どうでも良いネタバトルなのに、我慢出来ずに入れちゃった。テヘペロッ☆
――『僕は悪くない』
どんよりと曇った空から、ポツポツと小雨が振り始まる。いずれ土砂降りになりそうだが、その変化が何時訪れるかは解らない。
「魔理沙ー、ご飯出来たから机片付けてー」
「おーう」
丁度良いタイミングで一冊を粗方読み終えた魔理沙が、橙の声に返事をして机の上にある文鎮や筆記用具などを床である畳の上へと移動させていく。
「よっ、いーしょっと」
ほどなくして、調理場のある土間から段差を上がり長方形のおぼんに乗せて橙が持って来たのは、一枚の広い皿に冷水で締められた太めの白麺。冷うどんだ。
他の器は、二つの麺つゆとわさびと小葱が一つずつで計四つ。それと、麺と同じ器には箸休めとして薄く切った卵焼きや四つ切りにした椎茸などが添えている。
「わさびと小葱は、好きな分だけかけてね。あ、わさびはちょっと濃いかも」
「ん」
魔理沙は早速箸を受け取り、陶器の小瓶に付いた竹の小匙でわさびを少々と葱を多めにつゆへと入れてから両手を合わせる。橙の方は、どちらも入れずに魔理沙と同じ動作を取った。
「「いただきます」」
育ちの良さと言うべきか、当たり前の挨拶として二人は食前の儀式を済ませてから改めてそのご馳走へと箸を伸ばす。
「――ずっ、ずるるっ」
「――ん、美味いな」
「ほんと? 良かった――って、茹でただけだから誰が作っても味は変わらないけどね」
二人分という事で、割と多めに盛られた冷たいうどんを一つの皿で突き合う。甘めの味付けのされた卵焼きと、干したものを水で戻したのだろう味の濃い椎茸の食感が良いアクセントだ。
「お茶、どっち?」
「冷えてる方」
「ん」
それからしばらくは、箸を動かしうどんを啜る音とお茶を飲む食器の音だけが繰り返される。
食事の時ばかりは、元気な二人も一番美味いその一瞬を味わおうと腹を満たす事だけに熱中している。熱中し過ぎて、互いの会話が単語になるほどだ。
天井に二つ、机の傍に一つと置かれた行灯から鬼火の光りが部屋を照らし、ぱらぱらと屋根を叩く雨音が静かに耳を打つ。
「――ん、ごちそうさん」
「うん、おそまつ様でした」
しっかり水で薄めたつゆまで飲み干して再び両手を合わせる魔理沙に、食器をおぼんへと戻しながら橙が答える。
「青鬼、赤鬼、後片付けをお願い」
鬼符 『青鬼赤鬼』――
「「了」」
取り出したカードが弾け、青と赤の肌をした導師服の小鬼たちが出現する。
これも修行の一環だ。決して、片付けをサボっているわけではない。
「熱心に読んでたみたいだけど、それってなんの本?」
食器を持っていく二色の鬼を見送り、橙が魔理沙へと問う。
「アリスの部屋に隠されてたから持って来た、アイツの恥ずかしい日記だよ」
あっけらかんと盗品を語る普通の泥棒に、妖怪猫は猫耳と尻尾を垂らしながら半眼の視線を向け始めた。
「魔理沙ぁ……いい加減にしないと、アリスさんから本気で怒られるよ?」
「怒ってくれるんなら、儲けもんだがな」
それでも、アリスはきっと怒らないのだ。安易な謝罪だけで平然と許し、そして何事もなかったかのように振舞われてしまう。
アリスは常に冷静であり、感情を曝け出さない。それは、本人の言う通り感情が薄いというだけが理由ではない。
彼女が、己の本心を晒そうとはしないからだ。
「……怒られたいの?」
「んなわけあるかよ。私はただ、アイツの……なんでもない」
「言い掛けて止めないでよ、凄く気になるじゃない」
「何もないよ。気にすんな」
魔理沙がアリスの本気で怒った場面を見たのは、今まででたったの一度。
幻想郷の
あの時、アリスは本来守るべきスペルカード・ルールを完全に無視するほどに
冷徹に、冷酷に、残酷に――彼女が魔理沙の前であれだけ残忍な一面を見せたのは、後にも先にもあの時だけ。
しかし、書き手の姿が見えて来ない彼女の手記を読み進める魔理沙の中には、ある別の疑問が浮かんで来ていた。
私はあの時、相手の返り血で身体や顔を汚すアイツを見て本気で怒ってるんだと思った。
当たり前だ。アリスは霊夢と仲が良いし、私だって霊夢をあんな目に遭わせた犯人が居るならボコボコにしてやろうと息巻いていたんだから。
でも――もしかするとアイツは、本当は別になんとも思ってなかったんじゃないか?
ただ、あの時皆が望んだ反応としてそういう
何時もより冷たく見えただけで、何時もより恐ろしく見えただけで――それは単に、私の勝手な願望がそう見せていただけだったんじゃないか?
