が世の為なのではないかしら」

 

 私が落ち込んでいる間に、何やら魔理沙とパチュリーが小声で相談し合っている。ここからでは距離が遠く、その内容を聞き取る事は出来ない。

 

「とりあえず――その胸元の開いている部分は塞ぎなさい」

「そんな事をしたら、普通のセーターになってしまうじゃない」

 

 パッちゃん、この衣装全否定なの?

 その突っ込みは、苺大福から苺抜けって言ってるようなもんだよ? いや、それはそれで美味しいけども。

 

「普通で良いんだって、普通で! 普通最高じゃないか!」

 

 「普通」という言葉を強調して、魔理沙がパチュリーに賛同する。「普通の魔法使い」という通り名を持つ者として、私の知らないこだわりでもあるのだろうか。

 

「あと、そのスカートの丈ももっと下げろ! そんなに短かったら、動いただけで下着見えちゃうだろ!」

「大丈夫よ、下はアンダースコートと言って――」

「うあぁっ!? み、見せるな! 見せなくて良いから!」

 

 女同士なので恥ずかしがる事もないだろうに、私がスカートを軽く捲ると魔理沙は大声を上げて目を逸らす。

 

「可愛くないかしら?」

「か、可愛いから――あ、いや違うっ! 可愛くない! 可愛くない! 可愛くなんかない!」

 

 大事な事なので、三回言われたよ……むぅ、そんなに連呼しなくても良いじゃんかぁ。

 傷付くわぁ。

 

「本当に? 良く見て、こことか。どうかしら?」

「ひっ、うぅ……っ」

 

 少しだけ悪戯心が湧いてしまい、座っている魔理沙の近くまで寄った私は胸の開いている部分を指差しならが彼女へと詰め寄ってみる。

 

「このライン、綺麗でしょう? これは――」

「う……」

「う?」

「う、うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 椅子から転げ落ちるように私から離れた魔理沙が、大声を上げて猛ダッシュで出入り口へと去って行く。まさかの全力逃走である。

 相棒の箒さえ置き去りにしている辺り、相当に気が動転していたらしい。

 

「意地悪し過ぎたかしら……」

「前々から思っていた事だけれど――貴女、隙があり過ぎよ」

 

 消えた魔理沙を追うように入り口の扉を見ていた私へと、パチュリーが呆れ声を漏らす。

 私の動きが実戦経験の少ない素人のそれであり、隙だらけなのは当たり前だ。幻想郷はそれなりに物騒なので、もう少しその辺りを鍛えろと言いたいのだろうか。

 

「上海と蓬莱には高速の動体に反応するよう指示(プログラム)してあるから、不意打ちは大丈夫よ」

 

 お燐の一件を教訓に、上海たちへと新たに組み込んだ設定だ。

 人形の反応速度は、人間と大差のない肉体を持つ私などよりも余程速い。仮に今私の死角から矢が飛んで来たとしても、傍にこの娘たちを配置していれば確実に防御してくれるだろう。

 弱い者は弱い者なりに、自衛の手段を日進月歩させているのだ。

 

「そういう意味じゃないわよ……バカ」

「?」

 

 だが、どうやらこの魔女殿が言いたかったのはそういう事ではないらしい。

 諦めるように溜息を吐かれ、私は首を傾げるばかりだ。

 結局、この場には居なかった早苗の評価も含め賛成派と反対派が二対二で同数になってしまったので、私は他の人たちにも意見を聞く事にした。

 その結果、紅魔館の中で言えばレミリアとフランは賛成派であり、咲夜と美鈴が反対派だった。これで四対四――一緒にお出掛けしたいと言ってくれたフランを伴い、幻想郷の知り合いたちを巡っていく。

 霊夢、チルノ、大妖精、ルーミア、霖之助、慧音、阿求、幽香、ミスティア、妖夢、幽々子、etc――次第に反対派が優勢となり、この服は日の目を見る事なく洋服棚の奥へしまわれる事となった。皆に見せて回れた事を、せめてもの救いとするべきか。

 時代が私に追いつくのは、まだまだ先になりそうである。

 

 

 

 

 

 

 寒さに負けじと賑わいを見せる人里を歩く、中華服の女性とメイド服の女性。

 靴下や星やリボンによって飾り付けられた、人の背丈ほどのもみの木。屋根の縁には白い綿が雪の替わりとして敷かれ、赤と白の三角帽子を被った子供たちが一足早く出来上がった試食用の手羽先などを片手に走り回る。