これは、私の手記である――
それぞれの冒頭に書かれている簡素なその一文を、魔理沙は段々と恐ろしく感じるようになっていた。
アリスの変わらない表情は、そのままあの人形遣いの内面を物語っているのではないか。彼女には、ここに書かれている内容の通り「自分」なんてどこにもないのではないか。
皆が楽しく、皆に優しく――なのに、アリス自身は決してその輪の中へ入ろうとはしない。
宴会では、常に中心から外れた端の席。異変や事件では裏方を演じ、時に立てた手柄や報酬さえも平然と他人に譲ってしまう。
アイツは今まで、どんな気持ちで私たちの相手をしていたんだろうな。
それも結局、なんにも感じてなかったのかな。
春雪異変では、魔理沙はアリスと別れた後に橙と戦った。聞いた話では、同じ頃に霊夢はプリズムリバー三姉妹や紫と戦っていたそうだ。
そこから考えると、アリスが最後のあの場面で登場するには随分と時間に余裕がある。まさか家でくつろいでいたともタイミングを見計らっていたとも思えず、直後に気絶した事から彼女もまた誰かと戦って足止めをされていたと考えるのが妥当だろう。
では、その相手は一体誰なのか。
アリスはその辺りを語らないし、この手記にも記述はなかった。
つまり、語ってはならない相手――アリスの知り合いであり、そして幻想郷においてもそれなり以上に名のある相手だったという事になる。喧伝しない部分を邪推するならば、その戦いは弾幕ごっこですらなかった可能性もあるだろう。
相手として思い浮かぶのは、当主が動いていながら最後まで姿を見せなかったスキマ妖怪の従者――
「――あ、しまった! 今日、リリカたちの家の片付けを手伝うんだった!」
そこまで考えたところで、橙が鈴の意匠をした置時計を見て飛び上がった。
「おう、行って来い行って来い。濡れないように気を付けろよ」
「何言ってるの、魔理沙も出てくの。貴女を家に一人で残すなんて、出来るわけないでしょっ」
「お、おいおい」
腰に手を当てて魔理沙を睨んだ後、橙は彼女の腕を引いて強引に立たせようとする。
「待ってくれよ。もう余計な事はしないって誓うから、せめてほとぼりが冷めるまで居させてくれ」
雨が降り始めたとはいえ、魔理沙を追っていた白狼天狗たちはまだこの家の周辺で探索を続けているだろう。スキマ妖怪の権力と脅威によってこの場所は不可侵領域となっているが、そこを出れば即座に見つかりまた面倒な逃走劇を行わねばならない。
「忘れたの? ここはマヨヒガだよ」
靴を履かせて玄関まで引っ張り、魔理沙の代わりに持って来た彼女の帽子とアリスの手記、それと大き目な藤色の番傘を一本手渡した橙は、魔法使いの背後でニンマリと不敵に笑って見せる。
「ほらっ、私にも準備があるんだから。出てった出てった――またねっ」
「ちょっ――あ?」
背中を押され、強制的に平屋から追い出された魔理沙が敷居を跨いだ瞬間に見たものは、開けた庭とその先にある山道ではなく――巨大な湖の広がる広大な平野だった。
背後へと振り返るが、そこに屋敷はなくなっておりただ草原とあぜ道だけが延びている。先程まで山の中に居たはずの魔理沙は、一瞬で別の場所へと移動させられたのだ。
どこにでもあって、どこにもない――恐らく、紫の使うスキマを転用した現象なのだろう。つまりは、あの妖猫にまんまと「化かされた」というわけだ。
「ったく、薄情な奴だぜ」
文句を言いながら、魔理沙はこれ以上身体と本が濡れてしまう前に傘を開いて小雨を避ける。
「紅魔館、か――」
対岸には、微かに見える程度の小ささで紅の館が見えていた。今ではもうお馴染みとなった、吸血鬼の姉妹とその仲間たちが集う妖怪屋敷だ。
食い食われ、殺し殺され。そんな血生臭い摂理を過去として、今の幻想郷へと変わる新しいルールが敷かれた一番最初の舞台。
最初と言うのならば、厳密に言って魔理沙がアリス・マーガトロイドという魔法使いの存在を知ったのはこの時の宴からだ。
幻想郷と紅魔館。異変で知り合った者たちばかりが集った博麗神社で、ただ一人パチュリーに連れられて突然やって来た部外者の彼女はその場でやや浮いていた。
本人もそれは自覚していたようで、盛り上がる皆を尻目に少し離れた場所でそれを見つめる魔理沙の記憶に映ったその光景は、今と何も変わらない。
そう。あの時から、彼女の方は何一つ変わってはいない。
変わり始めているのは、気付き始めているのは、きっとそんな人形遣いを見続けて来た少女の方。
「――行くか」
雨は次第に激しさを増し始め、残りの手記を読むには雨露を凌げる場所が必要だった。
残り二冊。そこに何も記されていなくとも、魔理沙にはもうそれで良かった。
己の疑問に対するその答えは、誰に問うまでもなく最初からずっと彼女の目の前に置かれていたのだから。
◇
私は争いが嫌いだ。
特に、戦闘に関する争い事は全力で遠慮したいと思っている。
いや、ガチで。冗談でもなく。
だってイヤじゃん、私へっぽこなのにさぁ。何が悲しくて、自分より滅茶苦茶格上のお方々を相手にして血反吐ぶち撒けにゃならんのよ。
だったら弱い奴相手ならやるのかって聞かれたら、「ドラまた」じゃねぇんだからそんなあちこちで恨み買いそうな事するわけねぇだろって答えるですよ。あたしゃ。
節度を守った適度な知恵比べ程度ならば兎に角、私は結局の所闘争という行為そのものが好きになれないのである。
さて、何故今更こんな言い訳染みた事を思っているのかと言うと――私は今、自らの意志でその争いを肯定し、自らの欲望に従って戦場へと身を投じているからだ。
場所は、白玉楼ご自慢の美しい和風庭園。対戦相手は、真剣な表情で抜き身の一刀を携えるこの庭を作り出した剣術少女、魂魄妖夢。
「妖夢、油断しないようにね」
「二人とも、頑張ってねぇ」
観客は、月の兎と亡霊姫。
予想通り探している魔理沙は居なかったが、特に気にせず幽々子に人里で買った羊羹を渡して私より先にお邪魔していた鈴仙と一緒に夕食前のお茶会へと洒落込んでいたのが少し前。そこで、給仕を中断して同席した妖夢の稽古についての話題になった。
幻想郷では現在弾幕ごっこが主流になっているものの、ルールを無視し直接的な暴力に訴える者もまだまだ居るのが現状だ。どうでも良いが、その一番の被害者は私だと自負している。
そこで、実戦の勘を鈍らせない為にも誰か練習試合の相手をしてくれないかという流れになり、私に白羽の矢が立ってしまったのだ。
鈴仙の方が確実に向いているのだろうが、彼女はもう妖夢の修行に何度か付き合った事があるので新しい相手が欲しいらしい。魂魄家は西行寺家の剣術指南役なので、幽々子は教えを受ける側だ。
一度は断ったのだが、幽々子は以前から私が打診している研究資料として魂魄家の霊刀を一本譲り受けたいとお願いしていた件での交換条件として来た。
しばらく悩んだ末に渋々と承諾した私だったが、妖夢の持ち出して来た練習用の刀を見て底辺を這っていたやる気が変な方向に振り切れてしまったのだ。
従来刃である部分が峰となり、峰である部分が刃となった特殊な刀。
斬る事の出来ない「
うおぉっ! リアル逆刃刀KI・TA・KO・RE!
そんなもん出して来られたら、
ふははははっ、召・喚!
妖夢の刀に敬意を払い、転送魔法を使って呼び出した人形は私に倍する巨大な体躯に太く長い二本の腕を持った異形の人型。
白い肌に朱色の紋様が刻まれ、その表情は笑みのように歯茎を剥き出しにして固まっている。
内部に様々なギミックが搭載される、闇の人形師が作り上げた機能美の結晶。
参號夷腕坊・猛襲型――
勿論壱號と弐號も作製済みであり、現在は私の家の地下にある人形倉庫の肥やしとなっている。
原作では、この人形の一部には人間の死体が素材として使用されているという描写があったのだが、倫理的に私が墓荒しなどを実行出来るわけもなく別の素材で代用させて貰った。
その他にも色々と素材や機構を変更している為、実はガワだけ似せたパチ物臭い出来栄えの人形だったりする。
原作通りで作ったら、指一本で凄い重量支えないといけないらしいしね。
そんなん、私のひ弱な筋力じゃ普通に無理だからね。
「派手な異相に騙されてはダメよ。アリスの作った人形なんだから、それもきっと策の内に入ってるわ」
「おっきくて強そうねぇ」
警戒を滲ませ妖夢に対し的確な助言を与える鈴仙と、人形の巨躯を見てのんきな感想を漏らす幽々子。対照的な反応が、そのまま二人の実力差を示しているように思える。
本当に何も考えていない可能性もあるのが、このお姫様の恐ろしいところだ。
何時かで使ったダクダミィたちもそうだが、私が原作への尊敬と愛情を込めて趣味全開で作り上げたこの子たちの位置付けは、戦闘用ではなく観賞用だと考えている。
こういった特殊な状況でもない限り、基本的にこの子たちで戦闘を行うつもりはない。
理由は二つ。
一つは、この子たちはあくまで私の記憶を留め、そして私の知る名作たちへの敬意と憧憬を忘れない為のいわゆる
そして、もう一つの理由は――この子たちの性能が、戦闘用に特化し過ぎているからだ。
剣で切る、槍で突く、盾で防ぐ――上海や蓬莱たちの武器や動作は、戦闘用であってもある程度原始的な攻撃と防御の範疇で留めている。