 行事を知る者たちから指導され、現在の人里は直前に迫ったクリスマスの装飾一色だ。

 クリスマスパーティー用の買出しという事で、荷物持ちとして付いて来た美鈴は「塔」と呼べるほどの荷物を軽々と抱えつつニコニコと楽しそうに笑っていた。

 

「もーいーくつねーるーとー、クーリースーマースー!」

「混ざっているわよ、美鈴」

「あれ、そうですっけ? まぁ、それでも良いじゃないですか。歌は心ですよ」

「物は言いようね」

 

 ふわふわと、うきうきと、そのままスキップでも始めてしまいそうなほどに浮かれている美鈴の隣で、咲夜は凛とした表情と姿勢を崩さず静々と歩く。

 

「咲夜さんって、人里だとそんななんですね」

「当たり前じゃない。お嬢様や、紅魔館の品位を落とす訳にはいかないわ」

「ふふっ、なんだか新鮮ですねぇ。可愛いです」

「頭を撫でないで。貴女も、前に言っていた事でしょう」

「私は、咲夜さんほど気負ってはいませんからね」

 

 身長差から真面目な妹とお調子者の姉に見えなくもない二人は、大通りからそれてこじんまりとした甘味処へと辿り着いた。

 

「ちょっと休憩にしましょう。重たい荷物を持って、貴女も疲れたでしょう?」

「あはは、甘い物が食べたいなら素直にそう言えば――痛いっ!」

 

 器用に荷物を天井にぶつけないよう中腰になって入り口を潜る美鈴の脇腹へと、咲夜のナイフが無言で刺し込まれる。

 服に穴が開いても、血は出ない。手加減されているというのもあるが、美鈴の強靭な皮膚はただのナイフ程度では傷を付ける事さえ難しいのだ。

 血の汚れは落ちにくいので、お仕置きには丁度良い罰という訳である。

 

「そんな事言う美鈴は、もうお茶だけね」

「えー、そんなー」

「冗談よ。ほら、荷物を置きなさい」

「えへへー」

 

 美鈴の笑顔は反則だ。それを見せられただけで、「仕方ない」という気分にさせられてしまう。

 入り口の右横の席に座り、お品書きを対面に座った美鈴の方へと向けて机に置く。

 

「何を食べる?」

「そうですねぇ――」

「――あ、あのねっ」

 

 涎を垂らしそうな勢いで瞳を輝かせる美鈴がお品書きを眺めていると、店の奥からなにやら緊張を感じさせる女の子の声が聞こえて来た。

 目を向ければ、そこに居たのは永遠亭の従者と白玉楼の従者という最近では良く見掛ける組み合わせだった。

 どうやら彼女たちも年末の買出しに来ていたらしく、脇にはそれなりに大きな買い物袋が四つほどとそれぞれの私物だろう手提げの鞄が二つほど置かれている。

 鈴仙も妖夢も、咲夜や美鈴が同じ店に訪れた事に気付いてはいなさそうだ。

 

「もうすぐ、クリスマスっていう行事をするらしいじゃない?」

「はい」

「そ、それでね、その行事にはプレゼントを贈る習慣があるみたいなの」

「そうみたいですね。アリスさんと早苗さんから聞きました」

「うん、そうなの……」

 

 会話が途切れる。他にも居る客たちからのさりげない関心が寄せられる中、どうにもじれったい雰囲気だけが流れていく。

 妖夢を意識し過ぎていて、鈴仙は彼女と視線を合わせる事も出来ていない。

 

「そうだっ」

「ひゅいっ」

「私も、鈴仙さんにクリスマスプレゼントを用意していたんですよ。何故か今日、幽々子様にそれを持ち歩くよう言い渡されまして――きっとこの為だったんでしょうね」

「あー……」

 

 言わなければもう少し特別な何かを感じさせられるシチュエーションだったのだが、生憎もう見えているのは背後でニヤついている亡霊姫と月の薬師の姿だけだ。

 自分の近くにある布で作られた黄緑色の手提げ鞄を探り、妖夢は桃色の毛糸で編まれたやや不恰好な手袋とニット帽を取り出す。

 