もしも思い付くままに人形や武器を殺害に特化させ続けていけば、際限なくどこまでも残酷なものが作れてしまう。私はそれが恐いのだ。
実際、絶望的な状況に追い込まれてた藍との戦いでも私は通常用の戦闘用人形しか呼び出さなかった。お燐の時だって、使ったのは作戦に必要な最低限の人形だけだ。
それ以上を呼び出せば、私はもう止まれなくなると思ったから。相手がではない。
その先で起こった異変で、私は自分の判断が正しかった事を思い知らされた。
怒っても良い場面だった。あんな事をされれば、あんな事を語られれば、怒って当然だと思える場面だった。
私としては都合の良い事に、殺しても死にそうにない相手だった。
なので、やり過ぎる心配もないだろうと記憶の通りに怒りを表現してみたのだ。
この世界に敷かれたルールも、沢山の出会いの中で生まれたしがらみも、あらゆる枷を無視してただ純粋に相手を殺す事を――ぶちのめすなどという生易しい次元ではなく、可能な限りその過ちを後悔させてから殺す事だけを求めた。
その結果が、あの結末だ。
あの一件で、どんな行為であろうと平然と実行出来てしまう私には、常に止まる位置を確認する為の線引きが必要なのだと改めて理解させられた。
争いを
心のない私が、記憶にあるその想いすらも捨ててしまった時。それは、「私」という存在の死を意味しているのだから。
命が終わるか、「私」が終わるか、それだけの違いだ。
まぁ、アンニュイな黒歴史を思い出すのはこれくらいにして、そろそろ勝負の方に集中しようか。
作っておいて全然使わないんじゃ、この子たちも可哀想だしね。
こんな真面目なお遊びの場でくらいは、蔵出ししてあげようじゃないの。
そんな僅かな申し訳なさを感じながら、私は巨体を誇る我が子を動かす。
実戦に近い形で――などという事もなく、飛行禁止、弾幕禁止、私への直接攻撃禁止という妖夢の行動を大きく制限した上で行う剣術のみでの白兵戦。
私もまた、魔法は使用せずこの人形の機能だけを使って戦う事を事前に宣言している。
原作とは違い人形の中には乗り込まず、私は夷腕坊の背後に立ってその身体中に繋げている糸を繰る。操り板は当然、郵便マークに似た横に二つ縦に一つの板を重ねた元ネタ仕様。
「参ります――せぇあっ!」
まずは様子見と、すり足から真っ直ぐに歩を進め真っ向からの唐竹割りを繰り出す妖夢。
打撃特性装甲絡繰――
「く……っ」
夷腕坊の皮膚と肉は弾力性に富んだゴム質の素材で出来ており、生半な打撃は一切受け付けない。
右の肩口へと振り下ろされた一閃を素で受け止め、反撃として後ろへ引いた右拳を全力で振り抜かせる。
「しっ、はぁっ!」
鞭のようにしなる夷腕坊からの拳を半身で回避し、妖夢はそのまま軸足の回転を加えて遠心力を付けた逆袈裟の一撃を繰り出す。
しかし、それも通じない。装甲の薄い脇腹の下辺りから直撃した妖夢の刀は、異形の皮膚に食い込んだ後反発によって弾かれてしまう。
「ならば――はぁぁっ!」
打撃が無理なら斬撃――妖夢ちゃん、貴女実は私と同じ原作ファンでしょ?
「なっ!?」
関節自在着脱絡繰――
逆刃の部分を利用し、跳躍と同時に下から掬い上げる形で右腕へと向かって白刃が伸び上がるが、夷腕坊は関節部分を分離しゴムと関節部を繋ぐ鋼線のみとなった場所でその刃を受け止めていた。
そして――飛行禁止だから、もう空中で身動き取れないよね!
伸びたゴムが妖夢の刀が持つ切断力を完全に相殺し、残った左手を手刀の形にして側面から少女の脇腹へと叩き込む。
「くっ」
しかし、当たると思ったこの攻撃も咄嗟に人形のゴムを伸ばした事で垂れ落ちた右手首を蹴る事で空を移動され空振りに終わってしまう。
「――流石の腕前ですね、アリスさん」
一端大きく距離を開け、冥界の剣士は仕切り直しとして刀を正眼に構え直した。
「これだけこちらにハンデを貰っておいて、有利に戦えない方がどうかしているわよ」
実際、その巨体故に上海サイズの人形たちとは違って空を飛べない夷腕坊は、飛行と弾幕を許可された時点で勝ち目がなくなる。
逆に言わせて貰えるならば、地上戦において対剣士用として特化した夷腕坊の構造は確実に有利に働く。
よって、次はこちらから動く。
その図体に似合わない俊敏な動作で、一気に彼我の距離を埋める夷腕坊。見た目通りの重量を持つこの人形に軽快な動きをさせられるのは、私の人形遣いとしての修練の賜物に他ならない。
「ぬっ、ふっ」
風を切り、唸りを上げて振るわれる二つの豪腕。妖夢は左右に大きくステップを踏む事で、次々と繰り出される攻撃の全てを避け捌く。
「はぁっ」
繰り出した拳の数が三十を越える頃、動きを読まれたのか遂に妖夢が跳躍し人形の背後へとその身を躍らせた。
「人形を切れずとも、糸さえ切れば――なっ!?」
ほんともう、そこまで忠実に原作を再現させてくれる妖夢ちゃん。マジラブ千パーセントッ。
自由関節絡繰――
人に近い形をしていても、夷腕坊は人形なのだ。全ての関節は、軸に対し三百六十度以上の回転が可能となっている。
生物ではあり得ない曲がり方で右腕が旋回し、空を跳んでいた妖夢の胴を後ろ手に近い形でがっちりと捕える。
「ぐっ、がぁっ!」
そのまま上向きに一回転させ、妖夢を地面へと投げて叩き付けると同時に残った夷腕坊の左腕を稼動範囲の限界まで捻り上げさせた。
『穿腕撃』――
人間の関節では到底不可能な、十に届くほどの強引な横の回転。機械の巨人が更なる追撃として、特大の穿孔機を真上から振り下ろす。
「がっ――あぁアァぁっ!」
強制的に吐き出された肺の空気を更に強引に捻り出し、妖夢は地面に突いた両手で真横に跳ねる事で巨漢の剛槍を紙一重で掠らせる。
轟音と共に砂塵が舞い、庭師と人形の姿が私や観客たちの視界から消え失せた。
「あらー」
「妖夢っ! ――ちょっとアリス、やり過ぎよ!」
「あらあら。これぐらい本気じゃないと、妖夢の稽古にならないわよぉ」
声を荒げる鈴仙に対し、幽々子は流石の貫禄を見せ付けのほほんとしている。
そうだそうだ、もっと言ってやれ。幽々ちゃん。
あれだけの速度と手数で仕掛けたのに有効打が一発だけとか――やっぱこの娘ガチで強いわぁ。
気を抜いたら、それだけで勝負が終わる。
始めた以上は、こちらも勝つ気でやらねば相手に失礼というものだ。
今度は夷腕坊を私の方へと下がらせ、砂塵が晴れるのを待つ。
「はぁぁっ!」
今度は速さで勝負か――やべっ、どこまで原作が再現出来るか楽しみになって来た。
関節が外される前に切り落とすつもりなのだろう、砂煙の中から地面を這うように突進して来た妖夢がそのまま人形の右腕へと迫り、先程よりも更に早い斬撃が振り上げられた。
しかし、こちらもまた人形操作の訓練はしかと積んで来た身だ。先程と同じく、直前で関節を外し分厚いゴムだけとなった部位で細い刃を受け流す。
「い、やあぁぁぁぁぁぁっ!」
玉砂利の地に両足を踏み締め裂帛の気合を発した少女は、関節部に刃を這わせたまま強引に頭上まで持ち上げ垂直から真下へと一気に引き下ろした。
細身ながらの強肩によって伸び上がっていたゴムの肌は、摩擦と剣気によって発生した切り口から真っ二つへと両断されてしまう。
「まず、一つっ」
千切れた腕が宙を舞い、残った左腕による苦し紛れの突きすらも下へと潜り込む事で回避する妖夢。
「これで――がぁっ!?」
続く刃が夷腕坊の左腕に照準を定めたその時、人形の左足首が
突然の強襲に、後頭部をしたたかに蹴り飛ばされた妖夢はそのまま観客席である縁側の横にある壁へと頭から盛大に突っ込んだ。
「きゃあぁっ」
月兎からの黄色い悲鳴と、戸板の割れる硬質な音が響く。咄嗟に跳んで威力を和らげたらしく、妖夢はその場で頭を振りながらも割と平気そうに立ち上がっていた。
「――ごめんなさい、後で直すわ」
「良いわよ、妖夢にやらせるから」
私の謝罪に対し、幽々子はなんでもない事のように平然と言い切った。この亡霊姫、従者に対してかなりの鬼畜だ。
「お願い、手伝わせて」
そしてあわよくば、妖夢と親密イベントを私にちょうだいなっ。
最近どうも、この半人少女から避けられている気がしてならないのだ。
原因は多分、妖夢と幽々子が一緒に写っている「ロイヤルハートブレイカー」の写真を良かれと思って清く正しい文屋に渡した件だ。怒りと羞恥で真っ赤になって涙を流す妖夢には何度も謝罪したのだが、まだ許してくれていないのだろうか。
ま、まさか、その時の激カワ妖夢ちゃんもしっかりばっちり写真に収めていた事がバレたんじゃ――
く……っ。し、しかし、あの時私は写真を撮るという選択肢以外を選べなかったんだっ。
妖夢が可愛い過ぎるのがいけない。良し、これで法廷での勝利は確実だな。
もしくは別の理由かもしれないので、とりあえずなんでも良いから話を聞く機会が欲しいのだ。何事も、会話する事が大切である。
「――いきます」
妖夢の目標はやはり、最も目障りだろう夷腕坊の左腕。妖夢は逆刃となった部分を上に、下にある峰の反りへと左手を添えて低く構えた。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
僅かな静寂の後、一身矢となって半人の剣士が巨躯の異形へと走る。