「少し早いですが――メリークリスマス、鈴仙さん」

「あ、ありがとう」

 

 とは言え、妖夢から贈り物をされるのは純粋に嬉しいようで少々複雑な表情をしながらも鈴仙はその防寒具をしっかりと受け取っている。

 

「これ、妖夢の手編み?」

「えぇ、アリスさんに手ほどきをして頂いたんですが、今の私にはここが限界のようで――そんな未熟な品を贈るのは失礼に当たらないかと早苗さんに聞いてみると、「むしろそれじゃないと絶対にダメだ」と力説されて……」

「あ、あはは……」

 

 語り続ける内に興奮し、なんだか良く解らない自論を交えて大声で熱弁する早苗――話を聞くだけで、容易にその光景が頭に浮かんで来そうだ。

 

「やっぱり、そんな物を渡されても困るだけですよね……」

「ち、違うの! とっても嬉しいわ、絶対大事にするからっ」

 

 伸ばされた妖夢の手から手袋とニット帽を遠ざけ、鈴仙が早口で捲くし立てる。

 

「わ、私も妖夢にプレゼントを用意してたの。気に入ってくれると嬉しいわ」

 

 半人半霊からのプレゼントを死守しつつ、月兎は自分の椅子に立て掛けている革の鞄からソレ(・・)を取り出す。

 

「これなんだけど――」

 

 プレゼント用として緑のリボンで可愛らしくラッピングされているものの、その程度で皮の鞘に収められた肉厚の湾刀の場違い感を消す事は不可能だった。

 状況を見守る野次馬(観客)たちの間に、無言の驚愕が走り抜ける。

 特別な日に、特別な者へと贈る品が――明らかに実用性を重視した無骨な刃物。どうやら、年頃の女の子として鈴仙のセンスは壊滅的らしい。

 万事休すかと誰もが思ってしまうほどの窮地は、しかし大方の予想を外し驚くべき着地点へと行き着く。

 

「わぁっ、綺麗な曲線ですね。良い鋼も使っているようですし、切れ味も良さそうです」

「外の世界では、グルカナイフって呼ばれてるらしいわ。草刈りとか、仕留めた獲物の解体とか、作業刀として凄く便利なのよ」

「助かりますっ。ご所望された料理の為に森や山で狩りをする時もありますので、これがあれば新鮮な内に解体出来て重宝しそうですねっ」

 

 まさかの大喜びである。

 二人共実に少女らしい可憐な笑みなのだが、「獲物を仕留める」や「新鮮な内に解体」など会話の内容は血生臭い事この上ない。

 

「――楽しそうで何よりね」

 

 遠くで会話を聞いていた咲夜も、これには流石に呆れ顔だ。

 

「羨ましいです?」

 

 対面の美鈴は、逆に微笑ましいものを見守るように優しい笑顔になっている。

 

「別に」

「私は羨ましいですよ――思い出すなぁ、紅魔館に来た頃の咲夜さん」

「やめて」

「イヤです。私が髪を梳こうと近寄ると、興奮した猫みたいにナイフを振り回して来ましたよね。後で自己嫌悪して泣いちゃって、慰めると抱き付いて来て――ふふっ」

「やめなさい」

「イヤです。夜に雷が恐いからと添い寝をお願いされなくなって、もうどれくらい経ちますかねぇ」

「美鈴」

「イヤです」

 

 頭の上がらない姉役から忘れたい過去を語られ、珍しく居心地の悪そうな咲夜を珍しく意地悪な美鈴がからかう。

 あちらもこちらも、里に広がる浮かれ気分に流されて何時もより少しだけ他人との距離感が近くなる。

 注文を終えて出された甘味を食べ終わる頃には、不機嫌になってそっぽを向くメイド長へと必死に謝る門番の姿があったという。

 それはそれは、積もった雪が溶けてしまうような優しく温かい光景であった事だろう。

 

 

 

 

 

 

 月が出て、星の瞬く夜の幻想郷。

 訪れた聖なる日は、後半戦へと突入する。

 

「バカ騒ぎのダシにされ、聖人も草葉の影で泣いているだろうさ! さぁ、今宵この場は無礼講――皮肉な宴と洒落込もうではないかっ!」

 

 いやいや、その聖人さんもきっと立川でこのイベントを満喫しているさ。

 悟りを開いた友達と一緒にね。

 