迎え撃つこちらもまた、切り札を持って彼女に応える。肘や手首と同時にその指の関節までもが回転し、凶悪な槍と化して引き絞られていく。
少女と巨人、刃と腕。一人と一体が交錯しようとする直前、夷腕坊がいきなりその大口を限界まで上下に開く。
そして――
『――妖夢っ!』
「っ!?」
その口から飛び出したのは、爆弾でも、砲弾でも、弾幕でもなく――妖夢の良く知る兎兵の悲鳴。
彼女にとっては背後に居たはずである鈴仙の悲痛な呼び声を聞き、動揺からその動きが一瞬だけ停止する。
そしてそれは、刹那の勝負において致命的な隙だった。
勿論、鈴仙がいきなり人形の中へと移動した訳ではない。人形の内部に搭載した録音用の
本来は夷腕坊の暴れ回る音を何度も重ねて録音させ、一斉に再生させる事で爆音を奏でるというオリジナル装備だったのだが――まぁ、使い方に縛られるようでは二流だという事だ。
『穿指穿腕撃』――
「ぐがぁっ!?」
「妖夢っ!」
こちらは鈴仙本人の声。しかし、そんなものは届きはしない。
何重もの螺旋に回る豪腕を辛うじて逆刃刀で受け止めた妖夢は、血を吐きながら屋敷の壁を突き破って遥か奥へと吹き飛んでいく。
土壁を壊し、襖をぶち抜き、その先で倒れただろう妖夢は、もう立ち上がっては来なかった。
「妖夢ぅっ!」
「――やり過ぎたわね」
衛生兵よろしく屋敷の奥で動かなくなった妖夢へと走り込んで行く鈴仙を見送りつつ、私は夷腕坊と千切れた右腕を自宅へと送り返しながらポツリと呟いた。
魂魄家の者は半人半霊。妖怪と同じく、人間よりは遥かに死に辛い。
今の一撃でも恐らく、少し内臓を痛めたぐらいで済んでいるだろう。
あっちゃぁ……原作の再現なんて、余計な事考えなければ良かったねぇ。
小波のように薄い感情の起伏と、反比例するように極限まで高められる集中力との誤差による弊害。
原作で負けたのだから、そこから勝つ為に一手を増やす。そこまでは良いのだが、こだわり過ぎてまた止め時を見失ってしまっていた。
興味や関心から何かを確認しようと集中すると、それ以外の全てが見えなくなってしまう。
どこかで止まる場所を作っておかないと、最後まで止まらない。気付いた時には、終わった後。
――本当に、悪い癖だ。
「甘いくらいよ」
何時も通り平坦な表情と声のままアンニュイな気分に浸る私へと、幽々子は腰の帯に刺していた扇を引き抜き涼しい顔で笑っていた。
「あの程度で動揺するようじゃ、あの娘もまだまだねぇ」
開かれた扇で口元を隠し、クスクスと屋敷の奥を見る亡霊姫。
勝てば官軍、負ければ賊軍。結果だけを目指すのならば、手段を選ぶ必要などない。
「妖夢は、搦め手に対して反応が素直過ぎるわね。それがあの娘の美点でもあるのだけれど……相手の策を正面から破れるだけの実力がなければ、結局は欠点になってしまうわ」
「私は妖夢じゃないわよ? 教えるなら、あの娘に直接言ってちょうだい」
「あれだけのハンデを重ねた上に、こんな賢しらな勝ち方をした私が頭ごなしに伝えても余計頑なになるだけよ」
だから、私から何かを言うつもりはない。
そして、これは幽々子も十分に理解しているだろう事柄だ。改めて浮き彫りになった今、それを忠告するかしないかは主人である彼女が決めれば良い。
そして、幽々子はきっと伝えない。その方が、より長くあの娘の努力する姿を見ていられるから。
「ずるい娘ね」
「魔女だもの」
二人で顔を見合わせながら舌を出し、一緒におどけてみせる。幽々子の顔は大層可愛いが、私の顔は多分違和感バリバリの表情をしているに違いない。
「もう今日は、ここに貴女の探してる娘は来そうにないけど――お次はどこへ? 流浪の魔女さん」
「そうね――」
壊した箇所の修理と妖夢の治療を終えたら、おいとましようとは思っていた。
そろそろ日も暮れる。今日中に尋ねられる場所は、後一つぐらいが限界だろう。
「今日の締めは、始まりの場所にしておくわ」
あそこなら、夕方にお邪魔しても迷惑にならないしね。
紅魔館。
私にとって一番付き合いの長い、今の幻想郷へと変わる最初の異変を起こした勢力の根城。
そして、私の大好きな親友たちの住む家。
最後に訪ねる場としては、丁度良い場所だろう。
目的地も決まった事で早速人形たちと一緒に壊した館の修繕を始める私だったのだが、その一環として気絶した妖夢を呪文で治療しようとしたら何故か鈴仙に拒否られた。
どうやら私は、妖夢ばかりでなく彼女にまで嫌われているらしい。
解せぬ。
私が一体、何したよ――あぁ。私ってば、永遠亭を真っ二つにしたじゃん。
妖夢からも鈴仙からも、嫌われて当然じゃん。
ちくしょう、仲良くしたいのになぁ……グスンッ。
罪には罰を。善意であろうと悪意であろうと、その行動が相手を苦しめる結果となってしまったのならばそう簡単に許して貰えるわけもない。
仕様がないので、人形を使いながら一人でせっせと壁を埋め立てたり壊れた家具を片付けたりする私。
そんなこんなで過ぎていく、お茶の美味しい冥界の午後だった。
◇
「よぅ、お邪魔するぜ」
「はい、どうぞ」
傘とスペルカードをそれぞれの手に持ちそう宣言する魔理沙に対し、門番である美鈴はこちらも片手で傘を差しながらもう一方の手の平を門へ向けてそのまま通るよう促した。
「? 勝負しないのか?」
明確な約束事というわけでもないが、魔理沙は大抵の場合美鈴に正面から弾幕ごっこを挑む事にしていた。
勝ったら入り、負けたら帰る。何時もの負けん気と実益を兼ねた、彼女なりの小さなこだわりだ。
しかし、どうやら今回はその門番に戦う気がないらしい。
「お嬢様からのご命令です。もしも今日、貴女がこの館へと訪れられるようならば何も問わずにお通しするようにと」
侵入者用の砕けた口調ではなく、守衛として客人に礼を失さぬよう説明する美鈴。
「運命を操る程度の能力」。レミリアは、魔理沙が今日この場に訪れる事を知っていたのだ。
「……」
超常の存在の手の平でもてあそばれる不快感に、魔理沙の眉間へと深い皺が寄っていく。
「――私は、私の意志でここに居るぜ」
「はい。私は私の意志でここに立ち、貴女は貴女の意思で先へと進む――それで良いのですよ」
例えその行動に、誰かの意思が介在しているのだとしても。己の運命を受け入れられる者は、自分自身しか居ないのだから。
ここで、門番に幾ら不平不満を愚痴っても意味がない。魔理沙は納得しないながらも門を潜り、美鈴が手入れをしているのだというコスモスの咲き乱れる庭を通り過ぎていく。
「ようこそおいで下さいました。メイド長が不在の為、この度ご案内を務めさせて頂きます、アインと申します」
緑色の長い髪をポニーテールにした、魔理沙の頭一つ下という妖精にしては長身の少女。
背中から四枚の淡い羽を生やすロングスカートのメイド服姿をした一人の妖精メイドが、屋敷の扉の前で待ち構え魔理沙へと向けて深々と頭を下げる。
咲夜が不在というのは嘘である。妖精の中でも学習能力を備えた者として選別された彼女は、教育の一環として時々魔理沙やアリスを相手にこうした実技の練習を行っているのだ。
「おぉ、前より随分とさまになってるんじゃないか?」
「えへへぇ、そうかなぁ。ぁ――こ、こほんっ。まずは、傘をお預かり致します。それでは、どうぞこちらへ」
魔理沙の賛辞によって早速ボロを出しそうになりながら、なんとか持ち直したアインは扉を開けて客人を中へと導く。
「本日は、どちらにご案内致しましょうか」
「大図書館だな。静かな場所が良い」
「かしこまりました」
もう一度お辞儀をして、アインは客人を先導し地下への道を歩いて行く。
彼女の名は本名ではない。紅魔館に雇われた際魔女によって本当の名を奪われ、使役される事を受け入れる代わりに学習能力などを強化された存在である。
飼い殺される事を不幸と見るか、普通の妖精ではまず叶わないだろう高水準の生活と能力を得た事を幸福と見るかは、それぞれの見解によるだろう。
大きく長い螺旋の階段を下り、妖精の少女は大図書館へと繋がる扉を叩く。
「アインです。霧雨魔理沙様をご案内致しました」
「――通して」
答える声は、この図書館に根を張る七曜の魔女。
「これでは、私はこれにて。お預かりさせて頂いたこちらの傘は、お帰りの際にご返却させて頂きます」
「おう、ありがとうな」
最後までしっかりと役をこなし終え、振り返った妖精の少女が静々と立ち去って行く。きっと見えなくなった後で、咲夜に褒められたり叱られたりするのだろう。
「ようこそお越し下さいましたー。ささ、こちらへどうぞー」
扉を開けた小悪魔が、何時も通りの笑顔を浮かべて魔理沙を手招く。
地上の館にすら迫る広大な内部には、パチュリーとは別にもう一人の客人が来訪していた。
「ここにお前が居るなんて、随分珍しいんじゃないか? なぁ、サボりの死神さんよ」
「ご挨拶だねぇ。今日の私は、船頭じゃなくて郵便屋だよ。つまりはお仕事中さ」
波打つ赤の癖っ毛を左右で短めのツインテールにした、長身の女性。フリルの付いた長袖の着物を止める腰巻きには、一枚の穴開き銭。
パチュリーの対面で本も読まずにお茶請けのマシュマロを食べているのは、三途の水先案内人、小野塚小町だった。
「役目を終えたのに帰るでもなくお茶をたかっている時点で、もうサボっているみたいなものでしょうに」