「乾杯っ!」

「「「乾杯っ!」」」

 

 豪勢に装飾された紅魔館の広いホールで、階上に立つレミリアの挨拶もそこそこに皆が手に持つ杯を近くの者たちと重ね合う。

 終わってみればなんのその、恒例の人形劇の後に始めたクリスマスイベントは中々の成功だったのではないだろうか。

 今も同じ恰好のままだが、皆に見せた分とは別に用意していた肩掛けの付いた赤い長袖の服とロングスカートというサンタコスに着替え、早苗にも同じ衣装を渡して人里の子供たちに沢山のプレゼントを配った。

 箱の中身は、女の子には手乗りサイズの小さな妖精のぬいぐるみ。男の子には、全身可動式の木彫り人形だ。

 紅魔館に勤める妖精メイドたちに協力を頼んだ結果、実にバリエーション豊富な種類を作る事が出来た自信作である。

 リボンを付けたプレゼント箱を受け取る度、大人たちと一緒に調理したケーキやフライドチキンを大口で頬張る度、頬を限界まで吊り上げてくれる子供たちの笑顔が本当に可愛くて、私もまた幸せな時間を堪能させて貰ったのは言うまでもない。

 

 何時も通り、うぜぇ丸で写真も一杯撮ったしね!

 霊夢や他の娘たちのコスプレ写真も良いけど、こういうほっこりする写真をアルバムで眺めるとふわふわした気分になれるよねぇ――いやさ、やっぱり言うほど感じはしないんだけど。

 

 それでも、小波程度でも――あの子たちの笑顔は、私に幸せを感じさせてくれる。

 

「メリークリスマス! 良く来たわね、アリス」

「メリークリスマス、レミリア」

 

 笑顔でワイングラスを掲げて来る彼女に、私もグラスを重ねて音を奏でる。

 

「フランは? 人里のイベントにも来ていたし、もう寝たの?」

「えぇ、貴女からのプレゼントをしっかりと握り締めてね。私の分も、早速ベッドに飾らせて貰っているわ」

「嬉しそうね」

「嬉しいさ――もう、見る事は叶わないかもしれないと半ばほどは諦めていた、あれだけ幸せそうな妹の寝顔が見れたのだもの」

 

 凶悪な吸血鬼であり、極悪の悪魔である紅姫の瞳に宿る色はどこまでも優しい。

 レミリアへのプレゼントは、フランを模したデフォルメのぬいぐるみ。フランには逆に、レミリアのぬいぐるみをプレゼントしてある。

 パチュリーには香霖堂で買った高そうな(実際かなり吹っ掛けられた)万年筆、咲夜には「紅霧異変」の時に撮影した建物の左右に大穴が開く半壊状態の紅魔館を背に、館の皆が一緒に写った集合写真とそれを入れられる額縁。

 美鈴には懐に忍ばせておける護符のお守り、小悪魔にはまだ青い状態から熟すまでの一ヶ月ほどを使って私の魔力を染み込ませ続けた真っ赤な林檎――メイド妖精たちには、皆で食べられるジンジャークッキーだ。

 特にフランと小悪魔の喜びようが凄まじく、吸血鬼の妹からのスーパータックルで肺の空気を残らず吐き出した後、危うく小悪魔からガチで唇を奪われそうになった。

 勿論紅魔館のメンバーだけでなく、その他の知り合いたちにもプレゼントは配り終えている。時間と安全の都合で地底までは回り切れなかったので、さとりたちには後日なんらかの形で粗品を届けたいと思う。

 それでも、白玉楼、永遠亭、守矢神社――主催した人里のイベントが始まる前に、幻想郷を丸々一周した大忙しの一日だった。

 パーティーを楽しんでいるのは、私やレミリアだけではない。宴会時の博麗神社に集いそうなそうそうたる面子たちも、悪魔の館で開かれた夜会に参加している。

 

「まだまだ夜は長いんだし、貴女も皆と楽しんでいきなさい」

 

 ウィンクを一つして、主催者としての挨拶回りか今度は永遠亭のメンバーが集まっているテーブルへと去っていくレミリア。

 わざわざそんな事を言いに来るとは、逆に私が早く抜け出す運命でも見えたのだろうか。

 

「――んふー」

 

 一人てもちぶさたになったので、壁の花でもしていようと振り返った私に突然横手から誰かが抱き付いて来た。

 