「腹が減っては戦は出来ぬってね。意地悪は言いっこなしだよ、久遠の魔女殿」
カラカラと人好きのする笑みを見せ、またマシュマロを一つ摘む小町。相変わらず分厚い本へ視線を落とすパチュリーは、苦言は口にしても邪険にしている様子は見えない。
読書の邪魔さえされなければ、他はどうでも良いという事なのだろう。
「手紙? 閻魔からか?」
「そうだよ。ここのご当主様宛てに、ちょいとね」
「どうせまた、「雇った妖精メイドを皆殺しにしろ」っていう命令書でしょ? ご苦労な事ね」
「はぁっ?」
言葉を濁す死神に代わり、説明を引き継いだ魔女が語るとんでもない内容に魔理沙は素っ頓狂な声を上げてしまう。
「レミィは、自分の意思以外で決して身内を捨てない。閻魔だろうと神だろうと、命令には従わないわよ」
「ま、こっちも一応の形式として打診してるだけさ。いよいよになるまでは、そっちの好きにしてなよ」
「おいおい。なんでいきなり、そんな物騒な話になってるんだよ?」
「なんでって――そんなの、ここに雇われた妖精たちが死なないからに決まってるじゃないかい」
魔理沙の問いに、むしろ何故解らないとでも呆れるように小町が肩をすくめて見せる。
「妖精は死んだって、一回休みでまた同じ存在が生まれて来るじゃないか。わざわざ無理やり殺す意味はないだろ」
妖精は、転生による輪廻の輪を通らない。全ての自然が消滅しない限り、彼女たちは例え死んだとしてもまた復活しずっと同じ姿で漂い続けるのだ。
「さてさて。世の中にゃあ、色々面倒な事情ってもんがあるんだよ」
「ちゃんと説明しろよ」
「面倒臭いねぇ」
苛立ちの混じり始めた魔理沙に、説明をしようがしまいがどうせ納得はしないだろうという雰囲気を醸しながら、小町は二つの意味を込めて溜息を吐き出し頭を掻く。
「そろそろ帰るよ。お菓子とお茶、ごっそうさん」
「えぇ、さようなら。魔理沙も、用事があってここに来たのでしょう? 早く済ませて、早く帰りなさい」
「……解ったよ」
死神は逃げ、魔女は語らず。事情を説明する気がないと解ったのか、普通の少女は不満顔のまま何時も座っている椅子に腰掛けて頭の三角帽子を取る。
取り出すのは、異変を記す分では最後の一冊となった「紅霧異変」の雑記帳。
わざわざ現場に来てその昔を読むとは、なんとも皮肉が利いている。
「それ、アリスの?」
漂う魔力で察したのか、パチュリーがようやく顔を上げて魔理沙の読もうとしているその書物を見た。
「あぁ。お前も読むか?」
「遠慮しておくわ。どうせ、何も書かれていないのでしょう?」
「……その通りだぜ」
読むまでもなく内容を言い当てられ、魔理沙の顔に渋面が広がる。周囲がすぐに察してしまう分、自分だけが酷く遠回りをしているような気分になってしまうのだ。
「「あの娘と競う事はお勧めしない」。前に、何度か忠告はしてあげたはずよね?」
「解ってるよ」
今の魔理沙ならば理解出来る。パチュリーが何故、そんな忠告を自分にしたのか。
誰かが言った。深い闇の底を覗き込む時は、その奥にある闇もまたこちらを覗き込んでいるのだと。
アリスの中には闇がある。
優しいアリスも、強いアリスも、不思議なアリスも――夜よりもなお暗いその闇を誤魔化す為の、隠れ蓑に過ぎない。
知る事の恐ろしさと、知らない事の辛さを同時に味わうくらいなら、何も知らない方が幸せだった。
「だけどさ。それでも私は、アイツの事……知りたいんだよ」
呻くように、搾り出すように、魔理沙は己の心に沈む想いを吐き出した。
幼く小さな少女は、もう知ってしまったのだ。
今更元には戻れない。戻りたくもない。
アリスはきっと、救いなんて求めてはいない。美鈴や他の皆と同じように、自分の意思で立ち、自分の意思で歩いているだけだ。
アリス――
なぁ、アリス――
私は、お前が嫌いなんだ――
大っ嫌いで――本当に大っ嫌いで――
まだ、沢山「嫌い」って伝えたいんだ――
何度も、何度でも。まだまだ、全然言い足りないんだ――
だから――
だからさ――
居なくなっても良いだなんて――そんな事、思わないでくれよ――
これは、私の手記である――
ページの中央に書かれた最初の一文に、少女の右目から伝う一筋の雫がこぼれ落ちた。
お・ぜ・う! お・ぜ・う!(入場コール)
プリズムさんたちェ……途中のバトルを入れる為に、まさかのシーン全面カット(泣)
日常話は、日常話はちゃんとやるからっ!
さて、次話からようやく最初の異変である「紅霧異変」の開始ですね。
ある意味第一話みたいなものなのに、随分長く掛かった気がします(笑)
大妖精さん、小悪魔さん、お待たせしました――出番です。