「早苗?」

「そうでーす。早苗さんですよー」

 

 赤ら顔で酒臭い息を吐き出しているのは、サンタコスから何時もの巫女姿に戻った風祝(かぜはふり)の少女だ。

 

「アリスさーん」

「なぁに?」

「んふふー、呼んでみただけでーす」

 

 何この娘――かーわいーい。

 

 私から離れないまま、早苗はその顔をぐりぐりと私の肩へと擦り付けて来る。

 

「ここに居たのか、探したよ」

 

 猫のようにじゃれついて来る早苗をあやしていると、諏訪子が呆れた様子で彼女を迎えに来た。

 

「ごめんねー、アリス。この娘ってばお酒弱いのに、今日は絶対飲みまくるんだって聞かなくて」

「良いのよ。今日は私も随分とこの娘に助けられたし、これくらい安いものよ」

「んー? んふー」

 

 何時もはペース配分に気を付けているこの娘が、これほど酔いたがるとは珍しい。

 何か理由があるのかと諏訪子を見れば、ご両神の一人は頭と一緒にカエル帽子を左右に振って苦笑いをする。

 

「あーうー。どうも外の世界の行事をやって、ちょっと郷愁が入っちゃったみたいなんだ。この娘と組んでくれた一件でアリスには随分と気を許したみたいだし、悪いけどしばらくそうしておいてあげてよ」

「そう――それじゃあ、この娘には悪い事をしてしまったわね」

「いやいや、時間が経つほどに去りし居場所への想いは消えていく。忘れる前に思い出せた分、早苗は幸せ者だよ」

「アリスせんぱーい」

「大丈夫よ、早苗。私はここにちゃんと居るわ」

 

 甘えたがりモードに入った年相応の少女の頭に手を乗せて、その綺麗な緑の髪に指を通し何度も往復させる。

 何度も、何度も――慈しみ、そして安心させるように。

 

「くー、くー……」

「おやおや、酒を飲んでるとはいえ随分早いおねむだね。余程安心出来たのかな?」

「だとすれば、光栄ね」

 

 しばらくして寝息を立て始めた早苗を支え、この娘を横にしてあげられる客室を借して貰おうと咲夜か小悪魔か妖精メイドを探していた私の目に、この宴から立ち去ろうとしている一人の娘が映る。

 

 あれは――霊夢?

 

「――諏訪子。ごめんなさい、早苗を任せても良いかしら?」

「ん? あぁ、大丈夫だよ。用が出来たんなら行っておいで」

「ごめんなさい」

 

 もう一度謝罪を入れて、眠った娘を小さな母親へと引き渡した私は館の出口へと歩いて行く。

 

「――可哀想に、振られちゃったねぇ」

 

 背後で早苗へと語り掛ける諏訪子の言葉は、聞こえない振りをしておいた。

 

 

 

 

 

 

 祭りが始まれば、その後には必ず終わりが訪れる。

 

「……」

 

 紅魔館で始まった宴を一人で抜けて帰宅した霊夢は、明りを点けるでもなく月と星から振る光だけを頼りに居間に座ってちゃぶ台に頬杖を付いている。

 

 ――大丈夫よ。心配しないで。

 ――終わったら、皆でお祝いをしましょうね。

 

 何時かの昔、子供の頃に知り合った魔法使いが約束してくれた言葉。

 早苗がアリスに甘えている場面を目撃してから、霊夢の頭の中では延々と当時の台詞が巡り続けていた。

 あれから沢山の異変が起き、その全てを解決して来た。それでも、あの時交わした約束は未だ果たされてはいないのだ。

 

「……嘘吐き」

 

 自然と、霊夢の口から独り言が漏れる。

 

 約束したのに。

 一緒にお祝いしようって。

 朝になってもずっと、帰って来るのを待っていたのに。

 

「……嘘吐き」

 

 一度口に出してしまえば、もう止まらない。

 もう子供ではないのに、子供ではいられないのに――溢れ出した言葉と心を、自分の意思で止める事が出来ない。

 

「嘘吐き……嘘吐き……嘘吐き……っ」

 

 気付けば「空を飛ぶ」自分の能力さえも押さえ付けて、そればかりを口にしていた。

 誰も居ない暗闇ばかりの神社で、霊夢はただ一人悪態を繰り返す。

 

「――霊夢? ここに居るの?」

「……え?」

 

 博麗の巫女であり、最強の人間である霊夢が呆けたような声を出してしまう。

 庭に面した廊下から障子を開けて現れたのは、あの時約束を破った魔法使いだったからだ。

 

「暗いわね。明りは点けないの?」

「そんなの、私の勝手でしょ」

 

 急いで能力の抑制を解除し、何時も通りの平静さでつっけんどんな答えを返す。

 

「なんで来たのよ、夜会は良いの?」

「今は、こっちの気分だったのよ」

 

 言いながら、アリスは紅魔館から持って来たのだろう火の付いた蝋燭の刺さった取っ手付きの蜀台をちゃぶ台の中央に置く。

 

「用がないなら帰ってちょうだい。私、もう寝るつもりだから」

「ほんの少しで良いの、時間をちょうだい」

 

 次にアリスが転送魔法で取り出したのは、厚紙で組まれた四角い箱。中を開ければ、そこには生クリームがたっぷり盛られたスポンジの生地に苺を乗せたシンプルなショートケーキが一ホール。

 

「これ……」

「言ったでしょう? 今日は、貴女とお祝いがしたい気分なの」

 

 ――終わったら、皆でお祝いをしましょうね。

 

「アリス、貴女――」

「?」

 

 霊夢は言い掛けて、言葉を閉じる。

 どうやら、思い出している訳ではないようだ。

 それでもこの人形遣いは、あの時の約束を記憶の残滓として残している。彼女自身、何故そうしたいのかなど理解していないだろうに。

 

「付き合ってくれるかしら?」

「このお菓子は日持ちしないんでしょ? さっさと食べるわよ」

 

 憮然としながら言い放ち、小皿に分けられた一切れに貰ったフォークを突き刺す。生クリームの甘みと苺の酸味が混ざり合い、口の中を幸福が満たしていく。

 

 あぁ、そうか。そういえば、あの頃に言ったっけ。

 何時か、お腹一杯になるまでアリスの作るショートケーキが食べてみたいって。

 それで、太るし身体に悪いって怒り出した紫とケンカになって――

 

 二人で食べるには、流石に一ホールは量が多過ぎる。完食する前に、きっと二人ともお腹一杯になってしまうだろう。

 あの時目を光らせていた保護者は、今は居ない。もしかすれば見ているのかもしれないが、視線を感じさせないくらいは空気を読んでくれている。

 

「美味しい?」

「――まぁまぁね」

 

 ――可愛くない。

 

 あれだけみっともなく拗ねていたのに、泣いたカラスがもう笑っている。

 アリスが来た、たったこれだけの事でだ。現金にもほどがある。

 

「――今日、泊まっていきなさいよ」

「良いの?」

「私がそうしろって言ってるの」

「ありがとう、霊夢」

「なんのお礼よ」

 

 本当に、可愛くないんだから。

 

 お願い一つ満足に出来ない自分の性格に内心で溜息を吐きながら、蝋燭一つの明りが点いた部屋でアリスと二人きりの時を過ごす。

 妖怪退治は巫女の務め。博麗とは誰よりも平等であり、誰にでも均等であらねばならない。

 だが、この夜くらいそんなしがらみは忘れても良いだろう。聖なる者が生れ落ち、世界の全てが祝福に満たされるというこの夜だけは。

 

「おやすみなさい、アリス」

「えぇ。おやすみなさい、霊夢」

 

 寝室に二つの布団を敷き、二人は隣り合って目を閉じる。

 

 明日になれば、元通りになるから。

 だから今だけ――今この時だけ――

 

「すー……すー……」

 

 しばらくして、アリスが規則正しい寝息を立て始めた事を確認すると、霊夢はなるべく音を立てないように注意をしながら彼女の寝ている布団まで自分の身体を移動させる。

 

「ん――」

 

 弛緩したアリスの片手を自分の手で軽く握り、その熱を確かめる。

 霊夢には少し冷たく感じる魔法使いの手の平は、博麗の巫女から普通の少女へと変わった彼女の手を寝ているままで握り返してくれた。

 一つの布団を二人で使い、霊夢はまどろみへと身を投げ出していく。

 今日はきっと、これ以上ないほど安らかに眠れる――そんな確信を抱きながら。

 

 




やっつけなので、誤字脱字が多いかもです。

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